アクアが小学生になってからもうすぐ一年が経とうとしている。
そんな時期に『転生探偵乱歩』のドラマは放送がスタートした。
アクアがルビーと共に教室に行けば、朝からガヤガヤと『転生探偵乱歩』について話す声が聞こえる。
みんなアクアの存在に慣れて、入ってきてもスルーするようになっていたのだが、今日ばかりはアクアのことが気になるらしい。
みんな話こそ止めないものの、チラチラと視線を送っている。
そんな中
「マリン、『転生探偵乱歩』すごく良かった」
知人だけでなく姉も1話だけとはいえ出ている名原作のドラマ化をフリルが見逃すはずもなく、早速アクアへその話題を持ちかけてきた。
このフリルが使うアクアへの『マリン』という呼び名については理由がある。
それはアクアがフリルの姉である不知火ころもと共演した後のこと。
アクアは撮影現場で起きた出来事をフリルに説明した。
『ということがあってな。もし不知火が良ければフリルって呼んでもいいか?』
『アクアさんなら全然いいよ。……じゃあ私も親しそうな呼び名で呼ぼうかな……アクア、アクアくん、アクアマリン……どれもしっくりこないね』
『流石に毎回愛久愛海ってフルネームで呼ばれたら周りに迷惑だからやめてくれ』
入学式のように周囲が吹き出しかねないとアクアは苦笑いを浮かべる。
アクア本人も名前自体はすっかり馴染んだものの周りの反応が慣れないため、勘弁してほしかった。
少し考えた様子を見せたフリルはポンと手を叩いて閃いた呼び名を告げた。
『そうだ、じゃあマリンでどう?』
『……そうだな、問題ない』
『うわっおにいちゃんその呼び方でいいの?なんか心境の変化?』
『そんなんじゃない、フルネームで呼ばれなきゃそこまで違和感ないし一人くらいはこんな呼び名で呼ぶ人がいてもいいかと思っただけだ』
アクアも最初愛久愛海と呼ばれた時はビックリしたものの、母からもらった大切な名前でもある。
みんなアクアと呼ぶので一人くらいはいいかと思ってそのまま採用されることになった。
そんな物思いに耽るアクアと今すぐ語りたいと言いたげなルビーへフリルはドラマの感想を話し始めた。
「普段のマリンはクール系を装っているだけで愉快な人だけど、今回はダークな感じだったね。それも容姿と噛み合ってた。演技の幅広がったんじゃないかな」
「愉快……俺の印象どうなってるんだ?」
アクアは今の自分は寡黙なクールキャラができていると思っている。そのイメージを壊すようなことはヲタ芸赤ちゃん以外にそんな機会はなかったはずだと自分を振り返った。
だが何度考えてもそんなシーンはなかったと自分に言い聞かせる。
実際には日常的に行われるシスコンムーブや身内への甘い対応を見ていれば、フリルの言う"愉快"という評価は妥当になるが、アクアにその自覚はない。
「だよねだよね〜フリルちゃん分かってる!いつもの中に熱い感情があるおにいちゃんがやっぱり最高なんだけど、陰のオーラ発してる闇系おにいちゃんもそれはそれでアリって感じで!なんというかドキッとするよね!」
その間に一緒にいたルビーがニコニコと腕組みしながら後方オタク面をして頷いている。
アクアについてはその内面を誰よりも理解しているという圧倒的自負があった。
だからこそ、アクアが普段見せない一面にトキメクのは妹の皮を被った恋する乙女らしいと言える。
「そうそう。あの常に暗い感情を抱えながら復讐心と罪悪感、そして日常の狭間で苦しんで苦悶に歪む整った顔立ち。……いい、心が安らぐ。あれだけで肌年齢が10歳若返った気がする」
「マイナスじゃねぇか。あと苦悶の表情で心を安らげるな」
今日も絶好調のフリル節に突っ込むアクア。
一年近い付き合いで彼女への対応も慣れたものだった。
「えーどんな感じ!うわっほんとにプルプル」
「姉に聞いて肌は大切にしてるから。ルビーもツルツルだね、お揃い」
悪ノリしてフリルの頬っぺたを触るルビー。そしてそのお返しとやり返すフリル。
美少女二人のそんなやりとりは実に絵になる光景だった。
そんなやりとりをしながらもアクアたちは『転生探偵乱歩』についての会話を続けていく。
「原作も読んでるからハードル高くして見てたけど、今回のマリンは超えていったね。何か壁を破ったような感じに見えた」
