「いいですか二人とも。現場では私の子供って設定を忘れてないでくださいね」
「はいはいママママなでなでしてー」
「私もしてーママ」
「お小遣いちょうだいママー」
「……本当この親子は」
ミヤコの言葉に母兄妹揃って悪ノリをしてミヤコを揶揄う。
人当たりが良くなったミヤコはよく星野家に甘えられていた。
B小町はあの赤ん坊ヲタ芸事件をきっかけにグイグイと評判を伸ばしていき、アイも欲しがっていたCMにも起用されるようになった。
ついには初のドラマ撮影に参加できることも決まって今はその現場に向かう最中だったりする。
一年の時が経ち、立ったり喋ったりしても不自然でなくなった双子たち。
特にルビーはよくアイの手が空いている時は構ってもらって大喜びである。
「ママは最高に可愛いからドラマだって楽勝だよね!」
「もっちろん!ルビーも早く大きくなって共演しようね〜」
ミヤコを揶揄い終わった後は親子の会話を楽しんでいる二人。アクアは推し同士の会話を後方子兄面をして眺めている。
アイ自身もそんな可愛い子供たちとのコミュニケーションでしっかりと癒やされていた。
ミヤコと双子の仲もかなり良好。ルビーにとってはもはやもう一人の母親のようであるようで、アクアは今世は恵まれててよかったなさりなちゃんと心の中で喜んでいた。
「はぁ……。アクア、後で仕事手伝ってね」
「まだ俺1歳児なんだけど」
打ち解けた結果、このように協力を仰がれるようになったアクア。
普通に考えたら毒親のように見えるやり取りも一種のコミュニケーションとして成立していた。
それにこの手伝いはアクアとしても悪いことばかりではない。
アクアとしてはルビーが今後アイドルデビューした時にここで知った知識やノウハウは役に立つと考えていたのでウィンウィンな関係なのである。
「普通の一歳はそんなこと言わないわ。これはアイさんとルビーの分まで含めた私を揶揄った罰よ」
「なんで俺がアイとルビーの分まで」
「ふふっ頑張れ〜アクア。二人ともやばいくらいの天才だからね〜遺伝かな!」
「流石にお兄ちゃんと同じ物を期待されるとハードルが」
自信家かわいいと自分の母にテンションを上げるアクアの横で兄の前世が医者であることを知っているルビーは将来を妄想する。
『あれ?ルビー。今日のテスト70点なの?』
『う、うん。頑張ったよママ』
『そっか、アクアが先に渡してきたの全部100点だったからルビーもって思っちゃってた。大丈夫!ルビーも天才だもんできるよ!』
そう言いながら少しだけガッカリした推しの顔を想像する。
「いやぁ!お兄ちゃんもっとテスト手抜いて!」
「なんの話だよ、というか勉強の話なら人が落ちるのを願うんじゃなくてルビー自身が頑張れ。アイドルも勉強できた方がテレビ的に有利だぞ」
突然泣きついてきた妹に呆れるアクア。とりあえずそれっぽいことを言って落ち着かせておく。
実際勉強ができればアイドル枠とはいえクイズ番組などにも呼ばれるようになるだろうし仕事の取り合いにおいては大切な要素だ。
盛大に話が逸れたところからアクアは元々押し付けられた仕事の話に戻す。
「今更だけど、幼児の手も借りたいってどれだけ忙しいの」
「配信者部門、立ち上げたはいいけど普通の芸能方面とはちょっと勝手が違うのよね。アクア達は大人しくしてくれているから時間は作れているけど」
「でも下手したらアイドル部門より早く軌道に乗りそうなんでしょ?佐藤社長がこないだ仕事前にぐちぐち言ってたよ〜ミヤコに経営手腕で負けるわけにはいかねーとかって」
「ママ、それオフレコなやつじゃ」
最近壱護とミヤコは以前にも増して仲がいい。
一度あのあと腹を割って話したらしく互いに仕事で忙しいながらもコミュニケーションを取る時間を設ける事にしたのだとか。
その結果、ミヤコの要望を壱護が認めて苺プロに新しい部門が誕生する事になった。
それが配信者部門。YouTubeの配信サービスに各々動画や生配信を提供し、広告収入などを稼ぐ仕事である。
壱護は最初聞いた時、そんなもん儲かるのか?と疑問を投げかけたそうだ。
だがミヤコはそれに対してネットの広告市場拡大のデータを提示し、今参入すればかなり手堅く利益を取れるようになる可能性が高いと説得して小規模だが活動を開始する事になった。
「うちは今話題のB小町を比較的手軽にコラボに使えるのも大きいわ。そのアイドル達を育てた壱護のおかげでもあるのに卑屈ね」
