オファー
『15年の嘘』を必要なクオリティで完成させるためには、一度自分たちが芸能界での地位を獲得する必要があると考えたアクア。
B小町Rとアクアが頑張り続けることこそが最短の近道だと考え、情報収集をしながら今日も仕事をこなしていく。
「みんなー!盛り上がってる〜!!」
「「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」」」
この日はB小町Rにとって2度目のJIF。
メインステージという1万近いキャパがある箱から溢れかえるほどのファンが同時にあげる声は、地鳴りを思わせる。
5色6本サイリウムを上に掲げ、鉢巻、法被、推しTのフルセットを装備しながら、アクアはこの日の職務を全うしていた。
「次の曲は新曲!『深海52Hz』!いくよー!」
そんなルビーの声に合わせるように、アクアは指を器用に動かしてサイリウムの並びを変更する。
このグッズ自体が実のところアクアのように箱推しが全て持つためにカスタムされた代物であり、彼の要望によって作られた物だったりする。
腕を大きくあげて皆に見えるようにしてからイントロに合わせて手首や指で動きを表現していく様は指揮者のようだ。
(これは客観的にB小町Rを見て、その課題や周囲の観客の意見を取り入れるために必要なことなんだ)
自分に言い聞かせるようにアクアはそんなことを考えながら夢中になって狭いところ専用のサイリウムパフォーマンスをする。
(あっおにいちゃんだ。何か前よりパフォーマンス進化してない?私も今度教えてもらお〜っと)
(アイツほんと何やってんのよ……というかアンタが目立ってどうすんのバカじゃないの)
(アクアくん今日は笑顔だなぁ。キリッとしてるのもカッコいいけど笑顔はアイさんっぽくて可愛いかも)
(マリン、もうちょっと紫を目立つように扱ってもいいのに。悔しいから後で雑絡みしよう)
(アクアさん指大丈夫なんやろか。というか周りからめっちゃ注目されとるのは隠しきれんオーラなんかなぁ)
そんな目立っているアクアはステージ上のB小町Rのメンバーにも良く分かる。
メインステージでキャパ以上に人気があるだけあって、前回のようにそこだけ空洞ができているわけではないのだが、その飛び抜けたサイリウム芸が周囲の視線を集めてしまう。
数あるサイリウムの中でも一際喧しいその動きにB小町Rメンバーは各々雑念だらけの感想を向けるのだった。
「はぁ……はぁ……どうでした!?」
「「「最高!!!!」」」
アクアも思わず声を出す。後で彼女たちに指摘でもされよう物なら顔を僅かに赤らめて引っ込むこと必至だろう。
だがアクアは言い訳など止めて今はファンとして過ごす。
その後に今のB小町Rを改めて評価すればいいだけだ。
この後、吹っ切れたアクアはライブ会場を撮影していたカメラに抜かれ、面白いドルオタとしてネットで晒されるものの、暫くはなんとかアクアとバレずに済んだとか。
30分という限られた時間。
アイドルとファンがどれだけ望んでも時間というのは平等に経過する。
今できる限りのステージを披露したB小町Rは、最後の曲を終えた後、挨拶をしてから次のアイドルにステージを譲るべく、退場用のパフォーマンスを見せて撤収する。
ルビー達のライブが終わってもまだフェスは続く。
だが先程の世界が弾けそうな空気よりは少し落ち着きを取り戻した。
少しの休息時間。皆が皆、一番星を越えようと日々努力を重ねているアイドル達へ思い思いの感想を向ける。
「いやーB小町Rは本物だな」
「まだJCとかJKでしょ?伸び代しかないよね」
「え?みなみちゃんアレでJCはやばくない?」
「ホント凄いわ、特にあかねちゃんの憑依パフォーマンスが目を奪われる。最近大手グループのまなちゃんも覚醒してるしアイドル界隈明る過ぎる」
「かなちゃんの太陽の笑みからのクイックターン最高だったあの笑顔もっと見せてほしい」
「フリルちゃんのウインクで心臓弾け飛んだわ、クール風からのあのシチュたまらん」
「やっぱルビーちゃんでしょ!あのオーラはリーダーに相応しいよ」
周りの声も肯定的であり、B小町Rは飛躍の時を迎えている。
彼女達にはカリスマがある。アクアはそう信じているし、実際パフォーマンスで見せてくれていた。
色々なライブを経験し、それを糧に自身の魅せ方を向上させていく姿は、アクアから見ても眩しい。
