「はーいよいよだね!私達の初ライブだよ!どうするどうする!!」
「うっるさいわね。今日は練習も確認くらいに済ませたわけだからさっさと寝なさい」
「えー折角のお泊まりだよ〜勿体なくない?」
もう布団で横になっているというのに、興奮冷めやらないルビーに対して、かなは文句を言うがまるで効いた様子はない。
ここは苺プロの持つ宿泊室。
ルビーとかなだけでなく五人全員が今日はこの場に集結して川の字に並んでいる。
明日、彼女たちはついにアイドルとして初のライブを行う事になっている。
コミュニケーションを取って気分をリラックスさせるため、全員が同じ部屋に泊まって軽く話をしていた。
「あはは、でもルビーちゃんの気持ち分かるかも。私もちょっと緊張してる」
「アンタまで……。これより緊張しそうな撮影とか今まであったでしょうに」
「撮影とライブはやっぱり感覚が違うかなぁ。どちらかといえば演劇の方が近いけど、それでも初めてだからちょっとね」
あかねにそうは言いつつも、本当はかな本人も色々とプレッシャーを感じている。
これまでYouTube活動によって獲得した50万を超える登録者数。
ノウハウや公式配信などの導線があるとはいえ、畑違いでライブもしていないアイドルが、ここまで行くなんて当初は皆思ってもいなかった。
そしてその1%はリアルイベントに導入できると考えれば、地下アイドルも多いスターステージにおいて間違いなく一番の注目度になる。
このヒヨコ達を私が何とかせねばと音楽番組に出演経験豊富なかなは考えていた。
「うちはデビュー前日の方が緊張したわぁ。やっぱり初めてのお披露目っていうことで、ハードル上がってたとこあるやろ?」
「私も大丈夫。緊張がないわけじゃないけど、正直いい感じに調整できてるかな」
「二人とも!ライブこそがアイドルの華なんだからそんな」
「はいはい、折角ガチガチになってない子達を緊張させようとしない!」
余計なこと言って慌てさせようとするルビーに対して、かなは釘を刺す。
そんなやりとりすら楽しいのだろう。ずっと笑顔だった。
「本当に楽しそうね。……そういえば前から聞きたかったけどアンタって何でそんなにアイドルになりたかったの?重度のブラコンなんだから子役でもやれば良かったじゃない。やっぱりアイに憧れたからとか?」
「うーん。そうだね話しちゃおっか。……私ね、昔はずーっと部屋の外に出られない生活してて、未来に希望も夢もないままドキドキもワクワクもないまま死んじゃうんだろうな〜って思ってた」
かなの問いかけにルビーは少し悩んだ後に答え始める。
いつものルビーとは違う、儚そうな、透き通るような透明感のある声に込められた心情。
あまりにも想いの籠ったその言葉に皆が聞き入った。
「だけどドルオタになってから毎日が楽しくて……胸の中が好きって気持ちで満たされて。推しの居る生活はいいよ、アイドル好きになったことないなんて人生損してると思うくらい」
「あっちょっと分かるかも。私もアイドルだけじゃないけど、かなちゃんにアクアくん、それにアイさんのおかげで毎日楽しいなぁ」
「分かる。私もMEMちょを応援するだけで日々の疲れが吹き飛ぶ気がしてる」
「だよねだよね!本当に毎日元気もらってたなぁ」
ドルオタが入っている三人の意見が共通する。
同意が得られて笑顔のルビーは言葉を続けた。
「でね……そんな時ある人にあったんだ」
「どんな人?」
「初恋の人」
「……え?いや、まぁいいわ続けて?」
この超絶ブラコンに初恋の相手なんてものがいるのなら、超絶シスコンのアクアはショック死するのではないだろうかと心配しながらかなは続きを促す。
「その人に言われたの。もし君がアイドルになったら推してくれるって。……その時からずっとアイドルになる事を夢見てた。……せんせ、ちゃんと推してくれるかなぁ」
どうやら全部話し終わったらしいウトウトとルビーが電池が切れたかのように眠りにつきそうなその瞬間、かなは声を出す。
「いや、嘘つきなさい!よく考えたら、アンタ1歳や2歳の頃からずーっと元気いっぱいではしゃぎ回ってたでしょうが。引きこもったなんて話も、大怪我したなんて話も、これだけ一緒に居て一度も聞いたことないんだけど。それどころか冷静になると赤ちゃんの時からドルオタだったでしょうが!このいい話風の作り話なんだったのよ!!!」
