【推しの子】ヤケクソハッピーハーレムルート   作:ただの暇神

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フィクション

本日の撮影にあたってアクアは二人の人物を撮影現場に招いていた。

 

「お久しぶりです吉祥寺先生、アビ子先生。お忙しいところすみません」

 

アクアが招いていたのは吉祥寺とアビ子という人気漫画家師弟コンビだ。

二人とも連載漫画を持っているため、多忙な中来てくれたことをアクアは感謝する。

 

「私は月刊だし大丈夫よ。どうなるのかも気になるし」

「そうですよ!むしろ頼ってもらえて嬉しいです!」

 

頭を下げるアクアに二人とも全く負担になっていないと笑顔で言う。

吉祥寺とアビ子とは忙しい中も作品の感想などマメに送っていたりした事もあってアクアとの関係は良好だ。

とある少女からはいつものように『これだから女誑しは……』と誤解を招いていたが、結果的に作品の品質に貢献できるのだから許して欲しいというのがアクアの思いである。

二人が縁のある人物達に挨拶して回っている間に、大輝はアクアへと話しかける。

 

「なるほどな。どうやってあの台本作ったのかと思ってたが、あの二人に手伝ってもらったのか?」

 

大輝は不思議に思っていた部分が解消されて納得した表情を浮かべていた。

どうしてアクアが二冊の台本を用意して一部の人間にだけ二冊目を渡しているのかは大輝も聞いている。

実のところ、白星の台本と黒星の台本は8割以上内容が同じだ。

ただ、その二割の違いをどうやって作ったのかは大輝も聞かされておらず不思議に思っていた。

 

「そうだな。あの二人は創作能力で言えば日本で屈指のクリエイターだ。俺じゃ逆立ちしても出てこない知見ばかりだったよ。エンタメを理解してるって奴だな」

「ゴーストライターか?バレたら面倒だろ」

 

アクアは二人に世間にウケるアイとヒカルの恋愛ドラマを考える手伝いをしてもらっていた。

大輝から見ても撮影のメインとなっている黒星の台本にあるエンタメ性の高い内容をアクアが一から考えたとは思い難かったのだが、このブレーンがバックにいたならば当然と言える。

 

「俺が大筋は決めて、そこにイベントとか提案してもらった形だからセーフだ。一応クレジットで構成指導のとこに名前は出す」

「こすいな弟よ」

「二人にもそれなら大丈夫って言われてるから問題ないだろ」

 

自分の目的のためにアウトにならない範囲で使えるものは使うスタンスを取るアクアに揶揄い交じりに大輝は言う。

そんな彼の言葉にアクアは肩をすくめて返すのだった。

この映画に視聴者が求めているのは真実ではない。自分たちが納得できる内容だ。

捏造し、誇張し、都合が悪いところは隠したとしても8割の真実に2割の嘘を混ぜられても人は違和感を覚えない。

あくまで世間に見せるのはあくまでアイとヒカルを良く見せるオマケであり、アクア達の本命は別にあるのだから。

 

 

吉祥寺とアビ子の挨拶が一通り終わった後、アクア達は順に撮影を進めていく。

いくつかのシーンを連続で撮影し、役に対する没入感を上げる事で、その質を可能な限り高めていた。

 

「ぜぇ……ぜぇ……」

「え?自転車で来たの?電車使えばいいのに」

 

アイの教育係になったヒカルはこの日、アイの家に自転車でやってきていた。

電車を使う程度には離れているアイの家にやってくるのは中々骨で、役者としてそれなりに鍛えているはずのヒカルでも息が上がる。

やってきたヒカルを家の中に招いてから、アイは自分の演技を見てもらう。

 

「私の演技って違和感あるんだって。もっと普通に出来ないのって言われるんだ……どうしたらいいと思う?」

 

何度か参加したララライのワークショップで演技について指摘されているアイは、早くどうにかしようと教育係である彼に時間外だというのに教わる。

彼女はやると決めたらその高い向上心でトップを目指す人物だ。

これまで撮影した範囲にも、アイが箱のチェックをしてカメラや照明などに注文を付けたり、小道具や衣装を自分で弄って少しでも可愛く見せようとしたりといった描写を見せている事がその説得力を持たせる。

