仮面ライバーの撮影が始まった。
撮影初日、アクアとあかねは出番こそないものの自分たちの演技に必要な情報を得るため、ミヤコに連れられて現場に入る。
この日、珍しく撮影現場にルビーは一緒に来ていない。
彼女はアイのミニライブの方に付いて行くため、社長とアイに同伴していた。
基本的にルビーの場合、B小町のライブがある時はそちらに参加し、それ以外はアクアについて行くという推し活特等席を確保している。
きっと世界一人生を楽しんでいる幼児だろう。
アクアたちが現場に着くとまだ撮影はしていないものの、既に現場入りした役者たちの熱気によって独特の空気が漂っていた。
「これまでのドラマとはまた違う緊張感があるな」
アクアはこれまでに幾度か地上波に出たことはある。
だからアクアとしては慣れた物だと思っていたのだが、特有の空気に少しだけ呑まれていた。
前世から通してアクアが仮面ライバーのファンをしていた時期は特になかった。
さりなに会ってドルオタにされるまでは、少し漫画を嗜むくらいでろくにそういった趣味に傾倒もしなかった男なので当然といえよう。
それでも仮面ライバーが多くの子供達にとって正義のヒーローであるという認識はアクアだって持っている。
シリーズによって多少は異なるものの、完全悪なことなんて滅多にない。
『お兄ちゃんが正義のヒーローってはまり役だよね、録画して切り抜きとか作っちゃおっかな』
『完成したら私のスマホにも入れてね、ライブ前とかに見ちゃう!』
身内はこんな能天気なことを言ってはいるものの子供達に正しさの説得力を与えられる演技ができるかとアクアなりにプレッシャーを感じていた。
「あっアクアくんで緊張してたら私なんてどうなっちゃうの。……緊張で心臓が破裂しちゃいそう。かなちゃんはどうやってあんな演技してるんだろう」
アクアより遥かに緊張しているあかねを見て少し力が抜ける。
初地上波でいきなり知名度があるところにバッティングされればそうもなろう。
あかねも今日までにいくつかの配信者とコラボをしてカメラに映る練習は積んで来た。
だが、本番は、というよりテレビはまた違うということだろう。
自分よりガチガチな人間を見ると謎の安心感があるよな、なんて思いながらアクアはあかねに言葉をかける。
「有馬みたいにこの年で堂々としてる方が異常だから気にするな。少しずつ慣れていけば良い」
「そういうアクア君だって、こないだ出てたドラマの時は堂々としてたもん」
これはアクアがオーディションを受けて勝ち取ったドラマの撮影の話だ。
この時の撮影には、体験のつもりで同行していたあかね。
大人に囲まれても冷静さを崩さず、求められている100点の演技をするアクアにあかねは自分が憧れた人は本当に凄いなとその時再認識していた。
「そこは経験だ。俺も流石に有馬ほどの経験値はないが、それなりにやってきているからな。あかねもその内できる」
「ほんとかなぁ、でも頑張るしかないもんね」
アクアからの激励もあって気合いを入れ直したあかねだった。
会話を重ねて彼女の緊張が多少ほぐれてきたところで、アクアとあかねは予定通り現場にいる人達へ挨拶をして回る。
五反田監督に言われたコミュ力が大切という信念をアクアは持ち続けており、礼儀正しく接するようにしている。
順番に挨拶をしていき、スタッフは次で最後というところまで来た。
ちょうど手の空いた監督へ話しかける。
「おはようございます茨城監督。僕は星野アクアと言います。本日はよろしくお願いします」
「黒川あかねです。初めての現場ですが、精一杯やらせていただきます。よろしくお願いします」
「ほぉ……俺は茨城、ここの監督だ。子供なのに丁寧な挨拶だな。彼が気にいるわけだ」
監督は驚いた声を出しながらも挨拶は答える。
そこに気になることがあったのでアクアは思わず問い返した。
「彼?」
「あぁ、主演の神木君だよ。彼が君なら自分の子供時代の演技もできるだろうと太鼓判を押してね」
思わぬところから探していた名前が出て驚くアクア。
仕事を取ってきた壱護も特にそれらしいことは言っていなかったので初耳だった。
「彼は劇団ララライの実力派でね。今回の仮面ライバーはコケられないから見た目と実力共に揃っている彼を主役にしたんだ」
ニコニコと笑う監督からそんな裏話を聞かされる。
50周年は伊達ではなかった
「実はこの後、神木さんに演技を見せてもらおうと思っているのですが、撮影時間は空いていますか?」
「わ、私もヒロイン役の菊島さんの演技を見たいと思っていて」
