雨宮吾郎と星野アクアは違う存在なのか、それとも同じ存在なのか。
そんな悩みを解決する糸口として、アクアは以前の撮影でアイに言われたことを思い出していた。
『それならいいんだけどね!アクアの可能性は無限大ってこと。折角だし休業中は色々試してもいいと思うんだ〜』
時間は確かに空いているし、普段やらないことをやれば何かキッカケが掴めるかもしれない。
そう考えてアクアは一人の大人に相談をすることにした。
「そういうわけで壱護さん、何か俺が今までやってないことない?」
「何がというわけでだ。適当なところをクソアイドル……いや元クソアイドルから引き継ぎやがって」
アクアの問いかけに頭を抱える壱護。
基本的にアクア達のことはミヤコに任せる割合が多く、新しい発見もあるが、ここまでとは予想外だった。
ただアクアも流石にちゃんと説明を入れようと考える。
「これまでずっと役者をやって生きてきたから休業したらイマイチやることがなくて……何か面白い趣味とかない?」
壱護はそんなアクアを見て、何か悩んでいるらしい事にようやく気付く。
中学生なんて悩み事の多い年齢だと、B小町ギスギスの裏側を知った壱護はよく理解した。
アクアは学業もそうだが、運動能力も高く、演技力も高い。
視点も普段から妙に大人染みていたため、どうしても中学生になったばかりの子供という認識が浅かった。
(手遅れになる前に大人が気にしてやらねぇとな)
「そうだなぁ、今度の日曜、釣りに行く予定があるんだが、一緒に来るか?」
まだ成長期の来ていない小柄なアクアだが、ぴえヨンのトレーニングをしっかりやっているのでがっしりとしている。
体力もあるので釣りはできるだろうと判断して声を掛けた。
「やる、道具はどうしたらいい」
「気にすんな、俺のを貸してやる。アクアは初心者なんだから道具とか分かんねぇだろ」
壱護は普段休暇になると一人で釣りに行くことが多い。
穴場になる場所も知っていれば、この時期に釣りやすい魚の種類もわかる。
「ありがとう壱護さん。楽しみにしてるよ」
「気にすんな、散々稼いで貰ったんだ。会社からの福利厚生って奴だよ」
「福利厚生にしては渋くないか?」
そんな約束をして数日後、約束をしていた日曜日が訪れる。
やってきたアクアを見て、壱護はため息を吐きながら言葉を告げる。
「それで?なんでアイとルビーもいるんだ?」
その言葉の通り、壱護の前には約束をしていたアクアだけではなく、アイとルビーの母子も一緒に付いてきていた。
「やっほー佐藤さん!アクアが佐藤さんと面白いことするって聞いて私もやりたい!って言ったら許してくれた」
数日前にアクアが『日曜は社長と釣りに行くから』と説明した時は特に反応がなかった。
だが、撮影予定日が急に変更となって時間ができたら、休日にアクアと離れるのが惜しくなったらしい。
「まぁこれから行くのはあまり人も居ないし、それなりに変装してるからいいけど……ぜってぇ騒ぐなよ」
「分かってる分かってる!硬いなぁ細かい男はミヤコさんに嫌われちゃうよ〜」
「うるせぇ!円満だっつーの」
アイに揶揄われている社長は面倒そうに振る舞いながらもどこか楽しそうでアクアはその様子を穏やかな気持ちで眺める。
「壱護さん口ではああ言ってるけど楽しそうだよな」
「最近ママとこういうやり取りする機会少なかったみたいだからね」
「娘みたいなもんって言ってたもんな」
アイは知らないが、アクア達はアイが入院となった時の気落ちした壱護を知っている。
それならもっと定期的にアイを遊びに誘えばいいのにとアクアは思っていた。
「おら、とっとと車乗れ。潮の関係で早い時間から動きたいんだよ」
「だって!二人は私の隣ね〜」
壱護が追加の釣竿を詰め込んだところで、車内に乗れとアクア達に指示を出す。
その声に合わせてアイは、双子がそれぞれ自分の両隣に来るように誘導した。
自分が休暇を取れば、子供達と過ごせる環境を二人が仕事をしていない今のうちに満喫せねばと張り切っていた。
車に全員が乗り込んでからは、仕事の話や今後の話をしながら壱護は車を運転して目的地へと向かっていく。
そんな最中壱護が重要な話をポンと出した。
「そういやB小町Rデビューの正式な時期が決まったぞ」
「えっ!ほんと!いつか教えてよ壱護さん!」
前に飛びかかろうとしてシートベルトに妨害され、その場に落ち着くルビーを見てアクアとアイはニコニコと笑う。
壱護は運転しながらも後ろの朗らかな気配を感じたのかニヤリと不敵に笑いながら答えた。
「とはいっても予定通りだ。来年の4月12日にB小町Rは正式デビュー。……例の件はマジで縛るでいいんだよな?」
