まりなとの出会いからも撮影は順調に進んでいく。
鬼門と言われていたB小町が七人揃っていた頃の最後のライブであるドームライブの撮影は、流石にかなり苦戦したものの、無事完了。
撮影日にアクアはルビー達の応援にでもなればと観客席でヲタ芸をして、気付いたゆきとミミが吹き出して怒られたなんてこともあったとか。
B小町RやC式部にいたアイドル組はアクアのヲタ芸は見慣れたものであり、嬉しくなりこそしても表立って吹き出すことはないため、その辺りを失念していたアクアが悪い。
そんな未経験組も最後は誰もが認めるいいパフォーマンスを見せており、味があるいいライブになったとアクアも思っている。
『はぁ……はぁ……ノブにありがとって言わなきゃ……ランニングしよーっと』
『…………ミミ、リングフィット……とかやろう……かな』
アイドル未経験組はこのシーンの撮影でへとへとに疲れ果てて、今後のことを考えて体力作りの方法を考えだしていたとか。
流石にライブをやるような演技は滅多にないだろうが、女優としてコスプレイヤーとして公に出るなら体力はあるに越したことはないだろう。
その後、連続して撮影されたアイに対する襲撃シーンもルビーとみたのりお、そしてツクヨミの演技が上手く噛み合った良い出来に仕上がっている。
自身の危機と守るべき息子の前で自分の愛を見つけた星野アイ。
狂気と愛で狂い果てたが、最後に自分の愛を思い出せた菅野良介。
守るべきものだと思っていたアイに守られて、母の愛を体感できた星野アクア。
あの場にいたアクアから見ても、三人の心情を見ているもの全員に理解させるだけの力がある場面になっており、上映した後の反応が楽しみな場面だ。
「ルビー、片寄。そろそろ始めるぞ」
そして撮影最終日である今日は、アイが入院した後の話を撮影することになっている。
これから始まるのはアイときゅんぱんが病室で会って友人になるシーン。
アクア達も見ているなか、用意されたセットの病室でルビーとゆらの演技がスタートする。
「ん?誰だろ……。はーいどうぞ」
「……アイ」
「え?……っときゅんぱん?」
ガラリと開いた病室に入ってきたきゅんぱんを見て、アイは想定外という表情で出迎える。
名前が一瞬出てこなかったアイだが、以前自分が彼女の名前を答えたインタビュー記事を思い出し、何とか名前を思い出す。
当時の二人の関係を表しているようなシーンだ。
二人の演技を見ながら、マイクなどが音を拾わない場所でアクア達はこの場面について感想を口にする。
「今はあんなに仲良いのに、仲良くなったのってこの時がきっかけなのよね」
「あのきゅんぱんさんの愚痴を聞くシーンで仲良くなる可能性もあったんやないかなぁ。相性良さそうやったし」
きっときゅんぱんがあの日以降もっとアイと仲良くしようと考えていた場合、未来はまた違ったものになっただろう。
歌を作った頃には、アイはヒカルと出会っており、以前より安定していた。
きゅんぱん自身がこの後の場面で言うように、彼女だけはアイを一人にしないという選択肢を取れた可能性はある。
ただみなみの口にしたそんな可能性をかなはバッサリ否定する。
「それはそうかもしれないけど、結局そうはならなかったわけでしょ?まぁ当時のアイってやりたい事に対してやってた事がズレてたから仕方がないんだろうけど」
どちらかと言えば努力家でもあり、天才肌でもあるかなは、色々と知った今だと当時のアイの心情が何となくだが理解できる。
愛したいという気持ちがかなの場合はなかった。既に母のことが大好きだったから。
ただ愛されたいと言う気持ちは彼女にも負けていなかったと自分でも思う。
「うーん、アイさんはその前に一度仲良くなることを諦めているから仕方がないんじゃないかな」
「そりゃあんなイジメあったら普通完全に諦めるでしょ。あの後子供できて考え方が少し変わったからってブログにメッセージ残して仲直りしようとしただけ異常よ」
きゅんぱんはイジメに全く加担していない。というよりその存在を知らなかったという。
これは初期メンバー三人も認めており、ただの事実だ。
とはいえアイはそのことを知らないし、実行犯達からはきゅんぱんも陰口言ってたよと伝えられており、自分から仲良くするなんて選択肢は出なかっただろう。
「あのシーン、あかねの演技は圧があったね。いつもの穏やかな感じとキツいギャップがファンの心を掴むこと間違いなし」