映画の中でも中盤に当たるエピソードであり、この頃には普段テレビで見る笑顔を見せるキラキラと輝くアイではなく『15年の嘘』に登場する不器用で変わっていて、でも努力家で誰かに愛されたい等身大な少女アイが視聴者にも刷り込まれている事だろう。

 

「いやどーしようもないでしょ」

「なんでよ」

 

ただヒカルはアイのそんな心配をバッサリと両断する。

アイは当然不満に思って反発するが、ヒカルは淡々と返事をした。

 

「だってアイってすこぶる変人なワケじゃん。変人が普通をやったらそりゃ変人になるでしょ」

 

多くの視聴者に確かにと思わせる要素がこれまでの映画にも、そしてアイの仕草にも多分に含まれている。

 

「何それ……変人はヒカルでしょ!私は君ほど変な人見た事ないもん!」

「いや絶対アイの方が変だから!百歩譲って僕が変だとしてもアイの方が絶対変だから!」

 

二人はワイワイと互いにどちらがより変かと言い争う年相応な子供らしい振る舞いを見せる。

これまで身内との衝突が多かったアイの人生にようやく仲良くなれそうな相手が見つかったと親のような心が芽生える者もいるかもしれない。

アクアとルビーとしても普段は絶対にしない言い争いに少し互いに楽しくなっていた。

結局二人の言い争いは、アイの足元だけで問題だらけだとヒカルが指摘したところで流石のアイも気不味そうに視線を逸らした形で終結する事になる。

 

「もう少し身なりに気を遣った方が……」

「やだよー」

 

あまりにもな格好をするアイに、心配そうに言うヒカルへ可愛らしくあかんべーとするアイの姿はあざとくも可愛らしい。

 

そこからアクアとルビーは、アイとヒカルのキャラを崩さない範囲でメリハリの効いたいいラブコメ展開を繰り広げる。

コテコテなものもあれば、役者とアイドルだからこそな話も交えてそのリアリティーを高める。

アクアとルビーが互いに役者とアイドルだからこそ、その質感は本物に昇華されていた。

アイとヒカルが仲良くなるにつれて、アイの身嗜みは変わっていく。

以前は田舎者丸出しだった服装がある程度しっかりしたものになり、爪にはコートを塗り、靴も毎日違う。

彼女なりに自分に合う格好をするようになり、元の美貌も相まってぐっと垢抜けていく。

周囲も彼女の変化には気付いており、噂になるほどだった。

 

「あはは、お金足りないかと思ったよ〜」

「いや、僕の持ち合わせがなかったら足りてなかったでしょ」

「それは言いっこなしだよ!1万円下ろしたのに足りないのは普通にビックリしたね~」

 

この日、アイは日頃のお礼としてヒカルを食事に誘っていた。

一つとはいえ年上として『おねーさんが奢ってあげる』と言っていた彼女だが、この会話が示す通り見通しが甘くて少しばかり予算オーバーしている。

背伸びして普段は来ない業界人御用達なレストランに来ていたのだから仕方がないかもしれないが、年上のおねーさんとしては締まらない形になったがあまり気にしていなさそうだった。

 

「僕とご飯食べて楽しかった?」

「うん」

 

ヒカルは別れ際に今日の食事について感想を尋ねる。

その表情は何か言いたそうに見えたが、アイは笑顔で肯定した。

 

「ばいばーい!」

 

楽しそうに手を振るアイと別れてからヒカルの独白が始まる。

先程までの楽しそうな表情から打って変わって無表情、何も感じ取れない表情へと変化させた。

この後の用事を済ませるためにヒカルは目的地へと向かうヒカルの本心が描かれる。

 

『本当はトマトは好物。本当はあの店にも愛梨さんと行った事がある。本当はお小遣いもちゃんと貰ってる。僕よりアイの方が変人だなんて思ってない』

 

これまで見せてきたヒカルの全てが嘘偽り。

撮影としては口元を動かさないように歩きながら淡々とアクアが独り言を呟く形で撮影される。

その声に温度はなく、本当のヒカルがどれだけ押し殺されているのかを見せることに徹底する。

やってきた目的地はホテル。指定された一室を訪ねたヒカルが扉を開くと中には愛梨の姿があった。

 

