本日は公式配信にて告知されていた苺プロアイドルオーディションの最終審査日だ。
昔はモデル部門がそこそこやれているだけだった苺プロは今や規模こそ小さめなものの有名事務所となっている。
「楽しみだよね〜新しいアイドル。新しい推しに出会える喜び!これもやっぱりドルオタの醍醐味だよ!」
「……俺は今のところアイ単推しだからその気持ちが分からないんだよな」
そんな事務所に相応しいアイドルユニットを結成しようと面接や実技試験を三段階に分けて行っており、壱護とミヤコそしてアイのお眼鏡にかなう人物を探していた。
B小町が地下アイドルからスタートしたにも関わらず、ドームライブができるところまで成り上がったというのはアイドルを志す人たちにも有名な話だ。
「推しが増えるっていうのは幸せなことなんだよ!世界が輝いて見えるの!せんせは私がデビューしたら推してくれるって約束してるもんね!その時には推し増しの喜びを教えてあげるよ」
「……楽しみにしてる」
B小町は入れ替わりの激しいユニットだったが、核となる初期メンバーについては誰も抜けたことがなかった。
流石にB小町の躍進は、アイというカリスマがいたおかげというのは分かっていても、自分ももしかしたらと希望を持ってオーディションに参加する女の子たちの気持ちも納得だろう。
「今のお兄ちゃんってとんでもなく有名だから迂闊にここから出られないね」
「今日はここでトレーニングでもして過ごすことにするから問題ない」
最終面接の会場はここ苺プロの事務所。
この事務所でアイに次ぐ知名度を誇るアクアは邪魔にならないよう大人しくすることを決めている。
二人で普段よく使っているレッスン室を占領してゆっくりとしていた。
6歳で無理なくできる運動を始めるアクアを見て、不思議そうにルビーは呟いた。
「最近お兄ちゃんよくやってるよね筋トレ。子供のうちに筋肉つけすぎたらダメって聞いたことあるんだけど。その辺は元お医者さんとしてどうなの?」
「科学的な根拠はないぞ。もしそうなら小さい頃からスポーツやってるスポーツ選手たちもみんな身長低くなるだろ」
「確かに!スポーツしてる人ってむしろ身長高い人多いイメージあるもんね」
ただ低い年齢で運動をするのはいくつか注意点もあった。そこをアクアは説明する。
「子供のうちは身体がそんなに丈夫じゃないから負荷を掛けすぎると身体を壊しやすい。そこを守れるなら軽いトレーニングはし得だ。この時期は運動神経が発達しやすいと言われてるしな」
運動ができることで損する場面なんてまずない。
だからこそアクアはできる努力はコツコツと積んでいた。
「そうだ、ルビーも一緒にやるか?ダンスの練習もかなりの運動だとは思うからバランス調整は必要だけど」
アクアの言葉に少しルビーは考える仕草を見せる。
「そうだよね、もし身体が強くなればダンスもたくさんできるようになるし。……決めた!よかったら教えてよお兄ちゃん」
前世ではろくにトレーニングなどできなかったルビーは興味津々であり、それを見たアクアも妹のために行動することに決める。
「少し待ってろ、俺から教わるよりいい相手を知ってるから」
そうルビーに言ってからスマホでとある人物の予定を確認する。
アクアが連絡をしてからすぐにその人物から連絡が返ってきた。
どうやらこの後からであれば手が空いているらしい。
何やら交渉をした後にアクアはルビーへと向き直った。
「俺に今やってるトレーニング教えてくれた人が来てくれるらしいからそれからでいいか?」
「勿論!どんな人なんだろ」
おすすめのトレーニングがあるかを聞こうとしたのだが、その人物も今日は事務所に来ていたらしく、用事も終わったから見ようと快く返してくれた。
アクアは自分のやっている物を教えてもいいのだが、体格差や性別差があるため、そちらの方が適任だろうと考えて、相手の好意をありがたく受け取って教えてもらうことにした。
ルビーもどんな人なのだろうと想像しながらワクワクしてその時を待つ。
ガラリと扉が開かれて現れたのは
「やア〜!アクア君待ったかイ」
「へへへ変態だあああああああああ!おにいちゃん変態だよ!?警察呼ばないと」
「ぴよ……」
ひよこの仮面を被った半裸の男だった。
その鍛えられた筋肉は少し離れていてもよくわかる。
ただ流石に幼い女の子にボロカスに言われて凹んでいるらしく、ひよこマスクは地面の方へ向いてしまっていた。
