しれっと公開されたアクア達の同居情報は瞬く間に広がり、お茶の間で物議を醸し出した。
ファン達はともかく外野は不健全過ぎると話題にしているが、アクア達のことをこれまで見てきた人の方が数ははるかに多く、今のところ面倒なことにはなっていない。
そんな中、撮影は新たな局面へと突入していく。
「今日は流石に少ないな」
「当たり前だ、宮崎に来るなら自費できてもらわねぇと予算外だぞ」
いよいよアクアとルビーが誕生する話を撮影するということでアクア達は宮崎にやってきていた。
この日の撮影で出番があるのは、これまで出ていた主役級だとアクアとルビー、メルトの三人だけ。
他はこのシーンのためだけに雇われている役者達である。
「よっすアクア。今日は一緒のシーンだろ?よろしくな」
「掛け合いのある共演は久しぶりだな」
「……『今日あま』以来か。今度はフォローばっかさせねぇ」
「期待してる」
メルトは自分の黒歴史に苦虫を噛み潰した顔をする。
最後の方は、かなやアクアにリードされる形ではあれども、比較的いい演技ができたのだが、序盤は酷いものだった。
ただ、全世界に公開され、その成長を見守るコンテンツとまで言われた『今日あま』があってこそ今のメルトがあると彼も理解しており、黒歴史と言い切るにも複雑である。
「俺はここが撮影開始だ。気合が入るな」
「みたさん、本日はよろしくお願いします」
人気役者であるみたのりお、彼がストーカー、菅野良介という役を担ったのにも理由がある。
ハッキリ言ってそこまで出番が多くない彼だが、それなりに扱いは慎重だ。
彼は生きており、実はそう遠くない未来で刑期を終えるのだ。
便宜上本名が使われているが、この名が作中で出ることはないし、必要以上に彼が悪として扱われないようにしないといけない。
相当繊細な表現が求められ、実力ある彼にお願いする形になった。
「みたさん、お久しぶりです。今日演技参考にさせてもらいます!」
「おお、メルト君!君も最近ドラマで見る機会が増えたな!夏からのドラマ、期待してるよ」
メルトが主演のドラマが来夏始まる予定になっている。
「つーちゃんいるじゃん!可愛い〜」
「……神に対して不敬だよ。どちらかと言うと私はこっちにいる方が自然だからね。今日は余興、暇潰しさ」
そんなアクア達から少し離れたところでルビーはツクヨミに抱きついていた。
契約書の住所もこっちになっていたので知ってはいたが、本当にこちらに住んでるんだなとアクアは再確認する。
「フリルちゃんも言ってたけど、厨二アイドルとかいいよね!この撮影終わったらアイドル目指さない?つーちゃんならやれるよ」
ツクヨミの顔を見ながらニコニコとするルビー、そんな彼女に返事をする事もなくツクヨミは話を逸らす。
「さっきから気になってたけど、そもそもつーちゃんってなんだいその呼び方」
「フリルちゃんがそう呼んでて可愛いな〜って……ダメ?」
目を潤ませながら言うルビーの様子を見てツクヨミはしばらく黙ったかと思えばため息を吐いて言葉を返した。
「……はぁ、仕方がないね。君はホントどうあっても子供なんだから」
(会話だけ聞くとどっちが年上かわかんねぇな)
ルビーが子供っぽいところがあるのもあるが、それ以上にツクヨミは普通の子供とは違う何かをアクアは感じている。
経験の差といったものだろうか、神を自称するにしては子供らしいし煽り耐性もないが、何かがあると言ったところだろう。
「そういやアクア、なんでこの役をアクアが兼役したんだ?この医者って別に医者Aくらいのポジションだろ?」
「……色々あったんだよ」
アクアは二つ目の役である医者A、本名雨宮吾郎の役を受けることになった経緯を思い出す。
当初、アクアはこの役にそこまでこだわりなどなかった。
出番もそこまで多いわけではないし、アイの出産をフォローしただけの医者。
懐かしくはあっても、それをわざわざ持ち込む必要はないと考えていたアクアの想定が狂ったのは初期台本が完成した時だった。
『ね〜アクア、センセの役って当然アクアがやるんだよね?』
