苺プロ悲願のドームライブが近づいてきた。
レッスンはますます熱を増しており、今日も事務所ではB小町メンバー全員が集まって受けていた。
他部門もかなり忙しさが増しており、ミヤコの予定を空けるのも中々難しい状態となってきている。
そのため、当初はこの忙しい時期だけでもアクアとルビーを幼稚園に入れて面倒を見てもらうという案も出たくらいだ。
ただアクアは勿論ルビーも普通の子供より圧倒的に理解があること、そしてアクアの仕事を考えるとやめておこうという話しとなり、お流れとなった。
アクアとしては今更幼稚園に通ってもなという気持ちがあったし、ルビーも幼稚園はまともに通ったことがあるらしく、そこまで未練はない。
この方針で一番残念そうにしているのは
「アクアとルビーの幼稚園制服見たかったのに……絶対可愛いよ」
苺プロの絶対的エースであるアイくらいだ。現在彼女はレッスンの休憩中であり、同じく休憩していたアクアに絡みに行っていた。
彼女は頬を膨らませて不満をアピールしている。
そんなあざとい仕草も完璧に使いこなしているあたり、最近のアイは可愛さにさらなる磨きがかかっていた。
年を重ねるごとに魅力が加速度的に増していっていると世間でも評価されている。
自分の可愛さに自信を持っており、それを周囲に押し付けられる技量とカリスマが彼女にはあるからこそ、その可愛さを持て余すことなく活かせていた。
「そんなに着せたいなら制服っぽい服を買ったらいいんじゃないか。ルビーなら喜んで着ると思うぞ」
「うーん……、でもそれだとコスプレにならない?というかアクアは」
「本物でもコスプレでも見た目は同じだろ。アイは情報に拘りすぎだ」
自分のことについては一切言及しないで流そうとするアクアは冷静だった。
なんの生産性もない会話だが、前世両親を知らないアクアにとって母とのそんな会話は楽しい。
アイに母としての不満なんてない。だが、事情を知っている人しかいない時でもアクアはアイのことを『アイ』と呼ぶ。
昔、理由を聞かれた時、アクアはこう答えた。
『周りに人がいる時に、間違えて呼ばないようにしないといけないから』
これを聞いたアイ達は複雑そうながらも納得していたが、本当の理由は違った。
ただアクアにそう呼ぶ勇気がないだけ。自覚があるからこそアクアは自分のことを恥じていた。
普通にママママと気にせず呼べているルビーが羨ましいと思うこともある。
アクアとしてはルビーに新しい人生だもう人生一区切りしたと言っておいてなんてザマだと自分に嫌気が差すこともあるくらいだ。
前世で一度も母がいなかったからこそ、母と呼ぶことに葛藤があるというわけである。
いつかは呼ばないといけない、呼びたいと思ってはいるもののきっかけが掴めずにいた。
「あっ誤魔化した。もう可愛いなぁ」
アイに抱きしめられて頭を撫でられると妙に安心する。
最近のアクアは恥ずかしさよりその安心感が勝っていた。
これが精神が体に引っ張られた結果なのだとしたら、子供にとって親は本当に大切だなとアクアは改めて思う。
だが、成人男性の記憶があるため、素直に甘えづらいのも事実だ。
「ぐっ」
「でも今の流し方すっごい自然だったね。最近演技の方もメキメキ上手くなってるし、ルビーももうすぐ歌のレッスンにひと段落ついてダンスの特訓だし子供の成長は早いね」
ルビーの致命的弱点だった歌はついにカラオケで言うならば80点くらいには到達しつつあった。
勿論まだ年齢的にも伸び代はあり、一般的にはまだうーんと言われてしまう代物だが、これからアイドルデビューまでの長い期間で鍛える余地は残っている。
最初の時点から考えたら倍近いことも含めれば成長はピカイチと言えるだろう。
そもそもこれくらいの歌唱力でアイドルをやっている人も多い。
ただアイドルは歌手とは異なり歌っているだけではダメだ。
歌って踊ってまでがワンセット。これまでは何かと言い訳をしてダンスを回避していたルビーも年貢の納め時だなとアクアは思っていた。
その時、突然レッスン室の一つがドンと開かれる。
「いやだ!やらない!」
トテトテとどこか危なっかしい走り方でルビーがアクアたちの横を通り過ぎる。
その表情はどこか泣きそうで前世のさりなを思い出させた。
「アクア」
「分かってる」
ほとんど反射的に移動を始めていたアクアはどうにか転けずに休憩室まで逃げたルビーに追いつく。
