アクアたちは今日進級し、二回目のクラス替えを迎える。
小学校での生活もあと2年となり、かなとあかねに至っては今年度で卒業だ。
ルビーは一緒に登校する兄の腕を抱き抱えている。
まるで気にする素振りすら見せないのはアクアの凄いところだろう。
「いや〜ワクワクするねお兄ちゃん。というかお兄ちゃんは心配してないの?誰も知ってる人がいないみたいなの」
「そこまで問題ないだろ。流石に俺も話せる奴も結構増えたし」
登校しながらアクアたちはクラス替えの話題を口にする。
アクアの言う通り、休日に遊びに行くような友人こそいないものの、学校で話す相手くらいはそこそこできていた。
小学校からエスカレーターで上がる人の多い中学校の間は、アクアの交友関係に心配はないだろう。
「いっそせんせみたいにハッチャケちゃっても面白いんじゃない?」
「さりなちゃん、僕そんなにはっちゃけてた?」
「前世の時点で少なくとも病室で踊りながら歌ってたよね?」
「うぐっ……」
今世でもそれに類することをしている辺り、この言い合いに勝てる気がしないアクアは誤魔化すことにした。
「……こほん、俺がそんなことしたら星野アクア御乱心とかネットで晒されるだろ。ルビーが俺の妹だって晒さない程度に良心的な学校の人たちでも面白そうなネタは普通に出してくる可能性が高い」
「確かに……でもお兄ちゃんってもう割とクール系の皮を被った面白い人って認識の人が多いと思うよ?」
「否定はしない」
アクアの芸能活動も今年で10年近くになる。
特に演技の少ないバラエティーでは化けの皮が剥がれる確率も高かった。
アクアで遊ぶのもほどほどにルビーは話を切り替える。
「今年もお兄ちゃんとフリルちゃんと一緒のクラスになれるかな〜」
「学校側が忖度してるならあると思うけど、どうだろうな」
星野アクアというネームバリューのおかげで入学希望者が増えたという。
高校生になる時には芸能科のある別の学校に入る意思は、学校側も知っているものの気が変わらないか期待しているのかもしれない。
「そっか!なら3人とも一緒にしておいてくれたらいいなぁ〜。あとは小学5年生といえば林間学校だよ〜!楽しみだよね」
「……正直な話をすると前世生まれも育ちも殆どがど田舎暮らしだったから別に嬉しくない」
「夢がないなぁ〜おにいちゃん。私は楽しみだよ、今度は自分の足でウロウロできるもん」
アクアは脳裏に吾郎時代過ごした高千穂の様子を思い出す。
近くに山もあり、実に自然豊かな場所だった。
車椅子に乗って自由な移動も困難だった彼女が些細な幸せを享受していることが、内なる吾郎にとって救いだ。
(はわわ〜おにいちゃんの表情優しすぎ!かっこよぉ)
自然と優しい表情になるアクアを見て、ルビーはいつの日かライン超えと言われた感情で胸を昂らせる。
もうすぐアクアたちは思春期へと突入する。
みんなの気持ちにも変化が始まる時期が訪れようとしていた。
「勿論だけどお兄ちゃんもお仕事入れないでよ?」
「林間学校の日程確認したら早めに予定空けとくよ」
「やたー!約束だから忘れないでよ?」
一般的に子役はピークを過ぎれば仕事がなくなると言われている。
ただアクアは特に人気が翳ることなくここまで生き延びてきていた。
そのため、林間学校などの行事に行く場合、ミヤコたちに日程を調整してもらう必要がある。
アクアが長くやってこられているのは『星野アクア』のクール系ドルオタという他にないキャラクター性が評価されているのもあるが、演技幅が広いことも理由にある。
とはいえ子役というフィルターもあって人気が頭打ちではあると感じていたので、予定通り中学1年のあたりで一度休業を予定していた。
「かな先輩とあかねちゃんは休業中だし馬車馬のようにお兄ちゃんが働かないとって思ってたけど休み取れるなら一安心だね」
今まさに成長期を迎えているかなとあかねは子役からアイドルとしての印象へと上書きするため、去年後半から仕事を休業させていた。
アイドル活動のスタート予定が正式にルビー中学2年生時と決まり、本人たちも交えて行った作戦会議の結果、この対応となった。
小学校5年生後半から中学3年生と成長著しい時期にメディアへの露出を減らすことで、イメージを一新することを狙っている。
勿論日々のレッスンや稽古はアイドル、演技共にその分みっちり入っており、臨時ダンストレーナーぴえヨンのシゴキに苦しんでいる。
「というか去年有馬たちが林間学校行くためにミヤコさんが日程調節してくれてただろ」
「あっそういえば……。うちの事務所ホワイトだね!」
(……演者にはな)
最近は増員が行われているとはいえ、地獄のような労働力不足に苛まれていたこともある。