『……は?いや、俺ヒカルさんの役やるんだけど』
初期台本をざっと見たアイは、わずかに登場する吾郎の役を見てそんなことを口にする。
アクアは元々ヒカルの役があるため、元々そんなことを考えてはいなかった。
『え!?折角センセ役の最適任なのにやらないの!?私アクアの白衣姿見たいな〜』
『いや、だから俺は』
『それに……ヒカルとセンセって同時に出る場面ないよね?アクアなら無理なく演じ分けられるし……ダメ?』
アイが上目遣いでアクアの方を見る。
推し始めた頃から完成された美貌を持っていると思っていたアイだが、30を超えた今の方がより美しくなっており、アクアの中に眠る吾郎のオタク心を擽る。
『それに……ルビーもセンセはアクアがいいよね!』
『当然だよ!せんせにしかせんせは出来ないんだから!おにいちゃんがてっきりやると思ってたのに違うの!?』
『厄介な原作ファンってこんな感じなんだろうな』
近くにいたルビーも味方に加え、アイは勝利を確信する。
アクアは自分には弱いが、ルビーにはもっと弱いのを彼女はよく理解していた。
『お願い!お願い!!おにいちゃん!絶対私その方がいい演技できると思うの』
『ね?アクア、『私』がそう言うってことは本当の私を見せるなら大事なことだよね!』
自分にとって人生の価値とも言える二人がお願いしてくる様を見て、アクアは少しずつ折れていく。
『……はぁ、まぁ母さんの言う通りヒカルさんと……俺の出番は被ってないワケだから無理にはならないか。カントクに相談だけしてみる』
『『やったー!!』』
そして最終的に二人の願いに完全に屈したアクアが雨宮吾郎役を演じることが決まったのだ。
そこから医者Aの出番が少ないもっと増やせという言葉もあり、少しだけ出番を増やしたりと二人には散々振り回された。
そんな過去を思い出して遠い目をするアクアを見て、メルトはアクアの出番増やすためにスポンサーとかからゴリ押されたのかな?と社会の荒波を予想しているが、実態はただ奴隷が推しの願いを叶えるために頑張っているだけだった。
撮影の準備が完了し、アクアはスタイリストに整えられ、懐かしい衣装に身を包む。
医者ではなく、役者の道に進もうと幼い頃に志し、もう二度と着ることはないかもしれないと思っていた白衣は18年越しでも着こなせていた。
メガネを掛けてバレンタインにやったのと同じ吾郎の演技を始めれば、普段のアクアを知っている人ほど別人に見えるだろう。
そんなアクアは当時から何も変わらぬ診察室をガラリと開き、当時を思い出しながら椅子に腰掛ける。
「はい、おまたせしましたっと」
(まだこの時はアイとは知らず、当時は体調不良を心配していたんだよな)
これから起こる数奇な運命の始まりなどまるで知らない当時の気持ちでアクアは冷静に雨宮吾郎として椅子に座るアイへと声を掛ける。
意識して雨宮吾郎に寄せた声色を聞いた途端、我慢できなくなったのかキラキラと目を輝かせたアイ……いや完全に化けの皮が剥がれてルビーに戻っている。
「せんせ!?好き!結婚して!!」
お腹に詰め物をした状態で少し身動きしづらいはずだが、いつも以上に軽快に吾郎状態のアクアへ飛びついた。
「は?……カットォ!!急に何いってんだこのブラコンが!!」
思わずといった様子で完全に演技を吹き飛ばしたルビーだったが、一瞬戸惑ったもののすぐさま五反田からストップが入る。
そのまま以前暴走した時以上に飛び抜けておかしなルビーに、五反田は流石に何が起こったのか確認する。
「つーか、せんせってなんだ!?流石に結婚してはねぇだろ……」
五反田の指摘を聞いてルビーは「あっ!」と声を上げてから誤魔化し始める。
「あっあはは……ほ、ほら!原作そのままなゴローせんせが出てきたからつい……」
「いや、この人ってお前が生まれた頃には故人だろ!?原作なんて知るはずねぇだろが。ふざけてんのか?」
喋れば喋るほど墓穴を掘るというかおかしな事を言うルビーに呆れた視線を向ける五反田は、内心どうせアクアに興奮しただけだろこのブラコンは、と結論付けた。
