アイがドームに到着した頃、アクアたち子役組は苺プロに集合し、出発前の確認を行なっていた。
ミヤコはドームの方を壱護に任せ、彼らの世話を担当予定となっており、今は支度中である。
「いいか、ライブが始まったらケンカするなよ?」
アクアはダメ元で今もなお口喧嘩をしている二人に声をかけた。
「言われなくてもしないわよ。黒川あかねなんてそんな相手にしてないし」
「ふーん?かなちゃん最近お歌ばっかり歌ってるもんね。そりゃ演劇や子役でやっている私は意識しないよね〜」
「なによ」
「なに?」
「……はぁ」
鋭く睨むかなとフグのようなあかねを見てアクアは呆れてため息を吐く。
この場にかながいるのは、アクアが関係者席を渡したからだ。
元々は五反田監督とヒカルにも提案していたのだが、二人とも当日仕事があるとのことで断られ、結局かな一人が苺プロ外から一緒に行動することになった。
出会うたびに、ばちばちと火花を散らす二人。
普段のあかねをよく知るからこそ、かなが一体何をやらかしたんだとアクアはどちらが悪いか予想をつけていた。
ルビーも二人の険悪っぷりにあわあわとしながら兄を頼る。
「お兄ちゃん、どうにかしてよ」
「どうにかって言っても会った時はいつもこうだからな。仲悪いのに無理に仲良くさせる必要もないだろ。それに仲悪いって言っても普通の会話する分には支障もない範疇だ。どうせ有馬が余計なこと言ってあかねが拗らせてるだけだぞ」
「そりゃそうだけどさ〜。まぁママにかかれば二人して静かになるだろうしいっか〜」
「おいこら、そこの二人聞こえてんぞ。なんで私が悪い前提なのよ!」
「「はぁ……」」
兄妹二人ともアイの全てを惹きつける魅力を疑っていない。
だからそれまでどれだけ空気が悪くても一変してくれると信じている。
かといって放置はよくないかもしれないが、お互いがお互いでストレス発散してくれるだけマシだとすら考えていた、
アクアの場合はこの二人が順調に成長すれば共演もあるだろうしもっと仲良くして欲しいというのが本音だったりする。
年が同じで仕事を取り合う仲だ。切磋琢磨できるライバルとして程よい距離感を見つけて欲しい。
かなとあかねの二人もいつまでもバチバチと火花を散らすのが恥ずかしくなって来た上、不毛な事に気付いたからか「ふんっ!」と互いにそっぽむいた様子を見せて争いを終わらせる。
そのあと追撃をしないあたり、この二人なりの不器用な挨拶だとアクアは思うことにした。
「あっ。ところでアクアくん。この日のためにヲタ芸を練習してきたんだけど……これで大丈夫かなってちょっと不安で……見てもらえないかな」
「ん?まだ出発まで時間あるからいいけど」
どうやらあかねはヲタ芸について調べて練習してきており、アクアに確認してもらってから実践本番と行きたいらしい。
確かに今回アクアとルビーという世界一ヲタ芸が有名な二人がいるからという理由で、壱護が周辺スペースを少し空けて用意しており、二人ともやる気満々だった。
そこにあかねも参戦するとのことだが、そんなに付け焼刃でできるのだろうかとアクアも気になってくる。
「アイさんには普段お世話になってるし……。やっぱり応援するならしっかりしたいから。お願い」
「分かった。サイリウムは俺の予備を貸しとく」
アクアは自前の赤サイリウムをあかねへと手渡す。
手ぶらでやるよりはこっちの方が雰囲気も出るだろう。
「じゃあやるよ」
今のあかねはアクアが驚くほどに成長著しい。きっかけはあかねがある日受けた一つのオーディション。
その日は気合いを入れるため、有馬かなファンガールのあかねはかなそっくりの格好をして会場へと向かった。
本人のやる気はそれによって最高潮だったが、あまりにもかなに格好を寄せてしまったが故に悲劇が起きる。
スタッフの一人がかなと勘違いして今回のオーディション、その秘密を暴露してしまった。
『かなちゃんを選ぶことはもう決まってるしね。これ形だけのオーディションだから』
『私がどうかしたの』
混乱する思考をまとめようとするあかねの前に本物の有馬かなが現れる。
最初はあかねも憧れが突然現れて嬉しかった。
タイミングもヒーローみたいでかっこいいと感動すらしていた程だ。
色々話したいと思うも緊張して引っ込み思案なあかねは口がうまく動かない。
なんとか緊張を取るため、先ほど聞いてしまった話についてかなに聞きたくなってしまった。
『あの人、変なこと言うんだよ?このオーディションかなちゃんを選ぶことはもう決まってるって』
『……ふぅん』
『何かの間違いだよね?かなちゃんはそんなズルしないよね』
そんな縋るようなあかねに対してかなは冷たく返した。