裏で行われている壱護とミヤコの苦労を知っているアクアは二人に心の中で感謝をした。
「おはよー!」
「おっルビーちゃん来たね!」
「いつも通りおにいちゃんにベッタリ羨ましい」
「いいでしょ〜」
クラスを確認して教室へと行けばルビーの友人たちがルビーへと群がりアクアごと囲まれる。
もう何年もルビーと一緒に接している彼女たちは、ルビーがアクアと腕を組んで入ってくることなどでは今更動じたりしない。
「ルビー、流石に俺も挨拶してくるから一回離してくれ」
「むぅ、仕方がないかなぁ。またあとでね、お兄ちゃん」
そういってルビーはアクアの腕から手を離す。
まだ肌寒い環境で消えた温もりを少しだけ寂しく思いながらもアクアは去年話し相手だった人たちの元へと向かった。
「よっ星野」
「ああ、今年も同じクラスみたいだからよろしく」
1〜2年生はほとんど話し相手すらできなかったアクアだが、クラス替えの結果話しかけてくる人が増えた。
一人話しかけてくるようになれば、ハードルが下がるらしく、知らない顔ぶれも話しかけてくる。
「おお、本当に星野アクアだ!学校の七不思議かと思ってた」
「俺実は『仮面ライバークロノス』めっちゃ好きでさ。うちの母ちゃんは神木輝推しだけど俺は星野の変身ポーズの方が好きで……一回生で見せてくれよ」
予想以上の歓迎の空気にアクアは困惑しながらも対応する。
「ありがとう、ただ変身ポーズは流石にベルトもカードもないと決まりが」
身振りだけやってもいいが、やはり少し締まらない感じになってしまうと感じたアクアは、申し訳ないが断ろうとしたところで。
「はい、これ」
「……フリル?」
音もなく隣に現れたフリルから手渡された『DXタイムベルト』を受け取りながらアクアは困惑の表情を浮かべる。
「なんでこんなもの持ってきたんだ?」
「いつかマリンにお願いする機会があると思って」
元々『仮面ライバークロノス』でファンになった彼女も一度は生で見たいと思っていたのだ。
これまで虎視眈々と機会を狙っていたらしい。よくずっと持ってきていたなとアクアは感心した。
危ないから少し離れるように周りの子供達へと伝えてアクアは去年バラエティでもやってみせた自分が子供だった頃の演技を被せて、久しぶりにライバーの時の演技をする。
身長も伸びた今となってはそのままだと違和感が出てしまうから、雰囲気を似せて誤魔化した。
ベルトを流れるような動作で巻き付けてカードを右に向かって突き出す。
「変身」
そのままカードをベルトに向かって差し込む。
おもちゃとはいえ、大人向けのクオリティが高いものを用意していたフリルのおかげか引っ掛かることなく綺麗に決まった。
ベルトに内蔵された効果音も雰囲気を盛り上げる。
「「おお!」」
元々見たいと言ったメンバーだけではなく、クラス中が注目していたらしい。
男の子は幼き日に見たあの光景を間近で見て、女の子はかっこいい男の子のかっこいいポーズを見てそれぞれ声が出る。
演技慣れしたアクアだが、表情に出さずとも内心で羞恥を覚えた。
「いい絵が撮れた。観賞用としてもいいけどこの短い動画でも演技の勉強になる。ありがとうマリン」
趣味と実益を兼ねたフリルの言葉にはよく感情が篭っていた。
「参考になったなら何よりだ。というか、うちに来た時に言えば対応したんだが」
ルビーやフリルが苺プロに所属したことは学校でも秘密の扱いだ。
そのため事務所のことを星野家と表すようにしている。
「こうした方がマリンが人気者になると思って……ね?」
「余計なお世話だ」
実際みんな喜んでいるあたりフリルの考えは正しいのだろうと思いつつ、アクアはなんとなく恥ずかしくなって反発した。子供かよと自分に自分で呆れる。
そんなアクアとフリルを見て周囲は何やら会話をしていた。
「二人ずっと仲良いよね、あの噂やっぱり本当なのかな」
「不知火さん可愛いもん、ルビーちゃんと並んで見劣りしないし」
「てっきりかなちゃんと思ってたけど違うのかな。息ピッタリで一番相性良さそうだと」
「俺はあかねちゃんかなって、バラエティの時もあかねちゃんが星野に世話焼いてたし珍しくない?」
彼らももう小学5年生。色恋の話が気になり始めるお年頃だ。
それがとびきりの有名人ともなれば仕方がないことだろう。
昔は仲がいい友達と思われていただけだが、最近は認識が変わりつつある。
(むぅ……最近ちょっと攻めてるよねフリルちゃん。やっぱりちょっと脈あるかな?でもこの状況は私にとってもプラス!フリルちゃんという美少女と付き合っているって誤解されることでおにいちゃんにわるい虫がくっつかない!)
