ゴロさり騒動も終わりを迎えてから昼休みに入り、アクア達苺プロ二年生組は皆で食事を摂る。
元々人気が少なかったのもあって、アクア達が昼食場所に選んだ場所は、他に誰もいなかった。
会話をしながら食事を進めていく中で、ルビーはふと思ったことを口にする。
「かな先輩とあかねちゃんがいないのは少し寂しいね」
元々学年が違うのもあって一緒に食べる機会も年下組と比べて多い訳ではなかった二人だが、今日はそもそも学校に来ていなかった。
寂しそうにそんな事をいうルビーに対してアクアは答える。
「まぁ二人とももう自由登校だからな。流石に学校来るより仕事が優先だろ」
「楽しみだよね、あかかなコンビ。主演級で共演は久しぶりじゃないかな」
今日も二人は撮影の仕事がいくつか入っており、学生としての枷が殆ど外れて非常に忙しそうに立ち回っている。
来期の日曜劇場で放送予定のドラマにも二人は出演予定で、名探偵を演じるあかねとその助手かなという組み合わせは事前情報だけでかなり期待値が上がっていた。
「かなさんとあかねさんが卒業かぁ。なんか実感わかへんなぁ」
「二人とは高校で初めて一緒の学校になったもんね」
アクア、ルビー、フリルの三人はずっと同じ学校同じ学年で、みなみも中学から合流している。
それに対して二人は高校になってからだ。特別仲の良い先輩が卒業するというシチュエーションが事実上初と言っていい。
別れらしい別れは初めてであり、少しだけ空気がしんみりとした。
「でも二人ともアイドル卒業せんでよかったなぁ。うちらもしかしたら三人ユニットになるかもって不安だったんよ」
「まぁそれについては私も含めて皆で話し合ったしね」
元々高校生くらいを目途に女優業に専念すると予定していたかなとあかね。
ただ二人とも今は考えを変えて、このアイドルグループで活動を続けていきたいと考えていた。
いつまでもアイドルでいられる訳ではないが、皆でやりきるまで走り抜けようと話し合って決めていた。
二人ともアイドルの仕事にやりがいを感じており、活動を続ける上で心境の変化があった結果だった。
「それに役者を続けるにしても世間の空気的にB小町Rってブランド自体が強いから悪くない選択だと思う」
「今一番人気あるアイドルに選んでもらえたもんなぁ」
「凄いよね!一番って聞くと凄い人になった気分」
そう言ってルビーはドヤ顔するが、実際に現役アイドルは、ここまでのし上がったB小町Rに敬意と畏怖を感じている人が多い。
中にはカップル営業なんてアイドルじゃないと反発する人もいるが、個々の人気も高く、今一番人気があるという世間の声はおかしな評価ではないだろう。
「あと配信のコメント欄に英語が増えたよね。あかねちゃんがいる時はスラスラ回答してくれるけどいない時は……」
「アレなぁ。うちらももうちょっと読めた方がええんかなぁ」
「こないだハリウッド俳優がコメント欄にいたな」
「え!?私適当な英語で流しちゃったかも!?」
アクアも隙間時間に配信を見ていたため、気が付いただけだったが、その言葉にルビーがあわあわとする。
知名度がある人が自分の配信を見ている事を、未だ気にするルビーの純粋さにアクアは少しほっこりした。
「最近は特に海外のファンも増えてるみたい。ミヤコさんが驚いてた。……ヲタ芸赤ちゃん経由で」
「そこが窓口かよ……あの動画、マジで息長いな」
「うちやあかねさんみたいにおまじないにしとる人もおるんやない?」
ヲタ芸赤ちゃんは去年も変わらず年末特番で放送されており、その特番に出ていたアイが笑顔で、アクアのこの表情が、ルビーのこの手振りがと以前にも増した親バカをテレビで見せつけていた。
SNSは毎年恒例だと言うのにアイの反応があってブームが再燃したのか、今のアクアと赤ちゃんアクアを並べてネタにしたりと再度盛り上がりを見せている。
「それにしても二人の演技にはビックリさせられたよね。朝が終わったらきっぱり元のマリン達に戻ってたし」
