(ああ、楽しいな)
最初は壱護に押し切られて始めたアイドル活動だったが、今は自分の意思で楽しめているのをアイは自覚していた。
まだ何もなかった頃のアイと今のアイが並んでいれば彼女は彼女が思うほど愛を知らないわけではないと分かっただろう。
「すげぇ!過去一だよー!」
「アイずっと推してるけど今日は格が違う」
「アイー!最高だー!」
会場のサイリウムの9割は赤。アイの色であり、絶対的センターを応援しているのがわかる。
残った数少ないファンをメンバー六人で更に食い合う異常事態。
絶対的なセンター、圧倒的人気。
多少の人気偏りがあるくらいならば普通のアイドルグループにも存在する。だがB小町のそれははるかに歪だ。
(私は……私は本当に愛を見つけられるのかな)
ずっと目標に設定されていたドーム。このドームでの公演ができれば分かるかもしれないと期待していた。
だけどアイはまだ愛が分からないでいた。
嘘が嘘のままじゃないかと不安で押しつぶされそうなアイは、無意識に子供達へ縋るような視線を関係者席へと向ける。
苺プロの関係者を集めたその一角。
そこにはいつかと同じようにサイリウムを楽しそうに振り回してヲタ芸をする少年少女が集まっていた。
「あんた達どんだけキレッキレなのよ。私たち霞んじゃうじゃない」
「別に周りと比較してるわけじゃないから自分が好きなようにやればいいんだよヲタ芸は」
「あっははー!たのしー!」
「アイさん可愛い!頑張ってください!」
「この子達は……。みんな頑張りなさい、初のドームライブでもあなたたちならできるわ!」
子供たちはアイの気などまるで知らないというように自分たちの応援をのせている。
子供達の隣にいるミヤコさんはとても恥ずかしそうながらもアイたちB小町全員へとエールを送っている。
アクアへの義理くらいで来るとアイが思っていたかなとあかねも何か口に出しつつも楽しそうな顔を浮かべていた。
そして極め付けはアクアとルビー。二人ともアイへの愛をこれでもかと注ぎ込んだ応援をアイへ見せつけていた。
ルビーはいつもの天真爛漫な笑みを、アクアは普段クールな態度からは想像できない優しい笑みを。
遥か遠くの席でありながら、アイはその表情を認識できていた。
(あれ?なんだろう……。何か……何か分かりそうな気がする)
歌うのは止めない。ずっとアクア達を見ている訳にもいかない。
アイは一度アクア達にウインクをしてから視線を他へと向ける。今までもどんな反応なのか客席は意識していたが、今日のアイはいつもよりそれらがはっきり見えていた。
視力でも上がったのかな?と自分のことを不思議に思いつつも、最大の動きを行っていく。
「はぁ……はぁ……。一曲目、『STAR⭐︎T⭐︎RAIN』でした!」
「「「うおおおおおおおおおおおおおお!!」」」
一曲目が終わり、挨拶をすれば大きな声援は地鳴りのように響き渡り、地震が起きたかのようにドームを揺らす。
アイのカリスマ性。そして彼女を際立たせることに全力を出しているB小町のメンバー。
それらが組み合わさり、最高のパフォーマンスが再現されていた。
アイは再びアクア達を見る。そこには顔を赤くしてテンションが上がっているかな、目を潤ませて感動しているあかね、こちらにガンガンと手を振っているルビー。そしてどこか年上の大人のような表情を浮かべたアクアがいた。
(アクアの表情どこかで見たことが……。ああ、妊娠してた時に見てくれたお医者さんか)
アイが世間に隠してでもアイドルとしても私人としても幸せになると宣言した産婦人科医の先生。アイはもう彼の名前はもう覚えていない。
絶対無事に子供を産ませると宣言しながら、最後の大事な時に来なかった嘘つきな医者がしていた優しい笑み。
そのイメージが重なったからか、ふとアイはあの時、宮崎の夜空の下で自分が言ったことを思い返す。
『お腹に居るの双子なんでしょ?産んだらきっと賑やかで楽しい家族になるよね!』
ああ、本当に賑やかで楽しい家族になった。そうアイは思った。
勿論大変なこともいっぱいある。
だが子供たちはアイにいつも元気をくれる。
元気がない時も応援してくれて、アイにそのままでいてもいいって言ってくれているようで心を温かくしてくれる。
