【推しの子】ヤケクソハッピーハーレムルート   作:ただの暇神

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成長

4月に入り、アクア達は3年生となった。

とはいえ、何かが特別変わったわけではなく、芸能科の中にも受験を考えるクラスメイト達が、受験勉強をする様子が増えたくらいの変化だろうか。

今日も『15年の嘘』の撮影が行われており、アクアとルビーは放課後から撮影に参加していた。

他のB小町Rメンバーはそれぞれ別の仕事に向かっており、不在となっている。

本日撮影するのは、物語の始まりである映画の導入部分だ。

当然最初の掴みを左右する部分であり、ここのクオリティーは落とすことはできない特に大切な範囲だった。

 

「いよいよ俺の出番か。アクア、見てくれよ?」

 

ルビーがどのようにアイを表現するのか楽しみにしていたアクアに声を掛けたのは、メルトだ。

サングラスをかけて金髪のカツラを付けた姿は、普段のメルトの印象からは離れている。

アクアとの共演は『東京ブレイド』以来だからこそ、自分の成長を間近で見てもらい評価して欲しいと思っていたメルトは、気合の入った様子を見せている。

 

「どっちにしろ見るけど、最近姫川と出てたドラマの演技良かったし期待しとく」

「おっ見てくれてんの?どう、何点?」

 

メルトはそんなアクアの返事を聞いて、最近放送されたばかりのドラマの評価をしてもらおうと問い掛ける。

少し楽しそうに聞くメルトの様子はそれなりに自信を感じさせるもので、アクアはステップアップしてきたメルトに対して忌憚のない意見を送ることにした。

 

「72点くらいだな。悪くはなかったけど、姫川が合わせてくれてる面も大きいだろ。あの撮影自体はバディー物でメルトが後輩役だからハマって85点くらいに見えてはいるが、今回の壱護さん役みたいにリードする大人の役だと逆に足を引っ張る結果になる」

「手厳しいなおい。……とは言ってもその通りだから何とも言えねぇ。何もわからない12歳の女の子に話をするんだもんな、そりゃあ頼り甲斐がいるよなぁ」

 

アクアの答えにグサリと突き刺されたメルトは苦い表情をしながらもその言葉に納得した様子を見せる。

メルトは『15年の嘘』においては斉藤壱護役を務める事になっている。

まだ当時の壱護は若かったとはいえ、流石に小学生であろうアイに対しては大人としての威厳のようなものを見せないといけない。

今回メルトは苺プロが開いたオーディションを見て、事務所の反対を押し切ってまで出演を決めた。

少しでもアクアの助けになるなら、その恩返しをしたい、技術が上がった事を見せたいと色々な気持ちを込めて受けたのだが、実は予想外の事が一つあった。

 

 

採用が決まった直後、台本を読んだメルトは一通り目を通して感想を口にした。

 

『これ、下手しなくてもアクアと同じくらい出番ないか!?』

『そうだな、何ならアイの次に多いかもしれないくらいだ』

『確かに結構スケジュールの押さえ方凄かったけどおかしくね?……本当にコレ俺でよかったのか?大輝さんやみたさんの方が良かったんじゃ』

 

メルトが演じることになった壱護の役は出番が多い。

アイが愛を知るまでの物語なのだからアクアがその要因になっただろうエピソードはそれなりに採用している。

そうなるとアイに自覚があるかは分からないが、壱護の事はかなりキーとなってくるのだ。

とはいえ単純に出番で重要度が決まるというものでもない。

勿論壱護役は非常に大切な役なのだが、上原清十郎役に自分から志願した大輝や、相当難しい役を要求されているみたのりおの役の方が負担自体は大きい。

メルトが演じるならここか、もう一つの役しかなかったわけだが、もう一つの役は二名ほど熱狂的なファンがいて、アクア以外に演じてほしくないと言われた結果、アクアが兼任することになったため、必然的にこの役回りになった。

 

『メルトがいいんだよ。一番社長に精神性が似てるし』

『え、マジ?俺直接話した事ないんだよなぁ。実際演技するってなったから一度話させてほしいんだけど時間取れたりするか?』

『……時間は作る。ドキュメンタリーだとこういうの出来るからまた普段とは違うな』

 

自分で事務所を立ち上げてモデル事務所をある程度軌道に乗せ、そこからドームライブを目指すなんて正気ではない。

その行動力の高さはメルトに近いと思っている。

実は結構熱いところなどもアクアとしては合っていると感じたポイントだ。

それから壱護とメルトの時間を設けたり、当時の壱護を知る人物たちから話を聞いて、メルトなりに役を作り込んで来ていた。

最終的には本人的にもしっくりきたらしく、先程の言葉にはその自信も含まれている。

 

 

