10月のとある休日。
アクアは駅前でとある人物を待っていた。
ウィッグを使い、黒髪に変えているおかげで、その場にいるのがアクアだとは周囲にバレていないようだが、その整った容姿とスタイルは周囲の視線を引き付ける。
そんな彼を見てこそこそとした話し声がするものの、アクアは気に留めずに大人しくする。
遅れると連絡を受けているため、慌てる事なくその時を待っていた。
「はぁ……はぁ……ごめんなぁ、アクアさん。遅れるつもりや……なかったんやけど」
そんな彼の下に人の群れと共に慌てた様子のみなみが現れて開口一番に謝罪をした。
しっかりアイドルとして身体を鍛えている彼女が、息を切らしているところからも彼女の心理状態が伝わってくる。
アクアはやってきた彼女の姿に視線を向ける。
変装用のサングラス込みで、自分に合うように調整されたその服装は、このデートに対するみなみの気合の入り方を表していた。
薄い桃色のワンピースは彼女の容姿に噛みあって、いつも以上にかわいらしさを引き出している。
少々自己主張が強い部分もあるが、それもまた彼女の持つ固有の魅力と言えるだろう。
「気にするな。今来たとこだ」
申し訳なさそうな表情を浮かべるみなみへ、アクアは気にしなくていいと言いたげに軽く答える。
事実アクアは全く気にしていなかった。
「いや、それは嘘やろ!?だってアクアさんってうちより20分はよ家から出てたやん!?」
そんなアクアの返事に対して、みなみは思わずツッコミの声を上げる。
アクアとみなみは同じ家に住んでいるため、みなみは彼が家を出た時間など把握している。
そのため、当然アクアが来てからしばらく経っているということは理解していた。
「元々20分早く目的地に着くよう出るって決めたのは俺だしな。デートの定番と言ったらこれだろ?」
「それはかなり偏見入っとらん!?なんというか漫画とかやとようあるけど、普通デートでこの会話ってほんまにあるんかな?」
「さあな。職業柄創作の世界が基準になりがちなの、俳優業の弊害だよな」
「アクアさんだけやと思うよ!?……あれ?なんでうち謝っとる最中やったはずなのにツッコミをしとるんやろ……」
あれ?と首を傾げるみなみにアクアは柔らかい笑みを浮かべる。
勿論アクアは本気でデートの定番がこれだと思っているわけではない。
単純にみなみの盛り下がってしまっている気分を紛らわすのにちょうどいいかと考えて口にしただけだった。
「俺が言いたいのは、みなみを揶揄うくらいに気にしてないってことだ」
「でも、そもそもうちが学生らしい普通のデートみたいにしたいって言うたからやし」
「それも気にしなくていい。待ち合わせも醍醐味だろって言ったのは俺だぞ。それに交通機関のトラブルなんだからみなみに責任はないだろ」
二人が別々にやってきたのは、寝坊などが原因なわけではなく、みなみの要望によるものだった。
二人ともこの日曜日まとまった休みになっているということもあって、久しぶりにデートをしようと提案したアクア。
アクアの提案を聞いて、なんとなくそのデートの締めを察したみなみは、それなら俗にいう学生らしい普通のデートをしようと提案したのだ。
それを聞いたアクアは了承し、『折角なら待ち合わせからしたほうがいいんじゃないか。それもデートの醍醐味の一つだろ』と言った結果、今回のような少し変わった形になったというわけである。
「まぁ俺も本読んでたから待ってるって感じでもなかったから本当に気にしなくていい。折角のデートの時間をあまり割くのも勿体ないし、とりあえず行くか」
「……ありがとうなアクアさん。今日はよろしゅうね」
このアクアの言葉にようやく吹っ切れたみなみは、アクアがすっと差し出した手を取って笑みを浮かべる。
こうして久しぶりに二人きりのデートがスタートした。
手を繋いだ二人は、アクアの立てたプランに合わせて、ショッピングモールを歩いて回る。
特別何かを買うわけではない。だが二人でいるという事自体が楽しいからか、二人とも会話は弾んでいた。
そんな中、みなみはふとこれまでも思っていた事を口に出す。
「にしても相変わらずデートの時は視線の集まり方凄いなぁ。もしかしてバレとるんやろかって思う事あるわ」
