二年生に進級して半年が経った。
今もアクアの仕事は順調そのものであり、今のところ人気に翳りが出る様子もない。
それどころか年始に放送された『転生探偵乱歩』が社会現象レベルのヒットをしており、それが更なる追い風になっていた。
既に『転生探偵乱歩』の第二シーズン、そして第三シーズンの撮影も始まっている。
これは撮影開始時点でアクア達の予定を押さえた五反田の慧眼のおかげだった。
普通ならこのメンバーをこんなに連続で抑えるのは難しいが、動き出しが早かったのが幸いした形になる。
この貴重な子供期間しか撮影できないドラマなのもあって現場も盛り上がっている。
そして今日、そんな人気者のアクアはあかねと一緒にクイズバラエティの仕事だ。
ただアクアは自分の台本を見て不思議そうに首を傾げていた。
「結局四人だけなのか」
「どうしたのアクアくん。不思議そうな顔して」
今日撮影する番組は『ヘラリーグ』。
ゲストが五人のチームを組んでレギュラーメンバーとクイズで対戦する内容となっている。
クイズ以外にもゲームごとの演出が凝っており、そのコミカルな内容が子供から大人まで幅広くウけていた。
「今回のチームメンバー、組み合わせ自体が結構不思議じゃないか?」
「えっと『チーム苺プロ』はアクアくん、ニノさん、きゅんぱんさん、私の四人だよね。……確かに珍しい組み合わせかも。今なら活動休止中のB小町よりC式部を売り出す方が普通かな?」
「ああ、二人はそれぞれ女優やモデルとして仕事はしているが、俺たちとシナジーがあるわけじゃない。それにこの番組って確か五人のチーム戦だぞ?一人苺プロメンバーが足りない。レギュラーメンバーから借りるのかと思えば、それらしいことも台本に書かれていないんだ」
「そうだよね……確かに私の台本にも書かれてないや。どうするんだろう」
アクアはニノやきゅんぱんと共演したことがないわけではないが、この組み合わせで何を宣伝するのか想像がつかない。
ニノもきゅんぱんも何か知っているらしく、アクアが尋ねても内緒とわざとらしく誤魔化されてしまっていた。
「そもそも俺もあかねも宣伝内容を知らないこの状況は異常だ。全く宣伝する気がないにしてはわざわざ取りづらい俺のスケジュールを確保しているし」
「そうだよね、何かサプライズ……あっ」
こういった番組は基本的に番宣などがセットとしてついてくる。それを演者にすら知らされていないのは普通ではなかった。
あかねはそこで何かに気付いたような反応をする。そして自分の考えに納得できたところで表情は喜びへと変わった。
「えーっとアクアくん、どうせもうすぐ始まるんだし気にしなくていいと思うよ!そっちの方が面白いと思う」
「……やっぱりこういう推察力はあかねに敵わないな。あと少しだから大人しく発表を待つことにする」
あかねが疑問の答えについて察したことを理解したアクアは、そのあかねがあえて隠すということは知らない方がいいというのならばと教えてもらうことを諦め、大人しくサプライズを楽しむことにする。
「星野アクアさん、黒川あかねさんスタンバイお願いします」
「「はい!」」
話が一区切りしたところでスタッフから二人へと声がかかり、撮影現場へと移動するアクアとあかね。
先に移動していたらしいニノときゅんぱんが二人を見て手を振っているのが見えた。
「お二人とも本日はよろしくお願いします」
「ふふ、そんなに畏まらなくてもいいのに」
くすくすと笑うニノ。アクアはこの人のことを掴めずにいた。
彼女は今年に入るまでアクアと交友がないに等しかったどころか意識して避けられている節があった。
ところが先日『転生探偵乱歩』の犯人役として共演してからはまるで甥っ子を見るような目で世話をされるようになっていた。
一瞬そういう趣味の人なのかと疑いを持ったが、そういうわけではなさそうで、いまだにその理由がわからないでいる。
「クイズ番組に高卒アイドル二人と小学生二人は厳しすぎると思うわ」
