【推しの子】ヤケクソハッピーハーレムルート   作:ただの暇神

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映画鑑賞

「マリン、今から映画行かない?」

「……は?」

 

夏休みのある日、フリルから掛けられた言葉にアクアはぽかんとするもすぐに気を取り直す。

今日事務所にいるメンバーはアクアとフリルの二人だけ。

他のメンバーがどこにいるかといえばルビーとみなみはMEMちょのコラボ動画に参加する予定が入っており、ミヤコが愛瑠を連れて対応していた。

かなとあかねはカントクの撮影に参加しており、本日は不在となっている。

改めて言うとB小町Rは既に十分以上の人気があるユニットだ。

普通のアイドルであれば、フリルの提案はバレさえしなければ問題ないものの、バレた時のリスクは非常に高く、拒否するのが正解となる。

 

「どんな映画を見る予定なんだ?」

 

だがアクアは少し悩みはしたものの前向きに取れる質問をフリルへと返した。

普段のアクアを知っている人間の多くは違和感を持つ選択だが、アクアはこれが問題になる可能性は相当低いと考えていた。

その理由はB小町Rというユニットのアイドルとして異質さにある。

アクアの返事にフリルは珍しく分かりやすい驚きを顔に表した。

 

「あっようやくマリンも観念したんだ」

「お前らが気にしなさすぎなんだよ……なんでこれで炎上しないんだ?」

「最初の立ち回りじゃないかな」

 

アクアは未だに納得できていないが、男がいることを嫌うはずの男性ファンの殆ど全員が、アクアという存在がB小町Rの近くにいることを許容している。

元々いつかは絡むからという理由で、彼女たちは早期にアクアと声だけの簡易的なコラボをしたが、あのクイズ以降タガが外れたのかルビーだけでなく、各々アクアの事を隠さずに日常会話に交ぜるようになっていった。

 

『それでアクアが私らの練習見てこうしたほうがいいって指摘してきたわけ。生意気よね〜ただドルオタだけあって的確な指摘も多くて悔しかったわ』

『こないだアクアくんと昔の共演作を見ながらここがいい、ここがダメって駄目出ししあったんだよね。やっぱり分析の着眼点が違う人と相談できるのはいいよね』

『マリンと昼休憩にあのドラマについて話してたんだけど、やっぱり着眼点がいいよね。本当に参考になる。特に8話のラストでヒロインが身投げするシーンの解釈が』

『うち今日買い出しやったんやけどな?ちょっと買うもの多くてどうしよって思ってたらアクアさんがたまたまおって運ぶの手伝ってくれたんよ。ほんま助かったわ』

 

嘘は良くないというリーダーの考えを反映したのかもしれないが、一例としてはこのような形だ。

果たしてこれが計算なのか天然なのかは彼女達にしか分からないが、それによってB小町Rファンの脳がじわじわと慣らされていくのが、コメント欄からも伝わってくる。

最近はもう慣らされ切ったのか楽しそうに受け入れられてしまっているのがよく見て取れた。

アクア限定ではあるものの、突然の交際報告くらい叩き込まれない限り、彼らは動揺しないだろう。

 

「ちなみに見たいのはこれ、今女子中高生に泣けるって人気の作品」

「ああ『溺愛』か。ゆらが主演で話題の奴」

 

フリルはスマホで映画のホームページを表示してからアクアへと見せる。

そこには涙を流すゆらの綺麗な横顔が映されていた。

最近はミヤコへの引継ぎ作業とマネージャー業、自分の演技のリハビリに『15年の嘘』に向けての情報収集だったりと作業が多かったアクアはあまり映画をチェックする時間が取れていなかった。

元から見ようと思っていたのに、タイミングが悪く確認できていなかったアクアとしても、今回の提案は悪くないかもしれないと考えていた。

ここでアクアへ最後の一押しをするため、フリルは追加の言葉を口にする。

 

「私一人で見てもいいけど、演技の解釈とかはやっぱり個人差が出るから。人の意見を聞くならマリンの話を聞くのが一番納得できるし。初めての演技は納得がいくものにしたいから……ダメ?」

「……分かった」

 

小首を傾げながらお願いするフリルにアクアは了承の返事をし、二人は映画館へと向かう事になった。

 

「うーんこの格好バレないかな?」

「心配ならフリルはもう少し変装道具を増やしたらどうだ?」

「遠慮しとく。これ以上ごちゃごちゃさせると逆に不審じゃない?」

 

