7月に入り、ついに『才ある鷹は陰でひっそり爪を研ぐ』の初回放送の日がやってきた。
撮影も大詰めだが、順調そのもの。
明日の撮影から最終回に入るのだが、このタイミングで今までの演技に対する世間の評価が確認できるのはアクアとしてはありがたかった。
多くの人が見て肯定する様を見ることは、自分の演技が間違っていないという確かな自信へと繋がる。
「いよいよおにいちゃんとフリルちゃんが主演の月9『才ある鷹は陰でひっそり爪を研ぐ』放送日だよ!楽しみだなぁ」
ニコニコ笑顔でアクアとアイの腕を抱えながら言うルビーは上機嫌だ。
彼女は今、アクアとアイに挟まれた状態でソファーの真ん中を陣取っている。
一番の役得なポジションであり、最愛と最推しに囲まれて天に昇るような気持ちだった。
「ルビーはいつでもかわいいなぁ」
そんな可愛らしい愛娘を見てアイは表情を綻ばせる。
前世関連の隠し事もなくなり、精々『15年の嘘』の脚本くらいしか秘密がなくなった事で、元から近かった星野家の距離感は更に近くなった。
ルビー自身も愛する母に隠し事をしなくてよくなったからか、それとも長年の恋が成就したからか更に可愛さを増しており、相乗効果を発揮している。
「ほらルビー、こっちおいで~」
「わーいママ!!」
ルビーは両手に花からポーズを変えてアイに抱き着くような姿勢を取る。
あの時彼女が願っていた賑やかで楽しい家族そのものの光景にアクアは笑みを浮かべて見守っていた。
「ほら、始まったぞ」
「はっ!見ないと」
前番組から続いていたCMが終わり、ついに今回の月9がスタートしたのを見て、アクアはじゃれ合う二人に伝える。
その言葉を聞いてアイに抱きついていたルビーが前に向き直り、テレビへと集中をし始めた。
ドラマはいつもとは違う明るい声色のフリルによるナレーションから始まる。
鏡を見ながら恰好を整えている姿は、新社会人らしく初々しさが溢れていた。
その整った容姿は画面越しにも存在感を存分に発揮している。
最後の確認とばかりに鏡という名のカメラへと接近してガチ恋距離になる所でルビーはウっと胸を押さえる。
一瞬心配したアクアだったが、胸を押さえながらも笑顔のルビーを見て呆れた顔へと変わる。
「何やってんだお前」
「いや、おにいちゃんこそなんで冷静なの。今のフリルちゃん顔キレかわすぎて失神するのが世の常でしょ。全国のフリルちゃんのファンは私と同じ事してるから」
さりなのような事を言うルビーにアクアは表情が変わる。
アイといいフリルといい面食いだよなコイツと思いつつもアクアは優しい目を彼女へと向けた。
「……こういうところは昔から変わらないな」
もしフリルが同じグループでなければ、ルビーはグッズなんかも買っていたのではないかとアクアは内心で考える。
画面が変わりフリルの全身が見える状態になったところで、アイもフリルの恰好や振る舞いを評価し始めた。
「フリルちゃん婦警さんの恰好似合うね~綺麗系の見た目だからこういう出来る女って感じの恰好映えてるよ。動きもそれに合わせててソツがない感じ」
「その辺りはアイツも結構気にしてたからアイから見てもよく見えるなら上手くいったと言っていいだろ」
フリルの演じる『国吉瑞稀』は、作中でも最高クラスの美人として扱われており、それに設定負けしない相応しい格のようなものがフリルにはある。
それは外見的な物も勿論あるのだが、上手くキャラを表現できているという事に他ならない。
「こんな子に迫られたら悪い気なんてしないんじゃないかな?アクアも隅に置けないよね~」
「ノーコメントで。ほらドラマに集中しろよ」
「アクアのけち~」
アイの言う通り勿論悪い気はしないが、そこまで細かく母親に恋愛事情を説明する息子などそうはいない。
既にある程度恋愛事情は話しているのだから、結果が出るまでアイに首を突っ込んで欲しくなかったアクアははぐらかす。
そんなアクアの返答にアイは不満そうな声を出しながらも、実のところ答えてもらえるとは元から思っておらず、ただ息子とじゃれ合いたかっただけなのですぐに画面に集中し直した。
最近アクアが忙しすぎて構う時間が減ったのが寂しかっただけだったりする。
『国吉瑞稀です。よろしくお願いします』
