理由としましてはカナンについては最後の時までいた保証がなく、ありぴゃんはアニメで判明しているためこちらの方が適任と判断したからです。
確認不足で申し訳ありません。
『15年の嘘』クランクイン、撮影初日。
役者達がこれまでずっと準備してきた演技をカメラの前で披露する。
実際の空気や流れに合わせてある程度アドリブで対応できるよう、皆しっかりキャラ作りをしてきていた。
「ねえ!たかみーの話聞いてる?」
いつもの優しげな瞳からは考えられないほどに、視線を尖らせて目を吊り上げたあかねは、B小町メンバーの一人、高峯に成り切っていた。
あかねはこの役になると決まってから、本人やアイ達に失礼だと思いつつも当時の話を根掘り葉掘りと聞かせてもらい、このキャラクター性を完成させている。
高峯はB小町初期メンバーの一人であり、クールな印象を与える容姿をした少女だった。
今は結婚してかなり性格が丸くなっているようだが、当時は少々苛烈な性格をしており、自分の嫌なことは口に出してイヤと主張するタイプである。
そんな彼女をあかねは余す事なく表現していた。
「あっうん!えっと…ごめんなんだっけ」
そんなあかねから声を掛けられたのはかなだ。
彼女が演じる新野冬子、ニノはかなにとっても非常に馴染みのある人物だ。
今もアイのマネージャーとして身近で活動する関係であり、何ならアイを迎えに来るため、今朝もアクア達の家を訪ねてきていた。
今の彼女はアイの事を少しポンコツだがスター性のある親友として認識しており、日々仕事のフォローを精一杯行っているが、この頃の彼女は、アイに対して愛憎入り混じった敵意のような感情を抱いている。
他メンバーに対しては、そこまで強気に出るような性格ではない彼女は、高峯の言葉に気圧されながらオドオドと返事をする。
「ペットボトルの蓋!開けっぱで机の上置かないでよ!」
「あっごめんねえへへ……水だから良いかなって思って……」
「全然良くないし。何が平気なのか分かんない!ほんと育ち悪っ!」
そんなニノの返事を聞いて強く言葉を向ける高峯。
ペットボトルの蓋だけでなく、次から次へとニノに指摘を続ける。
苛烈な物言いに対してニノは大人しく話を聞いている。
それがこの二人の関係を表していた。
そんな時、部屋の扉がガチャリと開いて新たな人物が現れる。
「高峯ちゃん。あんまりニノの事いじめちゃだめだよー」
軽い調子で言うのはMEMちょが演じるめいめいだ。
内容はこれ以上激しくならないように止めるような内容だが、ただあまり止めるような気概は感じない。
淡々と自分の迷惑にならないようにといった雰囲気を感じる。
一切驚いた様子がないところからこれが日常茶飯事であることをそれだけで裏付けていた。
「いじめじゃないよ。愛故に厳しく言ってるんだよ。ねー」
「……」
全くこれを悪い事だと思っていないだろう純粋そうな笑顔を見せながら、守るようにニノを抱きしめる高峯。
仮にニノの表情が苦笑いになっていなければ、慈愛の女神にも見えただろう。
(あかねの奴、メチャクチャいい笑顔してんな。かなを弄るの好きだから久しぶりに思い切り出来て楽しいのか)
アクアはそんな二人を見ながら、冷静に分析していた。
勿論あかねの高峯によるイジメ染みた構い方は演技ではあるのだが、その気持ちがよくなるほどの笑顔は本心からの笑顔も混じったものだとアクアは見抜いて苦笑する。
アクアの予想はそこまで外れたものではない。ただ……
(んふふ〜かなちゃん可愛いなぁ〜最近はあんまり可愛がれなかったからすっごくたっのしー!)
