5月も中旬に差し掛かった頃。
アクアとフリルの二人は大手のテレビ局に訪れていた。
マネージャーであるミヤコは今回は同行しておらず、二人だけで対応する事になっている。
何度か訪れた事があるため、道中ですれ違った人たちに挨拶をしながら真っ直ぐに楽屋へと向かった二人は、今回の収録をどう立ち回るかの相談を行っていた。
「バラエティーはそんなに回数重ねてないけど、やっぱり爪痕を残さないとダメだよね」
今回出演するのはかなり有名なバラエティーであり、番宣とはいえ今後も呼ばれるチャンスにもなるいい機会だ。
上手くいけばフリルだけでなく、アクアやB小町R、苺プロ全体と皆に好影響を与えられる。
そんなチャンスを活かそうと意気込むフリルに対してアクアは軽い感じで声をかける。
「フリルにしては珍しく少しだけ硬いな、力を抜いたほうがいいぞ」
度胸のあるフリルはそこまで緊張していると自覚はしていなかったが、アクアからそう見えるのであれば間違いないと少し深呼吸をして息を吐き、気持ちをリラックスさせていく。
それに対してアクアも大きくなってからの大手バラエティーは初だが、子役時代はそれなりに経験を積んでいるため気楽だった。
そしてアクアなりのアドバイスをフリルへと送る。
「そもそもこのバラエティーはあまり俺達がトークで繋ぐ必要がある場面は来ない。愛想よくVTRにコメントをし、時折来る食レポに対応すればいいだけだ。……強いて言うならば、炎上には気を付けた方がいいくらいだな」
「あーそれは少し怖いね。でもそういう過激な言葉ってカットされるんじゃないの?」
この番組は大手のチェーン店が人気商品を持ち込んで、腕利きの料理人に採点してもらう企画だ。
アクア達はその商品を審査前に食べてポジティブな意見を言うのが基本的な役割になる。
炎上についての警告を聞いてフリルはこれが生放送であるならばともかく、収録なのだから問題があればカットすればいいのでは?と首を傾げる。
そんな彼女にアクア自身は自分なりの考えを口にした。
「基本はな。ただ炎上しないと思って放送した物が炎上する事もある。過激な返しはウケが良い事も多いが、リスクもある。だけどフリルならそんな攻めた事してリスクなんて背負わなくても十分に面白いから不要だろ」
「そういうストレートなのは普通に照れる……今のだけで聴力上がり過ぎてビルの屋上で歩いている人の数まで分かりそう」
「そこまで耳良いとまともに睡眠もできないだろうな」
あまりここで目立とうとせず無難に徹してもいいのだ。
そうアクアに教えられて、フリルは地上波という多くの人が見る媒体で印象を残しておくべきだと気負っていた気持ちが軽くなった。
自分らしく行こうといい感じにフリルの肩の力が抜けるのが見えて、アクアはほっとした。
「確かに、私達は審査するわけじゃないから過激な事はいらないよね」
「そういう事だ。食レポに関してもフリルなら心配いらない」
最初はフリルのワードチョイスに困惑する可能性もあるが、基本的には彼女は自称する通りコメディエンヌ適性が高い。
アクアは内心で自分より自然に上手い事ウケを狙えるだろうなと思っていたりするくらいには信頼していた。
それからも今回のバラエティーに対して対策や方針を話し合っていた二人だが、こんこんとドアがノックされる音が入口から聞こえてきた。誰かがこの楽屋に用事があるようだった。
アクアとフリルは顔を合わせてから頷き合い、扉の向こうへと声を掛ける。
「大丈夫ですよ」
「ほうか、じゃあ入らせてもらおかな」
ガチャリと開いた扉の向こうから今回司会を務める芸能人が入ってくる。
現役芸能人の中でも十指に入るほどの大御所であり、司会としての実力も高い彼は、アクア達を見て驚いた表情を浮かべていた。
「おお!?あ、アクア君かいな!?」
「どうも、お久しぶりです」
アクアはペコリと頭を下げ、それに倣うようにフリルも頭を下げる。
彼はアクアが子役時代に何度かバラエティーでお世話になった芸能人だ。