ドラマは進み、ところかわって警察署。
瑞稀がパチンと笑顔でウインクをする姿を披露する。
これまでフリルを知らなかった人や演技は見たことがなかった人にも興味を抱かせるのに十分な魅力。
そしてフリルを知っている人にも、これまで以上に魅力的に見える演技は視聴者の心を掴んだ。
これまでB小町Rの中で演技という分野はかなとあかねの独壇場になっていたが、ここで新たにフリルが評価される事になる。
愛想よく猫を被って立ち振る舞う瑞稀は、その後順調に警察官としての人生を送り始めたのだが、そんな彼女の前に最初の難事件が訪れる。
密室事件、そして不自然な要素が多い謎。
そんな気になる場面でようやくタイトルと共にオープニングが流れ始める。
最初に曲へ反応したのはアイだ。
「いい曲だよね、こういうのB小町の時はなかったから新鮮だなぁ」
「B小町Rでも珍しい曲調だしな」
「私も好きー!……でもこれ私達が担当はしたけどドラマに合ってなくない?」
このドラマに合わせて作られたB小町Rの新曲、いつもより切なく淡い恋心を歌ったしっとりした曲は、ここまで放送されたドラマの雰囲気とはミスマッチだ。
それがまたこの後の展開が予想できなくなり、興味を駆り立てる。
実際は瑞稀の過去を歌っており、ドラマの展開が進むごとに歌詞と作中の繋がりが伝わってくる構造となっていた。
『はぁ〜〜〜あれ?浩一?』
『なんでこんなところに瑞稀がいるのさ』
いよいよアクア演じる浩一の出番が訪れる。
髪がボサボサで私服もダサく、気怠そうな冴えない男、ただ瑞稀の目には特別に見える男という事をカメラを変更しながら伝えていく。
この表現をするためだけにアクアはこの場面を複数回撮影されていたりする。
「何このぼさぼさ頭のアクア!きゃわ~~~~」
「俺じゃなくてあくまで浩一な」
「んふふ〜」
「聞いちゃいねぇ」
普段アクアはしっかりしており、寝ぐせなどもアイの目に映る前には基本的に直している。
こういうだらしない姿は普段見る事がなく、新鮮で親バカゲージが振り切れた。
アクアは間違ってもこれは自分ではない役柄だと主張するが、彼女は聞く耳を持たずに笑顔を浮かべている。
そしてルビーもこの会話に入ってきた。
「普段クールで決めてるおにいちゃんがこういうダウナーなおにいちゃんもいいよね。なんて言うか闇系?普段はクール感出してるけど別に闇って感じじゃないし」
「『今日あま』のストーカーも闇系だろ。あとは乱歩か」
「アレはおにいちゃんの顔も全然見えないからまた違うの!乱歩の頃はおにいちゃんまだ小さかったし今とは感じ方も違うもん」
アクアが以前やった演技をいくつか例に出すが、ルビー的には何かが違うらしく熱心に主張していた。
アイも「分かる!分かるよルビー!!」なんて言って二人で盛り上がり、アクア本人は置いてきぼりを食らった気分になりながらも続きを見る。
そこから星野家女子組は浩一が事件のヒントをさりげなく出したり、瑞稀と浩一が甘い雰囲気になるたびにきゃーきゃー喜ぶなどただのファンのような振る舞いをして過ごしていくことになる。
『計画的に人の命を奪った……あなたは、ただの凶悪犯罪者です』
『……そんな、私は……間違えたのか』
完全犯罪に見えた事件に存在した数少ない綻び。
それを明確に指摘され、犯人は泣き崩れる。
犯人が連れていかれる中、場面が切り替わり、少し遠くからこの場を見ていた浩一の姿が映し出された。
「所詮はこんなものだよね。はぁ……次はしょうもないことを相談してくるなよ瑞稀」
そう呟いて去っていく浩一のシーンで物語は終わりを迎え、エンディングテーマが流れ始めた。
その歌声を聞いた途端にルビーとアイは素早く反応する。
「あれ?これおにいちゃんが歌ってるよね」
「アクア?私も聞いていないよ!?」
そう、この曲を歌っているのはアクアだった。
これまで一切情報が出ていなかったアクアによるエンディング。
家族である二人も聞かされておらず、目を見開いて驚いている。
たまにはこっちがビックリさせられたなと思いながらアクアは口を開く。
「作中のストーリーともリンクさせてるからどうしても俺が歌えって圧があったんだよ」
