【推しの子】ヤケクソハッピーハーレムルート   作:ただの暇神

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推し変

「いつもニコニコニコニコ、笑顔のニノですっ!」

 

ステージで可愛らしいポーズを取って笑顔を浮かべるのはニノを演じるかなだ。

普段は勝ち気な彼女だが、今日は可愛らしい笑みを浮かべてステージに立っている。

ニノ、たかみー、めいめいという本当の意味でB小町の初期メンバーを演じる三人がステージ上で踊り歌う。

演じるメンバー全員が本職のアイドルということもあって、パフォーマンスをするのに不安はない。

 

(かな、あかね、MEM。この組み合わせでアイドルしてる姿をこんな形で見ることになると思わなかったな。……勿体無いのは三人とも本気のパフォーマンスが出来ない事か)

 

勿論役としてパフォーマンスをしているだけあって、普段の彼女達とはクオリティーが違う。

更に当時のB小町ライブを何本か映像で確認し、パフォーマンスもそのレベルになるよう三人とも調整をかけている。

本当の彼女達は、本来ドームライブを経験している国民的アイドルだ。

それに対して当時のB小町は地下アイドル、後々ドームライブのシーンも存在するため、ここで全力のパフォーマンスを出すわけにはいかないため、これは仕方がない処置だろう。

 

「「「〜〜〜♪」」」

 

ただその真剣さや、がむしゃらな努力を感じられる歌や踊りは、十分にアイドルとして魅力的に輝いており、台本を作成するために何度もアクアが見たライブ映像と重なる非常に良いパフォーマンスである。

中学生モデルからアイドルに抜擢された、彼女達の成功したいという気持ちが、ライブを通じて伝わってくる。

この中だとどうしてもMEMちょだけが演技という面では少し落ちるが、彼女は元々アイが最推しではあったもののB小町箱推しだ。

他の二人よりも参考となるライブを見て来ただけあって、演技が不足している分を実体験で補い、十分以上に良い仕上がりとなっている。

自分本来のものとは違うパフォーマンスを、映画のクオリティーアップのために習得してくれた三人には、頭が下がるとアクアは心から感謝していた。

 

「「「〜〜〜♪」」」

「「「うおおおおおおおお!!」」」

 

歌が終わり、決めポーズがされたと同時に、撮影会場になっているライブ会場へ野太い声が響き渡る。

彼らはエキストラとして応募したアイドルオタク達だ。

地下時代のシーンを撮影するため、あまり募集した人数は多くないが、全員が全力でこの光景を楽しんでいるのが伝わってくる。

募集要項にアイドルオタクと書かれた状態で行われた今回のエキストラの募集だが、B小町Rや C式部、それこそB小町のファンと多くの応募があった。

その中でもアイドル達への思いの丈を綴ってもらった書類選考から面接を経て、高い倍率をくぐり抜けたメンバーの中に、知人達の姿があったことを知った時のアクアは大層驚いたとか。

そんな店長達三人が楽しそうに横で興奮しているのを見て、アクアは笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

メンバーの休憩と次のセットへの変更ということでエキストラであるアイドルオタク達も休憩時間に入った。

店長達は装備していたニノ、たかみー、めいめいのグッズをスタッフに返却し、代わりにアイのグッズを身につける。

アイは流石に当時からファンが多かっただけあり、自前でグッズを持っている人も多かったので、申請した人は自前のグッズで参加できていた。

 

「おお……まさかまたこの格好に身を包むことがあるとは」

 

店長は感慨深そうに口にする。着替えたのは『アイ推し』と黒い縁に描かれた法被だ。

最後に着たのはもう10年も前。B小町のラストライブの日。

あの日からしっかりクリーニングなどに出して綺麗な状態を維持して飾ってはいたものの、着る機会はなかったが今回は折角ということで店長は持ってきたらしい。

 

「……あれ?ア……吾郎くんはそのままなんっスか?」

「ああ、俺はアイの列に並ぶニノ推し服の役って言われてるからな」

「お、おお、そうか。……かなちゃんになんて残酷なことを」

 

アクアの正体に気が付いているメガネのファンは、役柄とはいえかなに与えられる精神的ダメージを予想して可哀想な気持ちになる。

 

(仕方がないだろ。かなに頼まれたんだから)

 

