7月の中頃。予定通り事が進めば、今日の撮影がドラマ撮影最後となる。
先日2話が放送された『鷹研ぎ』だが、今のところはかなり好評といっていい。
アクアは五反田と撮影前に作品の評判について話していた。
「正直予想以上に浩一・瑞稀カップリングの評判が良い」
五反田は恋愛要素をサブ程度に考えていたので、一応最後にカップルが成立はするものの、プラトニックな告白で終わりにしたのを少しだけ後悔し始めていた。
気怠そうにしながらもなんだかんだ瑞稀の言う事を聞いてしまう浩一と、浩一には他の人にしない甘え方ができる瑞稀の組み合わせがかなりウケており、現実の関係性とリンクした幼馴染という関係がそれを更に加速させている。
「事件の展開もかなり好かれているし全体的に想像以上に好評なだけじゃないか?」
アクアは五反田の言葉に意見を口にする。
事件のトリックなども斬新で興味をそそられる物なのも人気に関与していたりする。
ちなみに、このトリックは五反田が以前監督を務めた『転生探偵乱歩』の原作者が監修しており、漫画の方では使えなさそうなネタをこちらでやってみたとのことだ。
今でも五反田とは時折飲みに行くらしく大きくなったらアクアを連れてこいと言われているとか。
「まぁそれもそうか。全体的に歴代の月9と比較しても好評だ。視聴率も近年の中ではかなり高いぞ?ここ数年では、姫川大輝と片寄ゆらが出ていた時に次いで好スタートだしな」
「正直その二人に負けたくないところなんだが」
「お前は贅沢過ぎるな、あの二人が出ても視聴率20%なんだからそんなもんだよ」
月9というのは今もドラマの代表のような格はあるが、以前よりテレビ離れが進んでいる結果、昔のような圧倒的な視聴率はなくなっている。
実際アクア達の前に放送されていた月9の視聴率は一桁台後半で、これでも最近ではいい方だと評価されていたくらいだ。
それに対して『鷹研ぎ』の視聴率は17.2%で1話が15%程だったところから少し話題に上がって上昇しており、破格も破格。大盛況と言っていいだろう。
2話は少し勝負の回というか、浩一達の過去をちらっと見せたり、回を跨ぐ事件が起きたりと今後に繋がるフックが散りばめられた回だ。
この回が更に話題になれば20%も見えてくるラインにいる。
「まっ、もう撮影は最終回だけ残されてるわけだからな。これまで自分がやってきた演技や演出を信じるしかねぇだろ」
「そうだな。俺が出来る事は全てやったわけだし、あとは待つだけか」
今振り返ってもアクアは自分のその時出来る最高の演技だったと思っている。
相方であるフリルの演技もアクアから見ても評価できるポイントが多く、アクア一人では表現しきれない部分を共に演じ切ってくれた。
たとえ大輝とゆらの出ていた作品を超えられなくともそれが自分の実力だと受け止めるしかない。
アクアと五反田がドラマの評価について話をしているとふらりと近くに人が来た気配を感じ、アクアはそちらに目を向ける。
「あれ、マリンだ。カントクと話してたの?」
「ああ、『鷹研ぎ』の視聴率とか展開について少し話してたんだ。フリルこそどうしたんだ?カントクになんか用か」
「そう、少し脚本について相談とかしたいところがあって」
フリルの話し方からしてアクアを探していたのではなく、五反田を探していたらたまたまアクアがいたという構図だろうと判断して、念のため確認すればやはりアクアの予想からズレていない答えが返ってきた。
フリルは少し申し訳なさそうにアクアに意見を伝える。
「ごめんけどマリンは少し離れていて欲しいんだけど大丈夫?内緒の相談をしたいの」
「……はぁ、分かった。ただあんまり無茶ぶりすんなよ?」
「ふふっ、そこは大丈夫。マリンなら対応できる範囲にするから安心して」
全然安心できないなと思いながらも何かを察してアクアはその場を離れる事を決める。
離れる前にこれから相談事を受ける五反田へアクアは一言だけ声を掛けておいた。
「カントク、悪いけどちょっとフリルの話を聞いてやってくれないか」
「お、おう。何の話か分からねぇが作品が良くなるなら協力できる事はしてやるよ。……というか今のやり取りでよく察せるよな、幼馴染ってすげぇわ。脚本もっと盛ってもよかったなこりゃ」
それに対して五反田は脚本もっと攻めた方が更に人気見込めたなと自分の『本物』を見極める力の不足を嘆く。
