「アクアおひさ~元気そうだね」
「そっちこそ。なんか随分調子良さそうだな」
今日は以前話に出ていたゆきと共演する作品『小悪魔怪盗』の撮影日。
主演のゆきはと言えば、元々度胸があるからか、初主演だというのに緊張した様子もなくやる気を漲らせている。
「年末でいい感じに話題になれたし、そのままの勢いでこの作品キッカケにブレイクしたいな〜って思ってるんだよね」
「昔仕事がないって言ってたのが嘘みたいだな。そろそろ事務所の看板見えてくるんじゃないか?」
「よく覚えてたね、さっすがモテ男」
アクアの言葉にゆきは笑いながら返す。
『うちの事務所の看板の人が仕事断らない主義でね……。事務所に来た仕事全部もっていくから……年中ヒマでさぁ。なんか足掻きたくて』
こんな事を言っていた彼女がモデルから仕事を広げて地上波の主演を掴んだのだから、あの時足掻いた甲斐があったというものだ。
元々アクアから見ても輝く物はあったゆきだが、それを仕事に展開出来ているのは、本人と事務所の頑張りといったところだろう。
「それにアクアが脚本やる映画、あれにも出る事になったしね」
アクアはいくつかの役をオーディション形式で募集していたのだが、そのうちの一つ『B小町』のありぴゃん役をゆきは獲得していた。
アイにフォーカスされている以上決して日向に出ることはない役だが、自分から応募してくれた事には感謝しかない。
「にしても良かったのか?こっちとしてはゆきの実力を見て、採用させてもらったが、正直スケジュールは結構取る割にはそんなに目立たない役だぞ」
B小町というグループはアイを中心にしたユニットだ。
そしてアイ以外は基本陰の存在。特にありぴゃんはその中でもスポットが当たらない人物でもある。
アクア的にはこれからブレイクするだろうゆきが、わざわざ出てくれるのは有難いが、端役として出る価値があるのかは正直微妙なラインだと考えていた。
「その辺はアクアが大ヒットさせてくれたらいいでしょ〜!私としては大成功を確信してるし、トップレベルな皆とお仕事できるなら自分の糧になりそうだから受けたの。そんな気にされる必要ないない」
そんな成功を疑わないゆきの言葉に、アクアは苦笑しながら返事をした。
「そうか。まぁこっちとしては出てくれるなら使い倒してやる」
「そうそう、その意気だよ。明後日、本読みあるでしょ?結構練習してるから楽しみにしてね」
「ゆきさん、アクアさん。準備お願いします」
ちょうどアクアとゆきの会話が切れた所で撮影開始の話が上がり、二人は気持ちを切り替える。
今回のアクアは世紀の大怪盗。そんな彼に憧れたJKが怪盗になるというシンプルな話。
これだけ聞くとヒーローとヒロインの関係のようだが、実態は保護者と娘のような関係性だ。
そのためアクアの演じるキャラクターは、全10話のうち4話で出演するくらいのサブキャラだが、出番の割には扱いが大きい。
アクアも要所要所の演技をしっかりとこなさないとなと考えており、万全に仕上げている。
バレンタインに行った吾郎の演技を応用した大人の演技は、上手く求められたキャラクター像にマッチし、本来ゆきと同い年なはずなアクアをずっと年上の大人として見せる。
その演技は自分だけでなく、周囲も物語へと没入させ、撮影は予定よりスムーズに進むこととなった。
撮影が休憩を迎えたところで、ゆきは自分の実力が不足しているなと実感を持って味わう。
「は~アクア演技ヤバ過ぎない?あかねとやってたの見てた時も思ってたのに、実際自分が相手役になると余計に感じるよ。フォローしてくれてるのも分かるしさ~」
「そりゃこの道で15年以上やってるからな」
「改めて聞いても凄いよねそれ。……この休憩時間に台本再確認しとかないと」
本読みの段階である程度察してはいたのだが、アクアと共演中はゆきが行っている演技の不足を補うようにアクアが立ち振る舞っているのに気が付いた。
ここでアクアが気を遣わないでいいくらいの演技が出来るようになれば、更に女優としてステップアップが出来るとゆきは再度気合を入れ直して台本を休憩時間中読み直す予定だった。
そんなゆきを見て、アクアは行動を始める。
「……じゃあ俺は釣りにでも行くか」
「釣り???」
「比喩だ。撮影再開までには戻る」
不思議そうにするゆきを置いて、アクアは休憩時間、一人になれる場所へと向かう。
