五反田が撮影した映像を確認し、その出来が問題ないと確認したところで撮影を終了する。
妙に細かい反応に詳しいアクアの事を不思議に思いはしたものの、映像のリアリティーに最終的には五反田は満足していたようだった。
「あー疲れた……」
「最初十回もリテイクがあった割には予定より少し早かったな」
撮影の終わりから少しして、体に溜まった疲れを抜くようにグーっと体を伸ばすメルトに、みたのりおは声を掛ける。
予定が多めに取られていたために余力があったのだろうが、どうしてそこまで計算されていたのか不思議だった。
そんな彼の疑問にこれまでも撮影で行動を共にしていたメルトが答える。
「それは星野妹がどうせ暴走するだろって予想してた五反田監督が多めに予定見積もってたかららしいですよ」
「なるほど、アレは凄かったものな。演技初心者とは思えない演技力の高さに対して、アクア君がお医者さんをやってる時のテンションが振り切れているというか」
みたは、ルビーの演技をちゃんと見たのは初だったのだが、実に愉快な反応を見せたルビーを思い出して苦笑いを浮かべる。
そして名前が出たことで、メルトはアクアたちの姿がないことにようやく気が付いた。
「それでその星野兄妹はどこいったんだ?みたさん知りません?」
「なんか二人で出掛けるってどっか行ったぞ」
「よく見たらあの厨二娘もいねぇし、撮影終わったからって自由だな」
それから二人は自分たちの演技や今回の映画についての話をして移動までの時間を潰すのだった。
いないと称された二人だが、帰りの飛行機までの時間を少し撮影場所から離れたところで過ごしていた。
「せんせとデート〜!せんせとデート〜!!」
「バレンタインも似たような事やったろ」
アクアは隣でスキップしそう、というかスキップしながらウキウキのルビーの言葉を聞いて苦笑する。
繋がれた手を揺らしながら、アクアにもその上機嫌さはよく伝わってきた。
アクアは変装ついでにルビーからもお願いされて、服装こそ私服に変更しているものの吾郎の姿をしたままだ。
思ったより早く撮影が終わったという事で臨時のデートというわけである。
最近は忙しくて皆とデートと言える時間を取りづらいアクアにとって、こういう機会を彼女達に使うのは当然の意識だった。
ルビーはアクアの言葉を聞いてえへへと笑いながら言葉を返す。
実のところルビーが少し目を離した隙に40代くらいの看護師と楽し気に話していたアクアを見たため、少しだけ嫉妬して甘えが強くなっている面もあったりする。
きっと前世の知り合いなのだろうと当たりを付けていたが、それでも複雑なものは複雑なのだ。
「まぁそうだけど!元々おにいちゃんとデート出来るだけで楽しいもん!!更に今日はフォルムまで完全にせんせだからね〜さりな供養!って感じでテンションアゲアゲ!」
「何回目の供養だよ。その元気があれば何回でも復活しそうだな……というかまさかそのためだけにその服装用意してたのか」
「えへへ~どう?解釈一致?」
アクアは自分の隣に少し間を空けているルビーに微笑ましいなと視線を送る。
彼女はもしさりなが大人になれたらしてみたかったという服に身を包んでいた。
変装をするにあたって用意したカツラは、少し赤みがかった髪色で、これは当時治療のために剃られており、伸ばせなかった当時の地毛の色に近い物だ。
頭の帽子にはアイのウサギに準えた謎のウサギバッジを二つ付け、少しだけ平成ギャルのような衣装に身を包んでいる。
要するに成長したさりなの格好をルビーはしていた。
今の容姿に対しても似合っており、にこっと笑顔のルビーがアクアには輝いて見えた。
「……スカート短すぎないか?それに全体的に派手というか」
ルビーのイメージする大人になれたさりなは、アクアの想像よりずっとキラキラした格好をしていた。
当時の彼女は何も自由が利かなかったわけで、それを考えたらこのくらいはしたい気持ちも分からないではないのだが、どうしてもさりなに対して儚い印象を持っていたアクアは少し困惑する。
可愛いのは確かだが、解釈一致かと言われると少し微妙だった。
ただそんなアクアの反応を想像していたのか特にがっかりした様子もなく、ルビーは言葉を返す。
「このくらいふつーだよふつー!せんせはそろそろ感性をアップデートしないと」
「まぁよく似合ってるが。元から可愛いのにそんなに色々ゴテゴテしなくてもよくない?」
精神的にはアラサーから若返っているはずの男だが、未だにSNSに苦手意識があったり、女性の服装に厳しかったりと抜けきらないのは三つ子の魂百までとはよく言ったものである。