『してたらなんなの?こういうの出来レースって言うのよ。一応オーディションをしたって箔をつけるためにオーディションをやるの。そもそもコネやバーターで役取るのだって似たようなもんでしょ。オーディションって形式を一応やるだけしか違いはない』
あかねからはかながどのような表情をしているか見ることはできない。
そこからのかなの言葉は現実だと認識したくなかった。
だからあの日かなが言ったことは、ほとんど頭に残っていない。
ただ最後の言葉はよく覚えている。
『演技なんかどうでもいいの!!!』
あかねにはどうして彼女がそんな事を言うのか、どうしても分からなかった。
それからというもの、かながどんなことを考えてどんな気持ちで言った言葉なのか理解したくて、あかねは時間を見つけては相手の心を読み解く心理学やプロファイリングの勉強をするようになった。
だが憧れは理解から遠い感情でもある。
長く一緒にいるアクア達ならともかくテレビ越しに欠けたピースしか集まらないかなのことを理解できる領域にあかねはまだ到達していなかった。
だが、本来の目的とは違っても、それによって得たものはある。
一息ついてから自分なりのヲタ芸を披露していくあかね。
拙さはあるもののしっかりと勉強してきたことが見て取れる。
それだけじゃなく僅かにだが、視線を吸い寄せられる一番星の気配を漂わせていた。
「……アイ?」
アクアは思わず口からその名前が飛び出す。本物と並べたら一眼で分かる贋作でしかない状態だが、喋ってもいない段階で実の息子にすら似ていると思わせる雰囲気。
普段のあかねとアイのような雰囲気がコロコロと切り替わるという器用なことをやっていた。
本人の気持ちになりきり、自分がどう応援して欲しいかを考えてありのままの自分が実行する。
それこそがあかねの考える応援の形だった。
かなも目を見開いてあかねを見る。あの時感じた予感は間違っていなく、自分を喰う可能性がある役者だと再認識した。
(やっぱ黒川あかねとは合わないわね)
二人は演技の方向性がまるで違う。
あかねは自分を出さず、役になりきる。
かなはもっと自分を見ろと自らに役を従わせる。
どちらが良いというわけではなく、方向性の違いというべきものがそこにはあった。
「はぁはぁ……。どうだったかな」
「いいんじゃないか?全力で相手を応援したいってのが出ていいと思う」
「ほんとによかった!これならアイお姉ちゃんも安心してくれるんじゃないかな」
「よかったぁ。アイさんきっと大変だろうし……少しでも気がまぎれたらなって思ってたんだ」
ほんのりと顔を赤らめ、笑みを浮かべるあかね。
ただそれを少しだけ面白く思わない人もいる。
自分だけが除け者など許したくない少女は秘密の特訓、その成果をこの場で見せることにした。
「終わり?じゃあ次私ね。アクア、見てなさい」
「お前もヲタ芸やるのか?意外だな」
「うっさいわね。私だってアイにはそこそこ共演したりで世話になってるし応援したいのよ、悪い?」
アクアがいない番組でもたまに共演する事がある二人。
子供達の友人という事でアイは他の演者より気にかけていた。
最近の大人たちの態度に少し参っていたかなとしてはそんな小さな気遣いもうれしかった。
アクアの誘ったライブに時間を空けてでも参加したのはその恩返しを少しでもしたいと思ったからという理由もある。
「そうは言ってない。サイリウムは同じのでいいよな?」
「ありがと。じゃあやるわ」
そう言ってから次はかながサイリウムを振り回す。こちらもしっかり相手を応援するという意識が伝わる代物に仕上がっていた。
演技の応用をしているからか、全身から私が応援してあげる!というオーラが出ていて受け手によっては変な勘違いをしそうだが、アイに対してであれば問題ないだろうとアクアと考える。
目線を集めて見るものを元気にさせる魅力がそこにはあった。
「どうよ私のは」
「なんというかロリ先輩らしい感じだったね。ステージの人より目立ってやるって感じが」
「俺はいいと思う。有馬は演技でも私を見ろって感じがいいから、それを上手く使えてるんじゃないか」
動きで気になった点を教えるために、ここはこんな感じがいいぞとアクアも実際サイリウムを振ってみせる。
それを見てかなが噴き出した。
大人しくメモをとっているあかねとは大違いである。
「ぶふっ。仏頂面でサイリウム振ってるあんた見るのシュール過ぎるわ。赤ちゃんの時はまだ満面の笑みで可愛らしい感じだったのに」
「言ってろ。本番では全力だから」
アクアとしては二人揃ってヲタ芸をしっかりやるなら少なくともアクアとルビーだけが浮くことはなさそうで一安心していたりする。