役者は体力が必要だと考えて子供の体に負担のない範囲でトレーニングを行っているアクアと今まで何かと運動を避けてきたルビーの差が出たらしい。
息を切らしたルビーにアクアは話しかけた。
「突然飛び出してどうしたんだ」
「おにいちゃん……」
通りすがりに見えた表情から変わらず不安を滲ませており、何があったのかとアクアは困惑する。
普段能天気にも見えるほど底抜けの明るさで今世を生きているルビーではなく、将来に不安しかなくいつ死ぬかも分からない恐怖を抱えていたさりながそこにいた。
「まさかあの講師ルビーに何か」
「いや!違うから!講師の人は悪くないから!」
「なんだ驚かすなよ」
「お兄ちゃんこそ何言ってるの。私まだ4歳だよ」
呆れたように返すルビーにそれもそうかと笑うアクア。
流石に本気で思っていたわけではなく、ルビーの精神を和ませようという冗談だったが、効果はあったようだ。
ルビーの表情に少しだけ笑顔が戻る。
自分の前世から通して絶対的な味方であるアクアの存在がルビーの精神を癒す。
落ち着いたルビーは何があったのかをぽつりぽつりと事情を話し始めた。
「実はね、歌が及第点になったからダンスのレッスンしようって先生に提案されたの」
アクアとの会話でアイも言っていたようにルビーは最低限の歌唱力を手に入れている。
母が、兄が、友人が既にテレビに出演しているルビーは自分も見劣りしないようにしないといけないという思いを持って、夢に向かって必死に練習してきた。
ダンスもいつかやらないといけない、分かってはいたが、これまではぐらかして決定的な言葉を避け続けていたようだ。
だが今回は明言されてしまい、思わず飛び出してしまったらしい。
「……怖いのか」
「怖いよ。怖いに決まってる。だってちょっと歩いただけで転けて上手く転けないとあざになるんだよ」
少し震えながら答えるルビーはアクアからは本当に弱弱しく見えた。
ルビーのトラウマ的な恐怖は、ルビーとしてではなく前の人生での経験が作り出した幻想だ。
今の健康なルビーの体はその程度のことで転けたりしない。現に先ほどはあれほど危なっかしい動きながらも走れていたのだ。
そう言ってしまうことは簡単だ。
同情するだけならアクアにもできるし頑張れと応援することもできる。
だけどもしこの課題を克服するのだとすればそれは自分より適任者がいるとアクアは考えていた。
「正直な話、これについては俺じゃどうしようもないとは言わないけど対処は難しい。だけど……今の君は一人じゃない。いい相談相手がいるじゃないか」
「え?」
「君にはいるじゃないか。本当に辛い時、心の支えになってくれた人が」
その日の夜、レッスンが終わっても事務所でのんびりしていたアイにアクアはルビーを連れて声をかける。
「アイ、ルビーに踊りを教えてくれない?」
「いいよ~親子並んでダンスするなんて楽しそうだし」
「やっぱりやめとこうよおにいちゃん。……私全然踊れないしママの迷惑になっちゃう。お仕事で疲れてるだろうし」
あっさり了承したアイに対してルビーはその言葉を聞いても遠慮気味だった。
仕事で忙しい相手には話しかけないようにしようというのも過去の影響で会得した処世術だ。
母は忙しいから自分に構わないのだと自分を納得させるための自分を守るための言い訳ともいう。
だが、アイはルビーの言葉を否定して笑顔で答えた。
「全然大丈夫!むしろルビーのために仕事だって放っちゃう。もしかしてお昼の件かな」
まだ悩んでいるルビーの代わりにアクアが答える。
「その件で合ってるよ。ルビーのことはアイが適任だと思って」
子供が母親に頼るなど普通のことだ。
それを変に忙しいから遠慮したりすると、いつしか親子関係が歪になりかねない。
今世はせっかく親子仲が良いのだから崩さないようにするべきだとアクアは考えている。
「流石に仕事を放り投げるのはやめなさいね。ただアイの予定は明日の夜まで珍しく綺麗に空いているし……、たまにはしっかり親子の時間を作ってもいいと思うわよ」
「だって!ミヤコさんのお墨付きだよ早く行こう」
ミヤコが素早く予定を確認し、問題ないことを確認後、みんなでレッスン室へと移動する。
アイ、アクア、ミヤコが見守る中でルビーがダンスの練習が始まった。
今度は逃げずにダンスを始めるルビー。ただ、ターンなどの激しい動きをする時どうしても転けてしまう。
「やっぱりダメ……私にはできないよ」
心が折れそうなルビーを見てアクアは小さな声でアイに説明する。