1〜2歳から途切れる事なく付き合いのあるかなは、そこで矛盾に気が付いて突っ込む。
初恋の人なんて存在が出てくるのに、1歳以下の年齢なわけがない。そして出会った頃からルビーはアイドルを目指していたのだから。
「ひゃわぁ!大きな声出すから目覚めちゃったじゃん!……えーっとほら!なんかいい感じの設定とかつけた方がいいかなって考えてたんだけど〜先輩にはバレちゃったね」
「全く、もうちょっとマシな嘘を吐きなさい」
途中まで聞き入ってしまったと流された自分の恥ずかしさを押し流すようにかなは不機嫌そうな態度を表に出す。
「せやね、うちもホンマのことやと思ってルビーの初恋どんなやろなぁってドキドキしてもうたわ。……でもよう考えたらアイドルに初恋エピソードは厳禁やない?」
「それもそうだね〜流石に没かなこの設定。結構気に入ってたのに」
みなみの言葉に残念そうな反応をするルビー。
更に続けてフリルが問いかけた。
「ちなみにルビーのイマジナリー初恋の人はどんな人なの?やっぱりマリン?」
「んふふ〜おにいちゃんも捨てがたいけど〜やっぱり初恋はメガネかけてて〜黒髪で〜ちょっとお調子者なとこがあって〜優しくて〜全部自分で何とかしちゃおうとするけど本当は弱いちょっとカッコいいお医者さんかな〜」
「医者……予想外の人選……でもないね。そういえば配信で役者と医者がカッコいいとか言ってたし」
フリルはいつかの配信でそんな事をルビーが言っていたのを思い出す。
あの時から温めていた設定なのかもしれないと説明に納得した。
これも一種の厨二病なのかなとルビーに少し温かい目を向ける。
「ねぇルビーちゃん。さっきの設定についてちょっと聞きたいことがあって」
「え?何?何でも聞いてよ、結構設定詰めたんだ〜」
流石に前世がと言うつもりはなくとも、あまり隠し事をしたいと思っていないので自分のエピソードとして語るつもりだったルビー。
ただ付き合いが長すぎて突っ込まれてしまったため、諦めて妄想の設定として風呂敷を畳む。
完全妄想と認定されているからこそ、聞かれたことを隠すつもりもない。
それどころか元々隠すつもりだったところまで言ってしまってもいいと気楽にすらなっていた。
「設定だとどんな病気で入院してたみたいなのって教えてもらえる?」
「えーっと退形成性星細胞腫だよ。合ってるはずだけどちょっと長くて微妙に間違えてるかも」
「うん、ありがとう。……珍しい病気だなぁ。わざわざ調べた?でもそれなら」
あかねは初恋が医者という設定から入院していた想定だと思い、ルビーに病名を確認するとやはり患者をイメージしていたらしい事が確認できた。
ルビーの言葉にあかねが何か考察をし始める。
「結局ルビーの妄想聞かされて、無駄に寝る時間少なくなったじゃない。ほら寝るわよ!寝不足は魅力が3割ほど落ちるって何処かの大学の研究結果が出てるってDai◯oが言ってたし」
「え!じゃあ寝なきゃ!みんなおやすみ!」
先ほどまで長々と話していたとは思えない速度でルビーは一瞬で眠りに落ちる。
寝られないと言っていたのは何だったのかと何人か呆れたような視線を向けた後、自分たちも続くように目を閉じた。
(……ルビーちゃんがアクアくんに対して時々出る呼び名は『せんせ』。本人たちは勉強を教える時と言っていたけど私が一緒に教えてもらっている時にそんな呼び方をしている事は殆どない。さっきルビーちゃんの言っていた『……せんせ、ちゃんと推してくれるかなぁ』という台詞。文脈的に初恋の人の呼び名もおそらく『せんせ』。ルビーちゃんのアクアくんに向ける気持ちは兄妹関係のものではなく恋慕。ルビーちゃんの人生の間で先程のエピソードが絡む瞬間は存在し得ない。完全にゼロベースで考えたにしては妙に細かい設定。メガネに黒髪白衣のお医者さんと言えばアイさんの事件の後、犯人の証言で発見された遺体の人物、雨宮吾郎は生前メガネに黒髪の医者だったとニュースで見た。ただ殺害時点でルビーちゃんは生まれていないか生まれた直後……。直接的な繋がりはなさそう。偶然の一致って考えた方が良さそうだね。……ダメだ、何かあると思ったんだけど分からないなぁ)
皆が寝静まった後も、ルビーの発言があまりに真に迫っていたため、何か見落としがあるのではないかとあかねはずっと頭を回して考察していた。
