【推しの子】ヤケクソハッピーハーレムルート   作:ただの暇神

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僕と俺

釣りに山登りと普段しないことを楽しんだアクア。

他にも元B小町やC式部のメンバー達、多くの人に案をもらってアクアは色々な体験をしてきた。

半年間、人の趣味や仕事を満喫してきたアクアだが、今の自分についてそれなりに考えをまとめられたと考えている。

その上で自分の結論を出すためには、絶対必要なことがあった。

 

「あるといいんだが」

 

アクアは書店を回って一つの本を探していた。

ただ少し古い本なだけあって新品で置いているところは今のところ見当たらない。

 

「お兄ちゃん!見て見て、今話題の『東京ブレイド』!単行本まだ残ってる!買ってもいい?」

 

そんな声にアクアが顔を上げると、買い物へ付いて来ていたルビーが、何処からか持ってきた単行本を手にアクアへ笑顔を向けているのが見える。

 

「買いたかったら買えばいいんじゃないか?」

「そうしよ〜っと!買ってくるね。もし読みたかったらお兄ちゃんにも後で貸してあげる」

 

ルビーは十分なお小遣いを貰っており、漫画の単行本を買うくらい訳はない。

『東京ブレイド』は今年連載が始まったばかりの少年漫画であり、去年完結した今日あまのアシスタント鮫島アビ子先生が勝ち取った初連載として最初から話題になっていた。

内容も今時の子供に受ける要素が多く、まだ単行本1巻が出たばかりだが、学校では毎週語られるほど話題になっている。

これまで四店舗回ったが、在庫がなかったのがその人気の証と言えるだろう。

今学校で男女共に話題沸騰中の漫画が気になるというのは、年頃の中学生としてごく自然だとアクアは思った。

 

「……あった」

 

そこそこの厚みがある本の表紙は派手なイラストなどもない。タイトルと医者の姿が描かれたイラストのみのシンプルな表紙。

その昔、雨宮吾郎が外科医を目指すきっかけになった小説がそこにはあった。

ようやく見つかった本を少し緊張しながらゆっくりと手に取る。

表紙を確認するだけで懐かしい気持ちが蘇った。

 

「買ってきたよ〜、あれ?お兄ちゃんお目当ての本見つかった?」

「ああ、僕も買って来るよ」

「……あれ?」

 

アクアは返事をしてその本を買いにレジへと向かう。

その返事にルビーは少し不思議そうに首を傾げた。

 

目的を果たした二人は特に寄り道もせず、家へと帰る。

少し兄の様子が気に掛かったルビーは一つ提案をすることにした。

 

「お兄ちゃん、よかったらリビングで一緒に本読まない?」

「なんでだよ、同じ本読むならまだしも別の本だぞ」

 

中身が同じものであれば、途中で感想を言い合いながらという選択肢もあるが、現代ファンタジーと医者物でジャンルからして大きく異なる。

ただ妙に真剣な妹の目に気圧されたアクアは一つため息を吐いてから返事をしなおした。

 

「はぁ……いいけどネタバレするなよ?」

「なんだ〜お兄ちゃんもやっぱり読みたいんだ〜勿論!感想後で交換し合おうね」

 

ソファに手が触れ合いそうな距離に座り、互いに自身の本を取り出してページを捲り始める。

空間にはペラリと捲られる本の音だけが響いている。

ルビーは基本的に『東京ブレイド』を読むことに集中しているものの、時折ちらりと兄へ視線を向けて観察していた。

 

(おにいちゃん、なんだか懐かしそう。……やっぱりあの本ってせんせが医者を目指すきっかけになったって言ってた本かな?)

 

互いの前世からの夢について話し合った時、アクアは外科医になりたかったと口にしていた。

そのきっかけになったのは小説だとも。

真剣な表情のアクアが噛み締めるように本を読む姿は実に絵になっている。

何度か漫画を読んでキリのいいところで兄の表情の覗き見を繰り返した。

そして漫画が読み終わる。

今ルビーの頭に残っている感想はこうだった。

 

(うちのおにいちゃんかっこよ!!!!!)