10年以上番組を持っているだけあって忘れられても仕方がないかと思っていたアクアだが、良い反応がもらえてほっとする。
それに対して芸人の方もアクアが小さかった頃のイメージが強くてテレビ越しには大きくなったのを理解していたはずなのに実物を見た時はまた別の衝撃が走っていた。
かなり本気で驚いたようで対応力が高いはずの彼が固まっていたが、ようやく気を取り直したように口を開く。
「いやぁすまん本当に驚いたわ。俺が前見た時はこんなやったのに……いや『今日あま』や『今ガチ』、『東ブレ』それ以外も大体見てたけどやっぱ実物見るとちゃうからな!見てないわけやないで?」
この言葉は世辞ではなく、彼は流行りものが何かを確認するようにしていたため、アクアが関わったこの1年間のコンテンツが悉くバズったり高評価になったのも知っていた。
最初休止という情報を見た時は、あの才能がやめるかもしれないと残念に思っていたのだが、しっかりレベルアップして帰ってきてくれていたのだと知ってほっとしている。
「お変わりないようで安心しました」
「そらそうや!生涯現役やし……最後におうたのは確か5年生とかやなかったっけ」
「そうですね、アイと一緒に出させていただいた番組で、その節はお世話になりました」
昔話に花を咲かせる二人。
何処か楽しそうなアクアをフリルは話に入れなくとも嬉しそうに聞いていた。
二人の話していた番組も当時見たので、裏話を聞いているようで楽しいというファン精神もあったりする。
「あの後もガンガン芸能活動するんやと思うてたのに休止してびっくりしたわ。でもただ休んでたわけやなさそうやし、今日は話振りまくるからそっちのフリルちゃんと一緒にええ反応きたいしてるで」
「お手柔らかにお願いします」
思いがけない形で挨拶をすることになったアクアだったが、相変わらずの話しやすいトーク技術に今度久しぶりに司会を担当する苺プロ公式配信の参考にしようかなと頭で思うのだった。
ある程度話が弾んだ後に行われたリハーサルも終わり、いよいよ本番。
事前にどんな出来事があるか基本は伝えられ、レギュラーだけでなくアクア達以外のゲストとも挨拶を終える。
その間も今勢いのある星野アクアとB小町Rに対して期待と嫉妬を含んだ目線があちこちから寄せられた。
「ドームライブ以降は明らかに周りの見る目変わったよね」
「ドームライブはアイドル界の中でもトップクラスにならないと出来ないからな。それまでのB小町Rは認知度や実力に対して地上波の放送が少なかったから少し舐めてた奴らもいたが、今は皆が評価してる」
「なるほどね、こういう実力社会の方が分かりやすくていいかな」
フリルとしては良いものを提供できていないならば、自分は本来そこにいるべきではないという考えがある。
初の地上波ドラマがいきなり月9だと教えられた時も、最初は断るのも選択肢に上がったほどだった。
アクアには一つの目標として月9の共演を伝えてはいたが、自分より間違いなく上の実力を持つ同世代の女の子が2人は少なくともいる。
それなのに自分が最年少の月9ヒロインを受けもっていいのかという思いがフリルになかったと言えば嘘になる。
だが星野アクアが、好きな人とそれほどの舞台で共演できるという気持ちには勝てない。
そして今の自分が不足しているのであれば、成長して相応しくなればいい。
その気持ちがフリルを最近の急成長へと導いている。
恋する乙女は強いのだ。
「本番5秒前」
この言葉を機にアクア達は意識を切り替える。今回は演技もいらない。
以前アクアに素のままがいいと言われたフリルは、この場で演技をしないただの不知火フリルとしてカメラに映る事に徹する事に決めていた。
撮影が始まってオープニングコメントは二人とも無難に対応し、早速一品目がアクア達の前に届けられた。
今回はスイーツの商品10品を検定するという事で、甘いものが好きなフリルはいつも通りの冷静にも見えるクールな表情はそのままに、ただ僅かに口角を上げて嬉しそうにしている。
