「あっお兄ちゃん!今日一緒に学校行けるの?」
「ああ。初日からいないのはちょっと浮きそうだからな、最初だけ調整した」
「ふふっ……。そういうことにしといてあげるね、おにいちゃん」
朝、アイが用意した朝食を食べながら双子は話をする。
ルビーのために同じ学校を選択したのはいいものの、アクアは仕事の関係で毎日一緒に通えるとは限らない。
ピーク時のかなと比較されるだけはある忙しさで、時折このペースで仕事をしていたら前世より社会で疲れるのではと疑っていた。
幸いアクアの場合は、前世があるので学力的な遅れは出ることはないが、あかねやかなはどうやって成績を維持しているんだろうと不思議に思っていたりする。
「アクア、ルビー。どうだった?今日の朝ごはん、野菜を子供でもおいしく食べられる〜って書いてあってやってみたの!」
アイが台所での作業を終えて戻ってくる。
自分の作ったものの感想が気になるのかソワソワしながら双子へ尋ねた。
「おいしいよママ!推しのご飯を毎日食べられる生活さいっこう!」
「量もちょうどいいしうまかった」
「そっか……よかったぁ」
子供達の感想を聞いて表情を綻ばせていた。
アイは以前なら疎かにしがちだった家事も、時間があるからと挑戦し、レベルアップを続けていた。
今ではなかなかの腕前だとミヤコが太鼓判を押している。
最近は少しネットで調べて栄養バランスも考えられた料理も上手く作っており、子供たちも喜んでいた。
「今のうちに二人のお世話しとかないと人生損しちゃうからね。ママも二人への推し活頑張ってるんだ〜。前にルビーが言ってたやつ、推しは推せる時に推せ!って奴だね」
「んふふ、ママも分かってるねぇ」
「母さんに妙なことを教えるなよルビー」
子供達への愛を推し活と称するのは珍しいかもしれない。
ルビーが自分の母を推しと呼んでいるせいなのでは?とアクアは密かに疑っていた。
そう遠くないうちに活動を再開させると、こういった時間も取りづらくなるからこそ、今全力で新しいことに挑戦しているのだろう。
家を出る時になってアイは二人へ心配そうに声をかける。
「本当に気をつけてね二人とも。いざとなったらすぐにブザーを鳴らして助けを呼ぶように」
「ふふっ大丈夫だよママ。毎日心配してくれるのは嬉しいけど今日はおにいちゃんもいるから!」
「そっか、じゃあ安心だね」
そんなやりとりをしてから二人で家を出て、学校までの道のりを進み始める。
ルビーのお願いに負けてアクアは彼女と手を繋いで歩いていた。
チラチラと通行人の視線が双子へと集まっている。
将来性を感じさせる整った顔立ちに金髪の子供が二人並んでいるだけでも絵になるのに、今のアクアに至ってはテレビを見ている人なら知っていると言えるほどの知名度を誇る。
そんなアクアの隣で手を繋いでいる可愛らしい女の子は一体誰だ?とルビーにも好奇の視線を向けられていた。
「んふふ〜」
「機嫌良さそうだな」
「だっておにいちゃんと二人で登校だよ?初めてのことは楽しまないと損だよ、ね!」
そう言いながらアクアの手を握っている力を少しだけ強めて笑いかける。
入学式の日は皆で移動したからか別枠らしい。
声には楽しさがよく載っており、本心から言っているのがアクアにも伝わってくる。
「私さ、学校に登校するのも夢だったんだ。結局一度もまともに通えなかったから」
そこで一瞬だけルビーが暗い表情をするも、すぐに明るい表情に戻って言葉を続ける。
「でもこれからはいくらでも行けるんだもん!いい思い出たくさん作らないとね」
「……そうか。思い出作りも大切だけど勉強できるのも一つのチャンス、機会を無駄にしないようにな」
「はーい。将来お兄ちゃんとテレビに出て恥ずかしくないとこ目指すね!」
事情を知っているアクアはその言葉を一度噛み締めてから返事をする。
それにしっかりと元気な返事をするルビーだった。
平和な登校が終わり、アクアたちが学校に着くと、何人もの生徒が校庭で遊んでいた。
その邪魔をしないよう校舎へと歩くアクアたちを見て、ガヤガヤする人もいれば、まるで気にしない人もいる。
芸能人に対する反応はさまざまだった。
そんな中、アクアは気にせずルビーと話しながら歩き、迷うことなく教室まで到着する。
中からは人が動く音がしており、楽しそうに盛り上がっている声が聞こえてくる。
