『15年の嘘』はいくつかの章に分かれている。
映画としては一本になっているのだが、ストーリーラインとしては3本立てだ。
今までメインで撮影してきた一章は『B小町結成編』。
この章は導入、最初の誓いと訣別、B小町を辞めるか悩むアイ、初の全国ツアーなどの経験を経てアイドルとして順調にステップアップする話が描かれてきた。
実はまだ撮影が終わっていないパートも多いのだが、ここからは他の章と並行して撮影が進められる。
今日から撮影が始まる二章『愛と嘘編』は、アクア達にとってはメインパートだ。
この映画が企画された当初から撮影予定だったアイとヒカルの恋愛について描かれる最も重要な章である。
「お芝居のれんしゅう?」
高いアイスを食べていたアイの元に、壱護が話を持ってきたところからこの章は始まる。
「このまま売れたらドラマや映画のオファーがバシバシ来る!その時の為に備えておかないとな!」
「ふぅん、まぁいいけど」
B小町の成功を疑っていない壱護が勧めてきた内容を軽い調子で受け入れるアイ。
まさかアイもここから自分の人生を大きく変える出会いがあるなんて予想もしていなかった。
「ふぅ……星野妹、今のどうだった?」
メルトはカットが入った直後、確認の時間で今回の相方であるルビーに演技の評価をしてもらう。
前回の演技で自分より上だと感じたメルトは、演技の後にルビーに自分の演技を聞くようにしていた。
「この頃の壱護さんは分かんないけど、でも若い勢いがある壱護さん!って感じで私もママの演技を崩さずに話しやすかったなぁ。メルトさんやるぅ!おにいちゃん居なかったら世代ナンバーワン俳優も夢じゃなかったかも?」
元々『今日あま』初期はおろか『東ブレ』と比較しても成長が見えていたメルトは、客観的に見てかなり有望株だ。
ルビーもその点は高く評価しており、周りのレベルに合わせて肥えた目を通してもいい演技と素直に評価できていた。
「アクアには勝てない前提かよ。これでも追いつけ追い越せの精神でやってんだけど」
「そりゃそうだよ!だっておにいちゃんだもん!」
「まぁアクアは遠いよなぁ。あの目だけで全ての虚像を実像にする演技、アレマジでどれだけ真似ようとしてもできねぇんだよな。ほんとすげぇよ」
「なかなか見る目あるねメルトさん!おにいちゃんの事よく分かってるじゃん」
兄ならばもし追いつかれそうになっても努力でなんとかしてくれる。それがルビーがアクアに持っている絶対の信頼だ。
メルトもアクアが凄いことは素直に認めており、そこから二人はアクアの凄いところを話す謎の話し合いへと移り変わっていった。
一方その頃、ルビーとメルトにベタ褒めされているとは知らないアクアは、これから共に撮影する大輝と会話をしていた。
「今日から父親の演技をする覚悟は決まったか?」
「なかなかしんどいな。親父の評価が俺のこの演技で決まるかもしれねぇと思ったら猶更な」
アクアの問いかけに対して、大輝は自分の心情を素直に答えた。
大輝はどういう演技をするのかは既に決めている。
その上で台本や自分の薄れた記憶、そして直接関わりのあった人達に尋ねた情報で上原清十郎のキャラクターを組み上げており、実際に演技が始まれば、大輝の解釈した
清十郎は淀みなくシーンを彩るだろう。
決してアイの人生においてはメインとは言えない人物だが、大きく人生に影響を与える特殊な立ち位置。それが視聴者にどう見えるのかいつも以上に意識していた。
「アクアの方こそ、ここからが本番だろ?アイさんとヒカルさんがここから仲を深める過程がある。ここの表現はそのまま今後の二人に直結するぞ」
「分かってるっての」
先程の初対面は本当に互いに特に思うところがなかったただの邂逅。
ここから二人は知り合い、演じ合い、仲を深めていく。
アクアは『15年の嘘』を全てを知りたい人向けの映画と銘打っている。そのため、多くの視聴者はここに映されたアイやヒカルが本物の彼らだと思い込むだろう。
アクアの責任は重大だった。
「かわいいでちゅねーいい子でちゅねー」
「何やってんだフリル」
大輝と話していたアクアだったが、一緒の出番ということで近くにいたフリルが小さい子供を相手に赤ちゃん言葉で話しかけているのを見て、呆れた視線を向けながら声を掛ける。