とっくに全てのピースは揃っている。あとはアイがこれが何かを理解するだけだった。
そこからは曲を追うごとに上がっていくアイのパフォーマンス。同じB小町のメンバーもこれまで以上のアイに目を見開くほどで……。
最後まで独壇場の一番星の輝きを見せつけ続けた。
「本日はB小町のライブに来てくれてみんなありがとう!初めてのドームライブで緊張も凄かったけど……みんなのおかげでやりきれました!」
アンコールも終わり全ての曲が終了する。締めの挨拶をアイが行い、最後の地鳴りと共にライブは大成功という終了を迎えた。
「ふぅ……疲れたぁ」
「よくやったぞお前ら!ライブは文句なし大成功だ」
控室にやってきたB小町メンバーに労いの言葉をかける社長。嬉しすぎて顔が面白いことになっていた。
ただこれから衣装から着替えると言って興奮冷めやらぬままメンバー達によって外へと追い出される。
アイはそんな社長を少し可哀そうに思うのだった。
部屋にはB小町の面々だけが残されて、空気が少し変化する。
そんな中、少し俯いているニノがアイへと話しかけた。
「……アイ」
「なに〜ニノ」
アイはライブが始まる前にぶつけられた感情を思い出す。
今度は何を言われるんだろう。そう思っていたアイへ聞こえてきた声は思っていたよりずっと優しくてアイは困惑した。
「変わったね」
「そう?自分ではよくわかんないんだけどな〜」
B小町全員がアイに思うところはある。特に初期メンバーはそのカリスマに一度身を焦がされてしまっている。
その中でもニノは特にアイへ幻想を抱いている。
ライブ前に宣言した通り、アイに完璧を求める彼女は今の心境を口にし始めた。
「そうでしょうね。……本当にあなたなんか嫌い大嫌い。死ねばいいと本気で思ってた」
急にニノの声へ憎悪が声に戻る。
たった今大切なドームの公演が終わったとは思えないあまりにも直球なことを言うニノに周りもギョッとして振り返る。
メンバー間の仲がいいわけではないものの、ある程度取り繕っては来ていたからこその驚きだろう。
「でも……今日のあなたはこれまでで間違いなく一番輝いていた。完璧でも究極でも無敵でもなくなってしまったはずの今のアイの方が輝いて見えた。……私は何か間違えたの?どうして?」
だが言葉を紡ぐごとに憎悪は抜け落ち、弱々しく変わっていく。
涙を流しながら声を出すニノ。他のメンバーは一体何を言っているのか把握しきれない。
ただアイはなんとなくわかった。彼女はアイの秘密を何かのキッカケで知っている。
完璧で究極なアイドルは子供なんて持たない。
そんな壊れてしまったはずの偶像の方が、かつての理想より輝いていた。
それが理解できなかったのだ。理解したくなかったのだ。
「さぁね〜。でも私は……今の私の方が好きかな」
変わった自覚などない。今でも周りに合わせて表情を変えているだけのはずとアイは思っている。
だけどアイは今ニノに評価された自分のことが以前よりもいいと思っていた。
「……そう。じゃあ……帰りは周りによく気をつけてね」
感情がごちゃ混ぜになりながらも謎の忠告を残してニノは更衣室を後にする。
何か懸念があるかのような……何も起きてほしくなさそうな。そんな迷いが言葉に表れていた。
先日会ったとき、彼の目が普段よりも澱んでいた、そんな気がしていたから。この晴れの日くらい自分のことを応援して欲しくて呼んだライブに彼の姿が見えなかったから。
そこから他のB小町メンバーも気まずくなって、早めに着替えて退散する。
その場にはアイだけが残された。
「あはは、笑っちゃうよね。……折角のドームライブの後なのにこうなっちゃうんだもんな〜」
一人しかいないがらんとした更衣室に響くアイの声。
その言葉は乾いており、先ほどまでの元気はなかった。
「マ……お姉ちゃん!」
そんな空気を引き裂くかのようにドンという音と共に扉が開かれる。
突如として飛び込んできたルビーに目を丸くしながらも母としての笑みを浮かべる。
「ルビー!さっきの私どうだった?」
「もうさいっこう!特に『STAR⭐︎T⭐︎RAIN』の後半から更にギアが上がってターンの決め方とかマジで鬼すら越して神って感じでね。歌もいつもよりバーンって気持ちが乗ってる感じで!その次もね!」