「あっママ私これ知ってる。おしどり夫婦ってやつでしょ」
「わぁよく知ってるねルビー、天才!」
「アイ、ルビー。あんまり揶揄うと何故か俺にとばっちりが来るからほどほどにな」
そんな身内の戯れをしているうちに車は現場へ辿り着く。
アイの仕事っぷりを間近で見られるということに双子は揃って歓喜していた。
ファンとしては特等席である。
「苺プロのアイです。よろしくお願いします」
現場にいた人たちへアイが挨拶をしたところで今回のドラマ監督が彼女へと近づく。
ジロジロと近くで眺められ、アイが少し居心地が悪いと感じていたところで視線が逸れた。
「俺は今回の監督、五反田だ。よろしく」
次にその視線は双子へと向けられる。今回の現場に子役はなく、単純に子供がいることが不思議だったようだ。
「そっちの子供は?」
「えーっとマネージャーである私の子供です」
ミヤコが事前に決めていたセリフを口にする。
本当は幼い子供は制御しづらいのであまり現場に連れてくるのは好ましくないらしい。
アクアたちも何を言われるのかと少し緊張で身を硬くする。
「マネージャーが子連れで現場にね……。働き方改革すげーな。それにどっかで見たことがあるような……」
そんなずっこけそうなことだけ言ってよくわからないまま監督は離れていった。
最後のはニュースでアクアとルビーのヲタ芸を見ていたのだろう。
ただの盗撮ならば許可など取ることは難しいが、あの動画は公式。テレビ局もこぞって苺プロに連絡をしてきていた。再生数はそれも原因で今なお伸び続けている。
そこから少しの自由時間。アクアとルビーは子供が現場に来るのが珍しいのか女優やグラビアモデルに抱えられたりして普段とは違う時間を過ごしていた。
少しの間はみんなのおもちゃになっていたが、途中でアクアは離脱を決める。
(体がもたん。ルビーに任せよう)
メンタル的には成人男性なアクアはこのまま綺麗どころな女性たちに弄られ続けるのは精神的に疲れると甘え上手な妹に全てを任せてその場から離れて廊下にでる。
前世の影響からかとにかく甘えたがりな彼女は今天国にいるような気持ちだろう。
ルビーは最推しはアイだが、芸能界自体に興味が強くそれなりに知識もある。
知っている顔にチヤホヤされて嬉しいと全身で表現していた。
ルビーが甘えまくっているところを少し不思議な視線で見ていたアイのことが少し気がかりには感じたものの原因が思いつかないので一度置いておく。
何とか一息をと思ったところでたまたま監督が廊下を歩いてきた。アクアとしては息を吐く暇もない。
「お前は……マネージャーのガキじゃねーか。ウロウロするのは構わないが泣き喚いたりしたら現場から締め出すからな?」
「あっいえ我々は赤ん坊ですがそのような粗相はしないよう努めさせていただきます!現場の進行を妨げないのは最低限のルールなのは承知しておりますので弊社のアイを今後ともご贔屓に」
「うおっ!?お前すげぇ喋るなどこでそんな言葉覚えたんだ」
慌てていたアクアは大人のような振る舞いをしてしまうことになる。
この1年で子供の演技は慣れてきたが、今回はその演技が弱い。
しまったと思いながらも一度冷静になる。さっき監督が働き方改革に驚いていたところを見るに意外と誤魔化されてくれそうだと判断した。
そのため今後も五反田には大人成分多めで対応する事に決める。
「YouTubeでやっていたものを覚えてしまって」
「ふお、すげーなYouTube。やっぱお前見たことがあるような……あとで調べてみるかな」
コレには少し打算があり、苺プロでもし気になって調べるとアクアとルビーのサイリウム動画がトップで表示される。
テレビでも紹介されただけあって苺プロやB小町をよく知らなくともヲタ芸赤ちゃんだけは知っているなんて層も存在する程だ。
冷静に見ればあの時の赤子がアクアとルビーだと気がつくはず。あの動画にはとっておきの笑顔なアイも乗っている。
アイとルビーが今後仕事する上で有利になればと期待しての言い訳でもあった。
慌てていても頭の回転が早い男である。
「早熟な子供ってのは子役だと珍しくないがお前ほどは見たことないな。お前……演技とかしたことあるか?」
「いや……演技は家でお遊び程度しかないよ。演技の才能はないと思う」
現時点であまり演技をする自分が想像できず否定的なアクアに対して五反田は軽い感じで答えた。
