とくんとくんと心臓がリズムを打つ。
昔と違い、いつ止まってしまうか分からない不安などもない。
希望を持ってこの場にルビーは立っている。
15年近く持ち続けていた夢、それが今日叶う。
これまで感じたことのない高揚を感じて、ルビーはやる気に満ちていた。
「B小町Rさん、どうぞ」
「「「「「はい!!」」」」」
その声に全員が声を出して返事をし、ステージまで進む。
ステージの集客は十分過ぎるほどであり、スターステージに集まった客の中では歴代最高だ。
会場内は熱気と共にさまざまなカラーリングのサイリウムが場を満たしていた。
赤、白、青、紫、桃。
メンバー全員が事前に告知していたサイリウムカラー。
ルビーはサイリウムを決めた時のことを思い出す。
『サイリウムのカラーは赤!アイと同じ色!』
これだけは譲れないと真っ先に赤を手に取るルビーに全員が苦笑する。
赤子の頃からのアイファンである彼女がその色を取りたいなど事前にみんな理解していたため狙うつもりは毛頭なかった。
『私はMEMちょと同じ黄と言いたかったけど……もし同じコラボライブしたら分からなくなりそうだから紫かな』
『え!?フリルちゃん黄色にすると思うてたわ。……うちは桃色にしよかな?やっぱ可愛いと思うんよ』
フリルとみなみもサクッと自分の色を選ぶ。
どんどんと色がなくなっていくのに残されたかなとあかねは慌てる様子を見せない。
『かなちゃん先に選んでいいよ?』
『そう?なら私は白で』
『へ〜ドルオタじゃない先輩らしいね』
『え?白ってなんかあるの?』
不思議そうなかなへルビーは説明する。
『ダメってわけじゃないけどグループによっては特別感出ちゃうとか言われちゃうんだよね。でもうちはそんなのないし問題なし!』
『へぇ……あかねは?』
ここであかねは全員のサイリウムを見る。そして青色のサイリウムを手に取った。
『私は青かな。私のイメージカラーとしても悪くないと思うし、何よりサイリウムが綺麗に繋がってる感じで綺麗じゃないかな』
『え?何が……あー確かにそうね。水色があれば完璧かしら』
最後のあかね以外はまったく意図したものではない。
だがルビーを中心として色合いが綺麗に変化するような配置になる。
収まりのいい色組となっていた。
かなの言うように水色があれば綺麗な輪のようになっていただろう。
『いいねこれ。基本配置もこの組み合わせかな?』
『これだけ色が綺麗に繋がるならセンタースイッチの時も配置気にした方がええかもなぁ』
『よーし!皆これを踏まえてまた立ち回り考えよう!衣装にも反映させないとね!』
まだ衣装すらできていない頃に各々のメンバーカラーはこんな経緯によって決められた。
今回の会場では、多少青が多い傾向にあるものの、それ程の差はない。
最終的に子役として一番有名だったあかねが多いのは、自然なことではあった。
次いで多いのはなんと赤。ただこれには二つカラクリがある。
一つ目はルビーが選んだ赤はB小町を応援していた人からすれば絶対的センターの色ということ。
この子はきっとこのユニットの中心だと皆に伝わっている。
二つ目はその容姿だ。単純な外見だけで見ればルビーに勝てる人間などまず存在しない。それ故に注目が集まっている。
程よい緊張がある中、B小町から引き継いだ曲のイントロがスタートした。
「ほぉ、『STAR☆T☆RAIN』か。懐かしいな」
「ですね〜店長。もうB小町が引退して5年くらい経ちますか」
「B小町の後継者なんて自分で名乗るんだ。俺の目は厳しいぞ……」
「いや何様なんすか」
B小町Rを見に来た客の中には古参のB小町ファンもいる。
だけどルビーは内心でこう思っているのだ。
(どんな古参オタより私の方がアイを、B小町を推してきた!その熱意は誰にも負けない!!)