もしアクアが点数をつけるなら去年を10点中6点とするなら8点をあげられる程であり、去年少し厳しめに採点しておかなければもう満点をつけることになっていただろう。
やはり彼女達には申し訳ないが、厳しく評価して良かったと一安心していた。
6本のサイリウムを仕舞ってその場を後にしようとする。
「おう兄ちゃん今さっきの狭い中での細やかで気遣いに溢れたサイリウム捌き、良かったぜ」
「どうも」
隣にいたバンダナの男に声を掛けられてアクアは思わず動揺する。
吾郎時代に行ったライブでは、他ファンと意見交換などもしていたなと懐かしい気持ちに襲われた。
アクアが冷静に観察すると、バンダナを頭に巻いた男は服装などの恰好からB小町Rのファンであると分かる。
格好もうちわ、法被とアクアに負けず劣らずなオタク装備をしていた。
その隣には、少々歯が特徴的な男と眼鏡の男も同じくB小町Rのグッズを身に着けているのが見え、同じグループなのだろうとアクアは考える。
「ツレの姿が見えないけど一人で来てるのか?」
どうやらアクアが一人らしい事が意外だったのかバンダナの男が尋ねてきた。
アクアも特に隠すことではないため、返事をする。
「はい、単純に俺がこのグループのどうしようもないファンで。一人で来てます」
そんなアクアの言葉に分かる分かると頷く3人組。
恰好の割に話が通じるファンなのかもしれないとアクアは自分の事を棚に上げて考えていた。
「サイリウムの持ち方見てた限り箱推しみたいだけど最推しはルビーちゃんか?」
普段なら答えにくい質問だが、絶対に身内が近くにいないからこそ素直に答える。
「そうですね。あの全てが輝いて見えているような瞳と、どんな困難そうに見える夢にも向かって走り続ける姿がいいんですよ。俺の人生を懸けてもいい」
ルビーが一番というのは、恐らくアクアがどれだけ大きくなったとしても、雨宮吾郎から転生した時点で変わることはないだろう。
だが、八方美人な言葉になってしまうが、B小町R全員のことがアイに匹敵する程に大切で、自分が何かを成せば皆が幸せになるというならば、何だってできるだろうとアクアは本気で思っていた。
こういうところが女好き、女誑しと言われてしまう所以なのだろう。
「いいよなぁ、ルビーちゃんの笑顔!こっちまでもっと明日に希望があるっていうか色々できることがあるって思わされるっていうか」
そこからも三人はそれぞれ思い思いにアクアとB小町Rについての言葉を掛けてくる。
アクアも自分の推しグループについて熱心に話されて悪い気はしない。
むしろオタク魂が騒いで少し思考が吾郎寄りになっていき、次のアイドルのライブの邪魔にならないよう少し離れた場所へと移動してから四人で語り続ける。
オタクが集まれば話が終わらないというべきか、トークが進むにつれていつしか口調は砕けていき
「かなちゃんの私を見てほしいって視線の惹かれ方凄いっすよね」
「ああ、アイツはああしている時が一番輝いてる。眩い笑顔を見せつけてもこのグループなら周りの皆もいいから過剰にならずバランスのいい主張になって映えている」
「僕らもあれだけいじらしい笑顔とか見せられたら白サイリウム思わず振っちゃいますよ」
かなの可愛らしさのアピールについて話し、
「あかねちゃんは曲調に合わせて雰囲気から変えてくるのが凄いよな」
「アレはあかねにしかできない。まるで別人がいるかのように感じられるのに、しっかり次の瞬間にはあかねに戻る。その切り替えの素早さもパフォーマンスに活かされている」
「兄ちゃんほんとよく見てんな」
あかねの周囲の空気を一変させる演出の使い方に感心し、
「いやいや!フリルちゃんはあの清楚な振る舞いから時々出る天然な感じがいいんでしょ」
「分かってないな、フリルの真の魅力はその外見を活かした清楚さより、内面の天然と計算の入り混じったコメディエンヌなところから時折見せる素の可愛らしさが良いんだ」
「若いのに通っすね~」
フリルの良さについて意見をぶつけ合い、
「みなみちゃんは何と言ってもあのスタイルからの可愛らしい態度よ」
「みなみは自分がどう見られているかを自然に把握しているのを武器にできているからな。ポーズの取り方が蠱惑的でそれがアイドルとして異質だから余計に刺さる」
「確かに!これはついお山を見ちゃう僕も悪くないよ」
みなみのスタイルを活かした強みについて話す。
各メンバーについて、四人が思い思いの意見をぶつけ合う内に、いつしか年齢差を超えた友情が芽生えていた。
