「なんで着いてきたんだよ」
「だって私たちの父親なんだよね?私まだ会った事ないから会ってみたい」
7月のある日、アクアはヒカルと会うため、とある場所へ向かっていた。
元々アクア一人で訪れる予定だったのだが、ルビーが無理やり着いてきてしまった。
「というか他のメンバー皆ライブに向けて練習中だろ。いいのか?」
「今日だけはどうしてもお兄ちゃんとお出掛けしたいのって皆にも謝ってきたし……先輩からはもっと早く言えって怒られちゃったけど」
「当たり前だろ、よくその理由で許してくれたな」
今年のJIFには、メインステージでの参加が決まっている。
前回の集客の多さと鏑木の伝手により、2年目に入ったばかりのアイドルとしては異例の抜擢だ。
B小町Rの知名度向上もあるとはいえ、鏑木には感謝しないとなと思うアクアだった。
「……はぁ、本当はこういう秘密の話をする時、約束していない人が着いてくるのは非常識なんだからな?」
「大丈夫!きっとカミキさんは私みたいな可愛い娘と会えてむしろ喜んでくれるって!」
疲れたように返すアクアに対してウインクをしながら決めポーズを取るルビー。
親譲りのその圧倒的な容姿によって実に様になっていた。
「どっから来んだよその自信。もしダメって言われたら帰れよ?」
「えぇ、おにいちゃんは一人で愛しの妹を帰しちゃうの?」
ルビーはその持ち前の演技力を使い、目をうるうるとさせながら上目遣いをアクアへ向ける。
「……一応ヒカルさんにはもうメッセージ送って許可取ったからいいけど次からはな?」
「わーい!ありがとっおにいちゃん」
こんなやり取りをしてはいたものの、とっくに許可を取っていたアクアに『おにいちゃん私のこと好きすぎ!』となって抱きつくルビー。
変装してマスクをしているとはいえ、目元からして美形の男女が電車内でイチャつく地獄絵図だった。
アクアはイマジナリー有馬かなから『ほんっと妹に甘すぎでしょこのシスコン』と突っ込まれたような気がした。
「いらっしゃいませ、本日はどのようなご用でしょうか」
「2名で面会予定をしておりました雨宮吾郎です。少々風邪気味でマスク姿で失礼します。神木輝社長へ14時から面会予定です」
「伺っております、少々お待ちください」
変装したまま偽名を使い、受付に用件を伝えるアクア。
受付がヒカルへと連絡を取り次いでいる中、ルビーが小さい声で話しかける。
「ねぇお兄ちゃん。なんかここ大きくない?」
「まぁ苺プロよりオフィスは立派だよな。どっちかと言えばうちがアイやC式部、B小町Rを抱えてる割に小さいが正解なんだが」
とっくに事務所を新しくできるだけの金銭は整っているが、少し離れたところに自前のスタジオを購入したり、トレーナーを雇うなどの方で資金を使用している。
ただそろそろオフィスを新しくしようという計画が動いており、アクアも相談されていた。
アクアは冷静になると側からみれば中学生でしかないアクアに何故相談するんだ?と不思議に思っていたりする。
「お待たせしました雨宮さん」
「いえ、ヒカルさんお久しぶりです」
久しぶりに見たヒカルは以前より深みを増したような、だがいつまでも若々しい整った容姿をしている。
アクアは軽くその場で礼をする。それを見て慌てたようにルビーもお辞儀をした。
「本当に、そちらが妹さんですよね?」
「はい!星……こほん!雨宮さりなです!」
(はわぁ〜……偽名とはいえなんていい響きなんだろ……今後も困ったら名乗ろ〜っと!)
