進路
愛瑠が生まれてから五ヶ月が経過した。
すっかり寝返りなどもできるようになった愛瑠は皆のアイドル状態である。
年も変わり、もうすぐアクア達は中学3年生へ、かなとあかねは高校へ進学となる。
「結局二人とも陽東高校にしたんだな」
「そうよ?芸能活動をしている人間が日本一集まってる学校で授業日程の融通が利くし」
「同じアイドルユニットなら学校も合わせたほうが色々困らないからってかなちゃんと合わせたの」
二人が面接を受けて来た話を聞いてアクアは進路先の確認を取った。
予定通りであれば、ルビー達三人も陽東高校に入ることになっており、そちらの方が都合が良いため、アクアとしてもありがたいと思っている。
アクアからの質問に答えたかなはぐっと身体を伸ばすようなポーズを取りながらアクアに話しかけた。
「アンタも社長もバンバンとライブ入れてたから疲れてんのよね。マッサージしなさいよ」
アイドル活動がメインのルビーとは異なり、役者があくまで一番の希望であるメンバーは来年度から役者の仕事受注を再開する。
とはいえオーディションには暫く参加せず、あくまでオファーがあればアイドル業務に支障がない範囲で受けるような形に引退まではなる予定だ。
そのため、今は少しでもアイドルとしての印象を強くするため、中規模のライブを何度か行おうとした結果、全員疲労が蓄積している状態である。
「……業者の手配ならいいぞ。ああいうのは素人がやると良くないんだよ」
「はー堅苦しいわね。あかね、お願い」
「任せてかなちゃん!最近マッサージの勉強してるんだ」
「あかねは何処を目指してるんだ?」
もう一緒に暮らして長い時間が経つ二人。
やり取りも慣れたもので、あかねが基本はかなに対して毒と甘やかし二つの側面を持ってバランスよく接するようになっている。
ただそんな生活もそろそろ終わりが近づいていた。
「高校進学したら結局かなは予定通り母親と暮らすのか?」
「そうよ、こないだ年末年始にママと会った時も寂しそうだったし、田舎暮らしにも慣れてそろそろ頭も冷えたでしょ?」
かなは人生において黒川家に住んでいる時間の方がそろそろ長くなるが、当初の予定通り高校に入るのを機に母親とまた一緒に過ごすことに決めたようだ。
一時は親子関係が崩壊しかけていた有馬親子だが、長期休暇での交流や日々のメッセージのやり取りなどで少しずつ絆を取り戻していき、今は比較的健全な関係だ。
「それに……私のライブにだって来てしっかりサイリウム振ってくれるくらいだから、今度は大丈夫よ。心配いらないわ」
「……そうか」
かなの言葉にアクアは顔を僅かに綻ばせる。
そしてかなの母が今は娘を純粋に応援していることをアクアもかなもよく知っていた。
先日行われたライブにも自分で応募して白と青のサイリウムを持参して参加しており、聞かされていなかったアクアもかなも驚いたことは記憶に新しい。
かながライブ中に見つけてしまい、思わず目を丸々としていたシーンはネットでも配信されていた影響もあって、動画の切り抜きになっている。
ちなみに白一色ではない理由は単純で、娘がお世話になっている相手の娘だから一緒に応援したいという物だとか。
「寂しいなぁ、ここ数年はずっとかなちゃんと一緒に過ごして来たから。でもお母さんと一緒に過ごせるのは良い事だし応援するね!いつでもお姉ちゃんのところに遊びに来て良いから」
「そっ……。はーこれで厄介ファン兼自称姉に日常生活監視されるのが終わると思うと気が楽ねー……流石に小母様達にお礼言わないと」
かなは、あかねに文句を言いながらも、黒川夫妻へとても感謝をしていた。
はっきり言って育児放棄気味の厄介案件でしかない自分を受け入れてくれた事、そして優しく本当の娘と同じように接してくれたこと。どちらも一生忘れることはないだろう。
そしてその状況を作り出したあかねにも感謝の気持ちはある……あるが、普段が普段だけに素直に言いたくないとかなは思っていた。
「ところでアクアくん。ルビーちゃん達がいないけど何処にいるの?」
「ん?いつものとこだぞ」
そんなかなの思いを知ってか知らずか、あかねは姿の見えない残りのB小町Rメンバーの場所をアクアに確認する。
隣の部屋を指差すアクアを見てあかねは彼女達の場所を理解する。
「あー愛瑠ちゃんのとこかぁ。私も行こうかな」
「アンタまで行ったら収拾つかなくなっていよいよ練習始まらないでしょ。いや、確かにずっと見ていたいくらいに可愛いけどミヤコさんも邪魔じゃないのかしら」