子役問題の話が出てから、アクアは時間を見つけては一人になる時間を作るようにしていた。
基本的にツクヨミはアクアが一人のタイミングを見計らってから会いにきている。
フリルの時は後からフリルが来たから起きた状況であり、例外と考えていい。
時期的にもそろそろ顔を出す頃合いだろう。
「やあ、元気そうだね」
「……来たか、ツクヨミ」
そしてそんな予想通りに、彼女はアクアの意識外からさも当然のように現れる。
この一年で少し大きくなったものの、相変わらず幼い肉体をしていた。
ちゃんと成長する肉体を持つ人間なのだなと改めて感じさせる。
相変わらずどうやって移動しているのかは謎だが、アクアとしては来てくれたならば目的は達成したと言っていい。
「なんだか私を待っていたかのような言い方だね?恋しくなっちゃった?」
「ちょっとお前と話したいことがあってな」
そう言ったアクアの言葉にツクヨミはどこか嬉しそうに表情を緩めて口を開く。
「そうか、やっと自分の使命に」
「お前、子役やってくれないか」
「……は?」
そんなツクヨミの言葉は、アクアが言った次の一言で止められ、彼女の表情は唖然としたものに切り替わる。
いつかアクアが『俺の使命は、B小町Rの皆と付き合って子孫を残す事だ』と宣言した時に近しいものを感じさせた。
「お前、前に親に産み落とされたって言ってたろ?戸籍があるなら映画を手伝ってくれ」
「馬鹿なのかな?変な冗談はやめておいた方が身の為だよ。私を誰だと思っている?」
「知らねぇ……今のところ意味深な事言うだけのストーカーでしかないだろ」
アクアのそんな物言いにピキリと彼女は青筋を立てた。
アクアは彼女の正体について見当が付いている訳ではない。だが、これまでの経験からそこまで煽り耐性がない事は分かっている。
肉体の年齢に対して何処か超然とした態度は、フリルの言った通り当時のアクア達に勝るとも劣らない異質さがあるが、所詮はガキだとアクアは考えながら会話を自分のペースで進めていく。
「少なくとも、死者の記憶を赤子の体に移す様な術を持つ者と同種の者だよ。君が軽々しく交渉していい存在じゃ」
「あっそ。じゃあ演技くらい出来るよな?」
そんな特殊な事が出来るのに演技だけ出来ないなんてないよな?と挑発するようにアクアは言葉を出す。
実際の所、演技と特殊な力に関係などないはずだが、彼女の性格上は乗ってくるだろうというのがアクアの予想だった。
「君の魂は活力を得過ぎて勘違いしてしまっているんだね。転生という非日常。よ……いや、二度目の人生で誰もが認める大成功。自分はなんでも」
「良いからそういうの。役者出来るの出来ないの?出来ないなら出来ないって言えよ。ごちゃごちゃ言ってやろうと思えば出来るけど感出してるのがダセーんだって」
「……」
どんどんと青筋が立っているだろうツクヨミの様子を見ながらアクアは急所になりそうな部分を次々と止める事なく口にしていく。
流石に申し訳なさすら内心感じてしまうが、これまでのツクヨミの発言から見た目通りの年齢だと思う必要はないと自分に言い聞かせてアクアは言葉を続けた。
「結局の所お前はツクヨミとか自称してるけど本当は何も出来ないただの幼女だろ。それっぽい雰囲気に合わせてそれっぽい事言ってるだけで何もできねぇ癖に。……実力無いので出来ませんごめんなさいって言えよ」
「はぁー?出来るしなめんな」
そしてアクアの作戦はどうやら成功したらしい。
録音を回していたスマホがきっちりとツクヨミの発言を拾っただろうタイミングで言質を取ったとばかりに、アクアは一枚の紙をツクヨミに手渡した。
イラっとした顔をしながらも何を渡されたんだ?と言いたげに紙を手に取るツクヨミを見てアクアは説明する。
「はい、これ。契約書な。今度苺プロまで持って来いよ」
「……」
彼女がその言葉に固まったのを確認して、アクアは撮影現場に戻る。
アクアが最後に見たツクヨミの表情は言葉に表すのは難しいが、少なくとも嬉しそうではないと言っておこう。
アクアが撮影現場で子役の確保に成功していた頃。
以前と比べ物にならないほどに大きくなった苺プロの新事務所で、ミヤコは大手テレビ局の関係者から掛かってきた電話に対応していた。
「はい……はい。そうですね、これまでとは違う仕事でいい経験になるかと思います」