「フリルちゃん?それ褒められてるのかな」
「演技がそれだけいいってことだろ。あかねの演技は当時のアイに対する風当たりがよく伝わっていいと思う」
「そ、そうかな?だったら嬉しい……かな」
これまで口を閉ざしていたアクアは、あかねの演技について評価する。
演技を褒められるのは誰からでも嬉しいのだが、憧れ兼恋人に言われるのはまた格別だ。
普段は冷静な姿を見せることが多いあかねは、周囲を見惚れさせる美しい表情を浮かべていた。
「いい、あかねのメス顔……。誰かさんみたいにフリー素材ばりに手に入るわけじゃないから貴重だよね」
「誰のメス顔がフリー素材よ。もうちょっと言い方あるでしょうが」
「かなさん、それ自覚症状ある人の反応やって!」
アクア達がそんな横道に逸れた話をしている間にも演技は順調に進んでおり、アイときゅんぱんが友人になる場面がやってきた。
流石のアクア達もこのシーンは先程までより真剣に二人の演技を確認する。
「本当はこんな話するのも怖いんだ〜。本当の私は誰にも好かれるはずなんてなくて完璧をみんなが求めているのに弱くて」
「ごめん……ごめんねアイちゃん。私は……あの後、選択を間違えたんだ」
ルビーの演じるアイはいつものはっきり話すアイではなく、声に不安の乗った少しだけ震えるような声で話し、その意図を正しく理解したゆらの演じるきゅんぱんが、心からの謝罪と自分の決意を乗せた言葉を口にする。
この映画はアイのドキュメンタリー。
『アイドル』の曲で謳われた完璧で無敵なアイドルではなく、等身大のアイだ。
ここまでの映画を見てきた人たちは、彼女が普通の女の子であると理解している。だからこそ、ルビーの演じている不安に揺れる星野アイに解釈違いを起こさない。
この映画を見ているのと見ていないのとでは、今後アイに対して感じる印象は変わるだろうといえる映画だ。
だが今更イメージチェンジくらいでどうにかなるアイではないだろう。
「よし、OKだ。二人とも不安と安心、芽生える友情。その全てを表現できてた。文句なしだ」
「ふぅ……ゆらちゃんどうだった!?」
「凄く良かったよルビーちゃん。ホント私の下の世代がどれだけ恐ろしいか改めて体感したかな」
「ありがと!ゆらちゃんも最高だった!本物のきゅんぱん!?って思うくらいに雰囲気似てたけどあれどうやったの!」
演技が終わったところでルビーとゆらが互いの演技を褒め合う。
この映画で最も演技力が伸びたのは誰か?と聞かれるとルビーだろう。
これまで実践を経験していなかった彼女が、初めての主演や推しの演技を通じて解釈力も大きく向上し、他のB小町Rのメンバー達に近いレベルになっていた。
「んふっ……次はアンタの番ね」
「その微妙に笑いそうになってるのやめろ。ここぞとばかりに揶揄おうとすんな」
「ほら、スタイリストさん待たせてないで早く行きなさい」
しっしっと追い払うように手を動かす仕草は、とても彼氏にする行動ではないとアクアはかなにジトッとした目を向ける。ただそんな視線を向けられても、彼女は実に楽しそうだった。
そして、アクアがスタイリストに衣装を整えてもらって戻ってきたのを見た時、真っ先に笑ったのも彼女だった。
「あはははは、ホント最高!!いやーやっぱアイさんとカミキさんの遺伝子継いでるだけあって似合うわね〜。ルビーとは思ったほど似てないけどモデルとかやってそうな感じがするわ」
「笑い過ぎだろ。ヒカルさん何を思ってこんな潜入方法にしたんだよ……いや、この話する時の母さん楽しそうだったからこれでいいのか?」
自分が今感じる羞恥と当時のアイに与えたプラスの影響を考えて、後者に軍配が上がるのは、奴隷らしい言葉だろう。
そんなアクアは普段とは全然違う姿をしてそこに立っていた。
当時のヒカルが行ったのと同じ女装姿をして。
金髪のウィッグを付け、ゆったりとしたボディーラインの出ない服を着たアクアは、かなの評価した通り芸能人としてのオーラが溢れていた。
ケラケラと笑うかなに不満を漏らすアクアの視界の隅に黒い影が映る。
「マリン、こっち向いて。ポーズお願いしていい?」
「平常運転過ぎるだろフリル」
「いいね、そういう呆れた顔もいい。視力上がり過ぎて第三の目とか生えそう」