このエンディング曲はアクア初めての持ち歌となっており、実際に放送されるまでは秘密にされてきた。
アクア本人は初回撮影前の段階で、突然五反田からメッセージで教えられ、拒否しようと思いはしたものの動き出した企画は止まれないという事で押し通された経緯があったりする。
アクアは当時の事を思い出す。
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歌う事が避けられないと分かった四月の段階で、アクアはB小町Rへの指導経験もあり、あのルビーの歌を上手いと思えるラインまで鍛えたきゅんぱんへ連絡を取っていた。
『産休明けに無理を言ってすみません』
『気にしないで。アクア君には色々お世話になってるし、この子もアクア君に会えて嬉しいだろうし。カッコいいもんね~』
『あう?』
きゅんぱんの腕の中にいる幼子がきょとんと首を傾げ、それに対してアクアは優しく微笑みかける。
彼女は去年、ある人物と結婚して家庭持ちになっており、早速可愛らしい女の子が生まれていた。
『それで歌が必要って話だけど……大丈夫?』
心配そうなきゅんぱんの言いたいことをアクアはよく理解している。
頷きながらその心配が取れるようにアクアは言葉を選んで返す。
『流石にアイツほど下手じゃないはずなので、一旦どうにかなるかだけ確認してもらえないですか』
『……分かったわ』
ごくりと唾を飲み込むきゅんぱんは緊張した面持ちであり、母のそんな表情に赤子も不思議そうな表情を浮かべていた。
そんな中、アクアは事前に練習していたエンディング曲を歌い始める。
しっかり感情を込めて、失った誰か、もう会えない誰かへ想いを伝えるように。
数分ほどの歌を終えて、アクアはふぅと息を吐く。それに合わせてきゅんぱんが口を開いた。
『いやぁアクア君はちゃんとアイちゃんの才能継いでるね。初期のルビーちゃんみたいだったら内心どうしようかと思っていたけど問題なさそう』
一通りアクアの歌を聞いたきゅんぱんはほっと胸をなでおろした。
彼女のしていた心配事とは、初期ルビーの歌状態である事だ。
最初の頃雇っていたトレーナーは本当に大変だっただろうなとルビーの成長記録を見て、きゅんぱんは思っていたりする。
幸いアクアはその心配はなく、むしろ歌い慣れているのか上出来の部類だった。
B小町やB小町Rの歌を一人でたまに歌っている事がプラスに働いた結果だった。
『これなら何とか商業レベルのラインに間に合わせられると思うよ。流石に専業には勝てないだろうけど十分十分』
『ありがとうございます。本当に助かりました』
『全然大丈夫。アイちゃん達にも内緒にして驚かせちゃおう』
そんなきゅんぱんからのエールに頷き、アクアのレッスンはスタートする事になる。
やると決めたからには出来る限り努力をする。
そう決めたアクアはボイストレーナーにして歌の指導者として確かな実力を持つきゅんぱんに時間を見つけてはひっそりとレッスンを付けてもらう事になった。
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そんな訳でアクアはそれなりに忙しい中に、この歌のレッスンを詰め込んだ事によりここ数ヶ月はかなり時間の余裕がなかった。
ただその甲斐あってか短期間とはいえ本気で打ち込んで、それなりの物に仕上がったとアクア自身も思っている。
きゅんぱんも最終評価は歌って踊れるマルチタレント目指す?なんて声を掛ける程度には上達していた。
とはいえアクアとしては、専門にしている人たちと比べると特段上手い訳ではないため、あくまで今回限りにしたいのが本音である。
「あーそれでアクア最近忙しかったんだ。元々予定もたくさん入って忙しいね〜とは思っていたけど、家にいる時間もかなり少なかったからあかねちゃんとデートしてるの隠しているのかな~とか思ってたよ。でもいい感じだね~かなり重い感じの気持ちが籠ってそうだけど」
「それだけ驚いてくれるならサプライズにした甲斐もあったな」
上手くサプライズが成功したという事で、アクアにしては少年のような笑みを浮かべていた。
そんな兄に胸をキュンキュンさせながらルビーは疑問に思っていた事を尋ねる。
