普段は客の多さで混み合うファストフード店も、この日は時限的に一部区画だけ貸し切って撮影のために準備が施されている。
下の階からは喧騒が聞こえており、この忙しい時間帯に申し訳ないなとアクアは思わされた。
「うちらは今日は見学やね」
「家だけじゃマリン成分が不足するからね。撮影時間と被ってなくて良かった」
「いや、そのために着いてきたのかよ。……今度空いてるタイミングで出掛けるか」
今日は日曜日なのだが、売れっ子芸能人であるみなみとフリルは予定が結構詰まっている。
この撮影シーンは幸い何もない時間に入っていたため、アクアと一緒にいるのも兼ねて見学というわけである。
家は同じではあるものの、忙しいだけあってそれほど多く接する時間を設けられていなかったアクアとしては少し申し訳ない気分になる。
「やったね、言ってみるものだね、みなみ」
「うちそんなつもりやなかったんやけど!?」
そんなやりとりを少しした後、一度話題が落ち着いたところでフリルはアクアに気になっていた事を質問する。
「重ちゃん達の要望で撮影少し変わったってホント?」
「ああ、少しだけ撮るシーンが増えた」
「はぇ~でもかなさんが言うなら何か深い理由とかあるんやろなぁ」
当初の予定ではこの日の撮影はこのファストフード店での場面だけのはずだったが、二本立てへと変更となっており、少々スタッフが準備に手間取ったと言う話を演者としてフリルも小耳に挟んでいた。
数日前に連絡していただけマシと言えるかもしれない。
B小町Rの中でも芝居に執着の強いかなが言うのであれば、演技をする上で今日やることに意味があるのだろうとみなみは演技を楽しみにしている。
「そろそろ始めるぞ!配置についてくれ」
そんな会話をしている間に撮影準備が整ったらしい。
一つのテーブルに四人の少女が集まっている場面から撮影がスタートされる。
「たかみー達もアイドルになるわけでしょ?どーせなら目標設定もでっかくしたいよね」
「うーん。アイドルの目標って何だろうね」
今回、最初の一声を上げるあかねは、かなり雰囲気を幼く調整してから高峯の演技を始める。
これまで撮影されてきたシーンでは、高峯は少し棘がある少女として描かれてきたが、今回は見ている観客たちの視点から見てもあまりそう感じられない。
それに釣られてかMEMちょの演技も少し幼く柔らかいものとなっていた。
この頃はまだめいめいではなく、ジュニアモデル時代の名残で渡辺と呼ばれていた彼女は不思議そうに尋ねる。
「ドームライブって社長言ってたよ?凄い期待してくれてるのかな」
「ニノちゃん、ドームライブ?って何?」
「東京ドームでライブすることだよアイちゃん」
無知なアイに対して優しく教えるのは、アイから見て少し年上の少女であるニノ。
急遽加入が決まった追加メンバーであるアイは、ジュニアモデルをやっていたニノから見ても可愛らしく、守ってあげないといけないと庇護欲が湧いている。
アイから見てもっとも仲の良いB小町メンバーは?と言われるとこの頃であればニノだと答えていただろう。
「東京ドーム……なんか凄そうだね!」
これはまだ彼女たちB小町が出会ったばかりの頃、ただ可愛い年下の女の子としてアイを見ることが出来ていた頃の話。
アイが孤独になる事もなく、皆で力を合わせて未来を夢見ていた束の間の幸せな時間の公開だ。
今後のアイドル活動でどのようにビッグになってどうなっていくのかを、小中学生が純粋な気持ちで話し合うだけの友達同士によって行われた夢見る会話。
その再現がこのシーンである。
「あっ!そういえばこないだテレビで有名人がブログやって人気〜ってやってたよ!私たちも共同ブログとか作らない?」
「それいいねー!渡辺もいい事いうじゃん。たかみーは賛成!」
「うん。私も良いと思う。好きな芸能人とか載せちゃおうかな〜アイちゃんはどうする?」
「うんうん!面白そうだねぇ、さんせー!」
まだこの時は全員が同時にアイドルとしてデビューする予定だったため、アイは初期メンバーとして扱われていた。
保護者問題で遅れると決まったのがもしかすると分岐点の一つなのかもしれない。
「パスワードかぁ〜何にする?」
「何でも良いんじゃない?覚えやすければ」
「……じゃあ、こういうのはどうかな」
ああでもない、こうでもないと話し合う三人に、アイは珍しく自分から意見を出した。