「すみませんぴえヨンさん。こいつに説明してなくて」
「気にしないでいいヨ!この子が前にアクアくんが話していた妹さんかイ?」
「はい、今から紹介します。俺の妹のルビー、アイドル志望でこう見えて歌とダンスを2歳の頃からずっと磨いてきた根気がある奴です」
兄が普通に紹介をしたところで、ようやくこの半裸ヒヨコ仮面こそが今回筋トレを教えてくれる人だと理解したルビーは慌てて謝罪する。
「えっ……えっとさっきは突然変態呼ばわりしちゃってごめんなさい。星野ルビー、アイドル目指してます!」
「ピヨっ。小さい子供に受ける格好を模索してたどり着いたこの姿なら初対面でもウケいいと思ったけど逆効果になっちゃったネ。ボクはぴえヨン、覆面筋トレ系YouTuberやってるんダ」
そうは言いつつもぴえヨンマスクを外すつもりはないらしい。
そのあたりプライベート以外では社長とミヤコにしか明かしてないあたり徹底しているようだ。
アクアも素顔を見たことはなかったので少し気になっていたが、仕方がないと諦める。
このぴえヨンという男はアイドルオーディションに先駆けて行われた配信者オーディションに応募してきた元プロダンサーであり振付師だ。
アイドルが好きらしく、アイドルと同じ事務所で自分の好きなことをして働けるという環境に魅力を感じて応募し、ありのままに振る舞うことで合格を勝ち取った猛者でもある。
まだデビューしたばかりとはいえ、同期の中でも順調に成長している部類だと言える。
「えーっとその覆面暑くないんですか?」
「子供なんだから敬語なんて使わなくていいヨ。なかなか通気性いいから悪くない感じだったりするヨ。子供向けマスク最近完成した試作品だけど被るかい」
「あっ被……結構です!」
興味本位で被ってみたかったものの、それでもしバテてしまえば兄が折角設けてくれた機会を無駄にしてしまう。
そう考えたルビーは断ることにした。
少し寂しそうなぴえヨンを見てアクアが声をかける。
「今度のコラボの時どうしますか?体力的には余裕もありますし被って最後だけ出す感じでやりましょうか」
「そうだなぁ、商品の宣伝にちょうどいいカモ。お願いするヨ」
二人は先にコラボの方針を固める話し合いをすることにしたらしくどうするのがいいかを話し合う。
蚊帳の外になってしまったルビーはといえばこんなことを思っていた。
(おにいちゃんやっぱり大人って感じでカッコ良いよぉ)
まだ自分だけ仕事ができないルビーは小学校という制約ができたことで以前ほど推し活ができていなかった。
学校で友達と話したり、フリルに今の推しについて語ったりするのも勿論楽しいのだが、久しぶりにしっかりと見たアクアと大人のやりとりを聞いて少しテンションが上がってしまう。
「悪いなルビーまたせ……ルビー?」
「はっ!?あ、ごめんねおにいちゃん少し考え事しちゃってた!」
本当はただ兄のかっこよさに見惚れていただけとは思えない回答である。
「とりあえず軽い奴をぴえヨンさんが教えてくれることになったから、真似してくれたらいい。最初は俺も真似するから」
結局まだ本日分のトレーニングをしていないアクアも多少メニューの違いがあるとはいえ参加しておくことになる。
この辺りもぴえヨンに確認したあたりシスコンなのだろう。
「ヨーシ、じゃあぴえヨンブートダンス女子小学生編!10分付いて来れたらヨシ!」
そんなぴえヨンの声と共にダンスが始まる。
筋トレとはいえ、少しでも子供たちに楽しくやってもらえるようダンスという形を取っている。
実用性がありながら、その奇抜な格好も合わさってぴえヨンが子供たちの間で流行り始めている。
本格的にバズるのも時間の問題ではないかと社内で言われており、アクアとのコラボがあるのも、ここで最後の一押しで畳み掛けようという上の方針だったりもする。
今のアクアは大人から子供まで幅広く知っている。宣伝効果は高かった。
提案があった時もアクア自身、自分が世話になっているから時間作ると言っていたくらいだ。
「小さな子供も安心マッスルゥ!」
「あはは、キッツイ!死んじゃう!」
(楽しそうだなぁルビー。よかった)
ダンスの時からアクアは思ってはいたが、体を動かせる喜びを今のルビーは全力で味わっている。
それをアクアは嬉しく思っていた。
「足をちょっと上げてそれをキープ!インナーマッスルが鍛えられるヨ」
