『15年の嘘』二章の撮影は始まったが、一章の撮影が終わっているわけではない。
撮影は時系列が前後することもある。
それは役者の予定やセットの都合などが影響する事が多い。
特に忙しいメンバーとなると大女優にまで成長しているゆらだ。
彼女が演じるのはB小町五人目のメンバーであり、最後の最後まで所属したきゅんぱんである。
B小町のメンバーが増えてからのパートは全てきゅんぱんがいるため、ゆらの予定が空いていないとそのシーンを撮影するのは必然的に後ろ倒しになるのだ。
この日はようやく七人全員の予定が揃って一章のメンバー追加後のシーンが撮影されることになっていた。
「この映画はチャンスだしモノにして成功しないと!……演技は最近少しは自信付いてきたしここでアイドルの演技も出来るって見せて幅を広げないとね」
B小町ありぴゃん役のゆきは今日が初撮影。
流石にゆきは場慣れしており、適度な緊張感を持って気合を入れていた。
彼女が主演のドラマ『小悪魔怪盗』は最終回の撮影が始まっており、評判もよく今注目の役者となっている。
ゆきは自分がドラマの主演を獲得して勢いがある今、この映画で脇役なりの輝きを見せることであらゆる場面で有用な役者だと認知されることが、また一つ自分のステージを上げることだと理解していた。
「現場でも見たが、最近演技もますます良くなってるし期待してる」
アクアは感心しながら最近の演技の感想を口にした。
彼は共演者としてゆきの演技を間近で見ており、最近の成長には目を見張るものがあると思っている。
そんなアクアの言葉に対してゆきが悪戯な笑みを浮かべて返事をした。
「アクアのおかげだよ。短い出番で役の価値を引き上げる演技ほんと参考になるし。頼んだらなんだかんだ教えてくれるし助かってる。今後もお願いね、先生!なんてね〜」
「揶揄うなっつの」
友人同士のそんな会話だが、アクアの近くで聞いていたルビーがとあるワードに反応する。
「だ、ダメだよ!?せんせって呼び方は私とママのものだから」
どうやら『先生』という呼び方がルビーにとってはNGワードだったらしい。
それは自分とアイにだけ許された特権なのだと主張していた。
「……アクア、妹や母親相手にそんなインモラルなことしてるの……どんなプレイ?引くわぁ」
「風評被害が過ぎる」
ただそんな事を知らないゆきは、当然ドン引きする。
アクアは反発はしたもののルビーの手前あまり強くは言えず、白い目は撮影開始まで解けることはなかった。
「あぁ……つ、ついに撮影。良く考えたらミミにアイドル役ってハードル高くない?演技もだけど踊ってみたとか歌ってみたとはワケが違うよね。お、思い上がったかも」
アクア達から少し離れたところで顔色悪く震えているミミ。
かなり気楽だったゆきとは違い、元々緊張しやすいタチであるミミはもうガチガチだった。
配信者として多くの人を集める彼女だが、最近はネットテレビなどに呼ばれる機会も増えている。
それによってある程度は克服できたかと思われていたが、どうやら演技はまだ引きこもり体質が抜け切ってはいないようだ。
そんな彼女をみてあかねとみなみが励ましの声を掛ける。
「大丈夫だよミミちゃん。本読みの時はしっかり演技できてたし、ライブシーンもあるけどミミちゃん歌も上手いし声も綺麗だから大丈夫だよ」
「ほんま声質ええよなぁ。それにこないだうちらの曲で踊ってみた出してたやろ?かなりしっかり踊れてたし心配せんでもええんやない?」
現役アイドルな彼女達と比べると流石に落ちるが、苺プロが雇っている講師に指導されて、ミミも決して下手ではない部類になっていた。
色々な事ができた方が配信者として強いよね?というのが理由らしいが、こんな形で活きることになるとはミミ自身も思っていなかっただろう。
「じ、自分で決めた事だから頑張る」
あかねとみなみのママみに後押しされ、ミミもこのままではダメだと『今ガチ』をきっかけに少しずつ変わり成長していった自分を信じて自分に活を入れる。
他の皆ではなく過去の自分との戦いにミミは挑むのだった。
若人達がわいわいと話しながらやる気を上げている場所とは違う部屋で今回撮影が遅れた理由であるゆらがのんびりと英気を養っている。
