宮崎での撮影は無事完了し、撮影は大詰めを迎えている。
アクアとしても懐かしい出会いなどもあり、いい気分転換にもなったのか仕事量による疲れも感じさせていない。
「つーちゃん……大丈夫?演技できる?」
今日からツクヨミが撮影開始という事でルビーは年上として心配そうに声を掛けていた。
その表情は本気で心配しているのが見て取れ、決して煽りの目的ではない。
普段は身内同士だと妹属性が強いルビーだが、年下には姉ぶるという愛瑠相手にもよく見られる光景だ。
ただ下手をすると煽り耐性以外はルビーより年上のようにも見えるツクヨミ相手に発動しているのが少し微笑ましく感じる。
「舐めんな、出来るし」
ただツクヨミとしては納得いかないらしく、イラッとした様子で反発する。
いつもの上位者めいた余裕あるような素振りをかなぐり捨てて、ただのムキになった子供のような姿を晒していた。
アクアは内心そんなツクヨミを見て、色々台無しだなと思っていたりする。
「強がる厨二ロリ……いいね。愛瑠ちゃんは素直な子だからタイプは全然違うし新鮮」
「あれで割と面倒見いいのよね。たまに事務所に来てレッスン受けるついでに愛瑠と遊んでくれているのよ。よく懐いているし友達になってくれると嬉しいのだけど」
フリルの言った言葉に続けて、ミヤコがスヤスヤと眠る愛瑠を膝の上に乗せたまま意外な事を口にする。
普段一緒にいるルビー達と比べるとずっと年齢帯が近い分、愛瑠も甘えるより対等に近い感じで接しているので、ミヤコとしては同世代に接するいい機会だなと思っている。
ただどうしても精神的には愛瑠より上なのか対等にというのは難しいかもしれないとも考えていた。
そんなミヤコの言葉に意外そうに反応するのはかなとみなみである。
「え?私事務所で会わないからレッスンとかも来てないと思ってたわ。意外と勤勉なのね」
「多分まだ6〜7歳なのに凄いなぁ……宮崎に住んどるって聞いたけどどうやって来とるんやろか」
「うちからの交通費もなんか近所の家に設定されてるらしいし、近所に引っ越したんじゃない?親御さんがアクティブよね」
みなみの言葉にはツクヨミとは宮崎で会ったというアクアの言葉からよく遠くから通うなと驚きも含まれていた。
それに対してかなは現実的に通っているということは引っ越したのでは?と返す。
そんな純粋な他メンバーとは違い、あかねは頭でツクヨミについて考察を進める。
(ツクヨミちゃんは年齢に対して大人びてというより超然としてる。まるで人と自分は違うって思ってるみたい。年齢偽造の可能性も考えたけど、軽く調べた限りお家は本物だった。そうなると考えられるのはただ大人びているだけの子供だけじゃない。……転生者、アクアくん達の実例があるからこんな可能性も検討できる。あの子の行動傾向としてはアクアくんやルビーちゃん周りはかなり気にしている素振りを見せているし、転生に関わっている存在って可能性も……。それに時々……なんだかB小町Rで私だけ妙に警戒されてるような?何かしちゃったかな?もう少しまとまったらアクアくんに聞いてみよう)
ピースこそ揃わないまでも自分なりに考えが形になって来たあかねは、そろそろ確認してもいいかなと思い始めている。
その優れた思考を走らせる彼女を見て、ツクヨミは少しだけ表情を動かすが、この場にいる誰もその変化の理由を理解する事は出来なかった。
本日はアクアとルビーが赤子だった頃から『それが始まり』の前辺りまでが撮影予定となっている。
流石にツクヨミの年齢的に幼児をすべて再現するのは無理なので、赤子時代は基本的に描写しない事になっているのだが、一か所だけ避けられない場所がある。
その部分の撮影のため、ルビーが簡素なミニライブ用のステージでゆらとゆきの二人と共に踊っていた。
