12月に入り、もうすぐ『15年の嘘』が上映されるというタイミングで、アクア、ルビー、大輝、アイ、ヒカルは車に乗ってとある場所に向かっていた。
後部座席に座っているのは星野家三人。アイを中心にアクアとルビーがその両側に陣取っている。
アイは子供二人に囲まれており、いつものことだというのに、随分と幸せそうだった。
「悪いな父さん。わざわざ遠くまで運転してもらって」
片腕をアイに捕縛されているアクアが、運転するヒカルに声を掛ける。
今日の行き先についてはアイのワガママであり、忙しいヒカルに付き合ってもらう上、足に使うのはいかがなものかとアクアは思っていた。
「気にしないでいいよ。僕としてもどのみちいつかは挨拶しておかないといけないかと思っていたからね」
アクアの言葉に全く気にしていないといった様子で答えるヒカル。
この一ヶ月、アイとヒカルは同じ家にこそ住んではいないものの、時間を作ってはこれまでの時間を埋めるように交友を深めている。
アイがデートに行く際には、アクア達に服装の確認をしたり、デートプランを相談したりなど、ちょっと微笑ましさすらあるが、二人なりに順調そのものだ。
アクアとしては遅くなった青春でも満喫して欲しいと考えているくらいである。
「それより俺まで連れてこられたのはどうしてなんだよ」
場違いじゃないか?と言いたげなのは、助手席に座っている大輝。
自分が巻き込まれた状況に困惑している大輝の言葉を聞いて、アイは体の前でぐっと力を入れるような動きをしながら話し掛ける。
「遠慮はダメだよ大輝くん!もし私とヒカルがケッコンしたら大輝くんは私の息子になるんだから紹介しないと」
かなり大胆なセリフだが、本人はまるで気にした様子がない。
映画をキッカケに何かが振り切れているのかもしれなかった。
そんな質問の答えにしては少し、いやかなりズレた返事をしたアイに、大輝は少し引っ掛かりながら言葉を返す。
「なんかずれてるような……アイさ「ママって呼んで!」……ママは勘弁してくれないっすか。せめて義母さんで」
「仕方がないね。アクアと同じ呼び方ってのも少し面白いし。あっでも敬語は禁止ね!」
「諦めろ姫川。母さんの前で抵抗は無駄だ」
「……もうどのみち着いてきてるし、気にしても仕方がねぇか」
アイの押しに完敗して、白旗を上げた大輝。そんな様子を見てアイはコロコロと楽しそうに笑う。
どうも昔からこの人には勝てる気がしないと思った大輝は、アクアの投げやりな言葉を聞いて、他の家族であるヒカル、アクア、ルビーの顔を順番に見ていく。
その誰もがアイに対して頭が上がらないのを今一度理解して、己に流れるだろう星野アイに特別弱い遺伝子を痛感するのだった。
「あはは、ママに掛かれば姫川さんも形無しだね~」
アイの隣にいるルビーもそんな翻弄される大輝に楽しそうに笑顔を見せる。
その笑顔は、二人並んでいるとそっくりで親子だなと分かるものだ。
「そういえばさ、私は姫川さんのことなんて呼んだらいいんだろ?」
ひとしきり笑ったところで、ルビーはふと疑問に思ったことを口にする。
彼女の言葉に首を傾げる大輝へ、ルビーは言葉を続けた。
「ほら、私とおにいちゃんと姫川さんってさ、皆ヒカルさんが父親の兄妹なわけでしょ?だから姫川さんって呼ぶのも他人行儀かな〜って。おにいちゃんはおにいちゃん専用だから……なんて呼ぼっかな~大輝兄さんとか?ちょっと私にしてはクールな感じになっちゃうし……大輝にい?」
今更なことをいい始めるルビー。まずは形から今まで以上に仲良くなろうと考えた結果だった。
半分血が繋がっているとはいえアイ譲りの非常に整った顔をした少女に兄と呼ばれて、大輝は少し嬉しそうに表情を崩す。
そんな彼を見て、アクアは冷たい口調で会話に割り込む。
「やめとけルビー、兄呼ばわりしたらキショイって言われるぞ」
「え!?そうなの姫川さん……」
この世でもっとも信頼している兄からの情報に、ルビーは少し悲し気に表情を変える。
そんなルビーを見て大輝は慌てて過去の発言を訂正する。
「そんなこと言うのはお前にだけだぞ。嫉妬したからって余計なこと言うなよアクア」
「してねぇよ。適当言うなっつの」
アクアとしては面白くない気持ちもなくはなかったため、少しぶっきらぼうな言い方になる。