今の苺プロはミヤコがアクアから仕事を引き継ぐ準備をしながら子の世話をできる環境になっている。
その一環で仕事場に子育て室が用意されており、そこに同級生三人組は集まっていた。
「流石にそろそろ始めた方がいいだろうから呼んでくる。二人は準備をしていてくれ」
「はいはい、たまにはちゃんと叱ってやりなさい。ルビーの目標はそう簡単に達成できるものじゃないんだから」
ルビーの目標である高校2年生になるまでにドームライブ。
これは数多くいるアーティストの中でも相当に早い部類だ。
ただ今のペースだと来年中にはドームに行けそうな勢いが彼女達にはあった。
それもあって少し余裕が出ているのかもしれない。
アクアが隣の部屋に三人を呼びに行くとだいたい予想通りの光景が広がっていた。
「いないいないばぁ〜ルビーお姉ちゃんだよ〜」
「きゃっきゃ」
ルビーが顔を隠してバーとやってやれば嬉しそうにキャッキャと愛瑠は笑う。
ほぼ毎日会っているだけあってしっかり顔が覚えられているようだ。
「可愛い。今なら海王星まで見える気がする」
「ほんまかわええなぁ。ニコニコしてるとこっちも嬉しくなるわ」
笑顔の愛瑠を見てフリルはスマホでパシャパシャと慣れた手つきで写真を撮り、みなみは胸の前で手を合わせてきゅんきゅんとしている。
この空気の中声を掛けないといけないのかと思いつつも、アクアは心を鬼にして三人に話しかけた。
「そこのアホ三人。そろそろ練習始めるぞ」
「ひゃわっお兄ちゃんいるなら言ってよ……」
「びっくりしたわぁ。堪忍してやアクアさん」
いきなり現れた兄の声に驚いて跳ねるルビー。そのルビーに更にびっくりしたみなみもアクアの方へ向く。
少し離れたところに座っていたミヤコもアクアに気が付いて声を掛けた。
「あら、迎えに来たのねアクア。三人とも面倒を見てくれてありがとう。練習に行ってもらって良いわよ」
「こいつらどう見ても世話を焼くって名目で可愛がってただけだけどな」
「それでいいのよ。それだけで助かるから」
三人の緩み切った顔を見れば、可愛い物を見て癒されていただけだと一目瞭然である。
ただミヤコとしては様子を見てくれる人が他にいるだけで自分の作業に集中できるのでありがたかった。
前回と違い普通の子供な分、ミヤコの世話する内容も多いが、前回のノウハウがあることと、色々な人の手が借りられるおかげで以前より気が楽だった。
アクアとルビーの時は誰にも相談できない状況が続いたりもしたため、仕方がないかもしれない。
「そういうお兄ちゃんももっと愛瑠ちゃんとコミュニケーション取らないと一人だけ覚えてもらえないよ〜?」
少し煽るような声を出すルビーに対して、アクアは淡々と返事をした。
「ルビー達が基礎トレーニングしてる間に結構面倒見てるから心配しないでいい」
「そうなの!?私が見てる時はそんなに構ってないのに」
「その時はルビーや他の皆がもう世話してるからだろ。それ以上人が増えても愛瑠が困るだけだ」
呆れたようにアクアが言えば、今の今までアクアのことをスルーしたまま愛瑠のことを撮影していたフリルが振り返った。
「それならマリン、ちょっと愛瑠ちゃんを抱き上げて?一緒に写真撮りたい」
真顔のまま目を輝かせる高等技術を見せるフリル。
さすがルッキズムの魅力に取り憑かれた女だとアクアは苦笑する。
「後でな。とりあえずかなとあかね待たせてるから早く行ってこい」
「あっ重ちゃん達もう来てたんだ。それじゃあ流石に悪いかな」
「えっ!?待たせてるん?はよ行かなあかんやん!ほらルビー行くよぉ」
「あわ〜引っ張らないでよみなみちゃん!ごめんねバイバイ愛瑠ちゃんまた後でね」
バタバタと慌てるように出ていった三人へアクアは深いため息を吐く。
いくら赤ちゃんが可愛いとはいえ緩み過ぎだと嘆いていた。
「アクアも大変ね。まぁあの子達はずっと頑張って来たのだし少しくらいゆっくりペースになっても良いと思うわよ?」
「なんかミヤコさん子供産まれてから丸くなった?」
「そう?あまり自分では分からないわね」
そのまま残ったアクアはミヤコにそんな事を言うが、本人にそんな自覚などない。
「だう!」
「愛瑠はいい子だな。あいつらにも見習って欲しいくらいだ」
「……ほんとこの子も優しい顔して。ルビーを実質育てて来ただけあって、アクアはもうお兄ちゃん通り越して壱護よりお父さんみたいね」
この子に任せていれば大丈夫だとミヤコは安心し、授乳など母親でないとできない仕事が来るまでアクアに任せることにした。