アクアはせいぜい伊達メガネと髪を結ったくらいしかしていないフリルに対してそんな言葉を掛ける。

ただ本人は不安そうにしていた割には余計なものはつけたくないようだ。

本人がいいならいいかとアクアは多くは言わずに隣を歩く。

歩幅を合わせたり、車道側を歩くといった細かな気遣いを自然にするのは、吾郎としての前世から培った代物だ。

長年の女遊びの成果と言える。

フリルは口には出さないものの、アクアの態度に満足しながら映画館へと向かっていく。

 

「そういえばルビーがいない状態で誰かと映画行くの初めてだな」

 

アクアは歩いている時、ふと自分の持っていた違和感へ気が付いた。

四六時中基本一緒に行動しているのを知っているフリルでも少し呆れたような様子を見せて言葉を返す。

 

「……流石シスコンね」

「家族思いなんだよ」

 

これまでは必ず妹であるルビーが首を突っ込んでいたため、映画に限らず付き合いの割には、B小町Rの誰かと二人という時間も珍しかった。

これからは仕事も増えていくわけで、ルビーを伴わない機会も増えていくかもしれない。

 

「私も今度初の役者とバラエティがあるし大変だよね」

「そうだな、特にバラエティは数段飛ばしで主要な地上波だ。ルビーとフリルっていう組み合わせも俺としては不安がある」

「マリン、それはどういう意味で言ってる?」

「分かって聞いてるだろ」

 

ボケ特化になりそうな組み合わせに今から少し胃が痛いと思っているアクアだが、するりとしたフリルの軽快な返しは嫌いではない。

心配ではありつつも二人のポテンシャルを最大限発揮できればB小町Rが更に飛躍できるチャンスでもあると考えていた。

 

「いらっしゃいませ、2名様でしょうか」

「はい、中学生2枚で、支払いはタッチで」

「……慣れてる?」

 

止まることなく会話をしていた二人はチケット売り場までやってくる。

ただ淀みなくフリルの分まで支払ったアクアを見て、フリルは邪推を始めた。

つい先ほどルビーを含めない映画は初めてと口にしていたが、慣れた手付きで支払いを済ませるアクアにフリルは女の気配を感じて思うところのありそうな視線を向ける。

ただアクアは気にした様子を見せずに自然と受け流す。

前世のことはノーカウントだと判断していた。

 

「別にこれくらい普通だろ、というかポップコーン食べるか?」

「もち。マリンはなに味?」

 

そしてそのまま、アクアは指で飲食のコーナーを指差した。

フリルは答える気のなさそうなアクアへの疑念は一度忘れて、被らないように味をずらそうとアクアへ先に確認する。

 

「普通の塩だな」

「じゃあキャラメルにする。途中で分けてね」

「上映中に手を伸ばしてくるつもりか?いいけど程々に頼むぞ」

 

ポップコーンを取る動きに映画視聴を邪魔されては本末転倒なため、アクアは釘を刺す。

フリルは勿論と言ってから話を変えた。

 

「今まであまり気にしてなかったけど、こういうところのポップコーンって値段凄いよね」

「場所価格って奴だ。雰囲気に金払ってるだけだし気にしたら負けだぞ」

 

二人で選んだ商品を店員へと伝え、またアクアが支払いを受け持つ。

フリルも出そうとしたが止められ、少し申し訳なく思うが、それを察したアクアが先に口を出した。

 

「まだフリルは売れ始めだからな。俺の方が金銭に余裕があるのに払わせると少し恰好が付かないだろ」

「……そう?じゃあ私が売れたらいつか奢るわ」

「ああ、期待しとく」

 

アクアは間違いなくフリルは売れると確信している。

そんな彼女が後々奢ると言っているのだからその言葉はありがたく受けることにした。

商品を受け取りシアターの中に入ると、まだ映像が始まっていないため、ワイワイと小さく声が聞こえる。

アクア達もその例に漏れず、席についてから騒ぎすぎない範囲で会話をして上映を待つ。

 

「今度みなみが演技やるよね?大丈夫そう?」

「正直そんなに心配はしてない。ライブで度胸も付いただろうし」

 

1万人規模の箱を埋めてきた実績のあるB小町Rのライブをこなしているのだ。

小規模のネットドラマの撮影くらい大丈夫だろうとアクアは思っている。

ほぼ毎日行っている演技の追加練習でも不備らしいものもなく、彼女の持っている魅せる才能を上手く使えば適切な役割をこなせるとアクアは判断していた。

 

「マリンがそう思うなら心配ないね」

「信頼されてるな」

「貴方が私たちを売れると言って、実際今のところ超順調だからね。マリンにとって予定外の私たちの行動もあっただろうに」

 