すごい勢いでアイへ直接感想を捲し立てるルビー。
彼女が話している間にルビーへ呆れた顔をしたアクアとかな、そして先程のライブが余程気に入ったのかアイを見て目を輝かせたあかねも遅れて現れる。
「アイさん本当に格好良かったです!普段の感じとは違うアイドルとしての一面って感じでバシッと決まってて」
「そう?よかったぁ。あかねちゃんから見て良かったなら完璧だねぇ」
「はい!これまでアイドルって分野は専門外だったんですが、これからはもっと勉強しますね」
ルビーが一通り話したところで今度はあかねが感想を言う。
アイドルのライブに直接来るのは初めてだったあかねだが、こんなに楽しいなら今度またアクアに教えてもらって付いていくのもありだなと考えていた。
「流石はアイって感じだったわ。演技の時も思ったけど本当に魅せ方上手いわね」
「ふふっかなちゃんもありがとね〜。ごめんねアクアが慣れないところに連れて来させちゃって。ヲタ芸大変だったでしょ」
「いや……別にその……私も……楽しかったし。いい気分転換になったわ」
少し恥ずかしがりながらもかなも感想を述べた。
最初はアクアに誘われたしアイとはそれなりに共演したからという程度だったが、思いの外楽しかったようだ。
よく見ると何かグッズらしいものを手に持っているのが見えた。
「アイ、最高だった」
「ふふっありがとアクア」
アクアは短いながらも自分の思いをしっかりのせて言葉にする。
その手にはビニール袋があり、購入したばかりのグッズがいくつも入っている。
それだけでアクアがアイをどれだけ推しているか伝わってくるようだった。
だからこそアイも自然と顔が綻ぶ。
「はーお前ら感想会は帰って好きなだけやれ。とっとと撤収するぞ」
「えぇ……まだ話足りないのに〜」
「帰りの車は同じなんだからそこで話せ!おら解散だ解散。すぐいくから先に車に乗ってろ。ミヤコは少し会場の後始末手伝ってくれ」
「はいはい、さっさと片付けましょう」
社長はそう言いながら車の鍵を投げ渡してミヤコと残り、他のメンバーは全員で駐車場へと向かった。
アイとルビーが先頭でアクアがその少し後ろ、その更に後ろにかなとあかねがコソコソと会話をしている。
関係者用の通路を抜けて広めの場所に出たところで、右側からこちらへ向かって来る警備服を着た男がチラリとアクアの視界に映った。
その顔を見て、アクアは前世に死んだ瞬間がフラッシュバックする。
反応は咄嗟だった。
「ルビー戻れ!アイ!避けろ」
「きゃっ!?どうしたのアク……え?」
アクアはグッズを手放してその言葉に反射的に下がったルビーを追い抜き、歩いていたアイにぶつかって押し倒す。
その直後、先ほどまでアイがいた場所を鋭い刃物が通過した。
「え!?なにが」
「逃げろ、警備の人呼んでくれ!早く!」
アクアの言葉にルビーが真っ先に動く。
普通ならあらゆる思考が止まってもおかしくない状況で動けたのは前世から大好きな人のお願いだからだろう。
一度死を経験したことで身についた度胸の強さもあるかもしれない。
逃げるルビーを横目で眺めてから男はアクアとアイの方へと向き直った。
「……いくわ」
「……うん、できることをやるから」
今この場にいるのは非力な女の子というより女児だけ、少なくともこのままでは不味い。
全員こんなとんでもない状況で自分だけが逃げてもいいのかという葛藤がありつついても、自分が役に立たない事など理解できる聡明さがあった。今自分ができることをやるために、かなとあかねもこの場を後にする。
それによってこの場にアクアとアイの二人と怪しい男だけが残されることになった。
先ほどアクアが押した時に、変に足を捻ったアイが床に座った状態であり、状況はすこぶる悪い。
咄嗟とはいえもっと良い手段はなかったのかとアクアは自身を責めたくなるが、今は気にしている場合じゃないと気合を入れる。
これで時間が稼げたならば、警備が助けてくれるだろうが、間に合うかは微妙なところだとアクアは考える。
少しでも時間を稼ごうとアクアはアイと犯人の間に割って入っていた。
「はぁ……はぁ……アイ。この嘘つきが!こんなガキこさえやがって……騙したな!」
(……やっぱりあの時の男!?)