「そうだな。俺もその実感はある。最初は有馬に助けられたが、一回できてしまえば思ったよりも何とかなった。次からは感情に振り回されずに済みそうだ」
アクアは自分が助けられた演技を思い返した。
実際に放送されると話題になったのは、アクアの影のある演技が大部分を占めていた。そのせいかかなの演技自体はそこまで話題にはなっていない。
だが一部のコアなファンからはこれだよ!と評価されているらしい。アクアもそんなファンの一人ということだろう。
アクアはこれが彼女にとっていい方向に行くことを願うばかりだ。
「有馬さんの演技も良かったよね。昔見た有馬かなって感じで、正直なところ私は泣き演技より好き」
「それは同感だな。……あいつはああいう明るい演技があってる」
「可愛いよね美玲ちゃん!あの太陽みたいな笑顔で乱歩に笑いかけるシーン私も好き!……あっいまのロリ先輩には言わないでね?」
「言わねぇけどたまには面と向かって褒めてやれよ」
かなとは仲良しだが、だからこそ対抗意識のような複雑な気持ちを持つ辺りルビーは面倒くさいところがあるのかもしれない。
「実はマリンが今回のドラマでクラスの人気者になるんじゃないかと思っていたのだけどそんな事なかったね」
「急に刺すな。今その話本当に必要だったか?」
「まぁまぁ……おにいちゃんには私たちがいるから」
勝手に蹴られて勝手に慰められるという状況にアクアも少し困惑気味なものの、二人が楽しそうならいいかと思うことにする。
まだまだ乱歩について単純な感想だけでなく、演技的な視点で話すところがあるフリルは流石芸能界を志すだけはあった。
「黒川さんの演技は相変わらずの高いキャラ解像度だった。少しだけノイズらしい物が見えたけど、恐らく意図したものでそれを違和感ないどころかプラスにして溶け込ませているのは流石だと思ったよね」
「あーそれお姉ちゃんも言ってた!なんか私を裏で演じてる!って」
星野家で見てた時のアイはあかねの演技を見てアクアに抱きつき、アクアは私の子供!と主張していた辺り謎の危機感を感じさせるものはあったらしい。
流石のアクアも同世代に母性を感じたりなどしないと反論していたとか。
「あれ、アイさんの演技が混ざってたんだ。そこまでは見抜けなかった。さらりと見抜くあたり……流石は『伝説のアイドル』だね」
今のアイはドームでの奇跡のエピソードと数年でトップの知名度を持ったアイドルに成り上がったエピソードによって『伝説のアイドル』なんて呼ばれることもある有名人だ。
本人はそれを聞いて、私はそんなのじゃないんだけどねと本心から口にしているが、分かってくれる人は少ないだろう。
ただあの日、涙を流した彼女を見ていたアクアは等身大でアイを見るようにしている。
「ああ見えて結構子供っぽいとこあるからなアイ。謎の対抗意識を出したりすることもあるぞ」
「そういうギャップいいよね。私も芸能人になったら狙っていきたい」
そんなことしなくても将来綺麗系になりそうな顔立ちからこの天然キャラはギャップ抜群だろとアクアは内心思っている。
一通り乱歩について話したところで三人の話題は移り変わる。
「そういえばマリンに聞きたいことがあって……『C式部』のことなんだけど」
「うちから新しくデビューしたアイドルがどうしたのか?」
苺プロ新規アイドルグループ『C式部』。
地上波と並行して配信活動にも精力的に取り組んでいる彼女たちはそれなりに順調だった。
専用の配信チャンネルも用意しており、メンバーの用意した企画を順にこなしている。
『草の根活動をするにはネットが一番!』というミヤコの考えによるもので、実際アクアも効果は高いと過去の成功例を見て思っていた。
そして先日彼女たちのチャンネルで行った企画が大当たりして登録者を増やすことになったのだ。いわゆるプチバズという奴である。
ギリギリまで活動していたB小町から受け継いだバトンを落とすことなく順調に知名度を上げている。
「実はMEMちょ推しになっちゃって」
フリルの言葉にアクアは驚いた反応を見せることになった。
「お前が特定の相手を推すなんて珍しいな」
「一応マリンのことも推してるよ?MEMちょ程じゃないけど顔いいしキャラもいい」
フリルは『星野アクア』というキャラクターを気に入っているので積極的に見てくれてはいるものの、推しという感じではないと思っていたアクアとしては意外な返事だった。
