5年生の夏休み。
今年はC式部のドームライブが年末に決まっており、ゆら達の練習にもこれまで以上の熱が入っている。
そんな熱気に当てられたルビーたちアイドル候補生たちも最近は普段以上に張り切って練習をしていた。
そんなある日のこと。
「お疲れ様。どうしたんだ?皆揃って休憩……ん?」
「あ!おにいちゃん帰ってきてたんだ。あっこのお菓子テレビで紹介されてた奴!ありがと〜みんな!食べよ食べよ」
そんな彼女たちに差し入れをと思って、仕事終わりに土産と飲み物を持って事務所へ来ていたアクアは予想外のものを目にする。
アクアの持ってきた土産を見て、テンションの上がるルビーは普段通りのような反応を示していた。
ちょうど今日の収録で紹介されたお店で取り扱っているお菓子であり、本来はなかなか買うことも難しいため、いいリアクションだとアクアも思う。
だがアクアはそれ以上に気になる点があり、心を鬼にして尋ねることにした。
「今はそれどころじゃない。なんでこのレッスン室に寿さんがいるんだ?」
「わぁ、アクアさん久しぶりやねぇ。やっぱり生で見てもめちゃカッコええな」
「うんうん、みなみはよく分かってる。この顔見てるだけで気分良くなるよね」
寿みなみ。アクアのファンだという、ルビーが去年の夏に観覧席で友人となった女の子がここにいた。
結局例のサプライズ企画は実現せず、ルビーと二人で遊ぶくらいの関係だったはずなのだが、どうして苺プロへ?とアクアは首を傾げていた。
妙にフリルと仲が良さそうな点も気になるポイントである。
そんなアクアの不思議そうな顔に答えるように、ルビーからネタバラシがされた。
「実はね、みなみちゃんにも私たちのグループに入ってもらうことになりました〜!」
「は?」
ルビーとみなみの仲が良いことは知っていたが、全く予想だにしなかったルビーの言葉にアクアは驚きが隠せない。
ルビーが嘘をついてはいないか、確認の意味を込めてアクアは近くにいたかなを見る。
彼女ならばこのような冗談はしないだろうと期待したアクア。
望み通り真実を答えてくれる彼女の反応は、嘘はないという肯定だった。
「本当よ、実は今年進級してすぐの頃から、みなみちゃんは、レッスンにオンラインとかで参加してたのよね。アンタにはルビーが内緒って言うから黙ってたけど……」
サプライズだから仕方がないとはいえルビーに隠し事をされたと言う事実にショックを受けるアクア。そんな彼の元へと更に追撃が襲いかかることになる。
「というかアンタが原因だけどね、このスケコマシ三太夫が」
「スケ……」
困惑するアクアの元へ飛び込む鋭い言葉。
かなの睨みつけるような視線にアクアは、思わず誰かへと助けを求めるように視線を彷徨わせる。
そしていつになく凶暴化したかなの隣で優しい眼差しを向けているあかねの方へと視線を移す。
「あはは、かなちゃんの気持ちもちょっとだけ分かるかも。アクアくんが悪いわけじゃ……うーん、ほんのちょっと悪いかな」
「あかね?」
あかねが言うなら何かやったかもしれないと内心焦るアクア。表情に出ていたのか苦笑しながら答える。
「ごめんね、いやアクアくんが直接悪いわけじゃないんだよ?私の心情的な複雑さがあるだけ……ただみなみちゃんとアクアくんが二人で初めて話した時のことアクアくんから聞きたいな〜って」
あかねから妙な圧を感じたアクアは、俺あの時何かしたか?と思いながらも当時を振り返った。
話は5年へ進級前の春休みにアクアが神奈川で仕事をした日に遡る。
朝から撮影があるからと前日入りしていたアクアが公園でランニングをしていた時のことだった。
『もしかしてアクアさん?』
誰だろうと思ってそちらを見れば、可愛らしい同い年くらいの女の子がいることにアクアは気が付いた。
どうにも正体もバレてそうなので隠すことなく明かす。
『ああ、星野アクアだ。ただ今はプライベートだからあまり騒がないでくれると助かる』
『ご、ごめんなさい。うちアクアさんのファンで思わず……』
『いや、ファンっていうのは嬉しいよ』
ファンは大事だとアクアは理解している、だからリップサービスも込みの言葉を吐いた。
恥ずかしそうに俯く少女の顔を改めて見るとどこか見覚えがあることに気が付いた。