「……これ腹筋割れたりしないかな?せんせに見せられなくなっちゃう」
「インナーマッスルをメインに鍛えるなら少なくともぴえヨンさんみたいにバキバキにはならないから安心しろ」
そんなツッコミどころのあるルビーの言葉をアクアは自然と受け流す。
最近の猛攻モードルビーにアクアは適応しつつあった。
口も動かしつつではあったものの、しっかりトレーニングをこなし、10分のセットが終わった頃には息を切らせたルビーがいた。
「ふぅ……ふぅ……普段からダンスしてるしヨユーで行けるかなーって思ったけどこれキッツイね」
「まぁトレーニング用だからな。普段より疲れるのは当然だろ」
「でもこれでバシバシ鍛えたら私もマ……お姉ちゃんみたいにバンバン歌って踊れるようになるんだよね!楽しみだなぁ〜」
ルビーは今も希望に目を輝かせている。
母の愛を受け、兄に愛を振り撒き、その資質を育て続けている。
アクアはやはりこの子を曇らせないために自分から積極的に動く必要があると再確認した。
「流石にアイドル志望ってだけはあるよネ。ボクが今日やったトレーニングをレッスンの量とかに合わせて調整する必要があるカラ後でアクア君宛に配分送っとくヨ」
「ありがとうございますぴえヨンさん」
先ほどの動き程度では覆面を被っているのに汗すらかかない辺り、通気性だけじゃなく本人がすごい。そう思うアクアだった。
「あとさ!お兄ちゃんが覆面被ってコラボに参加するなら私も出ちゃダメかな?」
「どうしたルビー突然」
アクアは予想していなかった提案に驚く。
確かに顔見せをしていないのであれば、今後のアイドル活動に支障も出ないだろうが、決定権はコラボ先にある。
これはルビーのわがままでしかないわけだからダメだろうと横のぴえヨンに視線を送ったのだが。
「ん?ボクは別に構わないヨ。この子はさっきも最後までガチってたシ。こういうガッツある子いいよネ」
「マジか……」
思わず素の声が出てしまったアクア。
ぴえヨンとしてはあのヲタ芸赤ちゃんが揃って出るなんて数字も取れるし、ルビーのことを気に入っているのも本当だ。
彼としては断る理由が特になかった。
アクアの動揺を察したルビーは今が好機だと全力で畳み掛ける。
「ほら!私もヲタ芸赤ちゃんだし、覆面外さないでも察してはもらえるよ……デビューした時にさ、実はこんな事もやってました!ってネタバラシしたら受けそうだし……ダメ?」
「……ミヤコさんに相談してからな」
その熱い視線にアクアはあっさりと折れる。
勿論ルビーの言葉に一理あると思ったのもあるが、相変わらず妹にはゲロ甘の男だった。
アクアたちが楽しく筋トレをしていたその頃。
壱護、ミヤコ、アイの三人は最終審査に残ったアイドル候補たちを吟味していた。
「この子はセンスありそうだけどちょっと怠け癖ありそうな感じよね。どうなのそこのところ」
「……あー年齢は13か。正直この歳の子は扱いが難しいからな」
「でも私スカウトされた時、小学生だったよ?」
「お前はいいんだよ。俺のセンサーが光ってたんだから。この子はどっちかと言えば高峯に近い」
あの日たまたま見かけたアイに、壱護は将来のスターを見たのだ。
今回のオーディションでそこまで感じる人物はいなさそうというのが彼の認識だった。
「こっちの子はどうかしら。正直ルックスなら今回で一番だと思うわよ」
そう言ってミヤコは一人の人物について書かれた紙を他の二人に見せた。
「あー悩みどころだな、どっちかと言えばアイドルにそこまで執着していなさそうというか。……本当にやりたいことは」
「演技だよね。私のことを話してくれたエピソードトークもドラマや映画だったし」
今の時代アイドルがドラマに出るなんてザラにある。
それどころか引退後は女優に転身する人も少なくない。
彼女はそれ狙いで今乗っている苺プロの知名度を利用するため応募したのだろう。
「B小町も絶頂期ではないとはいえ十分人気あるものね。特にニノときゅんぱんはドームの時とは別人と言っていいわ」
「今のB小町見てるとやっぱり私があの時センターやめてた方が良かったんじゃない?って思っちゃうよね」
B小町はアイ抜きだと格落ちはするものの経験はしっかり積んだだけあって、アイが活動休止をしている今でもそれなりの仕事が入っている。
特にミヤコが名前をあげた二人は何かが吹っ切れたかのように活動に熱が入っており、それが人気の維持にも貢献していた。
