引っ越し
「ふぅ……荷物多かったなぁ。ごめんなアクアさん、いっぱい手伝わせてもうて」
最後に届いたみなみの荷物を、みなみが使う予定の部屋に配置し終わったところで、彼女はアクアにお礼を言う。
この家の人口こそ劇的に増えたものの、男手はアクアだけなので、必然的に力仕事となるとアクアが荷運びを手伝う事になるわけだ。
彼女としてもかなり荷物は絞ったつもりなのだが、実際にこうして部屋に運び込むとなるとかなりの量だったなと実感を持って感じていた。
「気にしなくていい。あかねやフリルに比べたら可愛いもんだ」
やたら気にした様子を見せるみなみに、アクアは気にするなという気持ちを込めて答える。
アクアは朝から次々と運ばれてくる皆の荷物を同じように運んでおり、先に運んだ他のメンバーの方がよほど荷物が多く、みなみの持ってきた荷物など可愛いものであった。
「アクアくんそれは言わないで!」
そんなアクアの槍玉に挙げられた一人、あかねは恥ずかしそうに顔を赤らめながら声を上げる。
あかねはかなグッズを中心に、アクアとアイのグッズもかなりの数揃えており、アイグッズの中には生まれた時からのアイファンであるアクアですら驚くレア物もあり、本気で収集しているのがよく伝わってくる。
「ホント恥ずかしいから勘弁してほしいわよね〜突然部屋に入って来たら困るから、私は部屋に鍵かけて過ごした方がいいのかしら」
「も〜かなちゃんも酷いよ!私そんなことしないもん」
(普段はかなの方があかねにやり込められる事が多いからってかなの奴チャンスを見つけてウキウキしてんな)
二人が何やら戯れあいのような言い争いを始めたのを見て、先程あかねと同じく荷物が多かったと指摘されたフリルは堂々とした様子でアクアに話しかけた。
「MEMちょグッズは私の魂だからしょうがないよね。マリンが広い部屋ある家にしてくれて良かった」
「予想はついたしな。ちょうどいい家が売っていてよかった」
アクアは元々長い付き合いの二人が、かなりの数グッズを抱えていることをよく知っていた。
そのため、全員で住む家を探すと言う話になった段階で、まず最初に部屋の大きさを重視していたのだ。
「……確かに二人の部屋凄かったもんなぁ。新しい部屋がグッズだらけなの簡単に想像できそうやもん。それでもありがとうなアクアさん」
みなみも二人の家に行ったことは何度もあり、部屋にグッズがかなりの数あったのも記憶に残っている。
ある程度は家に置いてきたかもしれないが、それを加味しても多そうなのは十分に想像できた。
申し訳なさは少し和らいだところで、改めてみなみはアクアに手伝ってもらったことにお礼を言う。
「気にするな。彼氏だしこれくらい普通だろ」
「はぅ……やっぱ直接言われると恥ずかしいなぁ」
こういう言葉をさらりと答えられるのもまたアクアが女好きだの女誑しだの言われる所以なのかもしれない。
「いやー広いわね」
引っ越しも完了し、息抜きにリビングで話をしていたアクア達。
仕事でいないアイを除いたこの家に住むことになる住人六人全員が集合している中、かなは改めて部屋を見回してからそう口にする。
最初荷物を運んできた段階でも、やたら厳重なセキュリティーよりまずその大きさに目を惹かれたものだと彼女は思っていた。
「まぁアイも含めて七人も過ごす家だからな。デカくないとそもそもストレス溜まるだろ」
「ちなみにママは賑やかになるね!って喜んでたよ!」
「賑やか過ぎるでしょうが。……まぁアイさんの経緯をある程度知った今となっちゃ気持ちはわかるのよね」
明日から撮影が始まる『15年の嘘』。
初版の台本には目を通していたかなは、アイの境遇に思いを馳せる。
彼女自身はあくまで自分の問題は過去のことであり、今が楽しいからOK!と本気で思っているわけだが、それでも賑やかな家族が欲しいと思ったきっかけを考えれば軽く流すのも難しかった。
「『15年の嘘』といえば……アクアくん、結局子役は見つかった?」
「いや、まだ見つかってないな。当時の俺やルビーは異質だからな。それに合う子供となると高いレベルを要求することになる」
アクア達は実力ある俳優や女優とは共演などでコネクションがあったのだが、あまり子役に縁がなく必然的揃えにくい状態となっていた。