「それなら二人ともあそこだよ。しばらく怪物パートの撮影で彼らは空いているから聞いてみたらいいんじゃないかな」
アイも認める実力派俳優、神木輝。
アクアも事前に調べたが、カメラ演技は殆どしていないためか、当初の予想通り知名度はそこまで高くなかった。
ただその実力は確かなようでララライの演劇を見に行った人からは絶賛されている。
今の神木輝を表すならば、知る人ぞ知る天才と言ったところだろう。
今後はテレビでも売り出したいと事務所が考えるのも無理はない俳優、それがアクアの出した神木輝の印象である。
監督に教えてもらった場所へ行き、アクアはヒカルへと挨拶をする。
「初めまして。神木さん。苺プロ所属の星野アクアと言います。主人公の子供時代を務めさせていただきます。よろしくお願いします」
「君が……」
アクアの顔を見た時、カミキの表情が変わったが、それを人が知覚するにはあまりに刹那でアクアも認識できなかった。
アクアは写真でヒカルの顔は見ていたが、実物で見ると想像以上だと思っていたりする。
アクアの母親であるアイは美少女という言葉の擬人化と言っていいルッキズムの化身のような少女だ。
そんな彼女といい勝負をするかもしれない人間に初めて巡り会ったというのがアクアの感想だった。
「初めまして、僕は神木輝。君のことはよく知っているよ。演技もしっかり見させてもらっている。これとか僕のお気に入りでね」
そう言いながらヒカルは自分のスマホを取り出してお気に入りのページを開いてアクアに見せた。
アクアもあまり気にせずその中身を見て絶句する。
『ばぶ!ばぶ!ばぶ!ばぶ!』
「おっと間違えてしまった。本当は『カリブのおきて』を見せようと思ったんだけどね」
「アクア君可愛い!!!これ本当可愛いですよね神木さん!」
まだ緊張が残っていたところにお気に入りの動画を見せられたあかねが思わず反応する。
アクかな古参ファン黒川あかねは当然の知識としてヲタ芸赤ちゃんを網羅していた。
とはいえ顔見知りではない相手に食いつきすぎて恥ずかしかったのか、その後すぐにアクアの後ろへあかねは下がる。
「ごっ……ごめんなさい」
「ふふっ全然いいよ。この動画も本当にお気に入りだ。たまたまテレビで見かけて知ったんだけどね、この世にこんな癒される動画があるなんて思わなかった。病んだ心によく効くよ」
「……」
この動画に何度ダメージを受けさせられるんだろうか。
アクアは少し戸惑っているものの世界でトータル億単位で再生されている動画でリピート勢も多数なのだから一生擦られ続けるのは当然だったりする。
そのあたり転生前の感覚でネットを甘く見ているのかもしれない。
それでもギリギリクールキャラで世間に通っている辺り、普段の行いは大切だとよくわかる。
一度完全にクールキャラを破壊されたとはいえ、逆に普段クール系なのが演技でドルオタが本性なのか、それとも赤子故の過ちなのかどうなのかとネットでは議論されていたりとアクアが人気な一因だったりするとか。
「君はアイのことが本当に好きなんだね」
「まぁ推しなので。妹共々物心ついた頃から世話になっていますし」
「そうか。キミは社長夫妻の子供だもんね。そういってもらえてアイも嬉しいだろう」
そんな話をしていてアクアはようやく気がついた。自分もあかねも先程までの緊張感が抜けている。
ちょっとした事で相手の感情を動かす。
それを当たり前にこなせる彼ならば演技で人の心を動かすなんて訳ないだろう。
雑談もそこそこに、アクアはヒカルに今回やる予定の芝居を実演してもらうことにした。
「実は一度生で神木さんの芝居を見せてもらいたくて……」
「それは今回の主人公役の演技でいいんだよね?いいよ」
アクアは事前にヒカルについて調べた。
それによれば劇団ララライが最近伸びてきている要因であり、看板役者と書かれていた。
実際いくつか映像に残っている演技を見せてもらったが、どれも自然な演技が上手いと印象を受けている。
感情演技の際には、本当に喜怒哀楽全てを観客に分かりやすく見せており、アクアも演技の参考のつもりが完全に引き込まれていた。
実物を見るとまた違った感想があるかもしれない、そう思って申し訳ない気持ちはあったもののお願いした形だ。
それに対してヒカルはあっさりと受け入れた。彼としても目的に合致していたのも大きい。
「あっじゃあ私は一旦菊島さんのところにヒロイン役の演技を見せてもらってくるね」
「本当に緊張が吹き飛んだみたいだな」