『……あっルビーの友達の寿さんか。妹が世話になってます』
いつかは挨拶しておきたいと思っていたので、この機会に言っておこうとアクアは決める。
ルビーの名前が出たことで不思議そうな顔をしている少女、みなみはアクアの顔をまじまじと見た。
『星野ルビーと友達って聞いたんだよ。アイツ俺の妹なんだ』
『えぇ!?ふわぁ、ルビーちゃんえらい可愛いなと思ってたけどアクアさんの妹なん?美形双子やねぇ』
可愛らしい関西弁を話すみなみ。エセ関西弁という情報は妹から聞いているが、確かにキャラ立ちしていて賢いかもしれない。
『妹からエセ関西弁って聞いたけど自分でそんなブランディングするって賢いね。芸能界とか興味あるの?』
『えーっと一応……でもルビーちゃんとか見てたらやっぱりうちなんてまだまだっていうかレベル差感じてもうて』
アクアはみなみが芸能界でやれるかを真面目な目線で分析する。
まず一番大事な顔立ちだが、こちらは可愛らしいと思う。
独特な髪色も実に記憶に残りやすい。
おかげでアクアも印象に残っていた節があるくらいだ。
まだ小学5年生になっていないので発育の方は分からないが、妹から『お母さんがすごい!』とは聞いているので将来性は高そう。
『いけると思うよ、寿さん可愛いから』
『ほ、ほんまに?』
『ああ、うちの妹と並んでもやっていけると思う』
仮に実際にどんな容姿でも妹の友人に夢も希望もないセリフなどこの男が言うはずがない。
ただお世辞を言うのではなく、冷静に分析して、その範囲で嘘のない言葉を口にする。
ルビーとはタイプが違うし需要はあるだろうというのがアクアの判断だった。
そこからファン視点の言葉をいくつか貰って雑談もそこそこにアクアはランニングへと戻った。
つまりそこまで長い時間話していたわけじゃないと自己弁護をする。
この話を聞いたかなは不機嫌一直線だった。
「そういえば私のことも初対面で可愛いって言ってたね。さすがマリン」
「へー、あんた誰にでも『ルビーと並んでもやっていける』なんて言っちゃうんだ。へー」
自分が聞いて言ってもらえたセリフを他の人にも使っていたという事実が実に気に入らなかった。
(はぁありえないありえない。本当前から女好きなんじゃないかって疑ってたけどやっぱり!というかすぐ可愛いとか言うな。私には可愛いなんて言ったこと殆どないくせにぃ)
何年も一緒にいた自分より他の子の方が言われていると言う事実にモヤモヤしてしまう自分を分かってしまうかな。
自分の感情になんとなく理解はしていても認めたくない思いが強かった。
認めてしまったらライバルにはもうなれないかもしれない。そんな気持ちが理解を阻害する。
「本当に大丈夫だと思う奴にしかそこまでは言わない。有馬にも前言ったと思うがアレも本気だぞ」
「……ふーん。そっそーなんだ」
先ほどまでの不機嫌な状態から顔を赤くしてそっぽを向くかな。
実に忙しい表情筋だった。
「かなちゃんチョロ可愛いよぉ……フリルちゃん撮ってくれた?」
「勿論。美少女の照れ顔はいくら見ても損しないから」
「辞めて!回収させて!?」
限界オタクと美形オタクが素早く行動する。
一瞬で余韻も何もなくなったかなは二人を止めにかかる。
それを見たみなみはくすくすと笑顔を浮かべていた。
「ほんと楽しそうな事務所やねぇ。でもルビーほんまにええの?私このメンバーと混じったら見劣りすると思うんよぉ」
みなみは改めてメンバーを確認する。
天才子役星野アクアの妹である超絶美少女。
10秒の涙と太陽の笑顔を使い分ける天才子役。
百面の演技と不思議な引力を持つ天才子役。
元アイドルの妹であり外連味のある超絶美少女。
流石にこのメンバーと釣り合うとは自分でも思えなかった。
逆にアクアは将来性込みではあるが、間違いなく彼女にしかない唯一性が評価される日が来ると思っている。
今いる彼女たちの誰ともタイプが被っていないだけでも強みになるし、エセ関西弁という特性はそれだけ強いとアクアのドルオタ視点が言っていた。
「大丈夫!みなみちゃんにはみなみちゃんにしかない魅力がいっぱいあるから!例えばエセ関西弁が合う声色とか特徴的な髪質とか発育早くてまだ5年生なったばかりなのにもうかな先輩より胸大きいとことか!」
