【推しの子】ヤケクソハッピーハーレムルート   作:ただの暇神

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大根役者

「あーもう!なんで全員大根役者なのよ!一人くらいちょっと演技できるやつ居れば違うのに!」

 

リハーサルが終わって少しの休憩を挟んでいる最中、かなはアクア以外には聞こえない程度に声を上げる。

自分以外の演技力を改めて確認した彼女は現状が如何に拙いかを理解していた。

先程までアクアの隣にいた吉祥寺はアクアに希望はあると言われ、納得はしたものの、やはりショックは隠せないらしい。

本番が始まるまで少し休ませて欲しいと休憩室にこもっていた。

 

「もういっそヒロインだけ全力で魅せたらいいって考え方もあるぞ」

「……どういう意味?アンタなら意味わかって言ってるわよね?私がこの中で一人本気の演技してみなさい!他の役者の大根ぶりが浮き彫りになっちゃってぶり大根でしょ」

 

まさかアクアがその問題を認識していないとは思わないが、かなは念のため口にする。

 

「ぶり大根?まぁいい。……恐らくこの先演技のクオリティーでリテイクが入る事はほとんどない。吉祥寺先生には間違っても言えないが……鏑木さんはこのドラマを宣材として考えてるんだよ」

 

アクアはかなに、この仕事をもらった時、鏑木のしていた話を伝える。

最初は大人しく聞いていたかなだったが、意図を理解してからはぴきりと青筋を立てて拳を握る。

 

「原作付きドラマをなんだと思ってんのよ」

「ビジネスとしては正しいんだろうな。あの人的には今後彼らを売り出して元を回収してくれたらいいわけで、このドラマで元を取る必要はない。そして余程ではない限り、原作ファンが根強い作品は見てもらえる」

「いやこれは原作ファンほど怒るわよ……炎上商法狙ってるのかしら」

 

宣材として考えているからこそ顔がいい役者をとにかく起用して、顔も演技もいい上話題性まであるかなに、彼らをキャリーさせるのがこの企画の狙いだ。

今のB小町Rは話題性で言えばトップアイドルを超えるため、宣伝効果は抜群と言っていい。

 

「それでアンタが私に本気で演技していいって言った理由は?」

 

かなはアクアにどういう意図で作品としてのクオリティーを無視していいと言ったのかを確認する。

 

「かなが意図的に下手な演技をして作品のクオリティーを担保してもたかが知れてる。他の役者がそこから奮起しないと正直駄作にしかならない。……だけどかなが本気で演技をすれば、他の大根は浮き彫りになるし、バランスは最悪だが、少なくともヒロインだけは最高クラスの評価を貰える駄作になる」

 

どうせ低いレベルの作品にしかならないなら一箇所だけでも輝いていた方がいいんじゃないかなというのがアクアの意見だった。

かなの演技ならそれだけの評価を取れるという賛辞も含まれている。

ただ、かなはこれを一度疑問視した。

 

「それじゃ私が独りよがりなだけじゃない?確かに私の評価は上がるかもだけど作品としては」

 

ただこれについてはアクアだって言い分はある。

隣であんな顔されたらこれ以上見所のないドラマにはしたくなかった。

 

「吉祥寺先生はお前が手を抜いた演技するのなんて見たくないと思うが」

「……そうよね。私までさっきの顔させるわけにはいかないわよね」

 

頭を抱えるかな。彼女も先程の吉祥寺の虚無顔を見ていたらしい。

アクアは頭の中で状況を整理してからかなに確認をした。

 

「とりあえずかなと吉祥寺先生の要望を両方叶えるなら、あいつらをどうにかしないといけない訳だが」

 

視線を他の役者陣の方へと向ける。

アクアも軽く調べたが、主演の鳴嶋メルトは中学に入って大手事務所『ソニックステージ』にスカウトされた事で芸能界に入った。

顔立ちが整っており、今売り出し中、とんとん拍子に売れている。

調子に乗ってしまうのも無理はないとアクアは思っている。

 

「さっき挨拶した時も態度終わってたから昔のかなみたいだったな」

「グハッ……アンタね」

「逆に言えば、かなはアイツの気持ち分かってやれるんじゃないかと思ってな。なんか変わるキッカケとかあったのか?」

 

アクアは初めてかなと会った時の事を思い出す。

プロ意識が高いのはいい事だが、傲慢で年上を顎で使っていた光景を見たことがある。

ただそこから改善していき、今では周囲に気も使えるようになっていた。

 