五反田もそれは危惧しているらしく今現在はアクア達と五反田と別路線で探している。
アクアも自分の知り合いなどに声を掛けて回っているのだが、あまりいい結果は出せないでいた。
「というよりアレやね。子役自体は見つかるんやけど……『星野アクア役』がハードル高くしとるんよね」
「まぁ子供の頃のおにいちゃん本当異質だったもんね〜」
みなみが言った事は事実だ。
実はかなの古巣である子役事務所にも話を持ち掛けていた。
当時は円満解決でもあったため、それくらいのやり取りは可能で、あの事務所は子役最大手ということでかなり期待はしていた。
最初は向こうも乗り気だったのだが、詳細を説明すると途端に及び腰になる。
『いやいや、あの時のアクアさんを演技しろって無理でしょう。小さい子をそんな叩かれると分かる役には出来ません』
アクアと実際にある程度やり取りしていた担当者は、呆れたように言う。
間違いなく見にきた客を満足させられないというのが彼らの言い分だった。
「まさか俺が頑張って来たのがこんなところで影響してくるなんてな」
アクア本人も自分の役がハードルを上げているのは自覚していた。
実は最初そこまで考えておらず、所詮端役だからと最近アイドルになるため歌や踊り、演技の練習をしている愛瑠を出さないか?とミヤコに言ったくらいである。
ミヤコからは残念なものを見る目で見られた後、そのハードルが如何に高いかを長々と説明させられた。
このままでは受け手がいないしどうするかと頭を悩ませるアクアに、一つ提案がされる。
「んー……実は私一人だけ候補がいるんだよね」
「誰だ?俺も知ってる子役か?」
フリルの言葉にアクアは藁にも縋るような気持ちで問い掛けるとフリルは少し悩んだ様子を見せながら続きを口にした。
「うーん子役……ではないけど知ってるよ。なんなら私より詳しいと思う」
アクアがそんな奴いたか?と思い首を傾げたところで、フリルは自分の思い描いている人物を説明した。
「ほら、前に『鷹研ぎ』の現場にいた女の子。ちょっと大きいかもしれないけど、幼くて明らかに異質なマリンと同じような雰囲気があるでしょ?」
「……ツクヨミの事か」
神出鬼没な宮崎県在住だろう少女。
確かに見た目と中身のギャップというアクアが当時ブレイクしたきっかけをしっかり持ち合わせており、容姿も端麗。
言われてみると演技ができるのであれば適役かもしれなかった。
「アクア?また女?いい加減にしなさいよ??ここにいるメンバーやどんなに酷くても苺プロの女なら分かるけどその辺でまで女引っ掛けてんなら考えがあるわ」
「いや、確かに性別は女だが、あいつ多分5歳とかだぞ」
だから女がどうとかじゃないとアクアは言いたかったのだが、慌てているかなには火に油だったらしい。
ドン引きした目をアクアに向けて数歩下がる。
「ろ、ロリコン!?」
「違うっつーの!たまに現れては意味深な事を言う変なロリがいるんだよ」
流石に神がどうとかは不安を煽ることにしかならないため、アクアも口にはしない。
どうにかかなを落ち着かせたところで、あかねがアクアに質問を投げかける。
「ツクヨミって凄い名前だね……。その子に連絡は取れるの?」
「いや、連絡先とかはない。ただたまにふらっと現れては話しかけてくるんだよな」
実は『鷹研ぎ』の撮影で出会ってからも毎月一回くらいふらりと現れては意味深に話してどっかに行く事を繰り返している。
アクアは内心アイツ大きくなったら厨二病とか疑われそうだなと思っていた。
「え?アクアさん幼女にストーカーされとるん?罪な人過ぎひん?」
「みなみ、かなみたいな事言わなくていいからな?」
「いやおかしいでしょ、なんで連絡先も知らないのに突然現れるのよ」
「確かにそうだよね……多分アクアくんに会いに来てるんだろうけど、どうやって場所を特定しているんだろう?」
普通に考えるとかなやあかねの言うことももっともなのだが、相手は転生のことに関わっていそうな怪しい人物だ。
人の場所を特定するなんて造作もないだろうとアクアは考えている。
