「……あれ?ここはどこなんだろ」
少女、アイは自分の置かれた状況に困惑していた。
「状況的には私、多分死んじゃったのかなーと思うんだけど……。地獄って意外と綺麗なところだったりするのかな」
古くさいテレビが一台あるだけの白い部屋。壁もなくどこまでも広がっている。
そこに彼女は一人ポツンと立っていた。
テレビを覗き込んでみれば画面は黄色に光っており、何も放送されていない。
どういう場所なんだろうと彼女は首を傾げた。
「もしもーし、誰かいないの?死んだら閻魔様に罪状とか読まれるんだよね」
「あっようやく気が付いたんだ。ふふっそんなのないよ。そもそも地獄なんてない。魂は死んだら崩れて星と海に還っていくだけだよ」
突然誰もいなかったはずの背後から声がする。
アイが驚いて振り返るとそこには10歳くらいの女の子が一人立っていた。
顔は見えているはずなのに認識ができない。まるで霞がかかっているかのようにぼやけている。
アイは自分の視力を疑ったが、どれだけ近くに行っても目を凝らしても顔を正しく見ることはできなかった。
彼女の顔を見ることは諦めて、アイは少女のことを確認することにした。
この場についてのヒントを持っているかもしれないから。
「あなたは?」
「なんて呼んでもらったらいいだろうね。とりあえずはツクヨミでお願いしようかな」
ニコニコと顔が見えないのにしているのが分かる不思議な感覚。
真面目に名乗るつもりはないらしいと思ったアイはこの場所について質問をする。
「ふーん。天国でも地獄でもないなら結局ここはどこなのかな?」
アイは自分が良介によって刺されたことは覚えている。
最後の気力を振り絞って子供達にやっと伝えられた言葉も。
だからこそ現状を知りたくて疑問を口にするが、それに対してツクヨミはくすくすと笑うのみ。
それに対する回答はない。
そこからはぐらかすように彼女は言う。
「折角だし、一緒にテレビでも見ようか」
「これ何も映ってないよ?」
アイは改めてテレビを見るもやはり黄色の画面しか見えない。
不思議そうに首を捻っていたツクヨミが横から手を伸ばす。
「それは見方が悪いね。こうすれば映るよ?」
彼女の言葉と共に画面が表示される。
そこはどこかの病室のようだった。
部屋には患者は一人しかおらず、他には誰もいない。
ルッキズムの源のような少女が一人、器具を沢山付けられて静かに眠っている。
ただ少し不健康そうな顔色が気になった。
よく見れば毎日鏡で確認していた顔だとアイは気が付く。
「私?」
「そうだよ、ここは病院の一室。……ちょうど君に来客だ」
『ママ〜起きて!今日はね、お兄ちゃんのお土産話を持ってきたよ〜』
『やめろ、そんな話はするな。病室で騒ぐと怒られるぞいつかみたいに』
「あっアクアとルビーだ」
ツクヨミのそのセリフ通り病室が開けられる。
現れたのはアクアとルビーの二人。アイの子供達であり、仲のいい双子だ。
『ほんとママってこうして寝てても可愛いよね』
『本当に人類の至宝だな』
「うふふっ照れちゃうなぁ。ママも可愛いけどアクアもルビーも最高に可愛いよぉ」
アイは二人の言葉に喜んでいるが、ルビーの表情はいつものような天真爛漫な笑みではなく、少し痛々しい。
アクアも普段より硬い表情をして見えた。
「二人にこんな表情をさせちゃってさ〜。……ダメだね私」
「凹むねぇ。正直この件は君が悪いかと言われたら……そうだね2割くらいかな」
ツクヨミによって追加ダメージの入ったアイは完全に凹んでいた。
その頃、アクアはルビーの方を見てどうやったら少しでもルビーを元気付けられるかを考えていた。
もう母が眠りについて三日が経つ。不安に思うのは当然だろう。
そこで一つ、案を出す。
「さっき確認してきたが、この病室周りに人がいないんだ」
「へ?それってどういう」
「こういう事だよ」
アクアは自身のスマホからお目当ての曲を探し、そのカラオケ音源を再生した。