「ルビーの奴、転ける準備が身体に染み付いちゃってるんだ。だからアイが勇気をあげてほしい」
「んー?いつの間にそんな癖ついちゃったのかな。というよりアクアが言ってあげた方が効果あるんじゃない?」
アイの目から見てもルビーはアクアに異常なほど懐いている。仲良し双子かわいいと思っていつも眺めていたいくらいに。
「ううん、俺じゃ……僕じゃダメなんだ。あの子に勇気を与えていたのはアイだから」
アクアの認識では信頼はされていたと思うし懐かれていたとは思う。
だが生きる活力をあの子に与えてくれたのはB小町、そしてアイだ。
今の彼女は勇気が出せない。最初の一歩さえ成功すればきっとうまくいくとアクアは考えている。
何か息子が本当のことを隠している気配は感じたものの、嘘は言っていないと思ったアイは立ち上がってルビーの隣へ向かう。
「ママも実は今度のライブで昔の曲やるんだ〜少し見ててね!」
「え!?ママの生ダンス!?見る見る」
先ほどまでのしなしな具合はどこへやら現金にもルビーは食いつくようにアイの提案に賛成した。
魂からの推し活なだけはある。
「あなたたちは昔からアイのライブ見るのが好きだものね」
ミヤコはあのヲタ芸事件から何にもかわっていないんだからといった視線をルビーへと向けている。
それを宣伝に有効活用した人が呆れるのはいかがなものかとアクアは思った。
そんな中始まったアイのパフォーマンス。やはり人を惹きつける魅力があるなとアクアが思っていたところでルビーがストップをかける。
「ママそこの振りちょっと変。武道館の時もっと手高かったよ」
「あれールビーよく気付くね」
「……俺も分からなかった」
自分をアイ沼に落とした師匠のような人なのだから負けても仕方がないのだが、アクアは兄としてオタクとして少し敗北感を感じてしまう。
そんなアクアの反応を見てルビーはどこか嬉しそうだった。
「ふふん、お兄ちゃんにアイのアイドルとしての魅力を教えたのは私だから負けられないよ」
「えーそうだったの!だから二人であの時サイリウム振り回してたの?」
実際にルビーは自分のスマホに入れてあるB小町ライブ映像を見せて該当箇所を一発で探し出す。
「好きこそものの上手なれとは言うが、ここまで完璧に覚えていると怖いな」
「むしろお兄ちゃんがいけないよ今のは。ちゃんと振り付けとか覚えておいてね!」
当初の予定とは異なり、アイの練習兼B小町歴代ライブ視聴会のような展開。
ただアイが一通り練習が完了したところで、ついに再びルビーの出番がやってくる。
あれだけ動きの差などが把握できているのだから振り付けが分からないわけではない。
出番だから、母に時間を作ってもらっているからと勇気を振り絞ってルビーはダンスを始める。
しかし、動き出すとやはり転けてしまいルビーは泣きそうになった。
「ルビー、転ぶのを怖がってたらもっと転んじゃうものなの」
そう言いながら倒れたルビーを助け起こすアイ。
その表情はとても柔らかく、娘を思う母としての顔だった。
優しい声でアイに見惚れているルビーへのアドバイスを続ける。
「もっと胸を張って堂々と立つの」
そう言ってアイは自分の姿勢をダンスに適した姿勢にして見せる。
こうすれば絶対大丈夫だからとルビーへ態度で示していた。
「大丈夫だよママを信じて」
「……うん」
ルビーの前世、天童寺さりなの記憶は病室での風景がほとんどだ。
歩こうとしては転けて、対策をしていないと怪我ばかり。
ただこの数年、余程のことがなければ転けないで過ごすことができている。
ないのは勇気だけだと分かってもいた。
そして今、母から勇気をもらえている。あの頃のように。あの頃以上に。
「うん!」
改めてその言葉に返事をする。そしてルビーは自分の一番好きな曲を踊ることを決める。
元気が出る、前世自分の希望だった歌。
(アイの動きは全て網膜に焼き付いている。あんなかっこいい踊りを踊れたら、私の光)
自分のイメージしているアイの動きを再現して、小さな自分の身体で表現できるだけ踊って見せる。
どんどん動きを激しくしても母からのアドバイスを真摯に受け止め、胸を堂々と張っていればバランスを崩すことはない。
最後まで踊り切っても、ルビーは転けることなくいいパフォーマンスを発揮した。
「凄い!凄いよ!流石私の子!かっこかわいいよルビー!」
「……驚いた。最初歌はあんなだったのに踊りはこんなにできるのね」