そしてそこから二人の会話が始まるのに合わせてアクアは立ち去ったのだが、移動中に五反田の「はぁ!?正気か?」や「今どきの高校生ってのはすげぇな」という声を聞いて、アクアは一体二人は何を話してるんだと後ろ髪を引かれる思いをする羽目になった。
「……本当に不安だ」
「何が不安なんだい」
「みたさんか、おはようございます」
フリルが何を言ったのか気になり過ぎて、アクアが思わず呟いた独り言に返事が返ってくる。
そちらにアクアが視線を向けてみれば、アクア達に次いで出番が多く、何度かバラエティーにも共演させてもらったみたのりおがそこにいた。
「こないだのバラエティーは助かりました。フォロー力凄いですね」
「俺はかなりバラエティーにも出てるからな。歌以外は大体経験済みだ」
努力に裏打ちされた実力を持つみたのりおは、自分の実力を疑わない。だからこそどんな局面でも堂々としている事ができる。
アクアもバラエティーは特に彼の立ち回りや話し方を勉強して成長するいい機会となっていた。
「それに……それを言うならアクア君、君のエピソードトークの濃厚さの方が凄いと思うが。アレ多少の脚色はあれども本当の事だろう?」
「幼馴染が多い上に子供の頃から芸能活動をしていたので引き出しには困らないですから」
共演した際の引き出しの多さに驚かされたみたのりおからの問いかけに、アクアは肯定の意味を込めた言葉で返す。
アクアのエピソードは今世に限定していてもかなり濃厚だ。
自分だけでなく身内の話も含めるのであれば、現時点で今後困らないくらいには話題を蓄えていた。
そんなアクアの返しにみたのりおは羨ましいと思わず言葉を溢す。
「基本的にエピソードトークは貯金の切り崩しだ。どれだけ望んでも本物の面白い話はそう簡単に集まるものではない。それだけ濃い人生を送れたのは努力もあるだろうが運もいいぞ」
「本当にその通りですね。使いどころはちゃんと選ぼうと思います」
アクアの場合は言えないようなエピソードもかなり豊富で、転生の件も含めれば本当に濃厚過ぎる人生を送っていると自分でも思っていた。
素直に頷いたアクアに、みたのりおはアクア達の今後を案じた言葉を向ける。
「今回の月9は評判がいい。それはやはり君とフリルちゃんの演技が大きい」
「ご謙遜を。みたさんの演技がいい味を出しているのも大きいですよ」
「それがないとは言わないが……やはり二人の持つスター性がこの話題性には一躍買っていると思う」
自分が他の女優と主演をやったとしても残念ながらここまでの数字を担保するのは難しいと考えていたみたのりお。
まだ成人もしていないというのにこの知名度は今後何年も苺プロの時代が来るだろうことを容易に予想させた。
「まあ君の場合はせいぜい女性関係くらいだろうから、相手がいる女性に手を出さないようにな」
「当然そんな事はしませんよ。スキャンダル対策には気を付けていますから」
しれっと答えるアクアだが、アイドル2人と付き合っており、内1人が実妹という特大のスキャンダルが存在している。
この秘密だけは露呈しないように気を付けないとなとアクアは心の中で思うのだった。
撮影が始まる時になり、アクアも衣装を整えてもらい配置につく。
先程フリルが言ったのは恐らくアドリブの提案だろうとアクアは考えている。
どんなアドリブを提案したのかは分からないが、五反田の驚きようからも軽いものではない事は容易に予想が出来た。
ただいつ来るか分からないアドリブをいつまでも気にしてパフォーマンスを下げる訳にもいかないとアクアは演技に集中する。
今日撮影するのは最後の犯人を追い詰める場面、恋愛方面の決着という実に濃い二つのシーンだ。
まずはストーリーのクライマックスである最後の事件を解決する場面。
「いつから私が犯人だと疑っていたのかね?」
最後に起きた事件、というより最後に解決する事件。
それは最初の事件より前に起きていた瑞稀の父親の殺害事件だ。
これまで何度か故人である事を匂わせる描写が作中で行われていたが、死んだのはほんの1〜2年ほど前。
他殺されたということは分かっていても証拠もなく、未解決の事件として終わる事なく放置されていた事件であり、瑞稀が進路を警察官にした理由でもある。
尋ねてきた犯人にアクア演じる浩一は軽い調子で答える。
本当に何でもないように当然のように淡々と。
「初めて会った時」
「……は?」
犯人は口を開けて固まった。
初めて会った時の印象はそこまで悪いはずがないと思っていた。