スマホを二台持ち、片方は静止画、片方は録画を回しているフリルが視界に入り、器用なことしてるなと内心呆れつつも感心するアクア。
少し疲れた彼の様子を見て、あかねとみなみが励まそうと彼に言葉をかける。
「かなちゃん笑い過ぎだよ。アクアくん凄くよく似合ってて綺麗だね……ちょっと自信なくなっちゃうかな」
「うちはアクアさんのその格好もええと思うよ?ほら、顔立ちがカッコええから美人さんって感じやし」
「あかねとみなみ、フォローしようとしてくれてるのは嬉しいがフォローになってないからな?」
ルッキズムの源なんて言われることもある二人の子供なだけあってアクアの顔立ちは実に整っている。
二人が本気でフォローしようとしているのは分かるため、アクアは複雑な表情を浮かべながらそれを受け入れるしかなかった。
「お、おにいちゃん美人過ぎない!?おねえちゃんって呼んだ方がいい!?」
「ルビーお前もか」
「いや、これは仕方がなくない!?でもほんとキレー」
改めてルビーはアクアを見る。
服装が身体のラインが出づらい格好のため、スタイルなどは評価しづらいが、それでもその高身長と誰もが綺麗と評する顔立ち、そしてその持っている雰囲気が孤高の麗人といった印象を与えていた。
はわーとルビーがアクアの美人さに見惚れている間に、先程までルビーと一緒に撮影していたゆらも思わずといった様子で笑みを浮かべながらアクアに声をかけた。
「いいじゃんアクア君。凄く似合ってるよ?」
「俺がしたいわけじゃない。当時のヒカルさんの思い付きのせいだろ」
「お父さんに押し付けるのはどうかと思う……ってそういえばミキさんも本当に女装してたんだったね。確かに似合いそう……もしかして大輝くんもやってもらったら案外似合うかも?ちょっとお願いしてみよっかな」
大輝にとっては少し不穏だろう一言だが、残念ながら彼は今日この場にいない。
サシで飲みなどした日には、無茶振りしながら絡まれてしまうかもしれないが、アクアからすればそれは関係のない話なので押し付けることにする。
後日『弟よ、兄を売ったな?』と大輝からの連絡が来るのだが、それはまた別の話だ。
そんな雑談もそこそこに、アクア達の撮影は始まった。
意図してアクアでもヒカルでもない何処か神秘的な気配を漂わせた女性を演じるアクア。
大人な女性に見せる佇まいを見て、ルビーは分かっているはずなのにアクアと認識できず、素で首を傾げた。
その様はアクア達は知らないが、アイがヒカルの女装を見て首を傾げた仕草にそっくりなものとなっている。
「面と向かって会うのは久しぶりだね、アイ」
「あーなるほどねぇ。ふふっそうだねヒカル」
ハスキーな声でアイに話しかけるヒカル。
思わず吹き出しそうになるも笑顔で迎えるアイ。
当時の流れを再現した二人はそのまま自然と会話を弾ませていく。
「それは良かった。きっとルビーは君に似て可愛いんだろうね」
「……そっそうかな。そうだよね、遺伝子って本当凄いんだから」
(((なるほど、あのタラシは血筋か)))
監督スタッフ共演者、その全てがヒカルの台詞を聞いてアクアの普段の姿を思い出す。
ルビーも演じるアイの感情、ルビーとしての感情、その双方で嬉し過ぎて顔が僅かに赤くなっていた。
ただ、なんとか演技を制御して表情に嬉しさだけでなく寂しさを混ぜる。
それからも二人は離れていた時を感じさせない楽しそうな会話を繰り広げるが、楽しい時間とはすぐに終わりを迎える。
「そろそろ時間だ。君と久しぶりに話せて楽しかったよ」
「うん……そうだね、私も楽しかったかな。それにしても本当にあの子達に会わなくていいの?本当見るだけで元気もらえるしめちゃくちゃ可愛いんだよ?アクアとは共演すれば会えるだろうけどルビーは」
「そうだね、彼女がアイドルになるとしたら10年後くらいだろう。その頃には僕も俳優は辞めている予定だから会えないかな」
この当時はアイもヒカルも親である事を名乗るつもりはなく、ヒカルが何故これからという時に役者を辞めて今の道に進んだのかもさらりと流れで公表する。
少しでも二人への風当たりが悪くならないようにと真実の中でも特に都合の良い部分は外さない。
だがそんな二人の再会も何時迄もは続かない。別れの時間が訪れる。
「じゃあ、またね。君が助かって僕も嬉しかったよ」
「そう……なんだ。うん、私も来てくれて嬉しかった」
ドラマチックな展開はなかった。それをアクア達は本人達から聞いている。