「やっと来たわねヒカル……こっちにいらっしゃい?上書きしてあげる」

「……はい、愛梨さん」

 

ルッキズムの魔力に魅せられた恍惚とした表情を浮かべながら、愛梨は優しく手招きをする。それをヒカルは大人しく受け入れて彼女の隣に向かった。

 

「良い子ね」

 

そのまま近くに来たヒカルを押し倒した愛梨は、狂気と情欲に塗れた瞳をしながら覆いかぶさり、唇を重ね服を脱ぎ、本能に従ってヒカルを貪る。

ヒカルは愛梨からされる行為の数々を淡々と受け入れる。傍から見ても二人は合意の上での関係にしか見えないだろう。

彼女の視界に映っている間は柔らかい笑みを、そして彼女の視線が外れた時は全てを飲み込むような仄暗い瞳をさせながらヒカルは行為が終わるまで待つ。

 

『本当は……こういう行為が気色悪くてたまらない……愛梨さんが只の小児性愛者だって分かってる』

 

愛梨の欲望が赴くままに求められるがままのヒカルを帰した事後、ヒカルの独白は再開される。

彼女と関係を持ってから数年間続いても慣れる事はない。冷静に見えて今にも壊れてしまいそうな彼の心が透けるようにアクアは続ける。

 

『これで合ってますか?なんにもない僕が誰かに愛される為にすべき事はこれで合ってますか?僕はちゃんと可愛いですか?なんにも分かってない純粋な少年ってこんな感じですよね?』

 

これまでずっと続けてきた愛されるための嘘。一度もバレた事がない絶対の自信があるヒカルは、今日も嘘を吐く。

いつか誰かに愛される日が来ると信じて。

 

 

撮影が一区切りしたところで、本日のゲストである二人は感心したような声を上げる。

 

「あのいい感じのデートからの急転直下。ドロドロした欲望の渦って感じ……想像以上ですね先生!」

「ホントね……こういうのを創作を現実が超えるって展開って言うのかしら。私のイメージしていたよりも更に良かったわ」

 

自分達のしていたイメージを超えてきたアクア達に吉祥寺とアビ子は称賛の声を送る。

彼女達が手伝ったのは、恋愛パートのアイディア出しや演出だが、それにアクアが用意していた暗い部分が混ざり合い、コントラストを際立たせていた。

 

「アクア君は相変わらず演技が深いと言うか見てると物語に引き込まれますね!むしろ私の方が創作のアイディア貰っちゃった感じがします!」

「いえ、アビ子先生達の発想があってこそです。掛け合いのテンポとか最初俺が考えてたものと比較にならないですし」

 

アクアの演技は嘘を真実に見せることに長けている。

アビ子から見ても特異に見えるこの演技や彼の環境は他の物語に転化できる素晴らしい素材だった。

アクアとしても二人から指導された内容は今回の台本だけでなく、演技をする上でのテンポ感に活かせそうだと思っている。

おそらく次にラブコメ特化な作品の主演をアクアがやることがあれば、以前よりずっと面白くドキドキする演技ができるだろうとアクアは感じていた。

 

「ルビーさんも純粋そうに見えるアイもこれまでの全てが嘘だったのかと疑いたくなるようなアイも良かったし感心したわ」

「ホントですか!わーい!!ママの解釈って難しいからそういってもらえると嬉しいです!」

 

ルビーも吉祥寺に褒められて純粋に喜びの声を上げる。

吉祥寺は以前ルビーと会った事あるが、その時はこんな純粋な子がアイを演じられるのだろうかと少しだけ不安に思っていた。

実際に見て見るとこれ以上ないと思える程のはまり役で遺伝子と解釈の良さが凄いと驚かされたわけである。

ルビー本人も彼女ほどのクリエイターに役を評価してもらえるのはかなり喜びが強かったようだ。

そんな感じでメインで立ち回っていた二人が褒められている中、もう一人の立役者であるフリルには、一人の少女が詰めかけていた。

 

「フリル?キスしろ、なんて指定なかったわよね?」

 