ルビーは雰囲気だけで楽しい学校生活を想像できた。
だが、アクアがガラリと扉を開ければ、途端に騒がしかった教室が静まり返った。
「なぁアレって星野アクアだよね」
「ライバー出てたよな」
「天使みたいな見た目って聞いてたけどリアルでもすごいね」
「大河に今出てるのアイツだよな」
先ほどまでとは明らかに異なるボリュームで繰り広げられる会話にアクアはため息を吐きたい気持ちになる。
芸能人だからと露骨に遠巻きに見られていた。
とてもではないが、今から友人作りなんて言える状態ではないだろう。
「ど、どんまいお兄ちゃん。わ、私が友達作ったら紹介するから」
その原因である兄を労るように声をかけるルビーを見てアクアは我慢できずにため息を吐く。
「はぁ……俺の友達関係は別にいい。別に友達作りに学校に来てるわけじゃないし。ルビーは友達作りたいならさっさと話しかけてきたらどうだ?グループできちゃうと後から作るの面倒だぞ」
「え!そっそうなの!?じゃあお兄ちゃん先に色々な人と話してくるね!」
周りのボリュームに合わせてルビーも小声でアクアに話しかけるあたりが今の空気を物語っているだろう。
アクアとしてはルビーさえ友達ができてくれればいいかと思うことにするつもりだった。
一度ルビーに他の子に話しかけてきたらと提案すれば、アクアは一人残された。
見ていれば持ち前の明るさで次々と人を惹きつけており、アクアとの関係性も相まって人だかりができていく。アクアとは大違いだった。
この空気は治りそうもないし、しばらくは寝たふりでもしようかとアクアが考えたところで彼の視界に影が落ちる。
「貴方、星野アクアさん……だよね?」
「ああ……君は?」
アクアが顔を上げると一人の少女がそこにいた。
将来性を感じさせるかなやあかねにも劣らない整った顔立ち、印象に残る瞳と目元と口元の小さな黒子が特徴的な女の子。
纏っている雰囲気は少しダウナーな印象があるものの話しかけにくいといったことはない。
この空気の中アクアに話しかけるとは度胸があるなとアクアが考えていると少女の方から自己紹介があった。
「私は同じクラスの不知火フリル。星野さん、『仮面ライバークロノス』見させてもらっていた」
「ああ、ライバー見てくれていたのか。ありがとう」
「……凄く良かった」
身内以外の生の感想は貴重だ。
少し前の作品だと自分で反省した部分以外に課題や良かった点が見つかることもあるので積極的に聞くことにしていた。
普段のアクアはエゴサでそういった情報を集めるようにしている。
だがどうしてもネットの意見は尖ったものになりがちだ。
だからこそこういった機会を大切にしないといけないとアクアは考えている。
「妹が同じクラスだからアクアでいいぞ。良かったら仲良くしてやってくれ」
「妹……あの噂本当だったんだ。分かった、アクアさんって呼ばせてもらう」
何かアクアについての情報を事前に聞いていたらしいフリルは少し考えるような仕草をした後に返事をした。
兄妹がいるという情報は何度かインタビューで匂わせるようにしており、コアなファンの間では話題になっている。
「あの作品は全部良かったけど、特に主人公がついに追加フォームを習得する時の変身シーン。セリフそのものは短いのに表情で葛藤と覚悟、それにヒロインへの愛を語っていたのがお気に入り。やはり顔のいい役者の憂い顔はいい」
「まぁあそこで俺の出番は終わりだったから気合いが入ってたのはあるな。俺が見せたいと思っていた所が全部伝わってたみたいで嬉しいよ」
そこから他にもアクアの出た作品の感想をいくつか話す。
フリルはあかねのようにアクアが出演した全作品網羅しているのではないかという程、作品の数を見ているわけではなかった。
だが通なものから有名どころまで様々な作品の感想をアクアに話してくれる。
アクアも最初は感想を聞いているだけだったが、その視点や発想はアクアにも新しい知見をくれるものでいつからか話し込んでいた。
そんなフリルの意見を聞いているうちに彼女が妙に細かい視点で演技を見ていることが気になってくる。
「不知火は演技の分析をしっかりしてるみたいだけど子役か子役志望なのか?」
アクアにしては踏み込んだ質問だったが、軽く話した中でフリルならば大丈夫という謎の安心感があってのものだ。