ただ、何か見落としがあるのか頭の中で全てが繋がり切らない。
あと一つ、きっかけがあれば全てが繋がる。そんな予感があかねにはあった。
ただこの日はこれ以上考えても答えが出ないと判断して、あかねも明日に備えて眠りにつく。
いつかこの引っ掛かりに答えが出る事を祈りながら。
翌日。天気は快晴。
絶好のライブ日和となった。
「さてさてやって来ましたジャパンアイドルフェス!」
「MEMちょ、ありがとう手伝ってくれて」
「全然いいよ、今日はオフだしみんなのライブを私も見たかったしね〜」
今日の引率はアクアではなくMEMちょだ。
車での移動を考えた時、どうしてもアクアでは法律的に難しい。
今後はスタッフに協力をお願いする形になるだろうが、初回ライブくらいは経験者のアドバイスがあるに越したことはないと自分から立候補してくれたのだ。
流石に騒ぎになるとまずいからと軽い変装をしてぱっと見では分からない姿となっている。
「そういえばマリンは?」
自分たちの幼馴染兼マネージャーが朝からいない事を気にしていたフリルが名前を出すと、事前に話を聞いて事情を把握しているMEMちょが情報を開示する。
「なんか他のアイドル研究するって連絡あったよ?初日から入ってるみたい」
「……だからここ二日いなかったのね」
アクアの知っているアイドルというかしっかり見ているアイドルはB小町とC式部だけだ。
どうしても自社のユニットに情報が偏っており、今のトレンドを研究するために初日から入って傾向を確認していた。
その必要性は納得できるものの、フリルは少しだけアクアへ不満を滲ませる。
アクアへ雑絡みするのが楽しいのに、それができなくて寂しいという気持ちのやり場にフリルは困っていた。
「ふわぁ……」
「アレ?珍しいねあかねちゃんがあくびなんて」
そんな彼女の横であかねが小さく欠伸をしてしまい、羞恥で顔を少し赤くする。
ルビーの中で、かなはともかくあかねは隙がないイメージだったため、意外そうに見つめた。
「あっごめんね。ちょっと考え事してて少しだけ寝るの遅くなっちゃったの。でも本当にちょっとだけだから安心して」
「他の子達ならともかくアンタがやらかしてどうすんのよ」
呆れた視線を向けるかなに対して返す言葉がないとしょんぼりするあかね。
あの考察が最後まで終われば、これまでイマイチ再現できなかったルビーやアクアの演技ができるようになるかもと思ったのだが、深追いしすぎた感は否めない。
「それでうちらはどこに行ったらええの?」
「それはねぇ……」
ワクワクした目をしたみなみの言葉にMEMちょはニコリとしながら五人を案内する。
「ここだよ〜」
「うわぁ……なにこの地獄」
周囲はガヤガヤと騒がしく、恐ろしい人口密度を誇る。
芸能生活で悪い待遇を受けた事がなかったかなは、そこそこのアイドルや地下アイドルたちが集められたこの場所に困惑していた。
「凄いね!ここにいるのみーんなアイドルなんでしょ!」
「そうだよ〜私たちの時もごっちゃごちゃでミヤコさんに色々聞きながら誘導してもらったな〜」
「とりあえず今は時間あるからみんなお弁当取ってきなよ。出番近付くとゴタつくからね〜」
MEMちょは自分がスターステージで参加した時のことを思い出す。
あの時はまだ知名度がそこまで高くなかったので人に囲われることもなかったなぁと思い出す。
「あっB小町Rのあかねさんですよね!サインもらえますか!子役時代からのファンで」
「えぇ!?い、いいですけど」
ただ当時のC式部より今のB小町Rの方が認知度は高い。更に元子役組はそれぞれの固定客も存在していたためこのような事も起こるらしい。
色々と捕まりながらもメンバー全員は弁当を回収して、何とか食事まで済ませ、雑談をしながら自分たちの出番を待つ。
「……」
「どうしたのよ、さっきまであんなに喧しかったのに」
暫く話をしていたところでパタリとルビーの声が止む。
ずっとこのアイドルは誰々で、あのアイドルは〜と楽しそうに語っていたルビーが沈黙しているのを気にして、かなは声を掛けた。
「後少しで出番だと思ったら……めちゃくちゃ緊張してきた」
突然ガクガクと震えているルビーを見てかなは慌てる。
「はぁ!?アンタさっきまであんなに」
「先輩は怖くないの?」
そんなルビーから掛けられた言葉にかなは少し考える。