似たようなやり取りを数日前も繰り広げていたかなだが、今回は見過ごせないとばかりに詰め寄っている。

その表情は真っ赤になっており、キスや絡み合いといった中々刺激的な場面を見た彼女はショート寸前だった。

アクアが複数人と付き合う事は納得した物の目の前で濡れ場の撮影を行われるのはまたショックが違うのである。

 

「でもあの流れで姫川愛梨がキスしない方が不自然でしょ。もし他の相手だと流石にやらなかったけど、相手はマリンだし雰囲気出すなら一択だよね」

「そうだけど!そうかもしれないけど!!というかアンタはそろそろ服を着なさい!全裸とか痴女か!」

「ニプレスニプレス……でも流石にそろそろ着ようかな。頑張って視線逸らしてくれてる姫ちゃんに悪いしね」

 

女好きな大輝だが、流石に弟の恋愛相手?の艶姿をジロジロと見るわけにはいかないと、この場に残っているアクア以外で唯一男として撮影終了後はフリルから視線を思い切り逸らしていた。

その努力はもう少し褒められても良いかもしれない。

そんなセリフを残して着替えに向かった強かな彼女に呆れを通り越して尊敬するような視線を一部のメンバーは向けるのだった。

 

 

撮影の再開はアイがヒカルの様子を心配するところから始まる。

 

「どしたのヒカル、なんだか元気ない?」

 

アイは今日も教えてくれているヒカルに対して声を掛ける。

違和感を感じたアイの言葉に少し驚きながらもヒカルはいつものように明るく無垢に返事をしようとした。

 

「……僕は全然大丈夫なので——」

「それも嘘?」

 

言葉を遮りながら放たれたアイの言葉にヒカルの思考が止まる。

これまで一度たりともバレなかった嘘が指摘されたヒカルは、どうして?と不思議そうにアイの方へと視線を向ける。

それに対してアイもこれまで見せていた無邪気で明るいイメージを覆す心の闇を映したような常闇の星を目に携えて言葉を続けた。

 

「分かるよ……私とおんなじだもん。噓つきの目、人を騙すのが得意な目」

 

アイの視線はヒカルの瞳を射抜くように真っすぐに見る。

ヒカルの目にはアイと同じ闇の星が浮かぶ。まるで鏡のような二人は暫くの間無言で見つめ合う。

初めて出会う同類に、ヒカルはどうしたものかと悩んだものだが、根負けして自分の思っている事を言語化していく。

その真実は15歳の少女が聞くには少々重いものだったはずだが、アイは『おねーさんに任せて!』と明るく言って気にした様子を見せない。

 

アイはヒカルとの練習が終わった後、愛梨の元へと向かった。

アイ自身どうしてこんなにヒカルのために親身になっているのかよく分からない。

もしかしたら自分に似ているからかもしれないなとアイは一旦自分を納得させて愛莉に声をかける。

 

「愛梨さん、ヒカルと不倫しているってホントですか?」

 

本当はもっと遠回しに聞くつもりだったアイだが、周囲に人がいないのもあってかつい直球に訊ねてしまう。

愛梨もアイの言葉に最初は誤魔化そうかと考えたが、その視線の強さを見て確信しているなと考えてはぐらかすのを止める。

 

「だから何?これは自由恋愛よ、口出ししないで。ヒカルは自分の意志で私の元へ来ていた。自分で考えて行動している……違う?」

 

実際のところ年齢の事を考えると自由恋愛として許されない物ではあるものの、愛梨としても譲れないと言葉を続ける。

あくまでヒカルの選択であって自分は強要している訳ではない。実際に事実を並べて行ってもその通りになる。

だから愛梨の言葉は何も間違ってはいないはずなのだが、彼女の視線は少しだけだが揺れ動いていた。

フリルは自分の演技を少しずつ確かめるように、姫川愛梨を調整する。

 

(……この時の愛梨さんはどう考えていたんだろうって沢山考えた。沢山悩んだけど……私の解釈はこうかな。マリンの信頼に応えないとね)

 

このシーン、実のところ愛梨の心情や演じ方は台本にも記されていない。台詞こそはあれど、アクアも結局彼女が何を考えてどう判断していたのかは理解できなかった。

だからこそセリフに対する意味合いの解釈は、役に入り込んだ彼女の判断に任せるような形を取っている。

それをフリルはアクアから託されたと考えており、自分の思う姫川愛梨を全力で見せる事にした。

フリルの出力したのは、どこか不安そうな成長できなかった少女のようにも見える愛梨。

そんな彼女を強い意志を持った視線で射抜きながらアイは口を開く。

 

