ジメジメとした梅雨ももう終わる時期がやってきた。
まだまだ先だと思っていたライブが後一ヶ月を切っている。
配信活動も以前より少し控えめにしており、ライブの練習をしていると各々のTwitterでアピールをしていた。
「先輩!今の所ズレてるよ」
「うっさいわね!分かってるわよ、もう一回!」
今のかなはとりあえずアイドル業に全力している。
役者の仕事は来年以降の解禁を予定しており、それまで受ける予定はない。
これは他のB小町Rのメンバーも同じだ。
とにかくアイドルとしてある程度地盤を固めてから動こうというのがB小町Rの方針である。
「ピヨピヨピヨ!皆、良い汗かいてるネ!」
「さっすがに私ももうキッツイなぁ。ちょっとぴえヨンさん今度30代向けのガチ運動出してくださいよ」
「ピヨッ!?ボクのチャンネル子供向けの動画が多いんだけド」
きゅんぱんとぴえヨンがB小町R達へ最後の追い込みをするため、ここ最近付きっきりで指導をしてくれている。
本日もガチ指導を行なっていた。
二人セットで指導をすることが多く、最近地味に仲が良い。
「はぁ……はぁ……役者の頃から体力作りはかなちゃんとしてたけどそれでもキツイなぁ。やっぱり歌って踊るって大変だね」
あかねはアイドルをやるにあたって自分に課題を課している。
アイやゆらのような周りを食べるようなパフォーマンス。それを素の自分に近い状態で引き出す事だ。
だがやはり踊りも合わせると安定しないらしい。
「だから口パクするアイドルもいるらしいな。ダンスのパフォーマンスを落とさないためにはいい手だと思う。ただうちの妹はそんなのお気に召さないだろ」
「そりゃそうでしょ!やっと私もアイドルになれたのにそういうのはなんか違うかなーって」
横から飛んできた言葉にアクアは苦笑する。
アクアとしてもYouTubeの企画を考える時、ヤラセになりそうなものを徹底的に否定してきたルビーらしい言葉だと思うまさに解釈通りの否定だった。
そして言うだけ言って自分の練習に戻っていくあたり母親譲りの自由さだろう。
「元々口パクじゃなくて動きながら歌う想定だったから大丈夫だよ。どのみち演技に生かそうと思ったら動きながらやらないといけないし……もうちょっと頑張ってみるね」
「前からやってる二重憑依の演技とはまた違うのか?」
あかねは子役の頃から、アイの演技を他の演技に混ぜたり、アイと自分を混ぜたようなアイドル向けの性格を確立させたりと自由に使いこなしている印象がアクアにはあった。
だが本人としてはまだ納得できるものではないらしい。
「うーん……アレはあくまで私や他の役にアイさんが乗ってるみたいな感じだから私自身ってわけじゃないんだよね。もっと部分的に、例えばあの吸い寄せられる瞳だけを引き出すのが難しいって感じかな」
あかねとしても折角アイドルをやるのならば、アイの演技を完成させるのもそうだが、自分というアイドルがちゃんと見てもらえたらと思っていた。
アクアは憑依型の演技が得意とは言えないので、その辺りはアドバイスが難しい。
少し考えたが、今は思い付かないと結論が出た。
「悪いな、今は思い付かない。ただ、時間がある時、少し俺の方でも考えてみる」
「ふふっありがとアクアくん。私もまずは歌いながら安定させられるようにちょっときゅんぱんさんに見てもらうね」
マネージャーとして力になりたいと考えているため、頭の中でタスクを追加した。
歌の練習を再開したあかねから離れて、今度はダンスに苦戦しているみなみの元へ行く。
ぴえヨンがルビーとかなに捕まっており、今は一人で自主練習中みたいだが、表情は少しだけ辛そうだった。
「みなみ、調子はどうだ?」
アクアは一応軽い感じで声をかける。
話しかけやすいようにという配慮をした結果だった。
「正直微妙やね。他の人よりやっぱりどうしてもダンスのキレがないっていうか……運動能力がみんなより不足してそうなんよ」
みなみも苺プロに入ってから毎日トレーニングして何とかフルでついていける体力はついたものの、他の四人と比べると自分の身体能力は負けていると言わざるを得ない。
以前ほどの差はないが、やはりまだアイドルに詳しい人なら気付いてしまうくらいには差がある。
ここで嘘を言っても仕方がないので、アクアは対処法の一つを話すことにした。