「アクアくんのヲタ芸のおかげだよ。赤ちゃんって見てると元気出るよね。お互い頑張ろうね」
「本当に感謝をしているなら追い討ちはやめろ」
そんなことを言ってあかねは一人、ヒロイン役の人へ演技を見せてもらいに向かった。
アクアにダメージを残して。
はぁと小さくため息を吐いてアクアは二人の引率で来ていたミヤコに話しかける。
「ミヤコさんあかねを頼んでもいいか?」
「あんたね。一応彼女はあなたより年上よ?そんな守られるだけのお姫様じゃないんだから。ほんと身内には甘いわね」
ミヤコは呆れているが、アクアは精神年齢的に言えばミヤコと同じかそれ以上だ。
いくら肉体に精神が引っ張られるといってもそこまで心配されるようなものでもないと考えていたから自然な反応だった。
ミヤコは呆れつつも初仕事のあかねの方につくことを決めてこの場から去る。
最終的にアクアとヒカルの二人だけが残された。
そこまで離れた場所ではないため二人きりというわけではないが、アクアは不思議な空気に満たされている気がしてしまう。
アクアとしても役者として事前にキャラクターについては散々台本を読んでいる。
ただ大人っぽいキャラクターならいいというものではない。
ヒカルがどのような演技をしているかに合わせないとイメージの差が発生してしまう。
普段と違い自分の解釈だけではいけない。人とイメージをすり合わせないといけないのだ。
「お願いします」
「そうだね……。アクア君は仮面ライバークロノスの主人公がどんなキャラクターか実物を見たいのかな。……じゃあしばらく時崎優斗でいるから参考にしたらいい」
アクアはその目を見開く。
ずっとヒカルが喋っていたはずなのにいつの間にか別人がそこにいるかと思ったほどだ。
アクアが見て上手いと思った演技は同世代だとかなの演技になる。
だがそれは全年齢に範囲を広げた時、上には上がいるのはこれまでも見てきた。
バラエティだけでなくドラマの子役などで出ると上手い演技を扱う人は何人もおり、それぞれ個性があった。
だがこれは次元が違う。息をするように演技をしていた。まるでその人物がその場にいるかのように。
特にその暗い輝きを宿した目が俺は元からこうだったよ?と言いたげで、とぼけているようにも見えるのに、それを信じさせる説得力を与えている。
(手本、それも完璧な手本だ。役者を目指す上でこれ以上はないかもしれない、そう思わせる力がカミキさんにはある)
アクアはこの演技を少しでもモノにしたい。今回の役に限らずそう思わされた。
今のアクアはクール系の大人なキャラだけは大人顔負けの再現度を誇る。何故ならそれは前世で一度経験しているからだ。
そこに医者という属性までつけば、誰にも負けない自信がある。
他に同じ精度でできるとしたらドルオタアラサー男くらいだろう。
この自然な演技をもし会得できれば他の演技も自然にすることができ、アクアは役者として大きくレベルアップできると考えた。
「凄いですね。どうやっているんですか?」
「まずは心、自分の心に暗示をかけるといい。それから偽りの心を目に映し出せば説得力が出る。キミならできるだろう?」
簡単に言ってくれると思いながらもアクアは考える。
自分の心すらも騙して行う演技。
転生者として自己が確立していない子供がこんな演技をやり続けていれば人格形成に大きく影響が出そうだなと医者目線な思考になる。
もっと言えば大人ですら自身のアイデンティティに関わる心が壊れていないと負担のかかる長時間はできない演技だろうなとアクアは思った。
今のアクアは心が充実しており、完全に己の心を騙し切るのは難しい。
だがせっかくもらったアドバイスを活かさないのも勿体ないと深く思考を巡らせた。
(目か……。確かに神木さんの演技を本物だと感じた最後のきっかけは目だったな)
人は人と話す時に目を見ることが多い。
目で相手の真偽を図ろうとする傾向にあるからだ。
これでもアクアは吾郎時代に患者の嘘を見抜けるように見抜く方は鍛えてきたつもりだ。
昔は12歳の少女に、あっさりと死期を隠されたこともあったが、今ならそんなヘマはしない。
そう思っていたが、ヒカルの言い分通りであればまだ見抜く力が足りていないらしい。
信じさせる目か。そう考えてアクアは身近な二人を思い出す。
アイ。思い返せば吾郎が彼女を初めて知った時、ライブの映像を見て嘘っぽいと思っていたはずだ。
それなのにさりなに言われて彼女のことを見るようになってからいつの間にか彼女の虜になっていたのは、その瞳が嘘を真実と思わせる説得力を持たせてくれたということなのかもしれない。