「文字埋めるやつとか1人でも間違えたら点にならないし。去年『C式部』の子たちと出た時も恥かいたよねほんと!あれからクイズで頻出する問題は勉強するようになったなぁ」
経験者の2人から愚痴を聞きながらも、アクアとあかねは簡単なレクチャーを受ける。
テレビで見るのと実際の流れは少し異なるため、二人からしても非常にありがたい経験だった。
「さて!今日のゲストは苺プロから星野アクアさん、黒川あかねさん、ニノさん、きゅんぱんさんにお越しいただきました!」
ある程度ニノときゅんぱんから説明を聞いた後、撮影の本番が始まる。
アクアはサプライズがあるとあかねの発言から予想しているため、絶対にどんなことが起きても醜態を晒さないようキャラを守るために意識をしていた。
「あれ?苺プロチーム人数足りひんやん」
「うちから誰か貸すって話してましたっけ」
向こうのチームも半数ほどは知らされていないらしくアクアと同じように疑問を浮かべる人たちが複数いた。
レギュラーにすら知らされていない辺り相当リアクションが期待できる飛び入りゲストが来ることをアクアも察し始める。
「そうですね、苺プロチームが人数不足なので誰か」
「おっカンペや。なんでも緊急で一人ゲストが追加?そんなことあるんか」
「……まさか」
アクアはこの流れを見て一人だけとびきりのサプライズゲストになり得る人材を思いついた。
そんなアクアの思考がまとまるより先に、スペシャルゲストの人物が現れる。
「じゃーん!苺プロの配信を見てくれる人はそんなに新鮮でもないかも?アイ、地上波復活!!なんてね⭐︎みんな、久しぶり〜」
スモークと共に走り込んできたアイが決めポーズを取る。
会場でもやはり知らなかった人が大部分を占めるのか「おぉ!」と歓声が上がっていた。
家では何も言っていなかったのにとアクアは呆れたような目をアイへと向ければテヘッと舌を出して可愛らしいポーズをしている。
「アイさん可愛い!お顔もそうだけど、やっぱり細かい仕草からして可愛いをアピールしてるんだよね!」
「ああ、アイはやっぱり凄い。視線を思わず持っていかれる」
(あーうちの母さん超可愛い)
この一瞬で全ての空気を持っていく感じ、アイが復活したとよくわかる流れにアクアはファン根性が滲み出すことになる。
アクアもヒカルに教わった目の演技にアイの真似を合わせているが、オリジナルにはまだまだ及ばないなと再確認できた。
そんなアイが驚いているアクアを見つけると近づいて話しかける。
「いや〜佐藤さんがね『アクアのやつには内緒にしとけよ。絶対いいリアクションしてくれる』って言ってたから黙ってたんだ〜、ごめんねアクア」
両手を合わせてアクアに謝罪するアイ。
推しからのお願いに断れるはずもないアクアは気にしてないとそっけなく返していた。
「それにギリギリとはいえ察したからそこまでいい反応じゃなかっただろ」
「えっアクアくんその認識だったんだ」
いつもはアクアのことを立ててくれるあかねが妙な反応をする。
一体どうしたんだ?とアクアが思っているとスタッフが何やら相談していた。
「えーっと?アクアさんがどんな表情をしていたかVTR流しますってなってますね。折角だし我々も見ましょうか」
「は?」
そしてVTRでは先ほどアイが入ってきた時に別カメラで捉えられたアクアが映し出される。
察した瞬間の驚き、入ってきた推しへの歓喜、視線を向けてのテヘペロを見ての赤面全てが切り取られている。
これだけ見せられてクールキャラだとアクアのことを思う人など誰もいないだろう。
「……俺はアイとバラエティに出るとこうなる宿命なのか」
「初めてバラエティ出てた時もかなちゃんとアイさんに振り回されてたもんね。普段はかっこいいなぁって思ってるけどこのアクアくんは可愛い!」
「男は可愛いって言われても嬉しくないぞ」
この翻弄される姿が普段の大人び過ぎている印象を中和する役割を果たしており、アクアとしてはプラスになっているものの、後日かなやフリルに揶揄われるのを想像してガックリと肩を落とした。
「アクアさん意外と弄られキャラもいけるのええよな!今度うちらの別番組でない?」
「他局やろ!」