事務所が更新されたのに合わせて、今のうちに新しい芽を手に入れようと、苺プロは俳優やアイドルの募集を掛け、近々オーディションが行われる予定となっている。
配信者部門のメンバーも配信用の部屋を新たに作り上げた事で、一部は家より環境が良いからと事務所で配信するメンバーも出始めて、追加の募集も応募殺到。
今のところ苺プロはとにかく順調だ。順調すぎると言ってもいいかもしれない。
「はい。ありがたい限りです。アクアとB小町Rの空きスケジュールを精査して改めてお返事させてください」
ミヤコはかかって来ていた電話が切れた所でふぅと一息を吐いて、今入った仕事の連絡について考える。
基本的にアクアとB小町Rの仕事はすべてミヤコが管理している。
そのため、この電話も彼らに対するものだった。
「『28時間テレビ』のメインパーソナリティー。……確かに撮影の頃には、あの子達も成人するから問題なく出来るわね。どうしようかしら……そのすぐあとにライブがあるし……」
『28時間テレビ』は収益のすべてを身体が不自由だったり、重い病気を患っている子供のために寄付する事を前提とした番組だ。
その名の通り28時間ぶっ続けで生配信を続ける企画であり、その司会は歴代もスターと呼べる人たちが務めてきている。
解散直前のB小町や初期メンバーが揃っていた時のC式部もパーソナリティーを務めた事があり、一つの箔付けとしては文句なしと言っていい。
今回はB小町Rだけでなく、アクアも合わせた6人に対する依頼である。
言い方は悪いが、チャリティーであることを盾にこちらの最大出力を要求しているのが、相手側からも感じられた。
「はぁ……」
「ママ?どうしたの?だいじょーぶ?」
電話中は邪魔にならないよう大人しくしていた愛瑠が疲れた様子を見せるミヤコに声を掛けた。
その澄んだ目は心配そうに潤んでおり、ミヤコは優しく育っている娘に疲れを忘れて笑みを浮かべる。
「大丈夫よ愛瑠。ちょっとアクア達のお仕事の話が来てね」
「わぁ!にい達は流石だね!」
兄のように慕っている名前が出て愛瑠は自然と笑顔になる。
その純粋さに癒されるわ〜と思いながら、ミヤコは頭の中で現在の埋まっている予定を並べてみる。
(『15年の嘘』は予定通りなら『28時間テレビ』がある8月前には撮影が完了予定。8月は皆それぞれドラマやバラエティー、歌番組にモデルと仕事はかなり入っているけど、一応予定日は空いているのよね。……ただあの子達がライブ前のリラックス用に空けてる日、断るべきかしらね)
正直な話を言えば、アクア達の今の知名度があれば無理に仕事を入れる必要はない。
彼らだって人間だ。それもまだ18歳程度と少し前まで未成年として扱われていた年齢。
大切なライブの前に28時間もぶっ続けで仕事をする必要があるのかというのがミヤコの正直な想いだった。
「……とりあえずあの子達に聞くだけ聞いてみようかしらね。ほら、愛瑠おいで」
「はーい」
ミヤコは愛瑠を抱っこして、事務所の道を歩いてからレッスンルームへと向かう。
アクアはこの日仕事でいないが、B小町Rは夏以降に行われる予定となっている全国ライブツアーのレッスンをするため、事務所のレッスンルームを訪れている。
メンバー全員が揃っているこの日が、一番話をしやすいというわけだ。
「お邪魔するわよ」
「~!……あっミヤコさん愛瑠ちゃんどうしたの二人とも!」
ちょうど一曲通しで歌い終わったばかりのタイミングだった。
激しい踊りによって皆汗ばんでおり、その中でも特に元気なルビーが二人を見つけてすぐに声を掛ける。
「その、皆に8月仕事の依頼が来てるって話を持ってきたわ」
「……珍しいですね。ミヤコさんが決断に悩んでこちらにお話を持ってくるなんて」
「そうね、それだけ悩むような内容ということよ」
基本的にミヤコの方でどの仕事をするかを振り分けてきただけあって、わざわざこちらに尋ねてくるのは珍しいとあかねは不思議そうな表情を浮かべる。
確かに普段は負担を掛けないため、ミヤコの方で判断してきたが、これは確認すべきだと思っての持ち込みだ。
「はっきり言うと私の方で判断したらこれは断っているの。……ただ、念のためにと思って確認しに来たわ」
「その感じやと結構大きい仕事やけど日程が厳しい感じなんです?うちら今年はかなり忙しいもんなぁ」