嘘はとびきりの愛だと言い切る彼女のことだ。そこまで不思議もないだろう。
ルビー。一度は前世で看取った相手であり、研修医とはいえ医者の吾郎に本当の危篤になるまで体調不良を隠し切った少女。
結局急変するまで吾郎はさりなの危機に気付くことはできなかった。
彼女の持つ命を燃やした愛が元気だと吾郎に信じ込ませた。
そうか、身近にそんないい参考例があったのかと目から鱗が落ちるアクア。
(二人に共通するのは愛か。他の感情を隠すほどの愛が真実を隠している)
それらに合わせて神木輝の演技を参考にすれば、擬似的に目で騙る演技を会得できるかもしれないと思い付いた。
アクアは一度目を閉じて今見たヒカルの表情や動き、そして声音なども含めて脳内で反芻する。
「少し掴めたかもしれない。キミのおかげで撮影でも何とかなりそうだ……こんな感じですか?キャラ設定に少し生意気でクールぶっているが熱いところがあるとありましたけど」
比較的素のアクアに近いキャラ付けだが、もう少しぶっきらぼうな口調で声は少し冷たくする。
あまり自分から離れていないキャラから練習できるというのはありがたいとアクアはこの『偶然』に感謝した。
「ああ、いい感じだ。熱いところは内心の話で態度には基本出ない。実に俺らしい。……ここからの感想は普段の僕でやらせてもらおうかな。まだまだ荒い部分はあるがいいと思うよ。戦闘シーンはちょっとだけカッコつけ感を出して厨二病風にすれば完璧だね」
演技同士とはいえ、自分と自分が話すというのは奇妙な気分になる。
心に負荷を掛けず行う目の演技。今後も自分の武器になるだろうとアクアは気持ちを昂らせる。
今の感覚を忘れないため、ヒカルに許可を取って一人練習を続けるアクアを見てヒカルは少し寂しそうな顔で呟いた。
「……本当に僕らの子は君そっくりだよアイ」
消えるほど小さな声はアクアの耳には届かなかった。
後日、アクアとあかねは無事初回の撮影を終える。
「カット!お疲れ様。最近の子役はみんなこうなのか?大人しいし演技もできてるしビックリしたぞ」
「いやいや、監督先月別の現場で酷い目見たでしょ。この子達が特殊ですよ」
「ありがとうございます。これからも精進します」
「……キミまだ3歳とかだよね。本当にビックリするわ」
アクアはとにかくヒカルの演技を動画で見返して練習した。
撮らせて欲しいといえばあっさり許可を出してくるあたり寛容な人だなとアクアは思っている。
動画で見た時、直接目が合っていないのに説得力が出る理由を自分なりに考察し、カメラに対して目で訴え掛ければいいと気付いてからはスムーズだった。
元々ヒカルの演技は舞台に合わせ込まれたもの。そこにアイがやっていた物の合わせ技。
それが今回アクアの身につけた技術だった。
以前五反田監督のドラマでアイの行った視線を集める演技。
あの時は脇役でやったから問題になったが、主役のアクアならばほとんどの場面で使っていい手法だ。
相手を偽る目の演技との合わせ技はアクアの表現力を一段上へと引き上げている。
知っている人間から見たら才能が遺伝していると判断されたことだろう。
比較的うまくやれたと思っているアクアに対して、1人落ち込んでいるのはあかねである。
「うう……。アクアくんの足引っ張っちゃった」
「いや、初のテレビ向け演技であれだけできるなら十分だと思うぞ」
あかねはしっかりとヒロイン役の人とコンタクトを取って、彼女に近い演技をしていたとアクアは思っている。
初めて演技した時の自分よりずっと表現や感情の発露が上手く、少し才能の差を感じていたくらいだった。
だが、あかねからすると悔しくて仕方がないようである。
「ううん。アクアくん今回の現場ですごく伸びてて。少しずつ追いつけてるかなぁなんて思ってたけどまだまだって実感しちゃった。……次はもっとうまくやるね」
「あかねならできるだろ。それに俺の方が役者歴長いからな。そんなすぐに追いつかれても困る」
アクアから見たあかねは普段の真面目っぷりがその演技に反映されている。
憑依型とまでは言わないが、実直に原作を再現しようとする傾向にあり、設定をかなり読み込んでキャラを作っている。
普通なら難しいことだが、あかねは地頭がいい。前世医者になって最高レベルの大学に行っていた吾郎から見ても天才の部類だと思わされる程だ。
あと一つ、何かきっかけがあれば急激に成長するんじゃないか。
そんな予感を感じさせる可能性を見せていた。