「はい、まずは第十位から!カスタードプリン、シンプルだからこそ難しいとこやけどお味は如何に!」
各々の机の前にプリンが配られ、アクア達は合図と共に食べ始める。
レギュラー陣が口々にプリンを評価していき、アクアとフリルの順番が回ってきた。
先にアクアからと司会に目で合図をされたためアクアは自分の言葉で味を表現する。
「卵のやさしい味わいと牛乳のまろやかさ、そしてしつこくならないあっさりした味がいいな。カラメルもそれらによく合うようあえて少し苦味を強めにしていて甘さとバランスがいい。何度も食べたいと思いたくなる出来だ」
あまり食レポはやってこなかったため、短いながらも視聴者が欲しそうな情報を詰め込んだアクア。
その言葉に司会は感心しながら言葉を紡ぐ。
「は〜食レポも優等生やなぁ。じゃあ次は隣のフリルちゃん!」
今度はフリルにパスが投げられた。
自分の手番が来るまで黙々と食べていたフリルは手を止めてコメントを残す。
「凄いねこのプリン、スッと透き通るような甘さにとろとろの舌触り。舌ごと溶けてなくなっちゃいそう……なくなっちゃった」
美味しそうに食べていたフリルだが、どうやら手が止まったのはコメントのためではなく中身がなくなったかららしい。
あっという間に完食してしまい、なくなった空の容器を悲しそうに見つめる。
その姿は表情こそそこまで変わっていないはずなのにどこか哀愁漂うもので、周囲は良いリアクションするなぁとフリルに感心している事だろう。
だがアクアは知っている。これがオーバーなものではなく、素のリアクションだという事に。
そこまで時間を置くことなくフリルは顔を上げてアクアの方へと視線を向けた。続いてプリンの残り量を確認する。
アクアとフリルは席順が隣という事で邪魔するものは何もない。
「あーん」
「……正気か?」
そっと口を上げてひな鳥のように要求する様は、まるで普段からやっている事を要求しているかのようで、アクアはやられたなと少し呆れた視線を彼女へ向ける。
これは台本にはないフリルのアドリブ。ただしバラエティーなのだから面白い絵が優先される。
そして星野アクアとB小町Rのこういったやり取りはよく配信で話されている内容で、何故か大多数のファンからは期待されている物だ。
司会の顔色も面白いものを見つけたと逃さないように絡みに行く。
「おお!?これが噂の奴か!!多くのフリルファンが期待した目で画面を見てるで?アクア君分かっとるよな??な???」
大きくなったアクアが撮影中に面白い目にあっているという事実を撮れ高として逃すわけにはいかないとにやにやとしながら勧める。
関係ない組み合わせならば見なかったフリをしそうだが、これまでのB小町Rを知っていればアイドルだからと燃える事はないのが分かっているからこそなのだろう。
アクアはどうにか回避できないかとカンペをちらりと見れば、時間がなくなるから早く食べさせろなんて書かれており、味方はいなかった。
そしてアクアの意志だけで拒否するのは流石にない。
アクアは諦めてプリンを掬い取り、フリルの方へとスプーンを突き出した。
「これでいいだろ?」
星野アクアに求められているクールなイメージを可能な限り崩さないように冷たい感じで自分の食べていたなけなしのプリンを掬ってフリルの口へと放り込む。
世間には似非クールだと思われているアクアだが、その容姿はツンデレのような態度がよく似合うもので、二人ともカメラを意識していたこともあってよく映えた。
「ありがとマリン。その容器ちょうだい?私もお返ししてあげるから」
「時間だ時間、カンペにも出てるだろ?向こうの採点がメインなんだから俺達にそんな時間は取れない」
アクアは番組進行を気にしての言葉でそう言ったのだが、司会からは待ったの声が掛かる。
尺を意識したアクアの考えは決して間違いではないのだが、これを回避する手段を彼は持ち合わせていた。