実際のあかねはそんなアクアの予想する上回るレベルで、かなを弄ぶ事ができるこの機会を満喫していた。
とはいえ、演技のクオリティー自体は気持ちもノリノリだったのも合わさって誰も文句のつけどころがなく、撮影自体は順調に止められることなく進んでいく。
「まぁニノはそういう世間知らずな所も可愛いと思うんだけどね?そんなんじゃカレシ出来ないと思って言ってるんだからね?」
「えへへ……ごめんね」
最後の言葉に合わせて心の闇を表すような虚無顔をしたかなの表情を撮影したところで、スタッフから声が響く。
「カット!はい映像チェックしまーす」
「機材移動しますので10分ほどお待ちくださーい」
予定されていたところでカットが告げられて、演技をしていたメンバーが一息吐く。
五反田達スタッフが、実際に撮れた映像を確認して、品質に問題ないかを精査する。
この時間は演者達は息抜きができる貴重な時間だ。
「大丈夫そ!?私大丈夫そうだった!?演技滅多にやらないから心配だよ!?」
撮影終了が告げられてすぐ、慌てたように周りにいた皆へと確認するのはMEMちょだ。
MEMちょは、かなやあかねというトップクラスの役者に囲まれての演技だったので、自分の演技力に全く自信がなかった。
もっと脇役だと思っていたらまさかの初期メンバー役となった時も、実は相当にビビっていた彼女が、周りと比べて不安に思うのは無理もない。
「良かった……あのちょっと冷めた感じの一応体裁上止めたって感じ。アイスMEMちょ……いい。視力2くらい上がった」
「あ、ありがとねフリルちゃん。……あーでもフリルちゃんだからどうだろ」
まだ出番は先なフリルだが、朝の情報番組に顔出し以外今日は仕事がないということで、見学にやってきていた。
彼女は当然のように普段通りMEMちょの演技を良いと評価する。
MEMちょ自身、最初は褒められて嬉しいと思ったものの、普段からMEMちょを褒め称えるフリルの事なので、本当に大丈夫なのかな?と首を傾げた。
そんなMEMちょの様子を見て、アクアからも声を掛ける。
「全肯定オタクのフリルが言っても説得力ないかもしれないが、俺から見てもMEMの演技は良かった。少なくとも脚本を担当した俺の意図には合ってるし、カントクは不満が合ったらすぐに突き返してくるタイプの人間だ」
「そ、そう?アクたんが言うならそうなのかな?ちょっと自信ついちゃうな〜」
MEMちょは、アクアが演技に関して厳しい上に、この作品には並々ならぬ想いがあることを知っている。
そんな彼が言うならきっと良かったんだろうとMEMちょは自分の演技に納得ができて気分も良くなる。
一安心したという様子を見せるMEMちょを見て、フリルはショックを受けた表情を浮かべる。
「良い表情してて可愛い。……マリンの言う事は素直に受け入れてるのにどうして」
「アンタが普段からプラスなことしか言わないからでしょ。……まぁアクアが女の扱いに長けてるのもあるかもしれないけど」
かながじとっとした目をアクアの方へと向ける。
それに対してアクアは冷静に自分が何か積極的に口説いたりしたわけではない、冤罪だと釈明をするために口を開く。
「人聞き悪い事言うなっつの。素直にいいものは良いって評価しただけだ」
「アクたん?褒めてくれるのは嬉しいんだけどそれはちょっと恥ずかしいような……」
さらりと再度褒められたMEMちょは少し顔を赤くしながら小さかったはずのアクたんも成長したんだよねぇとCMの時と同じように実感する。
「聞いた?こうやってメスの喜ぶ事をサラッというのがコイツなのよ」
「アクアくん、あんまり言い訳できないかも。ダメだよこれ以上手広くしたら」
かなの呆れたような言葉とあかねの釘刺しにアクアは小さく諦めのため息を吐くのだった。
「にしてもさ〜皆が普段しない格好してるから新鮮だね。こんなに苺プロ皆で共演することなんて滅多にないから気になっちゃった。MEMちゃんも年齢の割に浮いてないし」
会話が落ち着いたところで、皆の衣装を見ていたゆらが、感想を口にする。
衣装合わせの時も見てはいたが、若干寸法の修正などが行われ、より着ている側に合わせた調整がされていたため、改めて評価していた。
「ゆら酷くない!?自分だって変わんないじゃん!」