「なんで私を引き合いに出したの!?顎にジャブ入れて脳揺らすぞゴラ」
この歳の一年の差は非常に大きいとかなはよく理解している。
それなのに目に見えて差があるという事実に少なからずショックを受けていた彼女は突然飛んできたルビーからのパンチに軽くキレていた。
そんな彼女をあかねは撫でながら慰める。
「大丈夫だよかなちゃん!バランスのいい食事も摂ってしっかり寝てるからまだまだ伸びる。私も一緒に成長するから頑張ろうね」
「身長もだけどそうじゃなくてね?いや有難いんだけどさ。というかアンタよく聞いたら慰めるつもりないでしょ、アンタは育たなくていい」
既にそこそこ差があるあかねからそんな事を言われて思わず苦言をするが、あかねの言うことは確かにかなへ影響がある話だと彼女自身思っている。
黒川家の食事は子供たちのために非常に栄養バランスを考えられており、少なからずかなに影響を与えているはずだ。
この成長期に芸能活動休止状態なのも睡眠時間などを考えればプラスになる可能性が高い。
まだ諦めるには早いとかなは自分を鼓舞する。
「かな、貧乳は希少価値と聞いた事があるから心配しないでいいと思う」
「待ちなさい!あんたそれどこで聞いたのよ。まだ小6だし分かんないでしょ!……でもママもそんなに大きくないのよね」
発育は遺伝に大きく影響を受けると言われている。だがそんな知識をわざわざ出せば自分にとって不利なことくらいアクアは分かっていた。
流石にこの話題にそんな地雷剥き出しの状態で突っ込めば碌なことにならないと理解しているアクアは黙って嵐が過ぎ去るのを待つのだった。
「というわけでこの5人で一旦メンバーは確定!いいよねおにいちゃん」
元々ルビーも壱護から小学4年生までにメンバー集めろとは言われていた。
これは仲のいいメンバーで完全に固まって成長した場合、新規メンバーなんて募集すれば気不味いだろうと想定してのこと。
こんな配慮ができるようになったあたり壱護の成長が窺える。
みなみは駆け込みのような形にはなるが、ここで一度メンバー募集は締切にするべきだろう。
アクアは揃った彼女たちを見渡す。
「ルビーがいいならいいと思うが……よくこんだけ素質ありそうなメンバー集めたなって感じだな」
改めて考えればルビーを中心として、彼女と仲がいいかつ何かしらの特徴があり、外見が見劣りしないという条件でよく集まったものだとアクアは思う。
まだまだ小学生で成長期があるとはいえ、しっかりと肌のケアなどを欠かさなければ、アイドルとしてやっていくには最高の素材たちだろう。
「集めたのはお兄ちゃんじゃないの?」
「いや、最終的に判断したのは殆ど彼女達の自己判断だし。寿さんに最後声掛けたのは多分ルビーだろ?」
アクアは別にアイドルグループに勧誘したわけではなく、妹の隣でもやっていけると言葉をかけただけなので、その後何かしらやり取りがあったと想像している。
事実、ルビーがみんなから許可を取ってそれなりにやり取りをした結果、アイドルになると決意する流れがあった。
「そっか!いや〜私もようやく何か成した!って感じがするよね」
「何大袈裟なこと言ってんのよまだ何も始まってないでしょ」
ルビーのそんな言葉にかなが突っ込む。
だがルビーからすればスタートラインに立てただけでも大きな前進なのだ。
「そういえばこのグループの名前ってもう決まってんのか?」
アクアはルビーとユニットのメンバー集めなどについてはかなり話していたものの全くその辺りは聞いていなかった。
「BとCと来たからD〜とかになるのかしら」
「うーん名前の由来私たちも教えてもらってないよね。社長さんに決めてもらった方がいいんじゃないかな」
かなとあかねも首を捻っている。
長くこの事務所にいるあかねすら名付の法則を知らないのだから悩むのも無理はない。
だがそんな二人を見てルビーは不敵な笑みを浮かべている。
「ふっふっふ。実はね〜もう名前は決まってるんだ〜。勿論みんなが嫌!って言ったら考え直すんだけど」
このルビーの言葉に四人からは特に否定も上がらない。
