暴走するルビーが一旦落ち着きを見せ、まったりした空気が流れる。
仕事の話や最近見たニュースの話など、どう考えても小学校低学年でするべき話じゃない内容が飛び交い、場は盛り上がっていた。
そんな中、時間確認のため時計を見たルビーが突然慌て始める。
「あっそろそろ時間!配信見なきゃだよ」
そう言ってからルビーはタブレットを取り出し、YouTubeを開く。
そこから淀みなく苺プロ公式チャンネルへと移動した。
登録者数は苺プロの中でも最多の400万人を超えており、人気の動画にヲタ芸赤ちゃんやアイの動画が並んでとんでもない再生数でその存在感を主張している。
だが今回ルビーの目的はそれらではなく、間もなく開始するライブ配信《【第三十六回】苺プロ 公式配信》の方だった。
そんなルビーの動きを見ていたかなが質問を投げかける。
「えっなんかあるの?あんた苺プロ公式配信なんて普段見てないでしょ」
「ふっふっふ〜それはね〜」
苺プロ公式配信は月に一度行われる苺プロ所属の芸能人や配信者を広く周知させるための企画だ。
普通の事務所ではやらないのだが、配信者部門も成功している苺プロならではのアイディアだろう。
かなはよく苺プロへ遊びに来るようになってから、ルビーの配信視聴傾向を知っていた。
これまでルビーは後から兄に要点だけ聞いて、放送自体は見ないことが多かった。
ただ今回は絶対に見なければならない理由がルビーにはある。
静かにタブレットは視線を向けるアクアとあかねを見て、余計にかなは不思議に思った。
そんな疑問は配信が開始された瞬間、解消される。
まず画面に映ったのは他を圧倒する圧倒的ルッキズムの暴力。
艶やかな黒髪は久しぶりの映像出演にも関わらず、衰えるどころか魅力を増している。
完成されていると思われた少女が、女性として成長してそこにいる。
『じゃじゃーん!苺プロ公式配信、はーじまーるよ〜。みんな、見てくれているかな?』
手を一番星のポーズにしている彼女は楽しそうに微笑んでいた。
一瞬で意識を持っていかれるあのカリスマ性は配信でも健在で、コメント欄は一瞬停止した後、天と地がひっくり返ったような騒ぎとなった。
・は?アイ!?
・なんでアイが
・まさか復帰するのか
「え!だ、大丈夫なの。前見た時は確かに元気そうだったけど」
動画配信のコメント欄も大騒ぎであり、身内に近いとはいえ、他の事務所の所属であるかなにとっても心底驚くサプライズだった。
少し前に事務所で会った時、様子を見て元気なのは知っていたものの一番酷い時の惨状を知っているからこその言葉だ。
口はともかく根は優しい子なのである。
そんなかなの疑問にも答えるように画面のアイは説明を始めた。
『いやー実は最近パフォーマンス戻すリハビリ頑張ってるんだけどね、今後は時間余るから暇〜っそんなに動かない仕事ちょうだい!ってミヤコさんに相談したらこの番組のMCならあげるわよって言われちゃってね』
・はえ〜画面映えもいいし最高だわ
・マジで復帰するつもりなのか
・今まで持ち回りだったもんな
・アイが固定されるだけで視聴者数も稼げるし流石苺プロ
最近の苺プロは経営手腕を褒められることが多い。
特にネットでは配信者部門が伸びており、マーケティングもしっかりできていることから印象がいいのだ。
『まずは私への質問コーナー!コメントからパーっと見て答えていくよ〜』
MCへの質問はこの配信恒例のコーナーだ。
次々と書き込まれていくコメント欄をサッと眺めてからアイが答えていく。
「最近ハマっていることはなんですかっと」
「何普通に関係者が質問してんのよ」
身内がしれっと便乗しているのはご愛嬌だろう。
『はい、紅玉ちゃんからの質問!最近ハマっていることか〜。うちの子……社長のところの子たちの寸劇をみることかな。脚本とかも自分で考えてくるしパターンも多くて面白いんだよね』
・アクアが参加する寸劇はレベル高そう
・あいつ発言が大人過ぎて怖いんだよな
・ヲタ芸がその怖さを中和して親しみを与えている
・もう一人の子はデビューしないのかな
コメントはこれを見て誰の話なのかすぐに察する。
これは恒例となっている演技の練習を指してアイは話していた。