声こそ掛けられてはいないものの、道行く他の人と比較すると明らかに多い視線が二人には向けられている。
普段から見られる事が仕事なため、その事自体は気にしていないみなみだが、いつバレないかと少しヒヤヒヤする気持ちもあった。
「みなみがお洒落な服を持て余さずに着こなしているからだろうな。今日の服もサングラスの存在感に負けないように選んでいていいと思う」
「あ、相変わらずアクアさんの口上手いんやもんなぁ。勝てる気せんもん」
そんなみなみの不安に対して、アクアは彼女の容姿が優れているからだと褒める言葉を口にする。
五股ルートに突き進むと決めた時に決意したアクアは、彼女達の容姿や細かな努力についても積極的に褒めるようにしていた。
釣った魚に餌をやることを忘れないようにしようとするその姿は、まさにスケコマシ三太夫と呼ぶに相応しいものになりつつある。
それとアクアも口には出さないが、みなみのスタイルは芸能界でもトップクラスだ。
サングラスをしている程度の軽い変装では、顔と関係のないその辺りは隠せないため、どうしても男の視線を集めてしまうというわけである。
「でもやっぱりアクアさんがかっこええのはあると思うんよね。ほら、女の子達も視線向けとるよ?」
変装をしていてもアクアの容姿が優れているのは変わらない。それは駅前で一人で待っているときにこそこそと話されていた事からも分かることである。
結局二人に視線が集まっているのは、どちらか一方というわけでなく二人ともの責任という事だ。
もしこの会話をしっかりと聞いている人がいれば、アクア達の容姿の褒め合いという名の惚気じみた会話に当てられていた事だろう。
本人達に自覚はなくとも、熱々の学生カップルらしく二人は振る舞えていた。
ショッピングモール散策を楽しんでいた二人だが、時間もちょうどいいという事で、昼食を取ることになった。
施設内のレストランの一つに入って注文をしてから会話を再開する。
話題は周囲を見ながらにはなるが、仕事関連のことだ。
「みなみの主演ドラマ評判いいよな。昨日もトレンドに上がってたぞ」
「せやね、現場でもよう褒められてるんよ。うちも最初はアクション系はできるか不安やったんやけど、そこはアイドルやってたおかげで意外とすんなりこなせたんよね」
「B小町RはB小町の系譜に沿ってダンスに力を入れてるから結構影響はあるかもな」
みなみが今主演を務めているドラマ『忍びの掟は守られない』の主役はクノイチを名乗ってはいるが、誘惑が下手なクール系のキャラクター性だ。
ハニートラップが下手すぎて、忍びの里から追放されたなんてエピソードから物語が始まるくらいには。
だが無自覚なふとした時には色気がしっかりあるという難しい役柄だ。
だが、みなみはその辺りを上手くコントロールしており、普段のみなみとは全く違うクールなキャラクター性と肝心なことは失敗するポンコツな残念感を人を惹きつけてやまないとSNSで話題になっている。
ドラマの話題でみなみを褒めていたアクアに、みなみは近々始まる予定の別の仕事についても話題を振る。
「ドラマも勿論自信あるんやけど、うちとしては来月からの映画撮影も楽しみにしとるんよね」
みなみの口にした映画はアクアとみなみが主演で、最終的に二人が結ばれる恋愛ものだ。
原作のあるもので、みなみも好きな作品ということで、余計に気合が入っている。
「そういえば、みなみがちゃんと恋愛をするシーンがあるのって初めてじゃないか?『忍びの掟』でもないみたいだし」
「あー、というかうちらB小町Rって基本恋愛する役は避けられとるみたいやからな」
「……?いや、そんなこと……あるな」
アクアの脳裏には先日の『28時間』、『鷹研ぎ』、『15年の嘘』とキスシーンまであるドラマをいくつか思い出し、それを否定しようとしたが、そこで口が止まった。
キスシーンがない恋愛ものを含めてもこれまで相手がアクア以外で恋愛関係の撮影があったものが、かなの出演していた『今日あま』くらいしかないことに気が付いたのだ。
「まさかオファーを断ってるのか?」
「というより来ないんよね〜軽い恋愛要素みたいなんはあるみたいなんやけど。やっぱりイメージの問題やと思うよ」