「あはは、おにいちゃんと約束してたからね。せんせにチョコを渡したくて始めた事だったから朝のはオマケみたいな感じだったんだ~」
ちなみにアイとルビーから貰った吾郎向けのチョコは受け取った後、一旦取り出したばかりの冷蔵庫に戻すという身内ならではの状態になっていた。
帰ってからまた美味しくいただく予定となっている。
「ルビーの行動力えげつないなぁ。それにやっぱりお願いを何でも聞くアクアさんはシスコンやね」
話している内容が内容だけにあまり反論できないアクアはそんな会話を黙って聞いている事しかできない。
おかげで順調に食事が進んでいる。
そんな最中、フリルが自分のスマホを取り出して一つの動画を再生した。
「折角だしコレ見ながら食べよう」
「いつの間に撮影してたんだ……まぁいいけど」
フリルが見せてきたのは先程のアクアとルビーの様子を撮影した動画だ。
アクア達も切り替えこそ無理なく可能だが、何処がどう違うかというのはこうして客観的に見る機会はなかったので、新鮮な気持ちで見る。
「こうやって見るとアクアさんもルビーも前世とはまた違う人なんやなぁ」
先程は途中からクラスメイトへの言い訳をしていた功労者のみなみは、吾郎とさりなとして振る舞う二人を冷静に見る機会は初めてだ。
さりなはルビーと比べても笑顔は幼いし、瞳の奥にわずかだが諦観のような影があるような雰囲気がある。
吾郎はもっと顕著で、アクアより表情が分かりやすく、さりなと一緒にいると救われたような表情を浮かべているように見える。
今のアクア達に通じるものが数多くある分だけ、その差が目立つようにみなみには見えた。
「俺も昔はよくわかってなかったが、人間の性格ってのは遺伝情報や生育環境に左右されるからな。以前の性格に戻すのは難しくないが、あくまで地続きの昔の自分って感じだ」
「せんせを好きな私とおにいちゃんを好きな私。どっちも私って受け入れてはいるけどね!」
思春期なのも合わさってアクアが不安定になった事もある。
それくらいに精神というのはデリケートなのだとアクアは転生してからようやく理解していた。
「うーん本当に惜しいよね。このエピソードを映画化できれば歴史に名を残せる気がする」
食事も終わり、動画の再生も終わったところでフリルはポツリと呟く。
流石にアクアとルビーが転生しているなんて情報は出せないが、ノンフィクションとは思えないよくできたストーリーをフリルは惜しんでいた。
「『15年の嘘』って確かアクアさんが脚本書いてるんやろ?折角やし二作目に書いてみいひん?登場人物の名前だけ変えたらええ感じにならんかな」
「脚本家か。正直俺は今回事実をそのまま作品にしているようなものだし、才能がある訳じゃないぞ」
それだけではない。本当にノンフィクションでこの話を作った場合、たとえ人物の名前を変えていても恐らく当事者は気が付く。
アクアはその人物に会いたいとは思っていない。ルビーにどんなショックがあるか分からないので当然と言えるかもしれない。
「あっそういえばアクアさん。はい、これあげるわ」
そう言ってみなみが鞄から取り出したのは保冷剤に包まれた箱だった。
まだ凍っている辺り、保冷効果はしっかりと維持されていると言える。
アクアは受け取ってから中身を察した。
「これ、チョコケーキか」
「せやね。うちもお母さんに教わってええ感じに出来たと思うんよね」
チョコはチョコでもチョコケーキを作ってきたみなみ。
母に教わりながら何度も試行錯誤を繰り返した努力の一品だ。
試作を大量に食べてもらった父には感謝しかないとみなみは思っている。
食後という事もあって、アクアは早速食べる事にした。
「……マジでうまいな」
ふんわりとした食感に、滑らかなチョコのクリーム。
パキパキとした板チョコのような感覚が混ぜ込まれたチョコ味のスポンジ。
全てがチョコ尽くめだが、それら全てがバランスよく配置されており、アクアも思わず声が出る。