撮影が中断され、ルビーの言い訳を聞いている横で、壱護役でアイの付き添いとしていたメルトがアクアに声を掛ける。
「星野妹がまさか医者Aのファンだとは思わなかった。……まさかアクアが役を請け負った理由ってこれか?」
「……面識ないはずなんだが気に入ってるらしい」
「不思議な事もあるんだな」
それからルビーにしばらく吾郎慣れさせる時間を作り、何とかルビーが演技を続けられるよう、リテイクを繰り返して、耐性を付けてから撮影が再開される。
「はい、おまたせしましたっと」
吾郎は内心推しのアイドルが休止という情報を聞いて心配しながらも、何とか目の前の患者に向き合おうと気を取り直そうとしていた。
「えっと……星野さんは初めてですね」
「はい」
実に10回のリテイクを経てルビーは関門を突破した。
ようやく物語は先へと進む。
妊娠20週、初診にしては遅いタイミングで年齢は16歳。
吾郎は訳アリと察しながらも努めて冷静に保護者らしい男に問いかける。
「貴方は親御さん?」
「彼女は施設育ちなもので、実質後見人というか身元引受人というか」
「なるほど」
当時のやり取りを綺麗になぞるもっとも嘘も脚色もないパート。
感傷に浸りながらもアクアは当時の自分を完璧に再現する。
(メルトもかなりキャラを詰めて来てる。あの時の壱護さんの反応によく似ているし、相当話を聞いたんだろう。ただ、今回の俺はカンニングしてるみたいなもんだし、リードしないとな)
16歳施設育ちという状況に、吾郎は一人の一番星を思い浮かべる。
自分がファンで先程休止報道が出たばかりの人物。
ちょうどそのタイミングでアイは被っていた帽子を取り払い、その顔が吾郎からよく見えるようになった。
「……」
吾郎の思考が凍りつく。
そんな吾郎に対して壱護はアイの症状に対してもしもの可能性に縋り付くように問い掛ける。
今のメルトはそんな繊細な気持ちを表現できる技量を身につけていた。
「先生どうなんでしょう?もの凄い便秘という可能性は……」
「だとしたら死んでますねぇ……」
そんな大人達に対して当時から嘘の鎧を身にまとい、明るいアイを見せていた彼女はこう返す。
「そっちは順調!今日も問題なかったよ」
「……………」
ルビーはパチリとウインクを決め、アクアから見ても当時のアイとダブる素晴らしい演技を披露する。
まさにこの場所で起きた一つの小さな物語が、完全に近い形で再現されていた。
「とりあえず検査をしてみましょう。準備がありますのでお待ちください」
そう言って吾郎は一度診察室から外に出て、少し外の空気を吸う。そして状況を正しく理解できるよう整理する。
折角なのでアクアは当時の自分の心情を内心で叫びながら当時を反芻するように、少しだけ画面に分かりやすいようになるよう意識しながら動く。
表情は狼狽から始まり、恍惚、それから頭を地面に打ち付け、そして最後には真っ青になるとバリエーション豊富に百面相だ。
本当はこのパートで医者をここまでフィーチャーする予定ではなかったのだが、どうしてもアイからこの時のせんせの反応が見たいと言われたら奴隷は従うしかなかったのである。
そんな医者Aはあくまで背景であり、メインは診察室の中だ。
「アイ……本当にどうしてこうなった」
診察室から聞こえてくる言葉を聞いて、吾郎は当時と同じく同意する。
作品の品質に貢献できるのかは定かではないが、アクアは背景として聞き耳を立てる医者を演じるだけだ。
「社長の俺にどうして相談してくれなかった。相手の男は誰なんだ……」
「それは……えへへ内緒!」
ウインクをしながらペロっと可愛らしく舌を出したアイ。
ルビーの再現したアイは確かに当時のアイに勝るとも劣らないもので、アクアは当時と同じくじゃあしょうがない!と心を納得させる。
それから吾郎が診察室へと一度戻り、アイにいろいろな検査を行った結果、アイのお腹には20週の双子がいる事が確認される。
もし中絶するのであればあと一週間だけ猶予があるタイミングだった。
「双子……」