アクアもそんな努力を知っているからこそ、今回の役に期待をしている。

その分、採点は厳しくなっていたが、今のメルトはしっかりと受け止めて意識できるようになっていた。

どこか嬉しそうな様子を見せるアクアを見て、これまで黙ってアクアの腕に張り付いていたルビーは口を開く。

 

「お、おにいちゃん!メルトさんより私の演技見てくれないと駄目だからね!?」

「心配しなくてもルビーの事もちゃんと見るっつの」

「絶対だからね!?」

「おお……直で見るのは初めてだが、あのアクアがデロ甘だな。というか俺対抗意識持たれてる?」

 

メルトは初共演のはずのルビーが妙に対抗意識を出している事に困惑した。

今日撮影するのはアイがアイドルになるキッカケのシーン。

アイと壱護の二人による掛け合いの場面だ。

ある意味ルビーとメルトの直接対決であり、彼女としては最愛の兄の前で負けるわけにはいかないとやる気を漲らせている。

 

「星野ルビー、鳴嶋メルト。そろそろ始めるぞ……何だこの空気」

 

小さなライバル意識の気配を感じ取って声を掛けにきた五反田は困惑する。

ただ撮影開始を告げにきただけなので、この状況を上手く呑み込めなかったらしい。

 

「はーい!メルトさん負けないからね」

「……俺の方が役者歴は長げぇからな?見とけよ新人」

「だから何だったんだよ……まぁいい、演技はちゃんと頼むぜ」

 

メルトはこれまで仕事の噛み合いでルビーの演技を見ていない。

本読みでは見たものの、やはり演技と本読みでは違うと思うため、あれだけ対抗意識を見せられたら先達として負けられないとメルトの方も力が入っていた。

その時、ルビーの気配が変わる。

 

「そうだね、メルトくん。お手並み拝見させてもらおっかな~」

 

誰もが視線を集めざるを得ない不思議な引力。

別番組でメルトも共演したことがある本物のアイのようなカリスマ性。

どちらかといえばあかねの十八番であるアイの憑依演技だが、ルビーもアイに関してのみに限定すれば、そのクオリティーは引けを取らない。

少し前まではどちらかと言えば暴走させていた演技を、ルビーはこの短期間でかなりモノにしていた。

メルトはその空気と存在感に思わず圧倒される。

 

(……マジかよ。流石アクアの妹、遺伝子ってこえーな。……でも、俺は負けねぇ)

 

初出演初主演が決して身贔屓ではないと伝えるようなその変容っぷりに、メルトは再度気合を入れ、撮影に臨む。

これまで積み重ねてきた実戦経験の差というものを彼女に分からせてやろうと正面からぶつかり合う事にした。

 

カチンコの音が鳴り響き、撮影が始まる。

これから撮影されるのは、アイドルに勧誘されるアイによる自分語りと、それを聞いても受け入れる社長の度量を見せるシーン。

あのスーパースターがどうしてアイドルを目指したのか、実のところこれまで語られていない。

アイの真実という触れ込みの映画としては良い掴みと言っていいが、その複雑な心境を表現できる実力が必要だった。

ルビーは自分の中で母の演技に少しだけ別の要素を混ぜ合わせる。

 

(私が知ってるママはデビューしたての頃から『私』が死ぬまでの画面の向こうにいるアイと私達のママになってからのママ。本当のママは年相応の少し欠けた少女だもんね。それだと少し足りない)

 

だから撮影中のアイの演技には、ほんの少しだけ『12歳の少女』を混ぜ込んでいる。一度12歳で人生に区切りがついた彼女にとって、その年齢を再現するのは他の人より難しくない。

少々普通の12歳より一部の情緒や経験が幼いかもしれないが、アイの環境を考えれば、それもまたいいアクセントとなることだろう。

東京に出てきたばかりの田舎娘が周囲に興味を示してきょろきょろと周りを見渡す姿がそこに再現された。

口を開いてもいないのにぱっと見はただの田舎娘だが、見る目のある人が見れば分かる才能の鱗片を見せる難しい演技をルビーはこなして見せる。

 

「ねぇキミ、パフェとか食べたくない?話だけでも聞いてくれたら何でも奢っちゃう」

 

そんなある種純粋な気配を見せるアイを演じるルビーを見て、メルトもあえて軽い感じに、簡単に騙されてくれそうな大人の男のような気配で声を掛ける。

メルトは、自分が見つけた金の卵、それを絶対に逃さないよう彼女の性質を見極めて、演技をする壱護を演じてみせる。

 

「え?おじさんもしかしてロリコン?私まだ12歳だけど」

「12……マジかよ、見えねぇな。というかロリコンじゃねぇ、君をスカウトしたくて声を掛けたんだ」

「スカウトねぇ……いいよ、あそこで抹茶ラテ奢ってくれるなら話聞いてあげる」

 