恐らくこのトークを五人が聞いていたら顔を真っ赤にしてその場にのたうち回っていただろう。
彼女達が聞いていないと自信があるからこそできるベタ褒め具合だった。
「いやー吾郎は話ができるな、どうよこの後飯でも。若そうだし奢るぞ?」
すっかり使い慣れた偽名を名乗ったアクアは、話が盛り上がった結果、店長と呼んでくれと言ったバンダナの男に会話の延長戦を提案される。
「あー店長、誘ってもらえるのは嬉しいが……この後は人と会う約束があって」
ただ、アクアは今日この後の用事が決まっており、どうしても外せないため断るしかできなかった。
本心ではまだまだ語り足りないと言った様子で、演技ではない残念さが声から滲み出ている。
学校ではここまで重度のドルオタがいないため、遊ぶ友人はいてもアイドルについて語る相手がいなかった事もテンションが高くなっていた。
その分取り繕えきれなかったと言ったところだろう。
「……彼女か!?若いし顔も整ってるんだからそりゃそうだよな」
断言するように店長がアクアへと言葉を放つ。
勘違いだが、便乗したほうが都合がいいとアクアは店長の勘違いに乗ることにした。
「あーそんな感じだ、折角誘ってもらったのに悪い」
「いやいや、若いうちにアイドル活動容認してくれる彼女なんていいじゃないか!なら仕方がない……けどまた時間ある時に語らないか、もし吾郎が良かったらだが」
アクアはその提案に頷く。
そしてアクアはこういう時のために作成した雨宮吾郎アカウントを立ち上げ、連絡先を交換し合う。
学校の友人とは違うファンとしての友人を得たアクアはホクホク顔でこの場を去った。
ライブの喧騒から少し離れた場所で、アクアは一人の男と会っていた。
「君が時間ぴったりなんて珍しいね、僕との約束忘れたのかと思ったよ」
「すみません鏑木さん」
アクアは会場の一室で待っていた鏑木の元へ、なんとか時間通りにたどり着いた。
少し急いだため、肌には汗が滲んでいる。
まだフェス自体は続いており、少し離れたところにありながらもライブの熱が僅かに伝わってきていた。
「いや、時間通りだし気にしないでいいよ?君のところのアイドルグループ凄いね。あの時投資して正解だったよ。彼女達とコネを作りながら君に貸しを用意できるなんて僕の勘も捨てた物じゃない」
「その節は本当にありがとうございました。俺が復帰した後、鏑木さんがプロデュースしている作品に出演が条件でしたよね?」
アクアはB小町Rが初めてJIFに参加した時、まだ立ち上がってもいなかった彼女達を売り込むのに自分が将来出る権利を使った。
「ホント大盤振る舞いだよね、君、自分のこと軽く見ていないかい?ほぼ完全に休止中だというのに君は世間から忘れられていない。むしろ復帰を熱望されている。君にはそれくらいの影響力があるんだよ」
「定期的にアイがTwitterで俺のことを呟いているのが大きいかと」
「あはは、彼女は自由だからね。まぁ僕としては貰いすぎだと思ったから今回の件も融通したんだけど」
それだけだと鏑木としては不平等だと思ったのか、何か今後聞きたいことや手伝ってほしいことがあれば受けると言われていた。
今回メインステージへの権利を融通してもらったのは勿論実力もあるが、コネの要素もあった。
「さて、本題に入ろうかな。今回は僕から君への用件だからね。貸し借りなしの話にしたいとは思っているところだけどどうなる事かな」
「確認ですが、これは役者としての俺マネージャーとしての俺、どちらへの話ですか?」
「今回はマネージャーとしてだね。流石に僕から君を差し置いて直接彼女に仕事を持ち込む訳にもいかないだろう?」
そういいながら鏑木は自分の鞄から一冊の企画書を取り出してアクアへと手渡す。
「あっまだ持ち帰りはダメだよ?ここで見る分には問題ないけどね」
どうやらまだ他所に流していい物ではないらしい。
アクアは受け取った企画書をしっかりと読みながら考えを整理して言葉を返す。
「……『今日は甘口で』ドラマ化ですか」
「へぇ知ってるんだ。少女漫画原作だけど」
「これ演出齧ってる人間なら皆必修科目ですからね。知らなかったらモグリだと思われますよ」
そう言いながらぱらりと項目を読み進めていくと引っ掛かる点があったアクアは鏑木に尋ねる。
「役者と予算は……これ失礼ですけど、本当に採算取れますか?」