『45510』という5桁のパスワード。
アイ以外の3人はどういう意味なのか汲み取れずに首を傾げる。
「えっとねケータイで高峯さん、ニノちゃん、私、渡辺さんの四人の頭文字を打ち込むと数字でこうなるから。どうかなって」
少し不安げに提案するアイの姿、このルビーの演技は普段のアイを知っていれば違和感を感じる人が多いかもしれない。
ただ、アイの事をより深く知っている面々は何となくこれが本物だと思えるものだった。
「「「いい!決定!!」」」
アイの説明を聞いて三人は互いに視線を合わせて頷いてから声を上げる。
「やるねぇアイちゃん。たかみービックリしちゃったよ~」
「うんうん、これなら覚えられるねぇ」
「ありがとアイちゃん!」
笑顔の3人がアイのセンスを褒め称える。
確かにB小町にも絆が存在した証。
その出発の数字が定められた瞬間は、確かに夢と希望に溢れていた。
「カット!よし!OKだ。少し休憩していてくれ。確認する」
和気藹々とした空気が形成されたところで、五反田はタイミングを見てカットを告げる。
撮影されていた四人はふぅと一息をついてから用意されていたファストフードをパクパクと食べ進め始めた。
「アクアくんから見てどうだったかな?」
少し離れたところでフリル達と見学していたアクアに、あかねは声を掛ける。
ある意味もう一人の監督のようなアクアの意見は演じていく上でとても大切な要素だ。これまでと違う演技をしていたため、気になるのも無理はないだろう。
そんな確認に対してアクアは自分の感想を口にする。
「俺が欲しかった絵は撮れた。あかね達三人は前回の撮影よりかなりマイルドになって年齢的な幼さも出せてたし、ルビーは自分の心を探しているアイの感じを出せてた。あとはカントクがどう感じたかだな」
彼は五反田に近い監督のような権限を持っている。アクアがノーと言えばカントクがOKを出していても先には進まない。
ただ、今の所アクアと五反田で解釈が割れたシーンは幸いの所なかった。
アクアとしては今回のシーンも、特に仲良い感じを演出して欲しいと思っていたので文句など全くない。
「にしても……昔は仲良かったのねB小町」
「一ファンとしてはずっと仲良くあって欲しかったなぁとは思うねぇ」
ふとかなが撮影が終わったばかりのシーンを思い出してぼそりと口にする。
かなが知っているB小町は圧倒的アイ一強。程度の違いこそあれど全員がアイの信奉者という歪なグループで、それが解消されたのは三人になってからだった。
まだ内部にいた訳ではないため、それほど詳しい訳ではないのだが、ある程度仲が悪かっただろうなというのは共演しただけで察せていたくらいである。
それに対してMEMちょは一ファンとしての自分の意見を口にした。
MEMちょはB小町の人たちとも共演したことがあったが、少なくとも諍いを起こすような場面を見たことはない。
これはおそらくアイが苺プロ公式配信以外の仕事を休止していたのが関係しているのだろうと彼女も理解している。
あくまでアイという突出した存在への嫉妬こそが、対立の原因だと直感的に察していた。
「C式部はこういうのなかったよね」
「そだね〜ゆらがちょっと抜けてはいたけど、皆自分の長所があるって割り切ってたから良かったかもね~」
フリルは割とC式部の練習や配信している姿だけでなく、プライベートも見てきた。
子供相手にそういう姿を見せないようにしていたと言われればそれまでだが、直感的に察していた。
そんな言葉をMEMちょは肯定する。もう当時のメンバーは他にいないMEMちょだけとなった今でも対立らしいものはなかった。
「うちが苺プロに入った時はもうB小町解散しとったからその辺りは分からへんのよね。ニノさんとアイさんの仲の良さ知っとるからこっちの方がしっくり来るっていうか」
「仲良いもんね~。ママ先週お出掛けしてたけど、ニノちゃんときゅんぱんの三人で先週シー行ってきたらしいよ?きゅんぱんさんの遅めの出産祝いだーって」
「アレそういうお出掛けだったの?遅すぎるでしょ。遊びたいだけのただの口実よね」
みなみが苺プロに所属した時には、アイとニノは仕事でずっと一緒。見かけた時も仲良く話しているし、時折アイから一緒に遊園地に行ったとか教えてもらっていた身としては、諍いがあったという時代が信じられないくらいだ。