明るい曲調で聴いているだけで元気が出てくる音楽。
イントロの段階でB小町古参ファンであるルビーは気が付く。
「あっ……『推しに願いを』」
「今回のドームじゃ残念ながら流れなかったけどさ、やっぱり元気がない時はこれだよな」
あの日、吾郎の心を救った曲。
そしてさりなに生きる希望を与え続けたお気に入りの曲。
恋や愛を歌うB小町の曲が多い中、初の青春応援歌として出た曲だ。
B小町の曲としては異質であり、あまりライブでは歌われない曲でもある。
「歌おう、ルビー。アイ……母さんに届く気持ちで」
「……おにいちゃんは相変わらずだね」
「好きに言ってろ」
歌のパートが始まり、アクアとルビーは揃って熱唱する。
ここが病院であることを今だけは忘れて、今なお眠る母に届くように心を込めて。
「「『フレフレ人類、フレフレ地球!』」」
「「『セカイに届けこのメロディー推しへの願いが未来を変える!』」」
これまで四年の人生。
雨宮吾郎は人生で初めての母を得た。
天童寺さりなは母の暖かさを思い出した。
「「『頑張れ頑張れ大丈夫!キミは絶対大丈夫!』」」
「「『らしく輝くキミが見たいよ わたしの推しは最高だから!』」」
星野アクアは推しであり患者だった母へ祈りを捧げる。
星野ルビーは推しのアイドルで大好きな母の回復を願う。
前世でさりなに生きる気力を与え、吾郎の運命を変えた曲は、生まれ変わってもなお二人に元気を分け与えた。
「「はぁ……はぁ……」」
曲が終わり、全力で歌って汗を流した二人は息を整える。
まだ小さな身体では一曲熱唱するだけで体力を消耗するものだ。
一度顔を見合わせてから笑い合って二人は口を開いた。
「ママ、聴いてくれてるといいなぁ」
「星野兄妹の初ライブだぞ?母さんが聞かないわけないだろ」
「ふふ、そうかもね。ママ、感想言いたかったら早く起きなきゃダメだよ!」
二人は母に向き直り、楽しそうに笑いかけた。
「きゃわあああああああああああああ!見た!今のうちの子達の歌!音程も結構合ってて元気いっぱいで!ダンスも病院なのを気にして小さい動きだけど、しっかり振り付けできてて!やっぱ遺伝だよね〜私の才能が怖いよ〜」
「五月蝿いよ。この子達が可愛いのは確かだけど、それは別にキミの功績じゃない」
「それに!アクアが母さんって!母さんって呼んでくれた!刺された時も呼んでくれてたけどずっと呼んでくれてるなんて感激しちゃう!ルビーのママも可愛いけどアクアの母さんもカッコいいし最高!」
そんなアイの言葉の間でどこかムキになったような物言いにアイは少し引っ掛かったものの、可愛さの前にはそんな小さな思考など無力である。
その違和感が形になる前に興奮し続けるアイへ向けてツクヨミが告げる。
「さて、そろそろ終わりの時間が来ちゃったみたい」
アイはその言葉に寂しさを感じる。
少しずつ理解が進み、悲しさが溢れ出て、いつかのように一滴だけ自然と涙がこぼれ落ちた。
「そっか……。もっとアクアとルビーが成長するところ見たかったんだけどなぁ」
寂しそうな声色のそれを聞いてまたもくすくすと笑うツクヨミに少しアイはムッとした。
「もう、私は本気で思ってるのに」
「ふふっそれは分かっているとも。笑わずにはいられないよ」
ひとしきりくすくすと笑った後、ツクヨミはその答えを告げた。
「だって……君、別に死なないもん。とっくに峠を越えて安定しているよ」
「え?」
アイは言われた言葉が理解できなかった。
ツクヨミは淡々と説明をする。
「星野アクアの止血処置はほとんど完璧だった」
アクアは冷静に状況を把握して、前世の知識をフルに活用して時間のない中、最速で正しい処置を行った。
「星野ルビーが呼んだ警備員が止血処置を仕上げた」
ルビーは誰よりも早くあの場から離れ、真っ先に壱護へ事情を説明して警備の手配を依頼した。
「黒川あかねは君が刺されるより前に救急車を呼んでいた」
あかねはあの場から離れてまず救急車を手配した。
