11月、ついに『15年の嘘』の関係者向け試写会が開催される。
「本日はお忙しい中、『15年の嘘』関係者向け初号試写会へ来ていただき、まことにありがとうございます」
普段とは違い、公の場ということで畏まった様子を見せる五反田の挨拶。
アクアは付き合いが長く、舞台挨拶などにも一緒に出たことがあるため、そこまで違和感はないが、やはり猫被ってるなと他人事のように感じていた。
そんなアクアの思考をよそに、挨拶は進んでいき、最後に礼をして拍手の中、五反田が舞台から降りる。
彼はアクアの横を通るとき、こっそりと彼に声を掛けた。
「早熟、お前の番だぞ」
「分かってる」
続いてアクアが前に行き、目だけ動かして周囲を見回す。
これがアクアの持ち込み企画である以上、挨拶は避けられない。
アクアが視線を動かすと、この撮影で協力してくれた人たちの顔がずらりと並んでいた。
そんな彼らの前でアクアが言うべきは、スケジュールを空けてくれた感謝であり、協力してくれたお礼だろう。
アクアは一通り定番の堅苦しい挨拶をした後、自分の本当に言いたかった言葉を彼らに告げる。
「『15年の嘘』は俺達家族が一歩前に進むために作られた映画です。かなりスケジュールもきつい中、皆さんが協力してくれたからこそ、予定通りに完成する事ができました。本当にありがとうございます」
この場で嘘は言わない。この場に来ている人のほとんどが知らない話だってある。
それでもこのお礼だけは本当だ。アクアは出来うる限りの感謝を言葉に乗せて伝えた後、拍手に包まれながら席へと戻る。
そして静かになったのに合わせるように『15年の嘘』の上映が始まるのだった。
最初はアイの昔語りから始まる。この物語は既に過去であり、取り返しのつかない事象だと伝えるように。
『『私』の話をしよっか!……どこから話そうかな。そうだなぁ、まずは私がアイドルになった時の話からしちゃおう!』
『施設の生活がいやーになった私は脱走して東京に逃げた』
『後先なんて考えてなかったけどどうにかなると思ってたな~だって私可愛いし!……最悪生きていく方法なんていくらでもあるって軽い感じで思ってたね〜』
皆がよく知る星野アイ。そんな彼女らしい軽い口調は、現代の彼女を今一度思い出させ、これから見せられる映像とのギャップを伝える役割を持つ。
辺りを見回してひっそりと施設から逃げだし、電車に揺られて脱走した彼女が到着した先で壱護に出会う。
『皆愛してるって言ってる内に、嘘が本当になるかもしれん』
メルトが演じる壱護も幼い少女を説得するだけの存在感を出しており、軽い調子だがどれだけアイに可能性を感じているのかが伝わってきた。
ルビーが表情を変えた瞬間、周囲の席から思わず漏れたような声がいくつか聞こえてくる。
アイが期待してアイドルを目指すキッカケになったシーン。掴みとして大切であり、その役割は十分ということだろう。
そんなアイは壱護に連れられて、同じグループに所属することになる三人の少女たちと顔合わせをすることになった。
アイの自己紹介を聞いて、可愛いと好印象の三人。それから初期B小町メンバー四人による会話が行われる。
ファストフード店での何気ない会話。友情の証というべきブログ。
『えっとねケータイで高峯さん、ニノちゃん、私、渡辺さんの四人の頭文字を打ち込むと数字でこうなるから。どうかなって』
『『『いい!決定!』』』
そんな決意は忘れられ、いつの日か彼女を傷つけることになるなんて誰も知らないまま、幼き日の彼女達は語り合うのだった。
『アイは保護者がいない。……何とか保護者を得ないとな』
B小町がまとまる中、壱護はアイの親戚筋に当たって、名目上だけでも引き取ってくれる相手を探していく。
その間、とりあえず三人でB小町が始動することになった。
アイという年下の少女が加入する前に少しでも土壌を整えていこうと三人はレッスンを受けながら少しずつ評価を上げていく。
『いつもニコニコニコニコ、笑顔のニノですっ!』
アイがいない間はニノがB小町を引っ張っていた。
言葉の通り絶やさない笑顔に、あどけなさが生きる丸顔、中学生として整った容姿は地下アイドルとしてのB小町のスタートダッシュ成功に貢献する。