だからアクア達は事実は捻じ曲げず、二人の本心を聞いた通りに、ただ彼ら本人より分かりやすく演じる。
久しぶりに会えた相手への愛情を垣間見せ、思い合うが故に交わることはない。そんな複雑な関係が本人達に伝わるよう、祈りながら。
アクアとルビーの撮影も終わり、いよいよ『15年の嘘』最後のシーンが始まる。
とはいえこのシーンは短い。何故ならアイが一人でスマホを使って昔のブログを確認していくだけだからだ。
このブログの中身は公開されない。
あくまでルビーが演じるアイの反応だけを見て、視聴者には内容を想像してもらう。
アクア達はルビーにお願いされてカメラの後ろで見てて欲しいとお願いをしており、アクア達は揃ってそちらで待機して黙って彼女の演技を見ていた。
いつかかなが似たような事を言っていたなとアクアが少し懐かしい気分になっている中、ルビーの演技は始まる。
「本当分かっちゃえば世界ってこんなに愛に満ちてたんだな〜って。私は何にも分かってなかった」
「……ブログ見ようかな」
先程まで明るかった気分からの落差というか一人でいることに孤独を感じるようになったアイの複雑な心境を、ルビーは忠実に再現する。
ルビーだって身に覚えはある。彼女の場合は前世で両親が少しずつ来なくなるという感覚、あれがこの喪失感に近いだろうとルビーは自身の感情を利用して演出する。
「……怖い……怖いけど見なきゃ」
それからアイはゆっくりと確実にブログの中身を確認していく。
少しずつ手が早くなるのは、読み手の気分の変化をうまく表現していた。ルビーの工夫の賜物である。
彼女が最後に見せるアイ、それがこの作品の評価を決めると言っても過言ではない。
だからこそ彼女は今の自分ができる最高の演技をカメラに見せていく。
「……そんなの記事を書いた時から気持ちは決まっているのに」
幸せそうな表情を浮かべるアイの表情。
ルビーは自分の大切な今世の家族達を思い浮かべ、自然と変わった表情は、ルビーの整った顔立ちを見慣れたアクア達すらも見入ってしまう魔力があった。
ルビーの笑みは、ブログに書かれていたメンバーの言葉とそれに対するアイの返事、そして彼女達の明るい未来を想像させるには十分過ぎるもので、スタッフ達すらも虜にする。
「…………ルビーさんオールアップです!」
最初に立ち直った五反田からの指示をスタッフが伝え、これで長かった『15年の嘘』の撮影も全て終了だ。
ルビーはアイの演技から普段の彼女へと意識を切り替える。
これがスムーズにできるようになっただけでも、彼女はこの映画で大きな成長をしたことが伝わってくる。
「やるじゃないルビー。最後のシーンは特に感情が指先まで乗ってるいい演技だったわよ」
「スマホを触るくらいしかできない中で、見る側に感情を伝えられてるのは凄いよね。私も負けてられないかな」
「ルビーが見せたいアイの魅力がよく出ていて、生まれながらのファンらしい魅せ方だった。凄く良かった」
「ほんに良かったな。ベッドの上にいて儚さを残したままやのに心が元気になった感じ出せてるのが上手い思うたよ」
仲間達から送られる賞賛にルビーも表情を緩める。
家族とまで評している彼女達に褒められるのは、ルビーにとって最上に近い喜びだ。
そんなルビーにアクアが近付いて声を掛けた。
「神様の演技をした時から才能あると思ってたが、本当に成長したな」
ルビーの頭に手を置いて優しく撫でる。
彼女はアクアからされる接触は大体なんでも好きだが、とりわけ頭を撫でられるのが好きだった。
嬉しそうに目を細めて大人しくされるがままになりながらも、ルビーはアクアの言葉に返事とお礼を言う。
「ありがと〜!皆やおにいちゃんがずっと一緒に練習してくれたおかげだよ」
「それもあるだろうが、やっぱりルビーの努力が結果を出したんだ。よく頑張ったな」
「っ〜!!」
「本当によく頑張った。あとは俺とカントクに任せろ」
許容範囲を超えたとばかりにヒシッとアクアに抱きつくルビー。
そんな彼女を抱き止め、この作品の立役者であるルビーに改めて賞賛を送り、あとはこっちでなんとかすると伝える。
これからB小町Rは『28時間テレビ』とドームライブの二つで個人の持つ仕事も合わせるとかなり忙しくなる。
ここからはアクアと五反田が最高の素材を最高の作品にするように立ち回るだけだ。