すっかりアクア研究家の第一人者の一人となっているルビーは、その様子を見て一瞬で喜びに満ち溢れた笑顔を浮かべて、間にいるアイごとアクアに飛びついた。
「おにいちゃん嫉妬してるのきゃわ〜〜〜〜〜〜大好き!!!」
「あはは、アクアとルビーにサンドされちゃったよ〜」
「やめろ、冬とはいえ車内はエアコン効いてんだぞ、暑い」
アクアは気恥ずかしさを紛らわせるように更にぶっきらぼうに言うが、いつものポーカーフェイスが剥がれて、少し頬が赤くなっている。
それをしっかりと見ているアイとルビーは目を合わせるとニコリと笑いあった。
二人の内心は、「「うちの息子(おにいちゃん)きゃわ~~~~~」」といったところだろう。
「暑いなら窓開けようかアクア」
「ヒカルさんまでボケに走ると収拾付かなくなるから勘弁してくれ」
「ふふっ残念だ……楽しいね、こういうのも」
少し長い移動だったが、楽しげな会話は目的地に着くその時まで尽きることはなかった。
それからしばらくして到着したのは、田舎にある古びた一軒家。
玄関口に立ったアイは珍しく少し緊張した様子を見せたが、深呼吸をしてチャイムを鳴らす。
チャイムの音を聞いて玄関先に出てきた家主は、扉の前にいた一番星を見て唖然としながらなんとか口を動かした。
「……え?ア、アイ?」
その場にいるはずがない、だが見間違いようがない姿を見て、家主の女性、星野あゆみは口を開く。
「久しぶり、お母さん」
最後に直接見たのは20年も前だというのに、まるで気にした様子を見せずに話しかけるアイを見て、あゆみは困惑する。
そう、今日の目的はアイがあゆみに会うことだった。
何故こうなったのか。それは『15年の真実』を見た日の夜に遡る。
『ちゅうもーく!』
アイは皆が集まったリビングで声を上げる。
突然声を出した彼女にアクア達全員が注目し、視線を向ける中、アイは高らかに宣言した
『近いうちにお母さんと会おうと思うんだけど……どうかな』
『……マジか』
突然放たれたその言葉に、アクアは唖然とさせられる。
映画の後、事の顛末は聞いていたため、アイとヒカルが付き合う事が決まったのまでは想定の範囲内だったアクアだが、まさかあゆみに会いたいと言い始めるとは考えていなかった。
この話を聞いて驚いていないのは三人。ルビー、あかね、そしてかなの三人だ。
驚いた組であるアクア、フリル、みなみはそれぞれ驚いていない側のメンバーを見て反応する。
『……なんというか意外と冷静な奴多いな』
『せやねぇ。うちは正直予想外やったからアクアさんと一緒で驚いて言葉も出えへんかったけど』
『メンバー的にルビーとあかねはアイさんの思考をある程度トレースできるだろうから分かるけど、重ちゃんは予想外だったかな』
ルビーはつい最近までアイの演技をするためにもっともアイの事を調べていて本人も認める演技をしてみせた。
あかねは普段からアイの演技を練習しており、自分の演技に織り交ぜる事で演技の幅を膨らませている。
それに対してかなは、あまりアイをトレースしようといった考えはしたことがなかった。
かなは自分が意外に思われるのには納得していたため、それに対して自分の感情を口にした。
『ほら、私もママと色々あったでしょ?だから何となくアイさんの言いたいことが分かるっていうか』
自分の環境が落ち着いて、今なら母と会って話をしたい。その感情だけはルビーはともかくあかね以上には分かると思っている。
皆の言葉を聞いてからアイは自分の意見を口にし始めた。
『アクアが驚く気持ちも分かるよ。ああやって映画で改めて当時のお母さんと私を見せられるとさ、やっぱり私の親子関係が壊れちゃったのは仕方がないかなぁって思う』
あの頃からアイが持つルッキズムの魔力は凄まじく、その時点で女性から見てもアイは魅力的な少女だった。
アイの母だけあって当時のあゆみは十分に綺麗な女性だったのだが、それ以上にアイが輝いて見えたのだろう。
そしてあゆみは、どちらかと言えば男に依存してしまう体質だと自分の事を理解していた。
ケチな犯罪で捕まった後に会おうとしなかったのは、彼女なりの自制だったらしい。結果だけ見ればそれは正解だったのだろうが、アイは引っ掛かりがあるようだった。