後半の言葉は聞こえなかったが、あからさまに可哀想といった態度を取る彼にアクアは内心で反論する。

そう、アクアがエキストラに紛れる事になったのはこれが理由であった。

 

『アクア、どうせアンタこのライブシーン撮影の日も撮影現場にいるでしょ?ライブシーン、私の……というかニノさんの法被を着てエキストラに交じってなさいよ』

『いや、いいけど……何でそうなった』

『ライブシーンの後、チェキ会の撮影あるでしょ?ニノさんの気持ちになりきるのに、アンタがニノさんの法被着たままアイの列に並んでくれた方が都合がいいのよ』

 

自分の感情をなるべく本物に近付けるため、かなはアクアにそうお願いをした。

アクアはその時のかなの心情を想像して難色を示す。

 

『良心が痛むんだが』

『アンタどっちにしろ仮にB小町Rでチェキ会やったらルビーのところに並ぶでしょうが。何躊躇ってんのよ』

『いや、ライブごとに順番に並ぶけど』

『ほ、ほんと!?うれし……こほん、いいから今回はその方が演技に身が入るのよ』

 

このようなやりとりがあって結局アクアはニノ推し衣装を着てこの撮影に参加する事になった。

アクアがこのことを監督に伝えた時、倒錯してんな〜と妙な勘違いをされたとかなんとか。

 

 

そんな雑談をしていたアクア達だが、そこまで待つことなく時間が来たらしい。

スタッフからのアナウンスがあり、休憩もそこそこに二度目のライブが始まる。

B小町のグループ名が呼ばれ、再び彼女たちはステージに上がる。

先程までとは違うと一目で分かるのはそのステージにいる人数だ。

 

「〜〜〜♪♪」

 

ニノ、たかみー、めいめいの三人から一人増えて四人になったステージの上に立つアイドル。

新メンバーアイは、まだダンスも歌も未熟だが、その圧倒的な容姿とカリスマ性はついさっきアレほど魅力的に見えていたはずの三人を霞ませてしまう。

アクアが知っているB小町は既に最終メンバー七人のうち六人が揃っていたため、当時の状況は知らない。

ただ、実際にB小町に起きたのもこんな現象なのだろうとアクアは実感を持って感じていた。

 

(最高のメンバーを揃えて、皆がルビーを一人にしないために必死になってくれているから今のB小町Rのバランスがある。皆には感謝してもしきれないな)

 

単純にアイドルとしての資質だけを考えるとルビーの右に出るものはないとアクアは思っている。

そんな彼女がアイのように突出せず、彼女のように孤立しなかったのは他の皆が自分にしかない武器を工夫している事による努力の賜物だった。

今回演技を通じてとはいえ、改めて孤高とすら言えるアイの突出具合を見せられたアクアは、B小町Rの皆に心からの感謝を述べる。

ライブはそのままアイの独壇場で進んで行き、殆どのこの場にいる観客達はアイに夢中にされていた。

 

「〜〜〜♪♪!!皆〜ありがとー!!」

「「「うおおおおおおおおおおおおお!!」」」

 

アイが手を挙げて笑顔で言ったそんな言葉に、初回のライブよりずっと大きい声が会場に響き渡る。

ファンの熱気が会場に広がり、B小町の人気がこれを機に更に上がっていくのを感じられるいい演出だ。

エキストラ達が本物のドルオタだからこそ、その熱気の差がリアルに肌で感じられる。

 

「……」

 

ただ今ステージ上にいる彼女達には、アイのカリスマ性は劇薬だった。

表情は取り繕っているが、全員が全員、目の奥に既に仄暗い闇が垣間見える。

ステージ上のかなは、闇を見せつつも、この後ニノにフォーカスが当たるということで、ニノとしてステージから客席を観察する。

つい先程のライブで自分のグッズを持って応援してくれていたファン達はほとんどがアイのグッズへと変わっている。

かな自身もアイドルをしているだけあって、自分がこうなってしまったら?と想像するだけで胸が痛くなった。

唯一の救いはアクアがニノの衣装を着ているということだけ。

何とか細い気持ちを繋ぎ止めるファンの存在が、彼女のなけなしの心を支えている。

 