目に見える成果はやりがいになり、彼女達は三人でその思い出を共有する。そんな三人を見て、同じレッスン室にいるはずなのに、アイはどこか壁を感じ始めていた。
壱護が面倒ごとを片付けたところで、アイがいよいよB小町に加入する。
『うおおおおおおおおアイイイイイイイイイ』
ステージで輝く一番星は、その完成された容姿に努力と才能によって得た目を惹くパフォーマンスは、新たなファン層だけでなく、これまでニノ達が獲得してきたファンすらも魅了していく。
これまでのやりがいや、アイが来る前に何とかしようという思いは少しずつ、だが確かに反転して彼女達の関係を蝕んでいく。
そんな彼女達の関係の悪化と比例するように、B小町はどんどん知名度を伸ばしていった。
『わ、私はその、きゅんぱんっていいます!よろしくお願いします』
B小町の人気が加速するにつれて、更なるメンバーが必要だと考えた壱護は新たに募集を掛ける。
元々は違うアイドルグループに所属していたきゅんぱんは、慣れた様子でメンバーに溶け込んでいく。
だが、軋みは解決されることはなく、きゅんぱんも何となく仲悪そうだなぁと思いながら踏み込まないように距離感を保つことを選択した。
それからも人数は増えて人数は七人になっていく。
『――私、もうアイドルやめるね』
メンバーが更に増えても関係が良くなるどころか悪くなり続けるB小町。アイは自分がいるからこうなってしまうのだと考えて、辞めるという選択を提案する。
アイが頑張れば頑張るほど他のメンバーとの差は大きくなり、彼女達が知らないところで努力するアイは、受け入れがたい存在になっていく。
アイは感覚が普通ではない。それはこれまで学校や施設でも軋みを生んできた。
何とか説得を試みる壱護だが、アイの決意が固いと知れば諦めて、最後に物でも買ってやるかと買い物に連れ出す。
そんなアイドル最後の日、アイはその出先でばったりと高峯とめいめいと出会った。
『うちらのこと、自分の添え物くらいにしか思ってないんでしょ?』
『ははっあたしらのことなんか、そもそも眼中にないってことね』
(名前も覚えてない吊り目と丸顔が何か言ったって私には関係ない……関係ないよ、どうせもうアイドルやめるし)
アイの自己防衛は二人の名前を認識できなくし、だが心の奥にある思い出がつーっと一筋彼女に涙を流させる。
ちなみに、このシーンを撮影した時、ルビーは公の場で初の泣き演技だったのだが、かなに散々『ねぇ10秒で泣くのってどうやったらいいの?』と質問攻めにして得た技術は伊達ではなく、あっさりと一回で自然に泣いて見せていた。
『ここまで努力してるやつ、B小町じゃ他にいねえだろ。センター預けるには最適な人選だ。このポジションが欲しけりゃ、お前らもそういう『実力』を見せてみろ』
泣いているアイを見つけた壱護は、大人としてその場にいた二人に注意の言葉をしてから、何故アイがセンターなのかを口にする。
アイがどれだけ頑張ってきたか、どんなことをやっているのかをまだまだ子供な彼女達に伝わるように真剣に。
このパートというよりB小町内部で起きていたイジメについてだが、相当マイルドにしている。
画面内で起きているのはせいぜい口喧嘩であり、友達同士の喧嘩の範疇にギリギリ収めている。だが、実際には私服にハサミを入れたり、衣装にも妨害されたり、直接手は出してないだけでかなりアウトなことも起きていた。
ただ本人達は自分たちのしたことを改めて思い出すだろう。それが何かのきっかけになればな、とアクアは思うのだった。
きっとアイはそれを望むから。
それからアイは壱護に言われ、やめる前にファンレターに手をつける。
これまで手紙は嫌いだからと読まずにいたそれに目を通し、ポツリと一言。
『みんな、私のこと好きすぎだよね』
ファンレターを読んだアイは、心を動かされる。
自分からも推したいし、もっと推されたいと考えたアイはそこから早かった。
引退を撤回し、次のステージをどうするかまとまりのないレポートに書いて壱護の元へ。
『みんなを『推す』って、私はそう決めたんだよ。大人も子供もお年寄りも、幸せな人もそうでない人も、全部。もちろん、B小町のメンバーのことも含めてね』
そんな決意を表明し、アイはアイドルの続投を決定する。
