継承
都内にある立派な一軒家。
この都会でこれだけの新築を建てているのは、この家の主が成功者の証と言っていいだろう。
その中では、一人の少女がニコニコと可愛らしい笑顔を見せながらソファーに座って足をプラプラさせ、誰が見ても嬉しいとわかる様子を見せていた。
「パパ!そろそろ始まるよ!!」
その少女愛瑠は、身内の多くが出演するテレビ番組『28時間テレビ』を見るためにあらゆる準備を済ませている。
既に夕飯を取り、歯磨きも風呂も済ませ、いつ寝てしまってもいい状態の娘に呼ばれた壱護は、このために早く帰らされたと言っても過言ではない。
今日は一日ミヤコに替わって面倒を見ながらの仕事だったが、子供のパワフルさに振り回されっぱなしだった。
壱護は、愛娘の言葉に少し呆れた様子を見せながらも返事をする。
「まだ30分前だぞ……はいはい、テレビ付けたらいいんだろ?でも、どうせ28時間もずっと見られるわけじゃねぇんだけどな」
『28時間テレビ』これから彼らが見る番組は、そのタイトルの通り、いくつかの番組を繋げ合わせて28時間連続で一つの企画を放送するといったもの。
まだまだ幼い愛瑠が、この長丁場を耐えきれるはずがないと壱護は考えており、少し雑な感じで答えた。
ただ、そんな父の返事に彼女は不満を漏らす。
「全部起きてみるもん!にい達がずっと起きてるんだから私も起きる!」
「元気だけは一丁前だな。まじで誰に似たんだ?……いやミヤコだろうなぁ」
アクア達がこの番組のメインパーソナリティーと知っている彼女は、自分の家族達を応援するのだと普段とは一味違う気合の入り方をしていた。
そんな彼女を見て、壱護は苦笑する。
今は落ち着いた大人な女性へと成長したミヤコだが、昔イケイケだったのは壱護もよく知っているところだ。
この先の成長に少しの不安を滲ませつつも、娘が可愛いのは変わらない。
壱護も大人しく彼女の指示の通りにテレビをつけてソファーに腰掛ける。
少しだけ愛瑠が自分の膝の上に乗ってこないかなんて期待もしていたが、残念ながらそれはアクアにしかやらないらしい。
彼は父親としてどこか負けたような気分を味わいながらも愛瑠に話しかける。
「全部起きてるのは分かった。ただ特に見たいとこは何処だ?」
「語り合う女たち!ねえ達がにいの事話すんだって!楽しみ!!」
「いや、深夜帯じゃねぇか。……最悪録画もあるから後で見せたら大丈夫か」
殆ど確実に寝ると考えている壱護は内心で寝てしまったと気付いた後の彼女をどう慰めるか今から頭を動かして計画を練る。
そんな壱護の傍、愛瑠を挟んで反対にいる少女がボソリと呟く。
「……なんで私もここに?ホント最近はわからないことだらけだよ」
彼女は愛瑠におねだりされて負けた結果やってきているツクヨミだ。
ソファーに座って大人しく愛瑠に手を繋がれている彼女は、どうしてこうなったと自分の意志で動いたはずなのに不思議そうな顔をしている。
壱護から見ても彼女は謎に満ちており、雇っている身でありながら不明点が多過ぎる存在だ。
ただ彼女の持つポテンシャルの高さとアクアからの推薦という事で怪しいところは無視して雇っていた。
「俺はなんでお前が愛瑠にだけはちゃんと連絡先教えてんだ?ってほうが聞きてぇよ」
「ふふっ流石に子供に聞かれたら無下にもできないよ」
ツクヨミは愛瑠以外連絡先を知らない。推薦してきたアクアすら知らないのだから筋金入りだ。
にもかかわらず愛瑠に買い与えられているスマホには、彼女の連絡先がバッチリと登録されている。
どうも愛瑠に弱いらしいというのは、それなりに付き合っていると分かってくるが、その理由はまったくの不明だった。
「いや、おめぇも子供だろ……アクア達がかなり早めの厨二病とか言っていたが、マジなんだな」
「星野アクアは相変わらず本当に敬いのかけらもないね。ある程度は私の正体に気付いているというのに」
「こういうところが厨二病って判断されてんだろうな」
アクアが普段からツクヨミの事をどう伝えているのかがすぐに分かる内容に青筋を立てて怒りを露わにするツクヨミを見て、壱護は煽り耐性皆無と言われるだけはあるなと内心で思う。
微笑ましい物を見るような視線を壱護がツクヨミに送っていると、愛瑠がそんな彼女を庇うようにバッと手を広げて彼女を隠す。