「ホントは原宿や渋谷を案内してもらおって思ってたんだけど、流石に今世で案内してもらった場所はな~って思って!ここならせんせの地元だもんね」
「まぁそれなりに詳しいけど、東京に比べたら見る物少ないぞ」
すっかり東京で過ごした時間の方が長いだろう彼女には退屈なんじゃないだろうかという意味も込めての言葉だ。
ただルビーはアクアといられたらどんなところも都なので気にする素振りもない。
「いいの!せんせの地元を見て回りたいだけなんだから!ね、お願い!」
「はぁ……程々に見て回ったら帰るぞ。明日も普通に学校も仕事もあるんだし動き回ったら疲れるだろ」
「はーい!」
元気のいいルビーの返事を聞いてチラリとアクアは時間を確認する。
まだまだ時間に余裕のあるため、頭の中でマップをイメージしてルビーの好きそうな場所を案内して回る事にした。
ただアクアの予定通りに行くとは限らない。
ルビーの趣味嗜好はおおよそ把握しているとアクアは彼女が好きそうな場所に案内したのだが、いきなり予想外の出来事が起きた。
「……ない。ここにアイドルショップがあったはずなのに」
アクアが連れてこようと思ったのは、自分が当時アイのグッズを購入していたアイドルショップだった。
それなりに繁盛しており、当時はまだ木っ端アイドルだったB小町のグッズすら仕入れるマニアウケのいいお店だったのだが、ゲームセンターに変わっている。
アクアが唖然としているのを見て、くすくす笑いながらルビーが口を開いた。
「せんせがいた時から18年だもんね。前に皆で旅行に来た時は、神社とか観光名所ばかりだったから今もあったけど……」
「幸先悪いな。この調子だと行こうとした場所全部閉まってるなんて悲劇もあるか?」
アクアはショックを隠せない様子を見せるが、ルビーはそんな彼を慰めるようにエールを送る。
「せんせって肝心なとこで運なさそうだもんね……でも大丈夫!ゲームセンターって普段来れないし、折角だし遊んでいこうよ!」
「……君がいいならいいが」
実のところアクアもルビーも前世今世通じてあまりこういった場所に来ていなかった。
変装こそしているものの整った顔立ちをしている二人は少しざわざわと騒がれながらゲームセンターに入って何があるかを確認していく。
「あっ!見て見て!!せんせの目的もあながち間違ってなかったんじゃない!?」
「何を……あーなるほどな」
ルビーの視線の先にあったのはクレーンゲーム。
そしてその中にはアイやアクア、ルビー達B小町RにC式部と苺プロメンバーのグッズが入っている台が紛れているのが見える。
何台かあるが、そのどれもに人が付いていて景品を狙っている辺り、今の苺プロの人気が窺える。
「ダメかぁ~諦めよう」
「えー!やだやだ!!」
その中の一人、5歳くらいの小さな女の子が頑張って取ろうとしていたようだが、上手く取れなかったらしい。
予算が来たようで母親からストップを掛けられているのがアクア達の視界に映る。
「こういうのはやった事がないんだけどな。悪いさりなちゃん、少し待っていてくれるか」
「ふふっ後ろから応援したげるよ、せんせ!」
楽しそうなルビーに見送られ、アクアは小さな子の方に向かって目の前に来たところで声を掛ける。
「どれが欲しいんだ?」
「え?えと……あれ!」
突然現れたアクアに困惑しながらも少女が指差したのはルビーのデフォルメぬいぐるみだ。
物を確認してからアクアはクレーンを電子マネーで決済させ、動かせる状態にする。
「こ、こら!すみません、騒がせちゃって、行こう!」
「やぁ!」
母娘がそんな会話をしている間に、アクアはクレーンゲームを操作していく。
ビギナーズラックとでもいうのだろうか。
何回かかかると思われた挑戦は、意外にも一度で上手いこと狙いのぬいぐるみを掴み、排出口へと導いた。
ことんと音を立てて落ちてきたルビーの手のひらサイズデフォルメぬいぐるみを取り出すとそのまま子供に渡す。
「ほら」
「……?おにいちゃんくれるの!?やたー!!」
アクアから渡されたルビーのぬいぐるみを頭の上に掲げ、目をキラキラさせる少女を見てアクアは笑みを浮かべる。
この笑顔を見ただけでもやった甲斐があったというものだ。
ただ流石に彼女の母親は慌ててアクアに声をかけた。
「気を遣っていただいて本当にすみません!あ、あのホントに大丈夫ですから」
「気にしないでください。ツレにいいカッコ見せたかっただけなので。俺達も苺プロの人たちのファンなんですよ」
