僕が初めて息子に会ったのは、撮影現場でのことだった。
多少の誘導をしたとはいえ、僕が望む通りにキャスティングをしてくれた監督には感謝しかない。
空っぽな僕だけど、あの時はこの特技があってよかったと初めて思えた。
「初めまして。神木さん。苺プロ所属の星野アクアと言います。主人公の子供時代を務めさせていただきます。よろしくお願いします」
実際に会ってみると、想像よりもとても大人びたクールな感じの子だった。
サイリウムを振っている映像からは子供っぽいというか愉快な印象を受けたけど、よく考えたらまだ赤ん坊だったもんね。
彼女は一体どんな育て方をしたらこう育っちゃったんだろうか。
少し任せておくのが心配になってきた。
僕より精神年齢高そうだし、父なのに負けたように感じて少し複雑な気持ちもある。
とはいえ正式に父親とはなれなくとも、僕は僕なりに責務を果たすと決めた以上はこの子にできることをしてあげたい。
ちょっと緊張しているみたいだからヲタ芸動画を見せてみれば隣の女の子のほうが食いついちゃったな。
聞いてみたら同じ事務所らしい。
苺プロは子役を募集していなかったと思うんだけど一体何があったんだろう。
軽く話してから子供達の緊張が取れたところで、アクアから演技を見せてほしいとお願いされた。
これまでアクアが出演していた作品は全て見ていたからこそ、彼の名演技と普通の演技の差も分かる。
今の彼は大人びたというよりクールな感じのある大人の男、もしくはそれにちょっとだけ子供を混ぜるその演技だけ飛び抜けていい演技をする。
今回は比較的それに近いし、練習にはちょうどいいね。
僕が目の演技、その技術を実演してあげる。
名演技ができている時は、しっかりできていたからコツを教えてあげれば他にも使えるはず。多分無自覚にやってたんだろうね。
ちょっと見せただけなのにあっさりと意図して嘘の目を習得していたあたり才能もあるみたいだ。
どうやってその演技をしたのかと聞いてみたらアイと僕の演技を混ぜ合わせたような感じらしい。
彼女に演技を教えたのは僕だけど、彼女の演技は僕のそれとは少し違うのに上手く組み合わせたなと思ったよ。
一体どんな想いで嘘を演じているんだろうね。
「……本当に僕らの子は君そっくりだよアイ」
もし僕がもっと頼りがいがあったら一緒に子育てをしていたかも。
そう思うとなんとなく寂しく感じてしまった。
才能の輝きとは凄いものだ。
最初は歪に見えた目の演技も、自分流に調整していたからか凄い速度で伸ばしている。
僕にはない感性、視点で成長していくのは、認識されていないとはいえ親として嬉しく思う。
連絡先も交換してくれたし全く疑われてはいなさそうだ。
それにしてもアイは僕らが共演していることをどう思っているんだろうね。
彼女とは相変わらず連絡を取っていない。
実はアクアと会った後に一度だけ電話を掛けたことがあるんだけど繋がらなかった。
そんなに僕のこと避けてるってどれだけ嫌なんだろう。
流石に凹むよ?