いつか日本中が自分の推しになる日を夢見て。
ここからアイはこれまで以上にアイドルとしての成長を見せることになる。
そしてついに全国ツアーなんていう地下アイドルの枠を超えた活動が行われることになった。
『あっ一番星』
茜色に染まった空に一際輝く星を見つけてアイは嬉しそうに声を出す。
『うーん。さすが宮崎だね。東京じゃ、これは見られないなあ』
初の全国ライブということで自分の野望である『全人類皆が星野愛を推す』を達成するための第一歩。
輝く星に目を輝かせるアイだったが、楽屋にいなかった彼女を心配して探した壱護がやってきて声をかける。
『ほら社長、あの一番星。すごく綺麗じゃない?』
『一番星?』
アイの指差す先にある星、それを見て壱護はあれがどんな星なのか答えた。
肉眼では一つにしか見えないが、実は二つの星が一緒に輝く双子星。
『双子で揃って輝く星かあ……なんかいいよね。それ』
アイは自分が一人で寂しいことがあったのを思い出しながら、もし双子なら心細くないし互いに支え合って生きていけるだろうと夢想する。
『うん、そうだ。私がもし子どもを産むなら、やっぱり双子がいいな。絶対楽しいはず』
アイの恐ろしい発言に大慌てで反発する壱護の言葉を聞き流しながら、アイは言葉を続けていく。
『ここは空気もいいし、自然も綺麗だし……。ねえ社長、私、子供産むならそういう場所で産みたいな』
『人の話聞いてる!?『産みたいな』じゃねーよ!勘弁してくれマジで!』
壱護はアイが言い始めた言葉においおいと思いながら呆れたように声を出すが、アイは聞く耳を持たない。
楽しそうに笑いながら『えへへ、それはどうかな』とはぐらかす。
『いつか私にも、素敵な家族ができますように』
神なんてものがいるのならと、代わりに夜空に輝く一番星へ、アイは一つの願いを告げる。
今は相手なんていない。だがいつかできると信じて。
ここまでが第一部。アイドルとして飛躍を始めたアイの姿が描かれる。
第二部はアイとヒカルの恋愛が描かれる。
愛を正しく理解できない二人が、愛を知ろうとしてすれ違う物語。
全国ツアー後に更に勢いに乗ったB小町。壱護は今後もっと大きな仕事が来ると確信して、アイに演技を学ぶことを薦めることから物語は動き出す。
演技を学ぶためにララライにやってきたアイは、自分と同じ欠けた存在と出会うことになる。
『この子はお前が教えてやれ』
『ぼ……僕ですか?』
無垢な中学生。そんな姿を見せるヒカルにアイは表情を変える。
純粋そうな綺麗な男の子を見たからのように見えるそれ、だが実のところアイは同じく欠けたところがあるからこそ、彼の嘘を見抜いていた。
アイと友好を深める中、裏では愛梨と逢瀬を重ねる。
だがその本心はこんなことをしたいわけではないというまだ幼い彼にとっては辛いだろう本心。
それらを描写してからアイは彼に問い掛ける。
『それも嘘?分かるよ、私とおんなじだもん』
自分の演技を初めて見抜かれたヒカルは、動揺しながらも初めて理解者を得られるかもしれないと思い、自分のこれまでを話していく。
それからヒカルの話を聞いたアイは、愛理のところへ向かい、事実関係を確認する。
愛梨はそれを認めた上で、アイからの糾弾を聞き、口を開いた。
『私はちゃんとヒカルを愛して優しくしてた……私の時より100倍マシじゃない……』
自分もそう言ったことをされてきた。なのにどうして自分だけ救われなかったのか。様々な感情を込めたフリルの演技は、この場にいる人達に愛梨を悪と断じきれない印象を与えた。
アイの行動にヒカルの心は動く。
誰かに愛されたいと思っているからこそ、求められることに従ってきたヒカルは、愛梨ではなくアイを選ぶことを決めた。
『アイ、僕と……付き合ってほしい』
ヒカルは覚悟を決めて、そのままアイに近づき、口付けをする。
自分なりに愛を込めて。
それからアイは愛を今まで以上に知りたいと思い始めていた。ヒカルのことを愛していると言いたいから。
そんな彼女のアイドルとして活躍する様子が描写され、ゆら演じるきゅんぱんとやり取りをする中で、愛を探すシーンが描写される。
アイが進もうとしている中、ヒカルも一歩進めるようになるため、一つの行動に出る。