「パパ!つくちゃん虐めないで!つくちゃんはただにいとねえの事が好き好き大好きなだけだもん!!」
「ぶっ!?そ、そうか。妙にアクアのことを悪くいうことが多いとは思っていたがツンデレって奴か?やっぱお前アイドルいけるぞ」
「違うよ。愛瑠も何を勘違いしてるのかな?どこで誤解をしたのかよく教えてくれないかい?そしてアイドルはやらないよ、前も言っただろう?」
「えーつくちゃんやろ?そうだ!愛瑠がおっきくなったら一緒にやろー?」
精神年齢は壱護から見ても離れていそうな二人だが、これで相性がいい。純真な愛瑠に対して、大人びたツクヨミという組み合わせが噛みあっているのだろう。
側から見ると二人の会話は随分とお互い楽しそうに見える。
だからこそ友人は難しくとも良い付き合いが出来ていければいいなと、以前ミヤコが考えていたのと似たような事を壱護は思うのだった。
特に誰の興味も引くことなく流れている前番組。
それがちょうどCMに入るタイミングで、新しい人物が壱護達の傍へとやってきた。
「あー片付け終わった~ニノもきゅんぱんも手伝ってくれてありがと~」
「ホント手際よくなったね。皿洗いとかも早いし。昔は高峯が言ってた話じゃないけど、アイ一人じゃ出来ない事沢山あったのに」
「こう見えてママだからね~可愛すぎて分かんないかもだけど!」
「自信家かわいいな~。でも確かにいい腕だったし、前はアイに教わるのはないなぁと思ってたけどこれなら教われそうだね」
「あ~きゅんぱん酷いよ!!」
ワイワイと喧しさのある声を聞いて壱護はそちらに視線を向ける。そちらでは、元B小町のメンバー三人が楽し気に話をしていた。
元々この部屋の隅では、きゅんぱんの娘がベビーベッドですやすやと気持ちよさそうに眠りについており、まだ起きる気配もないためきゅんぱんも気楽そうである。
全くのアポなしで来たとはいえ、追い返すのも難しい上に夕飯を作ってくれた相手という事で中々言えていなかったが、壱護は彼女達が来てからずっと気になっていた事を質問した。
「というかなんでお前らもこの家に来たんだよ。星野家の方が広いだろ。今日はスカスカだろうし泊まりもウチより楽じゃないか?」
アイが二人を連れてやってきた時は、『28時間テレビ』を皆で一緒に見るために泊まり!と言っていたが、泊まりで遊びに来たというだけであれば、もっと適した場所がある。
それなのにわざわざここに来た彼女達に、壱護が疑問を向けるのは当然だった。
ただそんな彼の言葉にアイがいつも通りの飄々とした様子で返す。
「いや~だって私もアクア達が番組でいなくて寂しいからさ~。それにきゅんぱんのとこもぴえヨンがコラボで外泊してるらしいし、皆で集まろーって話になって、折角なら賑やかになりそうなここが一番かなって。壱護さんも若い女の子に囲まれて嬉しいでしょ!」
すっかり皆でいる事が当たり前になったアイ。昔は一人でいる時も平然を取り繕っていた彼女は、すっかり一人が寂しくなっていた。
最初はニノときゅんぱんに声を掛け、どうせきゅんぱんの娘もいるなら子供がいる斉藤家がいいよねとなってこの場所に決まった経緯がある。
ちなみにアイは明日仕事がない。『28時間テレビ』という身内だらけの番組を満喫するため、そしてその後すぐに予定されているライブにも参加するため、アイは今日明日どころか8月の残り全てで休みを取っていた。
タレントパワーがある彼女からすればこのくらい容易い。
「うるせぇぞクソタレント。大体俺はお前らみたいな問題しか持ち込まない上に喧しい奴らは守備範囲外だ守備範囲外。ミヤコで間に合ってんだよ」
「ひゅーひゅー純愛だ~一途だね!というか私って一応壱護さんの娘みたいなものなんだし、たまにはいーじゃん帰省って奴だよね!」
「いや正月だけじゃなくてゴールデンウィークにも来てただろ……はぁ。今日は良いけど明日はアクア達も帰ってくるし、ぴえヨンも戻ってくるだろ。ちゃんと時間見て帰れよ」
「はーい」
家に入れた時点で許可しているようなものなのだが、アイの押しに負けたと言った素振りを見せる壱護。
結局娘のように思っていた彼女に、子煩悩なところがある壱護が逆らえるはずもなかった。
そんな二人のやり取りを付き合いの長い元B小町メンバーは微笑ましい物を見るように見守る。
会話が途切れたところでニノは一か所先程のやり取りで気になるポイントがあったため、壱護に訊ねた。