「事前にみなみが目立つシーンだけ、とにかく練習するのがいいかもな。慣れがあればキレも何とかなるし、他のシーンは最悪みなみのパフォーマンスが弱くても、他メンバーがどうせ目立つからな。そっちに視線がいってくれるのもある。時間は有限だから取捨選択が大切かもしれないし」
「せやね。申し訳ないけどそうさせてもらおかな。でも優先順位付けるだけで諦めないんやけどね」
「それでいいんじゃないか?他には何かあるか?」
直近の心配が他に何かあるかと考えたみなみ。
そこで一つ深刻な問題があるのに気が付いた。
「あと……」
「どうした?」
少し恥ずかしそうなみなみにアクアは不思議に思いながら続きを促す。
みなみは悩んだ末に、ちらりちらりと視線を送ってからボソリと呟いた。
「昨日届いた衣装試着したんやけど……胸のとこキツなってたから再手配して欲しいな……思うてて」
「……聞いて悪かった。急いで手配する」
みなみは最近更に胸部が大きくなっており、メンバーの中ではぶっちぎりのサイズを誇る。
他のみんなは成長の考慮内に収まったようだが、みなみだけは予想を超えたらしい。
みなみが練習に戻ったところで、アクアはすぐに採寸などの手配を始めた。
一通り衣装更新の連絡が終わったところで、今度はフリルから手招きをされた。
手振りで水が欲しいというジェスチャーをしているのを見て、ペットボトルを持ってから彼女の元へと向かう。
「ふぅ……マリンちょっとこっち来て?」
「どうかしたか?とりあえずこれ」
アクアはかなり汗をかいた様子を見せるフリルに水を手渡すと、彼女は流れるようにそれを手に取り、ゴキュゴキュと音を立てて水を飲んだ。
「ふぅ、生き返った。ありがと」
「結局これだけが用件なのか?」
水が欲しいだけなら自分で取るという選択肢もあったはずなのでアクアは確認する。
それを聞いてフリルはこてりと首を傾げながら言葉を紡いだ。
「ちょっと目の保養をしたくて近くに呼んだだけ」
「帰る」
フリルは茶化した様子を見せたが、その場から離れる動きを見せたアクアを見て、その服を掴んで無理やり留める。
「ごめんジョーク。ちょっと確認して欲しいことがあって。ぴえヨン今ルビーに質問されまくりだから」
そう言ってからフリルは自分の担当パートの踊りを披露する。
毎日体幹から鍛えているだけあって綺麗に踊れているなというのが見せられたアクアの印象だった。
「このセンター入れ替わりのシーン。私目立ちすぎないかな?」
「……いや、大丈夫だと思う。かなへのスイッチだろ?事前にアイツに言っとけば合わせてくれるぞ」
フリルの目を惹く特性はオンオフ自在というわけではなく、不知火フリルここにありと主張し続けるものだ。
同じくらい目を惹かないとセンターを交代する動きをしたのにセンターが注目されない悲劇になりかねない。
今のメンバーだと基本的にフリルだけに視線を誘導してしまうことはないとアクアは考えている。
特にかなやあかねは自分を魅せるプロということもあり、心配は全くしていなかった。
「重ちゃんのこと信頼してるね。その辺はやっぱり歴戦の役者って感じかな」
「……重ちゃん?」
知らないフレーズにアクアは首を傾げる。
それに対してフリルはさも当然とばかりに回答した。
「かなさんのこと。こないだルビーの言ってた『重曹を舐める天才子役』ってフレーズが気に入ったから新しくあだ名をつけたわ」
「よく許したなアイツ」
「お願いって言いながら見つめていたら許可してくれた」
「ホント泣き落としやゴリ押しに弱いな」
幼馴染の変わらない一面にアクアは呆れを見せる。
そもそもフリルの場合、アクアのことをマリンなんて呼んでいる時点で感性がズレてるのかもしれない。
「あっちょうどルビーと重ちゃんの修正指導終わったっぽいから話しかけてくるね」
「揶揄うのはいいけどほどほどにな」
去っていくフリルにアクアは自分が話しかける時、面倒なことになっていないよう祈るように伝えておいた。
フリルを見送ったアクアの視界が、突如湿気のある手によって塞がれる。
最近身長が伸びてきたアクアは彼女より背が高くなっており、少し大変そうだった。
「ルビー、どうかしたか?」
「んふふ、おにいちゃんちゃんと私だってわかってくれたね」
先程までぴえヨンとかなを引っ捕まえてずっと微調整をしていたから汗だくの状態だ。
そんな姿でも親から引き継いだ容姿と内面にある輝きは色褪せることがない。
「そりゃ分かるだろ。他にやってきそうな奴がいない」
「そうかな……フリルちゃんは気が向けばやりそうだけど」