「ふ〜きゅんぱんさん、わざわざごめんね来てもらって」
「全然いいよ。元々自分がどう演じられるか興味もあったし……この子もゆらちゃん見られて嬉しいみたいだからね」
ゆらはギリギリまで役の対象と話をする事でその精度を上げようと考えており、初回だけは見にきて欲しいときゅんぱんにお願いしていた。
きゅんぱん自身も自分がどんな演技で表現されるのかはかなり興味があり、当時の自分を客観視してみたいと思っていたので渡りに船だったくらいである。
彼女は連れてきていたまだ一歳の娘を抱き抱えており、ニコニコ笑っている幼女はゆらを見て呟く。
「ゆあ?」
最近身内の区別がついてきて名前らしい言葉を口にする小さな子供にきゅんぱんは思わず笑顔になった。
「ふふっゆらですよ〜愛瑠ちゃんの時も思ったけど、子供ってほんと可愛いね……私も本気で相手探ししようかなぁ」
「ゆらちゃん可愛いから余裕だよ。……私たちはアイドルやってた時も恋人とか普通にいたから清廉潔白なC式部の皆には驚かされるよね」
C式部はアイドル時代、誰も恋人を作らなかった真のアイドルである。
MEMちょの心意気などに皆が感化されたのが原因だが、その結果スキャンダルとは無縁なアイドルになれたのだから良かったのだろう。
今一部の卒業生達は芸能活動を細々と続けながらも婚活を始めているとか。
「今日の範囲でも恋人関連で愚痴ってるきゅんぱん演じるしね〜。全くカントクさんも私があんまり時間取れないからって詰め込みすぎだよ」
「あのシーンまで撮影するんだ……そういやきゅんぱんが出ないシーンは割と撮影進んでるって言ってたもんね。わ、若気の至りが」
そんなC式部と比較するとアイドルとしてはいかがなものかと言われそうなB小町の恋人事情。
なんなら全員が全員、活動時期に恋人がいた事があるほどだ。
きゅんぱんは若い頃の自分を思い出して羞恥に顔を赤くする。
そんなきゅんぱんを見て、ゆらは自分なりに出来る最高の演技をして、出来るだけ恥ずかしくならないように見せようと思うのだった。
実際に撮影が始まると一部の演者がしていた心配とは無縁だった。
多少リテイクは発生しつつも、五反田から見て及第点はある演技がなされて、順調に撮影は進んでいく。
時系列などはかなりバラバラで、撮影しやすい順番に撮っているといった形で進んだ。
「ぷはーっ水美味しい!生き返るわぁ」
「し、死ぬかと思った……ミミももっと運動しないとマズイかも」
少しの休憩時間。今回から撮影参加の二人はしっかり疲れを抜こうと努力していた。
歌や踊りのレッスンシーンだけでも普段やらない彼女達からするとかなり負担だったらしい。
特にミミは完全にバテており、もう出番がない事に安心している。
「ゆき、普通に演技上手い……『今ガチ』の時も突然辞めるとか言い始めた時本当にしか見えなかったし……才能?」
「ミミちゃんこそ普段演技なんてしてないはずなのにめちゃ上手じゃん!私普通にビビったんだけど!?」
ゆきも本職になりつつある自分と比べられる程度に演技がしっかりしているミミに内心驚いていたが、ミミ自身は理由を途中から自覚していた。
「ミミって配信者と兼任してVtuberやってて、そっちは結構キャラ変えてるから。途中でそれと同じ感じでやればいいって気が付いた感じ」
「あー!確かに!?なるほどね、普段から別の人になりきるのやってたのが生きてるんだ」
ミミは普段普通の配信者をやっているが、実はサブとしてVtuberを兼任している。
これは本人の口からも公になっており、本物のミミより少し清楚なキャラ付けをしているのもあって一部の人からは毒を抜く口直しと称されていた。
流石に本職と比べると差があるが、足を引っ張らない程度に演技ができる下地は元々あり、アクア達が彼女をオーディションで通すきっかけにもなっている。
「お疲れさまゆき、ミミちゃん。二人ともすっごく良かったよ!」
「ありがと〜あかねも流石って感じだった」
「本当凄い……間近で見てるのにあかね?ってなるもん」
そんな二人を労いにあかねがやってくる。