『僕は……アイと付き合うことにしました。だからもう、貴方とは会えません』
『そう……貴方はあの子を選ぶの。でも忘れないでね、大輝は貴方の子なのよ。私からは一生逃げられないんだからね』
アイと付き合うことを決め、ヒカルは愛梨にもう会えないことを伝えたのだ。
訣別の言葉を聞いた愛梨は、狂気と執着を強めた表情、だがどこか動揺を見せる羨ましさが滲んだ様子でヒカルのことを見ながら、救われることなんてないと呪詛のように言葉を紡いでいく。
『どうせいつか私の所に戻ってくる。『どうしようもなく空っぽな貴方』が誰かに『本当の意味で愛される事なんてない』んだから』
その言葉は深く、だが確実にヒカルの心に刺さった。
これをきっかけにヒカルはアイに対して依存するような仕草を見せるようになる。
ただこの頃はまだ弱い依存で、アイも気にはしていなかった。
本格的にズレ始めるのは上原夫妻が無理心中をしてからだ。
(命の重みが辛い……助けてよアイ、僕には君しかいないんだ)
まだ中学生の彼にとってはあまりに重い知人の死。
その原因は不要とばかりに描写されていない。
(僕等は同じだった。理解し合えた。アイは僕を受け入れてくれた。愛してくれていた)
もう完全に心が壊れ掛けたヒカルを繋ぎ止めるのは、ただアイの存在のみ。だがヒカルはそれで十分だった。
自分にはアイしかいない、アイにも自分しかいない。
そんな関係であっても、アイさえいれば背負う命の重みに耐えていけると信じていたヒカル。
だが、アイはそれを良しとはしなかった。
『え……どういうこと』
『だからうん。私達もう会わない方が良いかなって』
(ヒカルはこのままだと私に依存しちゃう。)
アイはヒカルが依存ではなく自立してほしいと願った。
だからこそ、分からないなりに愛したい彼と別れる選択をする。
それこそが彼にとって本当に必要なことだと信じて。
『えっとね妊娠した』
『えっ……だってちゃんと……』
アイは端的に自分のみに起きていることを口にする。
避妊というケアは怠っていなかった二人だが、何の因果か神の悪戯か、それともどちらかが企てたのか。
真実こそ分からないが、アイは現在妊娠をしている。
『じゃあ結婚しよう!結婚して一緒に……』
『無理!』
アイはヒカルのことを拒絶し、ヒカルは呆然とさせられる。
それからアイは自分では子供のことなんて背負えないし、君の抱える重みも背負えないからと口を開いていく。
『もうおしまい……私は君を愛せない』
(私は君に幸せになってほしいから。嘘は……愛なんだよ)
拒絶の言葉と並列して、アイの気持ちを描写する。
現実ではなく映画だからこそ、彼女の本心、彼の本心を表に出すことができる。
アイは未練が残らないよう荷物をまとめ終わったところですぐに部屋を出ることを選択した。
『まっ……』
(僕は君さえいてくれたら幸せなんだ)
行ってしまったアイにヒカルは手を伸ばすが、扉がガチャリと閉まる。
たった一枚の扉は、二人の気持ちを隔てる壁のようだった。
すれ違う気持ちは、交わることはなく、あっさりと二人の関係は終わりを告げた。
(……どうするべきなんだろう)
ヒカルと別れを告げたアイだが、お腹にいる子供達をどうするべきか悩んでいた。
本当の意味でヒカルのことだけを考えるならば、産むのは論外だ。それくらいズレたところがあるアイもわかっている。
少し不安を抱えたまま時は経ち、隠せない状態になったところで壱護に相談した。
『……おい、マジで言ってんのか?相手は誰だ!!』
『教えなーい』
『嘘だろマジかよ……。とりあえず都内の病院は論外だ。俺が知ってる病院で一番田舎だけど技術あるとこに行くぞ』
どうするべきか答えが出ないまま、アイは病院にかかることになった。
あの日の話を覚えていたのか偶然か、宮崎の病院に連れてこられたアイ。
動揺しながらもアイのことを考えて行動する壱護に、アイも内心感謝しながら、医者の言葉を待つ。
『検査結果。20週、双子ですね』
『双子……』
以前星に願ったものが叶った形。それは悩んでいたアイに一つの後押しをするものだ。
だがアイは素人で、どうするべきかまだ決断しきれない。
『先生はどうするべきだと思う?先生はどうするべきだと思う?』