最初がオリジナルではなく、B小町から引き継いだ曲なのは一種の宣戦布告。
星野ルビーをB小町Rを後継者だと全員に認めさせる儀式。
「『We!Are!STAR⭐︎T⭐︎RAIN』」
「『Check!Now!Come on!Come on!Come on!Come on!』」
「『We!Are!STAR⭐︎T⭐︎RAIN』」
イントロから全員の歌が始まる。
本当にB小町に詳しい客層はここで違和感に気が付いた。
「あれ?開幕ちょっと違わないか?」
「ホントっすね。これはこれでまた好きっすよ」
「単純に継承するだけじゃないってことか。歌皆上手いなぁ」
そう、この曲はB小町時代とは少しだけ違うアレンジ曲。
アイ一人が絶対だった時とは違う。
全員が輝く一番星となるための決意が込められている。
ダンスがメインと言われるB小町の曲、曲のリズムに乗って左右にステップしながら指を銃の形にし、周囲を指しながらステップを踏む。
この曲のセンターであるルビーが一番目立つように、だがしっかりと残りの四人も存在感のあるよう完璧に調整された踊り。
「すっすげぇ!……皆よそならセンターですよこれ顔面レベル高すぎ」
「店長!凄く……店長!?」
既に店長は赤のサイリウムを取り出して無言で振っている。
一瞬で虜にするアイとは違う、だが同じように目を惹く彼女から目が離せない。
たった一曲でB小町を推していたファンの関心を手に入れる。
ずっと長い下積み時代、サボらず努力をし続けて、それだけの実力が彼女たちにはあった。
(みんな楽しんでくれてる!せんせも、おにいちゃんもどこかに……)
ファン全員大切だ。ただルビーにとって兄は最愛の人であり、一番見てもらいたい人である。
あくまで自然にパフォーマンスを落とさない範囲で客の様子に目を通して探す。
(いた!……ふふっせんせ、それはダメだよ笑っちゃうよ)
曲も終わりというところでルビーはアクアを発見した。
見つけたアクアは、オタク丸出しのB小町Rと書かれたピンクのシャツに周囲から騒がれないようウィッグで髪色を誤魔化している。
そのウィッグがずれない目的もあるのかB小町R愛と書かれた鉢巻もつけており、初ライブでここまでガチガチに装備しているからか余計に目立っていた。
それでも相当に顔立ちが整っているからか顔をチラリと見た周りの観客からなんでこの人一人でこんなとこに来てるの?と言いたげな視線を向けられている。
それなのに本人は全く気にした様子もなく仏頂面のまま6本のサイリウムを他の人と同じように振っている。
(ヲタ芸してくれないのは減点だけど……私を最推しって表現してくれてるから許してあげる!)
右手に赤桃白、左手に赤紫青と実際はメンバーカラーをうまく合わせているだけなのだろうが、ルビーは自分だけ2本持って貰えていることに喜びを感じる。
アイとさりなという異なる二つの輝きを合わせたルビーの輝き、その鱗片。
会場全てを夢中にさせ、そして最後の決めポーズを五人でしっかり決める。
その瞬間会場からは割れるような歓声と拍手が鳴り響いた。
「ありがとうございました!今お送りした曲は『STAR☆T☆RAIN』です!みんな覚えてるかな?私たち用にちょっとだけアレンジもあったけどやっぱいい曲だよね!知らなかった人は今日覚えていってね!」
「「「うおおおおおおおおお」」」
リーダーであるルビーが声を張り上げて会場全てに届くよう曲について語る。
もう病室で死を待つだけではない。夢と希望を持った未来を手にした一人の少女。
あらゆる枷から解き放たれた芸能の神に愛されたルビーはこの瞬間、本当の意味でアイドルになった。
喜びを周囲に共有するとばかりに楽しそうに無限に話し続けるルビー。
好きなことについて話しているオタクというのは加減を知らない。
テンションに任せて尺すら無視して語っているルビーの頭を、かなは近づき頭をポンと叩く。
「それでね!このフリの部分がっ……痛いよ先輩!」
実に恨みがましいと言いたげなルビーだが、かなは呆れた目を向けて口を開く。
「このアホ。興奮しすぎよ、進行次交代でしょうが!」
「あっ!ご、ごめんなさい!皆〜続きは今度配信で語るね!!」
今のやりとりだけで仲がいいのが伝わってくる。
ユニット内で表向きはともかく内情は仲がいい必要はあまりない。
ただファンとしてはこういう気楽なやり取りを見ると安心できたりする。
「あはは、かなちゃんもそんなに言わなくても」
「ダメよ、コイツはただでさえアクアが甘やかすんだから私たちくらい厳しくしないと」
そう言いながらかなは次の曲を宣言する。
彼女はこの舞台で実際に一曲やるまで不安だった。
世界に自分のファンなどいないのではないか、やはりあの時アイドルをやるなんて言うべきではなかったのではないか。
そんな後悔がないと言えば嘘になる。
だが一番多いとは言えないが、間違いなく白のサイリウムは会場に存在している。
(私を見ろ!ルビーでもあかねでもフリルでもみなみでもなく!私を見て!)