「……分かっていってる?」

「何をだよ」

「はぁ……アンタよアンタ。『それが始まり』の時、私アンタに負けたと思って号泣したでしょ?あの時の私は、ずっと自分がとんとん拍子に売れて好き勝手演技をすればみんな喜んでくれて、はっきり言って天狗だったの」

 

かなは自分の黒歴史を思い出す。

元々は母が喜んでくれたりするのを見たかっただけのはずなのに、いつの間にか調子に乗ってしまっていた自分。

彼女にとっては忘れたくても忘れられない印象的な記憶だ。

 

「あの時は演技力だとかなの方が上だったけどな」

「演技力とかじゃないの。アクアがやったあの不気味な子の演技、自分じゃ絶対できない演技だと思った……あの時に初めて私は一番じゃないって気付いたのよ」

 

そしてそんな経験があったからこそ今がある。

自分だけじゃなくて作品のクオリティーも気にするようになった。

自分の態度が周りをどう思わせているか考えられるようになった。

 

「……つまりアイツに敗北体験を与えて自分が1番じゃないって教えてやればいいわけ。簡単な話よね」

「簡単か?」

 

アクアからすればあの時のかなは偶然の産物だ。

そもそもある程度演技に情熱がないと効果がないんじゃないかと思っている。

メルトにそこまでの熱意があるかと言われたらアクアとしては首を傾げざるを得ない。

 

「……アクア、今回の台本覚えてるわよね?」

「まさか」

 

さっき介入を止めたのにとアクアが呆れた様な目を向けるが、かなはその意図を汲んで言葉を返す。

 

「さっきはアンタ場外で演技して鳴嶋くん達を誘導しようとしたでしょ?そしたらもう鳴嶋くんの演技じゃない、アンタのマリオネットじゃない」

「いや、俺を何だと思ってんだよ。流石にそんなことできねぇから」

「じゃああの時何しようとしてたわけ?」

 

そう言われてアクアは言葉に詰まる。

演技を誘導するとまでは言わないまでも、空気を無理やり変えるような事はしようと考えていた。

ほら見なさいと言いたげな勝ち誇った笑みを、かなは浮かべる。

 

「決まりね……すみません監督さん。少しセットで練習してもいいですか?」

「え?うん、まだ休憩中だからいいよ。ただあまり汚さないでくれると嬉しいけど」

「ありがとうございます、行くわよアクア」

「はいはい」

 

かなの歩みに合わせて隣をアクアは歩く。

それまで行っていた凡庸な演技を止めて、普段のアクアを露にする。アイから学んだ技術だが、まだ発展途上といったところである。

先程吉祥寺が気付いたのは、間近で見たからであり、アクアとしてはまだまだクオリティーに難があるなと思わされた。

そもそもアクアの成長分を加味してよく分かったなというか吉祥寺が凄いと言った方がいい。

流石は超が付くほど有名な漫画家なだけはあった。

 

「あのかなちゃんが連れている男、誰?」

「凄くカッコいいけど誰だろ、演者さんにはいなかったよね」

「もしかして」

 

ひそひそという声が現場に響く。

アクアはまだ復帰後に一度もメディアに露出していない。

成長した姿にピンと来ない人が多いのは当然と言えるだろう。

それでも何人かは気付いた様子であり、監督など挨拶をされていた人物も興味深そうに視線を向けた。

アクアもその視線を感じながら、雰囲気を変える。

あかねのように憑依の演技ではなく、アクアとしての良さを役に落とし込みながらの演技。

感情の再現を行い、ヒーローの気持ちを理解する。

ここで必要な感情は強い興味と珍しいものを見る反応。

爽やかな笑みを浮かべながら、かなが演じるヒロインへと話しかけた。

 

「お前、そんな顔してて楽しいの?」

「……何の用?」

 

今回鏑木もわざとダメに作ろうとしている訳ではなく、脚本や配役を役者に合わせて作っていたのがリハーサルを通してアクアにも分かった。

それでダメならそれまでと割り切っているとも言えるかもしれない。

求められている主人公像は女好きのチャラ付いたところがありつつも、熱い男。

アクアはまだメルトと話した事はないが、少なくとも脚本家から見るとそういう男らしいとアクアは思う。

 

「別に……ただ猫を追いかけてきたらお前がいたから」

「何それ」

 

おどけて見せるアクアに対して先程のリハーサルとは違い、くすりと笑みを零すかな。

何処かから息を吞む音が聞こえ、撮影現場に響き渡る。

ただそんな雑音など演技に入り込んでいる二人にとっては何の障害にもならない。

 