仮面ライバーの放送が終わりに差し掛かるころ、ビッグニュースが飛び込んできた。
近々B小町が東京ドームでライブをやるらしい。
知人二人が所属するグループだ。今の僕には素直に喜ばしいことだと思える。
彼女たちはまだまだ飛躍していくだろうね。
僕自身も仮面ライバークロノスをきっかけにこれまで舞台がメインだったところからそれなりにテレビの仕事ももらえるようになった。
でもアイとは遭遇しないように日程を調整している。
理由は単純だ。僕が彼女にまだ未練があるから。ため息を吐きたい気分を何とか振り払う。
彼女といる間だけが僕の人生で生を感じさせてくれていた。
そんな考えが今もまだ根付いている。
そんな時、アクアからメッセージが届いた。
こうしてたまに演技の相談をしてくれる。
アクアとしては迷惑にならないか心配みたいだけど、僕としては父親ができて楽しいんだよね。
『道化師を演じる時、神木さんから見てこの演技何点ですか?』
どうやら懇意にしている監督が出した課題らしい。
動画が添付されていたのを確認すれば、衣装は普通の私服なのに動きもしっかりしている上、目元を見ればピエロの化粧を幻視するクオリティになっていた。
思わず100点と書きそうになったけど、彼が僕に求めているのはそれじゃないだろう。
心を鬼にして感想を書かせてもらうよ。
『87点くらい。今度は目に頼りすぎてる感じがあるね。動きの部分が若干硬いからそこが少し気になるかな』
細かい部分のテクニックも伸びてきているし、周りを騙すだけなら今ので十分なんだけどね。彼は詐欺師になりたいわけじゃなくて俳優になりたいみたいだから厳しくしないとね。
『ありがとうございます。少し目元を隠しても評価される演技になるか確認してみます。そういえば今度B小町がドームでライブをするのですがご存じですか』
『もちろん知ってるよ。おめでとう』
『関係者席を持っているのですが、神木さんどうですか?』
まさかの連絡だった。
正直僕もそろそろアイのライブを一度くらい生で見たいと思ってる。
一ファンとしてなら許されると思うんだ。だけどちょうど仕事の日なんだよね。
『申し訳ないけどその日は仕事が入ってるから遠慮しとこうかな』
『それはどうにもならないですね。他を探します。ありがとうございました』
彼にそれだけ懐いてもらえるのは嬉しいことだね。
子供のリラクゼーション効果はすごいなと最近特に実感している。
……僕には実のところもう一人息子がいる。愛梨さんとの間にできた上原大輝。
面倒も金田一さんが面倒を見てくれているけど……僕が責任を取るべきだよねとは最近考え始めた。
こう考えられるようになった辺り愛梨さんへのトラウマみたいなものはもう残っていないんだろう。
上原夫妻の心中の重みは辛い。あれは僕が殺してしまったような物だった。
冷静になれば初めは襲われたようなものとはいえ、あなたの奥さんと身体の関係を持っていますなんて言ったら不味いことくらい普通は分かる。
あの時の僕がそんなことすらわからない愚か者だっただけ。
その責任を一生背負う覚悟が最近ようやくできた。
いくつか問題はあるんだけど、彼に真実を伝えなくても僕のせいで一人になったんだからアクアたちのように裏から支援するくらいはするべきだろうね。
アイの子と同じように僕は見ることができるだろうか。
そこだけが心配かな。
僕なりに色々行動していると時間が経つのはあっという間でB小町のライブを来週に控えている寒い日。
僕宛に突然電話がかかってくる。
……公衆電話から連絡?誰だろう。
わざわざ足がつかないようにしている電話なんて出る必要ないかもしれない。
そう思いつつも大事な話だったらまずいので出ることにする。
すると予想外の相手が声をかけてきた。
『あ、もしもーし』
「えっ……は?」
テレビで最近よく見るようになった彼女だけど、耳元で声を聞くのは懐かしい。
僕が黙っていると不安になったのか向こうが問いかけるように呟く。
『あれ?間違えたかな』
「……いや、合ってるよアイ」
突然別れてまだ未練引きずっている相手から電話が掛かってきた。
それだけで思考がある程度停止するのは仕方がないことだと思う。
『あーよかった。間違えてたらどうしようかと思ったよ』
「……君は相変わらずだね。突然どうしたのここ数年連絡なんてしてこなかったのに」
それどころか僕に変わった連絡先すら教えてくれていない徹底っぷりだったよね。
そんな僕の嫌味をまったく気にした様子すらないアイが軽く返事をしてきた。
『えーなんとなく今どうしてるかな〜って』
いや、君の子供と共演していたんだから少しは知ってるよね。
まさかとは思うけど気付いてなかった?