そんな素の反応を見せるアクアを見て、みなみは朗らかな笑みを浮かべる。
「ほんまに?嬉しいわぁ。帰ったらもう一回お母さんにお礼言わんとあかんね」
「むしろお礼を言いたいのは俺の方だ、ありがとうみなみ。かなり好きな味だった」
アクアの味覚にかなり合わせた味だとアクアが評した通り、みなみが調査を怠らなかった事がこの出来に繋がっている。
実は彼の母親であるアイに、事前にアクアの好きなチョコのメーカーなどを聞いており、それを材料に反映させていた。
みなみの準備が功を奏したクオリティーと言えるだろう。
「……そういえば地味にアクアとして貰ったのは今年初だな」
「あっ!?」
味の余韻から一息ついたアクアは、ふと思ったことを口にする。ルビーはそれを聞いて、今更気が付いたと言いたげに声を上げた。
散々吾郎に対してと強調してきただけあって、アクアはちゃんともらったチョコを区別して考えていた。
フリルも盲点だったと珍しく目を見開いてみなみの方を見る。
まるでうまく出し抜かれたと言いたげな表情だが、当のみなみはそのお礼にはにかみながら返事をしている辺り、本当に偶然のようである。
「おにいちゃんには帰ったらちゃんとチョコあるからね!ホントだからね」
「いや、朝もその話してたから知ってるっつの。別に順番なんて気にするなよ」
「やってしまった。この不知火フリル一生の不覚。多分ルビーを出し抜いてチョコを最初に渡せる唯一のチャンスが」
嘆くフリルだが、アクアはそれを見てそんなに気になることなら、一緒に過ごす事になったらローテーション制にした方がいいか?と頭で考える。
「ショック……泣く。……はい、これ」
「その悲しそうな表情をしながら渡すなよ。しかも半分くらい演技だろそれ」
「バレた?トリュフチョコだから結構自由に食べられると思うよ」
陰鬱とした今にも泣きそうなフリルがチョコを渡してきたのを見て、アクアがツッコミを入れる。
多少ショックなのは事実だろうが、明らかに反応が過剰だったため指摘すれば案の定ケロッといつも通りの表情に変化した。
この辺りはただアクアに構って欲しかっただけだったりする。
アクアが箱を開けるといくつか丸いチョコが入っており、デコレーションなども個性があった。
見た目もよく、しっかりとアクアの事を考えて作られたのが伝わってくる。
「……なんだこれ」
「占い。占いの内容とその占いが実現するために必要なラッキーアイテムが書いてる」
「個性的過ぎやない?」
「わわっアイディア賞も取られたぁ!?」
ただ特筆すべきはその箱の内側である。
箱の内側には番号と共に、今日の運勢とラッキーアイテムが記されている。
デフォルメされた占い師衣装のフリルがイラストとして載っており、手の込みように皆が驚かされた。
アクアはとりあえず一個だけ食べるかと摘まんで食べれば、箱の下から番号が姿を現す。
「普通にうまいし……2番か」
「お、流石はマリンお目が高いね」
「いや、ただの運だろ。『今日は昔忘れていた落とし物を見つけるかも。ラッキーアイテムはMEMちょのグッズ』……当たってはいそうだな」
落とし物というわけではないが、昔出来なかったことを出来たという意味では、朝のアイによる特別ライブなどがそうだ。
当たっていると言った瞬間、フリル本人もビックリしていそうだったが、それもご愛敬だろう。
優しい表情を浮かべているアクアを見て、ルビーは危機感を感じて思わず尋ねる。
「お、おにいちゃん?帰ったらチョコ渡す予定なんだけど、あんまりハードル上げないでね」
「今年は確かに二人が今までより凝ってるけど、そんなに気にしないでいいんじゃないか。対抗するもんでもないだろ」
みなみとフリルから渡されるチョコは毎年恒例だった。
ただ今回は創意工夫がいつもより凄い。恐らく正式に付き合って初めてのバレンタインという事で気合が入っていたのだろう。
ルビーは自分のチョコだけ目立たないのではないかと少しびくびくしていた。