彼女の方は流石現役アイドルをやっているだけあってまだまだ体力的に余裕がありそうな素振りを見せていた。
あかねも今日は先程までで撮影終わりであり、役を抜いてリラックスしている。
「あはは、そう言ってもらえて嬉しいけど、まだまだ先はあるからもっと頑張って凄い役者になりたいなって思ってるよ」
「志たかっ!?いや、あかねらしいけど」
もう日本を代表する役者の一人になった親友がいつまでも変わらぬ真面目さと努力家な面を見せているのを見て自分も頑張らないとと思うゆき。
『今ガチ』で出来た絆はしっかりと確かなものとして互いを成長させていた。
「ミミちゃんが踊れるのは知ってたけど、ゆきのダンスも良かったよ?もしかして」
「そうだね、ノブに教えてもらった。まぁノブがやってるダンスとは種類違うけど体幹の整え方とか共通するところは多かったから」
「の、惚気!?前はゆきはそういうのあかねと違って自重してたのに」
「み、ミミちゃん私のことそんな風に思ってたの!?」
ミミの言葉に目ざとく気づいたあかねの言葉にミミはつーっと視線を逸らす。
それから誤魔化すように口を開いた。
「こ、この後は一章最後のシーンだよね?」
「話逸らされたなぁ……。そうだね、アイさんときゅんぱんさんのちょっとした約束のお話。そろそろ移動しないと見過ごしちゃうから行こっか」
次の撮影は近くの公園で行われることになっている。
そんなあかねの言葉に二人も一緒にロケ地へと向かうのだった。
撮影は再開され、演技はスタートする。
場所は夜の公園、そのベンチ。
ゆらはきゅんぱんとして夜空をぼーっと眺めている。
その姿は鬱々とした気持ちをなんとか晴らそうと足掻きつつもどうにもならない閉塞感に包まれているように見える。
一言も口を開いていないのに、その姿だけでウジウジと悩んでいそうだなと人に思わせる。
それどころかこの世の終わりなんじゃないかと言いたげな態度は理由を知っていればオーバーにすら感じるが、当時のきゅんぱんの心情をこの上なく正確に表していた。
「やっ」
「アイ……ちゃん?こんなところで何してるの?」
普段のルビーからは想像できない何処か機械的な声でアイを表現する。
最近二章の撮影をしているため、その撮影を見ているメンバーはアイの演技に対するギャップに驚かされるだろう。
B小町メンバーに対するアイの線引き、その理由はすでに撮影されており、仕方がないとはいえ、直接関わっていないきゅんぱんにも区切りをつけるその姿は、もう諦めが感じられた。
きゅんぱんはそんなアイの心情は分からないが、予想外の人物が目の前に現れて陰鬱とした先程の気分より驚きが強くなる。
「こっちのセリフだよー。私はここでご飯たべよーって、思って」
「ばんごはん」
手に持ったファストフードの紙袋をぷらぷらさせてその存在感をアピールするアイ。
きゅんぱんから見たアイは生活感などない浮世離れした存在だ。
そんな存在とファストフードの紙袋のミスマッチに混乱は更に大きくなる。
それをこの『ばんごはん』の一言に乗せるのはゆらの技術があってこそだった。
(ルビーちゃんの演技、現場で見たのは初だけど……やっぱ血筋かなぁ。努力もあるだろうけど才能の塊だね)
どこか無機質な要素を混ぜたアイの演技は、ルビーの本質から考えるとかけ離れたものだ。
最初はそれなりにフォローしないとこの場面は難しいかもと思っていたが、これなら演技の質を落とすことなく出来るとゆら自身の気分も上がる。
「私の家の近くって飲食店ないからさー駅前でハンバーガー買って、家で食べようと思ったんだけどさ」
「それなら家帰って食べなよ」
「そうしようと思ったんだけどね?買ったらさ、早く食べたくなっちゃって!折角出来立てで温かいのに……冷めちゃうじゃん?」
イマイチ居心地が良くないからアイに離れて欲しいきゅんぱんは少し冷たくアイを突き放すように言うが、アイは自分なりにどうしてその場にいるのか理由を話し始める。
その内容だけ聞くとこの場にこだわる必要などなさそうだが、続く言葉が彼女の本当の目的を示していた。
「それでいい場所ないかなぁってうろうろしてたら、くっらーーーい顔の人がいて。しかも、よくよく見たらメンバーじゃない?」