子役の親だろう女性はフリルの事を温かい目で見守ってくれてはいるが、ぱっと見ではその外見の美しさで誤魔化されていなければ不審者と思われても仕方がなかった。
そんなアクアの言葉を聞いて彼の方を振り向いたフリルは、ニマッとどこか狂気を感じさせる笑みを浮かべながら答える。
「あっマリン。……見て?私とあなたの子よ」
「突然姫川愛梨の演技を混ぜて来るのはやめろ」
「……仕上がってんな。マジで複雑だわ」
アクアは返事の中に演技を混ぜてきたフリルに淡々とツッコミを入れる。
実の息子である大輝から見てもその一言のクオリティーは十分だ。
抱っこされている子供もフリルの豹変具合に鳥肌を立てているくらいである。
そんな可哀想な子役を見て、大輝は優しく頭を撫でながら声をかけた。
「変なお姉ちゃんがお母さん役で悪いな。頼むぜ『俺』」
「変なお姉ちゃん……姫ちゃんって結構言うよね」
「ツッコミ入れんなよ、なんか締まらなくなるだろ」
もうすぐ撮影だというのに何とも気の抜ける会話をする二人を見て、相性いいなと思うアクアだった。
そんなやり取りをする三人から少し離れたところで、今回は撮影がないメンバー達がそんなアクア達の様子を眺めている。
でろでろに甘やかしているフリルの様子をアクアだけでなく皆若干呆れたような視線を向けていたのだが、一人だけ違う反応を見せていた。
「むぅ……ふーちゃ!愛瑠もいい子だよ!」
本当に自分の子供かと言いたくなるくらいに甘やかそうとしているフリルを見て、ミヤコの足元にいた愛瑠が頬を膨らませていた。
どうやらフリルが自分ではない子供に構っている状態に嫉妬しているようだった。
あかねのやっていた仕草を気に入り、不満がありますと主張するときはすっかり癖になってしまった愛瑠。
殆どのメンバーはその可愛らしさにほっこりしていたが、ミヤコだけは少し心配そうに自分の娘を見つめながら口を開く。
「これまでお姫様だった弊害かしらね。……でも、きゅんぱんのとこの娘が可愛がられていた時は一緒にお姉さんぶってたのにどうしたのかしら」
事務所にある子供用スペースではまだ幼いきゅんぱんの娘に対してお世話する!と張り切っている姿が見られており、それを知っているからこそミヤコは首を傾げていた。
そんな彼女にみなみが自分の予想を口にする。
「愛瑠ちゃんが同じくらいの年だからやないかなぁ?取られちゃうと思ったのかもしれへんよ?」
「ああ……そういう可能性があるのね、予想外だわ。よく思い付いたわね」
「昔ルビーちゃんが似たような仕草しとったから……」
自分がアクアの妹役をやっていた時のルビーに似ていたと感じたみなみは、愛瑠の反応をそう分析する。
これまで愛瑠の周りには自分より年上や年下はいても同い年はいなかった。
それがこんな形で影響するとはとミヤコはどうやって宥めようかと頭を悩ませる。
その時、救いの手が差し伸べられた。
「ダメよ愛瑠。あっちはこれから撮影なんだから。フリルではないけど私で我慢しなさい」
そう言って愛瑠を抱きかかえたのは意外にもかなだ。
彼女は今の愛瑠くらいの年にはバシバシ仕事をしていたため、態度には出していなかったが、同じ年の子供たちを常に意識していた経験がある。
自分が当時されたかった誰か一人からでも真摯に見てもらえていると子供でも分かる状況を作ることで愛瑠を宥めようとしていた。
「かなちゃ!分かった!愛瑠大人しくするね!」
そんなかなの気持ちが伝わったのか愛瑠はぱっと笑顔を浮かべてかなに甘え始める。
いつも以上に甘えた様子を見せる愛瑠にかなも釣られて笑顔にさせられた。
「あーホント癒される。子供って可愛いわね」
太陽のような笑みを見せるかなを見て、ミヤコは軽い警告を込めて口を開く。
「前から言ってるけど子供作るときはほんとに相談してよ?アイの時も大変だったけど、あなた達の場合はどんな世間体になるかも想像できないんだから」
「わわ分かってるから!」
子供を作るなとは言わないが、事前に相談して欲しいというミヤコにかなは動揺して赤面しながら返事をする。
こういう分かりやすいところが他のメンバーから揶揄われる一因なのだろう。
そんなかなの様子を見て、あかねは星野家の家族計画をイメージし始めた。