アクア個人としては勿論工夫されているチョコは嬉しいのだが、何より誰から貰ったかだと思っているため、ルビーから貰えるというだけで嬉しいから気にしないでいいと伝えたかった。
「おにいちゃん、これは女の戦いなんだよ。私の女子力が二人に負けてるってことにならない!?」
「ならないから気にするな。俺はルビーから貰えるだけで嬉しいんだ」
「あっう、うん。帰ったらすぐ渡すからね」
アクアの言葉にあっさりと陥落したルビーは可愛らしい雌顔を浮かべて目を潤ませながらアクアを見る。
「うちらも傍から見たらこのくらいチョロいんやろか」
「うーん、流石にここまでなのはルビーと重ちゃんくらいじゃないかな」
実際はそこまで大差ない事を二人はまだ知らない。
放課後、アクアは直接家に帰るのではなく、少し寄り道をしていた。
電車に乗ってとある撮影現場の辺りまでやってきたのは、とあるメッセージが送られてきたからである。
あかね:ごめんねアクアくん。今日どうしても会いたいので17:00にこの場所まで来てくれませんか。
トークルームには位置情報が貼り付けられており、アクアは大人しくその話に従って移動する。
凡そどんな理由で呼び出されたか予想は付いているため、不満もない。
五股なんてしている時点で、彼女達の些細な要望を叶えるのもアクアの役割だと彼は考えていた。
「よく来たわね、遅いじゃない」
あかねからの連絡でやってきたアクアは、待ち合わせ場所にかなもいる事は特に驚きはなかった。
二人の撮影現場が同じ事も理解していたし、かなの場合は妙に強がりなところがあるため、あかねがキッカケを作るだろうと考えていたからである。
強気な言葉を使うかなに対してアクアは淡々と事実を告げた。
「時間通りだけどな」
「ごめんねアクアくん。かなちゃんがどうしても待ちきれないからって張り切ったら想像以上に早く撮影終わっちゃって」
そう、アクアは指定された通りに17:00には間に合うようにこの場を訪れていた。
それなのに長く感じられたという事は二人の方が早くに来た事に他ならない。
アクアからの指摘にかなは顔を赤くしながら早口で捲し立てる。
「はっはぁ!?そ、そんなわけないじゃない。それだと私があーくんに会いたかったみたいでしょ」
あーくんという呼び名はかなが稀に使うアクアの呼び名だ。恋人になってから甘えたいという意思が強くなっている時に出やすいとアクアは把握しており、使われるたびにくすぐったい気分になる。
「んふふ、かなちゃん可愛いなぁ」
「やっやめなさ。力が抜け……撫でるの上手すぎるのよアンタ!?」
「ホント仲いいなお前ら」
かなの呼び方から心理状態を察したらしいあかねは、可愛い子供を愛でるように彼女の頭を撫でる。
それに抵抗しようとするかなだが、あかねの技術が素晴らしく、あっさりと篭絡されていた。
アクアも呆れたような視線を二人に向ける。
そんなアクアに気が付いてこほんと気を取り直したかなは、アクアに向けて小さな箱を渡した。
「はいこれ、今日一応バレンタインでしょ?アンタはどうせ身内からしか貰えないんでしょうけど、私は優しいからアンタにあげるわ」
「恋人から貰う分は身内換算でいいのか?その理論だとかなも身内になるが」
「うっさいわね、いらないなら回収するわよ」
照れ隠しは相変わらず威勢がいいかなに苦笑しながらもアクアはその箱を受け取る。
手のひらサイズとこれまでの中では小さい部類だが、何が入っているか予想できない。
家に帰って食べると言う選択肢もあったのだが、今すぐ見て欲しいと言いたそうなかなの視線に負けてアクアはその場で中を見る。
「これは予想してなかったな」
中に入っていたのは苺型になっているチョコレートだ。
チョコペンで種なども表現されており、見栄えも良く出来ている。
「ほ、ほら。アンタ苺プロのこと好きでしょ?だからこんなのもありかなって」
「ああ、かならしさが出てると思う。ありがとう」
顔を赤くしながら言うかなに、アクアは感謝の言葉を述べる。