「というか瑞稀から色々愚痴を聞いた時かな。その時点では1割くらいしか疑っていなかったけど」
浩一の発言に唖然とする犯人、玉森は正気か?と疑っている表情をしていた。
みたのりおが演じる玉森は、瑞稀の上司であり、警察官。
最初に出てきた時は穏やかな印象が強かった彼が何故?といった反応になるだろう。
本当に小さな伏線が台詞に撒かれており、これまでどうして浩一が有能な姿をわざとぼかしていたかなんて話も説明されていく。
傍で聞いていた瑞稀を含めた多くの警察官達は皆信じられないという表情を浮かべているが、浩一の推理には粗がない。
少しずつ推理の解説が進むごとに逃げ場はなくなり、ついにそのすべてが解き明かされた。
動機を自白する玉森は目が血走っており、正気にはとても見えない。
ここはみたのりおの演技が光る場面。これまでの温厚な皮を捨て去り、僅かに見えていたおかしな部分こそが彼の本性だと証明するように自白していく。
「てめぇのせいだよ。てめぇが何も言わなきゃ瑞稀ちゃんもウチの部下も皆知らないで幸せだった。お前がそれを壊したんだ。才能を見せびらかすのは楽しいか?」
「……」
それは浩一が以前友人から言われ、目立つのをやめてこっそり生きる事を決めた時に言われたものと同じ言葉だ。
一種のトラウマのように浩一の動きは止まる。
その隙に乗じて逃げ出そうとする玉森を一人の警察官が投げ飛ばして逃げられないように拘束した。
「浩一は私が知りたかった事件の真相を明らかにしてくれた。私はそれに感謝してる。そもそも殺人犯であるあなたにそれを責める資格なんてありません」
その警察官は瑞稀であり、まだ父親を殺した相手への感情の整理が付いていない中、唇を噛みしめ、責任転嫁するような事を言う玉森に激情をぶつける。
「……玉森さん……あなたを……逮捕します」
気丈に我慢するのにも限界が来て、涙を流した瑞稀が手錠を掛けたところで推理劇は終了する。
フリルの堪え切れずに泣いてしまったという感じの泣き演技は真に迫っており、アクアもそれが本物かと思わせる出来だ。
泣き演技と言えば有馬かなという所があるだろうが、今回はそれと比べても負けていないだろう。
事件は無事解決を見せ、しばらくは何処か抜け殻のようになっていた瑞稀だったが、持ち前の精神力と為したいことがあるからと立ち直る。
元気に仕事をする反面、難事件にもならない事から浩一と出会う機会も減っていた。
ただそれを寂しく思って自分から連絡を取ってみる。
「やっほー浩一、久しぶり」
「僕だって暇じゃないんだ、何の用だい?」
呼ばれたのが嫌で嫌でしょうがないと言いたげな変わらない浩一を見て瑞稀は思わず吹き出す。
そんな瑞稀を見て浩一ももうある程度メンタル回復したんだなと、ほんの僅かにほっとしたように表情が動く。
視聴者にすら一部しか正確には気付かないだろうくらいの表情の変化。アクアはその辺りがしっかり表現できるように調整する。
あくまで違和感を抱く程度がこの場面ではちょうどいい。
「浩一はさ、どうして事件の協力をしてくれていたの?」
「別に深い理由はないよ。ただの暇つぶし」
「嘘だよねそれ。あの日偶然あそこで会ったのは本当だと思う。だけど浩一は明らかに独自でお父さんの事件を調べてた」
そんな瑞稀の追及に浩一は観念したようにため息を吐く。そこから色々と瑞稀のためを思って行動していた事が明かされていく。
フリルの中にある瑞稀の感情と自分の感情の二つが『彼』への愛で満たされていくのを感じる。
今言えば最高の演技、いや最高の告白になるとフリルは思い、感情に流される事に決める。
「昔、私がこの先今のままの自分でいいのかって悩んでる時に、そのままの私がいいって言ってくれた事あるよね?」
「アレは瑞稀が珍しく悩んでいたからね。僕は君の態度を好ましく思っていたからそう答えただけ」
このエピソードはアクアとフリルのものだ。
瑞稀と浩一の空白の時間。これは『俺が考えるよりお前らの思い出で埋めろ』という五反田からの無茶振りが元々されていた。
キャラクター性を維持したまま、当時のことを思い出して会話をする。
「浩一にとっては何気ない言葉だったのかもしれない。でも私にとっては本当に救われたの。自分を偽らなくていいんだって」
「……大袈裟だね。それに僕は気を遣った訳じゃない。ただの本音だよ」