「……私、そんな暗い顔してた?」
「してたよ。この世の終わりみたいな顔してた」
アイという人間はきゅんぱんから見て自分たちと線を引いているように思えていた。
そんな彼女が自分を心配すると思っていなかったが、話を聞く限りどうやらそうらしい。
「心配してくれたんだ」
「……ふふっ」
ゆらはきゅんぱんがアイを理解できないのを誰が見ても分かるように表現する。
さりげない縁の下の力持ちのような演技も大切だが、わかりやすい演技というのはそれだけ作品の輪郭をハッキリさせるものだ。
(……きゅんぱんさん、この話する時結構辛そうな表情するんだよね。でもそれは、このエピソード自体が辛かったわけじゃなくて、むしろこの時が楽しかったからその後何もしなかった自分が辛かったんだ)
このシーンをアクアがあえて映画に組み込んだのは、本人たちの話を聞いた上で必要だと思ったからだ。
アイ本人がこのエピソードを語る時、見せる笑顔は息子の目から見ても本物で、何気ない一幕であってもアイにとっては大切なシーンだと確信していた。
それに実はアイは昔インタビューで一番仲の良いメンバーは誰か?という質問に『きゅんぱん』と回答している。
古参ファンもこのエピソードがあったからか!と納得できる要素はあったほうがリアリティーが深まるという判断もあった。
ゆらから見てもこのエピソードは、物語に直接大きく関わらなくても、アイときゅんぱんのこの後の心情を語る上で大切だと思っている。
それからアイはきゅんぱんに悩みの理由を尋ねる。
あまり自分の心も人の心もわからないアイなりに、悩んでいるきゅんぱんを助けたいと感じたが故の行動だろう。
当時のきゅんぱんにとって、アイは人ではなかった。猫か神か、とにかく同じものとして考えるときっと彼女に醜い嫉妬を向けてしまうという一種の自己防衛。
だから悩んでいたことを意外にもすんなり話せた。
「誰にも言わない?」
「言わないって断言できないけどね。まぁ口は硬いほうだと思うよ?言わないでいいことは言わない主義だし」
アイから人の陰口など誰も聞いたことがない。
きゅんぱんの知らないところでは、かなり壮絶ないじめが繰り広げられたりしているが、それを他人にアイは言ったことがなかった。
当然きゅんぱんもその事は知らない。B小町が多少ギスギスしていてもイジメなんかはないと思っている。
そのギャップもこの距離感を生んでいた。
「なになに?面白い話?」
「面白くないよ。ただ単に彼氏と別れたって話」
「あー……それはそれは……」
手を合わせてご愁傷様ですと言いたげに祈る姿は普通なら茶化していると思われても仕方がないが、アイの場合は天然だろうときゅんぱんは感じた。
とはいえムスッと表情を変えるのは仕方がないだろう。
「好きだったの?」
普通付き合っているのだから好きに決まっているだろうと思ったが、きゅんぱんはここで冷静になる。
普通なら好きだったと答えるべきなのだが、このアイの問い掛けには大切な意味がある気がした。
少し悩んでからきゅんぱんは自分の感情に答えを出す。
「好きだった……んじゃないかな。うん、好きだったと思う」
別れ方が酷かったものだから苛立ちが表にあったが、アイのおかげで冷静になれたきゅんぱんは、自分の感情にしっかりと整理を付けられた。
「苦しい、よね。たぶん、そうなんだよね。……ごめんね……。こういうとき、どう慰めたらいいかわからなくて。あんまり気の利いたことが言えなくて」
それに対してアイは感情に正しく共感できなくて少し戸惑った返事をしてしまう。
ただきゅんぱんにはそれでよかったのだ。それからずっと色々と抱えた不満をアイに向けて愚痴として溢していく。
あくまで独り言の延長線のように、きっとアイなら何を言っても大丈夫という信頼を持って。
「あーーー生きづらーーーーい!!!」
「……」
散々愚痴を吐き出したと思えば、今度は大声を出すきゅんぱんに、アイは思わずぽけーっときゅんぱんを見た。
(あーゆらさんってホントに凄いんだ。……演技しやすいし自然と求められてる演技になる感じがする)
ルビーは内心でこの場面のアイが上手く表現できるのか不安だった。