その言葉に更にかなは恥ずかしそうに視線を逸らしてモゴモゴと言葉にならない程度に口を動かす。
そんな彼女をアシストしようとあかねが口を開いた。
「かなちゃん本当に頑張ったんだよ。これまであまり料理してこなかったからって私のところに教えてって」
「あ、あかね!?それは言わないでいいでしょ!?」
「隠さなくてもいいよ、かなちゃんの頑張りを知ってもらった方がいいと思うな。あっ作ったのは全部かなちゃんだからそこは心配しないで!」
かなのお手製チョコレートは、あかね監修の下で作られたものだ。
とはいえ彼女は一切手を出していない。
あくまでどうやるべきなのか、温度の管理はどうするのか、機材の使い方などといった作業方法を話しながら練習に付き合っただけだ。
このチョコはかな一人でアクアのために作った一品である。
「……うまい、ストロベリーチョコとチョコペンのチョコがいい感じに混じりあってるな」
「でしょ!?ここはあかねと一緒に何個も食べて調整したのよ。おかげでちょっと体重が……ってなに言わせんのよ」
「理不尽過ぎるだろ……でも改めてありがとう、かな」
ノリツッコミのような流れで指摘されたアクアは、ツッコミし返すも再度感謝を述べる。
それだけでかなは本日何度目かになる赤面を披露した。
「はぅ……私の彼氏カッコよすぎ……私の……彼氏……」
「チョロ可愛いなぁ、かなちゃん」
有馬かな厄介ファンはそんな彼女を存分に堪能する。
これだけで手伝った苦労が報われるものだと満足そうな表情を浮かべていた。
「じゃあ今度は私の番。アクアくん、はいどうぞ」
アクアは渡された箱を開けて、そして驚いた。
「これポッキーか?よく作ったな」
まだ惚けているかなを放っておいて、あかねは自分のチョコレートを渡す。
細長いビスケット系の生地にチョコがかけられたそれは、よく市販品で見かける代物だ。
ただあかねの場合はホワイトチョコを掛けて自作したものである。
あかねはその中の一本を自分で取り、そして咥えて目を瞑った。
「正気か?」
こくりと頷くあかね。
ここは個室のレンタルルームで人はいない。
いや、正確にはかながいるのだが、まだぼうっとしており、こちらの様子を気にした素振りはない。
このためだけにポッキーを自作したのか?とあかねのたまに出る変わったところが詰まった行動にアクアは何処かおかしくなると同時に愛おしくなった。
彼女の望み通りに食べ進め、最終的に距離はゼロになる。
「……しちゃったね」
「なんでこんな回りくどいことしたんだ?」
唇に手を当てて赤くなるあかねの表情は、いつになく色気があり、アクアは少し動揺しながらも尋ねる。
普段のあかねからは考えられない少し大胆な行動だった。
そんなアクアの問い掛けにあかねは少しぷくりと頬を膨らませて、これまで感じていた不満を口にする。
「アクアくんずっとしてくれなかったよね。フリルちゃんには自分からしたのに。私アクアくんとなら……キスだってHだってやじゃないよ?」
グイグイと攻める様子を見せるあかねに、年相応にドキリとしながらもアクアは自分の意見を口にした。
実のところこの暴走にも似た状態はあかねだけのせいではない。
ルビーがあかねとの多重交際を許可する際に言った言葉にも原因がある。
『私はおにいちゃんと子供を作れない、えっちな事も基本ダメ!だけど他の皆はおにいちゃんと子供作っても大丈夫だよね』
これがルビーがアクアの多重交際を認めた一番の理由だ。
アクアが大切にしてくれているのは理解しているのだが、魅力がないのか?と不安になってしまった訳である。
「自分から芝居以外でキスする時は責任取れる年齢になってからって考えてたんだよ。そりゃ俺だって性欲はある。そういう考えにだってなる事はある」
「だったら……」
「ただ、母さんとヒカルさんの話だって避妊してたのに予想外に妊娠したって話だし、前世で仕事をしている時に何度か聞いた話だ。限りなくゼロに近いが、可能性はゼロじゃない。それであかね達の将来を奪ったらいけないだろ」