そんな彼女達が今もよく遊んだりしているのは、遅れて青春を取り戻すような意味合いもあるのかもしれない。
「あとはミヤコさんがかなり気を遣ってたのも大きいのかもな。昔は壱護さんがかなりアイを推して企画組んでたけど、ミヤコさんが担当するようになってからは割と散らしてあったしな」
「あー確かにそれはあるかも。ホント助かったよねぇ」
アクアの言葉にMEMちょは同意する。
壱護の選択は苺プロが成長する上では間違っていなかっただろうが、まだ未熟な女の子達をアイドルにするには少々問題があった。
そこを配信部門を運用したり、色々と経験したミヤコがカバーしたのは、それ以降のグループでは目立った問題が出なかった一因というのはあながち間違っていない。
しばらくファストフード店で話をしていると、五反田の確認も終わり、撮影場所を移動する。
今度の撮影地は苺プロの所有するスタジオの衣装室。
普段はスタイリストに衣装を整えてもらったりするこの場所が、今回の撮影現場。
「このシーンかぁ。確かに新鮮な気持ちがあった方が演じやすいかも」
フリルは台本の該当シーンを理解して、どうしてかなが多少無茶を言っても撮影スケジュールを変更したのかを理解した。
このシーンはアイとニノの訣別のシーン。現状の二人を知っているとどこが訣別なんだと思ってしまうかもしれないが、ここから数年以上彼女達はろくに話す事もない関係となっていく。
どういう演技をしていくのか、皆が注目する中、件のシーンはスタートした。
「アイはさ良いよね。私とは比べ物にならないもん……なんでこうなるんだろうね……私もアイみたいに生まれたかったよ」
このシーンはニノが口を開く所から始まる。
アイとニノ、どちらにも当時の気持ちは聞いているが、自覚がある感情だけが全てとは限らない。
ルビーとかな、二人の解釈によって視聴者に与える印象は変わる事になる。責任重大なポジションだなと本人達は思っていた。
「なにそれ〜、私もニノみたいに生まれたかったよ」
ニノの言葉をアイはプリンを食べながらどうしたの?と不思議そうな表情で見つめながら軽く言葉を返す。
周囲から見たアイはそんな彼女のことを気にはしていないように見えるよう嘘を纏うのが本物のアイだとルビーは解釈している。
「やめてよ、そんなワケないじゃん。そのへんの人の前でさ、私とアイが並んでどっちが可愛いですか?って聞いてみよっか?10人中10人がアイって答えるよ」
どんどんヒートアップしていくニノはアイの返事を待たずに言葉を続けていく。
その様子からは出会った時とは違う、明らかな敵意が宿った瞳でアイを見る。
「ファンに聞いてもそう、答えは同じ。どっちが魅力的?どっちと付き合いたい?どっちの方が――アイアイアイアイアイ!みーーーんなアイって言うよ!!」
「そんな事無いと思うけどなー」
ニノの言葉を聞いてもプリンを食べる手は止めず、ただ少しだけペースが落ちている。
決してこのニノの様子が全く気にならないような少女ではない事を視聴者に伝えるための僅かな変化。
ただアイは嘘のプロだ。表情にはそんな物を反映させない。
そんなアイを演じるルビーの様子を見ながら、かなはニノの内心を想像していく。
(当時は殆ど憎悪だったって聞いてはいるわ。でもきっと今のことを考えたら……仲直りしたかったのよね。身勝手なのを自覚していても嫉妬で狂いそうでも)
天性の才能に恵まれて皆の視線を集めるアイに嫉妬して、その差を前に諦めてしまった。
かなはアクアの言葉があったからこそ、アイドルとしてルビーとの差を理解してなお、対等であろうと様々なアプローチを仕掛けられた。
その甲斐あって人気面において大差を付けられずに済んでいる。
だがニノにはそう言った心の支えはなかった。いや、心の支えすら失ったのかもしれないとかなは思っている。
「そうやって適当にはぐらかしてさ私に興味なんてないんでしょ……」
「あるよ」
少しだけ鋭くなったアイの言葉。
嘘つきな彼女の数少ない本音だが、嫉妬や崇拝によって歪んだニノには届かない。
「嘘つき。私だって頑張ってるよ。誰よりレッスンして真面目にやってるよ……なのに!!」
10秒で泣ける天才子役などと昔謳われただけあって、自然と涙を流すかなの演技は、ニノという人物を等身大の人間として周囲に見せつける。