この後起きるかもしれない最悪を想定して。
「有馬かなが人を誘導して救急隊の移動する道を作っていた」
かなはあかねの行動を見て、それを活かすための行動をした。
通路になりうる場所から人が離れるように姿を晒して大衆を誘導した。
「君が、君たちがこの世界で紡いだ絆によって起きた必然。神の奇跡に頼らず君は助かった。それがこの世界における事実だよ」
次の瞬間、部屋がバラバラと音を立てて崩れ始める。
部屋と現実の境界が曖昧になる。
『君と直接話したことなくて興味があったんだ。この世界の二人のこと、よろしくね』
最後、アイの耳にそんな声が聞こえた気がした。
あの子達をもう一度見たい。
その強い意志を持って、アイは重たい瞼をこじ開けるように目を開く。
最愛の二人の姿を確認した彼女が最初にすることは決まっていた。
「……『推しに願いを』って……通な曲選だね〜。……でも凄い良かったよ……二人とも」
訪れた静寂に澄んだ声が病室を満たす。
二人は夢でないことを祈りながら彼女の顔を見る。
そこにはうっすらとだが、目を開いた一番星がいて。
「二人とも……元気みたいで……よかった」
「あっアイ!」
「ママ!」
「……ただいま。うん……良かった。……良かったよ」
今のアイは身体を起こすことができない。
だから抱きつくことはできないと二人して自重するものの、その目から溢れる涙は止まらない。
アイの目も夢の世界とも違う涙が流れる。
もう無理だと思っていた二人を見守る未来。
それが手に入った嬉しさが満ちた涙だった。
「っとナースコールしないと」
「手際いいねお兄ちゃん」
ひとしきり泣いた後、アクアが気を取り直してナースコールを押して連絡をする。
何故アクアがその辺りしっかりしているかわかっているルビーは染みついてるなぁと思っていた。
「問題があったらいけないからな。意識があるうちに問診とかやっときたいし」
「……ふふっ……アクアってお医者さんみたい」
思い返せば自分が刺された時にも何やら指示を出していた気がするなとあの出来事を振り返る。
そして思い出す。自分がアクアたちに話したことを。
「……あれ?わたし結構恥ずかしいこと言ってたような……」
「あんなの好きなだけ言っていいから」
「そうだよ、ママがいなくなっちゃうかと思って怖かったんだから」
いつもの大人びた態度を崩して子供らしく泣く二人に涙を拭って微笑む。
「……うん。良かった。忙しくてあんまり面倒見れなくてミヤコさんに任せちゃうことも多かった私だけど……まだ二人のこと見てられるんだ」
そこから医者が来るまでここ最近どんな状況だったかアクアとルビーが二人で話をした。
来られる時間はひたすら病院にいたこと。
かなとあかねも見舞いに来ており、お守りを持ってきていたこと。
社長なんて動揺しすぎてミヤコさんに扱かれていたこと。
犯人であるリョースケは既に捕まったこと。
「それにしてもリョースケ君、捕まっちゃったんだ。星の砂ホントにセンス良かったんだけどなぁ」
「アレ送ったのあいつだったのか。帰ったら捨ててやろうか」
リビングにあった星の砂はアクアの記憶にも残っており、廃棄の意思を口にする。
それに対してアイはくすりと笑いながらも拒否をした。
「ダメだよ、お気に入りなんだから。もし生き残れたらそのまま飾るつもりだったしね〜」
「もう!ママありえない!普通そんな危ない人の物なんて捨てるのに」
自分が襲われたとは思えない軽い様子で答えるアイに流石の双子も呆れることとなる。
ただどうにもリョースケを恨めないと思っているアイがいた。
もちろんアイとしてもアクア達を危険に晒したことは許せない。
だけどああなるまで子持ちのアイドルへ憎悪を持つことになるのは何か理由があったからだとアイは思っている。
そんなファンがいたってことくらいは覚えていたいと思ったのだ。
あとは……。
「リョースケ君、アクア達のこと供述とかしなかったんだね」
