苺プロのオーディションも終わり、新たなグループが活動の準備に入った。
まだアクアたちにお披露目されることはない彼女たちだが、所属メンバー全員が楽しみにしている。
そんなある日、アクアとあかねは仕事で撮影現場にやってきていた。
「まさかこんなビッグネームのドラマ化監督を俺がやるなんてな」
「いや、監督って地味だけど映画の賞何回もノミネートされてる結構凄い人だと思うんだけど」
「早熟が素直に俺を褒めるなんて明日は槍でも降るのか?」
この日は新しいドラマの撮影が始まる日であり、五反田が緊張で慌てているのが見える。
珍しいなと思いつつもアクアもプレッシャーを感じているから気持ちはわかった。
「あはは、監督さんがびっくりするのも仕方がないんじゃないかな。だってあの『転生探偵乱歩』のドラマだもん。私もあの志穂ちゃんを上手く演じられるかなって今から緊張しちゃってる」
そう、今回は原作があるドラマだ。
『転生探偵乱歩』は週間連載されている長寿推理漫画であり、なんと100巻を超えている。
アニメ化もされており、アニメ映画も大ヒットしている超人気作品だ。
その分ハードルが鬼のように高い。
「というか早熟、お前のせいだぞ」
「俺?」
「お前がアイの件で俺がお前を確定で指名できる枠持ってただろ?それも格安で」
アイの件というのはアイが中止と無茶を言ったB小町のドキュメンタリーだ。
当たり前だが撮影は多くの人が関わっているものだ。
それを止めるのは違約金もだが、信頼的にもまずい。
いくら五反田とアクアたちが仲が良いからとなあなあにしてしまっては今後の関係に支障が出る。
そのためアクアは五反田に三年間の優先権と出演料割引を提案していた。
それが受け入れられたのは、今のアクアが押さえるのも大変な役者であることと、ドキュメンタリー映画の企画自体は完全に止まったとは言えないからの二つが挙げられる。
「実はあそこの編集者と俺は知り合いでな、俺が飲みで酔って口滑らせたんだよ。そしたら星野アクアを絶対に使えるならやりたい企画があるって言われて……これが出てきた」
「光栄だけど、そんな事あるんだな。というか口滑らせたなら完全に監督の自業自得だろ」
つまるところこの企画そのものがアクアありきという事である。
原作者が指名するなどはよくある事だが、企画が動く理由が演者にあるのは珍しい。
「原作者さんがお前をテレビで見た時に、この子なら乱歩やれる!って騒いでたんだとよ。だがお前はスケジュールが埋まりがちでこのままじゃ小学1年生で撮影できる期間が終わるってなって焦ってたらしいぜ」
主人公の乱歩がとんでもない大事件に巻き込まれて殺されてしまうところから物語はスタートする。
気が付いたら子供に生まれ変わっていたというどこかで聞いたような設定を持っている。
(これほどぴったりな人選もないよな)
アクアはキャスティングの連絡が来た時に自分のことをそう思ったくらいだ。
医者と探偵という違いがあるとはいえ、大人が子供を演じるのはプロと言ってもいい。
転生という非常にレアな経験をそのまま流用できる機会は今後もそう多くはないだろうとアクアとしては嬉しい話だった。
「まぁ早熟にとっては黒川あかねも有馬かなもいるこの現場はホームみたいなもんだろ。気楽にやれよ」
「まあやりやすい現場なのは間違いないかな。今作は主役級の大部分が子役だからこうもなるかって感じだけど」
そう、今回の現場にはかなもいる。
アクアからすれば共演は久しぶりだった。
練習などでは顔を合わせてはいるものの本気の演技をぶつけ合うのを今からアクアは楽しみにしている。
最後にそれだけ言うと監督は他にも話す相手がいるのかアクアたちから離れて行き、アクアとあかねがその場に残された。
「最近のアクアくん演技また伸びてるよね。『第六天魔王』の信長、見た目は子供なのに将来覇王になりそうって雰囲気を纏ってて威圧感すら感じたもん。私も自分なりにプロファイリングして再現してみたんだけど、なんかズレるんだよね」
そう言ってからアクアの演じた信長をあかねが再現する。
ライバーの時にアクアたちがやった人の演技の演技だ。
ただあかねが言うようにいつもの彼女のようなしっくりくる演技ではなく、違和感が強い。
なんというかモノマネの域を出ない印象を抱いてしまうものだった。
「そうだな……憑依演技は専門外だけど、俺が演技をした信長って前提がノイズになってるんじゃないか?一旦俺の演技を単独で作った後に信長の演技を被せる感じができれば近づくと思う」
アクアなりの意見をあかねにする。
それを聞いてあかねは考え込んだ。