暗に自分たちが男であるアクアの事を隠さず告げている事を言うフリルにアクアは苦笑する。

結果的に彼女達がどんどん伸びているのであれば、アクアの感覚の方がおかしいのかと思い始めていたくらいだが、実際はルビーの存在や元から共演していたりクラスメイトだったりといった条件があった事が大きい。

あまり再現性はないだろう。

そんな会話をしている内に映画の上映が始まる。

流石に映画の上映中は話すわけにはいかないので、二人はポップコーンを食べながら映画の中で使われている演出や演技を同業者目線でしっかりと見届けた。

 

映画が終わり、空間に光が戻る。

それに合わせるようにフリルは一言感想を述べた。

 

「……よかったね。ゆらさんの最後の悲痛な叫びもうるっと来た」

「ゆら、やっぱ来季から月9の主演に採用されるだけはあるな。前より演技の迫真度合いが良くなってる」

 

ゆらの演技はアクアから見ても今回の映画中別格であり、この映画全体をコントロールしていた主軸だった。

彼女は今年末のドームライブでC式部を引退して今後はマルチタレントとして頑張っていく方針になっている。

元々踏み台にするつもりだったアイドル業だが、本人としても愛着が湧いたらしくかなり悩んでいた。

だがMEMちょから言われた事がこの決断に踏み切らせていた。

 

『夢の『100年後も残る名作の主演』はどうすんの!今なお無双してるアイさんがいる上にウカウカしてるとかなちゃんやあかねちゃんも来るよ?主演取るなんて夢のまた夢になっちゃうんじゃないの?』

 

アイドルが夢でそれを叶えた喜びを知っているMEMちょは、ゆらの夢が本気なのを知っていた。

アイドル業は間違いなくゆらを成長させたが、夢を叶えるためにそろそろ切り替える必要があると説得するだけのパワーがその言葉にはあった。

 

「私も再来年までくらいにはやりたいね月9」

「いや早……いや、フリルはできるかもな」

 

アクアは急ぎすぎだと一瞬思ったものの、言葉を変える。

B小町Rのメンバーで一番演技が上手いのは誰かとアクアが聞かれたとき、かなとあかねのどちらかを挙げるだろう。

だが、フリルの場合はフリルにしかできないキャラクター性を内包させる技術がある。

こういったものはアイに近い。彼女たちにしかできない何かがある。

あらゆる演技を再現するあかねならば、アイを演じているように95%不知火フリルもできるだろう。

ただ本人とどちらを使うかと言われたら、フリルを使いたいならば不知火フリルを使うと思う事になる。

演技力だけでは得られない何かをフリルは持っている。

 

「早めに取ってマリンとダブル主演とかやりたいよね」

「俺にもやれと?」

 

アクア個人としても月9の主演はやりたいところだ。

実のところアクアも目標の一つではある。

色々なドラマに出演してきたものの、年齢と内容的に月9には声が掛かっていなかったアクアとしてはやってみたいと前から考えていた。

 

「それにゆらさんの相方、姫川さんらしいよ?マリンも負けてられないんじゃない?」

「……そうだな」

 

アクアが休んでいる間も大輝は着々とステップアップをしており、今年の主演男優賞を狙えるのではと噂されている。

もし月9が当たればほとんど確実と言えるだろう。

 

「悔しそうだね」

「まだリベンジもできてない相手がドンドンステップアップしてるのは気になるだろ」

「マリンなら大丈夫だよ。きっと次の共演ではギャフンと言わせられるって」

 

フリルはアクアへ絶対的な信頼を寄せた言葉を口にする。

アクアはその言葉にどこか嬉しさを感じる。

それからも二人は近くのカフェで映画の感想を言い合い、放課後を楽しく過ごすこととなる。

 

 

その数日後、B小町Rのメンバー数名で雑談する定期配信で、かなとフリルの回がやってきていた。

リスナーの質問なども答える企画であり、事務所の広告戦略のおかげもあって200万人を超える登録者を持つB小町Rちゃんねるともなれば、相当数の視聴者が配信に集まる事になる。

 

『はいはい、アンタとルビーはみなみを見習って欲しいわね。あの子くらいよ?私に敬意を払ってるの』

『重ちゃんも大概目上の人に対しての態度悪いけどね』

『うっさいわね!』

・かなちゃんらしいよね

・フリルちゃんの反撃が突き刺さる

・重曹ちゃんさぁ

・フリルちゃん真顔でボケるのすこすこ

・最近映画見ようかなと思ってておすすめの映画ありますか?