年齢を指摘されたMEMちょはグサリと突き刺さる言葉の槍を受け止めつつ、同じくアイドル衣装に身を包むゆらに対して反撃を試みる。
「私の方が年下です~」
「1つ2つなんてもう誤差だよぉ!?」
やいやいと大人とは思えない会話で小競り合いを始める二人。
楽しそうに言い争っている二人は年齢より少し幼く見える。
新鮮な絵面にフリルは慣れた手付きでスマホを構え、後で鑑賞するため記録し始めた。
そんな様子を見てあと数分もすれば撮影再開だなと冷静に考えていたみなみが口を挟む。
それまでは自分が演じるミヤコから少しでも情報を取ろうと色々と質問をしており、会話に入っていなかったらしい。
「二人ともよう似おうてますよ。年齢なんて関係ない思うんやけど」
「ホント?みなみちゃんは良い子だな~そういうみなみちゃんは……なんというかえっちぃ恰好してるねぇ」
「ゆらさん!?もうちょい他の表現なかったん!?いやうちもセクシーな感じやなぁ思うたけど」
「ごめんね。でも別に露出が多い訳じゃないのにそう見えるのは何でなんだろ」
斉藤ミヤコ役で出るみなみは、当時のミヤコがしていた恰好を本人から聞いて同じ服を使用している。
露出はそこまで激しい訳ではないのだが、今回撮影する時期のミヤコは苺プロに所属したばかりで港区女子気分が抜けきっていなかったため、それなりに派手な格好をしていた。
「……分かってはいても複雑ね、若気の至りを思い出すわ」
過去の自分が着ていた服を着こなしているみなみがゆらに指摘されているのを聞いて、ミヤコは遠い目をする。
メイクなどもされ、当時の彼女に雰囲気を似せたみなみを見て、若い頃の自分とその行いの数々を思い出し、頭が痛くなっていた。
「わぁ!みーちゃん凄い!ちょっとピリッとしたママみたい!」
とはいえ娘はそんな事は知らないため、若かりし頃の母の格好をしたみなみを見て、嬉しそうに純粋無垢な笑顔を浮かべ、それがまた母にダメージを与える。
ピリッとしたと評されているのは、確かによく演技の本質を見ている話と言えるだろう。
「ほ、ほんま?愛瑠ちゃんに言うて貰えたら自信になるわ」
実の娘である愛瑠がそんな評価をしたのだからと自信を持つみなみ。
みなみ自身、お世話になっている人の演技をするというのは、色々な意味でプレッシャーを感じていた。
どちらかといえば可愛らしい顔立ちをしているみなみだが、あかねがやっている演技のように、少し表情を引き締めて空気感をミヤコに近付けてそれが自然体になるよう周りの目を意識していた。
出番はもう少し先だが、今のうちから練習をしているという訳である。
ある程度会話したところで、撮影機材などの準備ができたらしい。
始めますという言葉を聞いて、これまで静かだったルビーがすっと撮影開始地点へと向かう。
何か精神を統一していたような彼女からは緊張らしいものは感じられない。
「あっ始まるね、ルビーちゃんの初演技」
「まー大丈夫でしょ。散々普段の演技見てきたけど、あのクオリティーなら文句なしよ」
あかねの言葉に皆が雑談を止めて、そちらに視線を集める。
どんな演技をするのか、全員が今か今かと楽しみにしていた。
かなは特に心配した様子は見せておらず、事前に練習で見たクオリティーなら苦戦はないと確信した言葉を口にする。
廊下に出たルビーは頭の中で何度もイメージしてきたアイを呼び起こし、そしてそれを再現して撮影に臨んだ。
ルビーは、アイとしてカツカツとあえて音を立てながら大股で歩き、B小町メンバー達が待つ控え室の扉をバッと開いた。
「皆、おっはよー!」
「カット!やり直しだ」
やたらと元気よく挨拶をしたルビーに対して五反田の指示でカットが出されて撮影が止まる。
全員が意外そうにルビーの方へと視線を向ける。その演技力を誰もが疑っていなかったからこそ、そんな反応になるのも無理はない。
カット位置は予定通りだが、五反田は自らやってきてやり直しを宣言した。
本読みの時にもしっかり出来ていただけに、予想外の中断だったから出てくるのも仕方がない。
ルビーはカットの言葉にピタリと動きを止めた後、アイを彷彿とさせるあらゆる感情を奥に隠した笑みをやってきた五反田に見せながら声を掛ける。