「ありがとうアクアくん。試してみるね……最近のアクアくんの演技が伸びている理由はこれまで蓄積した自信?ううん、アクアくんは段階的に演技が伸びているより大きな経験でグッと伸びている傾向にある。仮面ライバーの時は神木さんとの出会いだとしてその後は……ドームライブ?だとすればあの経験かな?普通はできない人生経験がアクアくんの演技に幅を与えている?最近また伸び始めた原因はなに?……」
「……少し他の人に挨拶してくる」
あかねのプロファイリングを横で聞かされると自分の全てが明かされているようでドキドキしてくる。
特にアクアとルビーには特級の秘密があり、そのうちあかねにはバレてしまうんじゃないかとヒヤヒヤものだった。
アクアは今回探偵役だが、本質的にはあかねの方がピッタリだと思っていたりする。
「ん?あっいた」
あかねから離れて共演者やスタッフに挨拶をしていたアクアに声が掛けられる。
誰だろうと振り返れば以前にも共演した人がそこにいた。
「不知火さんお久しぶりです。今日はよろしくお願いします」
「うん、お久」
色素の薄い髪をボブカットにした女性、不知火ころも。
妖精のようだとテレビで言われるだけあって儚げな雰囲気が特徴的だ。
前に共演したのはまだアクアが小学生になる前で、以前より女性らしくなっているとアクアは感じた。
ゲームが好きらしく、FPSやらない?と誘われたことがある。
アクア的に言えば彼女がわざわざアクアを探してまで話しかけてくるのは珍しい印象があった。
「どうせ出番今日しかないから挨拶ついでにお礼を言おうと思って」
「お礼?」
ころもが演じるのはヒロインの前世であり、今日で全てのパートが撮り終わる。
だからこの日しかアクアに直接話せる日はないと思って探していたらしい。
久しぶりに会った上、連絡もそれほど取っていない相手からそんな話をされてアクアの頭に疑問符が浮かぶ。
「妹と仲良くしてくれてるって聞いたよ。仲良くしてくれてありがと」
妹?そんな人いたのかと思って思考を巡らせてアクアの頭で点と点が線でつながる。
「……は?えっマジで?」
「マジマジ大マジ」
思わず敬語も忘れて聞き返してしまった。
ただ、苗字以外まるで繋がる要素がないアクアは混乱してしまう。
確かに不思議キャラは似ているかもしれないがと混乱が抜けない。
「意外な側面が見えて眼福ってよく言ってる」
「不知火のやつ……」
「不知火じゃ私と区別つかないからフリルって呼んであげてね。それだけ、じゃっ!」
本当に妹のことを伝えに来ただけらしい。さっさと伝えることを伝えたら去っていってしまった。
確かにそのうちこのドラマの話はすることになるだろうし、その時不知火とばかり呼んでいたら混乱を呼んでしまうだろう。
フリルの方が良ければそう呼ぼうとアクアも決めた。
「あんた、不知火ころもと仲良いの?」
「有馬か。以前共演したことがあるだけだ」
「でもなんか親しげな話してたでしょ?妹がどうとかって」
二人の会話を見ていたらしいかなが、まだ動揺の抜けきらないアクアの元へ行って話しかける。
大きな現場は久しぶりだと、かな本人は勿論、マネージャーなども張り切っていた。
「不知火さんの妹がクラスメイトなんだよ」
「へ〜世間って意外と狭いのね。というか妹……あんた男の友達いるの?」
「男は別に友達宣言とかしないから」
「もういいわよ?何も言わなくて」
バッサリと言われたアクアは妹に続いてこの仕打ちは納得いかないと思いつつも、無理して友達は作るものじゃないと自分を納得させて落ち着かせる。
「今日の私の役知ってるわよね」
「美玲役だろ?」
『転生探偵乱歩』はダブルヒロインの作品だ。
前世の記憶があり、前世主人公と幼馴染だった志穂。
普通の女の子であり、今世主人公と幼馴染の美玲。
どちらも読者人気が凄く、恋愛パートが本筋でないのもあって、ここは曖昧に終わるのではないかと言われている。
毎日のようにネット掲示板ではヒロイン論争が繰り広げられたりはするようだがそれはそれだ。
「そっ、つまり私と黒川あかねの全面対決ってわけ」
「まあキャスト発表された時から面白おかしくネットだと書かれてたな」
例えばアクアが軽く目を通した中だけでもこんなものがあった。
【悲報】星野アクアさんリアルでも演技でも三角関係
名無しさん
名作『転生探偵乱歩』に乱歩役で出演予定
新旧パートナーがダブルヒロインに起用される模様
名無しさん
まだ小学生なのにこんなこと言われるのか
名無しさん
あいつは小学生の皮被ったドルオタだから
名無しさん
かなちゃんの勢いがなくなったから乗り換えた寄生虫
名無しさん
今ではかなちゃんより人気だもんなぁ
見切りバッチリじゃん
名無しさん
いくらアクアでも乱歩の大人な感じ出せるのか?