自分たちが自重するなんて考えはヲタ芸赤ちゃんが世界レベルに拡散した時点でアクアとしては捨てたのだ。
「みんな、キリも良さそうだし車に移動お願いね」
少し前から部屋に来ていたらしいミヤコがパンと手を叩いてからそのセリフを告げた。すっかり子供の扱いがベテランな彼女の号令に従ってみんな大人しくなる。
子役として他の子供よりもずっと社会性を持っている彼らは大人からしても扱いやすい方だった。
各自が事前に決められていた席順に車に乗り込もうと移動する最中、ルビーはアクアの横に行って話しかける。
「楽しみだねせんせ」
「そうだな……。最古参としてどう?気分は」
元々アクアは……吾郎はさりなにより布教され、B小町のファンになった。
そのため、お世辞にも最古参とは言い難い。
そんなロスを埋めるほど応援してきたという自負はあるものの彼女には熱量で敵わないと思っていた。
もちろん一ファンとして嬉しさはあるが、それ以上に彼女に意見を聞きたかった。
「!?……うん、最高!」
その言葉にルビーは二人しかわからないように一等星のような笑みを向けるのだった。
アクアたちがドームに到着した時、会場は既に熱気に包まれていた。
関係者用の通路を使ってから待機室へと移動する。
「そういえばあんたってアイグッズとか買わないの?この時間から並んだらきついんじゃない」
「忘れてないか有馬。俺は関係者だぞ」
実は今日のアクアはスタッフにグッズを確保してもらっているという反則技を使用していた。
既に部屋には依頼していた物がそれぞれ袋の中に詰め込まれた状態で置かれている。
「それずるくない?」
「仕方がないだろ、流石に有馬を誘っといて自分だけ先に行くなんてできなかったんだから」
「そ、そう。そうよね、そりゃ放置されたら文句言ってるところだったわ」
並ぶのも醍醐味だと思っているアクアとしては少し寂しい気持ちもあるが、かといってグッズを買わない選択肢はない。
それにアクアが並んでいたら嫌でも目立つ事も含めれば、仕方がないことなのだろう。
「うわー、これ再販のやつじゃん!お兄ちゃんこれちょうだい!」
「ルビーは自分の分お願いしてなかったのか?」
「え?やっぱずるいかなーって」
身内からも刺されるアクアは少し悲しい気持ちになる。
ただ今回はどうしても購入したい理由があった。
「アクア君、これアイさんだよね!かわいいなぁ」
あかねが袋から取り出したのは1枚のタオルだ。
『アイ無限恒久久遠推し!!!』という文字と共にアイのデフォルメ顔が印刷されている。
サイズも大きく柔らかい生地をしており、実用にも鑑賞にも適した完成度となっていた。
「ん?ああ、昔あったキーホルダーをモチーフにしたグッズだな。実はこのグッズ社長が企画してたって聞いたときは驚いたが」
「え?そうだったの!?壱護さんセンスいいじゃん……これ懐かしいなぁ」
アクアとしては前世さりなの形見として持っていた思い入れのあるグッズのアレンジ品であり、どうしても欲しかった。
同じ物の再販がなかったのは残念だが、あるとないでは気持ちの入り方が違うので、代わりに購入したのだ。
ルビーも今世であのキーホルダーを何とか手に入れられないかなと再販を待ちわびていた。
かなも袋の中身を物色していく。
「色々あるわね。うちわにキーホルダーにアクリルスタンドにメモ帳にポーチにサイリウム……ってどんだけあるのよ」
「これでも絞ったほうなんだが」
「流石乳児の頃からドルオタしてるだけはあるわね」
かなは普通と言いたげなアクアに呆れた声を向ける。
それから席へ移動するまで子供たちはアクアの購入したグッズを物色して時間を潰すのだった。
そんな一行がグッズの話をしている頃。出演者控え室では社長とメンバーが集まっていた。
「……開始まで残り30分。準備はできてるかお前ら」
「勿論っ。過去一完璧って言い切れるくらいバッチリ」
会場は完全満員。特に目立ったトラブルもなくB小町の面々は待機している。
みんなこの日のためにレッスンを重ねて過去最高の仕上がりになっていた。
社長の確認にアイの返事と共に頷くB小町のメンバー。
それを見て頷いた壱護は更に全員に言い聞かせるように言葉を繋げる。
「別にこれが終わりじゃねぇ。地下アイドルからスタートしたB小町がここまで来たっていう一つの目標が達成されるだけの話だ。これをきっかけに更なる飛躍を目指していくくらいの気持ちで行ってこい」
壱護にとってドームライブは夢だった。
だが彼女たちにとっては通過点でしかないとすら思っている。
アイを中心として調整されたB小町はもっと羽ばたける。
「任せてください社長」
「はーい、頑張るね」