(アイドルは弱肉強食。あーくんが私はルビーの隣に立っても霞まないって言ってくれて、ちゃんと応援してくれてるから私はどんなにルビーが成長しても諦めずに折れずに喰らいついてアイドルを続けて来れた。楽しいと思えた。……でもニノにはそれがなかったのよね)

 

友人として少し年下のなんとかしてあげないといけないと思っていた相手が自分を軽々と後ろから追い越して、誰もライバルになれないと確信するほどに絶望的な差を前に歪んでしまった感情。

時間の合間を縫ってニノが教えてくれたアイへの様々な想いは、かなの演技を相当高いレベルまで仕上げてくれた。

中にはかなり黒いものもあり、かなに聞くか聞かないかの選択肢をニノは与えていたが、かなはその全てを聞いて新野冬子というキャラクターを完成させている。

ニノを演じ切っているかなは、自分の中で組み上げたニノの感情の暴走を抑えるのに苦労しながら何とかステージの上では、表面上笑顔を崩さないよう立ち振る舞い、何とかライブシーンの撮影を終えた。

 

ライブシーンの撮影のすぐに撮影されるのは、アクアにお願いをした理由である件のチェキ会のシーン。

今のB小町Rではやっていない類のファンサービスであり、これ目当てで応募してきたファンもいるほど貴重な代物だ。

当時のB小町は地下アイドルということで、色々なファンサービスが行われており、これもその一環である。

ここでも台本通りとはいえ行列ができるのはアイの列。

だが自分にはライブでアイがいるのに推しグッズを身につけてくれていたファンがいる。だから大丈夫だ。

そう心を強く持っているニノに試練が襲う。

 

「えっ……なんで」

 

そんな淡い希望を持って心を繋ぐ彼女の心をへし折るように、ニノ推しの法被を着た最愛すらアイの列に並んでしまう様子を見て、我慢できずに小さく溢す。

 

(顔も良くて人気もあってさ)

「私の物までもってかないでよ……」

 

アイドルの世界で推し変なんてものはそう珍しくないのかもしれない。

ただかなとしても表立って味わったことのないその感覚に、心がポキッと音を立てた。

ぼそりと呟かれたニノの言葉は、かなの想いも乗っていたが、誰にも聞こえず虚空へと消えていく。

 

「カット!!オッケーだ。少し確認させてくれ、楽にしてもらっていい」

「ふぅ……」

 

五反田の口から撮影の終了が告げられて、エキストラなドルオタ達は一気に力が抜ける。

演技など特にしていなくともカメラに撮られているという事実は意外と肩に力が入ってしまっていたらしい。

スタッフの人たちが彼らを労い、来客用に用意されていた休憩用の一室へと案内する。

ルビー、かな、あかね、MEMちょ、そしてアクアの五人だけがその場に残され、辺りは静まりかえる。

 

「……」

 

普段は見せる事がない沈んだ表情を見せるかな。

ただ暗いだけでなく、絶望に近い状況まで心理状態が不安定になってしまっていた。

彼女にしては珍しく演技する側の感情に呑まれているが、これには理由がある。

かなは、小さい頃に皆から見放されたように扱われてしまった事がある。

ここ最近はそんな事もなく、黒川家で癒されて母と和解し、すっかり払拭できたと思っていた小さなトラウマ。

ただ今回の演技はそれを刺激してしまうには十分なものだった。

それだけ本心からのいい演技ができたという事ではあるのだが、アクアは流石に撮影が終わってからも沈む彼女を見ていられず、自分が出来る事を考えて、ここに他の人がいないかを確認した後すぐに行動へと移す。

 

「かな」

「な、何!?アクア、どうせアンタだってっ!?」

 

かなはアクアの言葉にそちらを振り向き、自分から頼んだのに八つ当たり気味な事を自覚しながらも強く当たろうとする。

ただその行動は失敗に終わった。

かなが気が付いた時にはアクアの顔が彼女の目の前にあり、自分の唇にアクアのそれが触れている事を理解し、かなの思考は完全に停止する。

 

(え?え????き、キスされてる?私が?アクアに??)