彼女達の正面には懐かしい映像が大きめの画面で流れている。表情の変化のタイミングを確認するための代物だが、既に何度かその映像によって三人が吹き出してリテイクになってしまっていた。
今回はゆきが我慢できなかったようで、またもリテイクである。
「いやこれずるいでしょ!?知ってても和む以上に笑いそうになるんだけど!?」
ゆきはこの中でもっともこの映像に対して耐性がない。結果として彼女が笑ってしまうせいでライブが中断され、リテイクとなっていた。
そう、今撮影しているシーンは、ヲタ芸赤ちゃん事件のライブである。
少し離れた場所から見ているメンバーも思い思いにこのシーンについて意見を言い合う。
「あのシーンはないと原作ファン達から不満が出てしまうよね。なんならなかったら私が入れろってマリンに口出しするくらい」
「世界一有名な赤ん坊動画だからしょうがないよね。……小さなアクアくんとルビーちゃん可愛いなぁ」
「まぁせやろなぁ。何度見てもかわええもん。これは流石にうちがアクアさんに惚れとるのは関係ない思うわ」
ヲタ芸赤ちゃんの動画には皆一度は衝撃を受けている。
特にあかねとみなみの二人はルーティンとして演技前に見るようにしているのもあってか、純粋に可愛い動画として楽しめているようだ。
かなもこの場面について思うところがあるのかケラケラと楽しそうに笑いながらアクアに話しかける。
「今思うとアンタら隠す気ある?って感じよね。見なさいよあのキレキレのヲタ芸、歴戦のオタクでも中々難しいわよ」
「バレてねぇから大丈夫だろ。流石に転生なんて非現実的な事、アレだけで本気で言うやついねぇよ」
こればかりは世界的に有名なアイが飛躍する原因となったエピソードであり、外す方が違和感が出てしまう。
かといって本物の赤ん坊にこれをやれというのは酷すぎる話だ。
そして出された結論が、当時の動画をAIで品質補正してそのままはめ込むという荒業である。
画質落ちるんじゃないか?という話も出たのだが、その辺りは最新技術を使えばある程度補えるとのこと。
百戦錬磨のゆらでさえ、気を抜くと演技が剥がれて吹き出してしまうインパクトがあの動画にはある。
それをゆきが一度二度で耐えるのは至難の業だったようで、撮影は思いのほか苦戦する事となっていた。
何度目かのライブシーン撮影が行われている中、ふと思い出したようにかながアクアに訊ねる。
「そういえばミヤコさんが暴走しそうになるシーンって、確かホントはアンタとルビーが神様の演技をしたのよね?面白エピソードだと思うけど入れないの?」
かなは前世や二人の過去について聞いた時、教えてもらったエピソードを口にする。
この作品そのものをウケがいいものにするのは、アクアの目的の一つだ。
神の演技をする二人は、アクアが初めて演技をした場面として印象に残るいいシーンだと考えたかなの考えは間違っていない。
ただアクアはそれに対して出来ない理由を答える。
「確かに作品としては面白くはなるだろうが、入れたら事実なのに一気にフィクション臭くなるだろ。下手したら本末転倒だ」
「それもそうね。普通に考えたらドン引きだもの。仕方がないわね」
アクアの返事を聞いてかなは残念そうにしながらも納得した。
これまでせっかく嘘と真実を織り交ぜてリアリティーを守ってきたのに、急にそんな非現実的な話を入れたなら、他の場面にも明らかな創作が混じっているかもしれないと疑われてしまう。
そのリスクを考えれば、たとえ真実でも他の都合が悪いところと一緒に公開しない方がいいというのは合理的だった。
「よし、今回は文句なしだ。流石だな三人とも」
「つかれた〜〜〜ダンスキッツい。ノブに色々教わってるのに私だけバテバテかぁ」
「お疲れゆきちゃん。ルビーちゃんは現役のアイドルで私も元アイドルだからね。その辺りはまだまだ負けられないかな」