結局ルビーが中心となるグループだ。彼女の意見こそが大事にされるべきだとみんなが思っていた。
「というわけで私たちのグループ名は〜どぅるるるるるるるるる」
満面の笑みを浮かべたルビーの口がドラムロールを奏でながら、他のメンバーは自分たちのグループがどんな名前になるかを心配しながら見つめる。
ばん!と裁判などで見る勝訴の紙のように広げる。
『B小町R』
「じゃーんどう!いい名前でしょ!」
自信満々なルビーを見て思わずかなは突っ込んだ。
「ちょっと待ちなさい!」
「あいた!何するのロリ先輩」
叩かれて思わず以前の呼び方をするルビーへ半目をしながらかなは言葉を続ける。
「アンタね、アホなの?なんでよりによってハードル上がりまくったグループを引き継ごうなんて思っちゃったわけ?」
「B小町襲名……すごいハードルね」
流石のフリルすら動揺するレベルの話だった。
元々C式部が誕生した経緯はB小町の新メンバーとして入れたりするとプレッシャーから活動が大変だからという理由がメインだった。
伝説のラストライブも含めるとそのハードルはほぼ青天井。
ただルビーは続ける。
「勿論さ、B小町の乗っ取りをしたいとかそういう話じゃなくて、私がB小町を名乗りたいだけっていうか。一応グループも分けるし……」
「申し訳程度のRにはそんな意味があるわけね」
「ルビーちゃんヲタ芸赤ちゃんやもんね。憧れる気持ちわかるわぁ」
デビュー時にB小町についての話をする。
あくまで憧れだからこのグループ名が良かったとはしっかり伝えるつもりだ。
ただ社長曰く折角襲名するなら楽曲は引き継いでおけとのことらしい。
なんだかんだ言って推し曲とか流れるなら引き込める旧ファンがいるからとか。
「ところで、Rってなんの略よ。最初はリターンとかリバースとかそんなのかと思ったら完全別グループ宣言はするみたいだし」
「え?ルビーのR!」
「私たちの要素はどこ行ったのよ。せめて建前でも別の略称にしなさい」
かなの慣れた鋭いツッコミがルビーへと飛ぶ。
「ごめんごめん、流石に冗談だよ〜。リブートのRってイメージだけど人によっては先輩が言ったみたいに色々取れる感じでいいかな〜って。みんな……どうかな」
あくまでここにいるメンバーでB小町に強い思い入れがあるのはルビー、あとはアイファンのあかねくらいだろう。
他のメンバーにとってはプレッシャーでしかないとルビーも分かっている。
もし断られた時の候補も実のところ考えてあった。
「うちはえぇよ?あの『アイドル』を歌ったB小町の後継者ってプレッシャーやけど頑張らなあかんのは一緒やし」
みなみは自分が最後に加入した上、そこまでグループ名にこだわりがあるわけではないので了承する。
「うん、私も問題ないよ。元々ルビーがそういう可能性は考えてたから」
「そうだね、私もむしろ望むところかな。アイさんについての理解も深まりそうだから」
フリル、あかねも了承を示す。
最後は有馬かなの了承が取れれば、『B小町R』の活動はスタートする。
「これ多分だけど普段呼ぶ時はB小町呼びよね?」
「そうだねぇ、区別をつける時は二代目とか呼ばれるかも?」
あまり正式名称で呼んでもらえる気がしないとルビーは思っていたりする。
暫く考えた後にかなは一つの答えを出した。
「どうせ本気でアイドルやるって決めたんだし、プレッシャーがなんぼのもんよ!やってやろうじゃない」
「やった〜!ありがとうみんな。……お兄ちゃんもいいよね?」
黙ってグループ名決定を見守っていた兄へも確認を取る。
アイを推しており、生半可なことは許さないだろう彼が認めてくれるようなグループを目指したい。
その時、ルビーは初めて母を超えるアイドルになれると思っている。
「俺に聞いてどうすんだよ。いいと思うぞ、アイを目指したり超えたりって目標を持つことは」
「意外。マリンはてっきりアイ超えは見たくないかと思ってた」
「なんでだよ、俺は別に永遠の思い出にしたいみたいな感情はないぞ。本人にも日常的に会うし」
フリルの偏見にアクアは否定を返す。
むしろみんながアイを超えるならアイ本人もきっと嬉しくて飛び上がるだろうとアクアは想像する。
こうして、勢いのままにB小町Rの活動はスタートすることになった。