「本当になんだったんだろうな。アレだけおかしくなってたらバラされても不思議じゃなかったけど」
アイはあの時、直接良介と話していたからこそ、彼の中の何かがあの日変わったと信じている。
アイがあの日、愛を知ったように。彼の愛を思い出せたことを祈るのだった。
そこからしばらく話をしていると、担当医が現れて、アイへ精密検査が行われる。
診断結果は左腕の筋肉断裂。
普段の生活ですら痛みを伴い、よくなるかも五分五分といったところとのことだった。
一度手術が必要になる可能性が高いらしい。
「そっかぁ。じゃあまたしばらくアイドルは休止だね~」
「え?あなた続けるつもり?」
医者と今後の治療方針を話し合っていたミヤコがアイのアイドル続行宣言に驚いて尋ねる。
普通あんなことがあったのにアイドルなんて続けないだろうと言いたげなミヤコだったが、アイはそれに不思議そうに返した。
「ミヤコさんはむしろどうして辞めると思ったの?きっと完全にパフォーマンス戻すのに数年はかかっちゃうしその頃には私のファンも減っちゃうと思う。アイドルとしての賞味期限も危ないかもしれない。でもいつか、せめて後1回、私はライブで皆に言葉を伝えたいんだ」
アクアは復帰できる年齢も含めてアイドルとしては大変だと思った。
見立てでは25歳、アクアたちが小学校三年生あたりだろうか。
まだ十分に若いもののアイドルとしては少し上の年齢。
それなのに諦めないアイを見て彼女の中で何かが変わったのを感じ取った。
昔、雨宮吾郎に宣言した通り、星野アイは欲張りなのだろう。
「その頃にはルビーがデビューしてたりしてな」
「あ!なら私がB小町に入ってママと一緒に踊ろうかな?いいでしょ?」
「えー流石に10年以上はかからないでしょ〜。私天才だし!」
そんなアイの言葉を二人も否定しない。
アイは自然な笑みを見せた後、アクアとルビーの目を見て、今度こそ噛み締めるように言った。
今度ははっきりした意識の中で、星野アイは愛を見つけられたぞと世界に宣言するように。
「アクア、ルビー……愛してる!愛してるよ!!」
そこにいるのは20歳になったばかりのごく普通の女の子、ただ一人だった。
面会時間も終わり、アクアとルビーはミヤコと共に家へと戻る。
先日までの星野家は、アイがいつ目覚めるかも分からないという状況で空気が重々しかったが、今ならばそこまでなることはない。
むしろ明日への希望が満ちた陽の気にあふれている空間となっていた。
「そういえばお兄ちゃん」
「ん?どうした」
家ですっかり機嫌が良くなったルビーは先日のドームライブ映像を見ていた時にふとした疑問をアクアへと投げかける。
「誰がママの妊娠なんて厄介ファンに教えたんだろ。ほとんど知ってる人いないよね」
「……そうだな」
ルビーの指摘はもっともだった。
その辺の一ファンが簡単に調べられるほど杜撰な情報管理はされていない……とアクアも思いたい。
となると芸能関係者がリーク元として絞られる。
「可能性はいくつかある。まず低いものからだが……壱護さんとミヤコさん夫妻だ。ただこれはまずないだろうな。あの二人は母さんの事を生意気だが娘のような存在と認識していたようだし」
「そうだね。私もないと思う」
アクアたちの知る限り秘密を知っているのはこの二人だけなのだが、可能性としては小さいどころかほとんど0だと考えている。
そもそも動機もないに等しい。
「続いてB小町のメンバーだ」
「ええ!?でもママの妊娠なんて知らなかったんじゃ」
「母さんが休止をした時期は既に悪阻が始まっている時期だ。それどころか医者のところに来た時点でかなりお腹が大きかった」
吾郎としての知識があるので、アクアは当時のアイがどの状態までレッスンなどに参加していたかが分かっている。
双子というのもあるが、休止時点で妊娠20週でしっかりお腹を見てわかる程度の妊婦であり、胎児の成長もエコーで人型が見て取れる程度に大きくなっていた。