 

状況を理解していくごとに思考がショートして大人しくなったかなを見て、アクアはそんな彼女から唇を離してから言葉を返す。

 

「『俺』はかなの傍から居なくならない。これまでと変わらず、かなの事も見てるから安心しろ」

 

役と本人は違うと切り分けるようにかなに声を掛けるアクア。

かなの中に僅かに残るトラウマを払拭するよう、意識して彼女が好きそうな格好つけた言い回しを選択する。

アクアはずっとかながピンチの時に助けてくれた彼女にとってはヒーローのような存在だ。

その言葉にアクアがどうしてこんな行動に出たのかを察したかなは、表情を変化させながら口を開く。

 

「……あーくん、しゅきぃ大好きぃ」

 

トロトロに蕩けそうな本人が見たらメスと間違いなく表現するだろう表情。

完全に好きの気持ちが抑えられず、実に可愛らしい表情を浮かべている。

 

「かなちゃん可愛いなぁ〜いい表情してるよね」

 

ちゃっかりあかねが構えているスマートフォンには、キスからメス顔までの一部始終が捉えられていた。

アクアとかな、双方のファンでありプロファイリングの達人であるあかねからすれば、撮影後にこの状況になる可能性が高かったことは予想済みである。

未来予測染みたその精度により撮影された映像は、後日身内で共有されること間違いなしだろう。

 

「先輩いいなぁ〜私もおにいちゃんからキスされた事ないのにぃ!なんかおにいちゃん大胆になった?……あかねちゃん何かした?」

 

今までのアクアならここまではやらないだろうというラインを越えてきたのを見て、ルビーは怪しい人物へと声を掛ける。

 

「ふふっどうだろうね?」

「むぅ、流石に教えてはくれないかぁ。……まぁいっか!これでおにいちゃんがいつか自分からキスしてくれる訳だし」

 

自分のそういうシーンはちゃっかり自分だけの思い出にしているあかねは、クスリと妖艶さを匂わせてルビーに笑いかける。

何かあったな?と確信しつつもそれまで受け身だったアクアが、自分からアクションを起こしてくれるようになったならいいか!と開き直るルビー。

事情を知っている組はこの程度で済むのだが、この場にはもう一人いるのだ。

 

「…………はっ!な、なに!?私何か見せられてる!?これ何かのドッキリ!?!?」

 

怒涛の展開に固まっていたMEMちょは場の空気が落ち着いてきたのに合わせて何とか自分を取り戻す。

この中で唯一事情を知らないため盛大に驚いたものの、人が来たりしないように何とか声を抑えて声を上げる器用な事をしていた。

あわあわと頭の中が混乱したままだった彼女だが、アクア大好きを隠そうともしないルビーとあかねの二人が今のキスシーンを見ても動揺らしい姿すら見せないのを見て、一周回って少しずつ頭が冷えてくる。

そして以前フリルから言われた言葉を思い出した。

 

(そ、そういえばフリルちゃんが『鷹研ぎ』撮影の後からアクたんと付き合ってるって……あれ?これ浮気???いや、確か宮崎旅行の動物園で何人目かみたいなことを……も、もしかしてそういうこと!?アクたんプレイボーイ過ぎない!?私なんて恋人一人出来たことないのに!?)

 

ついにこの状況を理解したMEMちょはその真実に愕然とした。

自分より8つ以上年下の子達が自分よりはるか先に行ってしまったという事実はアラサーに差し掛かった彼女に大きなショックを与える。

 

「悪いなMEM。このことは内緒で頼む」

 

MEMちょがこの状況を何とか把握したところで、アクアはとりあえず落ち着いてぼーっとしているかなを置いて、MEMちょに口止めをお願いする。

 

「あっい、いやそれはいいんだけど……私にも見せない方が良かったんじゃ」

「MEMなら信頼できると思っての事だ。他の人ならやってねぇよ」

 

アクアはMEMちょとの付き合いも長い。それ故に人柄は把握しているつもりだ。

以前アクアが精神的に不安定になった時もゆらと協力して気を紛らわせてくれた事もある。

彼女ならば好き勝手に広めないと信頼していたからこそ、今回は彼女がいても、かなに対して少しでも早い精神ケアをするために行動に移した訳だ。

 

「う、うん。分かった……で、でもあんまり目の前でイチャイチャし過ぎないようにね?」

 

真剣な瞳を向けるアクアを見て、MEMは少しドギマギしながらも自分よりずっと先に大人になってしまっている彼らに、羨望と絶望を感じ、まだ先の話だがアイドル引退したらそういうの考えようかなぁと思わされるのだった。

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