「是非誘っていただければ、楽しみにしてますね」
「乗るんかい!復帰早いな自分」
苺プロ以外の方々にも好評なあたりアクアはそういうキャラと認識されている。
キャラクター性とはテレビでやっていく上で大切だ。作ったキャラだけでなく自然と出る部分に意外と目ざとく反応される。
普段の毒舌気味クールキャラの中に可愛らしいドルオタが隠れているギャップは非常にキャラ立ちしていた。
オープニングトークも終わり、クイズ番組が始まると意外とB小町メンバーはクイズができていた。
アクアやあかねが一応小学生なのもあって、問題レベルは低めで調整されている。
とはいえアイがそれだけ答えられることに疑問を感じたアクアは休憩のタイミングで質問をすることにした。
「アイ、意外とクイズできるんだな」
「アクア酷いよ〜、休止期間に結構ベンキョーしてたんだから!」
(……ほとんど俺たちの演技見学したりアルバム作ったりで時間使ってた気がするんだが)
アクアの記憶は全く間違いではない。
アクアとルビーが家にいる時は基本的にずっと二人に張り付いてキッズウォッチングを楽しんでいた。
だが小学校が始まってからは空いている時間が増えており、その暇な時間を勉強に充てていたのだ。
「どうしても語彙力増やしたくてね〜、時間もないし去年は頑張ったんだ」
アクアは時間がないという言葉に疑問符を浮かべる。
彼女は復活後に一年間全力でアイドルを遂行すると宣言しているのをアクアは知っている。
その最中でトークエピソードをするのに語彙力が欲しいだけならば、まだ時間に余裕はあるはずだった。
そんなアイの言葉にニノがハッと反応した。
「アイ、あれ本気なの?」
「本気も本気だよニノちゃん冗談だと思ってたの!?きゅんぱんは信じてくれてたよね」
ショックを受けたような顔をした後、今度は助けを求めるようにきゅんぱんへと甘えた声を出したアイ。
だがそんな救助要請は視線を逸らされる形で拒否されることとなる。
「……もちろん信じてたわ!歌詞ノートver2は編曲もあるし早めにちょうだいね。まだ手配してないのよね」
「がーん、みんな信じてくれない」
アクアもあかねもこのやりとりに思わずポカンとしてしまう。
その理由は単純でB小町にこんな仲のいい一面があるなんて思ったこともなかったからだった。
二人とも今までの共演で一度も見た記憶がないレベルなのだからどれだけ珍しいことかわかるだろう。
番組だから仲の良さを作っていると言われたらそこまでだが、今のアクアはアイの心からの笑顔を見抜けるようになっている。
だから普段自分たちへと向けるソレと同質のものだと理解できた。
(……よかった。俺たち以外にも母さんは大切なものを見つけてたのか)
「アクアくん、なんだかアイさんのお兄さんみたい。すごく優しい顔をしてるよ」
自分の顔などなんとなくでしかわからないアクアはあかねの指摘に恥ずかしいなとは思いつつも、嫌な気分ではないなと思うのだった。
そこからどんどんクイズを行っていき、全ての問題が終わる。
そこからベテランMCらしく間を空けずにエンディングトークへと移って行った。
「いや〜まさか苺プロチームに負けるとは……以前B小町の方々が来られた時は我々の圧勝だから油断しましたわ」
「悔しくてクイズ対策してきたのよ」
「現役中学生、高校生の足引っ張ったのは心に来たわね」
「あっはっは、確かに片寄ちゃんやMEMちょちゃんも可哀想やったな」
撮影が始まる前に彼女たちが言っていた通り、B小町は前回惨敗しており、それのリベンジができて二人ともホクホク顔だ。
アイはそれをいいなぁと言っている辺り、前回自分だけ仲間外れなのが寂しいのだろう。
テレビの仕事を止めていたから仕方がないとはいえ、折角仲良くなったメンバーたちと思い出を共有できないというのが悲しかった。
そんなアイを見て今度また機会があったら一緒に出ましょうとニノが声を掛けてきた瞬間に嬉しそうにする辺り、今日のアイは感情がわかりやすい。
「そして小学生ズはどうなってんねん!あかねちゃんはミス一回だけ、凄いやん!」