ヒロインの欄は空欄となっており、それ以外の役者は鏑木が既に目星をつけているのか名前が記載されている。
鏑木のプロデューサーとしてのセンスは本物だとアクアは思っている。
少々顔のいい相手への贔屓がある癖があるものの、そういった顔がいいだけの役者を何人も開花させてきた実績が彼には合った。
ただアクアから見てもこの条件で人気が出るとは思えず、少し踏み込んだ話をする。
「いや?予算の回収は厳しいだろうねぇ。正直な話ね、僕としては原作もとっくに完結していて、伸びも期待できないから宣材代わりにしようかなって思ってるんだけど……一個だけドラマ化にあたって原作者が条件を出してきてるんだよね」
「どんな条件を?」
こういった原作ありきのドラマ化というのは、原作者が許可を出さない場合、そもそも話を進められない。
だからこそ原作者の出した条件というものは大切になってくる。
酷い時には全てをちゃぶ台返しにされる事もあり、事前にしっかりと打ち合わせや意見のすり合わせが大切となる。
今回の場合、わざわざアクアに対して話すということは、B小町Rの誰かを指名した可能性が高いと思いながらアクアは続きを促す。
そんなアクアの問いに対して、コーヒーで喉を潤してから鏑木は答えた。
「なんでもこの漫画が月刊で連載している時に数年間ほぼ毎月ファンレターを送ってくれた原作愛のある役者がいるそうじゃないか。原作者はそれが非常に記憶に残っていたらしくてね、その子がもし良ければヒロインをして欲しいそうだよ?」
アクアの頭の中には口の悪い今年高校生になったばかりの少女が頭に浮かぶ。
まさかそんなところから営業に繋がるとは思ってもいなかったアクアは困惑しながらも口を開いた。
「彼女は確かに暫く休業していましたが、今年の頭から演技の仕事を再開していますよ?実力は確かですし容姿もいい。コスト的に足が出るのでは?」
予算がギリギリらしいことは先程確認済みであり、役者として既に選定済みのメンバーは演技未経験の顔がいいモデル。
正直クオリティーは期待できないため、かなが参加するべき作品ではないとアクアは思っている。
「それでもまだコストは上がり切っていないだろう?」
アクアは痛いところを突かれたと思いながらも言葉を返した。
「……そうですね、まだ主演はアイドル活動の関係もあって受けられていませんから」
アクアのそんな言葉に鏑木は畳み掛けるように言葉を続ける。
「むしろ今ならこちらとしてはコストパフォーマンスは最高。安い費用でネームバリューも使えるし、それに最悪足が出るとしても彼女のコストはなんと原作者が負担してくれるらしいよ?こんな気に入られるなんてどんなファンレターを送っていたのか気になるところだね」
原作者が負担するとまで言った経緯がアクアとしても気になるものの、そこまで言われてしまえばこの場で断ることなどできはしない。
この辺りの交渉は流石百戦錬磨のプロデューサーといったところだ。
アクアではまだ勝てないのも仕方がないかもしれない。
「……本人に確認します」
アクアは少し苦い顔をしながらそう答えた。
このドラマには色々な問題があると企画書の段階で感じられている。
アクアの気持ちだけならば、あまり受けてほしいとは思っていなかった。
「ありがとう。早めに頼むよ、もし断られたら断られたで仕方がないとは言ってくれているからね」
きっと話したら受けるだろうなと思いながら、アクアはこの企画をどうするか持ち帰ることにした。
後日アクアがかなに仕事の話を伝えると本人はとても嬉しそうに受けると返事をした。
やっぱりかとアクアは頭を抱えながら確認する。
「吉祥寺先生が私にやって欲しいって言ったんでしょ!?やるに決まってんじゃない」
「いいのか?絶対現場やばいぞ」
「いいのよ、辛かった時期を乗り越えるのにあの漫画は私の力になってくれたわ。今度は私が先生を助ける番。酷い現場って言うなら私が何とかしてやろうじゃない!」
あかねの家に住み始めた頃、まだ母親の事について区切りができていなかった頃に助けられたと言う事だった。
初めてアクアが読んでいた時に笑っていたのは、アクアという人物が少女漫画を読んでいる事に関するギャップへのものなので仕方がないだろう。
それなら思い入れを持つのも仕方がないとアクアは諦めつつ、自分にできることがあるか頭の中で考える。
そして演技未経験のメンバーの中に演技の才能がある人材がいることを祈るのだった。