そう言ってチラリとルビーの方へとアクアが視線を送り、デート中だと匂わせる。
その後、自分の懐に入れていたルビーのグッズを取り出して彼女へ見せた。
『アイ無限恒久久遠推し!!!』再販されたものを自分用に持っているキーホルダーを見せ、それを確認した母親は何処か納得したような表情を浮かべた。
そのどちらが決め手だったのか、母親は苦笑しながらアクアへ礼を口にする。
「ありがとうございました。ほら」
「カッコいいおにいちゃんありがと!大事にするね!!」
「ああ、ルビーをこれからもよろしくな」
後方腕組オタク面の変な人になりそうなセリフを言うアクアに見送られ、親子は去っていく。
二人が去ったのを見届けた後、何やら感激して今にも悶絶しそうな表情をしていたルビーがアクアに話しかけた。
「~~~~っ!せんせやっぱりやさしーね」
「俺はアレ持ってるしな。何となくクレーンで遊びたかっただけで深い理由はない」
「はいはい根がバカ優しいのにそんな悪ぶらなくていいから!」
私わかってますとアピールするルビーにアクアは言い訳を諦めて苦笑する。
それからも二人はゲームセンターだけでなく、町の中をいくつかアクアの案内で見て回った。
当時のままなものから全然違うものまで多種多様だが、そのどれもをルビーは純粋に楽しんでいく。
派手めな女子高生と世間に疲れた中年の組み合わせだったら通報されそうだが、幸い今のアクアは一応男子高校生。
雰囲気は当時に寄せているとはいえ、流石に間違えられる事はなかったらしく、それから二人は宮崎市内を存分に楽しんだ。
偶然とは重なる物らしい。
撮影現場で過去の知人と再会したように、別の再会が彼らを待ち受けていた。
「楽しかった~!!せんせありがと!さいこーだったよ」
「満足してもらえたなら良かったよ」
久しぶりのデートを思う存分満喫したアクアとルビー。
飛行機に乗るために空港に向かうかという時間になるまで満喫した二人が移動しようとするタイミングで、一人の人物がアクア達へと声を掛けてきた。
「雨宮……雨宮なのか!?」
「……あの、どちらさまですか」
アクアは話しかけてきた人物の顔をじっと見る。
まだ元気がありそうなその男性は、髪はすべて失われており、顔に刻まれた数多のしわは年齢を感じさせる容貌をしていた。
アクアの見立て通りであれば70歳前後と言ったところだろうか。
ただそんな彼は幽霊でも見たような表情でアクアの方へ視線を向けていた。
雨宮とアクアの事を呼んだあたり、当時の知り合いなのだろうが、18年の歳月で年を取ってしまった相手をすぐに認識する事をアクアはできずにいた。
昨日の看護師もそうだが、18年という時間は人を変えるには十分過ぎる時間である。
「……いや、雰囲気はそっくりだったが、顔立ちは違うな。そうだな。アイツはもう18年も前に死んでしまったのだし。すまないデートの邪魔をしたね」
ただ彼はどうやら自分で勘違いに気付いたらしい。
戸惑っている様子を見せるアクアとルビーを見て、その後繋がれた手を見てそんな事を口にして立ち去ろうとする。
そんな彼をアクアは引き留めて訊ねた。
「雨宮……というと雨宮吾郎先生でしょうか」
「あ、雨宮を、アイツを知っているのか」
流石にアクアもそのまま気のせいだけで片付けるのは良くないと思い、少しだけ事情を説明した。
アクアは自分が名乗ることはなく、今度上映されるアイの人生を描いた映画で、雨宮吾郎がモデルの医者を演じている役者だとだけ伝えると、男は目を丸くして驚いていた。
「ははは、アイの映画にアイツがね、大ファンならこれ以上ない誉なんじゃないか?きっと大喜びしているだろうね」
昨日の看護師と似たような事を口にするその男はそれなりに吾郎の事をよく知っているらしい。
そしてどうやら彼は、雨宮吾郎を知っている男であると理解したルビーは、自分の知らない吾郎が気になって男に訊ねた。
「えとせんせ……じゃなかった!雨宮先生ってどんな方だったんですか!」
「おい、さりなちゃん迷惑だろ」
有名人であるルビーの名前を出さないようにしようとアクアが彼女をさりなと呼べば、驚愕の表情を浮かべながら男は口を開く。
「さりな……?その名前の少女と一緒にいる雨宮吾郎役の男か……運命を感じるな」
驚きから徐々に懐かしさの混じった表情へと変わった男は、少しだけ吾郎とどういう知り合いだったのかを彼女に話す事にした。
「私はアイツが研修医だった頃に同じ病院にいたんだ。丘の上の病院にね。そこの彼は雰囲気が雨宮に何処か似ていてつい話しかけてしまった」