「ただフリルが言うようにアイツなら俺やルビーの演技も問題なく出来そうだし、役者を続ける気はないだろうから評判を気にする必要もない。……悪くないかもな」
アクアは次にツクヨミが現れた時にどうやって『星野アクア』と『星野ルビー』の役を押し付けようかと考えることにするのだった。
アクア達が引っ越しを完了させて寛いでいる頃、『15年の嘘』のプロデューサーを任された鏑木は、自分の仕事を順調に進めていた。
これまで培ってきた人脈をフルに活用して契約を進めていく。
「一番期待していた大手が一発で受けてくれたからスクリーン数もかなりの数確保出来たし、資金は苺プロとメディアEYESが確保してくれている。今のところは楽なもん……あとは広告代理店に依頼して宣伝くらいなものだね」
鏑木は仕事に付き合わせている五反田にそんな話をする。
五反田は、台本が完成したばかりだが、この映画はなんとしても成功させたいと気合が入っている。
そんな五反田を見て鏑木は理由を尋ねる事にした。
「五反田君、随分とこの作品に入れ込んでいるみたいじゃないか。アクア君の持ち込み企画だろう?」
「……チャンスだからな。数年に一度ってレベルの役者がゴロゴロ集まってるこの時代に、その中心にいる奴らをほぼ全員使えるこの機会は千載一遇だ。ついでに早熟にも恩を売れるしな」
最盛期を迎えているアイこそ使えないものの、それ以外の若手に属するメンバーは、本当にほとんど全員が自由に使える。
それが逆にキャスティングを悩ませる結果となっていたくらいだ。
「確かにね……まさかあれだけの役者を集めてオーディション形式で決めるとは思わなかったよ」
「日本の芸能界だとタブー寄りだが、身内で作る映画だからこそ許された感じだよな」
アクアとルビーが演じる主演以外は、オーディションのように全員が全ての役を演じて、一番良かった人を投票式で決める事になったほどである。
その甲斐あって、全員がもっとも相性がいい役に付けたと五反田も納得していた。
あとは子供の頃のアクアとルビーを演じる子役だけが見つかっていないが、こればかりは仕方がないだろう。
当時を知る五反田は、どの子役を見てもしっくりきておらず、どうしても長引いてしまっていた。
アクアの方にもこの話はしており、探すのを手伝ってくれと五反田からもお願いしてある。
「正直これだけメンバーが揃っていたら話の中身なんてある程度面白そうなら売れるけどね。……いっそアニメ映画みたいに特典とかつけるかい?B小町とB小町R、C式部それにアクアくんのグッズをランダム配布とかやったら凄いんじゃないかい」
鏑木はふと思い付いたと言いたげに五反田へそんな提案をする。
今をときめくスーパースター達のブロマイドがランダムでもらえる仕組みであれば、リピーターを期待でき、相当な集客が見込めると言う提案だった。
回収などを考えるプロデューサーらしい考え方だと言えるだろう。
ただ五反田はその提案に反対の声を上げる。
「金の亡者め。それやっちまったら映画の評価じゃなくてグッズの評価になるだろ。下手したらグッズだけ貰って映画見ないようなマナー悪い奴まで出そうだ」
本当に売上だけ考えるならおそらくそれをやれば映画の歴史に名を残すくらいにとんでもない売上になるだろう。
ただ映画としての評価は、間違いなく特典商法をやらない場合と比べて低くなるだろうなとも思っていた。
「勿体無いね、最高の商期なのに。そこまでクオリティーって大事かい?」
「物作ってたら誰でも思う事だろ……社会現象を作りたいって」
心の底からこれ程の金儲けチャンスをふいにしてしまうことを勿体無いと思う鏑木に対して、五反田は自分の考えを口にする。
いつまでも監督賞を貰えない五反田だが、それでも諦めず本物と言える最高の作品を作りたいと常に思い続けていた。
そんな堂々とした姿を見せる彼に、鏑木は冷静だが何処か呆れた様子を見せながら口を開く。
「よく言うよ。『鷹研ぎ』、もう劇場版とシーズン2決まったんだろう?あれは十二分以上に社会現象だ。あれだけのヒットを最近出しておいてまだ物足りないのかい?」
アクアとフリルが主演の月9ドラマ『才ある鷹は陰でひっそり爪を研ぐ』。
去年一番ヒットしたドラマは何か?という話になればまずこれが出てくるだろう。