最近余裕が出だしたルビーもアイドルとはいっても女優業やる可能性あるよねと言ってたまに参加するようになったので四人で行うことが多い。
ルビーはまだデビューしていないので名前そのものは出されないものの、存在の匂わせがされていた。
そこからアイへの質問でコメントはとんでもない速さで流れていく。
アイが10個ほど質問に答えたところでコーナーが切り替わった。
『私への質問コーナーはこれで終わり。みんな結構変わった質問を送ってきたから大変だったよ~。じゃあ次のコーナー『最新!苺プロニュース!』みんなお楽しみのコーナーだよね』
・来たな本編
・ミニゲームも面白いから……
・とはいえ今日はアイスペシャルだったから霞みそう
・元気そうでほんとよかった
「というか私はよその事務所所属で知らない情報だから楽しみだけど、あんた達はこの内容知ってるのよね?」
「いや、普通に知らない情報もあるぞ」
「アクア君はともかく私はたまーにアクア君のお仕事も知らされていない時があるよ」
かなのそんな疑問にアクアたちが答える。
同事務所内とはいえ、守秘義務の硬さによっては一般告知と同じタイミングで知ることすらある。
この辺りは相手との契約次第といったところだ。
『まずはこちらをご覧ください。どぞ!』
アイの声と共に画面が切り替わる。
やたらカラフルでメルヘンなイラストの中心に文字が書かれていた。
【苺プロ配信者募集再開のお知らせ】
『じゃーん。苺プロは1年ぶりに配信者の新規募集を開始するよ~。もし合格したら私と共演もあるかも!その時はよろしくね』
「うわぁ、えぐい餌付けるわね」
「使えるものは使ったほうがいい。実際は公式配信くらいしかアイと共演することはないんだけどな」
伝説のアイドルと呼ばれているアイと共演できるかもしれないという餌が馬鹿にならない。それだけで興味がなかった人も引き込むだけの魔力がある。
こうして母数を増やすことで、有能な人を発掘しやすくするというわけだ。
「景品表示法違反でしょそれ!」
「くふっ何言ってるのロリ先輩」
「かなちゃん愉快な突込みするなぁ」
かなのツッコミに対してあかねは思わず感心していた。
細かい反射部分は演技にも反映されており、そこがかなの演技力を支えているのだろうと分析する。
最近ツッコミのバリエーションが豊富になって来たとアクアも思っており、バラエティ路線ならもっと受けるんじゃないかと脳内プロデューサー気分になっていたりする。
実際にはできるかもとしか言っていないので、違法にはならないが、それはそれだ。
「なんかさ、だんだんロリ先輩のツッコミ力上がってるよね。言い回しが妙に凝ってるというか」
「あんたらのせいでしょうが!こんなところもし誰かに公開されてみなさい!有馬かな音楽の次は漫才か!?泥舟の音楽路線脱出で新規方針!みたいにあることないこと書かれちゃうわよ」
かなは特にルビーがツッコミどころの多い行動をするため、そちらに回ることが多い。
結果として以前より細かな反応ができるようになってきた。
「音楽よりそっちのほうが向いてるかもよ?ピーマン体操以外売れてないでしょ」
「ぐふっ」
息を切らせてツッコミを終えたところに辛辣なあかねのツッコミがぐさりと刺さり、かなはダウンしてしまう。
ピーマン体操が大ヒットし過ぎた結果、以前情報があった通りかなの仕事は音楽方面に偏ってしまっていた。
今かなは子役としての出番が少なくなったものの、実は音楽番組を含めるなら仕事量の減少は緩やかだ。
ただし仕事が減りだしたところで更に曲のためにと予定を空けた結果、本職である演技の仕事が減ってしまっている。
そのくせ出す曲全てがまるで当たらないので、最近は少しずつ音楽方面の仕事も減り始めており、余計に仕事が減っていく悪循環に陥っている。
それでもまだ仕事がある辺り、流石は国民的子役と言えるだろう。
「……今のは鋭すぎるぞあかね」
「ご、ごめんね、かなちゃん。もうちょっと受け流してくれると思ってて」
「ぐすっ……」
本気で傷ついてしまって涙目のかなを見て慌ててなだめるあかね。
そんなかなが素直に反応してくれるのを見て少し嬉しそうにしているあたり実は狙ったマッチポンプかもしれない。
そんなやりとりをしている間も配信は進んでおり、コメントはアイと共演できるとか応募するしかねぇと餌に釣られたらしき物が複数見られた。