『でも……あかねちゃんが演じたお母さんを見たら思うんだ〜。今なら前よりちゃんと話できるんじゃないかなって』
あかねはどちらかと言えば変に温情で脚色をしたりしない性格だとアイは認識している。
もし彼女があゆみのことを外道として捉えていたならば、あの演技にはなっていないというのが、アイの分析だった。
そしてあかねがそう判断するだけの材料は、二人が突然彼女の家を訪問した時に入手していた。
『ほら、あれだけバチバチだったニノちゃんとも仲良くなれたわけだし、今の私ならいけるかなって……ダメ?』
上目遣いでアクアの方を見るアイ。
その視線は強い意志を孕んでおり、決意の硬さを感じさせる。
アクアはその視線に昔から弱かった。
あの日、まだ生まれ変わる前に屋上で見た目の輝きを思い出させる。
『はぁ、分かった。……ただ俺とルビーは連れて行ってくれ』
『やたー!ありがとねアクア』
大喜びと言った様子でアクアに抱き着くアイ。それを鬱陶しそうな表情を作りつつも満更ではなさそうなアクア。
やっぱりアイに甘いなと他の皆はアクアへ仕方がないと言いたげな視線を送るのだった。
時は戻って現代。結局そこからアイ的に連れていくべきメンバーとして追加で選ばれたヒカルと大輝が増え、五人でこの家を訪ねることになったというわけである。
まさかの人物の来訪に困惑が抜けきらないあゆみは、目の前の現実を受け入れられないでいた。
「……ホントにどういうこと?なんでアイが」
「まぁいいからいいから。上がってもいいよね?里帰りって奴?」
「はぁ、わか……」
あまりにも強引なその様子に、受け入れそうになったあゆみ。
だが、家のお茶の間に飾られている物を思い出して、何とか彼女を止めようと言葉を変える。
「その……少し待てないかしら。今散らかってて」
「え~!いいよ全然きにしないから~ってことでただいま~」
「ちょっ……アイ?」
すっと扉の隙間から屋内へと侵入するアイ。そんな彼女を何とか止めようとあゆみも追って室内へと戻る。
アクア達はそんな様子を見て、二人きりにはさせない方がいいだろうと後に続いた。
廊下はごく普通の木造建築といった様子だったのだが、お茶の間に入ってからはその景色が変わった。
「……これ、アイさんのグッズか?」
大輝が向ける視線の先にあるのは、B小町のグッズがいくつか飾られた棚だ。
丁寧に保管されており、状態が良いのが素人目にも分かる。
「わぁ!?懐かしいなぁこれ地下アイドル時代のCD、それも初期のやつでしょ!?」
「え?ホント!?ってすご!?レアものだね~私も欲しかったな~」
この頃のB小町なんてただの地下アイドルで、ライブに来てくれた人に配ったくらいのコレクターグッズだ。
世界に数十枚しか存在しないレベルの貴重品で、今オークションで同じものを買おうと思ったら相当な値段が付くだろう。
そんな物を彼女が後から買うなどできるはずもない。
それこそ人気がない頃に購入していなければ。
「なるほどね、アクアが強く止めなかった理由が分かるよ」
「俺とあかねがあゆみさんに会ったのはアポ無しだったからな。これがファッションじゃないくらいは分かってた」
いくらアイに弱いアクアとはいえ、もしあゆみが今もアイを害するようなら頑なに否定しただろう。
だが、アイも薄々感じたように、今の彼女にそんなつもりはない。
過去は消えないが、アイが会いたいと言うのであればそこまで意固地になる必要もなかった。
「知り合いから渡されたのよ」
誰に聞かれてもいないのにあゆみはそんなことを口にする。
だが、それこそありえない話だ。
わざわざあゆみにアイのグッズを渡す理由がないのだから。
そんなあゆみの様子を見て、アイは少し怯えたような、だが期待が見え隠れする様子で問い掛ける。
「……そういえばさ、お母さんはどうして施設にいた私のことを迎えに来てくれなかったの?」
「別に何でもいいでしょ?けちな窃盗なんてするくらいお金に余裕がないのに、娘なんて養えるわけないじゃない」
一切誤魔化すことなく言いたいことを口にしたアイに、あゆみも淡々と返事をする。
その表情からはあまり読み取れることはなく、アイと同じく嘘の才能を感じさせた。
ただそんなあゆみの言葉に対してアイは一切怯むことなく、反論するように返す。