だがMEMちょの場合はそれ以上に気に入られているらしい。
友人としては少し複雑な気もするが、同僚としては嬉しかった。
「MEMちょプレゼンツの『愛してるゲーム苺プロ大会』で小学生相手に乙女ヅラ晒すMEMちょが本当に良かった」
「それ、俺も流れ弾じゃないか?」
「あはは……アレみんな真っ赤っかにするあたり本当おにいちゃん恐ろしいよね。あの後、私もやってもらって負けちゃったし」
天使のようと称された顔立ちが少しずつかっこよさを身につけているのが今のアクアだ。
お姉さん達にはショタ感がうまいこと刺さったようで、チャレンジャーアクアが全抜きをかましていたりする。
逆にアクアは『星野家愛してる運動』があるため、そんじょそこらの相手ならば照れることなく愛してると言うことができる。
勝負は圧倒的だった。
「一番照れなさそうな片寄さんも照れさせていたの、悪い男になりそうってドキドキした。今度私ともやる?配信で有馬さんや黒川さんとやってくれてもいいよ」
「どっちもやらねぇよ、そもそも有馬は苺プロじゃねぇ。あと、同年代にやったらまず誤解されるだろ」
今回のは年上に対して幼い子供がやるから許されたのであって、子供同士でやれば『星野アクア』のイメージダウンは確実だろう。
「ねー、配信のコメントも『こいつが大人になって世に放たれることが恐ろしい』『誰かこいつをちゃんと管理しろ』『この顔に生まれたい』『育成失敗しろ』とか色々あったもん」
アクアがもう少し育っていたら間違いなく燃えていただろうと全員が思う地雷企画だったが、これが小学一年生というだけで大ウケになるあたり世の中わからないものである。
子供に愛してると言われて照れる『C式部』の純情さがフレッシュだと評判だったらしい。
「MEMちょが『アクたんの照れ顔で数字を稼ぐはずだったのにどうしてこんな〜』ってしなしなしてたの最高だったよね」
「いい性格してるよなフリル」
アクアは『C式部』の彼女たちと出会った時のことを思い出す。
ある日、時間ができたタイミングでミヤコに連れられて行った先で紹介されたのが出会いだった。
『みんな自己紹介を』
今回所属することになったメンバーは五人。なかなか個性豊かな面々だが、アクアが特に記憶に残ったのは二人だ。
『片寄ゆらです!100年後も残る名作の主演を張ることを目標に頑張ります』
(アイドルは完全に踏み台って感じか、よく壱護社長がオッケーしたな)
確かにアイドルから女優に転身する人は多い。
いつの間にかそちらが本業になる人も少なくないが、まさか最初からそのスタンスで入る人がいるとはアクアは考えていなかった。
『えっと私はMEMちょです!芸名でやっていくって決めてます。B小町の箱ファンですが特にアイが好きです!よろしくお願いします』
(こっちの子はB小町のファン、アイファンではあるがみんな割と好きってタイプか。ルビーとは違うんだな)
ルビーの方は箱推しではなくアイがぶっちぎりで次いでめいめいきゅんぱんありぴゃんという感じ。
残りのメンバーは彼女の琴線に触れていないらしい。
『星野アクアです。よろしくお願いします』
『うわー、本物の星野アクアだ!『それが始まり』から追ってるよ!あの演技について後で色々と』
『はいはい、後でアクア貸してあげるから今は我慢しなさい』
ミヤコがゆらの襟首を引っ掴んでアクアから引き離す。
まだ中学生というのに行動力あるなと思ったアクアだが、身内は幼稚園から活動的な人が多いため、役者やる奴はみんなこんなもんかと思い直した。
この後、アクアは一人捕まって演技について色々質問されることになる。
『えーっとよろしくね……何て呼ぼうかなぁ。アクたんとかどう?』
『……個性的な呼び方ですね、俺はいいですよ』
『ありがとねアクたんもアイファンって聞いてるから仲良くしてくれると嬉しいな』
こんなファーストコンタクトだったからかアクアは二人とはそれなりに話す機会が多く、先日配信にゲストとして出ることになったわけだ。
『どうよアクたん!この企画!』
『これ、アイドルがやって燃えませんか?』
『何言ってるのさ小学一年生を照れさせるだけの企画だよ?そんなので燃えたりしないしない。アクたんが中学生とかだったら流石にマズイけど』