名無しさん
あいつなら演技いらないくらいでもそこそこのクオリティになりそう
名無しさん
アクかなよりアクあかの方が噛み合わせいいから乗り換えは仕方がないよね
名無しさん
同じ事務所なだけだろ
名無しさん
小学生ですらカップリングやるとかお前ら地獄かよ
僕はアクかなのバラエティ好きだよ
かなちゃんのツッコミが冴え渡ってるし
こんな反応まとめがそこそこ建てられている。
実際には仲のいい同年代が共演しているというだけだが、キャスティングをした五反田が期待した通りの反応で盛り上がっていた。
「まぁ私がアンタなんかに惚れるわけないけど、世間はそうは見てくれないってわけよ」
「大変だな役者。共演するたびにカップルを疑われたら二股どころか十股くらいしてることになりそうだ」
カップル役になった役者が付き合うというのは割とよくある話なのであながち大嘘でもないが、小学生相手でよく盛り上がれるなと思うアクアである。
「他人事だけどアンタが大人になるまで今の人気維持できたらスキャンダル筆頭よね。もう私の全盛期より長いし全然あるんじゃない?」
「いや、そんな女遊びでポカしたりしないから」
「いや遊ぶな!まったく人気を維持したいならスキャンダルなんてもってのほかよ」
「……小学生で何話してるんだ俺たちは」
実のところコレだけ世間が盛り上がっているのはプライベートでも3人とも仲がいいのが知れ渡っているのが大きかったりする。
これには理由がある。
@AI_Bkomachi
今日はかなちゃんが事務所に遊びに来てる!
アクアと息の合ったやり取り最高だよね!
@AI_Bkomachi
今度はあかねちゃんと楽しそうに話してる
あーかわいいなぁ私もまざろーっと
@AI_Bkomachi
あっ!かなちゃんが不満そう
ダメだよアクアほったらかしにしたら〜
@AI_Bkomachi
あかねちゃんがかなちゃんに揶揄われてほっぺた膨らませててかわいい!
アクア慰めてあげて〜
アイがネットで事あるごとに三人の様子を呟いているからだった。
勿論三人ともに許可は取っているものの、もはやアクア関連速報botと言っていい。
これを見たファンは『アクアのこと好き過ぎて草』だの『母親ヅラが過ぎる』だの『子供できたら溺愛しそう』なんて評判を受けており、概ね好評だったりする。
そして内容が内容だけに公式アクあかな最大手なんて呼ばれていたりもする。
彼女としては自分の命の恩人でもある彼女たちの事を非常に気に入っているだけなのだが、溢れる母性によって色々変なことになっていた。
「アクアくん、ちょっといいかな……あっかなちゃん」
「……黒川あかね。もういいの?演技考察は」
どうやらかなはあかねが演技について考察しているところから様子を窺っていたらしい。
アクアもそんな事しないでも話に入ってくればよかったのにと少し呆れ気味だった。
「うん、そこそこしっくり来る感じになったかな。でも少し気になる感じがあって……二人とも見ててね」
その言葉に合わせてまずあかねの雰囲気が変わる。まずはアクアの演技をした状態といったところだろう。
「まずはこう。……俺に見えるか?」
「悪くないと思う」
アクアとしては映像で見た時の自分に似た雰囲気だと思って納得だった。だがそれにかなから否定が入る。
「ぜんっぜんダメ。アクアの外見って神秘的な感じあるでしょ、それを演技で補わないと」
「うっ……確かにそうかも」
あかねはかなの指摘にハッとする。
演者の内面だけを演じていても、外見が異なる以上はそこも演技で補わないといけない。
この辺りの経験値は相変わらずかなの方が上手だった。
「はーあんたはまだまだね。その調子で志穂役務まるのかしら」
「ぐぬぬ……負けないんだから」
自分の方がズレていたのが分かってしまったあかねは悔しそうだが反論はしない。
アクアが気付かず、二人が納得しているのはアクアの自己認識が低いのが影響していたりする。
まだ前世の感覚が抜けきっていないようだ。
「おい、早熟に有馬かなに黒川あかね。そろそろやるぞ」
このタイミングで全ての準備を終えたのか監督がアクアたちに声をかけて撮影が始まった。
「被害者は江戸慎也、19歳。貴崎葵18歳。どちらも頭部を鉄パイプで殴られたことによる脳内出血が死因と思われます」
「カップルか?女性に襲われた形跡は……」