「お前の自然体が絵面としておもしれぇ。何かに使いたい。俺の名刺だ。もし子役になるようだったら連絡しろ」
アクアは自分がめちゃくちゃ興味を持たれているのを把握した。
冷静に考えると幼児がベラベラと喋り始めたら絵としては奇妙すぎるから納得しかない。
(俺よりアイやルビーの宣伝をしたかったのだよなぁ)
芸能界に出るつもりのない自分が気に入られてもと思いながらも何か得るものがあるかもしれない。
ついでなので子供というポジションを生かして少し突っ込んだ話をしてみようと思い付いた。
このくらいの年だと子供に少し生意気に接される方が好きなはずだとアクアは経験から学んでいる。
「俺よりアイを使ってくれない?」
「あーあのアイドルな。顔は抜群に良いし運が良ければ売れるだろ」
「顔は抜群に良いのに運?」
「まっルッキズムこそが才能である芸能界もいろいろ裏があるのよ。って子供に何言ってんだろうな俺は。早熟ベイビーと話すと相手が子供なのを忘れちまうな」
アクアは将来的にルビーのマネージャーにでもなるかと思ってはいるが、まだネットかミヤコくらいしか知識を仕入れる場はない。
折角なのでこの話したがりの監督の機嫌をとっとこう。アクアはそう決めた。仲良くなって損はない。
子供と話す機会が珍しいからか五反田は嬉しそうに自分の知識を話していく。
「いいか、役者ってのは三種類いる。客を連れてくることを求められる看板役者、作品の質を確保する実力派、画面に新鮮さを与える演技力なんて期待されていない新人役者だ」
「今回だとアイは新人役者だね」
アクアの興味を理解したのか監督が解説をしてくれる事になった。
地上波のドラマで監督をやるような人の知識をタダで得られる経験は貴重である。
「新人役者は今投資を受けている段階なんだよ。ここから何かしらがないと生き残れない」
「それなら大丈夫だね。アイは一流のアイドルだから」
「あ?アイドルとして一流でも意味ないだろ」
実際に始まる時間となり、アクアと一緒にアイの演技を見る五反田はアイがいやに目を引く事に気づく。
MV感覚で一つのカメラに可愛く思ってもらえれば良いと方向性を絞った可愛さにより視線を集める。
これがアイの持つアイドル技術だった。これまでのライブでアイが身につけた自分が一番可愛く見える手法。
アクアもそこに対しては絶対の信頼を置いている。他の全てを無視してでも見たくなる強烈な引力をアイは発していた。
「あれ?これ可愛すぎて……」
ただ……だからこそアクアは今回のアイがうまくいかないかもしれないと思ってしまった。
作品全体の絵を見た時、今回脇役でしかないアイに視線が集中してしまう気がしたのだ。
先ほど監督が言っていた。コレは将来への投資だと。
そして看板役者が客を集める役割だと。
今日の看板役者の肩書きは可愛すぎる演技派。
事前にある程度今回共演する人たちの情報は調べていたからこそ知っていた。
贔屓目を抜きにしても今回集まった中でアイの容姿は抜けている。それなのに更に可愛さを集中砲火してしまえばどうなるか。
アクアは自分の嫌な予感が外れていることを祈る。
そして一ヶ月後、ドラマの放送でその予感は当たってしまうこととなる。
「なんで!ママちょぴっとしか映ってないじゃん!」
「うーん私演技下手だったのかな?」
「……やっぱりか」
アクアの予想通りアイの出番は可能な限りカットされたという扱いが相応しい状態だった。
アクアはボソリと二人には聞こえないように呟く。
そして二人がどうしてだろという話をしている中、一人抜け出して貰った名刺先へと電話をかける。
『お?早熟ベイビーか。なんかようか?』
「アイ、全然使ってなかったね」
『ん?ああ。まぁ色々あんだよ』
「それって……やっぱり今回の主演との兼ね合い?」
アクアが言った言葉に息を呑む音が電話越しに聞こえる。
いくら早熟とはいえ、所詮は子供だとまだ思っていた監督は驚いて当然だろう。
『本当に怖いくらい早熟だな。そうだ、あの場においてアイは可愛すぎた。はっきり言って主演を完全に喰うくらいにな。最近話題になっているアイを起用したいって意図があったから俺もキャスティングしたんだが、あれじゃ事務所間のパワーバランスを考えなくてもキツイ」
結局のところアイのような天性のスターに脇役の演技には向かないのだ。