そんな彼女たちに一番売れるのが大変な最初の時期をフォローしてもらえるのはありがたいことだろう。
「ドラマメインでもアイドルちゃんとしてくれるならいいんじゃないかな?私もアイドルって意外とお金にならないからドラマとかの仕事欲しいと思ってたし」
「お前はぶっちゃけ過ぎだ」
アイの言葉に壱護は呆れながらも、そんなアイドルがいたっていいかと納得する。
そもそもB小町の初期メンバーだって元は中学生モデル。
アイドルをやりたくて苺プロに所属したわけではなかったのだから。
「それにしても……100年後も語られる作品に出たいって中学生で大きく出たな」
「そのために私たちの知名度を使おうとする貪欲さも面白いよね〜役者部門だけで募集してたらそっちに来そうだけど」
「夢って言ってたものね、個人的には応援してあげたくなるわ」
一度夢破れた経験のあるミヤコは人が夢を追いかけている姿を見ると親身になる傾向にある。
場の空気は完全に決まっていた。
「まぁ……それならこいつは決まりだな」
歌も悪くなく、身体もしっかり鍛えている。
役者路線を前面に出してもアイドル活動を疎かにしないならばいいかと最初の一人が決まった。
そこから更に時間をかけて数名リストアップされていったところで、あと一人を選ぶかここまでにするかという空気になってくる。
目立つパフォーマンスの子達は既に採用を決めており、ここからは伸び代などを意識した選択となるだろう。
ここでアイが初めて自分から一人の資料を手に取る。
「この子とかどうかな?私のファンだって言ってくれたし」
「いやお前のファンって言った奴マジで沢山いただろ……。ってああ、こいつか。15の割に幼く見えるんだよな。いやこの感じは大きくなっても幼い系でいけるか?」
アイが手に取った資料には茶味がかったボブヘアーの少女の写真が添付されていた。
身長はそれほど高くなく、顔立ちはアイドルを名乗るのに十分な可愛らしさを持っている。
「ほら、お母さんとの話が良かったでしょ?母子家庭で夢を諦めようと思ってたけど母が後押ししてくれたってやつ!」
面接の時に彼女の語っていたエピソードを嬉しそうに語るアイ。
元々この少女はアイたちB小町が好きで、アイドルになりたかったらしい。
ただし家庭の経済的な理由で一度アイドルの夢は諦めかけたという。
だが、家族と一緒に苺プロの配信を見ていた時、苺プロがアイドル募集をするという話を聞いて母が応援をしたそうだ。
それを聞いてチャレンジをしてみることにしたという。
「アイはああいう話に弱そうだものね……。でも同情だけで選んではダメよ?苦労するのはあの子自身なんだから。ちゃんとした理由があるならいいけれど」
家族の、特に母親に関してアイは強い関心を惹かれる。
それだけではダメだとミヤコが嗜めるように言うも、アイは笑顔で言った。
「勿論キッカケはそれだけど、この子はきっと何かやってくれるよ。あの短いアピール時間で自分のいいとこぜーんぶ伝えてくれたし」
壱護はその言葉を聞いて彼女の面接やアピールを振り返る。ある程度考えを纏めてから口を開いた。
「歌は正直下手だったが、確かに自己PRが上手かったな。タイプで言えばお前に近い」
「あー少し分かるわ。アイは自分の可愛さをアピールするのが上手いけれど、この子は自分のいいところを目立たせるのが得意って感じよね」
「ああ、自分の長所と短所をしっかり理解していないとできない芸当だ。ああいう子は伸びやすい」
芸能界は可愛い子が集う。
それなのに特別可愛い子が現れるのは何故か。
人によってその答えは変わるが、ある人は可愛さの説得力こそが大切だと言った。
この子もそれを持っていると壱護は感じた。
「んふふ〜どう?なんだかイイ線行くと思うんだよね〜」
「実際ズブの素人って割には度胸もあったし、体幹も鍛えてそうで悪くない。成長を期待する枠にもなり得る……よし、この子で行くか」
決して今の能力が抜けて高いわけではない。
だが素材としては十分過ぎるという判断だった。家が貧乏というエピソード通り、これまでレッスンなど碌にできる環境ではなかっただろうことを加味すれば可能性は一番あるとすら思える。
三人の意見が一致して最終審査の結論が出される。
アイの直感だけでなく、冷静に分析した時しっかりと期待できるからこその選択だった。
こうして新しくアイドル候補生が五人、苺プロに所属することになる。