「お疲れ様!ノブユキさんに教わったのはしっかり出てると思う!ゆきぽんダンスキレいいもん!」
ちょうどその話が終わったところで五反田からOKが出て、ルビー達は疲れた様子を見せている。
特にゆきは息を吐いてその場に座り込むのがアクアに見えた。
アクアはそんな三人に水を渡し、労いの言葉を掛けるためそちらへ向かうのだった。
赤子パートが終わり、満を持してツクヨミの演技の出番がやってくる。
アクアとルビーの演技が入るのだが、比率としてはアクアの方が多い。
これは当時の活躍がアクアの方が多いのが原因だ。ルビーの主な出番はレッスンであり、このおかげもあってアクアとルビーが兼任出来ている。
ただ最初の撮影はルビー役だった。彼女がアイとアクアと離れて一人で寂しくしているシーン。
皆が固唾をのんで見守る中、ツクヨミは突然手足をじたばたさせながら大きな声で泣き喚いた。
「ママぁああ!ママぁあああ!!ママのどこがえりだい!!なんでママいないの!!早く帰ってバブりたい!!ママの隣でオギャりたいよぉーー!!私をオギャバブランドに返してー!!」
「「「ぶふぅ!?」」」
「ちょっと待って!?私そんな事言ってないよつーちゃん!?」
「ぶっあははははは!カットォ!!お、お前あんなクールな雰囲気出しといて突然なにやってんだ」
アクアの隣で数名が耐え切れず吹き出したのがアクアにも伝わってくる。
なんならカットを口にした五反田も思い切り笑ってしまっていた。
正直なところツクヨミがまさか突然こんな事をすると思っていなかったため、アクアすら唖然としていたくらいである。
状況を飲み込めたらしいツクヨミは少しずつ顔を赤くして固まっているのを見て、アクアはなんとか復帰して近付いて声を掛ける。
「……なんというか、辛い事とかあったなら話聞くぞ」
アクアの優しい視線にツクヨミはなんとか言い訳を口にしようと思考を巡らせる。
「いや、これはあの子がアイと離れた時に……いや、そうか。ぐっ星野ルビーと黒川あかねめ」
「酷いよつーちゃん!?私むしろとんでもない風評被害叩き込まれた被害者なんだけど!?」
「えぇ!?ツクヨミちゃん、なんで私のせいなの!!?」
何故かB小町Rで笑っていなかった側であるはずのルビーとあかねに対してそんな事を言い始めるツクヨミ。
笑っている側に対してや、百歩譲ってルビーが言いそうだからエミュレートしたとかならばともかく、あかねは完全にとばっちりだろとアクアは内心思いながら会話を聞く。
「つくちゃん大丈夫?ママ貸してあげようか?」
「愛瑠、心配いらないよ。あれは演技なんだ。私が辛いわけじゃない。ただちょっと間違えたんだ」
「何と間違えたんだよ」
いつの間にやら目が覚めたらしい愛瑠の提案にすら謎の言い訳をするツクヨミに、アクアは毒気を抜かれ少し気抜けてしまうのだった。
一部のスタッフやら役者達が笑いから立ち直ったところで、撮影の準備が再び整えられる。
いよいよ撮影再開というところで、アクアは役を押し付けた手前、少しだけ心配してツクヨミへと声を掛けた。
「おい、プレッシャーとか掛かってんなら言えよ?ある程度なら後ろ倒しに出来る程度に時間の余裕はあるぞ」
「今度はちゃんとやるから気にしないでいいよ」
アクアが自身の権限を乱用しようとした発言をしたのに対して、先程あれだけの醜態を晒したとは思えない堂々とした様子を見せるツクヨミが返事をする。
アクアはそんな彼女を訝しげに見た。
「ホントだろうな……」
「しつこいよ、心配しなくても君たちの演技くらい造作もないさ」
アクアの懸念を置いて、彼女は自信ありげに撮影へと戻る。
ただその言葉の通り、次はちゃんと演技をするツクヨミ。
今度はしっかりとルビーらしさを残しつつ、はっきりと分かりやすい視聴者向きの演技が出来ている。