「もう!ミヤコさん、歌のことはそんなに言わないで!まだちょーっとママには及ばないかもだけど」
女性陣二人は手放しにルビーを褒める。
もちろんルビーも二人に褒められるのは嬉しい。
前世からの推しに今世でもう一人の母のように慕っている相手に褒められて嬉しくないわけがない。
だけどルビーには、もう一人どうしても見てほしい人がいる。
もしルビーがアイドルになれば最推しにしてくれると約束していた最愛の人が。
彼のほうへ視線を向ければ普段はクールな態度を装っているそのアクアマリンの瞳が少し潤んでいた。
「……本当に良かった。最高だぞルビー」
(本当によかったね、さりなちゃん)
その瞳の先にはルビーとさりなちゃんの姿が重なっていた。
人生に絶望し、諦観し、最後まで報われたとは言い切れない少女。そんな少女がなんの奇跡か才能と環境を与えられ華開こうとしている。
アクアはこの子を一生推そうと決意し直した。
「ほんとルビー凄かったよ。私もウカウカしたらあっという間に追い抜かれちゃいそうって怖くなっちゃったもん」
「さっきの動画撮っておいてよかったわ。勿論ルビーに許可は取るけれど将来の準備はバッチリね」
アイとミヤコのように純粋に喜びを分かち合いたいと思う反面、アクアは一つ懸念ができた。
ルビーが飛び抜けて華がある。
もしそんな環境になってしまえば、それは今のB小町のように他メンバーが引き立て役に近い状態になる。
個々で見た時、B小町は決して能力がないわけじゃないとアクアは思っている。
歌がうまかったり、ダンスがうまかったりアイに勝っている部分があるメンバーだっている。
だけどアイという飛び抜けた華があるからこそ、他のメンバーは外野から見た時、引き立て役の一人になってしまう。
絶対的なセンターというのは孤独を生む。
アクアは芸能人として活躍するようになり、最近になってようやくそのことを理解し始めた。
(もし……ルビーがソロじゃなくてアイドルユニットを組みたいなら最高のメンバーが必要になる。それもルビーと並んでも霞まないだけの光が)
少なくとも今のB小町にそれだけの力はない。小手先の技量ではない。そのカリスマ性が足りないのだ。
ルビーの輝きに匹敵するモノを身近で見たことなど……そこまで考えたところで畑違いではあるが、数人頭に浮かんだ。
(……だけどあいつらアイドル興味ないよな。流石に無理強いはできないか。いや、本当にマルチタレント路線に行くならいけるか?)
もし彼女たちがそのまま美しく成長してアイドルをやるならば、ルビーの輝きは曇る事なく成長できるかもしれない。
タイミングをみて一度彼女たちに誘いの声を掛けてみるのもアリかもしれないと思った。
他にも私生活で目に付いた人がいれば勧誘でもしてみようとアクアは今後の方針を決める。
まさかアクアが内心で盛大なシスコン計画を企てているなどとは気づかない母娘は楽しそうに次のことを話している。
「次は二人でやろうよルビー」
「えっママと一緒に踊っていいの!やりたい。ミヤコさん撮ってね」
「ふふっ……。いいわよ」
ルビーの今後について考え終わったアクアは次にアイのことを思う。
アイはファンの前で絶対に弱音を吐かない。そしてアクアたち子供の目がある場所でもそんなものは見せつけない。
だからこそ今まで気がつかなかった。いや、気づいていたはずなのに忘れてしまっていたことだ。
今のB小町のような環境は歪で、アイだって一人の人間である以上何かしらの軋みは避けられていないだろう。
ただアクアはアイドルとして完璧なアイと不器用ながらも何かを探している母としてのアイしか知らない。
あの夜、吾郎に見せた顔はこのどちらにも当てはまらない。
嘘で塗り固めても幸せになってやるという個人の意思。結局転生してからあのような姿を見たことは一度もない。
あれこそが本物のアイの思いなのかもしれないと思い始めていた。
『星野アイは欲張りなんだ』
あの日、アイが言っていた事をアクアは思い出す。
ただ子供がいて仕事も充実した幸せな日々を送りたい。もしそれが願いなのだとしたら結構な事だし、欲張りどころか些細な願いだとアクアは思う。
今のアクアは彼女の身内であり、その願いをかなえる手助けが十分にできる立ち位置だ。
(いつまでもアイとルビーが笑顔で過ごせる日々が続けばいいな)
アクアはいつまでも楽しそうな二人の声を聞きながら神に祈るのだった。