「その辺りはローテーションでちゃんと組むのと一斉に休養にしてしまうのとどっちがいいんだろう。多分ローテーションの方がいいかな?情報の公開とかも工夫して世間の空気を味方につけられるようにしていきたいよね。そうなるとまずは交際発表のタイミングが大切になってくる。公開日程を調整、あとはSNSでの匂わせ方法も工夫して受け入れられる範囲を広くして……」
「具体的過ぎひん!?あかねさんが味方でよかったわぁ……」
ここ数年でどう動くのが一番自分達のためになるのか、子供の計画などはある程度分散させるべきかまとめるべきか。
思いの外皆子煩悩で、あまり子供がいない時期は長く出来なさそうだとあかねは素早く解決できそうな計画を練る。
そんなあかねの小声を近くで聞いていたみなみは、その計画性や切り口などアプローチまで含まれた内容にあかねが身内でよかったとほっとするのだった。
「なんか盛り上がってんな。そろそろ撮影再開するぞ」
そんな一言があってから撮影が再開される。
壱護に言われて劇団ララライにやってきたアイが、ヒカルと初めて出会うシーンからスタートだ。
アクアとルビーに求められているのは初対面の中学生に対する演技であり、他の感情は乗せてはいけない。
会話もなく、本当に二人の初邂逅を見せるだけの場面だ。
ただルビーもこの最初の印象というものが大切だとよく理解していた。
(フラットにいかないと……最高にかっこいいおにいちゃんでも、すっごい頼りになるせんせでも、陰からこっそり私たちを助けてくれるヒカルさんでもない。顔立ちが整った中学生への反応を意識して)
頭で何度も言い聞かせながらルビーはその場でくるりと振り向く仕草をする。
振り向いた視線の先には普段よりずっと幼く見える、純真無垢なアクアの姿があった。
「ちうがくせいのおにいちゃんかわよぉ〜〜〜っ!」
「カットォ!お前今まで大丈夫だったのにアクアが絡んだ途端にこれかよ」
アクアが稀に見せる子供の演技を中学生に調整し、そこにヒカルが当時していただろう演技を加えた代物は、演技の練習こそ積んできたものの本番の場数が少ないルビーの役柄を貫通し、ルビーとしてのテンションを引き出してしまう。
五反田は流石に呆れた様子でルビーを見て、彼女も気まずそうに目を逸らす。
一通りルビーを注意したところで再度撮影が再開される。ルビーは申し訳なさそうにしながらも再度自分の精神に言い聞かせて今度こそは暴走しないようにと、深めにアイの演技をまとうことで暴走を回避しようとした。
ルビーとしての自分を完全に封印し、そして再度アクアを見る。
「ちうがくせいのアクアかわよぉ〜〜〜っ!」
「カットォ!!」
今度は当時の……ではなく今のアイに入り込み過ぎてアクアを見てテンションをぶち上げ、五反田は怒りの声でカットを宣告した。
結局八回目になるまでリテイクを繰り返し、ルビーは過去一番苦戦することになるのだった。
どうにか純真無垢な中学生ヒカルを演じるアクアに対する耐性を得たルビーによってようやく撮影は進み始める。
ララライのワークショップが終わった後、教わった内容が書かれた紙を眺めていたアイに一人の男が声を掛ける。
「今日初めての子だよね。どうだったワークショップ」
彼の名は上原清十郎。売れない役者であり、少し前まで女好きとして名を馳せていた人物だ。
女の子に対して馴れ馴れしいというか慣れた態度で話しかけた清十郎に対してアイは笑顔で答える。
「難しくて全然分かりませんでした!」
「そっかそっか。どのへんが難しかったとかある?」
まさか全然分からないとまで言われるとは思っていなかった清十郎はどうしたものかなと見た目以上に真摯に対応する。
「えと……」
「ちょっと清十郎」
そんな彼に分からなかったポイントでも聞こうかと思ったアイが口を開いたところで女性の声がそれを遮った。
アイがそちらに視線を向けると整った顔立ちの女性が子供を抱いているのが目に入る。
「妻子の前でナンパなんて肝が据わってるのね」
「人聞き悪っ!?そんなんじゃないから!講師としての役割を果たしているだけだからね!」
会話の流れを聞くと彼らは夫婦であることがアイにも伝わってくる。
清十郎の妻らしき人物の顔をよく見るとあまり人の名前を覚えないアイでも顔は見覚えのある相手だった。
「あっこの人見たことある。朝ドラの人だ!」
「ふふっ姫川愛梨よ。それとこの子は息子の大輝」
「俺の自慢の妻と息子だ」
先程からの態度の数々からわかるように清十郎は家族を大切にする男なのだろう。それが視聴者へ伝わるように大輝は演じる。