きっかり答えるメンバーとラフに答えるアイ。
この辺りは意識の違いというよりは個性だろう。
「よし、あとは任せたぞお前ら」
メンバーをギリギリまで激励した壱護は時間が来たのでその場から離れて持ち場へと移動する。
メンバーもそれぞれステージに行く入りなどが違うので散り散りとなっていく。
アイのすぐそばにはB小町初期メンバー、ニノが控えていた。決して仲がいいとは言えない組み合わせ。
この辺りの調整を考えずパフォーマンスだけで配置を決めてしまうのが壱護なのだろう。
そして二人には良くも悪くも長い付き合いがあった。
お互い自然に言葉を交わし始める。まだスタートまで時間はある。
持ち場から動かないのであれば問題ない範囲だ。
「アイ、本当にここまで来たね」
「そうだねぇ。思ったより早かったかな?」
初期B小町の四人で話した思い出をつい先日思い返したばかりのアイはそんな言葉に嬉しくなる。
それは最初みんなで語り合った妄想の一つだったから。
もしかしたらニノがアイの書いた記事を読んで昔を懐かしんでくれているのかもしれない。もしかしたら私ともう一度。
そう思うとアイの心はどこか暖かくなる。
しかし、そんな淡い期待はすぐ裏切られることになる。
「アイ、私はあなたの引き立て役。それでいい」
「よくないよ。ニノちゃん、そんなことない」
緩んでいたところから放たれた言葉に耐え切れなかったのか、アイの口から取り繕わない自然な言葉が出る。
彼女の目に崇拝と憎悪しか映らなくなってから何年も時が経つ。
アイの中には答えの出ないよくわからない感情が渦巻いていて、その思いはもうブログへ吐き出した。
もしかしたら……もしかしたら昔を懐かしんで誰かが読んでくれるかもなんて奇跡を信じた。
でも奇跡なんて起きなくてそんなこと知らないとばかりにニノはアイが完璧で究極なこんなことで動揺しないアイドルでいることを望んでいる。
「散々こっちが引き立て役やっているのに。私はあの日……諦めたのに。あなたが完璧を目指さないなんて……私は許さない。私の……私たちの分まであなたは最強で無敵、完璧で究極のアイドル様にならないといけないの」
冷淡なそれでいて信じているようなニノの言葉。それは他者が聞いたら呪詛以外の何者でもないだろう。
とても長年の目標だったドーム公演本番前に、最古参の苦楽を共にしてきたメンバーが、センターを務めるアイドルに対して言う言葉じゃないだろう。
だが星野アイは望まれている姿を目指してしまう。誰かに愛されたいと思っているからこそ愛してもらえるアイを再現してしまう。
それができてしまう才能がアイにはあった。
だけど本当の星野アイはただの成人したばかりの少女で、完璧で究極のアイドルなんて現実には存在しない。
全てを見惚れさせる微笑みを浮かべてそれがどれだけ相手を傷つけるか分からずに。
そして自分がどれほど傷ついているかすらも嘘で覆い隠して分からなくしてしまう。
「そっか!じゃあ私がバシッと決めないとだね」
ニノもアイを理解できていない。
歪んだ友情が嫉妬が、そして信仰と妄執が彼女を理解させない。
二人の言葉が止まり、静寂が訪れる。
次の瞬間ライブが始まった。
その時には先程までの呪詛などまるでなかったかのように、一番星の煌めきがドームを照らすのだった。
ドームが爆発するような音を内包する中、ドームのとある場所では一人の男が警備の服を着て、淡々と仕事をこなしていた。
大規模なライブということでかなり前から審査を受けた警備のアルバイト。
何のイベントの警備かは伏せられた上、ドームライブ公式発表前に募集したため、普通ならばアイドル一人を狙った不審者など紛れ込むはずのない。
だが、もしそれより前にその日、ドーム公演を行うという情報を得る手段があるのならば話は別だろう。
「アイ……アイ。ガキなんかこさえたくせに愛を振り撒いて……許せない。騙しやがって」
どんなに住所を隠しているアイドルでも、必ず本人がその場に現れるのがイベントだ。
直接ファンの元に姿を現し、彼らを希望と愛で染め上げる。それによりアイドルとファンは強固なつながりを得ることになる。
だが、それはもし彼女たちを狙った人間がいたら、必ず現在の場所が特定できるという意味でもあった。
彼女とその子供たちが元気にやっているということを男は知っていた。
産婦人科医を殺してしまったあの日からか、それとも別の何かがあるのか、自分を正当化させるため使命のように思って狂い続けてきた男。
「殺してやる……」
理不尽に膨れ上がった殺意を押さえつけ、ライブが終わるまでは仕事を全うする。
とある世界で一番星に終わりをもたらす凶兆はすぐそばに近付いていた。