ストーリーのどんでん返し、甘酸っぱい恋愛、キャストの卓越した演技力。
それらが噛み合った結果、配信や円盤も好評。
続編も異例と言っていいほどすぐに決まり、一大ムーブメントと呼ぶに相応しいものとなっている。
「否定はしない。ただ、あの作品を完成させたのは早熟と不知火だ。間違いなく力作ではあるが、もっとできる事もあったんじゃねぇかと思っている」
本気の愛を作品に転化する事で、最高の作品だと思われていた『鷹研ぎ』を一つ上に押し上げた。
100年後はどうなるかまだ分からないが、少なくともこの大量の供給がある社会でもそう簡単に忘れられない作品になったのは彼らのラストに行ったアドリブのおかげだろうと五反田は考えている。
「そのキャスティングをしたのは君なんだから君の実力だと思うけどね」
「分かってはいるんだけどな。今度は内容だけでリピーター作ってやるさ」
「一応言っておくけど、特典自体は依頼させてもらうよ?流石にあるなしで効果が変わるだろうし、アクア君としても多くの人に見てもらう分には文句もないだろう」
「……そこはしょうがないな。クライアント様の意見だし」
今回一番出資しているのは苺プロ、その中でもアクアが自分から出している。
元は全額自分で出そうとしていただけあって、その入れ込みは別格だ。
少しでも多くの人に見せられるように手段は選ばないだろう。ただランダム特典は望まないだろうということで、単品の全員集合のような写真とかになるだろうか。
「そういや今日も映画関連だって話だが、そもそもどこに話をするんだ?」
話がいち段落したところで、五反田は今日呼ばれた目的を確認する。
実は細かい話はまだ教えられておらず、少し気になっていたのだ。
五反田の質問を聞いて鏑木は口を開く。
「広告代理店だよ。多くの人に見てもらおうとすれば決して避けられない話だ」
ここに関しては苺プロ公式ちゃんねるや、B小町RちゃんねるなどによるYouTubeでの宣伝だけでも十分に効果があるのでは?と言う話もあった。
ただ、少しでも多くの人にこの映画を見せようと思うのであれば、広告代理店の利用は効果的と言っていい。
「そろそろ……」
「すみません、鏑木さん。少し話が長引いてしまって」
「来たか。……いえ、構いませんよ。こちら紹介させてください、今回の映画『15年の嘘』で監督を務める五反田です」
「紹介に与りました五反田です。よろしくお願いします」
ちょうど五反田に話したところで、鏑木が会う予定になっていた広告代理店の社員が現れる。
鏑木自身も事前にメールや電話でやり取りをしていたが、実際に会うのは初めてだった。
紹介された五反田も、頭を下げて挨拶をする。
「天童寺まりなと言います。よろしくお願いしますね」
若い頃は間違いなく整った容姿をしていただろう女性が深々と礼をしながら挨拶を返す。
五反田はその名前を聞いて少し考える素振りを見せた後、一つ思い至ったため、質問を口にする。
「天童寺……昔スケートでオリンピックに出られていませんでしたか?」
「あら!?よくご存知ですね。もう30年以上も前の話ですよ」
まりなは、まさかそんな昔の話を覚えられているなんて思っていなかったため、驚いた表情を浮かべる。
今の仕事を始める前、確かにまりなはそれなりに有名なスケートの選手だった。
鏑木は調べたから知ってはいたものの、すぐに出てきた五反田を意外そうに見る。
「よく知っていたね五反田君」
「引退の方のニュースがなんか結構印象に残ってて。……いやすみません現役の話じゃなくて」
確か出産・育児のために引退だったと五反田は記憶している。
意外と子供の頃の話なのに覚えてるもんだなと自分に感心していた。
「人の記憶に何かしらで残れたら十分嬉しいですよ」
「そうですか、なら良かったです。……挨拶もそこそこに、いいお店を用意しているんですよ。そちらでお話しませんか?」
「ありがたいですね、では移動しましょうか」
待ち合わせ場所から移動を宣言して、鏑木達はこの場を後にする。
彼らが待ち合わせに使っていた建物を出て、移動するために車に乗り込んで去っていったのを見届けて、一羽のカラスが哀しそうに鳴き声を上げた。