アクアの問い掛けに対してみなみは軽い調子で答える。
あれだけ普段アクアに好き好きオーラを飛ばしているのだからイメージとして純愛、一途という印象があるB小町R。
その想いの強さは全国民が知っているのでは?と思えるほどである。
そんな彼女達を演技とはいえ他の役者とというのは世間の空気的にあまり好意的に見られないのでは?と多くの制作スタッフが考えている。
それが結果的に現在の彼女達のオファーへと繋がっていた。
その懸念は大きく外れたものでもない。
B小町Rファンが寛容と言われているが、正確にはそれは違う。アクアに対してだけ寛容なのだ。
「それは……どうにかして対策を立てた方がいいか?」
「うーん、うちらも今は困ってへんし急がんでもええんやない?」
アクアは女優業メインにしたいメンバーにとって足枷になってないかと少し心配するが、実際のところ恋愛がないドラマなんていくらでもある。
ほとんど困ってもおらず、むしろ彼女達も仕事がしっかりあるのならこの方が都合が良かった。
「それより、アクアさんとかなさんが主演のドラマも来月から撮影開始やろ?アクアさんまた忙しゅうなるな」
アクアの疑念を誤魔化してからみなみは話を逸らすように別の話題を振る。
アクアはここ最近少し仕事が落ち着いていたが、また忙しくなる兆候を見せていた。特にみなみとの映画と同じくらい注目度が高いのは、かながヒロインを演じる作品である。
B小町R二人と短期間に恋愛ものを撮影するということで、ネットではいつも通りアクアが弄られているとか。
「忙しくはなるが、今度は結構スケジュールに口出せるから皆と月に何回かは二人の時間作れるようにしてる。『15年の嘘』の試写会が終わったらあとは割と融通が利く」
「ほ、ほんまに?」
「ああ、俺も流石に今年前半は自分の時間なさ過ぎたしな」
アクアほどの知名度になってくるとスケジュールの調整もかなり合わせてもらえるようになる。
生き急ぐかのように仕事をしてきたアクアだが、今後はプライベートも大切にしたいと考えていた。
みなみとてアイドルや役者である以前に一人の人間であり、恋する乙女である。
恋い慕う相手と過ごせる時間が増えるというのは文句なしに嬉しかった。
それから二人は、昼食が来てからも仕事やプライベートの話をして楽しい食事時を過ごすのだった。
昼食を終えてからもいくつか物を見て回り、いよいよデートも終盤だ。
既に日も暮れており、すっかり暗くなっている。
アクア達はショッピングモールから移動して、有名な夜景のスポットへとやってきていた。
東京という立地の関係か、夜空の星は以前見た宮崎の物と比べると随分と見え方が弱く、空を見上げる分には少し物足りなくなりがちだ。
だが、東京には東京の夜景の良さがあるのである。
「わぁ……こう改めて見ると夜空の星に負けないくらいに街の光って綺麗なんやなぁ」
「ホントにな。人間が決して輝かせようとして作ったわけではないはずなのに、それがまた味のある光景になっている感じがする」
夜に見るものと言えばやはり星空が一番分かりやすいが、人の歩みによって作られた輝きもまた、それ特有の美しさを持っている。
建物や車などが放つ光は、太古の夜にはなかった輝きを見せていた。
「みなみ」
「あっ……」
アクアの声にそちらへ視線を移したみなみの唇に自身の唇を重ね合わせるアクア。
周囲に人がいるという状況だが、幸い今日はそこまで人が多くなく、バカップルがいちゃついている程度にしか思われないだろう。
少ししてからアクアはそっとみなみから離れる。
「ついにキス……してもうたなぁ」
しばらくの間、余韻に浸るようにぼーっとしていたみなみだが、心臓の暴走が落ち着いてから口を開いた。
それは起きた事象についてただ口にしただけだが、これまで長い間待っていただけあって感情が色濃く乗っている。
少ししてからみなみは自分の感情を言葉にして表に出す。
「皆凄い嬉しそうにしとった気持ちよう分かるわ。ありがとうな、うちのワガママ聞いてもろて」
みなみは告白を普通のシチュエーションで選択しただけあって、デートのラストでキスをという定番の展開をリクエストをしていた。