「ありません。完全に殺す目的ですかね」
「金目のものも盗まれていない……動機は一体なんなんだ?」
導入パートはシンプルだ。
アクアとあかねが演技をすることになる主人公とヒロインの一人が死ぬところからスタートする。
幼馴染だった彼らはいつものように二人で遊園地で遊んでいたところ、怪しい人物を目撃し、追いかけた結果、口封じのために殺されることになった。
「……嫌なこと思い出したな」
「どしたの乱歩〜、今日機嫌悪そう」
くすくすと笑うのは有馬かなの演じるヒロインの一人、美玲。
彼女は非常に明るく、暗い気持ちになりがちな主人公乱歩を笑顔にさせてくれる。
転生のことなんて話せない乱歩は誤魔化すように言う。
「昨日親父が酒飲んでうるさかったんだよ。不人気探偵なもんだから仕方がないけどさ」
「へー確かにおじさん声大きいもんね〜」
乱歩にとって今世の幼馴染は人でいられる繋がりなのかもしれない。
前世の記憶なんて持って生まれたもの特有の苦悩をアクアは演出できていた。
身に覚えのある感情が利用できるのは、感情演技においてアドバンテージとなる。
(さりなちゃんを助けられなかった時と同じ気持ちを思い起こせば。もっと言えばもしあの時アイが死んでしまったとしたらと想像すればこの演技は難しくない)
自分の、自分より大切なものを守れなかった辛さをアクアは経験したことも、経験しかけたこともある。
その圧倒的な罪悪感、乱歩としての人生が捻じ曲がるほどの体験。そこまで感情を引き出したところでアクアは自分の身体に起きた違和感に気がつく。
(しくじったか?)
感情を引き出し過ぎたからかアクアは自身のメンタルが不安定になり、動悸が起き始めた。普段は収まっている感情の暴走。
あの時の後悔が、あの時の嘆きが役を塗りつぶしそうになったその時。
「にひひ、笑顔のおまじない!元気になった?乱歩」
かなの私を見ろ!と主張するような太陽の笑みに思わず目を吸い寄せられる。
このセリフは元の予定にはない。アクアの顔色が悪過ぎるのではないかと考えた彼女の用意したアドリブだ。
即興だが、美玲が言いそうなセリフだからと撮影は続行されている。
「ああ……ありがとな美玲。元気が出たよ」
自分の感情、そして演じている乱歩としての感情両方をかなに対して言葉にする。
暴走しそうな罪悪感を洗い流す光のおかげで心の闇が一時的に祓われたようなそんな感覚をアクアは得た。
アクアは自然な笑みが溢れて少しだけかなも演技抜きの赤面をすることになる。
「あら、二人とも楽しそうね」
不思議な空気で訪れる沈黙を破るように澄んだ女性の声が響いた。
今度は日常の空気から一転僅かに重い空気が辺りを満たす。
「志穂か」
今年小学生に上がり、知り合った美玲の友人、志穂。
どことなく葵を思い出させるクールな女の子。乱歩は彼女を見るのが苦手だった。
出会ってからの短い期間に何度も葵を思い出させて、話しているとつい楽しくなってしまう。
彼女の代用品として見ているようで自己嫌悪に陥る。
今度のアクアは感情が制御できており、暴走することなく罪悪感を引き出すことができた。
志穂を演じるあかねは前世を持つという体験はしたことがない。
だけどこの設定通りのキャラたちならば、きっと。
(乱歩に慎也の面影を感じてる)
生まれ変わって記憶を持っていても育つ環境が異なるから同じ人物には育たない。
だからちらりと掠める幻影に目を奪われてしまう。そんな演技をあかねは行っていく。
話が進んで乱歩に正体バレするまでは俗にいう負けヒロインだと言われていたキャラでもあった志穂。
ここからよく巻き返したとあかねは原作を読んでいて感心したほどだ。
「二人とも!なに目と目で語り合ってるの〜口に出さないとわかんないよ!」
「ごめんなさい美玲。まだアイコンタクトで会話は難しかったわ」
かなの演じる美玲は日常ヒロインだ。
これから先も100巻も続く原作において普通の事件はともかくメインストーリーとなる裏の事件には関わらない。
蚊帳の外と思われるかもしれないが、暗い世界にいる二人を引き戻す役割を担っている。
そんなヒロイン二人のバランス調整が難しい作品なのだが、原作者は見事に取り扱っていた。
同世代の子役トップ3をキャストしただけあって、撮影はスムーズに進んでいく。
1話は導入、紹介、そして最初の事件とその解決だ。