アクアは吾郎が死んだときに病院で星野アイの担当医かを聞いてきた男とこの男が同一人物なのを確認する。
たまに時間がある時、アクアは前世の自分の死体が見つかったかを確認するようにしていたが、まだ発見されていないのを知っていた。
それは犯人も野放しになっていることを意味している。
「君はどこで子供の情報を知ったんだ?あの病院での出来事もそう。誰かに教えてもらわないとあんな情報表に出ない」
「は!?何を言ってんだクソガキ」
暴走していても初撃以降は何かをアイに伝えようと攻撃してこない相手を見て、時間稼ぎのためアクアは問いかけた。
今のアクアができる精一杯の演技で、相手の意識をアクアへと集める。
アイがすぐには動けなさそうなのを見て、どうやら男は優位に立っていると考えているらしくアクアの会話に応じてすぐ手は出してこない。
「産婦人科医の件だよ。宮崎の産婦人科医だ。覚えはあるんじゃないか?」
アクアは雨宮吾郎という存在を意識して表に出す。そして今の自分ができる限り冷たい声を出した。
彼とその被害者である俺しか知らない情報だ。少しでも相手を怯えさせ、行動を緩める必要がある。
「なっなんで……違う!あれは……アレはアイツが俺を追いかけてなんて来るから。どうにか撒こうと……背後から押したら崖から落ちて……。俺はただ病院にいるアイにあの話が本当か確認しに行っただけなんだ」
その効果は犯人に覿面だった。先ほどまでの狂気は鳴りを顰め、震えながら弱々しく話す。
認めたくないというように首を横に振っていた。
(……殺すために突き落とされたわけじゃなかったのか)
本当にさまざまな巡り合わせが合わさって転生を果たすことになったのだろうとアクアは思う。
推しの子に生まれて、推しの兄となり、新しい才能たちと切磋琢磨できるこの環境がたまらなく幸せだ。
だからこそ自分より大事なものを守らないといけない。
ただ、既に戻れないと思った男は開き直りを見せる。
「っ!どうせ医者の事を知られてるなら!ガキの方もアイの後に殺してやろうと思ってたんだ。先に死ねよ!」
アクアの取った手段は短い時間は稼げたものの、結局それだけで終わってしまった。
まだ起き上がっていないアイを背にして前に立つアクアへ向けて、渾身の力を込めて刃物を振り下ろした。
子供の体でどこまでできるかは分からないが、刺されてでも時間を稼ぐとアクアが覚悟したその時。
「アクア!」
なんとか痛みを堪えて体勢を立て直したアイは、アクアを後ろから抱き寄せて回避しようとする。
だが、足を怪我していたからか対応が少し遅れてしまった。
ザクリと音を立てて、アイの左腕に刃物が深々と突き刺さる。
骨に当たって刃物が止まるも、出血は避けられない。
アクアの思考が固まり、目を見開いた。
ここでようやくアイは相手の顔をしっかりと見た。
「……リョースケ君だよね?どうしてこんなことするのかな」
アクアを守ろうと抱き抱えながら、アイは自分の記憶から必死にそのファンの名前を思い出す。
何度か握手会に来てくれたファンであり……アイを推す前はニノのことを推していたファン。
アイとニノが徹底的に離れた象徴のようなファン。
だからこそ印象に残っていた。
「なっ俺の名前……。なんで?お前が……お前が裏切ったんだろうが!ファンに隠れて子供なんて作ってよ!どうせ裏では俺たちのことなんか馬鹿にしてたんだろ!散々好き好き言っといて全部嘘じゃねーか!」
目を血走らせながらアイへナイフを突き立てたまま、良介はそう返すが、アイはそれにどこか自分に似たものを感じていた。