渾身の企画を作りましたと言いたげなMEMちょにアクアはツッコミを入れるが、彼女は冷静だった。
アクアというブランディングと普段クールぶっている男の子の慌てる姿を見たいという需要が視聴者数を稼げると判断していたからこその企画。アクアの数字を貪欲に利用する精神はアイドルとしてやっていく上で大切な武器となる。
メンバーのみんなもアクアの照れ顔には興味があったようで企画はノリノリで決定されていたようだ。
事実、予想通りに視聴者数は普通にアクアとコラボするよりずっと稼げたのだが。
『愛してるよMEM』
『ひゃわぁ!』
MEMの場合は逆に自分たちが照れさせられる側になるなんて思いもしなかった。
あっさり一撃でダウンさせられる。
『ゆら、愛してる』
『まっまだ負けてないから』
『ダメだよゆらちゃん、顔真っ赤だもん』
ゆらの場合は事前に本気で演技して欲しいと言われていたからか声色も調整して照れさせていた。
それに対してアクアは澄まし顔であり、五人全員からの愛している攻撃を受け流していつもの様子。
ヲタ芸赤ちゃんを見ていればわかるようにネットタトゥーは恐ろしい。
『C式部』は全員ショタに負けるアイドルとして変な知名度を獲得することになる。
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「はぁ……帰ったらMEMちょの乙女ヅラ鬼リピしないと」
「そんなにMEM好きならうちの事務所入ればいつでも会えるぞ」
「えっ!それいいじゃん!フリルちゃんアイドル目指してるんでしょ?私と一緒にやろうよ」
アクアは軽い冗談のつもりでそんなことを口にしたのだが、ルビーがノリノリになってしまってアクアは内心頭を抱える。
こういう冗談は二人きりの時にやるべきだったと反省した。
以前演者と仲良くなり過ぎると番組を純粋に楽しめなくなると言っていた彼女は断ると思ってのフリだったのだ。
「苺プロがいいならいいよ。親には許可取ってるし」
「は?」
「え?」
「ヤター!ついにユニットメンバーが!アイドルに一歩前進だよ!」
唖然とするアクア、それを不思議そうに見るフリル、大喜びのルビー。
三者三様の状態だったが、アクアが持ち前の精神力をフルに使って復帰してフリルに確認する。
「フリル、いいのか?姉の事務所とか」
「別に私は事務所に所属してないから問題ないよ。レッスンとかもフリーの人雇ってもらっている。大きい事務所で始めた方が仕事は取れるかなと思ってたけど苺プロなら楽しく続けられそうだから……マリンが誘ったのに何で驚いてるの?」
心底不思議そうにこてんと首を可愛らしく傾げるフリルにアクアは自分の考えを答えた。
「冗談のつもりだったからな。お前が前に演者と仲良くなりすぎたらって言ってただろ」
「そんなこと言ったらマリンとこれだけ仲良くしている時点で今更だと思う」
「……それもそうだな」
アクアはその言葉に納得した。
その日の放課後、フリルの予定が空いているということで連れて行ってミヤコに話を伝える。
「あなたはいつからスカウトマンになったのかしら?」
ミヤコはこめかみを抑えてため息を吐きながらアクアに言う。
アクアも自分の吐いた言葉なので反論はできない。
なので別方向に話をシフトさせることに決めた。
「勝手なことしたのは本当ごめん……ただ、始まりは冗談だったけど素質は本物だと思うから検討して欲しい」
これまでフリルと話してきた内容や、アクアとのやり取り。姉が芸能人をやっているという外見への将来性の高さなどプレゼンする箇所はたくさんあった。
「一応簡単な面接と実技だけ後日受けてもらえないかしら。あの子が素質あるって言うなら個人的には即採用でもいいくらいなんだけど夫の説得をしたいから」
「構いません。こちらはこの日以外は空いていますから」
面接の日程も決まり、話がひと段落したところで改めてミヤコはアクアに注意をする。
「アクアも、あなたの目は信頼してるからいいけど、誰彼構わず勧誘はしないようにね、事前に相談してくれると助かるわ」
「本当にごめんミヤコさん」
アクアも流石に反省するものの、横で喜んでいるルビーとそれを抱き留めてニコニコしているフリルを見て結果的には良かったと思うのだった。
こうしてちょっとした冗談から苺プロに新しい人物が所属することになる。