それがたとえ母の評価を落とすことに繋がってしまうとしても。
それに対してフリルは優しそうながらもどこか掴みどころのない印象を姫川愛梨に抱けるよう演技を調整して見せる。
「えっと君は中学3年か。だったら……この子はお前が教えてやれ」
参加者のリストを見てアイの年齢を確認した清十郎は講師として適切だろう人物の襟首を掴んで引き寄せる。
ぐっと引っ張られ学ランを着ている少年は清十郎の隣まで連れてこられて困惑した表情を浮かべた。
「ぼ……僕がですか?」
先程ララライに来た時に偶然目に入った少年。アイは不思議とその少年にシンパシーを感じる。
そんな少年を説得するように清十郎は言葉を繋げていく。
「歳も近いし丁度良いだろ」
「教えることで気づくこともある、これも経験。なぁ愛梨」
「……まぁそうね。いいんじゃないかしら」
口では殊勝なことを言う愛梨。
ただそんな愛梨の演技に、フリルは周囲には分からない程度に、ただルビーには伝わるように嫉妬の感情を乗せる。
これは直接作品に関与することがない演技だが、これからルビーがアイの演技をする上で上手く感情を利用できるためには必要な演技。
アイはそんな愛梨の様子に不思議そうに首を傾げる。
ただこの場では答えが出ることはない。
「愛梨さんまで……」
突然押し付けられて状況が飲み込めず困惑する少年といった様子を視聴者へと披露していくヒカル。
アクアはヒカルの演技とヒカルの演じる純粋な子の演技を重ねて披露する必要があるが、見事にそれを演じ切っていた。
「よろしくね?」
「……僕は神木輝。よろしくアイ」
これが二人の話すきっかけ。
その日は残った時間でヒカルに色々と演技の基礎を教わりながらアイはヒカルの顔をマジマジと見る。
その整った顔立ちは周囲が自分を見るものに近しいものを感じる。
初めて見た時から何となく感じていた親近感に流されるがままヒカルの顔を引っ張ったりして遊ぶ。
ルッキズムの源同士の親近感かとアイは自分が感じていたヒカルへの感性を理解した。
「ふぅ……」
アイから解放されたヒカルはぐにぐにとイジられた頬の痛みが抜けるように手で自分の頬を撫でている。
その表情は先程までの作られたものとは違い、少しだけ緩んでいた。
「楽しそうね」
「っ!?」
ビクリと声が聞こえるだけでヒカルの身体が何かトラウマのように反応する。
ゆっくりとその声の方へ向くと感情を隠したような笑顔を浮かべる愛梨の姿があったら、
「私みたいな人妻より若くて可愛い子の方が良いのかしら」
「いえ、愛梨さんの方が綺麗ですから」
「ふふ、ありがと」
ルッキズムの源は人を狂わせる。
それは決してアイやヒカルに限った話ではない。
いつのまにかヒカルの隣にまでやってきていた愛梨は、スッとヒカルの服の中に手を入れ、その手は優しくも悍ましく彼の背中を撫で回す。
「本当に貴方は可愛いわね」
その声には艶と狂気が程よく混ざっており、逃がさないとヒカルに訴えかけるようで。
ヒカルはそんな愛梨の行動に身を任せるしかなかった。
「カット!……今のゾクッとしたな。こういう演技もできるってのが強みだよな不知火は」
フリルの怪演を五反田が評価した感想を口にする。
未成年とは思えぬ妖艶さを見せつけるだけならばみなみの方が上なのだが、この何処かおどろおどろしい怨念が混じってそうな執着はフリルの表現あってこそだろう。
「早熟も良かったな。表情が変わる様が実にリアルに表せてている。とりあえず俺は映像を確認してくる。それまで自由にしとけ」
そんな言葉と共に部屋を出た五反田を見送ったところで、皆が日常へと戻り始める。
これから重要な役割を担うメンバーが揃っていた事もあり、現場にあった独特の緊張感が霧散していく。
「おにいちゃんの演技はやっぱり凄いね!あのキラキラした表情ずる過ぎるよぉ」
「ルビーちゃん8回もリテイクだしてもうたもんなぁ」
「なんでアイの演技を役外でしてわざとリテイク出した時より多いのよ」
かなの呆れたような指摘に対してルビーはうっ……と表情を歪ませる。
自分が悪いのは分かっているのだが、ルビーにだって言い分はあるのだ。
自分の言い訳を聞いてほしいとばかりにルビーはかなへ向けて説明する。