全身からアピールするかなは次の曲が始まっても人の視線を十分に惹きつける。
子供の頃、目を焼く程に眩い太陽のような『巨星の演技』と称された人に楽しそうと伝える才能。
子役の後半時期は思い出していたものの、認知の歪みもあってあまり伝わっていなかったそれはアイドルでも生かされている。
周りがその輝きに食われない強さがあるからこそ、独りよがりにならない。グループとしてお互いを引き立たせあっていた。
(アクアの奴、私のサイリウム持ってるんでしょうね。……どこに……ぶっ!)
先程ルビーが見つけたのと同じく、アクアの存在に気が付いたかなは、思わず歌を止めて笑いそうになる自分をなんとか抑制して歌い続ける。
(バッカじゃないの何あの格好。というか一丁前に全部のサイリウム持って……しかも赤だけ2本。箱推し気取りか?このシスコン野郎め)
自分の色以外のサイリウムを持っているアクアに納得とムカつきを感じるかなだが、最後まで自分が今できる最高のパフォーマンスをやり切った。
「ふぅ……ここまでがこの曲ね。いや〜キッツイわね。流石ダンスを売りにするグループの後継者って感じだけどどう?楽しんでくれてる?」
「「「うおおおおおおおおお」」」
先ほどのルビーの掛け声と同じように野太い声が響き渡る。
その声に満足したかなは次のみなみへバトンタッチする。
「あ〜ついにうちがセンター緊張凄いんやけど!?」
「ちなみにアクアがあの辺にいるから見てみなさい。私は笑い堪える方に必死だったせいで緊張なんか消し飛んだわよ」
ルビーも見つけていたらしいが、アレはパフォーマンス開始前に見せられたら笑ってしまっていたので伝えられなくて良かったとかなは思っている。
そんなアクアの場所をあえてみなみに教えたのは緊張をほぐすためという業界の先輩らしい考えだった。
「……ふぅ!?あはははははあかん、あかんて」
「ちょっ笑いすぎ!くふっ私まで笑っちゃうから!」
かなの伝えた場所を見てみれば例のアクアが見える。
普段の格好も大概センスのない私服が多いアクアだが、今日は飛び抜けていた。
本人の持つイメージとのギャップに思わずみなみは思い切り吹き出す。
観客たちも突然吹き出したみなみにびっくりしつつも、その楽しそうな笑みに見惚れるものもいた。
少し時間が経って笑いが落ち着いたみなみがなんとか復帰する。
「はぁ……はぁ……ごめんな?ちょっと友人が凄い格好しとったから笑ってもうて。次はうちがセンター、みんな見てくれる?」
「「「勿論!!!」」」
緊張が笑いによって吹き飛んだみなみのパフォーマンスが始まる。
みなみは本人も認める通り歌やダンス単体で見れば他のB小町Rのメンバーには今のところ勝てない。
ただ、彼女には彼女にしかない自分の長所をアピールする力がある。
メンバーの誰よりも発育のいい身体を下品にならない範囲で主張させ、そこから視線を更に柔らかい笑みへと誘導する。
まだ幼い容姿と肉体のギャップに意識を引き寄せ、そしてその時にしっかり決める最高のパフォーマンスをすれば。
(あぁ、これ楽しいなぁ。みんながうちを見てくれてる。それにメンバーの皆も見守ってくれとる。心地よさが癖になりそうやね)
6本のサイリウムを持ったアクアもこの瞬間は桃色のサイリウムが一番目立つように持ち方を調整していた。
それが目に入り、今度は笑うのではなく嬉しさが込み上げる。
みなみは他のみんなより付き合いが短い。それでもアクアはしっかりと言ったことを違えずに応援をしていた。
(ほんま面白い人やね。テレビ越しで見てた時はカッコいい雲の上の人って感じやったけど、あの頃より今の方がずっと……ここから先はいかん!考えたらあかん!)