この時、アイは妙に双子に関して反応していたなとアクアは思い返す。
ただそれについてはアクア自身が名前の由来を教えられた時に聞かされていた。
一人だと一人ぼっちになるかもしれないけど、双子なら支え合って生きていける。そんな願いが込められていた。
実はこの後、双子星について話す壱護とアイの場面も撮影予定で、同じく撮影予定の屋上でのシーンと合わせて夜空が綺麗なこの日撮影なのは運がいいと言えるだろう。
「アイ、本気で産む気なのか?16歳で妊娠出産なんて世に知られたらお前もウチの事務所も終わりだぞ」
壱護はこう言いながらも当時アイの決断を優先していた。
それはやはりアイの才能に誰よりも魅せられていたはずの彼が持っていた親心がそうさせたのだろう。
口にしたリスクも至極真っ当で、現状が綺麗にまとまっているが、それは数多の偶然と奇跡の産物だ。
メルトはどちらかといえばその親心の面を全面に出し、口調こそ強いものの心配が誰からみてもわかる演技をする。
「……先生はどう思う?」
「……最終的な決定権は君にある。よく考えて決めるんだ。医者としてはそうとしか言えないな」
どこか自信なさげな珍しい表情を浮かべるアイに、吾郎は玉虫色の答えしか返す事ができない。
それをどこか引っ掛かりがあるように、アクアは出力した。
アイと吾郎の出会いのシーンは問題なくOKが出た。
この後、夜空の下での撮影が開始される前に軽い休憩時間が設けられる。
ちなみにアクアの吾郎演技について、五反田の反応はこうだった。
『台本からはクールな感じを想像してたんだが、ここまでドルオタとはな。……ただ実際早熟が演じた医者の人は妙にしっくりくるというか生きてるキャラしてたからそのまま採用する』
いくら前世本人とはいえ、説得力を持たせるのは演技力に依存するところもあるため、五反田にそう評されてアクアは満足していた。
宮崎での撮影はこの日だけ。
病院の営業の邪魔にならないように夜になってからの撮影のため泊まりがけではあるが、撮影量はそこまで多くない。
ただ撮影はカロリーが高く、この後のシーンを撮る前に少し休憩が入っている。
「せんせ!つかれた〜〜」
「……時折君はあの時に精神状態が戻るね」
「せんせといると甘えたくなっちゃうんだもん!」
「これが砂糖吐きそうって感覚なんだろうな。見せられる側のことも考えてほしいぜ」
いつも以上にベタベタと甘えるルビーに対してアクアは吾郎モードのまま対応する。
そんな二人をメルトは呆れのような微笑ましいような複雑な気持ちで見る。
少しだけまだ演技が抜け切っていないのかもしれない。
「ふふっ星野……ううん、雨宮吾郎と言った方がいいかな。君はこの病院で星野アイとの話が出来て懐かしかったかな?」
観覧していたツクヨミもいつも通り超然とした何処か思わせぶりな様子を見せながらアクアへと声をかける。
本読みの時にチラリとツクヨミを見ただけだったメルトは、彼女の台詞を聞いて慌てたようにアクアに問い掛ける。
「な、なぁアクア……なんであの子はアクアのことを役名で呼んだんだ?もしかして厨二病ってやつ?まだ5歳くらいだろ、早くね」
「言ってやるな。アレがアイツなりの格好良さなんだ」
「……君たち、ホント神をもうちょっと敬えないのかい?不敬だよ」
最後のツクヨミの台詞が決め手となって、メルトは生暖かい視線を彼女へと向ける。
ただ本当にいろいろな秘密がありそうな彼女は、その扱いが不満らしく青筋を立てていた。
「あのねぇ」
「つーちゃんもせんせに甘えたいの?一緒にぎゅーってしてもらおうよー」
「ちょっこら、さ……星野ルビー!?離……」
ツクヨミの台詞をどう解釈したのか、ルビーは一度アクアへの抱擁を解除したかと思えば、今度はツクヨミを巻き込んで再びアクアへと抱きつく。
アクアとルビーの二人に挟まれるようになったツクヨミは珍しく照れたような表情を浮かべ、アクアは珍しいものを見たと目を丸くして思わず素の状態で話しかける。
「お前もそんな表情することあるのか」
「……別にいいだろう?」