「ヒカルは言ってた。『そうするのが正しいから』って」

 

ヒカルがどうして愛梨の言う事を聞いているのか、それを彼女に分かるように伝えていくアイは、普段見ることがない真っ直ぐな正義に燃えている。

 

「ヒカルは子供ですよ。何が正しくて何が間違っているかを今まさに探している最中の年齢じゃないですか」

 

その台詞に愛梨は怯んだようにも見える反応をする。

そんな彼女に畳み掛けるようにアイは思った言葉をそのまま彼女に投げ掛けた。

 

「貴方はそんな子供に責任を強要した。子供の無知に寄り添うのが大人じゃないんですか?……大人が子供を守らなくてどうするんですか」

 

アイの星を宿した目が、ヒカルに似た視線が愛梨を真っすぐに見据える。

愛梨はそれがヒカルから責められているように感じられた。

 

「何よ……なんで私だけ責められなきゃいけないのよ」

 

魂からの、長年積もりに積もった心の闇が噴き出すように愛梨は声を荒げながら言葉を続けていく。

いつしか流れた涙を自覚しながら愛梨は止まらない。

目の前にいる少女に言っても仕方がない話なのだが、彼女は言わざるを得なかった。

 

「私だって似たような事されながら生きて来た!この芸能界で綺麗も汚いも吞み込んで、それが正しい事なんだって言われ続けて……私はそれを信じて今までやってきた!どうして私だけが男に搾取されなきゃいけないの!?」

「……」

「私はちゃんとヒカルを愛して優しくしてた……私の時より100倍マシじゃない……」

 

アイは偶然壱護に見出されて、そのような場面に立たされる事なくやってきた。そんな彼女に愛梨の闇を全て見通すのは無理だろう。

悲痛な表情を浮かべながら涙を流す彼女の姿を見て、アイは何も言葉を続ける事は出来なかった。

 

 

本日予定されていた最後の撮影が完了し、最後の場面である芸能界の闇について改めて話をしていた。

 

「台本で知ってはいたけど、演技が乗るとまた感じ方が変わるわね。……負の連鎖って奴かしら」

 

かなは、文章で読んだだけとはまた違う言葉に言い表せない感覚に陥っていた。

台本だけ読んだ時は正直なところ姫川愛梨に対しては嫌悪感しかなかった。

ただ実際に出された演技を見ると少し可哀そうと言った感情も出ている。フリルの演技が光ったのだろう。

 

「フリルちゃんの演技迫真やったもんなぁ。……うちはもしそんな事なったら耐えられんと思う」

 

フリルの演技が素晴らしかったのもあって、役者として培われたみなみのイメージはかなり具体的となっており、腕はぞわっと鳥肌が立っていた。

 

「子供に手を出したのは論外だよ。あってはいけない事だよ絶対に……」

 

どちらかといえば同情している仕草を見せるかなとみなみに対してあかねは辛辣だ。

確かに愛梨には過去辛い事があったのかもしれない。

だからと言ってヒカルにした事が許される訳ではない。

彼女の場合は不貞も入っている。その忌避感があかねがフリルに役柄で負けた一番の要因かもしれない。

 

「こういう話本当にあるんですかね……いえ、この話が嘘ってわけじゃなくて」

「アビ子先生、それは聞かない方がいいと思うわよ」

 

漫画家の二人としてもこの話を聞かされた時はかなり困惑した。

創作にしては過激だが、現実として見るならばセンシティブな内容は、この映画全体から見ても少し浮いている。

いつもならば創作意欲が湧き立つほどに非現実的な話だが、二人とも小さく漫画家組で話すだけで役者達に聞かないのは良心かもしれない。

 

「ウチの子達はこういう話、無縁だったものね」

 

苺プロは壱護の矜持があったからそういった話とは無縁で過ごせてきた。

ミヤコだけでなく大人組は常に目を光らせており、アクアやB小町Rに限らず、芸能部門から配信者部門まで通してそういった事がないように徹底してきている。

ただミヤコはよそで芸能人をしていた事があるからそういった事情に多少は詳しい。

彼女が知る限りの話をして、今後彼女達がこういった事に巻き込まれないように自己防衛をするよう改めてこの機会に話した。

 