『最終的な決定権は君にある。よく考えて決めるんだ』
だが先生も決定権の話しかせず、残念ながら欲しい答えはもらえなかった。
悩みに悩んだまま、アイはふと以前見た星を見たくなって屋上へ行く。
『ファンの意見てのは身勝手だよな。そう思うだろさりなちゃん』
屋上では一人の男が白衣をまとってスマホに向けて話しかけていた。
さりなという少女の名前を聞いて後方から少し動揺したような声が聞こえたが、アクアはそれが誰なのか想像する。
たった一言、この言葉くらいなら大丈夫でしょ!と役名すら与えられていない医者の盛られた台詞。
想像の余地を残すというのが、言い分らしい。
そんな彼のところにアイは、息抜きとしてやってくる。
『あっセンセ』
『星野さん、夜風が体に障りますよ』
『重ね着してるからだいじょぶ!』
医者として心配する彼に、アイは嘘を混ぜながら話すが、どうやら医者はアイがアイドルだと知っていたらしい。
『やっぱ溢れ出るオーラ隠せないね☆こまったこまった』
(自信家可愛い)
ただの一医者ではある、名前すら与えられていない医者の役。それが誰なのか関係者達は知っているが、この映画で名前が呼ばれることはない。
だが、既に彼がアイのファンだというのはかなり描写されている。
先程などアイの妊娠を知って地面に頭を打ちつけていたくらいなのだからかなりの重症だ。
一見いらない描写に見えるこれも、この後のメッセージ性に深みを持たせるために必要なものだった。
『母としての幸せとアイドルとしての幸せ。普通は片方かもしれないけど……どっちもほしい。星野アイは欲張りなんだ』
『和解した……星野アイ、僕が産ませる。安全に元気な子供を』
アイドルを推すために覚悟を決めた男の最後の仕事が、これをきっかけに始まることになる。
それからダイジェストで時が流れながら、アイのお腹は順調に大きくなっていく。
そして出産予定日当日がやってきた。
『センセおつかれさま。でも呼んだらすぐ来てよ?』
『おう、家はすぐ近くだしな……まぁ来れなくとも代わりの先生は来てくれるし』
『やだ、センセが良い』
医者の真摯な態度がアイの態度を軟化させ、短い付き合いだというのに随分と仲良くなったようだった。
医者の方もファンというのを表に出さず、基本医者として彼女に接する誠実なキャラクターとして描かれる。
アイの人生でこれが彼との今生の別れになるのだが、この時の彼らは知ることはない。
『センセ……どうして……こないんだろ』
信頼していた医者が姿を見せず、不安な心がある中、アイは無事出産する。
元気な男の子と女の子、アクアマリンとルビーはこの産声を上げることになった。
第二部が終わり、愛を知る最終章。
ここは多くの人が知るアイの物語、その裏側だ。
これまではあまり有名でない時期のアイだったり、表に出ない話ばかりだったが、有名な事象とのリンクを楽しめるものとなっている。
『そうそう!ご飯と言えばこないだウチの子が』
『ウチノコ?』
『じゃなくてウチの子猫がね!休養中に飼い始めたんだけど』
改めて見ると所々でボロが出ていそうな数々。
だがアイの持つ輝きは強過ぎて、こんなリスクを背負っても彼女に期待をしてしまう。
『アイドルは楽しいし、私一人なら今のままでも別に良かったんだけどさ』
アイはお金が欲しいわけではなく、すべての人に推されたいだけ。それが達成できるならお金の有無で仕事を選ぶつもりはなかった。
だが、子供を持って母親となり、その考えも少しずつ変わっていく。
『この子達を良い学校に入れたり、習い事をさせたり、たくさん選択肢をあげるには私がもっとバシバシ稼がないとダメなんだよね』
愛はまだわからない。ヒカルに黙ってこっそり産んだ子供達だが、この子達には幸せになって欲しいと思いながらアイは活動するようになっていた。
こう客観的に見るとそれこそが愛だと伝えたくなるようなものだが、彼女にはそれが分からなかったのだから。
仕事としてやってきたミニライブ。
少しナイーブになっていたからか、エゴサで見つけた一つの言葉なども気になってしまうアイ。
良くも悪くもプロの笑顔なんて言われても私はプロだし、そう思いながらもどうしても気になってしまう。
(私は嘘でできている……え?)