悪いか?と言いたげな表情に変わりながらも恥ずかしさは残っているのか少しだけ頬が赤いツクヨミを見て、アクアは少しだけ微笑ましくなる。
「そういう顔してた方が可愛いのにな」
「君、流石に私みたいな子を口説くのはヤバいよ?」
「口説いてねぇ!?」
「あっ逃げちゃった……」
ツクヨミからの反撃にアクアは反発するが隙を見つけたのかルビーとアクアに挟まれた状態から何とか脱出したツクヨミは二人から離れていく。
それをルビーは名残惜しげに見送った。
休憩が終わり、メルトとルビーの撮影が始まったところで、アクアは少しだけ病院を歩く。
このシーンはアクアも実物を見ていない。
名前の由来なこともあり、自分が見てしまうと変な先入観が入る可能性があるため、今は五反田に任せて離れていた。
「あの……」
「はい、どうされましたか」
そんなアクアに夜勤らしい看護師が声を掛ける。
まだ吾郎スタイルのアクアは、あまりにも病院に馴染む姿をしていた。
アクアは声を掛けてきた看護師を見て、どこか見覚えあるんだよなと思いつつも、アクアがここに勤めていたのはもう18年も前で、流石に顔は朧気な記憶となっており、ピンとこない。
そんなアクアに看護師は言葉を続けた。
「先ほどの雨宮先生の演技。……本物の雨宮先生を見てる気分でした。特にアイさんの妊娠のことを知った時の反応とか」
生前の雨宮吾郎を知らないと出ない言葉にアクアは少し頭を回して、彼女が誰なのかを理解する。
当時アイの事やさりなの話をしていた看護師。まだここにいたのか?とアクアは驚きの視線を向けながら
「っ……キミは。もしかして母が雨宮先生の葬式に出た時の喪主をされた方ですか?」
「……そうです。先生はその、親族が居られなかったようなので」
「その節は、母も参加できて嬉しかったと言っていたので。ありがとうございました」
薄々予想はしていたが、そんな面倒な担当をしてくれたんだなとアクアは彼女に内心で感謝する。
アクアとしては出会ったこともない相手のことを感謝するのはおかしく、母の代わりという形でしか出来ない感謝だった。
「先生はこっちがドン引きするほどのドルオタでロリコンだったんですよ」
「いや、ロリコンじゃないから!?めっちゃピュアな気持ちで推してたから!?」
「……っ。怖いくらい先生みたいですね。私も実はしばらく別の病院に勤めていたんです。でも雨宮先生が登場する映画をこの場所で撮影するって噂を聞いて色々コネ使って戻ってきたんですよ」
「わざわざ……?どうしてなんですか」
アクアはそれなりに親しかった同僚とはいえ、彼女がどうしてこの映画に興味を持ったのか分からなかった。
アイとは少しだけ交友があるという情報は知っていたのだが、それも親しいというレベルではなさそうだったため、あまり重視していなかったのだ。
そんなアクアの質問に彼女は答える。
「別に雨宮先生に特別な何かがあったとかじゃないんですけどね。少し愉快な先生で。アレですね、原作ファンとしてどんな演技をするのか見たかったという」
「愉快……ですか。というか原作ファンって」
(当時の俺は少しアイオタクなくらいでクールな医者だったと思うんだがな)
アクアは自分の前世を愉快と評されたことに対して少しだけ不満に思いながらも彼女の話を聞いている。
アレから18年も経つというのにそんなに変わったような感じがないのは、あえて彼女が当時の自分を思い出しているからなのかもしれない。
「まぁ元から変わった先生だったんですけどね。きっと大ファンだったアイの子供に自分を演じてもらえて今頃は地獄の釜でサイリウムでも振ってるんじゃないですかね」
「地獄かよ!?せめて天国でにしてくれない!?」
「ふふっ……いいですねそのツッコミ。ホントに言いそうです」
アクアの吾郎がいいそうなリアクションに思わず看護師は笑みがこぼれる。
もういない人がこうして再現されるのは少し不思議な感じだが、彼女は少しだけ懐かしい気分を味わう。
それから二人は、屋上の撮影が始まるまでの少しの間だけ、たわいもない会話をして過ごすのだった。