「なんだ、笑えば可愛いじゃん」

 

ニコリと優しそうに微笑むヒーロー、その純粋そうな表情に人間不信の女の子は思わず動揺する。

アクアの中で純粋な存在と言えばルビーが思い浮かぶ。

彼女をイメージして男だったらどんな感じの微笑み方をするかと考えて調整をした。

 

「っ……何よ、揶揄わないで」

(あーびっくりした。アクア普段そんな表情しないでしょ!?演技なのは分かってるけど動揺しちゃうじゃない……アクアとルビーってこうして見れば兄妹なのよね)

 

かなはなんとか冷静そうに、だけど恥ずかしさを押し殺したように役を演じ切る。

ただ内心ではかなりの慌てようだった。ルビーを彷彿とさせる笑みは二人が確かに兄妹なのだと改めて分からされた。

普段があまりにも性格が違う上にルビーの反応がインモラルなため、最近は兄妹というより恋人のように見えていた自分が間違っていたと、かなは冷静になれた。

実際の所は特大の恋慕感情がそこにはあるため、あながち間違った見識ではない。

そんな内心の混乱はありつつも、撮影のワンシーンが終わったところで、二人はほっと息を吐いて演技を終わらせた。

アクアは軽い感じでかなへ尋ねる。

 

「終わりか?」

「そうね、意識させるならこれくらいでいいでしょ。あんまりやり過ぎると初心者は折れちゃうかもしれないし」

「じゃあ戻るか、監督さんすみませんお邪魔しました」

「えっあっうん」

 

監督も初めてアクアとかなの生演技を見た人物だが、テレビ越しにこれでまだ子役かと思っていたのを思い出す。

かなの方は先程見た時より更にキレが良く、リハでも抑えていたのが伝わってきた。

休業という事でブランクは大丈夫だろうか、本当に復帰するのだろうかと思っていたが、すぐ復帰しても問題ないだろうと思わされるだけの演技力を持っていると一度で伝わってくる。

 

「星野アクアって名前はよく聞いてたけど現場で見るとやっぱ言われるだけはあるよね、空気感一変させちゃったよ」

 

周りの空気を一変させる演技。注目されるのとも違う、周囲を操るカリスマ性と呼べる物がアクアにはある。

それは父から受け継いだある種の呪いのような、それでいて正しく使えば人を導くことができる才能だった。

それに影響されて監督たちは自分たちの考えている演出などが正しいのか悩み始めてしまう。

 

「うーん、こういうの見せられちゃうとこのままでいいのかな~と思わなくはないんだけど。方向に悩んじゃうというか、かなちゃんなりの抗議なのかな」

「……気持ちは分かりますけどそんなことする予算的余裕ないですよ?というか演技指導が間に合いませんし」

 

ド素人が演技をするのだから演出プランや構成などでどんなに酷い演技でも見ることはできるくらいに仕上げようと考えていた監督たちの考えは間違っていない。

 

「だよね〜、でも今の見た後だとなぁ」

「……我々はプロですから。出されたものを見れるものにするのも立派な仕事だと思うしかありません」

 

メルト達は今売り出し中のモデルなだけあって、そもそもかなり忙しい。

かな自身も今は演技を見せる余裕もあるが、実際にはB小町Rの仕事もあるため彼らより更に忙しい。

なんとか時間を作って短期間で撮影を行う必要がある今回のドラマでは、今見せられた領域の演技は不可能と断言して良かった。

そんな事は監督たちスタッフ陣にも分かっているのだが、変に理想の演技を見せられたせいで、少し感覚を狂わされることになる。

 

そして二人の演技を見て思うところがある人物は他にもいる。

当てこすりのように先程リハーサルでやった演技をやられたメルトだ。

少しぼーっとした後、ようやく今目の前で見せられた物を現実として認識する。

 

「星野アクア……辞めたんじゃなかったのか」

 

実のところメルトは子供の頃、『仮面ライバークロノス』に出ていたアクアを見たことがある。

年頃の他の男子と同じようにカッコいい正義のヒーローに憧れ、そのヒーローを同い年なのに演じたアクアにも憧れに近い感情を持っていた。

自分と同い年なのにテレビの舞台で活躍する男の子に憧憬を抱くのも仕方がない事だろう。

ただそんな彼も言い訳を残して表舞台から消えてしまう。

中学に入ってからはスカウトされた大手事務所に入った。

とんとん拍子に売れていく自分を見て、メルトはいつしか幼い頃の憧れであっても消えた星野アクアより俺の方が凄いなんて認識まで持ち始めていた。

だが、そんな自分が実は弱いかもしれないとメルトはあっさり思わされ、足元が崩れるような感覚に襲われる。

 