この日は事件が起こった日までの撮影をすることになっている。
物語は進んでいき、事件が起こる。
「乱歩……人が……人が……」
「落ち着け美玲。志穂、この人脈がない。警察へ連絡だ」
「今警察へやってるところ」
公園で遊んでいた三人はトイレで遺体を発見。
動揺して震えが止まらない美玲。
乱歩が脈を測りながら志穂へと指示を出す。
何度か連絡したことがあるような仕草で警察に連絡する志穂。
平和な日常を過ごしていたはずの乱歩たちの再び事件と関わりある生活が始まった。
「カット!今回も文句なしだ。細かい内心も含めて表現できてて三人ともよかったぞ」
監督から声がかかる。
ふぅと一息を吐くアクアたちは早速自分たちの演技を思い返していた。
そんなアクアへかなが話しかける。
「あんたもしかしてマジで死体見たことある?」
「いや、ないけど」
(ここ5年くらいは)
産婦人科医として見る機会は少なかったが、決して0では無い。
研修医の頃から何度も死を目撃してきたからこそ、現実味のある慣れた感じを演出できていた。
勿論他殺と病死は違うが、内心を隠しながらも淡々と処理ができる。
「私もアクアくんの演技に引っ張られちゃってあの人本当に遺体なんじゃないかって思えちゃって鳥肌立っちゃった。ちょっと失敗かも」
「志穂はいいんだよ。あくまで葵時代も普通の女子大生で何度か慎也の事件に巻き込まれて一緒にいただけなんだから」
同じ慣れ具合だと逆に失敗だとアクアは思っている。
アクアの解釈としては志穂は強がっているものの慣れてなどいないと考えていた。
「最近の子役はすげぇというか進歩が著しいな。正直今回の早熟はマジで言うことなかった。120点の演技をずっと続けられてる感じだ。原作者様の慧眼は凄いな」
「本当にね、アクア過去一のハマり役なんじゃないかしら」
口では誉めながらもかなは内心穏やかではなかった。
負けるかもしれないとは以前から何度か感じていた。
だが、かなが音楽番組や家庭事情を理由に足踏みをしている間、アクアは確実に成長を続け、今日の演技ははっきりと"負け"を突き付けられる。
ほんの一瞬だけ演技が揺らいだ瞬間はあったものの、トータルで見た時にその瞬間すらも演技だったのではないかと思わされた。
「黒川あかねの演技も良かったぞ。早熟と並んだらどんな大人びた子役も普通なら子供にしか見えないが、お前は大人らしさを見せられていた。あとは早熟の演技を導くような動きもあったな?」
「ありがとうございます!実はさっき練習した演技をしていて」
今回あかねはまだ少し粗はあるものの二重憑依の演技を行っていた。
今回の対象は志穂……そしてわずかにだがアイの演技を被せている。
アクアが罪悪感に使っている感情、その大元を考えればこの演技が一番いいとあかねは推察して実行していた。
実のところルビーの方がいいのだが、志穂と性格の乖離が激しい上その事情は流石のあかねも知らないため、今回はアイで正解だろう。
もう自分とあかねにほとんど演技力の差はないとかなは思わされた。
どんどんとかなの気持ちが暗くなっていく。
そんな時、アクアからかなへ声がかかった。
「有馬、ありがとう」
「へ?何がよ」
かなは何のことが分からず疑問をアクアへと返すが、その答えはすぐに来た。
「有馬が天真爛漫な明るいキャラを、原作のままの美玲をしっかり演じてあのアドリブをしてくれたおかげで、俺はちゃんと乱歩を保てた。あの時、実は感情の扱いに失敗してたから助かった」
これまで罪悪感を感じる演技をしたことはほとんどなかったというのもあるだろう。
それで不安定になった精神を、原作さながらなかなの演技が引き戻してくれた。
おかげでアクアは一つ壁を越えられたというわけだ。
それゆえの感謝だった。
かなとしては何となくアクアの顔が青すぎると思ったから元気づけたいと思っただけだったのだが、その感謝が心に染み渡る。
「そっ、なら良かったわ。私の方が芸歴長いんだからフォローくらい当たり前よ」
自然と赤くなる顔をぺしぺしと叩きながらかなは自分の感情が落ち着くのを待つ。
(……ほんとこいついいとこで褒めるのよね。女転がし慣れてるんじゃないかしら)
小学校でも女友達しかいないと言っていた時点でありえる。
かなは嬉しさを誤魔化すように疑いの目をアクアに向けるのだった。