あのヒカルの前でも見せていない一面を見せる場面であり、それをしっかりルビーが見せられるのか不安に思っていた。
だが、ゆらの演技を見て合わせるだけで自然とそうなる。それだけ卓越した技術が彼女にはあった。
そんなゆらにリードされるようにルビーは求められるアイの演技をこなしていく。
そして見せ場がやってくる。
きゅんぱんが私はアイと違って何もないと言い始めたのを聞いて、アイがピアノやってたし作詞作曲やっちゃおうと提案したところから話が広がっていた。
きゅんぱんとしては未熟な自分を晒すのがイヤで抵抗していたが、アイは思ったよりずっと押してくる。
「じゃあ……もし私が作曲したら、アイが作詞してくれる?」
「えっ……?」
「アイのセンスって独特だしさ、いい歌詞書きそうじゃない?」
恥ずかしすぎて反撃と言いたげにアイの肩をがっしり掴んだきゅんぱんは訴えかけるようにそんなことを口にした。
きゅんぱんは『死なばもろとも』の気持ちで口にしたわけだが、それに対してアイはいつもの笑顔とは違う照れ顔を見せる。
「む……無理だよ……。ははっ。私、中卒だから学もないし、日本語怪しいし……」
「駄目だよ!恥ずかしがる必要ないって言ったのはアイじゃん!いざ自分に振られたら意見変えるのはズルいなぁ!アイの歌詞、見てみたいなぁ」
意地悪のつもりでアイに詰め寄るきゅんぱんだが、そこには最初話し始めたあたりに感じていた隔絶した感覚はなくなっていた。
「でも……。曲に歌詞をつけるなんて、そんな高等なこと、私できないよ?」
「歌詞が先でいいよ。アイの書いた歌詞に、私がメロディを付けるよ」
「それなら……うーん……」
きゅんぱんも、アイもどちらも最初より表情は柔らかい。
これまで全然話したことがない二人で事務的な関係だったが、この場面だけを見ればもしものことを話し合う姿は学校の友人のようだった。
「おにいちゃん!きゅんぱ……じゃなかった!ゆらさんの演技足引っ張っちゃったかも!?ど、どうしよ……カントクさんオッケーって言ってたけどホントによかったかなぁ」
演技が終わった直後、ゆらの演技に導かれた自覚があったルビーは兄の許へと一目散に駆け寄った。
この映画は兄の肝入り企画であり、失敗が許されないため、アクアの評価を確認しにきたのだ。
「心配しなくてもよかったと思うぞ。もしルビーがアレはアイが絶対しない表情や反応だったと思うならリテイクでいいが」
「……ううん、むしろいつもより更にママのこと分かったと思えるくらい演技が深くなってた」
ルビー本人が狙ったものではないにしろ、ルビーは自分が表現したかったアイを自分の実力以上にできたのだと口にする。
この辺りは上手い役者特有のものであり、以前アイとニノの衝突をした時も近い現象は起きていた。
「うーママを一番分かってるのは私!って言いたいのに」
「むしろルビーが母さんを分かってるからこそ、ゆらがきゅんぱんの演技をしっかりこなしたことで感情が引き摺られたんだ。出来てる証だろ」
今のルビーに足りないのは理解力ではなく技量だ。
その感情をどう表現していいか分からない点があるところを、ゆらの演技に導かれて自然に出力ができた。
それは悪いことではないとアクアは思っている。
「むぅ……つ、次はもっとママを自力で表現するから!」
「変に意地張って演技おかしくしないなら好きにしろ。でもよく頑張ったなルビー」
「あ〜おにいちゃんのナデナデさいこ〜極楽浄土〜〜」
「アンタはいつまでやってんの!?ほら、子供じゃないんだから離れなさい!」
結局いつも通り兄に甘え幸せそうな表情を浮かべるルビー。
そしてそれにピシッとツッコミを入れるかな。
そんないつもの光景を見てゆきが思わず口を開く。
「あんな物語に引き込まれる感じの演技をした後でも平常運転なの凄いね」
「役者はオンオフ大切だから。ルビーちゃんは最初切り替え上手くいかなかったけど、今回の撮影でしっかり出来るようになったんだよ」
「はぁ……私も頑張らないと」
これまで主演どころかドラマすら出ていなかったルビーの演技力を見て、ゆきは現状で満足してはいけないなとモチベーションを上げるのだった。