アクア達にとって進級はそこまで大きなものではない。
クラス替えもなければ、担任も変わらないからだ。
だが、かなとあかねは進学という形で学校から変わる。
だからこそ色々大きく……変わらなかったようだ。
なんとも物足りなさそうな二人が事務所へとやってくる。
そんな二人にアクアは尋ねた。
「どうだった?中学校は」
そんなぶっきらぼうなお父さんのようなアクアの言葉に二人はそれぞれ思っている言葉を返すことにした。
「あれ?アクア、なんでこんなところに?まぁ……そうね、なんていうか疲れたわね。というか中学進学ってどうなるかなって少しドキドキしてたのに、ほとんど人変わってないから全然実感湧かないわね」
「あはは、私も制服とかないからあんまりだったなぁ。みんなはちょっとそわそわしてた気がするかもだけど、そのくらいかな」
帰りにそのまま苺プロを訪れていた二人は期待よりあっさりした現実に苦笑してながら感想を述べる。
二人とも小学校から私服な影響もあり、驚くほどに実感がなかった。
これが学校が変わり、制服ごと変わるようであればもっと実感できただろう。
そんな二人にアクアは自分なりの意見を伝える。
「最初はそんなもんだろ。授業内容も変わってくるから、実際に過ごしているうちに実感してくると思うぞ。結構複雑な話も増えるしな」
「だといいけどね……ってルビーはどこ行ったの?珍しく姿が見えないけど」
「フリルの家に泊まり。今日は二人ともレッスン休みだからな」
今日レッスン予定が入っているのは中学生組二人とオンラインのみなみだけだった。
このお泊まり会については、以前から時々あるイベントだ。
フリルは誘う時『マリンもどう?家広いから大丈夫』とまったく気にせずアクアごと声をかける。
アクア本人も冗談なのか本気なのかフリルが言うせいで、全く区別がつかないので、いつも困惑させられていた。
フリルなら全く気にせずに言いそう。その偏見がアクアを戸惑わせている。
とはいえ、今回は少し事情が違った。
「ルビーちゃんとフリルちゃん仲良いね。アクアくんは明日撮影だっけ?」
「ああ、この後アイとゆらの二人と一緒に映画の撮影現場に前日入り」
ルビーが泊まりなのはこれも一つの要因だった。
流石にルビー一人で家に置いていくのはあまり望ましくない。
だが、明日は普通の平日であり、学校もある。
兄として母として学校をサボらせるわけにはいかないため、こちらからフリルへ提案した形になっていた。
表向きはアクアと母(ミヤコ)が留守だからという話だが、今回は二人ともいないため、嘘ではない。
候補としてはあかねの家もあったが、こちらは既にかなが居候状態のため、優先度は低くなる。
「最近多いね三人の撮影」
「同じ事務所で固めると若干割引とか融通が出来たりするから使いやすいんだろうな」
最近この三人で行動する機会は多い。
アイというマルチタレントのブームはまったく終わる気配を見せず、青天井。テレビで見ない日はないくらいの超人気っぷりだ。
本人は慣れた様子だが、アクアもあの仕事量で捌けるアイはやはり凄いと再認識している。
ゆらも新進気鋭だった頃から今は演技派アイドルとして知名度を上げ、実力も認められた事でかなりの人気となっている。
先日のドームライブ前から上げてきた人気がここで更に上昇しており、来年まで予定がいっぱいだった。
そしてアクアも安定した人気を常に持っており、演技の幅も広い。
同事務所というのもあって、セット使いしやすいというのが現場の考えだったりするのかもしれない。
ただ、今のアクアとあかねの会話の中でかなは一箇所引っ掛かることがあった。
聞き間違いじゃないかと思いながらも、かなはアクアに一つ確認する。
「あれ?アンタってゆらさんのこと呼び捨てだったっけ?」
そう、以前はゆらさんと呼んでいたはずだ。
少なくともC式部のライブ時点では。
そこからあまり時間もたっていないし、だからこそ聞き間違いだと思ったかなだが、アクアは首を縦に振って肯定する。
「ああ、つい最近変えた」
「えっなんでよ!?」
それらしい予兆はなかったと認識しているかなはきっかけを知りたくなる。
内容次第では、自分のために活かせるかもしれないという思いがあったからこその質問である。
質問の意図に混乱はしたものの、アクアは公表しても別に問題ないため、回答した。
「最近共演が多いから長いと大変だろうし楽にしていいよってゆらの方から言われたんだよ。特に俺も呼び方を変えて困ることもないから変えさせてもらった」
「はぁ!?」
(……私のことはいつまでも苗字呼びのくせに。年上のお姉さんしか気にしませんって?)