転生という奇跡が起きた今、なんとしてでも叶わなかった初恋を手に入れようとしているルビーは内心そんなことを考える。
ルビー自身ベタベタと兄に張り付くことでとんでもないブラコンシスコン兄妹というアピールをして牽制をしていた。
結局アクアの作り出した妙な空気は担任が入ってくるまで続くことになる。
なんとかホームルームや授業が挟まって空気がリセットされた昼休み。
いつもの三人で食事をとって雑談をしていたアクアたちの元へ今朝話しかけてきた男の子がやってくる。
「星野!これから昼休み野球やろうと思うんだけど一緒にどうだ?」
「いや、俺は」
あくまで妹第一というシスコンオブシスコンな男は断ろうと考えた。断り文句を考えているところで
「いいよ、行って来なよお兄ちゃん。私お兄ちゃんが運動してるとこ見るの好きだし」
その妹からゴーサインが出る。当たり前のように見学する前提なあたりは全校公認のブラコン妹だ。
兄がトレーニングをしているのは見たことあるが、スポーツをするのは体育の授業くらい。
そちらは優秀な成績らしいので、一度くらい楽しそうにスポーツをやっている兄を見たいと思ったルビーは賛成だったようである。
「俺、キャッチボールくらいしかやったことないんだけど」
それも今世ではなく前世の話だ。正直ボールをまっすぐ投げられるか怪しい。
ルビーも知らない情報なので首を傾げている。
「大丈夫大丈夫、星野運動神経いいって聞いたぞ」
「そうそう、俺たちもそんな上手いわけじゃないし。不知火さんも見たいよな!」
「そうね、もうすぐ授業でソフトボールもあるしマリンがどのくらいできるかは気になるかな」
彼女と勘違いされているフリルにも話を振られる。
MEMちょ程ではないにしろ、推しであるアクアの日常風景を見られるのは普通に嬉しい彼女も賛成の意を表明する。
アクアも二人の後押しもあり、たまには同年代と遊ぶのもいいかと受けることにした。
守備は外野と言われ、外野に来たもののフライは慣れが必要で初心者にはあまり向いていない。
ただアクアは似たようなことをした経験があった。
「バラエティの企画ってアホっぽいものが多いから他で役に立たないと思ってたけど意外といけるんだな」
有名男性アイドルがゲストとゲームをするバラエティに参加した時、似たようなことをした経験があったアクアは守備機会が数回あったものの落球することなく守備を終える。
「うめーじゃん星野!中学で野球部入るか?」
「入らねーよ、仕事あるし」
本当は仕事休業の予定があるが、公になっていない話だからこそ返事はこうなる。
数回守りを終えたところで、アクアの打順が回って来た。
「まっ昼休みだとバッティング一回くらいしか回ってこないから楽しんでこうぜ」
「この打席終わったら時間なさそうだな」
学校の時計を見ればそこそこ時間が経っていた。
こういう日常も悪くないとアクアは学校生活5年目にして初めて思う。
「へへっ星野。子役だかなんだか知らねーけど手加減しないぞ」
(1〜2年の頃に同じクラスだったな)
あの頃は全く話しかけようとすらしていなかったが、やはりアクアが子供に馴染んだらしく気にせず声をかけて来た。
こういう時間も意外と楽しく感じたアクアは精神が肉体に適応していく結果なのかと自分の童心を不思議に思っている。
実際は元々の雨宮吾郎が少し子供っぽいだけなのだが、本人にそんな自覚などない。
「頑張れ〜おにいちゃん!かっとばせぇ〜」
「頑張ってマリン」
異性を意識し始める年齢に差し掛かっている男子の前でアクアだけ可愛い彼女(誤解)と可愛い妹に応援される状況はなかなかヒールと言えるだろう。
先程は普通にニヤニヤしていた投手の顔に少しの苛立ちが混じる。
「ちっ見とけよ!」
(ズブの素人が普通にやっても打てるわけがないが、当てるだけならできそうだな)
相手も小学生とはいえ、アクアの想像より速いボールが横を通る。
ランナーがいないのを含めてセコイとはいえ守備が苦手そうに見えた側へとボールを転がすことを意識する。
エラーで進塁狙いなんてセコイと思われるだろうが、後ろが経験者なのだから繋いだほうがいい。
「あっ」
「ヤター!おにいちゃんヒットだよヒット!」
「綺麗に間抜けたわね」
(エラー狙いだったなんて言いづらい)
たまたまいいコースに飛んだボールが外野前まで転がりヒットになってなんともいえない気分になったアクアは誤魔化すように目を逸らした。