実際にフリルは気にした様子もなくその質問は答える。
「いいえ。ただ将来は芸能界に興味があって。……実は姉が芸能人をやっているの」
「ああ……。確かに身内に芸能人がいると興味湧くよな。うちの妹も早くアイドルになりたいとよく口走ってるし」
フリルが告げた言葉にアクアは驚きつつも納得した。
冷静に彼女の容姿を観察すればまだ幼いながらも整っていることが分かる。
兄妹が活躍している芸能人と言われても全く違和感はなかった。
アクアが共演した中には似た顔立ちの女優はいなかったなと思い返す。
その情報を聞いて彼女の違う側面を意識する。
表情はそこまで変化していない、ポーカーフェイス。
口調や声色はそこから想像できないほどにしっかりと感情が乗っている。
少し話しただけだが、職業病のようなアクアの感性は、この子はアクア、ルビー、かな、あかねの誰とも違う才能があると感じていた。
細かい仕草や動きに思わず見てしまう外連味が彼女にはある。
あとは感想に含まれる独特の感性、それなりに芸能界に揉まれたアクアとしては可能性を感じていた。
「ちなみに不知火自身は芸能人になることに興味はないのか?」
「そうね、どちらかといえばアイドルから始めるマルチタレントを目指したいと思ってる。歌もやってみたいし演技もやってみたい。自分の可能性を狭めたくないから一度は全て体験したいところ」
アクアがスカウトの権限があったらこの場でスカウトしていたなと思っている。
向上心も身内と言っていい彼女たちにも負けてなさそうだ。
きっとデビューすれば伸びるだろうというのがアクアの見立てである。
「アイドルか。不知火は可愛いからいけると思う」
「……ありがとう。……有馬かなさんのインタビューで言われてた通りね」
「アイツ何言ったんだ?」
かなのインタビューなど山ほどあるためアクアも全部はチェックしていない。それなりには知人のものだからと目を通すようにしてはいるものの、今のシチュエーションに関連しそうなものは記憶になかった。
これがあかねならば聞けばすぐにインタビューの内容を誦じてくれるだろう。
「内緒」
残念ながらフリルはその答えを教えてくれることはなく、アクアは時間ができたら調べようと考え、ろくでもない内容なら今度ピーマン体操でいじり倒してやると心に決めた。
フリルへの質問が終わったが、話はスムーズに続き、またアクアの演技に関する話へと戻る。
今やっている大河についても終わって一通りフリルが見たことのある作品は語り終えたところで一度会話が止まった。
そのタイミングでフリルがスマホを取り出すのをアクアは見た。
嫌な予感がするなと思った、こういう予感は当たるものである。
「あとアクアさんを語る上でこれ外せないよね」
『『ばぶ!ばぶ!ばぶ!ばぶ!』』
「またかよ!」
「顔のいい赤ん坊が全力でヲタ芸してるとこ、本当に眼福だった。頭や目が疲れたら見るようにしてる」
もう持ちネタのようになってしまったヲタ芸赤ちゃん動画を見て思わずアクアも突っ込む。
アレだけ有名になったアイのライブ切り抜きですらこの動画の再生数には追いつけないのが赤ちゃんコンテンツの強さを物語っていた。
「……俺がどれだけ成長しても絶対に出てくるあたりネットタトゥーってホント怖いな。初対面の人との会話材料になったりでなんだかんだ便利ではあるんだが」
「あっやっぱり定番ネタなんだ」
「俺から振るわけじゃないぞ。自分で見ると恥ずかしさはあるからな」
仕事場でもこの動画が一番有名なのは少し悲しいとアクアは思い始めていたりする。
「でもこの動画は本当にすごい。隣はルビーさんだよね?可愛らしい二人の赤ん坊が一生懸命にアイさんを応援していて胸がキュンキュンする。毎日見てたら視力上がったよね」
「俺たちのヲタ芸はステレオグラムか何かか?」
この短期間でかなり距離が詰まった二人はそこからもホームルームが始まるギリギリまで特に話題が尽きる事もなかった。
最後に連絡先を交換するところまで話が弾んだのはアクアのコミュ力というより、フリルがその辺りの調整が上手いのだろう。
この日、星野アクアには新しい友人ができた。
特に授業や休憩時間は特筆することがなく、放課後を迎える。
結局アクアに今日できた友人はフリルただ一人だった。
「おにーいちゃん!帰ろ!」
「ん、もういいのか?」