「そうかな?でもきっと私にとってはアレがトドメ。それまでもずっと憧れの存在ではあったけど、明確にもう離れられないと思う程になった」
フリルは当時のことを思い出す。
彼女なりに本当に悩んだことだ。
芸能界は才能だけでそのままやっていけるほど甘い環境ではない。
そんな場所で君なら大丈夫と言う既に第一線で活躍していた同年代の言葉がどれほど頼もしかったか。
それまでもきっと男女としての好きという気持ちをいつしか持っていたのだろうが、二番でもいいなんて不健全な程に好きになったのはあの時だろう。
「頭はいいけど実は不器用で、妙に悪ぶる癖があるけど底抜けに優しい。いつも結局助けてくれる。そんなあなたのことが好き……あなたが思ってるよりずっと好きよ」
「っ!?」
いつもとは違う恋心を隠す事なく頬を染めるフリルの照れ顔に、アクアは思い切り動揺するが、そのまま浩一のものとして演技に転嫁する。
普段こういった表情を見せない彼女が、整った顔を緩ませている姿はその場にいる全員の目を奪うものだ。
カメラは彼女の表情をより魅力的に見せようと角度を工夫して撮影し続ける。
クライマックスの絵としてはほぼ理想と言っていい。
そしてフリルの反撃は終わらない。
そのままアクアへ抱き付いて、その唇へとキスをした。
このシーンはアドリブであり、脚本には書かれていないシーン。
ただアクアはいつかのルビーの時のように混乱で避けられなかった訳ではない。
今回はフリルがシチュエーション的に避けさせなかったという方が正しかった。
(マリン、折角の月9でクライマックスの告白シーンだよ?避けられないよね)
絵面を優先するのであれば、このキスを避けるのは難しい。
もしこれが何とも思っていない相手であれば、悩んで避けたかもしれないが、アクアもフリルの事を憎からず思っている。
受け入れるのは必然とすら言えるだろう。
つまりこのシーンはフリルによる作戦勝ちという訳である。
監督が、カメラマンが、共演者が、全員が時が止まったかのように動きを止めて二人に魅入られている。
少し時間が経ち、満足したのかフリルはアクアから離れてから口を開いた。
「ぷは……息苦しかった」
「当たり前だろ。呼吸を止めていたんだから……アホなのか?」
身もふたもない感想を言うフリルに対してアクアは浩一というキャラクターを何とか維持して呆れが多く混じった視線を向ける。
フリルのもはや真っ赤な顔は、その発言に照れ隠しが含まれていると誰もが分かる物で、『不知火フリル』『国吉瑞稀』という二人の少女の魅力を引き出している。
フリルがどんな演技をしていても不知火フリルという属性が残ることを活かした文句のない告白だろう。
「アホは酷いよ、美少女のファーストキスなんだから喜んでくれてもいいのに。それで返事……っ!?」
浩一からの返事は本来台本にあるものだが、あのアドリブがあったのならばあえて必要ない。
言葉ではなく行動で示せばそれでいいのだ。
今度はアクアから一歩前に出てカメラの角度や照明の位置まで計算してよく映える状態でフリルにキスを返す。
予想もしていなかった事にフリルは大きく目を見開いて、状況を理解したところでその目から涙がこぼれ落ちる。
それは父の事件が終わった後の悲しい涙とは違う、念願が叶った嬉し涙だった。
「……かっカット!OKだ」
最後のシーンが終わってからも少し固まったままだった五反田が、ようやくカットを宣言する。
その声に全員が魔法から解けたかのように硬直から解放された。
アクアもその合図に合わせてフリルから唇を離し、周囲はザワザワと会話の声が聞こえてきた。
「早熟と不知火フリル、いい演技だった。真に迫っていたっていうか……あーいや文句はねぇんだが……」
「どうしたんだカントク」
「こういうの今どきは突っ込むとあんまり良くねぇよな。なんでもねぇよ」
五反田は何となく先程のフリルがした告白が本物だと察したが、二人とも演技を崩す事なく『国吉瑞稀』と『鷹野浩一』のラブシーンとして成立させていた。
それであれば監督としてはもう首を突っ込む案件ではないと考えている。
先程撮影していたシーンを改めて確認し、脚本とは変わったもののそれ以上に愛を感じるいいシーンに仕上がっている事を五反田は再確認した。
五反田は他の共演者からも熱烈なキスを揶揄われている二人を見ながらボソリと呟いた。
「今時の高校生すげぇな……俺も婚活成功してぇな」
五反田が結婚できる日が来るのだろうか。
それは神のみぞ知る事だろう。