結局このアクアがホームへ返ってきたことが決勝点となり、アクアのいたチームが勝利することになる。
新しいクラスを満喫した放課後。
アクアとルビーは本屋へと立ち寄って一冊の単行本を購入する。
レッスンも本日は休みであり、ゆったりとした時間を過ごせる予定だ。
「あー楽しみ!お兄ちゃんわたしが先に読んでもいいよね?」
「……いいけどネタバレすんなよ?」
「分かってる分かってるって!楽しみだな〜『今日あま』最新刊!」
『今日あま』は月刊誌で連載されている少女漫画であり、泣けると話題の名作だ。
元々アクアが演出を学ぶのに読み始めたのだが、ルビーもアクアの部屋で読んでからハマっている。
「物語もかなり進んだ感じだし、ヒーローと主人公どうなるんだろうね」
「少なくともまだ連載が続いてるから最終巻ってわけじゃないが、展開は読めないよな」
「かな先輩なんてファンレター送ってるしね」
最初アクアが読んでいたのを見て笑っていた彼女は一巻を読んだだけでボロ泣きしていた。
その後はあかねが慰めていたものの、かなりハマったらしく月刊誌から購入して読んでいるらしい。
アクアは地味にこの経路でもネタバレを警戒している。
「母さんも今日は早いって言ってたし、俺は3番手かな」
「ママ、親が食べ物に毒を入れたってエピソード聞いた時は禁書扱いにしようとしてたのに」
「読んだら何か納得できたんだろ。その辺りは母さんにしか分からないけど」
アイにとってはトラウマに近いエピソードだったので、星野家で『今日あま』は焚書されるところだった。
捨てる前に一度でいいから読んで決めて欲しいという子供達の願いを聞いて仕方がなくアイが読んだ結果、珍しく泣いたという過去がある。
「もし今日あま終わっちゃったらショックだなぁ」
「そこは仕方がないだろ、変に引き伸ばされてエピソードがメチャクチャになるよりはマシだ」
「それはそうかも!特に今日あまみたいにストーリー重視だと没入感減っちゃうもんね。吉祥寺先生に私もファンレター送ろうかな」
そんな話をしながら家に帰った二人は予想外の出迎えを受けることになる。
「おかえり!」
「ただいま、早いとは聞いてたけど想像より早かったな」
「カントクが全部1発OKにしてくれたからかな?愛がわからない女なんて役柄、私の天職みたいなもんだし!」
その役を聞いて予算ガーと常日頃言っている五反田がわざわざコストの高いアイを指名した理由にピンと来る。
本物を撮りたいと常々言っている監督からすればあの頃のアイほど都合のいい存在はないだろう。
折角家族が揃ったからと『今日あま』を読むより先にお互いの今日の出来事を話し合う。
アイもアクアがスポーツをしているところは見たかったらしく今度見せてねとアクアにおねだりをする。
アクアたちの話が終わったところで今度はアイの話を聞く。
「今日久しぶりに昔お世話になった人のお子さんに会ったんだよね〜。大きくなってたな〜」
「へぇ、何歳くらいなの」
「今年でえ〜っと15歳かな?前見た時はまだ小さかったからビックリしちゃった」
指を追って年齢を数えているアイ。
かなり前に知り合ったらしく、懐かしそうというか親戚の子が大きくなったような反応をしていた。
知り合いの子という話だが、それにしては距離が近い気がするとアクアは不思議に思う。
「それでその子が演技やるようになってたみたいでヒカルくんの事務所に所属したみたい。劇団ララライと並行してお世話になってるみたいだからアクアのライバルになるかも」
「へぇ、ヒカルさんの。演技力高そうだな……」
「むぅ……おにいちゃんは負けないよ!ママがそんな弱気でどうするの」
自分がヒカルの演技を参考にしたからこそ、アクアは今後も伸びるだろう彼のことを想像する。
子役としては4つ上だと仕事にほとんど影響などないが、大きくなってからは4つなど誤差だ。
演技力などで負けているならば、アクアの出番など喰われてしまうだろう。
「ふふっ」
「アイ、どうかした?」
「ううん、アクア楽しそうだな〜って。やっぱり男の子のライバルとか欲しかったの?」
「まぁ、そんな感じ」
肯定はしたもののアクアの思考は本当のところ少し違った。
男の子のライバルというより、ヒカルの直弟子だろう人物と競えるという環境に興味を惹かれたと言っていい。
あの日、圧倒された演技のリベンジをしたい、そんな気持ちをアクアはまだ見ぬ少年へ抱いていた。