『『ばぶ!ばぶ!ばぶ!ばぶ!』』
(うちの子きゃわ〜〜〜〜〜〜〜!!)
世界的に有名なヲタ芸赤ちゃんの動画。
その時、アイがどんなことを思っていたのか、そしてどうしてあの日アイの表情が変わったのかをしっかりと分かりやすく映像化する。
ここで見せた輝く笑顔は、今後アイの見せる笑顔の基準となり、彼女の人気を全国的なものにしていくことになった。
子供との交流を経て、アイはどんどん表情豊かになり、そしてモチベーションの向上に合わせるように飛ぶ鳥落とす勢いで成長したB小町。
ついに苺プロ悲願のドームライブが開催されることになる。
『あ、もしもーし』
『えっ……は?』
ちょうどいい区切りのタイミングだしと、久しぶりにアイはヒカルに連絡を取った。
彼がそろそろ元気になったんじゃないか?という確認のための電話。
声を聞いているだけで分かる。以前のように命の重みに潰されそうではなく、強い目標や決意がある自分を持った言葉に、アイは安心した。
『ねぇ子供達も結構大きくなったんだよ。一度会ってみない?』
ヒカルが元気になった理由は、この映画では明かされない。
これはあくまでアイの映画でヒカルの映画ではないからだ。
ただ、今のヒカルならもう依存などということにはならないだろうとアイに安心させる程度に彼が回復したという情報。
『……いや、止めとくよ。確かに前仮面ライバーで共演した時、賢い子だなとは思ったけど』
『ありゃ、バレちゃってたんだ。そうだよ、うちの子本当に天才なんだから』
『……変わらないと思ってたけど親バカになった?』
『でもあの頃はちょうどアクアの演技が伸び悩んでた時だったみたい。君に教えてもらえて成長のきっかけを手に入れられてアクアすっごく嬉しそうにしてた。アクアに演技教えてくれてありがとヒカル』
ヒカルとの会話もあって、アイは懐かしのブログに忘れかけていた僅かな希望を詰めてメッセージを残し、ライブに向かう。いつかの約束が果たされるこの日なら、皆もブログを見てくれるかもしれないと信じて。
だがそんな奇跡起きるはずもなく。
『散々こっちが引き立て役やっているのに。私はあの日……諦めたのに。あなたが完璧を目指さないなんて……私は許さない。私の……私たちの分まであなたは最強で無敵、完璧で究極のアイドル様にならないといけないの』
当日、ニノが見せたドロリとした感情。
アイに持っている様々な気持ちを信仰に変えたその言葉は、聞く者達に鳥肌を立たせる。
有馬かなという少女の演技の幅に、多くの人が驚かされていた。
始まりの前にそんなことがあったなどお首にも出さず、B小町は過去最高と言えるパフォーマンスを披露していく。
意図してライブシーンの撮影順を順番通りにしたのもあって、技量の成長を自然と感じさせたのは、監督の腕あってこそだろう。
ライブが終わり、再びニノはアイへと話しかける。
先程の狂気が少しなりをひそめ、声色はどこか優しかった。
『変わったね』
『そう?自分ではよくわかんないんだけどな〜』
信仰にも似た感情を持っていたニノ。変わったという本人も変わったように見えるのは演出によるものだけではないだろう。
そして物語はクライマックスへ突入する。
『でも私は私なりのやり方で愛を伝えてきたつもりだよ?君がどんな嘘でこんなことをしたのかは分からない。でも私は……これは間違ってると思う』
『はっはは……はははっ俺は……はははははは』
そして来る襲撃。アイの言葉に狂気と愛の狭間で揺れる犯人。
みたのりおという現代では三指に入る役者を彼に使ったことで、表現に深みが出て、ただの加害者としての彼だけではなく、改心の可能性を見せる。