 

最初はあくまで様子を見るだけのつもりだったルビーだが、いつのまにか思考が変な方へと向いてしまっていた。

楽しく読んでいたはずの東京ブレイドの記憶より兄のかっこいい表情の方が脳裏に焼き付いてしまっている。

ルビーもこれでは良くないと自覚しており、後で改めて読み直そうと決めた。

アクアの方はアクアの方でルビーのことを今は気にせず、昔好きだった本を読む。

 

(やっぱり面白いし、主人公はカッコいいな……だけど)

 

以前より少し感じ方が違うようにアクアには思えた。

これは吾郎としての感性なんじゃないか、今の自分にとっては違うんじゃないか。

以前読んだ時とは違う感想が混じるこんな自分は誰なんだろう。

以前感じた疑問が余計に膨れ上がっただけのような気がしてならない。

ただ違和感こそありながらもやはりアクアは外科医に強い憧れがあることが変わっていないことを確認できた。

 

「ふぅ……ってどうしたんだルビー」

 

読み終わって本から顔を上げると横から強い視線を感じてそちらを見る。

漫画ということで先に読み終わっていたルビーが、本を置いて両頬を押さえながら顔を赤らめている光景は実に不思議だった。

 

「はっ!おにいちゃん読み終わったんだ。私はちょっとおにいちゃんを眺めてて」

「おい、頭蕩けてるぞ」

 

ルビーのそんな言葉に苦笑いを浮かべるアクア。

流石に少し照れ臭かったのかふいっと視線を逸らし……すぐにアクアへと向き直る。

 

「それでどう!おにいちゃん、前悩んでたことの答えは出た?」

「まだだけど、どうかしたか?」

 

ルビーを頼るにはまだ早いと考えているアクアは軽い感じで返す。

ただその言葉を聞いてルビーはアクアの方へ真剣な眼差しを向けながら思っていることを口にした。

 

「おにいちゃんが悩んでたのって転生に関わることなんじゃないかなって」

 

ルビーに言い当てられて少し動揺する。

本当に行き詰まるまで相談しないつもりだったので、これまで彼女に説明はしていなかった。

それをあっさり見抜かれたのは少々意外だった。

 

「おにいちゃん最近ちょっとだけ嘘下手だもん。見てたら分かるよ。私だけじゃなくて皆おにいちゃんのこと心配してた」

 

兄が最近やっていた自分探し、その目的がルビーには最初不明だった。

ただ流石に半年もやっていれば勘付いてくる。

そして今回の本を読んでいる姿で前世関連だろうと確信に至った。

 

「……そうか。悩んでいることはバレたけど、理由は隠せてるつもりだったんだけどな」

「ふふっ私せんせのことなら何でも分かっちゃうようになりたいからね」

 

笑顔でそんなことを言った後、少し間を空けてから一転して表情を寂しそうに変えてルビーは続ける。

 

「……ねぇ、せんせから見て私はまだ天童寺さりなの頃みたいに弱くて守られるだけかな?」

 

そんなルビーの様子を見てアクアはこれまで十三年間見てきた彼女を思い出す。

毎日全力で楽しんでいて、世界が輝いて見えているかのように振る舞い、辛いレッスンも毎日のようにこなして弱点だった歌もトラウマだった運動も克服した。

もう星野ルビーは人に流されてばかりだった雨宮吾郎より強い人間だとアクアは思う。

少し考えてから自分の中で折り合いをつけ、一つ決心をしたアクアはルビーへと向き直る。

 

「俺が悩んでいたのは前世と今世の差異についてだよ」

 

そして長らく抱えていた自分の悩みを口にした。

ここ最近急速に気になり始めたアクアの抱える問題であり、深刻な事態を引き起こす爆弾になりかねないとアクアが気がしている事。

 

「差異?どういうこと?」

 

ルビーは兄が何を悩んでいるのかよく分からなかったため、首を傾げながら尋ね返す。

それを受けてアクアは自分に起きている現象を説明した。

 

「俺は雨宮吾郎として生きた記憶を持っている。それは間違いない。だけど前世と今世で趣味が違ったり、考え方にズレを感じるようになってきた」

 

それこそ赤ん坊の頃はそこまで違いを感じなかったのだが、役者への本気度が上がってきたことなど、雨宮吾郎として考えるには不自然なことが起きている。

 

「だから思ったんだよ。俺は雨宮吾郎なのかそれとも星野アクアなのかって」

 

アクアとしてはまだ口にするつもりはなかった事で、ルビーに相談しても簡単には解決できない問題。

 