「最近はテレビ演技もさせてもらうようになったね。演劇とは勝手が違うけど面白いよ。どうやればもっと綺麗に演技できるかを考えるようになったし新鮮な気持ちだ」
『演技……楽しめるようになったんだ。元気になったね、良かった』
「……そうだねあの頃と比べたらずっと気持ちが楽になった。毎日の楽しみもあるしね」
あの子たちには感謝しないと、そう考えながら思わずくすりと笑う。
君の子供達の活躍を見ていた。それが僕を正しい命の重みへ導いてくれた。
彼らが僕に成長のきっかけをくれた。
彼らの輝きがなければ、命の輝きをただ見ることがこんなに楽しいことなんて思わなかった。
その微かな笑い声を聞いたのかアイから驚いたような気配を感じた。
その後、随分と嬉しそうな声色で言葉をかけてくる。ただ内容は爆弾もいいところだった。
「ねぇ子供達も結構大きくなったんだよ。一度会ってみない?」
あっさりと子供の存在を暴露された僕はどんな反応をしたらいいんだろう。
もしかして僕になんて言って別れたか忘れてるんじゃないだろうか。
……結構適当なところが多かったからありえるかもしれない。
そんな抜けているところも彼女の魅力だけどもうちょっと僕のことを気にしてほしかった。
僕なりの決意を固めて行動する前にこの電話が掛かって来ていたらどんな気持ちになっただろうか。
想像するだけで恐ろしかった。
それにしても本当に彼女はこの電話はどんなつもりで掛けているんだろう。
子供の話をしたくらいだから寄りを戻したい?稼いでいるように見えて大変とか。
いやきっと違う。
そう思ってはいたけど、ほんのわずかな可能性を掛けて尋ねてみた。
「一応聞くけど寄りを戻そうとかそういう話かな?」
『いや寄りを戻すとかじゃなくってさ』
あはは〜と軽い感じであしらわれる。
本当にアイは……と思ったけどもしかして僕はとんでもない勘違いをしているんじゃないかと疑念を抱く。
彼女は確かに天然系の行動は取るが、別に人を意図的に傷つけるような子ではない。
結果的に傷つけてしまうことはあるけど。
僕が得意なのと同じくらいには相手の意図を汲むのは得意だったはず。
これまでショックが強すぎて考えもしなかったけど、何か裏がある?
残念だけど今考えても答えは出ないし、一旦彼女に返事をするとしよう。
『……いや、辞めとくよ。確かに前仮面ライバーで共演した時、賢い子だなとは思ったけど』
「ありゃ、バレちゃってたんだ。あの時久しぶりにヒカルの演技見たけど、相変わらず演技上手だなって感心しちゃった。アクアに演技教えてくれてありがとヒカル」
『……っ』
感謝の言葉に心臓が早鐘を打つ。
あれからもう何年も経つのにまだ消えないアイへの思い。
僕ってこんなに重い感情を持っていたんだね。
今彼女は飛躍の時を迎えている。アイドルに男は御法度だ。
どうもアイはその辺りの意識が甘い気がする。
あの時はまだお互いそこまで有名でもなかった。
正直発覚しても僕が責任を取るだけでいいくらいには仕事の量も少なかった。
今発覚すれば大スキャンダルで彼女の芸能人キャリアは終わってしまうだろうし、違約金もバカにならないだろう。
もう一人の子とも会ってみたいと思う気持ちはあるけど、個人の感情でこれからもアイドルとして頑張っていくアイの芸能人生を危険に晒すのは良くないだろう。
『でもそっかー会えないのは残念!あっ気が変わったらいつでも連絡していいからね』
「僕は君の今の連絡先知らないけどね」
『あはは、じゃねー』
ブチリとなんの躊躇もなく電話が切られる。
結局僕に新しい連絡先は教えてくれないし……。
アクア経由で話そうと思えば話せるけど、それは少し違う気がするなぁ。
でも久々にアイと話せて嬉しかったよ。
B小町のライブ当日。
僕はある撮影現場で仕事をしていた。
ローコストで制作する個人の映画らしいが、監督さんの書いた脚本はなかなか興味深く、僕としても楽しく撮影ができている。
監督さんがあの『それが始まり』の五反田さんというのも仕事を受ける決め手になったと思う。