「あっやっぱりダメだった?」
「……マジかコイツ」
最初の一言でアイ……いや、ルビーがどうしてNGになるような演技をしたのか理解した五反田は、てへっと舌を出しておどけた表情を浮かべるルビーに呆れた視線を向ける。
そんな五反田に笑顔から一転して底冷えするような真顔になったルビーは、アイが五反田に投げかけていた台詞と同じ言葉を口にする。
「本物の私を撮ってください……なんてね!」
「……早熟、あとで妹にちゃんと言っとけよ!?あールビーはいいから早く戻れ、撮り直すぞ」
最後はおどけてみせたものの、ルビーの言いたい事を正しく理解した五反田は気合を入れる声を出した。
そんなやり取りを見たB小町Rのメンバーとアクアは、ルビーが何故ワザと五反田の解釈と違う演技をしたのかを理解できたようだ。口々にマイクが拾わない程度に口を開く。
「アクアの方が先に有名になったしネタにされがちだけど……そもそもルビーこそがアイ厄介オタクなのよね」
「あはは、完全にカメラが回っていないところからアイさんをやってるねルビーちゃん」
かなは前世の話を聞いて、アクアがアイオタクになった経緯を知っている。
全ての元凶とも言える少女に対して残念な物を見る目を向けるのは無理ない事だろう。
厄介オタクの演じるアイは、客観的に見えているアイであり、本人とは本来程遠い存在になるはずだ。
だが、彼女はアイの内心も本心もある程度語られている娘でもある。
外のアイと内のアイ、双方からのアプローチを無理なく掛けられる人物としてこれ以上の適任はいないだろう。
「それで?どうなのよあかね。アイ研究第一人者としてあのアイは」
「……流石は親子ってところもあるかな。私じゃ再現できていない部分も見せてる」
かなの茶化しも入った問い掛けにあかねは真面目に回答する。
あかねとしては、自分の負けず嫌いな一面は一旦置いておいて、客観的に見ても自分の方が一致していると思う部分もある。
ただそれはそれとして、どうしてもあかねが真似出来なかった部分を表現できているようにルビーのアイが見えていた。
本人以外はあくまで贋物とはいえ、その完成度は十分に評価するに値する。
「今度、苺プロ公式ちゃんねるのエイプリルフール企画でアイさん、ルビー、あかねの三人で限定の『III』ってユニットとかどう?面白いと思うけど」
「想像したら凄いインパクトやけど……うちら何やるの?」
「……撮影班?」
ルビーもずっとこの調子でやろうとしている訳ではなく、この演技にどこまで入り込めるかという自分の限界を試すような意図があった。
バレンタインでさりなとしてアクアに接した時、こういう演技が出来るのではないかと考えていたものを実行に移したもの。
今のルビーはルビーとしてよりも演技をする対象であるアイの思考に寄っている。
「皆おはよー」
「カット……今度は問題なしだ」
ただ、初回は五反田を試す意味合いがあったのだろう。
二回目、ルビーは五反田の望む友情、怒り、孤独といったあらゆる感情を隠す不自然に自然の笑みを見事演じてみせた。
苦々しい表情をしながらも五反田はOKを出して、無事最初の撮影を進める事が出来たのだった。
撮影が中断されたところで、アクアはルビーの許に向かい、軽く頭を小突く。
「いたっ何するのアクア。DVだよDV!!」
「思い切り入り込んでんな。ルビー、やり過ぎだ。オンとオフは切り替えられるようにならないとそれ、外じゃ使えねぇぞ」
「うっ……そうだよね、ごめんねおにいちゃん。……カントクさんもごめんなさい」
「まぁ二回目でサクッとOK出してくれた辺り本物より優しいだろうからいい」
恐らくこの『15年の嘘』の撮影においてアイが主演であったならば、こんなものではないリテイクを出して五反田を試した可能性があると五反田は考えていた。
普段のアイならば一発でOKを出す演技をするのだが、今回は自分の過去、本当の自分を見せる映画だ。アイの演技を見抜けなければ意味がない。
それを考えれば、自分の感情を見抜けるのか?という一種の挑戦状を突き付けるのは確かにアイらしかったが、根っこの部分はルビーだったというわけだ。
その後、星野兄妹が頭を下げて撮影の遅延を発生したことを謝罪して、この事件は収まりを見せる事になる。