先ほどのライブで感覚が鋭敏になっていなければ、全く気づかないだろう本物になった嘘。
アイは自分が求めていたモノ、その答えの一つを見た気がした。
「私にとって嘘は愛だから。ファンのみんなのこともいつか本当に愛せることを願って歌っていたよ。君が本当に私のことを好きなら、私は君の事だって愛したいって思ってる」
「ふざけ」
苛立ちによって再び、今度は確実にアイを終わらせようと一度刃物を抜き取って刃物を振り上げた良介は。
「でも、君の言葉は本当の気持ちなのかな?私には嘘に聞こえちゃう」
その言葉にぴたりと動きを止める。
まるで指摘されたくなかった部分を突かれたように。
『できちゃったの……。でもアイドルでいるためには諦めないと……。あの子に喰らいつくために。……だからごめんなさい』
いつか泣きながら彼にそう告げ、新しい命を諦めた少女がいた。
それでも自分を殺して脇役Bとしてアイドルをやる彼女を見ていられなくて。
自分のせいだという罪悪感に耐えられなくて、その隣の眩しい一番星を見ることでなんとか自分の心を保っていた。
それなのに彼女が目標とした彼女は黙って子供を作って、平然とアイドルを続けて、誰よりも輝いている。
(そんなの許せない)
嘘を吐き続け、それが本当になる。アイが目指したものと同じだ。
今ここにある事実はアイの猟奇的なまでのファンがあらゆる確率を掻い潜り、この場でナイフを所持して待ち構えていたという一点だけ。
「私なんて元々無責任でどうしようもない人間だし、人を愛するってよくわからない」
アイがこれまで口になどしなかった隠してきた内心。
今回のドームライブ前にアイは五反田監督に二つのDVDを渡していた。
そちらにも込められた感情が少し表に出る。
「でも私は私なりのやり方で愛を伝えてきたつもりだよ?君がどんな嘘でこんなことをしたのかは分からない。でも私は……これは間違ってると思う」
「はっはは……はははっ俺は……はははははは」
突然ナイフをその場に落とし、自分を見失ったような声を上げて、呆然としながらその場からふらふらと歩いて去っていく。
もう逃げるつもりも襲うつもりもないが、アイのいるこの場には居たくないそんな様子が見られた。
「つぅ……。は、刃物って思ったより刺さったら痛いんだね」
アイは気丈にしていたが、空気が落ち着きを取り戻したところであまりの痛みに小さく呻いて座り込む。
「アイ!!ごめん俺のせいで……っ時間がない、横になって!」
アイの腕から流れ続ける血を見て、アクアは急いで先ほど投げ捨てたグッズを拾いに行き、その中から『アイ無限恒久久遠推し!!!』タオルを取り出した。
横たわらせたアイ、その二の腕にある傷口にタオルを躊躇なく押し当て、上から思い切り体重をかける。
幸い腕の骨に当たって反対まで貫通はしておらず、どうにかアクアでも直接圧迫止血法が実践できる状態だった。
何とか体重をかけながら止血が成功していることを確認する。
(ただ今の俺の身体じゃ両手で全体重かけないと止まらない!救急車を)
「どうしました!って無事ですか!?」
「おい!マジかよ警察と救急は!?」
両手で抑えているせいで救急車を呼べない状態だったアクアだが、誰かが伝えてくれたようで警備員の格好をした二人が現れ、アクアたちの状況確認を確認する。
先ほどまで完璧なパフォーマンスをしていたアイドルが血まみれになって倒れていれば動揺もするだろう。
「さっき犯人があちらの方に逃げて行きました!徒歩で逃げたので追ってもらえませんか。連絡はどちらもまだですお願いします」