かなとみなみ以外のB小町Rのことは名前呼びなのに、いつまでも最古参といっていい長い付き合いの自分のことを、有馬と苗字で呼ぶアクアに内心で文句を言う。
ただ精神的に成長しているかなは、流石に本人に言うのは八つ当たりだと分かっていたため、何とか自重した。
その後、ひとしきりアクアを内心で罵倒してから気分が落ち着いた彼女は、前から気になっていたことを尋ねることにする。
「そういえばアンタってマジでもうすぐ休業するわけ?結局私みたいに一過性のブームじゃなくて小学校の間ずっと人気だったのに勿体なくない?」
人気を維持されて悔しさはあるものの実力を認めているかなとしては、このまま成長した方がプラスなのではないかと思う面もある。
自分の場合は人気に衰えがあったからイメージリセットが利点になるが、アクアの場合もそうとは限らないとかなは考えた。
「今年までだな、もう各方面にも伝えてる。このままだと俺の立ち位置はプラスにもマイナスにも動きそうにないしな」
「あっ休業の予定結構早めなんだ。でも中学生入っちゃうと、声変わりいつ来るかわからないからしょうがないよね」
「本当にその通りで実は今も結構リスクは抱えているんだよ。早い子供だともうすぐ声変わりしてもおかしくない。仕事期間中には変わるなよと願っているけど、こればかりは運だな」
あかねは想像より早い休止に驚きつつも理解を示した。
アクアはすっかり上にも下にも人気が変わらない良く言えば安定したポジションとなっている。
当初の目的通り、ルビーのバーターをするだけならそのまま休業などせず、役者を続けた方がいいだろう。
それなのに一度休みを入れて調整する程度にはアクアも役者に思い入れができていた。
あとはアクア自身一度自分がどうしたいか見直す機会が欲しいという理由もある。
三人で日常や仕事の話をしていたところでガチャッと近くの扉が開く音がするのを三人は耳にする。
「およ?アクたんにかなちゃんあかねちゃん?どしたのこんなところで」
部室から現れたMEMちょがアクアたちへと話しかける。
ソファーなどもあり寛げるようになっているが、アクアたちは個室を使っていることが多かったので不思議だったようだ。
「MEMか。アイとゆらと一緒にこの後、長距離移動がある予定なんだよ。二人には時間もあるみたいだから話し相手になってもらっていた」
アクアが一足早く準備も終わったので、たまたま二人でやってきた彼女達に話しかけて時間を潰しているのがこの集まりの真相だ。
アクアはアイたちを待つことになったものの、女性の身支度はそれなりに時間が掛かるというのをアクアもよく理解しているので、多少の時間はまったく気にしていない。
それでも何もしないよりは会話でもした方が建設的だと考えてのことだった。
「なるほどねぇ〜。で?三人はどんなお話ししてたの?」
「アクアの今後の予定とか私たちの学校の話ね」
MEMちょの疑問に対してかながざっくりと説明する。
それを聞いてMEMちょは指を折りながら驚いた顔を浮かべていた。
「そっかぁ。かなちゃんも、あかねちゃんも、二人とももう中学生だよねぇ。私が苺プロ入った頃はまだ小学校2年生だったのに……。時間が経つのは早いもんだねぇ」
冷静に時の流れを感じたMEMちょは、親戚の子が大きくなったのと同じくらいの感慨深さを滲ませたまま言葉を続けた。
「ちなみに〜どうなのアクたん的には。中学生のお姉さんになった幼馴染たちに魅了されたりしない?」
「別に。正直有馬もあかねも一緒に過ごした期間が長いから年上って感じがしないし」
「いやそこは気にしなさいよ!」
前世のアクアにはいなかったが、幼馴染というのが最も近い関係になるだろう。
まだ本格的な思春期の影響を受けていないアクアとしてはそんなに気になるほどではなかった。
勿論そんなまったく意識してませんというアクアの態度に、思わずかなは不満を漏らした。
そんなみんなの言葉を聞いてあかねも会話に加わる。
「もしアクアくんもかなちゃんみたいに甘えたかったら言ってね?いつでもお姉ちゃんになるから」
どうやら何か刺激されるものがあったのかアクアに対して姉を騙り始めた。
かなが好き放題される様を見ていたアクアは捕まる前にさっさと拒否することにした。