「でも私が有名になってからも、お金の連絡とかもしてこなかったよね」
「……流石にそこまで困っていたわけじゃないもの」
地下アイドル時代はともかく、アイが国民的スターになってからもあゆみは連絡を取ってこなかった。
本当にお金が理由ならば、縁を切られるつもりで連絡してきてもおかしくはない。
そしてアイにはその気になれば苺プロ経由で連絡できる。だがファンレターのような手紙一つすら寄越さなかったのをアイは知っている。
「ねぇお母さん、本当のこと教えてよ」
アイの懇願は昔の彼女のようで、あゆみは自分に対して期待していてくれた頃のアイを思い出した。
あゆみはそんな彼女に折れてゆっくりと言葉を紡いでいく。
「私は弱い女なのよ……結局自分のことが一番大切なだけのね」
あゆみは窃盗で逮捕されたあとの話をした。
最初はある程度蓄えができたら迎えに行こうと思っていた。実際に出所してからのあゆみは、男も作らずに地に足付けて働き始める。
だが、一人で生活を始めてあゆみはようやく気が付いたのだ。もし自分がアイを迎えに行ったとして、自分はアイに何をしてやれるのだろうかと。
「私は……もしまた自分の男がアイに色目を使ったのを見たらまた同じことをしたわ……だから私があなたを迎えに行かなかったのは最後の自制。ただそれだけの話よ」
あゆみの言葉を聞いてアイは少しその意味を自分なりに咀嚼してから口を開いた。
「私さ、施設にいた時、お母さんは私を捨てたんだって思ってた」
「迎えに行かなかったのだからあながち間違っていないでしょう」
そんなあゆみの言葉に聞こえないフリをして、アイは言葉を続ける。
「きっと最初から私のことが疎ましくて、『普通』ではなくて空気も読めない私なんてお母さんの人生には不要な存在だったんだって思ってた……でもそうじゃなかったんだね」
「……」
「ねえ、お母さん。お母さんは私のこと、どう思ってたのかな」
「……さあ。もう忘れちゃったわ」
あゆみはアイの問いかけをはぐらかす。
それから先の言葉を言うわけにはいかない。それがあゆみの選択だ。
待てども答える様子のないあゆみに、アイは諦めたのかそれとも何か考えがあるのか、別の話をし始める。
「そっか……じゃあ最後に紹介するね。アクアとルビーは有名だから知ってるよね?」
「ええ、あなたの息子と娘よね」
「そうそう!もうさいっこうにカッコいいし可愛いんだよ~!アクアはちょっと悪ぶってるとこがあるけど優しいし、ルビーはいつも元気を分けてくれるの」
アクアとルビーを両腕に抱きしめて言うアイの笑顔。
それはあゆみが直接見たことがない眩い一番星のような皆を魅了して止まないものだ。
一度抱擁を解いてから、アイは他のメンバーを紹介していく。
「こっちはヒカル!アクアとルビーのパパ!今付き合ってるんだ~結婚するってなったらまた連れてくるね~」
「神木輝といいます。娘さんとは先月から結婚を前提にお付き合いさせてもらっています」
「え?」
突然娘から彼氏を紹介されて困惑するあゆみ。
確かにヒカルとの間にアクアとルビーがいるという情報はテレビでも紹介されていたが、付き合っているとは言われていなかったはずだと首を傾げる。
「それからこっちは大輝くん。私とは血が繋がってないんだけどヒカルの息子なの。結構可愛いとこあるんだから。ちなみにアクア達より4つ年上だよ」
「アイさ「義母さん」義母さん?その紹介だと色々あゆみさん困るんじゃないか?」
「???」
アイから繰り出される怒涛の勢いの情報量にあゆみは完全に固まって、アイの言葉を聞くだけになっていた。
そんな彼女にアイは続けて畳み掛ける。
「あっもしその辺が気になるんだったら、もうすぐ上映予定の映画『15年の嘘』を要チェック!ぜーんぶアクアがいい感じに映像にしてくれてるから分かりやすいと思うし!」
「いや、番宣かよ」
「あはは、アクアいいツッコミ!芸能界慣れしたねぇ」
これまで黙ってアイとあゆみの会話を聞いていたアクアが思わずツッコミを入れる。そんなアクアに成長を感じて嬉しそうなアイ。
そのまま楽しそうに言葉を続けていく。
「この場には来てないけど、まだまだいるんだよ。私をアイドルにして目標をくれた壱護さんに、けっこーな無茶振りしてた私にも対等に接してくれたミヤコさん、そんな二人の可愛い娘な愛瑠ちゃん、もうすっごい喧嘩したけど今は仲良しのニノに、一緒に歌を作ったこともあるきゅんぱん」