「え?おにいちゃんそんなこと悩んでたんだ」

 

そう認識していたのだが、ルビーは不思議そうになんて事のないどころか問題とすら認識していない様子でそんなことを言う。

そんな彼女の様子にもしかしたらアクアはルビーに自分と同じ症状が起きていないのかを尋ねることにした。

 

「ルビーはそういう自分が変わっていくような感覚はないのか?」

「ううん、あるよいっぱい。身体が元気になった分の差かな〜って最初は思ってたけど趣味とかも一部はやっぱり変わっちゃうよね」

 

なんて事ないと言いたげに言う彼女だが、やはり自分だけではなくルビーにも影響があると理解したアクアは慌てて笑顔のルビーに確認する。

 

「それ、大丈夫だったのか?さりなちゃんとしての自分とルビーとしての自分で混乱とかは」

「せんせ面白いこと言うなぁ。どっちも私に決まってるじゃん!」

 

今度はアクアが首を傾げる番だった。

いつかこの記憶を持った自分たちが消えて星野アクアに、星野ルビーになるとは思わなかったのだろうか。

そんなアクアの疑問に対してルビーは自分の思いを口にした。

 

「だってさりなとして生きた頃にはしていない体験も沢山してるし、同じじゃいられないよ。身体だってママが産んでくれた新しい身体なんだもん。昔嫌いなものが食べられるようになったり、得意なことが苦手になったりも普通だよね」

「……あぁ」

 

至極当たり前のことだと言うルビーに対してアクアはようやく納得でき始めた。

自分の感じていた違和感の正体が何なのか。

何故この思春期になって余計に気になるようになったのかを。

 

「この変わりつつある感性や趣味も前の自分を大事にしたい感情もどちらも俺であり、僕なのか」

 

星野アクアと雨宮吾郎が一つの肉体に同時に存在するわけではない。

ようやくアクアにそれが理解できた。

 

「人間の性格、その何割かは遺伝によって決まるのが通説だ。……僕、一応産婦人科医とはいえ医者をやってたはずなんだけど。なんで失念してたんだ?」

 

特に肉体の状態なんて遺伝情報がメインになってくるので、余計に転生した後、影響を受けやすい。

少なくともいくら転生という現象が非現実的でも、雨宮吾郎や星野アクアといった魂がお互いを乗っ取るよりは現実的な話だった。

誰か転生について詳しい存在などがいれば、もう少しアクアも誤解しなかったかもしれない。

 

「うーん、多分せんせはせんせとして生きた期間が長かったから違和感だと思っちゃったんじゃないかなぁ。私はほら思春期入ったくらいまでしか生きられなかったし」

 

そんな笑えない説明をするルビー。

ただこの説明は間違っていない。ルビーはアクアより人生経験が少なかった。

そもそも12歳という若さで亡くなったのも原因ではあるが、病院生活しかしてこなかったことも大きい。

結果として新しいことを自然と受け入れられていた。

そんな彼女の言葉にアクアもようやく納得する。

 

「俺の場合は自我形成がアラサーで強固だった分、新しい自分が異物に感じてしまっていたわけか」

 

納得できてしまえばなんと言うことはない。

この違和感も含めて今の吾郎であり、今のアクアということだった。

とても大きな問題に直面したつもりが、思春期によくある自分の悩み。その程度の話だったと分かるとアクアは少しため息を吐きたくなる。

そんなアクアを見てルビーはニコニコと笑顔を見せる。

 

「しょうがないなぁせんせは。私に相談してたら半年も悩まないで済んだのに」

「そうかもな。ただそこは俺にも前世で大人だったプライドがあるんだよ」

 

ルビーの言っていることは正しい。

彼女はとっくにこの答えに辿り着いており、今の自分を全力で生きている。

そんな彼女に早く相談できていればその時点であっさりと解決した程度の問題だった。

ただ言葉の通りアクアは自分で解決したいという思いもまだあったのだ。

特に唯一転生という情報を共有しているルビーには、なるべく負担をかけたくないという気持ちが強かった。

しかしそんなプライドなど知ったことかと言いたげなルビー。

 

「え〜せんせって割と子供っぽいし適当だからそんなの気にしなくていいのに」

「さりなちゃん酷くない?」

 