顔に血が集まるのを意識しながら自身のセンター曲を踊り終えるみなみは次のフリルへとバトンタッチを図る。
ただ入れ替わりの瞬間、フリルの方へ向いたみなみの表情をみた彼女は観客に向かってこう問いかけた。
「今のみなみの表情凄く良くなかった?」
「「「良かったああああああああああああ」」」
「ひやぁぁぁぁぁぁぁぁやめてぇぇぇぇぇぇぇ」
ただこういう場面でサラッと揶揄うのをフリルがしないはずもなくみなみは羞恥の沼へと落とされた。
その様子に満足したらしいフリルは特に自分語りもせず音楽開始の合図を出す。
(今のみなみの様子から考えてあの辺りにマリンいるかな)
フリルにはみなみが何を見て笑い、何を見て顔を赤くしていたか予想がついていた。
ファンのために自分のいいところを見せたい気持ちは勿論ある。
それと同時にすっかり付き合いの長くなった幼馴染に自分をちゃんと推させたいという気持ちがあった。
(私ばかり君を推してるのは不公平だよね)
期間についてはかなやあかねに敵わない。
だが、同じ学校、同じクラスにいたのだから付き合いの長さだけはルビー以外に負けていない。
昔はちょっとお気に入りの子役くらいだったのが、お気に入りの子役になって、お気に入りの人となった。
ようやく見つけたアクアはシュールな変装でかなり注目されており、アクアだとバレたら後々騒ぎになりそうだなと、フリルは珍しく笑顔になる。
整った顔が突然破顔したからかライブ会場のボルテージは更に上がった。
(それにしてもマリンは罪作りだね。ちょっと一番は私には狙えないかな……ずっとそう思ってた)
付き合いが長いからこそ、アクアにとって絶対の存在が誰かくらいはとっくに理解している。
それでも見て欲しい、推して欲しいと思うくらいには焦がれている。
他に推しがいてもいいから、自分が彼を推す分くらいは彼に推して欲しい。
普段無表情な彼女の夢は意外と小さなものだった。
ただ、実際にアイドルとしてこの場に立って、義務ではなく箱推しとはいえフリルのためにサイリウムを振る彼を見て欲が出る。
(アイドルらしくはないけど、君に同率一位で推して欲しい。内心の差はあれど、何かで一番だと思えるくらいに)
自分の最推しはMEMちょということは棚に上げてアクアにそんな事を願う。
フリルはこれまで芸能活動で売れる事自体が目的だったが、一つ個人の夢ができた。
「ふぅ……疲れた。センターってやっぱり負担がすごいね。次あかねだよ」
「あはは、フリルちゃんって雰囲気と違ってダンスの動き激しいもんね……」
場を引き継いだあかねは苦笑しながら中心へと移動する。
あとは2曲。あかねがセンターとなる曲と、最後のセンタースイッチを練習した『サインはB』。
もうライブも終盤に差し掛かっている。
あかねらしくライブに挑む。
自分の尊敬するアイドルや推しのアイドル、そして身内のみんなまで要所で再現する変幻自在のアイドル。
それこそがあかねの個性を最大限に生かした手法。
そしてあらゆるアイドルになるのならば、素のあかねすらも異端に見える。
(アクアくん楽しそうにサイリウム振ってるなぁ。楽しい時はもっと楽しい顔してもいいのに。まだまだ私たちが実力不足?)
楽しそうなのは間違いないものの、ポーカーフェイスを崩さないアクアを見てあかねは不満が溜まる。
アクアは許容値を超えるとそれまでの仏頂面がなんだったのかと思うくらいに笑顔を見せる。
自分がその領域まで行けていない事を悔しいと思う。
(今日のみんな凄かった。勿論お客さんみんなにファンとしてみてもらいたいって気持ちもあっただろうけど、何よりアクアくんを見つけてからの反応が劇的だった。そんなのじゃ私みたいに観察が好きな人に皆アクアくんが好きなんだってバレちゃうよ)
皆の雰囲気が変わったタイミングがこれまで後ろに控えていたあかねにはよく見えていた。
元からそんな気配はあったが、一人の男に対して大小の差はあれど矢印を向けるアイドルグループなど普通はリスクだろう。
だが、キッカケは何であれ誰もを魅了できるアイドルとして成長するのならそれもまた悪くないのではないかとあかねは思っていた。
(他人事のように考えているけど、私だって例外じゃない。本当は良くないのにアクアくんが私を応援してくれるのがどんな応援よりも嬉しく思っちゃう)
あかねはとっくの昔に自分の気持ちを理解している。
ただメンバー全員の気持ちも理解しているからこそ、特に攻めるような選択肢はしてこなかった。
色恋というのはどれだけ仲のいい関係であっても軋みを生む。
自分が我慢できるなら気持ちを抑え込んだほうがいい。
(そう思ってたんだけどなぁ。……うん、私は君を諦めたくないよ。今ようやく素直になれそう。私も皆も、勿論君もみんなが笑って過ごせるハッピーエンドを見つける。その為なら私は手段を択ばない)
この日、あかねは常識全てを敵に回す覚悟を決めた。