流石に捕まってこの年で異性に撫で回されるのは恥ずかしいと思う程度には男女差は認識している。
「いや、遠慮しとく。あれは有馬の特権でいいよ」
「なんで私が望んでいるみたいな言い方してるのよ。あかねが勝手にやってんでしょうが!別にそんな私だけ撫でてもらえるみたいな特権いらないわよ!」
「相変わらず賑やかだねぇ〜仲良きことはいいことだよぉ」
MEMちょから見ればまだまだ小さい子供な三人なのだからわちゃわちゃとしながら話している様は実に可愛らしい。
ニコニコと彼らのやりとりを見守る。
そこに新たな乱入者が現れた。
「ありゃ?なんかみんな集まってるね〜」
「MEMちゃんもいたの?なんの話?」
アイとゆら。
アクアの待ち人である二人が姿を見せる。
二人とも今日が移動日だからかラフな格好をしているものの、元の容姿の良さを損なわない程度には選ばれた服装をしていた。
フリルちゃんなら視力が〜って言うんだろうな〜なんて思いながらMEMちょが今までの話を要約して伝える。
「むふふ、アクたんに中学生になった二人の魅力はどうよ?って聞いてたんだよ〜。でもアクたんこんなに可愛い二人にお姉さんみは感じないんだって!良くないよね〜」
揶揄う仲間を手に入れるために、アクアが色々弄られそうな言い方を試したMEMちょだが、ゆらは別の視点で物事を捉えていた。
「まぁそこはアイさんがもう姉ポジなのも大きいんじゃない?そんな何人もいらないでしょ」
「あっそっかぁ」
MEMちょはゆらに指摘されて確かにと納得する。
ゆらが言うアイが姉というのはアクアの公式設定だ。
アイのことを赤ん坊から推して姉のように慕っている社長の息子という事になっているアクアだ。
実態はどうあれ、自然とこのような認識をされる事も珍しくない。
「実際どうなのアクたん。やっぱりアイちゃんに甘えたりする?」
「無くはないけど……最近はアイはアイで天然が多分に入ってるから大きい妹みたいな気がしてきた」
昔は絶対無敵の推しだった相手が母となり、色々な一面が見えた結果、どちらかといえばアクアは自分がしっかりしないとと思うようになっている。
甘え上手二人が家族だと理解してからは自然とその意識で立ち振る舞っていた。
「ふふっアクアはしっかり者だからね〜私がやっちゃったな〜と思ったら大体すぐフォローしてくれるの。私兄妹とかいなかったけど、アクアを見ていたらお兄ちゃんってこんな感じなのかな〜ってポカポカするよね」
「アイさんすら絆しちゃってる。根っからのお兄ちゃん気質だもんね、アクアくん」
アイの言葉をあかねも肯定する。
アクアはルビーへの対応だけでなく、あかねやかなといった年上組も含めて妙に大人な対応を自然にする事が多い。
それがあかねから見てもかっこいいポイントで、自分がされた時は嬉しくは思う。
一方、時々だが私の方が年上なのだからもっと頼って欲しいと思うこともあかねにはあった。
先ほどの姉として甘やかそうという提案は、いい機会だと思って行ったアピールだったのだが、断られてしまった。
アクアに負けない生来の世話焼き好きであるあかねとしてはかなり残念だと感じている。
「ルビーが甘え上手だからその影響なのかな?小さい頃から本当しっかり者で偉いね、アクア」
基本甘えられる側のスタンスを崩さないアクア。
とはいえ母は強しという言葉があるように、子供に介護されるばかりが母ではない。
アイは油断してそばに居たアクアを捕まえて、動けないところで頭をゆっくりと撫でる。
アクアは逃げ出すことができなくはなかったものの、わざわざアイの悲しむような事をファンであり息子である彼がするはずもなく、推しのナデナデに屈して大人しくされるがままとなることになった。
「本当アイさんには弱いわね」
かなはジトッとした目をアクアに向ける。
アクアも誰も居ない時でも恥ずかしいのにこの晒し者のような状態は顔から火が出るほど恥ずかしい。
だんだんと顔が赤くなっていくのをアクア自身が自覚する。
そんな彼の耳に嬉しそうな声が聞こえてきた。
「きゃわ〜〜!!アクアくんが大人しく撫でられながら赤面してるのいい!それにそのアクアくんを捕まえてるアイさんの顔も優しくて!写真撮ってこの尊さをみんなと共有しないと!」