「じゃあ監督自身は別にアイが嫌いだから使わないとかそういう話じゃないんだよね?」
『むしろ絵が映えそうで使えるところがあれば使ってみたいくらいだ。ありゃ確かに持ってる』
五反田も今回の演技では適さなかったものの、アイの演技自体には全く不満がなかった。
アクアは放送までの期間で監督について調べた。小予算ながらそこそこ評価される作品を手掛けている才能ある人。
それがアクアの目から見たこの監督だ。
そして今もいくつか映画の撮影を行なっている。
「アイをさ、低予算の作品とかに起用できないかな。目立っていい役なら映えると思うんだけど」
『お前には相変わらず驚かされるな。今回の詫びってわけじゃないが、アイを使いたいシーンが思い浮かんでてな。こっちから仕事を頼もうか考えてたくらいだ』
アクアが言おうとしたことと同じことを考えていた監督。だが、向こうがこの世界で長く働いている分上手らしい。
小規模ながら人脈を構築して良い作品を作る監督として今回はチャンスだとはっきり認識している。
アイを使いたいのは本当だが、本命は。
『ただしお前も出るのが条件だ。お前みたいな子供じゃないとできない演技を入れたい作品でな。アイはそのついで。それでいいなら』
「やる」
アクアは即答した。
自分の演技に自信があるわけじゃない。
むしろルビーの方が演技そのものは上手いと思っている。
それでもアイの役に立つなら藁でも縋る。
『即答とはな。前聞いた時は嫌そうにしてたくせに。どんだけアイのこと好きなんだよ……』
「いいだろ別に。どうしようもないくらいファンなんだよ」
そう、昔はアイを推すのは義務感のようなものがなかったといえば嘘になる。
だが、今では本当に推しているのだ。
『まぁいい。こういう使いたい人材を使う代わりに他の人材を使う事をバーターって言うんだ。今後も聞くことになるかもしれないから覚えとけ』
「バーター……」
状況理解の速さや早熟した対応。そして将来性を感じる天使のような外見。
アクア自身は否定していたが、五反田は彼に才能があると考えていた。
単純に絵面が不気味で映画に使えるというだけではない。
そんな不気味なところがあるのに他の人との絡みを見ていれば少しだけ早熟で生意気な普通の子供としても十分に振る舞えている。
普段が子供の演技をしているかのようだと五反田は思っていた。
ただ本人は今のところやる気がない。ならどうするか。餌で釣ってやる気にさせる必要がある。
少しアクアという人物に触れたらわかるのはアイと妹への執着にも似た保護意識だ。二人が活躍できる環境さえ用意すれば簡単に釣ることができる。
「今後も使えるって、そんなよくある話なの?」
『ああ。よく一人の芸能人が売れるとその周りも伸びることあるだろ?ありゃ大体バーターが関連してくる。この人を使うならこの人は一緒にどうですか?ってな具合ですげー奴ってのは周りに仕事を与えられるもんなんだよ』
「なるほどね。例えば俺がもしブレイクしたら今後の役者にとっても有利になる?」
『ああ、勿論だ。少なくとも不利になることはまずない。早熟が現場荒らしたりして悪目立ちしなきゃな?』
五反田の説明にこれは今後も使えるか?と思い始めたアクア。
獲物がエサにかかったことを認識して五反田は少し悪そうな笑みを浮かべる。
今話した話に嘘はない。ただ話していない事があった。
本当はもう少し今話題性のあるアイの出番は増やしても問題なかった。
数千万回も再生もされた動画で赤子たちに並ぶ話題を持つ人物。
大手との軋みという多少のデメリット込みでも宣伝効果は抜群だ。本当にこのドラマの数字だけを取りに行くならどちらが良いか微妙なところだったと言える。
結局監督はアイの出番をギリギリまで削って当初予定していた可愛過ぎる演技派女優を全面にプッシュする方針から変えなかった。
こうすることで大手事務所には恩を売れるし、キャスティング的に不自然はない。
何よりも。
(あの早熟なら間違いなくこちらにコンタクトを取ってくる)
五反田の想定していたより事情を理解していたアクアだったが、まんまと監督の作戦に乗せられたとは理解していなかった。
この辺りは交渉経験値の差だろう。
『もしやるならちゃんと子役事務所に入っとけよ。色々面倒なことになるからな』
「分かった、母さんに相談する」
この日役者『星野アクア』が誕生することになる。