『いいねぇみんな盛り上がってるね。続いては~こちら!』
再び画面が切り替わって今度は桃色のページが現れる。
【苺プロ新規アイドルプロジェクト始動】
『じゃーん!苺プロ、十年ぶりに新規アイドルユニットを立ち上げ決定!』
この告知にコメントもだが、子供達も騒然となる。
特にルビーなんて口をポカーンと開けていた。
「え?これって」
「B小町が解散するから別のユニットが立ち上がるって話だ」
アクアは知っている情報だったが、それ以外のメンバーは初耳だった。
事務員などは知っているが、演者で知っていたのはアクアだけ。
なにせこの提案をしたのはアクアだからである。
あかねから視線で意見を求められたので、アクアは自分の考えを説明していった。
「B小町は今年で休止が決まっているし、そのセンターであるアイは復帰時期が不明瞭。ルビーがデビューするまであと10年近く先の話だ」
夢に向かってルビーは毎日全力で努力をしてきた。
だがルビーの努力だけではどうにもならない年齢という問題がある。
小学生からデビューするアイドルもいるかもしれない、というより彼らの母がギリギリそうだった。
ただルビーに関しては苺プロはせめて彼女が中学生からと方針を決めているため、このままだと事務所にアイドル空白の期間ができてしまう。
「それまでにアイドルを輩出せず、苺プロ=アイドル事務所のイメージがなくなったらルビーが仕事するときに困るだろ。かといってB小町を世襲すると伝説のドームライブのイメージもあって新しいアイドルたちへのハードルが上がりすぎる。苺プロという看板を使いながらも高すぎる理想を一度リセットできる新規アイドルユニットが一番いいってわけだ」
アイというカリスマがいたのに最初はB小町が苦労した理由の一つに彼女たちが活動した時、他に同事務所のアイドルユニットがいなかったことが原因だとアクアは考えている。
だからこそ苺プロに常に一組以上アイドルがいる状況を作り出したかった。
勿論、折角壱護が作り上げて来たノウハウを無駄にしたくないという理由もあるがメインの理由はルビーのためである。
そんな説明を終えたアクアに対してみんなの反応はといえば。
「シスコンきっも。どんだけルビーのために行動してんのよアンタ」
アクアの発想にドン引きするかな。
流石のあかねも苦笑して少し呆れ気味だった。
この場で喜んでいるのは
(おにいちゃんは私のことを大好き過ぎる。はぁ相変わらずやり方が回りくどくて可愛いなぁ)
兄のガチ恋オタク妹くらいなモノだ。
裏の理由はあるにしろ、壱護も久しぶりの人気アイドルユニットを育成するということで張り切っている。
『こちらは私がオーディションの審査に参加する予定になってるから楽しみにしててね』
・アイが審査とか緊張しそう
・まともにできるのか?審査
・アイが審査って不安しかない
「アイに会えるなんてアイドル志望の人大喜び間違いなし!このユニットも成功が約束されているようなものだよね~」
アイが審査ってこと自体が不安なコメント欄とは正反対に、まだまだ先は分からないが、妙にポジティブなルビー。
アイのセンスは確かだと思っているアクアは、審査員としてどんな働きをして今からどんなグループになるのか楽しみにしていた。
更に言えば、ほとんど実績0のところから天才と言っていいアイがいたとはいえ、B小町を地下アイドルからドームまで導いた敏腕社長が全力で手掛けるのだ。
ギリギリB小町が活動している今、デビューをさせることで、以前よりはいい環境と言える。
『私としても後輩が増えるのは楽しみなんだ〜。20歳までの女の子が募集対象だからドシドシ応募して』
アイより後に入ったB小町のメンバーは数いたものの先輩後輩という間柄ではなく、同僚だった。
だからこそ少し新鮮な気持ちで喜んでいる。
『最後は苺プロのみんなの今後の予定!バン!』
所属芸能人の名前がずらりと並んで今月の出演予定番組がずらりと並ぶ。
B小町のメンバー六人、アクア、あかねといった面々は仕事も多い。
もうすぐ解散ということもあってB小町の需要は普段より上がっていた。