自分の仲のいい人たちを次々と口にしていくアイ。
続いて一緒に住んでいる息子のお嫁さん達の名をあげていく。
もうアイにとって彼女達は自分の娘のようなものだった。
「強がってるけど実は可愛らしいかなちゃん、すっごく頭が良くて気配り上手なあかねちゃん、不思議な感じだけど実は強かなフリルちゃんに、柔らかい雰囲気で皆を和ませるみなみちゃん……他にも沢山の人が今の私を愛してくれてる」
今のアイには他にもまだまだ名前を上げたい人たちがいる。
昔は愛が欲しいと飢えていた少女は、多くの愛に囲まれている。
「私は沢山の愛を手に入れた。でもそれは生まれてなかったら出来なかった。沢山辛いこともあったし、なんだかイヤーな気分になることもあった。でも今はすっごく幸せ!」
アイはそこから言葉をためて、今日この場所を訪ねた本当の目的を口にした。
「だからありがとお母さん」
アイは今日一番の煌めきを見せながら、あゆみに感謝を口にする。
世間一般から見れば、あゆみはとてもではないが、感謝される母親ではなかっただろう。
だが、アイは本心からその言葉を口にした。これは変わっている彼女が娘でなければ得られなかった言葉だろう。
あゆみの頬に一筋の涙が流れる。
「アイ……ごめんなさい。……ごめんなさい」
20年も前の懺悔。許して欲しいわけではない。ただ自分が許せなくて漏れた言葉だ。
「ふふっそこはどういたしましてだよ」
アイは全然気にした様子もなく、軽い調子で答える。
アイは昔のことを気にしていないわけではないし、世間が思うほど強くも無敵でもない。
だが、母を恨む気持ちを持っているわけではなかった。
「……じゃっ皆帰ろっか」
「え?いいのかい?」
「いいのいいの、やっぱり少しずつコミュニケーション取らなきゃね」
その言葉を最後に、アイは本当に皆を連れて家の外へと向かう。
困惑しつつもアイが良いのならばこれ以上言うことはないアクア達もついていき、急に家の中は静かになる。
娘が嵐のようにやってきて、あっという間に去っていった。あゆみからすればそんな感覚だろう。
「……あら?」
ふと先程までアイがいた辺りに視線を向けると、そこには何処かの住所とアイの名が記された便箋が置いてあった。
あゆみが中を見れば、彼女宛の手紙が入っているのに気付く。
『お母さんへ。私がこの手紙を置いているということは言いたいことはしっかり言えたのかな?と思います。でもきっと言い残してることも沢山あるからここでいっぱい書くね』
こんな書き出しから始まった手紙は、アイのこれまで会ったことを書き連ねた代物だ。
世間には公表されていないような話も書かれており、あゆみは読み進めるごとに驚かされる。
『私ね、アイドルになったばっかりの頃は手紙が嫌いだったんだ。施設にいた頃お母さんが手紙を送ってくれないかな?って毎日待ってた思い出が蘇るから』
「……ごめんね、アイ」
自分が傷つけるから近付かない。
そんな選択をしたあゆみだが、手紙ならば問題なかったのではないかと少し後悔する。だが、アイの気持ちをしっかり受け止めようと続きを読み進めた。
『でもね、ある時ファンの人が送ってくれたファンレター達を見て、手紙への苦手意識がなくなったの。推しって凄いんだよ、手紙を読むだけですっごい楽しいって感情が伝わってくるんだから』
アイは自分がもう手紙に苦手意識はないと伝える。そして本題を切り出した。
『だからさ、私とお母さんも手紙から始めてみようよ。そしていつか当時私になんて思っていたか教えて欲しいなって思います。じゃあまたね。アイより』
あゆみは読み終わった手紙を折りたたんで、グッズの近くにそっと置く。
それから少し考える様子を見せたあゆみ。
自分なりの結論を出して、引き出しから用紙を取り出して自分なりに簡単な近況報告を書き始める。結局言いっぱなしで帰って行った娘に、自分のことを少し知ってもらうために。
この先、この親子がどうなっていくのかは誰にも分からない。
だが二人が歩み寄るつもりがあるならば、いつかは普通の親子になれるだろう。
アイの込めた願いは無駄になることなく次に繋がる。それは未来への希望が溢れていた。