「あれ?そういえば社長、私は?」
「お前は独り身だろ、好きな時に帰れ」
「酷くない?」
あっさりと言われ絶句するニノ。それを見てアイときゅんぱんが視線を合わせてから笑顔を浮かべる。
実に平和なやりとりだった。
あと少しで放送開始というタイミングで、アイは初対面であるはずなのに、既視感を感じていた少女に声を掛ける。
それまでは愛瑠と二人で会話をしていたため、中々話しかけるタイミングがなかったのだ。
「君が愛瑠ちゃんの友達のツクヨミちゃん……だよね?」
「そうだけど、それがどうかしたかな」
「私の事覚えてない?」
アイにはその既視感の正体がわかっていた。
自分が命を落とすかもしれないという状況で見た不思議な部屋の夢。
『アイドル』のMVを作った時、参考にした謎の部屋。そこの主らしい人物だった謎の人物の名前もツクヨミだった。
二人は関係がある可能性が高いのでは?という疑いを持ったまま、あえてカマを掛けるように話しかけたのだ。
「さぁね。少なくとも私は君と直接会うのは初めてだと思うよ。そもそもいつの話かな?」
「うーん、そっか!なんだか同じ名前の人と夢で会ったことあったから聞いちゃったんだよね~。でもよく考えたらあの時ツクヨミちゃんは生まれてないからそんな訳ないか」
ただツクヨミはそんな意図などお見通しだと言いたげに軽くいなした。彼女からすればそれが真実だったとしてもこんなところで聞かれて馬鹿正直に答えるつもりはない。
対してアイは、アクアとルビーという実例を知っているのもあって、多少非現実的な事ならあるだろうと思っている。
ツクヨミが不思議な力を使って自分と会ったのかもしれないという発想をしていたが、生まれていないならば難しいかと考え直す。
本当のところは、ツクヨミが何かを誤魔化しているのは理解していたが、偶然ツクヨミの名前を同じく名乗ったという事で一度自分を納得させて、諦めて友人二人との会話に戻ることにした。
二人だけで話していたニノときゅんぱんの会話に再度交ざる。
「えへへ~勘違いだったみたい!アクア達がどんな感じか楽しみだな~」
「急に話に戻ってきたわね。アクア君はドラマの方も出るんだよね。アクあかコンビ復活って事前の告知だけでSNS大盛況だったし期待度高そう」
「アクあかコンビがカップリングのコンビって『東京ブレイド』以来かぁ。どんな展開になるか楽しみね」
「B小町Rって皆演技が上手だけど、特にあかねちゃんとかなちゃんは一歩先を行ってるから見ごたえあるわ」
彼女達の一番の期待は、開始して数時間で始まるドキュメンタリードラマのようだ。
普段から泣けるタイプのエピソードが多く採用されており、アクアとあかねの演技力ならば最高に泣ける作品になるのでは?と期待するのも無理はない。
自分に話しかけていたはずなのに、あっさりと興味を失ったようになったアイに呆れる事もなく、ツクヨミは自分達の座るソファーの前で、床に柔らかいクッションを置いて座り、楽しそうに話し合うアイ達を見て、少し目を細める。
それは見るはずがなかったものを見られたからこそ浮かんだものなのかもしれなかった。
「つくちゃん優しい顔!やっぱキレーだね~美人さん!」
「ふふっそうかな。褒めてくれるのは嬉しいけど、流れるように褒めるのは、どこかの女誑しを彷彿とさせるから気を付けた方がいい」
愛瑠はそんなツクヨミを見て、楽しそうにニコリと笑う。ツクヨミもそんな彼女に微笑み返しながら、楽しそうに会話を再開した。
斉藤家がワイワイと楽しい会話に包まれている中、予定の時間が訪れる。
CMが明けると同時に『28HOUR TELEVISION』というロゴと共に背後の地球が映し出される。
毎年定番となっている光景から、ナレーションが始まった。
『今年の28時間テレビは一味違う。今芸能界を席巻している若手たちを、経験豊富なベテランが支えながらお送りする。今年のテーマは世界を愛で照らす星。若い世代で活躍する彼らが、あらゆる若者たちに夢と希望を届けるためにこの場に集いました』
開幕のナレーションは何度か『28時間テレビ』に参加した経験があるアナウンサーによるものだ。
ベテランアナウンサーだけあって、言葉だけでしっかりと感情を乗せている。
「ほら、始まったよ」
「「やたー!!楽しみだな~楽しみだな~」」