「うん!私たちはドームライブするまでママとコラボ禁止!」
「は?」
アクアはそんな話を知らなかったのでビックリしてルビーの方を見る。
その間に挟まっているアイも知っていたようなのでアクアだけが知らない情報だった。
そんなアクアの視線にルビーは自分の考えを述べていく。
「これはメンバーみんなと話し合ったんだけど、最初からママと共演したらきっと最初からバンッて売れると思う」
「B小町Rって名前とのシナジーを考えたらそうなるだろうな」
アクアはルビーが前世からずっとアイドルを夢に見ていた事を知っている。
そしてアイの大ファンである彼女は一刻も早く共演したいのではないかと思っていた。
「勿論ママと早く共演してみたいな〜って気持ちはあるよ?でも、もし私がいきなりママとコラボしちゃったらさ〜B小町Rは、きっと結局ママに頼らないとダメなグループみたいになっちゃうかなって」
同じ事務所である以上は影響ゼロとはならない。
だが最初から使うのは違うんじゃないかとルビーは考えていた。
「俺はルビー達がそれで納得してるならいいんだけど、壱護さんはいいの?」
「そこはミヤコとも散々相談した。その結果、経営判断的にもそっちの方が後々いいって判断してる。心配すんな」
壱護達はルビー達のグループ、その可能性を高く評価している。
あの伝説となった『B小町』を超えるとしたら彼女たちしかいないのではないかと思うほどに。
だが、いきなりアイと共演してしまってはそれは不可能になるだろうと壱護たちも感じている。
最初から売れるのはアイといきなり共演する事だが、少し時間は掛かっても最高のグループになる道をルビー達は選んだ。
「ママとしては少ーし寂しいけど。ルビーがママに負けない、ママを超えるアイドルになりたいって宣言してくれたのは嬉しかったよ」
「夢だもん。ママみたいなアイドルになって、ママを超えるアイドルになるって!」
ルビーの目はいつか病室で見たアイをも超える輝きを宿している。
その姿はアクアにとって眩しくて、絶対に推さないとと強い気持ちで思う。
「でもママも早くルビーとコラボしたいから3年!3年以内にドーム行ってね、約束だから」
3年でドーム。これは壱護プロの中で最速のC式部の約4年よりも早い。
タイムリミットはルビーが高校2年生の4月とかなり厳しい。
「やる。絶対にドームに辿り着く!」
「おいおい、ドームの予約取るのはこっちだぞ」
「最悪C式部の子達に流しちゃえばいいじゃん!」
「あいつもそろそろアイドル引退するかもしれないんだが」
あと数年すれば中核メンバーはアラサーになる。アイドルとしてはそれなりの年齢であり、引退を考えても不思議ではない。
特に女優へ転身を考えているメンバーはもう意識する時期に差し掛かっていた。
「ルビー、本気なんだな」
「本気だよ、あの日宣言した通り」
前世が分かった直後、アクアへルビーは自分の夢を口にした。
『……そうだね。うん、私ママみたいな……。ううん、ママを超えるアイドルになりたい!』
その言葉を果たすため、本気で今を生きている。
前世と変わらない夢を追い続けている姿にアクアの心は動かされる。
この日、B小町Rに3年でドームへ行くという目標が追加された。
後日聞いたメンバーからは『相談しなさいよこのバカちん』と突っ込まれることになる。
「よーし着いたぞ。アイ、お前は荷物運ぶの手伝え」
ルビーのデビュー目標の話が終わって少し、車は目的地の釣り場所へと到着する。
「は〜い、この辺持ったらいい?」
「そうそう、その辺りだ。アクアとルビーは付いてくるだけでいい」
アイは壱護の持ちきれなかった釣竿を持つ。
重いクーラーボックスは壱護が流石に持って行った。
まだ時期はゴールデンウィーク前ということもあって風は少し涼しい。
「うーん凄い潮の香り!ねぇねぇここ全然人いないね」
「普段は釣り堀に来てるんだが、流石にルビー以外は顔が割れてるからな。変装してるとはいえ人が少ない地味なところに来るしかねぇんだよ」
人が全くいないわけではないが、明らかに人数が少ない。
これなら仮にバレてもそこまで問題にはならなさそうだとアクアは思った。
「それで壱護さん、今日はどんな仕掛け使うの」
「そりゃ初心者向けのやつだな。アクア達は全員釣りやった事ないだろ?それなのに変なの渡したらずっと釣れないからな」
そう言って壱護はずらりと道具を並べてアクア達に見せる。
趣味というだけあってかなりの数を揃えており、アクア達もその数に圧倒させられた。