問題が解消したことにより、気持ち明るくなったアクアは以前のテンションで返す。

認識が正しくなったことで、ある意味このやりとりも寸劇のような物と認識している。

これまでより視野が広くなったようにアクアは感じた。

 

「私はね、前世にできなかったことが沢山できて幸せ。前世は一年も一緒に過ごせなかったせんせとこうして何年も一緒に生きてこられて凄く幸せ」

 

昔から変わらない。いや、それ以上に輝く笑顔をアクアへと向けている。

一瞬思わず見惚れたアクアだったが、精神的年長者として負けてはいられない。

すぐに微笑みながらルビーへと言葉を返した。

 

「……俺も、僕も君が生きているのが幸せだよ」

 

ルビーが思っている以上に雨宮吾郎は天童寺さりなへ重い感情を抱いていた。

そして星野アクアが星野ルビーへ抱く気持ちも変わらない……いや少し強くなったかもしれない。

そんな強烈な思いの乗ったストレートな言葉に、顔を真っ赤にしたルビーはあたふたと手を動かした後に立ち上がる。

 

「もっもう!!おにいちゃんも元気になったし、私は部屋戻るからね!」

 

バタバタと音を立ててルビーは自分の部屋へと逃げ帰る。

そんな姿をアクアは笑顔で見送るのだった。

 

 

日が暮れて夕飯の時間が近づいた頃。

この日はアクアが食事担当となっており、台所でコツコツと準備を進めている。

慣れた手つきでスマホを使って調べたレシピに沿って正しく作り上げていた。

もうすぐ全員分の調理が終わるという時に、玄関が開く音がする。

その足音はまっすぐリビングへと向かってきた。

 

「ただいま〜あれ?ルビーは?」

 

いつもなら兄のすぐそばに取り憑く亡霊のようなルビーの姿が見えずアイはその可愛らしい顔を傾ける。

 

「おかえり母さん。アイツはちょっと部屋に閉じこもってる」

 

手を動かしながらもアイと会話を続けるアクア。

あれからしばらく時間が経ったのに降りてくる様子のないルビー。そんな彼女のことを、アクアは少し呆れたようにアイへと報告する。

ただ母の意見は違うらしい。

すっかり自然になったニコニコ笑顔を向けながらアクアへと話しかける。

 

「え〜どうせまたアクアがルビーを照れさせるようなこといったんでしょ」

「いや、別に何もしてない」

 

カウンターであったとはいえ図星を突かれたアクアは、何となくアイに言うのが恥ずかしくて誤魔化そうとするが、アイに息子の嘘は通じない。

 

「誤魔化そうとしてもダメだよ。あの子はお兄ちゃんのこと大好きなんだから時間があるのに同じ部屋にいないなんてアクアが何かしたとしか思えないもん」

「……いや、ルビーが照れ臭くなるようなこと先に言ってきたんだから俺は悪くないはず」

 

思い返してもルビーが先に恥ずかしいことを言ってきたとアクアは再確認した。

ただそんなアクアの言葉など知ったことではないと言いたげにアイは笑顔で言葉を返した。

 

「ふふっあの子は自分から好き好きって攻めるのは得意だけど、私に似て愛情に飢えてるから不意に攻められるのに弱いもんね〜」

 

娘のことを、そして息子のことをよく見ているアイには彼らのやりとりが容易に想像できる。

ただできれば生で見たかったな〜と今後のためにバシバシ稼ぐためとはいえ忙しい自分を嘆くのだった。

 

そこからもアイは息子との会話を揶揄い交じりに楽しむ。

ただ途中で首を傾げたと思えば先ほどまでの話とは関係のないことを口にした。

 

「ありゃ?アクアそういえば悩み解消したんだ」

「よく分かるな。確かにさっき解決したけど」

 

そんなに俺はわかりやすいんだろうかとアクアは自分の顔を触ってみるが、それがおかしかったのかくすくすとアイは笑う。

 

「そりゃ分かるよ。だって私はアクアのママだもん。ずっと一緒にいたんだから」

 

生まれた時から他者の記憶があるアクア。

だが今日の話で改めて自分はアイの息子だと認識したアクアにとってその言葉は照れ臭く、嬉しかった。

 

「敵わないな二人には」

 

隠し事などできる気配もない家族。

前世から通じてようやく手に入れた大切な肉親達を思い浮かべてアクアはアイへ笑いかけた。

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