『つぅ……。は、刃物って思ったより刺さったら痛いんだね』
『アイ!!ごめん俺のせいで……っ時間がない、横になって!』
血だらけになったアイに、アクアが止血を試みる。
当時のことはアクアは慌て過ぎて詳細は曖昧なところがある。
だがツクヨミはやけに自信ありげにこうだったよ?と言っていたのがアクアには印象的だった。
カメラはアイの視点としてアクアとルビーを映す。
このシーンはアクアとルビーの両方を演じたツクヨミを合成したもので、彼女はしっかり二人の演じ分けをしてみせた。
『あ……これだけは言わなきゃ。アクア、ルビー……愛してる』
涙を流しながら掠れるような声でなんとか言葉を出すアイの心からの言葉。死を覚悟したこの時に、ようやく愛を理解できた彼女のそんな想いを最後に、すっと暗転する画面。
アイが今も生きているという事実からここで死んでないのは皆わかっている。
だが、一部からは動揺したような声が聞こえてきた。
暗い画面と静寂。それを壊すように子供の歌が聞こえてくる。
「「『フ……、フ……』」」
「「『セカ……メロディー……変える』」」
「「『頑張れ頑張……大丈夫!キミ……絶対大丈夫!』」」
「「『らしく輝くキミが見たいよ わたしの推しは最高だから!』」」
掠れたような音から徐々に大きくなる。
『……『推しに願いを』って……通な曲選だね〜。……でも凄い良かったよ……二人とも』
光の戻ったスクリーンには、再びツクヨミの演じたアクアとルビーが映し出される。
先程とは場所が変わって病室であることを彼女は理解した。
『アクア、ルビー……愛してる!愛してるよ!!』
アイは二人に再び愛を伝える。
これからはいくらでも愛を伝えられる喜びに溢れた年相応の少女の笑顔は見ているもの全員を見惚れさせる素晴らしいものだった。
きゅんぱんと改めて友情を育むような会話。
そしてヒカル演じるアクアの女装で沸く撮影現場。
『……そんなの記事を書いた時から気持ちは決まっているのに』
最後にスマホを見ながら嬉しそうに呟くアイ。
本編のラストを締めくくるにしては静かな終わり。
映画の時間は3時間24分。
一般的な映画と比べると少し長い尺ではあるが、アイという人物の人生をしっかり描写しつつも、間延びすることのないよう編集された技術力、演者達の圧巻の演技、そしてストーリーの品質が噛み合って見ている者達を引き込む。
歪められた真実や、綺麗な嘘すらも綺麗に覆い隠して、作品として完成されていた。
そして映画はついにエンディングに入る。
エンディングとはいってもライブシーンであり、映像もしっかり動く中、スタッフロールが流れる形式だ。
『無敵の笑顔で荒らすメディア』
『知りたいその秘密ミステリアス』
『アイドル』。B小町最後の曲にして、苺プロ最大のヒットソング。
アイドルグループとして見た時には、B小町Rは既にB小町を超えていると言っていい。
だが、この曲を超えるヒットは未だに達成していなかった。
今後二度と歌う事はないだろう歌を紡ぐ画面上のルビー、かな、ゆら。
B小町Rが唯一継承しなかった曲だが、今回の彼女達はB小町としてその場にいる。
『抜けてるとこさえ彼女のエリア』
『完璧で嘘つきな君は、天才的なアイドル様』
サプライズ的な演出だが、当時の彼女達すらも超えるつもりで彼女達は撮影に取り組んでいる。
ニノの持っていたドロドロとした感情すらも彼女の演技力は再現する。