内容もアドリブもなくしっかり台本通りだ。
そのクオリティが高い分、先程の暴走がより一層不気味に感じられてしまいアレはなんだったんだ?と多くの関係者が首を傾げる事になる。
そしてこの日最後に撮影されるのはアクアが初めて五反田と出会ったシーン。
アイ本人の映画の起用、その裏話という事で当時のアクアの特異性が分かるエピソードだ。
少し変な子供くらいで済む年齢まで成長していた事もあり、何とか作中に入れ込める。
「あっいえ我々は赤ん坊ですがそのような粗相はしないよう努めさせていただきます!現場の進行を妨げないのは最低限のルールなのは承知しておりますので弊社のアイを今後ともご贔屓に」
「OKだ。あはは似てる似てる」
ペコリと頭を下げながら幼児らしからぬことを口走るアクアの演技。
五反田は当時実際に挨拶をされた時の事を思い出しながら絶賛している。
彼にとっても星野アクアとの出会いは、人生の転機と言っていい出来事だ。
そんな彼から見てもあの当時アクアから感じた異質さを上手く表現できているように感じられた。
ただ、B小町Rのメンバーはふぅと息を吐くツクヨミに対して厳しい視線を向ける。
「どう思う皆?私としてはおにいちゃんはもっときりっとしてて、その内心の優しさと賢さが滲み出てて、大人顔負けのカッコよさがあったなぁって思うんだけど」
むぅと物足りないと言いたげなルビーの言葉。
それを皮切りに皆が順に演技の感想を口にしていく。
「うーん、あーくんってなんというかもっとミステリアスさと可愛さが共存してたわよね。ツクヨミのは少し子供っぽ過ぎるって言うか現場でも悪くないけど演じ方がちょっと幼い気が」
「癖がちょっと再現できてないかな。アクアくんはどちらかというと重心を利き足寄りにして、でもバランスが取れてる立ち方してるんだよね。今のツクヨミちゃんのは少し偏らせ過ぎかな」
「この頃のマリンって子供らしく振舞おうとするときにわざとらしさがちょっと入ってるよね。それがまた味になってるけどここでも取り入れた方がいいんじゃないかな」
「み、皆ほどは色々言えへんけど、うちから見たアクアさんってこの頃から大人びていたから、もうちょっと表情締めた方がそれっぽさでるんやないかなぁ」
B小町R全員から駄目出しが来て困惑を通り越して面倒な物に絡まれたという表情を浮かべたツクヨミ。
ため息を吐いてからそんな五人から離れてアクアの方にやって来ては、視線を向けてどうにかしろと訴えかける。
「鬱陶しいファンが大量に……これだから神代クラスの女タラシは。前も言ったけど、君の番なんだからちゃんと管理してくれないと困るよ」
「その呼び方マジでやめろ。色々誤解されるだろ」
アクアに対してクレームをつけるツクヨミに対してアクアはツッコむが、いや何も間違ってないだろと言いたげな視線をアクアに向けた。
そんなツクヨミにアクアが反論しようとした時、ツクヨミの脇から手が生えて彼女を抱き抱えられ、彼女は目を丸くする。
「ツクヨミ、ちょっとこっち来なさい。あーくんの演技がよくなるまでレクチャーするから」
「いや、あれで十分……ぐっこの肉の体では抵抗できない」
ツクヨミを抱えた犯人はかなだ。
どうやら彼女達はまだまだアクアを演じたツクヨミに言いたいことがあるようで、ツクヨミをそのままB小町Rメンバーの待つ場所まで連れ去り、五人で囲んでわいわいと楽しそうにああでもない、こうでもないと言い合いを始めた。
ツクヨミはアクアに恨めしそうな視線を向けている。
「あはは、アクア君愛されてるねぇ~お姉さんも貰ってもらおっかな」
「冗談でもやめてくれ。C式部はファンが慣れてないからマジで炎上する」