ミヤコは断りたいと思っているが、B小町Rに確認するという事はかなり規模の大きい仕事なのだろうとみなみが確認すると頷いたミヤコは説明した。
「『28時間テレビ』よ。そのメインパーソナリティーに貴方たちとアクアの6人で出来ないかって」
「うげっアレ生放送だから28時間ぶっ続けで起きないといけないのよね。……私達その数日後ライブなんだけど」
「そうよ、だから断るつもりって言ったの」
ミヤコの言葉にかなはそれはそうだと思いながら遠い目をする。
寝不足は魅力が3割ほど落ちるなんて話を以前したが、アイドルがそんな状態でライブなんてよろしくはないだろう。
「マリンと一緒の仕事……捨てがたいけど寝不足な私も見られたくないような気もする」
「そもそもその日、仕事受けなかったらアクアも空いてるわけでしょ?普通に家でも外でも一緒に行けばよくない?」
「あっそっか。重ちゃんに教えられるとは不覚……」
「アンタ喧嘩売ってる?売ってんでしょ?」
フリルの残念そうに言う言葉にかなは正論を吐く。仮にアクアと会いたいだけであれば、その日なら番組に出るよりよほどいい手段がいくらでもあった。
流れとしては反対の流れが出来ているなとミヤコが思ったタイミングで、これまで黙っていたルビーが口を開いて意見を言う。
「……ねぇ、ミヤコさん、皆。私、出来たら受けたいなって思うんだけど……ダメかな。最悪私一人でも向こうが良かったらやろうかなって思うんだけど」
「どうしたのルビー?日程的にはかなり厳しいけれどそんなにやる気なんて」
これまでにない程に強いルビーの意思表示。
ミヤコはこれほどまでに『28時間テレビ』にルビーが思い入れがあるとは思っておらず、驚きながら確認する。
ただB小町Rのメンバーはどうしてルビーがこの番組に出たいと言ったのかを理解した。
「『28時間テレビ』ってさ、病気とか怪我をした人のためにやる番組だよね。……なら私は絶対やりたいなって」
「ねえ……かっこいい!」
ルビーの前世の話。辛く悲しい人生の経験。その一端を聞かされているからこそ、彼女の思いがどれ程強いのかを想像できる。
普段とは違うルビーの様子を真剣な話だからと大人しく聞いていた愛瑠もキラキラと憧れの存在を見る目で見つめる。
「は~……仕方がないわね。ルビーがそんなに出たいなら私も出てあげるわ」
「そうだね。私達もプロだもん。少しくらい寝不足でも回復できるよ」
「こういう番組に出て見るのも経験かもね。中々機会もないだろうし」
「うちらがそんな子達を元気にするってええ事やもんね」
B小町R全員が先程までの空気から一転して賛成の空気へと変わる。
さりなのような子供に、少しでも勇気と希望を与えたいという彼女の気持ちを尊重し、自分たちも出来るだけ力を貸したいと声を掛けた。
「皆……ありがとう!」
ルビーは皆が賛成してくれたことに感謝の気持ちでいっぱいになった。
一番星と言われたアイに勝るとも劣らない一等星の笑顔を輝かせる。
自分で話を持ってきたミヤコだったが、想像以上に皆が乗り気な事を驚きながらも、この子達が自分で決めたのであれば、と方向性を決定する。
「先方にはやる方向で返事をしておくわね。……ただ、絶対にライブのパフォーマンスを落とさない事、無理し過ぎない事が条件よ。あくまでアイドルがあなた達の本業でまだまだ若い子供みたいなものなのだから」
「わーい!!ミヤコさん大好き!!!」
「むぎゅ……ねえ、苦しい」
ルビーは感極まった様子を見せて愛瑠ごとミヤコを抱きしめる。
自分達の体調などを心配して反対のスタンスだったことが分かっているからこそ、我が儘を聞いてもらえて嬉しかったのだ。
ただ、そんなミヤコに抱っこされたままの愛瑠からすれば二人に挟まれて少し苦しそうである。
「あわわ……ごめんね愛瑠ちゃん」
「なんか既視感あるわね……」
以前にも似た光景を見たことがあるなとかなはジトっとした目をルビーへ向ける。
小さい子の事をもっと考えて動きなさいと言いたげなその視線にそっと視線を逸らすルビー。
先程のカッコいいと称された彼女の姿はそこにはなかった。
その夜、仕事が終わって家に帰ったアクアが、皆にその話を聞いて「俺、何も聞かれてないんだけど」と言ったものの「ルビーがやるんだからアンタに聞く必要ないでしょ」と言われて何も言い返せなかったのはまた別の話である。