今の自分がどう考えているか。
ここで馬鹿正直に気持ちを口にするか強がるかを選択する。
「怖いか怖くないでいったら怖いわよ」
「え!?先輩が本音言ってる!今日のライブ中止にならない!?大丈夫かな」
「ねぇアンタ私のことなんだと思ってんの?ボディブロー決めっぞオラ」
震えていたのが嘘のように普段の調子でかなを心配する素振りを見せたルビーへかなは強い言葉を返す。
ただそんなかなに驚いたのは一人ではない。
「うーん私も正直驚いたかな。かなちゃんのことだから『当たり前でしょ。何年やってると思ってるの』って答えてくるかなって思ってた」
「凄い解像度高いねあかね、確かにそれっぽい。私は『は?アンタ今更緊張してんの?』とか煽るかなと思ってた」
「うちもフリルちゃんと同じ方向性やね。でもあかねさんの言葉聞いたら確かに言いそうやなって思うたわ」
誰一人としてかながそんな事を口にするとは思っていなかったからこその驚き。
しかもあかねに至ってはもう一つの選択肢なら言っていただろう解像度で、余計にムカついてくる。
ぐぎぎと歯を食いしばりながらも、かなは自分の思いを口にした。
「アンタらねぇ……。そもそも私は散々世間から『音楽をやっている有馬かなに興味はない』って突きつけられてきたんだし、自信なんてある訳ないでしょ」
吐き捨てるように過去を口にするかなは言葉を続ける。
「私一人なら失敗してもいつも通りって諦めもつくけど、今回は私以外に四人もいる。失敗させたくない……怖いに決まってるじゃない、一人じゃないから怖いのよ」
責任感が強いからこそ出る言葉。
数多くの大人から見放されたトラウマに近い感情は今でも根深く彼女の中に残っている。
ただその言葉に対してルビーは軽く返した。
「先輩が子役としては一流だったってずっと一緒にいた私は知ってる。だけどアイドルとしてはまだ芸歴0の私と同じヒヨコだよ?」
「誰がヒヨコよ誰が」
流石にルビーたちと同じヒヨコ扱いは納得いかないと、自分の扱いに異議を申し立てるかなを無視してルビーは言葉を続けた。
「コケて当たり前!楽しく挑もうよ!勿論、かな先輩だけじゃなくてあかねちゃんもだよ?さっきから少し変だよね」
「流石は兄妹、敵わないなぁ。……ちょっと楽になったかも。ありがとねルビーちゃん」
かなほどではないが、あかねも自分が皆を引っ張らないとという意識はあった。
ただこういうさりげない気の遣い方がアクアと被って少しくすりとあかねは笑う。
「それにフリルちゃんとみなみちゃんも!一緒に楽しく玉砕しよ!」
「MEMちょが見てくれている舞台だから失敗したくないと思ってたけど楽になった。ありがとうルビー」
「ルビー玉砕はあかん。うちら失敗してもうてるやん!」
「あははは、そのくらいの気持ちってこと!失敗してもお兄ちゃんが何とかしてくれるって多分!」
カラカラと笑うルビーは実に眩しい。
グループのリーダーを明確には決めていないB小町R。
だが全員が認める中核はこのルビーだ。
彼女が折れない限りこのグループが崩れることはないだろう。
どこか呆れのような気持ちを持ちながら、ふとかなはこの話の最初を思い出した。
「……あれ?よく考えたらアンタが最初に緊張したって。アレ演技?」
「いや?なんか先輩が思ったよりビビってたからおかげで気楽になっただけ」
「ほんっとうに一回礼儀を教えてあげようかしら」
普段のやりとりをしていたら少しずつ本当に楽になってきたとかなは自分の変化に気が付く。
「さて!みんな元気になったところで私たちも着替えの時間だよ〜いこいこ」
「ちょーっと待った!」
「え〜MEMちょ酷いよ。なんかいい感じに締められたな〜って思ったのに」
ルビーの声に合わせて移動しようと思ったメンバーにMEMちょは声を掛ける。
先程まではあえて口を出さずに待っていたが、このままだとタイミングを逃すと判断した。
「はいこれ、みんなにアクたんから」
皆自身の名前が書かれた手紙を受け取って無言で開いて中を見る。
少し時間を掛けてから中を確認し、丁寧に畳んで顔を上げた。
「へ〜さっきもいい顔だったけどまた更に良くなったねぇ。アクたん何書いてたの?」
「「「「「内緒」」」」」
自分たちへのメッセージは自分たちの中にだけ仕舞い込み、今度こそ全員で着替えに向かう。
その足取りは非常に軽かった。