「ルッキズムの極致たるこの芸能界で、性と美を売り物にするこの世界で、NOと言う事すら奪われるこの世界で、抱かれる事すら『正しい』と植え付けられてきた世界で、人はどこまで正しく有れるのかしらね」

 

ミヤコはどちらかといえば性で奪われた尊厳を性で取り返そうと足掻いた姫川愛梨に同情的だった。

あの世界の競争に毒され、華々しい活躍の裏の出来事を想像するともしかしたら自分にも成功体験以外は似たようなことがあったのかもと容易に想像ができるから。

ただそんなミヤコの言葉に対してこれまで黙っていた大輝は口を開く。

 

「正しくなきゃ駄目なんだよ。お陰で俺は母親も父親も喪った」

 

自分の母、そしてその母の不貞によって怒りに染まった父を失った大輝だからこその説得力。

その場にいた殆ど全員が納得させられたタイミング。

 

「その割には姫川さん夜の店好きって聞きましたけど」

「誰から聞いたんだよ!?」

 

そんな時に心情籠った言葉を発した大輝に対して、あかねがジトっとした目を向けながらツッコミを入れる。

色々と台無しだった。

 

「ララライの人たちから」

「……俺いい感じのこと言ったのに」

 

大輝は今現在の所属はメディアEYESだが、元々はララライ出身だ。他のメンバーよりララライのメンバーと仲がいいあかねは、色々と話を聞かされていた。

とはいえララライにいる時はそういったお店に行っていた訳ではないのだが、やはり付き合いが長い分、私生活での仲も良くなるのである。

今いるメンバーならアクアくらいしか知らないだろと思っての言葉だったのだが、見事に墓穴を掘った形である。

あかねだけでなく、ルビー、かな、みなみとその場にいた女子全員からの白い目を向けられて大輝は少し縮こまる。

 

「現代人には酒でしか埋められない心の穴があんだよ!!ただ女の子に微笑みかけられたい夜もあんの!!なぁアクア!」

「姫川、俺を殺す気か。見ろよこの冷たい視線」

 

じとっとした視線がほぼ全員から注がれる。

星野アクアの恋模様はもはや一つのエンタメとして成立している。

それは純愛だから成立している代物であり、そういったお店に行くのは誰からも許容されていないのである。

 

「……依然としてこの世界の奥には闇がある。それだけは忘れちゃダメだ」

「なんというかせっかくいい事言ってるのにちょっと締まらないですね」

「こらアビ子先生、それ言ったらダメよ」

 

大輝はがっくりと肩を落とした。

 

 

 

つけるつもりでもなかったオチが付いたところで、全員が衣装着替えや片付けなどを始める。

人によっては次の仕事があると慌てて移動を始めたりとばたつき始めていた。

そんな最中、大輝はフリルの元に行って声を掛けた。

 

「不知火……ありがとな」

「?どうしたの姫ちゃん急に感謝なんて」

 

フリルは突然されたお礼に何かしたっけ?と首を傾げながら問い返す。

彼女としては自分の演技をしていただけで大輝に何か言われるようなことをした記憶がなかった。

そんなフリルに苦笑しながらも大輝は自分の思いを口にする。

 

「不知火の演技なら無罪とまでは行かないだろうが、お袋はある程度悲劇の人でいられる。お前の解釈にきっと姫川愛梨は救われた」

 

大輝としてはケジメをつけるため、この話を秘密にするべきではないと公開を進言し、結果として黒星の台本に組み込まれた。

とはいえアクアから役者の解釈に全てを委ねると宣言され、フリルがどう演技をするのか気にしていたのだ。

フリルの解釈した愛梨は芸能界の闇の加害者ではあったが、悲劇の被害者でもあるとされたわけだ。

 

「不知火がお袋の役で良かったよ」

「欲に塗れた立候補でごめんね」

 

真摯な大輝からの礼を聞いて、しっかり本気で演技をしたとはいえ、フリルは立候補理由が理由だけに少し申し訳なく思うのだった。

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