そんな泣き出してしまった不安定な状態のニノを、アイはどうしたらいいんだろうかと自分の心が分からないからこその困惑で見守る。
「嫌い!大嫌い!!アンタなんて死んじゃえば良いのに!!」
心からの絶叫のはずなのに、泣きたいのはアイだと分かっていてそれでも止まれない。
思春期特有の心の不安定さが表に出た声。自分勝手だと分かっているはずなのに、アイの表情を確認してしまう。
自分の言葉で傷ついて欲しい、ショックを受けて欲しい、怒ってニノに掴みかかってほしい、仲直りしたい。
そんな彼女の歪んだ願いは
「……」
アイの諦観とその奥に見える失望に彩られた笑顔によって砕かれることになる。
少なくともニノからはこう見えていたというアイの表情。ただ失望があったという事は期待していたという意味でもある。
当時の彼女は汲み取ることが出来なかったが、ニノの言葉は確かにアイへと爪痕を残した。
部屋から出ていくニノを見送るアイの表情はカメラから影になって映らない。
「そっか」
ポツリと呟かれた小さな言葉。
誰もいないその場に響いた短い一言は、彼女本人すら複雑過ぎて鈍感で気付けなかったアイの本音が乗っている。
誰もがそう感じさせる説得力がその演技にはあった。
「……カット。良い演技だった、映像を確認させてくれ」
そう言って五反田は別室へ向かう。その表情は複雑そうだった。
まだこの頃はアイと知り合っていなかった五反田だが、もっと早くに彼女の力になってやることは出来たんじゃないか?と思ってしまうからこそ複雑だった。
「お疲れ、かなちゃん」
「ありがとうあかね」
撮影が終わったのを確認して、あかねはかなの涙と汗を拭うためのタオルを手渡しにそばへと向かう。
かなも素直にお礼を言ってからタオルを受け取って涙を拭った。
「ルビーもお疲れ、はいハンカチ」
あかねの真似のようなタイミングでフリルは力を抜いていたルビーにハンカチを渡す。
「え?」
「泣いてるよルビー」
「……あっほ、ホントだ。ご、ごめんねフリルちゃん、ありがとう」
アイの演技という仮面が外れたからだろう。
撮影中は涙を見せなかったルビーがこのタイミングで泣いたのは、自分が演じていた感情に素のルビーでは耐えられなかったからだろう。
「ええ子やねぇルビーちゃん。うちの胸貸そか?」
「……そのおっきなのに抱きついちゃうと窒息しちゃいそう。でもどーん!」
「わぁ、びっくりしたわぁ。そんな飛び付かんでも逃げへんよ〜」
から元気気味だが良い声を出してルビーはみなみの胸へと飛び込んで元気をもらおうとはしゃいで見せる。
ルビーのこういう所が好きなみなみは、ルビーを優しくあやすように抱き締めるた。
いつもよりルビーが素直に甘えているのは、みなみがミヤコ役を演じているのも関係があるのかもしれない。
「なんか演じておいてアレだけど罪悪感ハンパないわね」
演技なしに泣いているルビーを横目に見ながら、かなは少し申し訳なさそうに口にするが。
「それだけ良い演技ができてたって事だろ。ルビーにとってもいい栄養になる。ありがとうかな」
全力の演技をぶつけ合った結果、相手の心を動かしたという事なのだから、かなが恥じることは何もないとアクアは思っていた。
「そっ、ルビーのためになるって言い方が相変わらずシスコンって感じね〜」
「かなちゃん嬉しそうだね」
「べ、別に嬉しく……嬉しくはあるけど!いちいち言わないでいいわよあかね!!」
アレだけ愛憎混じった演技をした後も、普段と変わらない姿を見せるかな。
この辺りは流石芸歴と年齢がほぼほぼイコールな彼女らしい切り替えと言える。
「凄いなぁ先輩。私も負けてられないね!」
「ほんまなぁうちも参考にしてステップアップしたいわ」
「……でも前回は切り替え失敗してマリンにキスされてたって……まさか作戦?なわけないよね重ちゃんだし」
「フリル?アンタも大概私のこと舐めてるわよね」
ギャーギャーと少ししんみりした空気から騒がしくなる四人をアクアとあかねは一歩後ろで見守る。
「大丈夫だよアクアくん。君が選んだメンバーはルビーちゃんを孤高にはさせない」
「そうみたいだな……ルビーはアイにはならない。それでいい」
前回から少しだけ以前の心配を思い返していたアクアに安心させるように言うあかねの言葉。
それにアクアは素直に賛成するのだった。