あとで時間ができたらアクアの話でもしたいね。
今のところ撮影は順調に進んでいて、今のところはリテイクも出していない。
そんな最中に突然演技には関係のない声が聞こえた。
「おい、見たかニュース」
近くでスタッフが話をしているのが耳に入る。
普段はそこまで雑音なんて気にならないんだけど、不思議とその時は耳に残った。
思わず聞き耳を立ててしまう。
「見た見た、アイの件だろ?」
「ドームでアイが刺されたらしいぞ」
「えっ」
他人事に思っていたところで次の言葉に頭が真っ白になった。
他の撮影者も聞こえたらしく、思わず反応する役者が複数出て撮影が中断される。
は?今なんて……いや、ドームでそんなことがあるわけが。
僕が頭で否定を重ねている間に、他の演者はスマホを取り出して事実確認を行っていた。
「うわっマジだ。俺アイのファンなんだよね、大丈夫かなぁ」
「はっいい気味。ストーカーに刺されるって痴情のもつれとかじゃない?」
「嫉妬こっわ、あれだけ美人なんだから恋人の一人や二人いるっしょ」
撮影中だというのを忘れてしまったかのように各々が好き勝手にアイの話を始めてしまったのを見て、監督がため息を吐くのが見える。
「これじゃ撮影にならねぇな。いったん休憩だ」
一度仕切り直すため、監督が休憩を指示する声が聞こえる。
この辺りオンオフがはっきりしているのは歴戦の経験が物をいうのだろう。
というよりも実際は、監督もこの事件が気になっていたようですぐにスマホを取り出して何やら確認しているのが分かる。
「にしてもアイが刺されたってマジかよ。……死亡とは来てねぇ、ならまだ生きてるか?アイの奴も心配だが早熟も巻き込まれてねーだろうな」
僕の鈍った思考の中、気になる言葉が入ってくる……早熟。
そうだ。彼はアクアと知り合いでそれなりに普段から親しくしていると聞いている。
アイについて何か連絡は来ていないだろうか。
「何かアクアから連絡来てますか?」
「ん?あぁ神木か。早熟……アクアがよく君の話をしてるぞ。来てねーな……全員無事だといいんだが」
本当に心配そうだった。……連絡があるとしたら僕より監督の方だと思ってる。
たまにするメッセージでの近況報告で登場する頻度が、アイとアクアの妹、友人についで多いからね。
世話になっている回数も話しかけやすさも違うだろうし。
一応父親としてはちょっと悔しいけど認識されていない僕はただ演技の師匠の一人ってわけだから。
今の僕は便乗でもいいからアイの状態が知りたい。
「っ早熟から」
慌てたようにスマホを触る監督。やはり僕より先に彼に来たか。
その言葉を心の中で祈る。何事もないことを一心に。
そのメッセージを確認し終わった監督がほぅと一息を吐いていた。
「無事だとよ。なんとか峠は越えたらしい。意識は戻ってねぇらしいが、少なくとも命に別状はないってさ」
僕はその言葉を聞いて、ゆっくりと意味を咀嚼していく。
時間を掛けて脳が意味を理解していくと素の感情が思わず溢れた。
「あぁ……よかった」
僕のほうを見て監督が驚いたような顔をしている。
さっきまでの撮影では一度もしていなかったけど僕に何かあるんだろうか。
「なんだお前そんな本物の表情出せるじゃねーか」
楽しそうに笑顔を浮かべる監督の言っている言葉を理解するより早く、頬を伝う何かを感じる。
あぁ僕は泣いていたのか。演技じゃなくないたのなんて本当にいつぶりだろう。
もう記憶にも残っていないくらい昔だと思う。
「まだ二十歳にもなってねぇガキなんだ。もっと気楽に人生歩めよ」
「そうもいかないんですよ。でもアイが無事でよかったです」
気楽にはなれそうもない重みを抱えているから。
でも今の僕は間違いなくアイが生きていることを喜んでいる。そのまま無事回復することをあとは祈るだけだ。
アイの刺傷事件で混乱していた現場は時間が経つにつれて、少しずつ落ち着きをある程度取り戻し、撮影が再開される。
なんとなくいつもよりいい演技ができる、そんな気がした。
次回、第一章完結