アクアが今世で自分からキスをしたのは『鷹研ぎ』のラストシーンだけだ。
あのシチュエーションであればアクアからキスをするのは映像の出来を考えたら避けられないため行ったが、それ以外は自分の肉体の若さで万が一にも暴走しないため自制するための制約というわけである。
「ごめんねアクアくん。それなのにこんな事して。私自分勝手で」
「あかね」
「っ!?」
ただアクアの選択が彼女を悲しませてしまったのであれば、アクアが間違っていたということなのだろう。
アクアはあかねの顎をクイッと上げ、今度は自分の意思でキスをする。
少しの時間触れ続けた後、口を離したアクアはあかねに謝罪を口にした。
「冷静に考えると、俺がその先を自制してたら良かっただけだ。心配にさせて悪かった」
「う、ううん。アクアくんが私のこと考えてくれてたのよく分かったから。私こそごめんね、変に暴走しちゃって」
アクアは行動で気持ちを示した。
今のあかねは恐らくかなの事を笑えないくらいにチョロくなっている事だろう。
顔は林檎のようになり、ぼうっとした様子を見せている。
なんとも言えない空気が部屋の中に充満する。
ただ、そんな空気を破壊する声が聞こえてくる。
「……はっ!どっどうなったの?なんか私ぼーっとしてたみたいなんだけど」
「あ、あはは。かなちゃん、今日はもう帰ろっか。アクアくんもチョコ食べてくれたし」
「え?あかねはいつのまにかチョコ渡したのよ」
「……二人ともまたな、明日も撮影だろ?頑張れよ」
ようやく冷静さを取り戻したかなによって、二人は普段の状態に戻る。
アクアはやっぱりある程度自制は必要だなと少し計画的に行動する事を決めるのだった。
家に帰り、手を洗ってから玄関を開けるとアイとルビーが待ち構えていた。
「おかえり、おにいちゃん!はい、私からの愛が籠ったチョコだよ!……ってどしたのおにいちゃん?なんか安心した顔して」
「いや、俺にはルビーがいて良かったなと思えただけだ。ありがとな」
「???変なおにいちゃん」
あかねの珍しい暴走に翻弄されたアクアは、いつもと変わらないルビーになんとなく安心感を覚える。
そんなアクアの様子を不思議そうな表情をするルビーだったが、アクアは変わらぬルビーでいて欲しいと思うのだった。
「あはは、どうしたのアクア。なんだかホッとしたような顔して。はいこれ!」
ルビーがチョコを渡すまで見守っていたアイは、ニコニコしながらアクアに朝見えたチョコを渡す。
一度席についてから、まずはアイの方を開けると色とりどりのチョコが入っているのが見えた。
全て星型を模っており、アイのものだと印象付けるには印象は十分だ。
既製品ではなく、どうやら忙しい中作ったものらしい。
一つを手に取り、口に入れるとアクアにはちょうどいい程よい甘さが広がる。
「どうどう?星チョコ!」
「見たまんまじゃねーか。好きな味だ、美味いぞ母さん」
「やたー!沢山あるから毎日ちょっとずつ食べてね。まだ本番があるんだから食べすぎちゃダメだよ!」
アイは自分は前座だと言いたげにアクアの感想を聞いたらすぐに正面をルビーに譲る。
ルビーの熱い視線を感じながらアクアは先ほど渡されたチョコの封を開けた。
中には吾郎に渡したものと同じシンプルなハート型のチョコにチョコペンで文字が書かれている。
『おにいちゃん大好き!今度こそずっと一緒にいようね!』
「……いただきます」
シンプルだからこそグッときたアクアは、食べるのが惜しいと思いつつもそれほど大きくないそれを大切に食べる。
その言葉を心に刻み込むように慎重に味わった。
アクアは今日沢山のチョコを味わってきたが、それぞれが味付けが異なり、その全てが美味しいのは彼女達の努力だなと嬉しくなる。
全てが等しくアクアの人生においていい記憶になったと優劣つけることなく幸せな思い出となった。
人生でもっとも充実したバレンタインだったなとアクアは微笑んだ。