「だね~あの子達に恨まれたくもないし、私は他の相手を探さないと……それに、恋してみたいしね~ドキッとしたのだけに絞っても小さい頃のアクアくんのアレとかあとは……」
最近結婚願望が高まっているらしいゆら。
揶揄いの言葉を途中で止めたのは、何か思い当たる節があったのか。
珍しく少し赤くなっている彼女を見て、アクアはもしかしたらゆらの恋愛が始まるのもそう遠くないのかもしれないと思う。
いつになるか、相手は誰になるのかも不明だが、きっと未来にあるだろう彼女の結婚報道は、きっと大きな騒ぎになるだろう。
「アクア、あかね達と同棲してるんだもんね……やばっ酒池肉林って奴じゃん」
「いや、そこまでやってねぇから。学生だぞ」
ゆきの言葉に対してアクアはそこだけは勘違いされたくないとばかりに訂正する。
逆に言えば彼女にならそれ以外は察されてもいいかと思ってはいた。
アクアの返事を聞いてゆきは更に話を続ける。
「健全だ……というかマジでハーレム状態なの?」
「同じ家に住んでることは本当、そこから先は想像に任せる」
「ま、マジなんだ。やばっ!?……と思ったけどあかねが幸せならいっか!」
「想像に任せるとしか言ってないんだけどな」
ゆきとの会話に明言はせずとも察される程度の情報を開示したのは、友人だからこそだろう。
ああ見えて彼女はたとえノブユキにすら言いふらすことはないだろうなとアクアは確信してのことだ。
今世のアクアは人を見る目には自信があった。
子供時代を撮影するという話から随分騒がしくなったものだとアクアはわいわいと騒がしくも楽しそうな現場を見て、ほんのり笑みを浮かべる。
こんな楽しい時間がずっと続けばなんてフラグめいたことを考えたからだろうか。
そんな時、映像を確認していた五反田がアクア達の元へやってきた。
「おい、早熟達。楽しそうなところ悪いが、そろそろ撮影も一段落する頃だし、一人紹介したい人がいるんだがいいか?」
流石にそんな中騒ぎ続けるわけにはいかないと全員が一気に大人しくなる。
それに合わせてツクヨミは捕縛状態から解放されて息を吐いていた。
それ以外のメンバーは紹介って誰だろ?と皆揃って不思議そうな表情を浮かべる。
「言葉足らずで悪かったな。今日は『15年の嘘』の広告を担当してくれてる広告代理店の人が来てるんだよ。入ってくれ」
「失礼します」
アクアがそういえばまだ顔合わせした事なかったなと思いながら話を聞く。
五反田の声に合わせて一人の女性が扉を開けて部屋に入ってくる。
「すみません天童寺さん遅くなってしまって」
「いえいえ、気にしないでください。私も『28時間』の方のやり取りもあって対応が遅れていましたし」
「……え?」
女性を見て最初に反応したのはルビーだ。
彼女の記憶にあるよりずっと歳を取っていたが、それでもその顔にはとてもよく見覚えがあった。
いや、正確には見覚えはなかったが、前世において恐らく最後の瞬間いて欲しかった顔なのは間違いない。
これが現実なのかそれとも夢なのか悩んでいるような表情を浮かべたルビーは少しずつ顔色が青くなっていく。
そんな中、女性は自己紹介を始めた。
「天童寺まりなと言います。『15年の嘘』の広告関連を担当させてもらっています。よろしくお願いしますね」
アクアも名前を聞いて思わず彼女の顔を見る。
アクアは数えるほどしか彼女の顔を見たことがなかったため、顔だけではピンと来なかった。
だが、その名前には聞き覚えがある。
天童寺という珍しい苗字に、彼女の主治医であった藤堂から見せてもらった入院同意書に載っていた名前。
ルビーの前世、天童寺さりなの母がそこにいた。
「お手並み拝見だよ、星野アクア。君が自由に生きたいというならこのくらい越えてもらわないとね」
そんなアクア達の背後、誰も聞こえない小さな声で少女は呟く。
その表情は何処か辛そうに歪んでいた。