・重曹舐めて落ち着け

 

基本的にどの組み合わせになってもかながツッコミ役なのは変わらない。

ここにはいないが普段はツッコミが多いみなみも、かなが居ればボケに早変わりだ。

そんなやり取りの中で目についた質問をフリルが読み上げる。

 

『おすすめの映画?……重ちゃんはなんかある?』

『私?私はやっぱ『それが始まり』よね、私とアクアがちーっちゃい頃の演技が見られるわよ』

『多分今やっている映画のことだよ?』

『しし知ってるわよボケよボケ。たまには私にもボケさせなさいよ!』

・あっ……

・天然小町

・こういうやり取りできるのもこのグループたまんねぇ〜

・これは僕の最推し重曹ちゃん

・幼馴染との共演誇りたいだけ説

・実はツッコミもできる天性のコメディアンフリル

 

フリルが逆に冷静なツッコミを入れれば、かなはそれに反応する。

こうしてたまに自然とボケる事がある彼女は少し顔を赤らめながら代わりのおすすめの映画を口にした。

自分の映画を話し終わったかなは、反撃というわけではないが、フリルの意見も引き出そうと返の質問を行う。

 

『いきなり私に聞いたけどアンタはどうなの?自分で読んだ質問なんだから答えなさいよ』

『こないだマリンと一緒にゆらさんが主演の映画『溺愛』を見に行ったけど、本当に良かった。主演級の顔が皆良いことも勿論良いけど、何よりゆらさんの泣き演技からの感情を爆発させるシーンとか最高だった。一見の価値あるからオススメ』

『へぇ、フリルが絶賛ってことはかなり期待できるわね、私も今度見に行こうかしら……っては!?アンタいつの間にアクアと?私も行ったことないのに!?』

・アレ?

・流れ変わったな

・オタク調教の時間だああああああああああああああああ

・脳が痛いけど皆可愛くなるからやめられねぇ

・一番付き合い長いのに一緒に映画行った事がないかなちゃんに涙

・なんかそんなのばっかだな重曹

 

あくまで映画の内容はぼかしつつも感動したシーンについて簡単に触れるフリル。

ごく自然にフリルがアクアの話を出したせいで、ワンテンポ遅れてかなはそんな時間なかったはずなのにと動揺する。

かなとあかねが久しぶりに脇役とはいえ役者をやっていた時なので知らないのは仕方がない。

 

『今度私も規模は小さいけど映画に出る事になったから参考にしたいと思って。アドバイス役としては適任だし』

『いやいや確かにそうだけど!それなら私やあかねでもいいでしょうが!アイドルとしての自覚を持ちなさいよ!』

『重ちゃんもマリンの名前使ってるのに』

 

フリルの自覚のなさに頭を抱えるかなだが、実のところ羨ましいと内心では思っていた。

これに対してコメント欄はと言えば。

 

・かなちゃんのツッコミやっぱりいいわ〜ノリツッコミもできるのが特に

・アクアマジで羨ましい俺もフリルちゃんと映画デートしたい

・俺もあの顔に生まれていればフリルちゃんとデートできたのかな

・ルビーちゃんの兄として生まれ美少女四人と幼馴染の男星野アクア

・星野愛久愛海な?

・あ〜かわええええええやっぱ推しまくれるわこのユニット

・名前がまともだったら嫉妬してたわ

・やめたれw

・アイドルのコメント欄なのにこの反応は一体

・新参か?もう調教されたやつしかB小町Rファンにはおらん

 

全く不評がないと言えば嘘だが、ほとんどがむしろ好評だった。

ある意味、結成から早めにアクアの名前を出した予定通りの環境が作れてヨシと考えるべきなのだろう。

その分熱烈な狂信者のようなファンは作れないかと言えばそうではなく、とある掲示板では日々スレッドを消化するほどの派閥争いが起きている。

 

『いや、二人で映画館なんてそんなのもうデートじゃない!なんでそんな』

『やっぱり演技でアドバイス貰おうと思ったらマリンが一番分かりやすいし』

『……それはそうね、アイさんは感覚派なとこあるし、ゆらさんもそっち寄り。他に演技上手いやつってなるとアクアになるけど!』

・アクアの復帰楽しみなんだよなぁ

・来年には復帰予定らしいし早く戻ってきてB小町Rを推してる姿見せて欲しい

・推してる扱い確定で草

・絶対推してるよシスコンなんだろあいつ

・実はJIFとかで紛れてたりして

・JIFほんと良かったなぁ来年も楽しみすぎる

・あっこの二人の表情最高です

 

真実を言い当ててる人物もいるくらいにアクアへの解像度が高いコメント欄。

恐らく世界広しといえどデート扱いされるお出掛けを男として無風どころか笑われるアイドルユニットは彼女たちだけだろう。

アクアは少し覗いた配信でどうしてこうなったんだろうと過去を振り返りながらも現実を正しく認識できるようこめかみに手を当てて深いため息をついた。

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