アクアが偽名を名乗っていたのを聞いてルビーも慌てて偽名を名乗る。
咄嗟に思いついた偽名の良さに恍惚とした表情を浮かべるルビーだった。
「うん、そこに掛けてくれ。改めて久しぶりだねアクア。本当に大きくなった」
「お久しぶりですヒカルさん。急に妹まで連れてきてすみません」
ミーティングルームへと案内されたアクアたちは腰掛けてヒカルと対面する。
部屋は鍵がかかるようになっており、他者が介在する余地はない。
「そして、君が星野ルビーだね。B小町Rの活動は僕も追わせてもらっている。一昨日の配信で不知火フリルと一緒にボケループをして有馬かなに突っ込まれていたのは思わず笑わせてもらったよ」
「えっ!?あっありがとうございます。……ねぇおにいちゃん、なんか印象と違くない?」
「こう見えてヲタ芸赤ちゃんをお気に入り動画にしている人だからな」
アクアは初めてヒカルと会った時のことを思い出す。
今思うとアクアの出演した番組にやたらと詳しかったのは自分の息子の晴れ姿をずっと追いかけていたからなのだと分かる。
「時間もそこまでないから、早速だけど本題に入ろうか。……二人揃って僕の元へ来たということはそう言うことでいいんだよね?」
雑談もそこそこにヒカルはいきなりアクアたちの目的を確認する。
わざわざ二人がヒカルの元へ訪れる理由がそれくらいしかないと彼は認識していた。
「ええ……ヒカルさん、俺たちの血縁上の父親は……あなたですよね?」
アクアはまっすぐヒカルの目を見て誤魔化しなく確認した。
アイから既に確認をとっているとはいえ、妙に緊張した空気が部屋に漂う。
「そうだね、君たちは僕とアイの子供ということになる。もし不安なら僕の髪の毛でも持っていってDNA検査をしたら分かるんじゃないかな」
あっさりと認めて確認したいならとヒカルは提案をするが、アクアは首を横に振った。
「いや、アイからも確認が取れてるからそこはいいですよ」
「へぇ……アイが答えを言ったのか。正直意外だったよ」
アクアがほとんど確信していたからこそ、息子に余計な手間を掛けさせないために教えただけなのだが、それでもヒカルからすれば自分と同じくらいの嘘つきな彼女が真相を伝えたことは驚きだった。
ただ、昔は子供達に会わないかと連絡をしてきたことがあった事も考えればそんなに父親を教えることに抵抗はなかったのかもしれないとヒカルの中で結論が出る。
「じゃあ一体何のために今日はここに来たのかな?僕はてっきり最後の確認のためだと思っていたんだけどね」
「16年前。何があったかヒカルさんの視点で聞きたいと思って」
「……」
ほんの一瞬ヒカルの表情が苦悶に歪む。
ただそれはやはり認識できるほどの時間も変わらない。
すぐに元のにこやかな表情へと戻る。
「何のために?僕としては振られた男に追い打ちをしないで欲しいんだけど」
「……アイとヒカルさんのために」
アクアの返事に今度こそヒカルの演技が剥がれ、不思議なものを見るような視線でアクアを見る。
珍しいものをみたなとアクアは驚きながらも言葉を続けた。
「もしヒカルさんが許可をくれるなら、俺はアイと貴方の関係性についてをテーマにした身内向け映像作品『15年の嘘』を作りたいと思っています。アイと貴方の意見、そして周囲の情報を組み合わせたドキュメンタリーを」
「なるほど……僕とアイをモデルにね。……脚本は?」
「俺が書きます」
その言葉にヒカルはニコリとしながら確認する。
「……つまり今日の面会はその映像を作る許可と僕視点の話を聞きたいのかな?」
「もしヒカルさんがよければ」
アクアはヒカルの言葉を肯定する。
ここで断られれば、アクアはこの先の話を進めることはできない。
そして受けてもらえるかはアクアの中で五分五分だった。
少し悩む様子を見せたヒカルだが、数秒の後に決断をする。
「いいよ……ただし条件がある」
「なんですか?」
「僕にもう少し砕けた話し方をしてくれないかな。何もしてこなかったけど一応父親だろう?少し寂しいと思ってね」
戯けた様子のヒカル、間近で見てもその本心は窺い知れない。
ただアクアとしては断る理由がなかったため、頷いた。
「じゃあ、少しだけ崩させてもらおうかな」
「うんうん、その方が親しみを感じるからね。大輝も中々心を開いてくれなかったから大変だったよ」