放課後になって少し友達と話していたルビーがアクアの元へと戻ってくる。
持ち前の明るさと天性の輝きを駆使してすぐに友達を作ることができたのはアクアとしても喜ばしかった。
「うん、お兄ちゃんにちょっと聞きたいこともあったし」
「聞きたいこと?」
「後で!さっ帰ろ帰ろ〜」
妙に言葉の圧を感じるアクアだったが、唯一友人となったフリルも何か用事があるとのことで放課後はすぐに帰っていたため、教室に残る理由もない。
準備を終えて教室を出て、二人並んで歩いていく。
少し狭い道に着くとルビーが早速話題を出す。
「それでおにいちゃん、不知火さんと何話してたの?随分楽しそうだったよね」
「キャラが迷子になってるぞ」
「今のロリ先輩に絡む時のあかねちゃんの真似だったんだけどどう?似合う?」
「あかねに謝れ」
楽しそうに横を歩くアクアへと抱きついたルビーだが、いつもより抱きつきの力が強いなとアクアは思った。
ある程度茶化してはいるものの気にはなっているらしい。
少し落ち着いてきたのか立ち止まって待っているとルビーが口を開いた。
「なんていうかさ、これまでおにいちゃんの周りにいた女の子って芸能関係っていうか身内!って感じだったから。今までいないタイプの女の子が出てきちゃったらおにいちゃんが取られちゃうかもって」
「はぁ……。安心しろルビー。たとえ友人ができてもお前のこと疎かにしたりはしない」
ここ数年の間にアクアにできた交友関係は同世代だと有馬かな、黒川あかねの二人のみだ。
そこから数年新しい交友関係が増えなかったからこそ、ルビーも新しい交友関係が気になってしまったのだろう。
アクアも結局のところ一番優先はルビーだ。
そのために自分の幸福はある程度捨てられる意思がアクアにはあった。
「ルビーは不知火のこと苦手か?」
「ううん、あの後フリルちゃんとも話したんだけど、ママのこともお兄ちゃんのこともロリ先輩のこともあかねちゃんのこともどの話振っても答えてくれて楽しかった」
「それは良かったな。いつもと違って新しい視野の人と話せるいい機会だ。大切にしろよ」
何やら昼休みに話をしていたのはそれかとアクアは思い出す。
二人とも楽しそうに見えたから嘘はないだろうと判断することにした。
ルビーは自分のまとまらない考えをなんとか言葉にしていく。
「昔と違って私の世界はどんどん広がってさ、お兄ちゃんの世界も広がって。……どうしても一緒にいられる時間が少なくなって」
それは何も学校に限った話ではない。
アクアが子役を始める前は四六時中二人は一緒だった。
だが今はアクアの忙しさもあって半日くらいとなっている。
仕方がないことにしろルビーはそれが寂しかった。
今度はルビーまで自由な時間が減ってもっと二人の時間が減っていくだろうと想像したら寂しくなったのだ。
「でも!もう大丈夫!だっておにいちゃんは私のこと大好きだって再確認できたから!」
「ポジティブなのは母さん譲りだな」
前世の記憶を持っていてもしっかり親子だとアクアは再確認した。
アクアに張り付いて元気を吸収したルビーはこれまでより更に輝いて見えた。
「それに私がわがまま言って折角できたお兄ちゃんの数少ない友達を否定したらいけないかなって思い直したの」
そんないい空気を破壊するようなことをルビーが言う。
アクアにも尊厳がある。今の状況を彼女に伝えるため口を開いた。
「違うから。前世の記憶がある分、普通の子達とジェネレーションギャップあって話しづらいだけだから。これから少しずつ若い子のトレンドを学べば友達くらい作れるから分かる?」
今世では同年代と関わることが少なく、他の役者や監督のような人と話が合うようにチューニングされたアクアの感性は子供の中だと浮いてしまう。
だから仕方がないんだとアクアは自分に言い聞かせるように言葉にした。
そんなアクアに呆れた目をルビーは向ける。
「必死じゃん……ごめんねせんせ、変なこと言っちゃって。時々おじさんっぽいなんて思ってないから安心してね」
「思ってないと出ないだろその言葉。待って、本当にどこがおじさんっぽいか教えてくれよさりなちゃん!」
久しぶりに前世のようなコミュニケーションを取ってイタズラっぽい笑みを浮かべるルビー。
ぱっとアクアから離れて逃げるように去るのを、必死に追いかけるアクア。その表情は明るく、年相応に見えた。