「うお……子供なのに判断早いな。わかった!もうすぐ応急手当ての心得がある者がこちらにくる。それまで持ち堪えてくれよ」
出血量を見る。もう少し処置をしておきたい。
今この瞬間だけは、全ての演技をやめる。
例え今後どんな目で見られようともこの命だけは。
アクアはそう決めた。
「そんなの待ってる時間ありません。一人はここで今から僕のいう指示に従って止血作業の手伝いをお願いします」
「は?坊主何言って」
「いいから早く!」
「はぁ……、分かりました。指示をお願いします」
警備員の一人はどう見てもまだ3〜4歳程度の子供にそんな話をされ、戸惑いながらもその真剣な目に絆された。
前世医者であり、応急処置もしっかりと覚えていたアクアの指示により間接的な止血も完了する。
これで救急が来たとき、すぐに移動できる状況が整った。
「アイ、アイ!しっかりしてくれ」
「あはは……。ごめんね多分これ無理だ」
少しでもアイの生存率を上げようとするアクアの努力があっても、それなりの血を失ったからかアイの顔色は少し悪い。
本当に生存がギリギリのラインだが、アクアはアイの気力を保つため大袈裟に説明する。
「大丈夫だ!位置としても悪くないし止血もできている!絶対に助かる!」
「あっはっアクアってお医者さんみたいなこと言うんだ。……将来は役者さんかなぁって思ってたけど……そっちもいいかも」
「はぁ……はぁ……アク……ママ!?」
ずっと走っていたのだろう。
息が切れているルビーが戻ってきて血を浴びたアクアとアイを見て目を見開く。
今回取り繕う暇すらないのは仕方がないことだろう。
少し離れた場所にいる警備員がぴくりと震える。
「……大丈夫?アクアは怪我とかしてない?」
「してない!アイのおかげだ。だから大人しくしてくれアイ」
意識が朦朧としているからか思いがつらつらと口から漏れ出す。
普段の嘘というベールが剥がれ、そこにいるのはただ一人の成人を迎えたばかりの普通な女の子がいた。
「ドームはなんとか実現できてよかったけど監督には申し訳ないことになっちゃったな。映画のスケジュールも本決まりしてたのに」
「……映画?」
「そう、本当のわたしを撮る映画。……監督に謝っといて」
「自分で謝ればいいだろ!お願いだから大人しく」
焦っているアクアの顔、そして近くまで来た顔を赤くして涙目になっているルビーの顔。それらを見て思わず涙がこぼれ落ちる。
アイはずっと自分の中にあったソレにこの瞬間ようやく……。
「あ……これだけは言わなきゃ。アクア、ルビー……愛してる」
「アイ!?」
「ママ!ママ!?」
「ああやっと言えた。ごめんね……言うのが遅くなって」
痛みが限界を超え、脳がアイの意識を落とそうとする。
「あー良かった。……この言葉は絶対嘘じゃない」
掠れるような声でなんとか言葉を出すアイを見て、アクアも取り繕う事は辞める。
少しでもアイの気力が持つように願いを込めて。
「俺も愛してる!アイ……母さん!だから諦めるな!頑張ってくれ!」
「ママ!わたしも私も愛してる。だから!」
アクアとルビーも母に対して今できることを精一杯、とにかく生きる気力を与えるために叫ぶ。
(アクア……初めて母さんって呼んでくれた。ルビーもあんなに必死になって……ああ……嬉しい、嬉しいなぁ。もっと……もっと二人の成長を……見ていたいなぁ……)
痛みに苛まれながらもアイは過去一番幸せそうな笑みを浮かべながら、まだ聞こえるはずのない微かなサイレンの音と共に意識を闇へと手放した。