そんな彼らの反応に満足したのか壱護は説明を始める。
「4月は初心者向けの時期だからな、とは言っても昼だと釣れる種類が限られるんだが」
この地域で今の時間に釣れる魚を色々と教えてもらう。
中には難易度が高いものもあるらしく、一筋縄ではいかないのが説明だけでも分かった。
「あとは餌と擬似餌どっち使うかだが……アイはともかくルビー。お前これ手で触れるか?」
アクアに聞かないのは壱護の中でこいつなら我慢して触れるだろうと思っているからだ。
そして実物を見せられたルビーは一歩下がりながら小さく悲鳴を上げる。
「ひっ……いや〜できればちょっと遠慮したいかも」
そんなルビーを見て予想通りという顔をしながら餌を仕舞って別の道具を取り出した。
「そういうと思ったよ。じゃあこれ使え。比較的初心者でも扱えるルアーが付けてある」
「あっなんかおもちゃみたいで可愛い!ありがと壱護さん」
竿の先端に付けられたルアーのデフォルメされたイラストに笑顔になるルビー。
壱護は見繕っていた竿をアイとアクアに渡して三人に竿が行き渡る。
結局全員ルアーにしたのは何度も教えるのが嫌だったらしい。
もしルビーが生き餌を使える場合はそちらで教えるつもりだったようだった。
そこから基礎の部分をアクア達に一通り教える。
普段説明など営業としてやっているだけあって、釣りのやり方についても伝えるのが上手かった。
「これで一通り教えたし、各々好きに釣るぞ。分かんないことがあったら聞いてくれ。あと、そこの椅子とかは好きに使っていい」
「うわっ椅子ちっちゃ!こんな感じなんだ」
「小さい方が都合がいいんだろうな。釣りって待ち時間が一番長いだろうし」
壱護のそんな声に各々釣竿を取って竿を振る。
前世でもそこまで詳しかったわけではない初の体験だ。
今回のルアーは細かいテクニックなどで差が出にくいものらしく、忠実に教わった作業を繰り返す。
そしてしばらく時間が経った。
「おにいちゃん〜全然釣れない……」
「……俺もだな。それに対して向こうは」
アクアはルビーの愚痴に対して自分の釣果がゼロであることを見せる。
今のところ二人とも何の成果も得られていなかった。
それに対して
「あっまた来たよ〜!アクア、ルビー!今日はお魚たくさん食べようね」
「アイツめちゃくちゃ釣るじゃねーか。負けてられねぇ」
アイは先程からかなり釣れており、壱護も流石の経験値で成果を上げている。
この圧倒的格差にアクアはため息を吐いた。
「まぁ待ち時間も釣りらしいからもう少し頑張るか」
「はーい、これ忍耐力鍛えられそうじゃない?」
「釣れたらまた感覚が変わるんだろ」
夕方に差し掛かっており、そろそろ釣れる魚の種類も変わる頃となってくる。
それまでに一度は釣りたいとアクアは願いを込めた竿を振った。
教わった通りにリールを巻きながらルアーを動かす。
先程までと同じように成果がないと思われたその時、グイッと強い力で引っ張られるのを感じた。
「くっこんなに強いのか。……アイが余裕そうだったからもっと弱いかと思ってたな」
「あっ!おにいちゃん私もかかった!どっちが先に釣れるか競争だから!」
グイッグイッと引かれるが無理して逃げられないように気をつけながらリールを巻いていく。
不定期に竿に力が掛かるのが生命との戦いだと実感を湧かせた。
少しずつ抵抗が弱くなり、アクアはリールを巻いて魚影が海面に見えてくる。
「おっ結構でかい」
「ほ〜やるじゃねえか。これだけデカいと美味いぞ」
いつの間にかアクア達の方に来ていた壱護から褒められて何となく照れくさい気持ちになる。
結局この日釣れたのはこの一匹だけだったが、思ったより楽しかったというのがアクアの今日の感想だった。
ちなみに競争はアクアが勝ってルビーは少し悔しさを滲ませることになる。
「さーて、そろそろ夜も遅いし帰るぞ。片付けしろ」
「いや〜楽しかったね!本当に釣れる魚変わっちゃうんだってビックリしたよ」
アイは自分の釣果を改めて確認し満足そうに頷いている。
メッセージで連絡を取った結果、黒川家と不知火家にそれぞれお裾分けをすることになった。
ちなみにだが、中学生になり、神奈川からこちらの学校に来たみなみだが、今は不知火家で世話になっている。
「見てっお兄ちゃん星綺麗だよ」
「本当だな、確かに結構車で移動したのもあって東京の割に星が見える」
一通り片付けて帰ろうかと言う時にルビーは空を見上げて天へと指を指した。
アクア達のいた宮崎と比べれば少ないが、都心に比べれば比較にならない星の見え方である。
「本当だね〜宮崎ほどじゃないけど」