「姫川さんが……」
アクアに直近で一番の敗北感を与えた男の名前が出て、アクアは少し反応する。
寡黙でそんなに丁寧な印象もなかったが、身内には違うのかもしれない。
とりあえず許可が取れてホッとしたアクアにヒカルは「ただ……」と言葉を続けた。
「撮影のスタッフとかはどうするのかな?はっきり言って素人がそのままやれば、人手も技術も足りなくて見るに堪えないものができると思うよ?」
「……そこは今後の課題だと思ってる」
この撮影は根本的に課題が多いのをヒカルから指摘される。
アクアだってこのままでは難しいことくらいは分かっていたが、何とかしたい一心で企画を動かした。
ただそれでは厳しいとヒカルは指摘しているのだ。
「僕らは映像作品についてもよく知っている。だからたとえ台本が完璧だったとしても、出来の悪い映像になってしまえば見せられても感情移入はできないかな」
「ぐうの音も出ないな」
アクアはヒカルの指摘に分かりやすく肩を落とす。
そんなアクアをルビーは珍しそうに見つめていた。
「おにいちゃんがここまでコテンパンにされるの珍しい」
「多分だけど、普段のアクアはしっかり考えてから行動してるのに対して、今回は殆ど衝動的に動いてるからじゃないかな?普段から見ているわけではないけど予想はつくよ」
考えなしの衝動で動いたことは以前もある。
例えばかなの移籍話。
アレはアクアの中でも吾郎譲りの熱い部分が暴走した結果、たまたま良い結果が得られたものだ。
それにあの時は事前に根回しも行っていた。
今回は問題点が消化しきれていないため、先走りが目立つ形になっている。
「僕が思うにこの問題はそう簡単には解決しそうもない。秘密を知っている人間が増えでもしないと難しいんじゃないかな」
「本当に信頼できる人間を揃えるか……もしくは」
アクアはその先は口にしなかったものの、手段は二つだろう。
悩むアクアを見てヒカルは口を開く。
「僕は制作の許可はする。だけど折角だし僕らの心を動かせるようなものを見せて欲しい。それが僕からの願いだよ」
「肝に銘じます」
何とか許可は取れたが、今後のハードルの高さを理解してアクアは新たな悩みが増えるのだった。
残念ながら細かい話を聞くより前にヒカルが時間切れとなってしまった。
アクアはヒカルからは別れ際にこう伝えられている。
「今日はお開きかな。君たちと会話できて嬉しかったよ。今後もアクアは僕ら以外からの情報も調べるみたいだから、全部調べ終わった頃にまたおいで。僕目線の話はその時に話そう」
どうやらいきなり答えを教えてはくれないらしい。
アクアは撮影方法と調査手段を考えないといけないと思いながら事務所を後にする。
「まだ時間早いし事務所行って練習参加しなきゃ!」
行きと同じように電車で揺られながら帰っている時にルビーは楽しそうにそんなことを言う。
初めて会った父親が思いの外良さそうな人でテンション高いようだ。
そんなルビーにアクアは先ほど会談中に来ていた仕事の依頼についての話をする。
「そういやルビーに今度地上波のオファー来てるみたいだぞ」
「え!?ホントに!?どんな番組なの!」
「アイドルについて語るバラエティだな。うちからはルビーとフリルが参加することになってるな」
最初確認した時はアクアも思わず目を開いたくらいには規模の大きい仕事だ。
B小町Rだけでなく、他のアイドルグループにも声が掛かっているようで、アイドル好きアイドルを集める企画らしい。
「やたー!まさか初めての仕事が地上波なんてね〜先輩に自慢しちゃおーっと」
まだ役者の仕事復活後はインターネットドラマの出演しかしていないかなを揶揄ってやろうとルビーはイタズラっぽい笑みを浮かべている。
そんなルビーへアクアは呆れるように言った。
「そんなことしたら子役時代の出演話でボコボコにされるぞ」
「それならやっぱなし!大人しくお兄ちゃんや先輩やあかねちゃんにノウハウ聞かなきゃ」
今年からB小町Rに解禁された他の仕事の中にはテレビの仕事も含まれている。
普通のアイドルにしては早めのテレビ出演だが、B小町の後継者であり、C式部の後輩ならばむしろ遅いくらいだろう。
去年一年は活動に制約をつけていたが、今年はないため、このような仕事が増えていくだろう。