「仕方なくない?いくらなんでもおにいちゃん相手に初対面の中学生相手って難しいもん。確かにおにいちゃんは純粋無垢そうな中学生を演じてたけど……それがまた新鮮でね」
「アンタ今度役者魂鍛え直しね」
役を貫通してNGを叩き出していたルビーに対してかなは厳しく声を掛けるのも無理はない。
「かなちゃんは厳しいなぁ。あのアクアくん可愛かったからルビーちゃんの気持ちも分かるなぁ」
「あかねも甘やかさないの。ただでさえアクアがルビーには激甘なんだから私たちがちょっとは厳しくしてやらないと」
あかねもついルビーには甘くなりがちだ。それは元からアクアの妹だという点もあるが、彼女の持つキャラクター性も大きいだろう。
だがかなはそれではダメ!と言いたげに返事をする。
その姿は、長男長女が甘やかす末妹に厳しくする次女のようだった。
かなはルビーへの指摘が終わった後、今度はフリルの方へと視線を向ける。
先程の演技はかなから見ても素晴らしかった。
だから素直に褒めようと考えていた彼女だが、フリルの今の状態を見て気が変わる。
キッと強気な視線を作ったかなはそのままフリルの頭をべしっと叩いた。
「いやアンタはいつまでアクアの服の中に手を入れてんのよ!」
そう、フリルは今この瞬間まで姫川愛梨の演技としてアクアの背に手を入れた状態のままになっていた。
彼女が思わずツッコミを入れるのも仕方がない。
「痛い……重ちゃんもうちょっと手加減してよ。今ので1マリン分脳細胞減っちゃった」
「いや、何よその単位!?絵面がインモラルな感じで外でやる事じゃないから大人しく手を引きなさい」
「ちぇ~」
かながぷんすかと怒りを表現しているのを見て、ここが引き時かなとフリルはアクアの服から手を引き抜く。
アクア本人は大人しく入れられたままになりつつも微妙に呆れたような視線をフリルに向けていた。
ただフリル本人はそんな視線を向けられるのもありかなと結構呑気な事を考えていたりする。
役得だったと真顔に見えて身内が見れば分かる満足そうな表情にみなみもジトっとした視線を向ける。
「ちゃっかりしとるなぁフリルちゃん」
「こういうチャンスは逃さないようにしないとね」
「フリルちゃんって実は肉食系だよね。……こういうとこが愛梨さんに似合うって皆が評価しただけはあるかな」
実はあかねも結構本気で愛梨役を取りに行ったのだが、フリルの方が似合うと多数決で決まってしまった経緯がある。
この役割で必要な色気や狂気は十分に備わっていたのだが、どんな役をやっても不知火フリルが混ざるという彼女の特性が今回の役にマッチしていた。
役者として頑張っていきたいと考えているあかねとしては、決まった時は相当悔しがっていたとか。
「うぅ、私のおにいちゃんが……おうちに帰ったらこの分甘えないと」
「ルビーちゃんの場合はそんなのなくとも普段から甘えとるけどなぁ」
「うっ……」
みなみからのツッコミにルビーはうっと表情を歪ませる。当然ルビーだって自分が甘えまくっている自覚があるのだから鋭い指摘だろう。
「アクアが甘やかすからどんどんルビーが調子に乗るのよね。程々に厳しくしないと駄目よ?」
「だってさマリン。重ちゃんが同じくらい私も甘やかしなさいって」
「言ってない!!」
「最近のフリルちゃんはかなちゃん弄りがレベルアップしてるね。私も負けられないなぁ」
「そんなとこであかねは張り合わなくていい!」
ワイワイガヤガヤとすっかりいつもの調子で騒ぐB小町Rを見て、アクアは自然と表情が綻ぶ。
「お前の家ってもしかしていつもこれだけ賑やかなのか?」
先日の海の帰りに聞いた話を思い出して大輝はカロリー高そうだなと言いたげにアクアに話しかける。
「まぁ母さんがこれくらい賑やかな方がいいとか言ってたし俺は気にしない」
「マザコンかよ……いや、あのアイさんが母親だもんな。マザコンになるのも無理はないか?」
「いや納得すんなよ」
大輝はアイなら仕方がないかと同意し、アクアも本音8割冗談2割でいった言葉に納得された事にツッコミをしておく。
兄弟の間に遠慮はすっかりなくなっていた。
「一応シリアスなシーンのはずだったんだがな。まぁそれだけオンオフハッキリ出来てるって考えたらプラスか?」
映像を確認して満足げに戻ってきた五反田は、この騒がしい現場を見て苦笑する。
こうして『15年の嘘』二章の撮影はルビーのやらかしこそあれど、順調に幸先の良いスタートを切った。