太陽とすら称される明るさを反転させ、世界そのものを闇に堕とすかのような演技は、もう映画の内容は終わったというのに、この場にいる全員を釘付けにする。
『それでもまだ君と君にだけ言えずにいたけど』
『やっと言えた』
『これは絶対嘘じゃない』
『愛してる』
そしてそんな闇すらも全て祓うように、眩い一番星の輝きを、その娘が再現した。
これまでのアイの歴史を見てきたからこそ、この歌詞の本当の意味が良く伝わってくる。
映画と曲、その二つが相乗効果を発揮していて、画面が暗くなった後、万雷の拍手が会場を包む。
この場にいるすべての人がこの映画の成功を確信した。
関係者の多くが感想を言い合いながら帰っていく中、アクア達は残って映画の出来についての話をしていた。
「なみだとまらん」
「……ほら、ハンカチ」
ズビズビと泣くフリルに、アクアはハンカチを渡す。
上映が終わってからずっと彼女は涙を流していた。
「ルビーと重ちゃんのぶつかり合いが好みだね。特に重ちゃんは普段とは違う感じで、思わず重曹さんって呼びたくなる」
「ざけんなこら!褒められてる気がしないんだけど!?というか人がしんみりしてたのにツッコミしちゃって切り替わっちゃったじゃない!余韻を返しなさいよ!?」
かなはうるっとしていたところを、無理矢理にいつもの気分にさせられていた。
そんな二人に笑いながら、みなみは自分の感想を口にする。
「うちはエンディング見てたら皆が羨ましくなったなぁ。アイさんのライブには行ったことあらへんけど、見てみたくなったっていうか」
「母さんに言ってみたらどうだ?流石にニノやきゅんぱんは無理だが、アイは普通に個別ライブやってくれると思うぞ」
きっとアイ本人が聞けば『義理の娘の頼みだもんね!任せて〜現役超えのライブ見せちゃうから!』なんて言うだろうなとアクアだけでなく、その場にいた全員が想像した。
「ルビーちゃんもかなちゃんも『アイドル』凄く良かったよ。私もあそこで泣いちゃったから」
「あれ、めちゃくちゃかな先輩とゆらちゃんと練習したんだよね〜」
「『アイドル』の撮影は没になる可能性もあったから使えて良かったな」
映画のクオリティーがもし歌に負けるようであれば、エンディングはまた別の曲を採用するつもりだった。
だが、殆ど現代の役者の総力に近いメンバーを集めただけあって、あの伝説にすら負けない作品に仕上がったと五反田とアクアは判断し、この曲をラストに採用した。
「いや~もし没になってたらどうしようかなって思ったよ~」
「ホントよね。過去一ってくらい演技決まってたんだから」
二人とも自信作だっただけにちゃんと流れた時は感動とは別に素直に嬉しかった。
「あのかなさんは、闇全部出すって感じで、この歌に全てをかけてる感じが本物っぽくて良かったなぁ」
「実際ニノさんはあそこで自分の中の暗い部分全部投げ捨てるつもりで歌ってたらしいから、そう見えたなら良かったわ」
それからも皆はメインイベントの時間になるまで『15年の嘘』の感想を楽しく話し合うのだった。
「さて、主役のお出ましか」
『15年の嘘』について話している最中、大輝は時計を見てボソリと呟く。
シアターに残ったのは、アクア、B小町R、大輝。
白星の脚本について知っているメンバーのみが残っているのは、これから行われる秘密の試写会に参加するためだ。
その時、シアターの入り口が開く音がして、皆の視線が集まる。
「やっほーアクア、ルビー、みんな〜」
「やぁ、アクアの解釈する僕、楽しみにしているよ」
ルッキズムの源と呼ばれる二人が揃って顔を出した。
『15年の真実』とでも言うべき第二の試写会が幕を開ける。