「「!?」」
自分たちの考えていることが読まれたのかと思ってびくりとするアクアとルビー。
そんな二人の奇妙な様子にアイは幸い気付くことはなかった。
「星といえばさ〜佐藤さん覚えてる」
「宮崎……星……ああ、あの時か?」
二人で共通の思い出があるのか、アイも壱護も懐かしむような表情を浮かべている。
それが気になったアクアはその思い出を尋ねることにした。
「母さん、二人の思い出ってどんな奴?」
「どうしよっかな〜……うん、二人にも関係あるお話だから教えてあげるね」
少し考えた仕草はしたもののアイは二人にその時の話をし始めた。
「昔、もう二人が生まれるより前に宮崎でB小町のライブがあったんだ〜初の全国ツアーの時の話ね」
「あっ」
その声は行きたくて行けなかったライブのことだと察したルビーの悲しそうな声。
転生してから映像では見たが、やはり行きたいという気持ちは強かった。
そんなルビーの手をアクアはそっと握りしめる。
二人の様子には特に気を留めず、アイは話を続けた。
「あそこ星が超綺麗でさ、私凄くテンション上がってて。そんな時に凄く綺麗な星を見つけたんだ〜。多分ここでも見えるはず……ほらあの星!」
そう言ってアイが指差した先をアクア達は見る。
そこには他より一際強い青みがかった光を放つ星がそこにはあった。
「スピカか」
「ほぇっアクア知ってるんだ!やっぱり天才だね〜遺伝だよ〜」
学校の授業で載っていたのを覚えていたアクアがその名を口にするとアイは驚いたような反応を見せる。
ただテンションが上がってもいつものようにアクアを捕まえることなく話を続けた。
アイにとってそれだけ思い入れのある話なのだろう。
「アレはなんて星なんだろ?って思ったら、その時一緒にいた社長がスピカって星だって教えてくれたんだよね」
「まぁ昔天文学勉強したことがあったからな」
「あの頃はまだ社長ミヤコさんとも結婚してなかったから女の子にモテたくて勉強してたんだよね」
「うわぁ」
ルビーはその熱意の高さにちょっと引いていたが、アクアは少し気持ちがわかるので、余計なことは言わないようにしようと黙っていることにした。
「いや断言すんなよ。……あ?待てよお前まさか」
「あっ気が付いた?実はそのスピカについて教えてもらった時にね、社長が言ってたんだ〜『青みがかった光は、どことなくアクアマリンって感じかな』〜って」
「は?」
思わずアクアも声が出る。
今の流れでこの話が無関係とは思えない。ただ説明の途中だから邪魔してほしくないのかアイはしーっと口元に人差し指を当てて静かにして欲しいとジェスチャーをしてから続ける。
「あの星はさ双子星って言ってあんなに一つの星が孤独に輝いて見えるけど、実は二つの星が寄り添うように輝いてるんだって」
「へぇ、目で見たら一つにしか見えないのにな」
「それだけ寄り添いあってるんだよきっと!」
どこまでも楽しそうに、嬉しそうにアイは言葉を紡いでいく。
「それを見て思ったの。どんなに暗い世界でも双子なら心細くないしお互い支え合って生きていけるって。だからね、もし子供を産むなら双子が欲しいな〜って願ったし、もし双子が産まれたら先に産まれた子には『アクアマリン』って名前をつけたいなって思ったんだ〜」
アクアは呆然としながらも何とか口を動かして言葉を発した。
「……俺の名前の由来結構ちゃんとしてたんだな」
「えっ!?てことはルビーの方がまだマシだと思ってたけどお兄ちゃんの名前の方が本体じゃん!」
まさかの命名の秘密を知ってガーンと言いたそうなショックを受けるルビー。
そんな我が子達の表情が面白くてアイはくすくすと笑う。
「私はあの頃、素敵な家族が欲しかった。今はもう叶っちゃったね」
満天の星に負けない一番星の笑み。
それは見慣れていたはずの三人すら一瞬で意識を持っていかれるだけの力を持っていた。
「はぁ、最初はふざけた名前付けたと思ってたが何も言えなくなっちまったな。まさか俺のせいだとは」
「そうだよ〜だからもしアクアが名前に不満があったら佐藤さんに文句言ってね」
少し静寂が訪れてどうにか復帰した壱護の言葉を聞いてアイはケラケラと笑う。
本当に楽しそうだった。
「さて、なんかいい感じの話も聞けたし帰るぞ。明日は平日だしアクア達は帰りの車で寝てろ」
そんな言葉に撤収が始まる。
アクアはその言葉の通り車に乗り込んでから目を瞑って今日のことを振り返る。
元々の目的だった星野愛久愛海が何者かという問題は解決していない。
だが今日を楽しんだのは間違いなく自分だと、アクアは自然に理解したのだった。