「安心せぇや。俺らが掛け合ってイチャイチャワイプで映してええかジャッジしてくれとる人らにも声掛けとくから。もしダメやったらNGみたいな感じでエンディング辺りで使うわ」
残念ながらアクアに逃げ場はないらしい。
観念しながらプリンを渡すアクアを見てフリルは珍しく満面の笑みを浮かべているのだった。
この濃厚な対応の後もアクアとフリルの絡みは定期的に撮影される。
とはいえ、二人ともこの砂糖を吐きそうなやり取りだけが引き出しではないと自分なりに様々な対応をしていった。
最初に濃い対応をした二人は今カメラマンからしたら何をしても興味を惹く状態となっているとアクアは考えている。
この辺りはカントクやアイから習った事だが、今であれば最小限の労力で目立つことが可能だった。
もしフリルが狙ってやっているなら流石は天性のコメディエンヌといったところだろう。
「これで全10品のジャッジが全て終了。9品合格で素晴らしかったな」
最初のプリンの合格からノーミスで7連続合格だったが、3位でまさかのミスをしてしまいパーフェクトにはならなかった。
パーフェクトを見られなかったのはアクアも残念に思っていたが、家族でこっそり買って帰る参考に番組を視聴しており、かなり楽しい時間を過ごす事ができたと内心でほくほくとしながら星野アクアを演じている。
「いやぁゲストの二人もいい味出してて良かったよなぁ皆」
「それどころかやりとりが甘々過ぎてスイーツが全部甘く感じられましたよ」
「そりゃスイーツやから甘いやろ!」
まとめの段階になっても景気のいいツッコミをする司会に番組観覧の方々からも笑い声が上がる。
いくつもの看板番組を持つ実力者というのがこの短い期間でアクアにも良く感じられた。
「ゲストのお二人も楽しかったんちゃう?それとも俺ら邪魔やった?」
ニヤリとした表情にまだまだ弄ってやるぞ?という気概を感じる司会にアクアは苦笑する。
世間的に見てアクアは有名俳優だが、それ以上にあかねに告白されて保留にしている男なのであまり突っ込んだことは言えなかった。
というより今回のも幼馴染という免罪符があるから成り立つものである。
「この貴重な機会をくれた番組にありがとうって言いたいよね。マリンもいつもより甘やかしてくれて楽しかった」
「お?フリルちゃんは素直ないい子やね、はぐらかすアクア君とは大違いや」
「幼馴染なんだからこれくらいは普通だろ」
あくまでアクアは本気で幼馴染として対応してこれだということを強調する。
司会にコイツマジかよって目で見られるが、アクアは『嘘つきの瞳』を使って本気ですよと強調しておいた。
内心この演技教えてくれたヒカルに感謝しながら追求を封鎖する。
「おお、凄いな本気で言うてるで。ところで……楽しくなるイチャイチャを見せてくれたお二人がまた恋愛する番組があるってほんまなん?」
ある程度話したところで本題とばかりに番宣の前振りをしてくれる司会に感謝をしながら一瞬だけフリルと目を合わせる。
「俺とフリルが幼馴染を演じる『才ある鷹は陰でひっそり爪を研ぐ』が7月から放送予定です」
人が聞き取りやすいテンポ、抑揚を研究してきた成果を見せようとアクアは意識して宣伝する。
そんなアクアの細かい技術に感心しながらフリルはその言葉を引き継いだ。
「私が刑事でマリンは投資家。異色のコンビが繰り広げる本格ラブストーリー」
「ちげぇよ!確かに恋愛要素もあるけど、メインは刑事物だろ」
「君ら漫才コンビ組んでもやってけると思うで?」
最後は綺麗にフリル好みのボケとオチまでつけて、収録は文句なしで終える事になった。
後日、6月に入りこの番組が放送された時、Twitterのトレンドは『不知火フリル』『おねだり』『星野アクア』『#アクフリ』と関連ワードが上位を独占。
この番組だけでなく他にもいくつものバラエティーで番宣という免罪符を得たフリルは、堂々とアクアといちゃついてB小町R界隈を大きく震撼させる事になる。