声を掛けてきた壱護に対して、アイは変な人だなぁと思いつつも着いていく。

二人が当時入ったスタバは本当のお店を採用しており、撮影のためにこの辺り全体を借りた撮影はかなり大がかりなものとなっていた。

 

「俺は斉藤壱護、こういう者だ」

 

アイは抹茶ラテが届いたと同時にそれを飲みながら渡された名刺を受け取って内容を確認する。

そこには『苺プロダクション 代表取締役社長 斉藤壱護』と書かれていた。

 

「君をアイドルにスカウトしに来た」

「スカウトって言うから何かと思えば……アイドル?私が?笑っちゃう話だね」

 

軽い口調ではあるものの、本気だと言う気持ちを込めた言葉だが、アイには届かない。

この頃のアイは何処か冷めた今の彼女とは違う雰囲気を纏っており、返事も相応のものである。

ただ壱護もそうあっさりとは諦めない。

メルトは当時の壱護が抱いていた感情を本人に聞いている。

それを自分なりに落とし込んで、彼女をその気にさせようと奮起する。

この場にいるルビーを本物のアイとして考え、彼女をアイドルにさせるために本気で向き合う。

 

「今うちの事務所で中学生モデル達でユニットを組もうとしてる所でな。君ならセンターも狙えると思う」

「興味ないです」

 

ただアイは心底興味なさそうに口にする。

事実この時のアイは全くアイドルに興味がなかったと本人も口にしていた程だ。

 

「いや絶対向いてる、保証する」

 

あくまで当然のことを言っているのだと言いたげに、特に語気を強めることなく壱護は主張した。

しつこそうな気配を感じたアイは話を切り上げるため、自分の過去を話し始める。

片親だと言うこと、母が窃盗で捕まったこと、施設に預けられたこと、母は釈放されても迎えに来なかったこと。

別に辛いと思ってもいないだろう淡々とした様子で、ただ本当は内心が傷ついているのがよく見れば伝わるように。

 

(ママの気持ち……すっごい分かるから。辛いよね、お母さんから見放されるのって)

「まぁ良いんだけどね。殴られるより施設の方がましに思えるし」

 

当時のアイは気付いていなかったが、決して辛くなかったわけじゃない。

アイ自身は何とも思っていない壱護を追い払うための言葉だと感じていたが、壱護から見たアイは悲しそうに見えていた。

 

(……すげぇ。こんな絶妙な表現できるのか。俺がまるで嘘を見抜ける慧眼持ってるかと思っちまうな)

 

完璧に取り繕われたどうでも良さそうな表情なはずなのに、その奥にある寂しさや哀しみが見えるような表現を見せられて、メルトはルビーの演技力に感心する。

今の自分では絶対にできない演技だと思ってしまうが、ここで折れるわけにはいかない。

 

「人を愛した記憶も愛された記憶も無いんだ。そんな人にアイドルなんて出来ないでしょ。こんな私はきっとファンを愛せないしファンからも愛されないよ」

 

愛したいし愛されたい。そんな心の奥底にある感情を諦観で塗り潰したアイ。

アイの思っていたアイドルは、笑顔を振りまいて皆を笑顔にする純粋な存在。

間違っても自分のような嘘つきがなって良いものでは無いと神聖視していた。

 

「良いんじゃねえの。そもそも普通の人間に向いてる仕事じゃないし、そういう経歴も個性じゃん」

 

アイとしては引かせるつもりで話した経歴を聞いても壱護は怯まない。

それどころかアイドルとして武器になると褒める始末だ。

そんな壱護に僅かながら気圧されたアイは、これまでとは違い動揺した様子を見せながら口を開く。

 

「……で、でも。アイドルって皆愛してるぞーとか言うじゃん。私が言ったら嘘に……」

「嘘でいいんだよ。むしろ客は綺麗な嘘を求めてる。嘘を吐けるのも才能だ」

 

壱護に言われた言葉。それがそんな諦観に僅かな希望を持たせる。

先程までより少し変わった表情が、アイの感情を垣間見せる。

 

「嘘でも愛してるぞなんて言っていいの?」

 

もしかしたら……自分は変われるかもしれない。そんな期待を込めて封じ込められていた、先程まで隠れていた彼女の才覚の鱗片が溢れ出る。

 

(スター……本物ってこういうのを言うんだな。俺にはまだ遠い。でも、作品の品質にだけは貢献してやる!)