アクアはその言葉に少し考え、確かに自分が楽しそうだと思えばフリルはやるなとルビーの言葉を認める。
ただその指摘には一つ問題があった。
「……それはそうかもしれないが、見送ったのがそのフリルだからな」
「あっそっか!残念だな〜もしおにいちゃんが間違えたら罰ゲームって思ってたのに」
「理不尽かよ」
毎日が楽しそうで世界が輝いて見えるアクアの、吾郎にとって一番の存在。
勿論他のみんなも推すつもりだが、ここだけは変わることはないだろうなとアクアは自分の認識を確認した。
「せんせ、先に言っとくね?義務感とかで推さないでよ?あくまで私のこと好き!推したい!って思って初めて推してね?」
「当たり前だろ。僕は義務感で君を推してるわけじゃない。あの日からずっと君の輝きに魅せられてるだけだ」
「きゅう……かっこよ……」
アクアへ警告の意味で言ったルビーの言葉だったが、本心から返された言葉に喜び、彼女は表情を輝かせる。
「ほら、そこ!なんかルビーの表情が背徳感エグいから一旦離れなさい」
「わぁ!ロリ先輩酷いよ、折角のせんせとの逢瀬を邪魔するなんて」
「せんせって何!?倒錯したプレイでもしてんのアンタ達!?」
フリルと打ち合わせが終わったかなは、二人の元へやってきて引き剥がす。
それに対してルビーは抗議をするものの、前世モードから抜けきっていなかったため、かなは思わずツッコミを入れる。
ただルビーも慣れたもので特に慌てる様子もなく言い訳を口にした。
「ほら、おにいちゃんって頭いいでしょ?時々勉強教わる時にせんせって呼ぶようにしててね」
「……アンタ、妹にそんな呼び方させてんの。……キモ」
「流石に辛辣すぎる」
アクアにはアクアの言い分がある。
ただ、もし冗談めかしてでも実は転生者なんて言ったら、どんな反応が返ってくるか分かったものではないので、軽く反論するだけにしておいた。
「それで?さっきからアクアはみんなの相談受けてたみたいだけどルビーは何相談したのよ」
「え?ただお兄ちゃんに甘えてただけだよ。ちょっと疲れたし休憩〜」
「暑苦しい」
ドン引きして警戒が緩んだかなの隙を突いて、今度はアクアにベッタリと張り付くルビー。もはや日常と化しており、かな以外誰も気にした様子がない。
「はぁ……もうしーらない。兄ウム充電し終わったらさっさと戻りなさいよ?私は練習戻るから」
「え?かな先輩はお兄ちゃんに引っ付かなくていいの?」
「やらんわ!」
手遅れだこいつらという視線を向けながら、大股で広いスペースへとかなは移動する。それを見届けてからルビーもアクアから離れた。
どうやら今のはアクアに引っ付きたかったよりもかなと戯れ合うほうが目的だったらしい。
「あー先輩を揶揄うの楽しかった!私も頑張ってくるねお兄ちゃん」
「程々にしとけよ。かなは感情の起伏強いんだから煽りすぎると面倒だぞ」
「は〜い」
「聞こえてんぞゴラ」
ルビーを見送ったアクアは全員の予定を整理する。
このライブ後、既にテレビに呼ばれる予定が組まれている。
これについてはライブで一気に成長する前提なのだが、ライブもしてないのに、下手な中堅グループアイドルに近い人気のあるグループなら、間違いなく跳ねるだろうと見込まれていた。
パソコンを触っていると視界に影が落ちて話しかけられた。
「アクア君、本当にちゃんとマネージャーしてるんだ凄いね」
「自分で名乗り出たのでそれなりに勉強しましたよ」
皆がダンスパートの合わせ練習に移って少し手が余ったきゅんぱんが話しかけてきた内容にアクアは作業をしながら返事をする。
いくら手伝いはやったことがあるといってもすぐできるわけではない。
そのため、ギリギリまでミヤコやニノに教わって、それでもなお壱護のフォローが必要な状態だ。
アクアとしてはもっと頑張らないといけないと思っている。
「ミヤコさんは予定通りなら十月くらい?最初聞いた時は本当にびっくりしたよ」
「俺もびっくりしましたよ。壱護さんもいい歳だから完全に考慮外だったというか」
年齢的にももう難しいと思っていたので、本当に良かったと思う。
リスクはあるとはいえ、アクアたちに時間を取られすぎて自分たちの子供を産めていなかったと思っており、アクアとしても少し責任も感じていた。
「アクアくんとしては弟か妹が増えるわけだけどお兄ちゃん的にはどう?」
「もう十分手のかかる妹がいるのでその辺は心配してないですね。慣れたものです」
「ふふふ、ルビーちゃん膨れっ面しちゃうよ」