ツクヨミは隣で彼女に話し続ける愛瑠に、番組の開始を告げる。
ただその声は二重に聞こえ、ツクヨミはもう一人の声の主の方へと視線を向ける。
「星野アイ、君ホントに33歳かい?愛瑠と同じ反応をしているけど」
「ツクヨミちゃん酷くない?」
「いや、今のは言われてもしょうがないよ、アイ」
ナレーションが終わると会場である武道館が表示される。
組まれたステージの上ではルビーを中心にして彼女含め五人の少女達がポーズをとっていた。
そしてイントロが流れ始める。その音に真っ先に反応したのはやはりというべきか元々この曲を歌っていた元B小町メンバーの三人だ。
「これ、『推しに願いを』ね。確かに元気が出るような曲だけど、まさかこの番組で歌われる日が来るなんて」
「ルビーちゃんイチオシの曲だね〜私たちの時代は正直そんなに人気ある曲じゃなかったけど、今ではトップクラスに耳にするし出世したなぁ」
「アクアが言ってたけど、今はカラオケの人気ランキング上位なんだって!やっぱ推しが推すのって効果あるのかな」
B小町の持ち曲だったこの曲だが、本格的に人気が爆発したのはB小町Rに継承されてからだ。
『サインはB』や『STAR☆T☆RAIN』のように元から有名だった曲と並ぶくらいにまで知名度を上げている。
これはやはりルビーの熱心な推し曲活動のおかげだろう。
「『フレフレ人類 フレフレ地球!セカイに届けこのメロディー 推しへの願いが未来を変える!』」
画面から流れる五人の歌声に合わせるように愛瑠も楽しそうに歌っている。
何度も行ったB小町Rのライブですっかり気に入ったようで歌詞もバッチリ覚えていた。
「すっかり愛瑠も覚えちまったな。ノリノリだぞ、見ろよこれ」
「ルビーの推し活はパワフルだからね。影響されるのも無理はないよ」
「なんだか今のお前、後方母親面してるファンみたいだな」
ツクヨミの何処か少し自慢げにも聞こえる言葉に、壱護は推し活しているオタクの姿を幻視する。あまりにも彼女の容姿からは想像し難いはずのそれだが、外見だけならば神秘的とすら言えるアクアとルビーもアイの前では濃度の高いオタクになるのだから人は見た目によらない。
そんな壱護の反応に対して、ツクヨミは特に否定も反発もしない不思議な態度を取るのだった。
五人が曲の一番を歌い終えたところで一人会場へとやってくる。
金色の髪がよく似合う整った顔立ちは、多くの視線を釘付けにする。
今もっとも注目されている俳優の登場にアイは黄色い声を上げた。
「アクア〜!かっこよぉ〜!!流石私の息子!!!」
「親バカ……とも言えないよねあのカッコよさだと。アイとカミキさんの息子なだけはある」
まだ狂っていない頃にリョースケと自分とヒカルで一緒にカラオケをしたりした思い出。
もうあの頃が戻ることはないけれど、ニノは昔のヒカルを思い出して少し懐かしい気分になる。
「にいかっこいいなぁ。愛瑠もお嫁さんにしてくれないかなぁ」
「愛瑠、絶対にやめといたほうがいいよ。アレは神も黙らせる女誑しだ。女として関わると不幸になる」
「えー、でもねえ達みんな楽しそうだよ?つくちゃんも一緒にどうかな?」
「……アレはあの子達が特別なんだ。そうだね、運命で拘束されているとでも言ったほうがいいかな。そして私も当然却下」
いない時に妹分に酷いことを吹き込まれているアクアだが、本人はそんなことは当然知らない。
生放送の中、B小町Rに交じって歌い慣れた様子で『推しに願いを』を披露する。
『頑張れ頑張れ大丈夫!キミは絶対大丈夫!らしく輝くキミが見たいよ 私の推しは最高だから!』
「きゅんぱんがビシバシ教えてくれた甲斐あってアクアやっぱり歌上手だね。『鷹研ぎ』の曲でも思ってたけどやっぱなんでもできちゃうねアクアは」
「最初からそれなりに歌えてたからね。昔からB小町の曲歌ってきたからそれも大きいんじゃない?」
二番からB小町Rに交じって歌うアクア。
冷静そうな顔をしながらもノリノリで歌うアクアは、お茶の間だけでなく、SNSも沸かせている。
それから最後にはメインパーソナリティーの六人だけでなく、今回フォローを任されているベテラン達も集合し、過去に見ない人数で熱唱された『推しに願いを』は多くの人たちに笑顔と勇気を届ける。
こうして『28時間テレビ』はいいスタートを切ったのだった。