「私は隙間時間に勉強していて……その成果が発揮できて良かったです」
あかねは普段から時間を効率的に利用している。
地頭の良さにその努力家な面が合わさって演技でも勉学でも隙のない状態になっていた。
本人はまだまだアクアくんに追いつけるくらい頑張らないととのことらしい。
追いつかれたら転生者としてはたまったものではないだろう。
「そしてアクアくんに至ってはミス0やろ?小学2年生ってほんまなん?サバ読んでるやろ」
「去年小学生になったばかりのぴちぴちですよ」
前世の記憶なんてものがあるから中学高校レベルの問題なんてクイズで出されても答えられるに決まっていたアクアとしてはそんなものなんの自慢にもならない。
だから気楽に答えたつもりだったが思わぬところが突っ込まれることになる。
「あははははは、ぴちぴちって!その言い方がおっさんくさいねん!」
(……古いのか)
自分の感覚が古いと言われ、ショックを受けるアクア。
だが冷静になれば、確かに自分が死んでから既に7年も経つのだからそれくらいのズレはあるだろうと思い直す。
そういえばルビーが以前におっさんくさいと言っていたくせにどの部分かを教えてくれなかったことをアクアは思い出した。
後日修正の必要が急務だと彼女に協力してもらうことを決めるのだった。
「さて、最後に宣伝をどうぞ!」
その合図にアクアはアイ達へと視線を向ける。
今思えばアクアが知らされていなかったのも当然だとわかる。
ほとんどゲストの存在を告白するようなものだからだ。
「「「私たちB小町は来年、復帰&ラストライブツアーを開催します!」」」
「えぇ!?アイちゃん今日から芸能界復帰やろ?やっぱあかんのか?」
「一応簡単に話しちゃうと私リハビリ前にもう決めてたんだよね。復帰したら一年間これまでの全部を出し切るパフォーマンスを見せて、それでドームの時の私以上の私を見てもらって引退しようって。あっアイドルは引退するけど芸能界は辞めないよ?アイドル、アイはあと1年って感じだね」
最初は一度だけのライブとすら言っていたが、もし復帰するなら多くのファンに見てもらった方がいいと壱護が全国でのライブ開催を勧めたのだ。
結果としてライブツアーという形になったというわけである。
「二人もアイドル引退するん?」
「そうですね、元々最後にアイとやるために残ってたみたいなところがあるので」
「これまでアイにばかり頑張らせちゃってたから最後は一緒に過ごそうかなって」
「はー友情やね〜」
「そうそう、二人とも友達思いなんだ〜」
昔のメンバーが見たら白々しいと思うだろうし、あの出来事がなければ絶対にあり得ない会話だろう。
だが、少なくとも今の三人にとっては本当だった。
「どうなんアクア君にあかねちゃん。二人はアイファンやって聞いてるけど気持ちは」
完全に蚊帳の外だったアクア達へと話を振るのが敏腕MCらしいなと思いつつアクアは答える。
「そうですね、物心着く前から推してきた身としてはマジで辛い」
「おお、深刻そうな声出すやん」
「でも、彼女が今までの全てを超えるパフォーマンスを魅せるなんて言ってくれるんだから応援しかないです。頭に完全に焼き付けて何度でも鬼リピしますよ」
これは星野アクアとしても雨宮吾郎としても本心だった。
これまで推してきたのが無駄になるわけじゃない。彼女の最高のパフォーマンスを見届けられる。綺麗な思い出を完結させられる喜びが寂しさを勝っていた。
「私もアクアくんと同じですね。私はアクアくんと違ってドームライブからの新参ファンなのもありますが、過去のDVDなんかも見て皆さんの頑張りやパフォーマンスをしっかり焼き付けてきました。それら全てを超えるパフォーマンスなんて今から楽しみです」
子供とは思えない回答を聞いて困惑する現場だが、二人の熱意はしっかりと本人達へと伝わっていた。
(アクア、ルビー見ててね。あなたの、あなた達のママは誰よりも輝いてみせるから)
アイは二人の記憶に永遠に最高の自分が刻み込まれるよう帰ったら練習しようと思うのだった。