「そういえばアクア」
「どうかした?」
しばらく時間が経ち、一度手を止めて身体をぐっと伸ばしたミヤコはアクアに問いかける。
アクアの前にある布団で疲れたのか愛瑠はすやすやと気持ちよさそうに眠りについていた。
「今年中はアクアが基本マネージャーやるつもり?」
「しばらくはミヤコさんも愛瑠の世話大変だろうからな。子供って幼い頃はとにかく愛情注いだ方がいいし」
アクアはミヤコに自分の考えを話した。
まだ身長も伸びてはいるが、そろそろイメージの一新には十分な変化をしたとアクア自身考えている。
そのため仕事にはいつ復帰してもいいくらいの感覚だが、愛瑠の誕生があったため、予定を少し後ろずらしにしていた。
「協力的なのは嬉しいけど自分のことも……こういうとこがあの子達にモテモテなのかしら」
普段から見守っている子達の複雑過ぎる恋愛模様に色々思うところがあるミヤコは呆れたように呟く。
その後、本題に戻した。
「それはありがたいわね。ただアクアがどうしてもコネ不足で手が出ていない曲の依頼については私の方から手を回しておくわね」
「……悪いけど頼む」
アクアのコネは役者関連やプロデューサーなどに限られる。
音楽番組などは子役時代全盛期でもほとんど出ておらず、精々バラエティのオマケに歌企画があるくらいだったため、作曲家方面へコネがない。
この辺りはB小町のマネージャーもやっていたミヤコの分野だった。
「アナタはまだ中学生なのに大人になろうとし過ぎよ。もうちょっと甘えてくれてもいいのに」
「母さんもルビーもあんなだから俺がしっかりしないとって思ってるだけ」
「まぁあの二人はそうかもしれないけど、私には甘えてもいいんだから」
そう言いながらいつのまにか作業の手を止めて席を立ったミヤコは愛瑠を抱き上げていたアクアの元へ向かい、その頭をそっと撫でる。
「確かに私たちは血が繋がっていないかもしれない。それでも私はあなた達のことも子供だと思ってるわ。たまには頼りなさい」
「……気を付けるよ」
アイとはまた違った母の姿にアクアは一瞬固まる。
前世では母がいなかった分、今世では二人分の母の愛を感じられる環境に生まれたアクアは幸せだろう。
「たっだい……お兄ちゃん?」
「なんだよ」
「いや、なんでミヤコさんに頭撫でられてるのかなーって」
ただ幸せな時間というものは意外と長く続かないもので、バタンと開かれた扉から顔を出したルビーは目を丸くしてアクアを見る。
その表情はいつものクールぶった表情ではなく、優しかった。
自分とアイの特権が奪われた!?と動揺したルビーは混乱して変な事を叫び出す。
「やっぱり胸!胸なのお兄ちゃん!みなみちゃんだって負けてないよ!?こないだ聞いたらE超えてるって」
「ひゃあああああああああ、ルビーやめてえぇぇぇぇぇぇぇ」
「何言ってんだルビー」
休憩だと呑気にルビーについて来ていたみなみは、突然好きな異性の前で胸のサイズを暴露され、思わず大絶叫する。
アクアも動揺しているとはいえ、あまりにも可哀想で同情した。
そしてその声は別のところにも影響が出ることになる。
「ふぇぇぇぇぇぇぇぇぇん」
「あっ愛瑠ちゃん。ほんまごめんなぁ、うちが騒いでもうて……あれ?これほんまにうちが悪いん?」
「よしよし、落ち着け愛瑠。騒がしくして悪かったな」
「ごめんねみなみちゃん、おにいちゃん、愛瑠ちゃん。なんかびっくりしちゃって」
眠っていた愛瑠が起きてしまい大泣きを始めてしまい、流石にアクアも含めて子供組は皆慌てた様子を見せる。
そんな時にミヤコはアクアから手を離し、愛瑠を抱き抱えてゆっくり揺らしながら言葉をかける。
「よしよし、いい子ね愛瑠。落ち着いてね〜」
「……ママじゃん」
「ママだろ」
本家の母に掛かればすぐに泣き止ませられる辺り、母ってすごいなと再認識するアクア達だった。
そんな日の夜、色々あったものの問題なく仕事が終わったアクアはのんびりと部屋で過ごしていた。
以前妹から借りて気に入った結果、全巻買い揃えた東京ブレイドを手に取り読んでいる。
帯には『1000万部突破!アニメ化放送決定!!』というメッセージが書かれていた。
(アビ子先生は今日あまの吉祥寺先生の元アシスタントだったよな?作風は全然違うが、要所要所にラブコメ要素を入れていて心情の表現は近いものがあるな)
アクアは役者をやるようになってから小説や漫画を読む時は、必ずその作品を自分で演じるならどのキャラならどうするかというのを頭で考えるようになった。