『いやーB小町のみんなも大忙しだね〜。私一人だけ何もできないからちょっとごめんって感じだけど。あとはアクアがもう大人気!大河ドラマなんて私も出たことないから驚いちゃった』
「アクア君最近どうやって時間作ってるの?今日のこともそうだけどミヤコさんやアイさん、私たちと会うための時間結構あるよね?」
「仕事をある程度絞ってもらってるからだな。今だけできる贅沢だ」
「は?あんた、仕事量絞ってるの!?」
かなは驚いてアクアを見る。
彼女自身は可能な限り仕事を詰められていた側でそれを誇りに思っている。
アクアもかなり仕事を詰める性格だと考えていたから余計に反応してしまう。
確かに仕事は楽しいし大事だとアクアもわかっている。
だがアイの事件があってからアクアは家族の時間をしっかり取れるようスケジュールの調整をミヤコにお願いしていた。
アイの貯金もあってアクアたちはアクアの稼ぎなどなくとも当面問題ない生活ができるのも大きい。
セキュリティの高い住居以外は高い買い物をしない家族だった。
アイの件でいつ家族がいなくなるか分からないと思ったからこそ、その時間を大事にする。
前世で祖母以外に優しい家族がいなかったからこそ、アクアは、吾郎はこの選択をしていた。
「うちの兄マザコンでシスコンなの」
「きんも!このセリフ今日何回言わせんのよ!というか社長やってるお父さんはいいの?」
「壱護さん悲しんじゃうよ」
「うるさい。というかいいだろ家族は大事にできるならした方が」
社長夫妻の子供ということになっているため、壱護が不憫だと二人は気にする。
心配される程度には覚えてもらえているようで壱護も本望だろうとアクアはチラリと思った。
「んふふ、いつもより素直だねぇおにいちゃん。今日は一緒に寝てあげよっか!」
「断る、というかいつも一緒の部屋だろ」
「ふふっそうだよね。私も帰ったらお父さんとお母さんに日頃の感謝とか伝えようかな」
ルビーのからかい1割本気9割の言葉をアクアは受け流す。
流されたルビーはせんせのイケズと心で文句を言うのだった。
あかねはそんなアクアとルビーを見て可愛いなぁとアクアが年下なのを思い出して母性をくすぐられながらも、自分も態度でもっと家族を大事にしようと決める。
「そうよね……。私も頑張らなきゃ」
「有馬?」
「あなたたちの言葉聞いてたら私も親孝行しなきゃって思っただけよ」
そんなかなの言葉を聞いてアクアは少し引っ掛かりを感じた。
アクアが同じくらいの忙しさの時、十分に家計を養えるくらいの収入があった経験からかなは今でもそれなりの収入があるのは予想できる。
まだ7歳でしかないかなが親孝行できていないという認識は少し歪だ。
「いや、有馬は十分やってるだろ」
「え?」
アクアの言葉に心の底から不思議そうな声を出すかな。
彼女の感覚は自分の全盛期こそがよく頑張っているの基準である。
今、家の空気が悪くなっているのは仕事が減った自分のせいだとかなは本気で思っていた。
そこにまさか普段厳しいアクアが誉めてくれるなんてと心を動かす。
「あっちょっと今の怪しいかも」
「どうしたのルビーちゃん。突然そんなこと言って」
「センサーが反応したっていうか、ああいうロリ先輩みたいな普段ツンケンした子ほどおにいちゃんの時折見せるふとした優しさにコロッといっちゃうんだよね」
いつもならすぐに突っ込むような外野の声も聞き流す程度には、今のかなは固まっていたようだ。
いつまでもぼーっとはできないと持ち前のプライドと精神力でかなは何とか自分を取り戻す。
「そっ、そんなの哺乳瓶吸ってる頃から私は芸能界にいるからこのくらい当たり前よ。最近の私なんて不甲斐ないくらいなんだから」
「そうか。……本当に困ったら相談しろよ?」
「結構前にも心配してたけど何ともなかったでしょ?気にし過ぎよ」
アクアの心配をよそに気楽そうに告げるかな。
そんな彼女の様子は流石日本を代表する子役と思える元気そうな物だった。
(そうよ、まだ私が頑張ればきっと大丈夫だから)
そんな思いを胸に隠す少女をアクアは心配しつつも、今回は手を出さないことに決める。
既にアクアなりの対策は準備している。
壱護にも相談は終わっており、すぐに動ける状態は整っていた。
取り越し苦労であってくれと思いつつも、いつか使う時が来る。
そんな予感がアクアにはあった。