「おにいちゃんかなり大変だったんじゃない?他にもお仕事掛け持ちしてたよね?」
「相当きつかった。きゅんぱんにも結構無理言ったから今度またお礼の品とか渡した方がいいだろうな」
アクアとしても相当無理を言ったと自覚しており、きゅんぱん本人はいいよと快く答えてくれたものの、感謝と共に申し訳なさが浮かんでくる。
子供が生まれたばかりでのレッスンは、いくら彼女の旦那が比較的時間の融通が利く相手だったとはいえ、大変だっただろう。
「きゅんぱんは子供が生まれたばかりだし、子供用品とかいいんじゃないかな?私から直接渡しとくね?」
「ありがとう。でもいいのか?母さんまた主演映画あるから忙しいだろ」
歌のレッスンが終わり、比較的時間が取れるようになったアクアの方がまだマシだろうと思いながら質問するが、アイは首を横に振ってから答える。
「全然いいよ、私もたまには先輩ママとしてきゅんぱんにアドバイスしてあげたいからね〜」
「全然参考にならないって言われそうだな」
「アクア酷いよ!?大丈夫!私のノウハウをバッチリきゅんぱんに教えちゃうから!」
自信満々なアイを見てアクアは少し不安に思いながらもプレゼント対応をお願いすることにする。
後日、アイは胸を張って「先輩ママとして色々教えてあげる!」と言ったところ、『アイちゃんはアクア君とルビーちゃんでしょ?まーったく参考にならないからいい』と言われ、派手に凹むことになる事をこの時のアイはまだ知らない。
その後も色々と話をしたが、二人が満足したところでアクアは一人になり、自分やフリルの評価を調べていく。
幅広い層からの情報をということで最初はTwitterを確認した。
ハッシュタグ『#鷹研ぎ』で呟いてくれと宣伝されていただけあって、トレンド1位にこのタグが来るくらいには皆が呟いている。
その中からアクアは自分たちの演技に関わるものを重点的に確認していった。
『フリルちゃんいきなり月9!?って驚いたけど最高だった』
『アクフリが最大勢力になるまで止まらないからよ、そのまま決めろフリルちゃん』
『月9に突然抜擢されたの見た時は正直枕だと思ったけど美人だし演技いいし雰囲気最高』
『アクア様の気怠げ演技いい……』
『やっぱ星野アクアの演技すごいわ、現実感があるというか全てが本物って感じ。優柔不断野郎じゃなかったら好感持てたのに』
内容としては基本賞賛が多い。やはりフリルがいきなり抜擢された事に関しては色々と憶測が飛び交っていたが、少なくとも実力は十分だという事が証明できたのは良い事だろう。
全体的に好評が多いのは、アクアとしても最後の撮影により気合が入るというものだ。
『ピリリリ』
一通りエゴサも終わり、満足したため少し早いが睡眠を取ろうと考えたところでアクアのスマホが着信コールを鳴らし始める。
アクアが冷静に画面を確認すると『不知火フリル』と表示されていた。
「もしもし、フリルか。どうしたんだ?」
『マリンにこの感動を分けたいと思って』
アクアが黙って話を聞いてみれば、どうやら『鷹研ぎ』が好評ということで居ても立っても居られずに話をアクアに振りたくなったようだ。
どうやらフリルも先程までエゴサをしていたらしい。
彼女はどのツイートではアクアがどう評価され、フリル自身もどう評価されたなどを語っていく。
その口調は実に楽しそうで、聞いているだけでアクアも嬉しくなるものだった。
ひとしきりお気に入りの感想をアクアに伝え終わったフリルは、最後に確認を込めて小さくアクアへと伝える。
『マリン、最終回の件は覚えてるよね?』
「流石にな」
フリルの言葉は告白すると宣言した事に対する確認だ。
そしてアクアも当然忘れるはずがなかったため、肯定を口にする。
アクアの返事を聞いてフリルも自室で笑みを浮かべていた。
『私と瑞稀、二人分の言葉だからしっかり考えて返事をしてね』
「浩一の分もか。……分かった、俺なりに演技に気持ちを全部乗せて対応させてもらう」
『ありがとうマリン、楽しみにしている』
話したい本題はこちらだったらしく、アクアの答えを聞いて満足そうに返事をしてから通話を終了させるフリル。
アクアはそんな彼女に仕方がないなと思いつつも、当日を少し楽しみにするのだった。