この作品は群像劇の要素が強いため、頭の中で寸劇を繰り広げるのにちょうどいい。
『ピリリリリリ』
「ん?カントクから?」
そんな少し変わった漫画の楽しみ方をしていたアクアの元へ五反田から電話がかかってくる。
最近はマネージャー業が忙しすぎてメッセージのやり取りしかできていなかった。
「もしもしカントク、どうしたの」
『おっ久しぶりだな早熟!って声低くなってるな、驚かされたぞ』
アクアの返事を聞いて嬉しそうな態度を見せる五反田。
それだけ成長したということはアクアという才能ある役者がまた演技に復帰する事を意味していると考えた五反田は嬉しそうに声を出す。
「ああ、もうちょっとしたら15になる」
『あの小さかったクソガキがそんな歳か……時間が経つってのははえぇな』
「今年からかなやあかねは役者復帰だから良かったら声掛けてくれ。他にもB小町Rで気になった子とかいたら声を掛けてくれたらカントクなら多少融通利かせるけど」
何度か子役時代の二人をキャスティングしていた五反田にアクアはマネージャーらしく営業をかけておいた。
『そういやお前あの子達のマネージャーやるって言ってたな。中学生のくせにしっかりこなしてるってホント器用だな。……キャスティングについては少し考えさせてくれ。もし出来たらまた連絡する』
呆れたように言う五反田。自分が中学生の頃何してたかを思い出してその差に驚きが隠せない。
早熟早熟と呼んでいたが、まさか中学生に至ってもまだ早熟に見えるというのが驚きしかなかった。
「それで?雑談もいいけど本題はどうしたんだよ」
『おお、そうだったそうだった。アクアが面白い話して来たから忘れてたぞ』
キャスティング関連で良い情報を得られた五反田は話の本題を忘れて締めそうになっていた。
こほんと一つ咳を携帯越しにしてから話を続ける。
『実はよ、お前もう少しで15歳になるだろ?15歳になったらお前とお前の妹であるルビーの二人で俺の家に来い。渡したいものがあるんだよ』
「カントクが俺はともかくルビーに?たまに俺の付き添いで会ったくらいしか接点ないだろ」
アクアはあまり繋がりの見えない話に訝しむ。
ただ五反田にも言い分はあった。
『俺も訳わかんない事お願いされたと思ったぞ。10年くらい前、初めてB小町がドームライブをした数日前にアイのやつが変な封筒を俺に渡して来たんだよ」
「封筒?聞き覚えがないな」
アクアは監督の言葉に何か勘違いをしているのではないかと疑いをかける。
ただ監督には監督なりに言いたいことがあった。
『そりゃそうだろうな。俺とアイしか知らないはずだ。なんの気まぐれか知らないが、アクア達に渡したい物があるけど無くしそうだから預かれって言われて、ビデオレターが入った封筒を押し付けられたんだよ。今思い出しても唐突だったぜ』
「……なんでよりによってカントクなんだ?」
アクアは確かにアイが五反田に懐いている傾向があったのは知っていたが、そんなお願いをされるとは思ってもいなかった。
アクアの予想以上に五反田のことをアイが信用していたという事だろう。
『そこはアイに聞けよ。俺も正直忘れかけてたが、さっき物を整理してる時に出てきて思い出してな。それで早熟に連絡したってわけだ』
「危なかったな下手したら忘れたままお蔵入りになっていたかもしれないぞ」
『別に良いだろ。本当に伝えたい事なら自分の口から直接言えば良いだけだ』
五反田はそんな正論を吐く。
アクアもそれについては同意だ。まだドーム前ということはあまり人の気持ちも自分の気持ちも分からなかった頃のアイだ。
一体どんな内容のDVDなのか少しアクアも興味がある。
「誕生日に行くのは難しいから少し前に回収しに行っても良い?」
『別に良いぞ、一応俺の予定はメッセージで連絡送るから確認しといてくれ』
そこからは簡単に今後のアクア復帰予定などを聞いた五反田は満足そうに電話を切った。
電話が終わりアクアはふと愛瑠が生まれた日のことを思い出す。
やたらとアクアとルビーが15歳になることを気にしていたアイ。
あれはもしかしてこれのことだったんじゃないだろうか。
言ってはアレだが、あのアイが10年以上も覚えていた内容。正直言ってアクアはかなり興味が出てきていた。
このDVDが、今後アクアの行動に大きく影響を及ぼすことになるなんてこの時のアクアは思いもしなかった。
その時は刻々と近付いている。