バレンタインであかねから貰った言葉で、アクアは自分からのキスに遠慮はなくなっていたのだが、それ以降二人でしっかりデートをするタイミングがなかったのが遅れてしまった原因だったりする。
家や学校、仕事場と言った場所では会う機会こそ多かった二人だが、デートと言える程に余裕のある二人の時間は取れていなかった。
みなみの言葉にアクアの方が申し訳なさそうに口にする。
「俺こそ遅くなって悪かった。皆と付き合うって選択したのは俺だ。それなのに忙しいから遅くなるのは理由にならないからな」
「全然気にしてへんよ。うちとアクアさんの予定が噛み合い切らなかったのは仕方がないやろし。……なんかデート最初とは逆になってもうたね。これでチャラってことにせん?」
最初はみなみの方がデートに遅れる形で謝ることになり、今度はアクアが一人だけキスが遅くなったことを謝罪する。
言われてみれば対比のようになってるんだなと気付かされ、アクアは苦笑した。
みなみはそれから少し恥ずかしそうにしながら今の気持ちを、アクアにどうして欲しいのかを口にする。
「それにアクアさんがしっかりタイミング見てくれたから、一生モノの思い出になりそうやし。……あのな、アクアさんもし良かったらやけ……っ」
アクアは最後までみなみの言葉を聞かずに、そっと彼女の顎を上げて唇を再度合わせる。
自分の意図を汲んでくれたことに対する嬉しさと恥ずかしさが合わさっているみなみは、ぎゅっと目を閉じながら幸せを堪能する。
またしばらくしてそっと離れてから今度はアクアから口を開いた。
「……これからもよろしく、みなみ」
「うちこそ……不束者ですがよろしくお願いします」
夜空の下で二人は笑い合うと同時に、人知れず流れ星がスッと輝く。
それはまるで二人のことが世界から祝福されているかのようだった。
「「ただいま」」
「「「「「おかえり〜」」」」」
デートが終わり帰ってきた二人を星野家フルメンバーで出迎える。
すぐにみなみはB小町Rメンバーに部屋の隅へと連行され、なんとなく内緒話のような形でデートについて話を聞かれ始めた。
みなみも苦笑しながらも説明しないわけではなく、かいつまんで今日起きたことを話し始める。
(ほんと仲良いな。……俺の無茶も皆が仲良いから成り立ってるわけだし、感謝しないとな)
アクアはそんな彼女達を見て、苦笑いを浮かべながら荷物を置いてからソファーに腰掛ける。
ふぅと息を吐いたアクアに対して一人その場に残っていたアイはニコニコと楽しそうな表情を向けていた。
「母さん?そんな目で見られても俺は詳細を話さないぞ。もし気になるならあっちに聞きにいった方がいい」
いかにも話して欲しそうにアクアを見るアイに、アクアは否を突きつけると彼女は不満そうな顔をしながら、されど揶揄いたいという本心が透けた楽しげな様子で口を開く。
「えー!?アクアのケチ〜。私はヒカルとの馴れ初めとかデートとか話したのに〜」
「……微妙に反論しにくくなる反撃やめろ」
『15年の嘘』を作るにあたってどうしても必要な情報は、アイから確認していたアクア。
デート関連は全てではないにしろ一部は聞いており、あながち言い分も間違っていないのでは?と思ってしまう。
相変わらずアイには手玉に取られるアクアだった。
そのまま話さずにアクアが黙っていると流石に諦めたようで、アイは話題を変える。
「そういえばもうすぐだね、『15年の嘘』の試写会!ルビーの演技楽しみだな〜」
今アイがもっとも気になっている事、それは自分を演じるルビーの演技だ。
一体どんな風にあの頃の自分を表現してくれるのかアイはワクワクしていた。
アイ自身すら分からない気持ちをルビーが探してくれる。それを信じて託している。
「俺から見てもルビーは渾身の演技をしたと思うし期待していい」
「ふふっ楽しみにしてるよ!勿論アクアのヒカルもね」
ニコニコと楽しそうに笑うアイ。
アクアはその期待に応えられるクオリティーになったと信じている。
あとは二人が映画を見てどう結論を出すのか、それはアクアには分からない。
だが、それがアイとヒカルにとって幸せなことになってくれればとアクアは祈るのだった。