本当にその人のことを誰よりも意識してよく見ていたなら分かってしまっても不思議ではない。
「でも……B小町にも動機なんてないでしょ!だって私たちが世間に知られて人気が暴落なんて心配をするなら私たちを殺そうとしない?今回はママのことを狙ってたし」
「今のB小町くらいの一強状態だと利益は薄いけど、人はそんな合理的じゃないからな。元々そこまで仲のいいグループじゃないだろうし」
どんな意図があったかなど犯人にしかわからない。
もしかすると少し怖がらせてアイドルを辞めさせれば自分がセンターになんて人がいる可能性もなくはない。
「他にも悪阻を見かけた芸能関係者なら誰もが候補には上がるだろうな」
「うーんそう考えると候補多いんだ」
「ああ、かなりギリギリまで粘っていたみたいだし、近い人にはバレていても何もおかしくない」
その割にはアイがいくら有名になってもリークがなかった点は気になるところだ。
意外とこの業界は義理堅いのかなとアクアは思った。
アクアは最後の候補を話す。
「あとは最後になるが、僕らの父親だな。母さんと僕らの父親は何かしらの理由があって別れている。それを恨んでストーカーに話したって可能性もある」
「いや、ママは処女受胎だから!前も言ったけど男なんて最初から存在しないから」
「はぁ……もし父親について気になるなら母さんに聞いてみたら教えてくれるかもな」
全ての候補を話した後、アクアは今後の自分の方針をルビーに説明した。
「ただ正直どのパターンでもあまり気にしない方針だな」
「それはどうして?」
危険な人がいるなら探したほうが良くないかとルビーは思っている。
ただアクアはそれに否定気味だ。理由も複数あった。
「はっきり言ってメリットがない。仮に見つけてもまず逮捕とかできないぞ」
「えぇ!?なんで」
「例えばアイドルの隠し子がいるスクープを出したパパラッチとかが逮捕されるなら週刊誌なんて誰も書かないだろ。せいぜい名誉毀損とかで罰金が取れるくらいだ。今回の犯人がやったことはそれと変わらない」
「なんだかなぁ。言ったもん勝ちじゃん!」
そしてリターンの割にその割に向こうがアイの隠し子について情報をばら撒いてきた場合、ダメージが大きいのはむしろ星野家である。
こんなに割に合わない調査はないだろう。
アイのアイドル活動復帰があるかもしれないのにその妨害などできるはずがなかった。
こんなことに時間を掛けるくらいなら演技の練習をしたほうが有益だとアクアは考えている。
それに事件の直接的な原因もストーカーの暴走、そう考えた方が納得のいく場面は多い。
アイの居場所もドームだと割れていたし、隠されていたことで判明していたのは妊娠のことくらい。
それはいくらでも可能性があるし殺意があるかは怪しかった。
「そもそも実行犯の菅野良介のことすら母さんが恨んですらなさそうだからな。だからこの話はここで終わり。壱護さんに今後は警備を厚くしてもらうくらいだろ」
「いや、あれはママがおかしいよ……。私だったら絶対見つけてやるって怒るもん」
頬を膨らませて怒っているルビーを見ながらアクアは思う。
(もし……もし母さんが死んでたら仮に相手に悪意がなくとも復讐を誓っていたかもしれないな)
結局アクアがこれ以上深追いしないのはアイが死んでいない。これに尽きる。
アクアはあの涙を流して生きていることを喜ぶ母を思い出す。
もしアクアが非合法な手段を使って復讐なんてものをしたとして彼女は絶対に喜ばない。
この4年でアクアもそのくらい理解できるようになっている。
それだけじゃない。アクアにはルビーが、さりながいる。
折角新しい人生を歩み始めた彼女の足を引っ張るなんてアクアとしてはあり得なかった。
自分が何かをすればアイとルビーに迷惑がかかる。
大切なものが増えたからこそ、深入りはしない。
何とか自分が復讐をする必要がない理由を見つけ、自分を説得し切ったアクアは、平穏な日常へと戻るのだった。