 

メルトは自分が練習してきたもの以上の実力を引き出される感覚を味わう。

何度も経験してきた、いい経験になると同時に敗北感を感じる瞬間。

だがその導かれるような演技の補助を受け入れられるのも大切だとこれまでの経験で理解していた。

壱護として感じている手応えそのままに、最後までアイの説得を続けていく。

 

「色々言ってはいるけど、本当は君も人を愛したいと思ってるんじゃないか?やり方が分からないだけで、その対象が見つからないだけで」

 

ほんのりと朱に染まった頬と結ばれた唇は、彼女が期待していることが分かるもので、愛がないんじゃなくて彼女は愛がわからなくなってしまっただけなのだと感じさせられる。

少しずつ変わる表情が、壱護に手応えを感じさせた。

そして決定的な言葉を口にする。

 

「皆愛してるって言ってる内に、嘘が本当になるかもしれん」

 

その一言でルビーはアイとしての表情を先程までとは違い、分かりやすく変える。

壱護からその時見た表情が忘れられなかったと聞いていたが、これは確かに脳裏に残る。

そうメルトに思わせる表情に五反田は大満足の様子でカットを宣言し、無事本日のメインとなる撮影は完了となるのだった。

 

 

 

撮影が変わり、ルビーによるアイの心境を語るナレーションを収録中。

アクアは少し離れた場所まで聞こえるルビーの台詞を聞いていた。

 

「『私』の話をしよっか!……どこから話そうかな。そうだなぁ、まずは私がアイドルになった時の話からしちゃおう!」

 

アイの明るいイメージを維持するようにルビーは感情を込めて言葉を紡いでいく。

こちらは先程のアイとは違い、現代のアイだ。

明るく、家族が大好きでファンのことも愛している今のアイ。

先程の演技とのギャップでバランスがおかしくなりそうなどと評価されてもおかしくないが、このコントラストは物語を追う上で、アイの変化を如実に感じられて良いだろうとアクアは考えている。

 

「施設の生活がいやーになった私は脱走して東京に逃げた」

「後先なんて考えてなかったけどどうにかなると思ってたな~だって私可愛いし!……最悪生きていく方法なんていくらでもあるって軽い感じで思ってたね〜」

 

そんな声が聞こえる中、手が空いているアクアに向かってメルトは絶望感を感じさせる表情で声を掛けた。

どうやら今日の壱護としての撮影は終わりなようで衣装から私服へと着替え終わっている。

 

「アクア、お前の妹おかしいだろ!なんで今まで演技やってなかったんだよ」

 

これでもメルトは先輩風を吹かせられるかもしれないと最初は思って現場に来ていた。

今までアクアやかなに散々教わってきた側として、逆に技術を教えられるかもと思っていたのだが、与えられたのは敗北感である。

途中まではちょうどいいレベルで渡り合っていたのだが、

 

「ただアイドルに専念したいっていうルビーの要求に応えた結果なだけだ。興味はあるって言ってたし今回はいい機会だった」

「滅茶苦茶悔しいんだが」

 

心の底からの言葉にアクアは苦笑する。

確かにルビーはこれまで本番はB小町Rちゃんねるの企画程度しか演技をしてこなかった。

ただ彼女は幼い頃からアクア、かな、あかねの三人とずっと演技の練習を積んできた人物である。

確かに本番の経験は練習よりも影響力が強いとはいえ経験値の差が違った。

特に彼女の場合は、元々何も教わっていない時からアマテラスの演技をして大の大人であるミヤコを信じ込ませた実績がある。元々ルビーには才能自体はあったのだ。

 

「気にするなとは言わないが、メルトも十分以上に伸びてるだろ。正直今日の演技は85点は出せるぞ」

「そ、そうか?アクアにそれだけ評価されたのは結構嬉しいかも」

 

アクアからすれば、メルトはむしろこの短期間で伸びている方だといいたい。

しっかりと壱護のキャラクターを作り込んでいたのが、傍から見てもよく伝わっていた。

感情もよく乗っており、『東ブレ』で見た時とはもはや別人に感じられていた。

二人が先程の演技について批評をしている間に、ナレーションの撮影が終わったらしい。

ルビーは一目散にアクアの傍に駆け寄ったかと思えばそのままの勢いで飛びつく。

 

「つっかれた~。おにいちゃニウム充電したいから抱きしめさせて、おにいちゃん」

「暑い……」

 

周りからの視線など気にもしないといった様子でアクアにベッタリとへばりつくルビー。

アクアは口では暑いと言うものの、特にどける様子もなく好きにさせておけばいいと思っているのかスルーである。

撮影スタッフは、撮影のたびにこうなるのを見てきたので、もはや日常の風景として気にも留めない。

ただ初めて見るメルトとしては、先程まで完璧な演技を見せていた彼女からは考えられない幼い姿を見て困惑した表情を浮かべる。

 

「こうしてみるとただのブラコン娘なのにな」

 

年相応どころか10代前半にも見える甘えっぷりを見せるルビーを見て、俺ももっと頑張らないとと思うメルトだった。

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