「みなみちゃんも今度ドラマ出るんだよね?」
「ああ、ちょい役ではあるけど初めての演技で本人も嬉しいけど不安らしいぞ」
アイドルだけではない仕事も次々とみんなにやってきており、規模の差はあれどマルチな活躍が期待できそうになっていた。
「あ、戻ってきたわね」
「たっだいま〜おにいちゃんとデートしてきたんだよ良いでしょ〜」
「バカ言ってないでとっととウェアに着替えなさい」
「え〜」
しっしと手で追い払うような仕草を見せるかな。
それに対して不満を漏らしつつもルビーは着替えを持って場所を移動する。
「アクアくんもおかえり。どこ行ってたの?」
「ヒカルさんのとこ。あの人ヲタ芸赤ちゃんのファンだろ?だからルビーと会ってみたかったんだってさ」
「ふふっそういえば初めて会った時にも動画見せてくれたもんね」
あかねも懐かしそうな表情をする。
彼女にとってはデビュー作であり、本当に思い出深い作品だ。
女優として再スタートを切った彼女だが、アレがあっての今があると思っている。
「あのおかげで私、緊張したらあの動画見るようになったんだぁ」
「たまに演技の前にスマホで何か見てるなと思ったらそんなことしてたのかよ」
人のスマホを覗き見する趣味はなかったアクアは長いこと一緒に仕事をしていたというのに今初めてその事実を知った。
軽く会話をしたところで、アクアはフリルの元へと向かう。
「そうだフリル。お前この日空けられるか?」
「えぇ大丈夫だけど。どうかした?」
「実はだな」
その言葉に先程ルビーに伝えたものと同じ情報を伝えれば、フリルは表情は変えずに小さくガッツポーズをした。
「何やってんだ?」
「MEMberとしての私が高く評価された結果だから嬉しい」
実際彼女の場合、巷では『清楚風不思議系美人MEMber』なんて呼ばれており、小学生の頃に撮られたというC式部ドームライブの完全武装姿がネットで掘り起こされて人気を強めている。
ここにヲタ芸赤ちゃんであるルビーを組み合わせたのは良いコンビだとアクアも思っていた。
「当日は完全武装するのか?」
「コンプライアンスの指定がないならそうしたいね。マリンも私達のヲタ装備していいよ?」
「いや、マネージャーがそんな格好できるかよ。もしそんなことしたら演技で復帰する前にバラエティで晒されるだろ」
更に言えば芋蔓式にJIFに現れたイケメンドルオタとか言われてネタにされているアクアの映像もバレそうだと思っている。
これ以上弄られるのはごめんだと思っているアクアだった。
「アクアさん、この練習の後時間取れへん?」
フリルとの会話が止まったところで、様子を見ていたらしいみなみがアクアへと話しかける。
「18時までなら」
「ちょっとだけでええから演技教えてくれんかなぁ思うてて。ほら、今度うちドラマ出るやろ?」
こちらも先程電車で話題に出たみなみのドラマの話だった。
元々みなみはアクアに役者として憧れを持っており、教わるならアクアに聞きたいと思っていたため、ダメ元で確認したのだ。
「普段やってる合同練習みたいなので良いんだよな?」
「せやね。うちも皆に負けてられへんから」
そんな前向きな言葉にアクアも影響を受ける。
アクアが今やりたいことは、アクアが思っていた以上に大変なのを改めて指摘された。
課題も多く、先も見えないがそれでも頑張ろうと思い直させる。それだけの活力を感じられた。
「よーし準備完了!みんなやろやろ!」
「アンタねぇ、こっちはさっきまでやって疲れてんだけど?」
「ごめんね先輩!さぁやるよ!」
「人の話を聞きなさいこのアンポンタン」
着替え終わったルビーとそれを迎えたかなが騒ぐ。
そこに他の3人も集まっていつも通りの練習が始まった。
(コイツらに相談できたら色々楽になるんだけどな)
B小町Rの練習を見ながらアクアはそんなことを考えている。
ヒカルから指摘された機材や撮影者の件もあるが、そもそもアイ役のルビーとヒカル役のアクア以外ほとんど役者がいない。
自分で言ったことがそのままだといかに夢物語かを改めて痛感する。
結局、この日はヒカルに許可をとるくらいしか進展らしい進展はなく、『15年の嘘』の企画が進むのはまだ先になりそうだとアクアは先へと思いを馳せた。