「……そういえばあかねってアクアとアイのファンでもあるのよね。私以外にもこういう反応するの珍しいからびっくりしたわ」
パシャパシャとスマホのカメラを使い写真に尊い光景を収めていくあかね。
それを見てかなは自分以外にもターゲットが増えてくれたら姉反動も減るのではと期待して今後の立ち振る舞いを考える。
かなとしては普段のツンツンしたあかねの方がまだやりやすいのだ。
困ったらアクアをスケープゴートにしてやろうと画策する。
そんな子供組から少し離れたところで楽しそうな表情をする大人二人。
「アクアくんって本当アイさんの前だと年相応にされるよね」
「だねぇ〜さっきはあんなこと言ってたけど、やっぱり姉み感じてるのかな?いや〜あかねちゃんじゃないけどいい絵が撮れるよ〜インスタにアップしたらバズりそう」
アクアには二人も随分と助けられる事が多い。
まだ小学生というのに豊富な知識もさる事ながら、芸能界に長いこといた経験が、彼女たちの役に立つ情報を引き出してくれる。
そんな彼がなすがままにされるのは少し面白かった。
MEMちょのインスタ発言にゆらは背中を押す。
「いいんじゃない?これを機にインスタとか始めたら?確か社長に許可取ったらできたと思うよ?」
「うーん……イケる!もしOK出たらこれもアップしちゃお〜っと。その時は映えるゆらの写真も今度撮らせてね〜」
「自分の写真あげなよ、まぁいいけどツーショットね」
変わらず撮影を続けるあかねを含めて今いる子供たち全員とアイが映るように映像を撮ったMEMちょ。いい写真が撮れたと自分のフォルダーを確認して自信満々だった。
彼女はC式部の誰よりもネット文化に詳しい。
それに何度も助けられたゆらは、苺プロのプラスになりそうならどんどんやって欲しいと思っている。
元々利用するために入った事務所ではあるが、長くいてすっかりゆらも愛着が湧いていた。
そこに足音と共に一人の女性が現れる。
「あなたたち、遅いわよ?……って何やってるの」
アイのマネージャーであるニノは何やら用事があるらしく本日は休みをとっている。
そのため、アクアのマネージャーとして活動しているミヤコが本日の運転をすることになっていた。
だが、待てども待てどもアクアたち三人が来なかったため、様子を見るために迎えに来てみれば。
アイに抱っこされて赤い顔をしているアクア。
連写しながら騒ぎ立てるあかねとそれを呆れた目で見るかな。
そのみんなを更に撮る一歩引いた位置のMEMちょと彼ら全員をニコニコしながら見ているゆら。
一目見ただけでは理解できない光景がそこにはあった。
「これ、何があったの?」
ミヤコは何とかフリーズしそうな脳みそを動かして一番話が通じそうなゆらに声を掛ける。
そんな敏腕副社長へゆらは真面目な顔をして答えた。
「アクアくんを甘やかそうの会ですよ。ミヤコさんも参加しますか」
「……悩むわね」
そんな聞いただけだとふざけているようにしか聞こえない言葉を聞きつつも、ミヤコは真剣に考える。
ミヤコに実子はいない。
だがアクアとルビーは幼い頃から面倒を見てきたため、それに近い感覚になっている。
アクアたちも満更ではないと理解しているため、たまにはそんな機会もありかもしれない。
ミヤコの思考がそこまで進んだところで、彼女はここに来た本来の目的を思い出す。
「こほん!ほら、アイ。あとでいくらでもアクアで遊んでいいから今は車に来なさい」
「はーい、じゃあ車は隣の席だねアクア」
流れるようにアクアを捕まえたまま移動を始めるアイ。
無理やり離れて怪我などをさせるリスクを背負うわけにもいかないアクアは、そのままアイに引き摺られるように移動を始めた。
元々アイドルであり、今でも体力が落ちないように運動を欠かさないアイは、並の身体能力ではない。
小学生男児を引っ張ることなど難しくなかった。
「いや、俺は助手席に」
「あっ私助手席に乗るねミヤコさん」
最後の対抗とばかりに志望した助手席もゆらに横から掠め取られ、結局アイの隣で移動することが決まったアクア。
ミヤコの号令に先ほどまでの騒ぎから一転、スムーズに撮影組は車へと移動する。
それを残されたメンバーは楽しそうに見つめるのだった。