くすくすときゅんぱんは笑う。
居心地の悪くなったアクアは一度手を止めて全員の揃ったダンス練習を眺めることにする。
以前見せてもらった時より全員のキレが良くなっており、特にダンスにおいてルビーは他の追随を許さない。
ただ一人だけが目立つようなことはなく、しっかりと周りも映えるように立ち回りを調整しているのが分かった。
「……いや、あいつもいつの間にか成長したのかもしれないですね」
「元々アクア君と同い年だよ?そりゃ成長だってするよ」
「確かにそれもそうですね」
アクアも自分の心理状態を相談した時から感じていたが、アクアとルビーの精神的年齢差は以前ほど大きくないのだろう。
そんな成長を嬉しく思うと同時に寂しさも僅かにある。だが、自立してきたと思えば嬉しいと思うほうが正解だろう。
自分も彼女に置いていかれないよう、もっと成長しないとなと思うアクアだった。
そろそろダンスレッスンも終わりにしようという時になって、部屋の扉がトントンとノックされてバンと開かれ、一番星が突っ込んでくる。
入ってくるだけで、中の人全員の視線を釘付けにするその引力は未だ衰える事はない。
伝説のアイドル、アイがニノを伴って現れた。
「ありゃ?もしかしてもう終わりかな?」
「そうよ、一歩遅かったわね。アイこそどうしたの?今日って終日じゃなかった?」
「そんな〜。元々はその予定だったんだけど、思ったより早く終わってさ〜」
気楽そうなアイはニノと共に自分たちの後継者を名乗るようになったB小町Rの姿を見にやってきたらしい。終わったと聞いてがっかりした様子を見せる。
これまで時間が取れず、今年に入ってからのレッスンは一度も見たことがない。
「一回だけでいいから通しで見せてくれないかな?お願い!」
「僕はいいけド、みんなは大丈夫かナ?」
ルビーたちにぴえヨンはいつものアヒル声で問いかける。
消耗しているとはいえ、アイの前でパフォーマンスを見せる機会は限られるという事で、ルビーたちは頷き、再び通しでダンスが始まった。
ルビーを除いた全員が伝説のアイドルによる自分たちのダンスや歌のチェックが入るということで緊張しながらも、自分たちの今できる最大限を引き出して、ヘトヘトになりながら数曲分やり切る。
曲が終わるまでの間、それをマジマジと見ていたアイに皆の視線が集まる。
いったいどんな言葉を掛けてくるのかと空気が重くなってきたところで、アイは口を開いた。
「いい!凄くいいよ!昔見た時とは全然別物!もう天才!!」
ぱちぱちぱちと手を叩きながら満面の笑みで褒め千切るただの親バカがそこにはいた。
B小町Rの面々も、アイとの付き合いも長いため、先程の緊張もすっかり霧散し、どうせこんなことだと思ったといった表情を浮かべている。
「もうほんっとうに良かったよ!私たちのグループは私がセンター固定だったからなかったセンターチェンジのパフォーマンスも接続綺麗だし、みんなダンスも歌もしっかり出来過ぎてるくらい!私なんてあっという間に越えちゃうかも」
「はいはい、アイ。ちょーっと黙ってようね」
「あわわ〜ニノちゃん引っ張らないで」
「……何しにきたんだアイ」
突然やってきた嵐のように姿を消したアイ。
アクアも思わず呆れた末にボソリと口から思っていたことが漏れてしまった。
「いやぁでもアイさんじゃないケド、皆すっごくよくなってるネ。正直今回はいいけど次回からは僕じゃなくて専用のダンストレーナー雇ったほうがいいカモ」
今度はぴえヨンがこれまでダンスを見てきた結果、思っていたことを話す。
「えー!ぴえヨン教えるのすっごく上手なのに……」
「やっぱり僕はあくまで元プロダンサー元振付師だからネ。君たちは伝説のアイドルを超えるのが目標だから社長に言って雇ったほうがいいかナ」
きゅんぱんはアイドル引退後に資格まで取って今でも常に新しい技術を入れている。
それに対してぴえヨンは、進歩を止めてしまった自分では、近いうちに彼女たちに教えるには実力不足となってしまうと判断しており、彼女たちのためにもこのままではいけないと忠告する。
「勿論僕ももう手伝わないわけじゃなくテ、基礎トレーニングの部分とかは今後も一緒に頑張るけどネ」
「……うん、私たちはもっと成長しないといけないもんね!ぴえヨンありがとう!」
ルビーの屈託ない笑みにぴえヨンもこの子達は伸びるだろうなと将来を期待する。
彼女たちは日々少しずつ、だが確実に成長していた。