男が言った言葉に今度はそんな偶然があるのか?とアクアは驚きながら一つの名前を出した。
「まさか藤堂先生……でしょうか」
「ん?そんな事まで伝わっているのか?もう引退した身なんだがよく知っていたね」
アクアの驚きの声に反応した男、藤堂。その名前を聞いてルビーも目を丸くしている。
それはそのはずで、彼はさりなの主治医でもあった人物なのだから。
衝撃の再会に二人が浮かべている表情が面白かったのか、藤堂は人好きのする笑みを浮かべた。
「その……雨宮先生が残した手記に書いてあったので。素晴らしい技術と人徳を持った先生であったと」
「アイツそんな事してたのか。意外だな……彼女がいなくなった後は狂ったかのようにアイだけを見ていたのに」
実際はそんなものなどない。ただアクアは自分の事のため、その当時の事が思い出せるだけだ。
それから藤堂は少しだけ吾郎についての昔話を始めた。
「雨宮吾郎を変えた一人の患者がいたんだ」
雨宮吾郎と天童寺さりなの物語、その一部を。
きっと隠されたエピソードの一つとして役者であり、雨宮吾郎を演じるのであれば知っておくべきことだと思っての言葉なのだろう。
吾郎とさりなについての話を彼の視点から見た話で、アクアとルビーすら互いに知らない一面を知らされ隣に本人がいるというのに驚かされた。
それからしばらくして、思い出を話し終わった藤堂は、どこか肩の荷が下りたような表情に変わる。
もしかしたらこの知られざる話を誰かに話したかったのかもしれないなんてアクアは思った。
「それにしても君たちは若いのもそうだが、エネルギーに溢れているね。何かコツはあるのかい?」
藤堂は特にルビーの方を見てそんな事を口にする。
吾郎についてのエピソードに対してこと細かく反応していた彼女を見てそんな感想を抱くのも無理はないだろう。
そんな藤堂からの質問に対して、ルビーはすぐさま元気よく答える。
「それは勿論……推し!!」
「お、推し???」
想像していない言葉が返ってきて藤堂は困惑した。
彼らは先程の話を聞く限り芸能人で、そんな彼らは推される側であって推しがいるというのは予想外だったのもあるだろう。
「推しが居ると世界が輝く!このイジワルだけど優しい世界丸ごと愛せる様になる!」
それだけに止まらず怒涛の勢いで推しについてアピールするルビー。
そんな彼女に戸惑う藤堂に対してアクアは言葉を付け足す。
「アレですよ、要約すると『推し活健康論』って奴です。アイドルの歌が及ぼす影響なんか研究してみると意外といい効果が得られるかもしれませんね」
「そーだよ!藤堂さんもやってみた方がいいよ!リンショーシケンって奴!!」
「……っ」
笑顔を浮かべながら口にした二人の言葉に含まれたワードに懐かしい光景が浮かぶ。
「都合のいい夢か、偶然か、それとも奇跡か」
「何の話ですか」
「いや何、アイツは報われたなと思っただけだ……そうか、推しか。雨宮の事は突然アイドルに目覚めて騒ぎ出したりした時は、はっきり言って問題児だと思っていたが、臨床試験は案外成功だったのかもしれんな」
藤堂の脳裏にはマイク代わりに消毒液ボトルを片手にした白衣の男とそんな彼を見て辛いはずなのに苦しさを感じさせない笑みを浮かべる少女が浮かんでいる。
もう遠い昔だというのに、今目の前にいる彼らに当時の二人の面影が重なったように藤堂には見えた。
「すまないね、そろそろ時間みたいだ……いい話を聞かせてもらった。映画、楽しみにしているよ」
楽しそうに笑った藤堂はそれだけ言うとその場を後にする。
アクアとルビーは急に去っていった藤堂に呆気に取られながらただそんな彼を見送る。
少ししてルビーがまずは再起動してアクアに飛びつく。
「せんせ、私の事好き過ぎない!!?もう最高!!」
「一応普段から散々愛は伝えているつもりだったんだが」
「今のおにいちゃんが私の事大好きなのは良く知ってるよ!でもほら!当時の私がいくら好きとか結婚しよ!って言ってもせんせはのらりくらり躱してさ~それなのに私のこと思ってそんなに暗くなってたなんて愛されてる!って感じするもん!」
「当たり前だろ。当時の君12歳だぞ。真に受けたら僕社会的に死ぬから。それでも大切だったんだよ」
立ち去る藤堂の耳には賑やかな声が聞こえてくる。
既に聴力は衰えていたはずの耳に何故か届いたそんな言葉を聞いながら彼は表情を綻ばせた。
何時の間にか彼らの近くにいたカラスは、その様子を見てから何処か誇らしげに鳴いて飛び去った。