「マネージャー、さっきのもリハも撮ってたんだろ、ちょっと見せて」

「あーいや、まぁあるにはあるけど」

「早く」

 

あの演技のように周りの空気を変える演技ができていなかった自覚のあるメルトは自分がどんな演技をしていたのか確認したいと思い、すぐさまマネージャーに確認する。

歯切れの悪い様子だったマネージャーだが、強く言うメルトに諦めたようにカメラを渡す。

それを受け取ったメルトは自分の先程の演技を見返した。

 

『オマエソンナカオシテテタノシイノ?』

「……俺、全然ダメじゃん」

 

実のところ適当にやっておけばうまい具合に行くとは思っていても、作品を悪くしたいと思っていなかったメルトは、ここまで酷いとは思っていなかったと驚く。

適当にやったら良くなりようがないという当たり前の事すら、それまで成功続きだった彼からすれば驚きの事だった。

かなに挑発のような演技をされてから見せてやるよという気持ちでやった演技すらもダメダメで、自分の実力不足を正しく理解してしまい、がっくりと力が抜ける。

 

「あっいやそんなことは。ほら、星野アクアだからね、彼は。特別なんだよ、比べなくていいんだ」

 

金の卵を産む鶏の候補として育てられてきたメルトがショックを受けている様を見て、マネージャーは慌ててフォローする。

ソニックステージが今推している今後来るだろうタレントが彼だ。

大手としてここで潰れられては困るのである。

アクアの認識以上に星野アクアは業界で評価されている。

2歳の頃からとんとん拍子に成長し続け、休止前には大人並の演技力を持っていた彼は、子役という枷を含めても高い人気を持っていた。

そしてその時から表舞台に出ていない間も、歩みを止めることなく成長しているのが、短い演技でも伝わってくる。

初心者のメルトにどうにかならないのは当然と言えた。

 

「……星野に演技のコツとか聞いてくる」

「あっちょっと」

 

そう言ってメルトはアクアの元へと足を進める。

演技練習の反省会を行っていたアクアに近づいたメルトの耳には、二人の会話が聞こえてくる。

 

「さっきのかなは、自分の過去を上手く使った人を信じられない気持ちの籠ったいい演技だと思う」

「ありがと、アンタも即興とは思えない完成度よ、流石ね。普段から練習で分かってはいても衆人環視の下だと違うと思ってたんだけど」

 

互いにまずは演技を褒め合う。いいところはどこかを認識してから話に入らないと否定の感情が強く出すぎて演技が崩れてしまうかもと思っての会話順序だった。

 

「正直カメラの存在は常に意識してるからそこまで変わることもないな。強いて反省点を出すなら……少し役に無理して寄せすぎてた感じがあるくらいか」

「やっぱり?そういうのはやっぱあかねの領分かしらね。あそこまで自我消して役になり切るのは私には無理。有馬かならしさを殺すのに演技力割いて勿体ないってところね」

「そうだな、役になり切るのも大切だが、役者らしさも不協和音にならないならプラス要素だ。とはいえ演技幅の事を考えるならバランスの調整が必要だから自分で調整するしかない」

 

聞こえてくる会話の半分もメルトには分からなかったが、あの短い完璧に見えたかなの演技にも二人なりに引っかかるところがあってまだまだ改善したいという気持ちが伝わってくる。

続いてアクアの演技の話をしようと二人が考えたところで、メルトは二人に話しかけた。

 

「あのさ……」

「ん?どうかしたか?」

 

勇気を出して声を掛けたメルトにアクアは軽い口調で言葉を返した。

少しでも続きを話しやすいように、同年代という事もあってアクアはあえて砕けた態度を取る。この後どのような相談をしたいかなど考えるまでもない。

本当に演技なんてどうでもいいと先程の流れを見ても思えるのならば、そもそもここに来ないというのがアクアの持論だった。

 

「星野……俺に演技を教えてくれ」

「時間ある時ならいいけど……もうすぐ本撮影始まるぞ」

 

プライドの高さはどこへ行ったのか、頭を落として願い出るメルトにアクアは内心いつか化けるなと思いながら返事をする。

かな、メルトそしてもう一人の撮影はこの休憩が終われば撮影が始まる。

そちらは演技力で言えばメルトよりわずかにマシ程度だったが、アクアの許へ来る気配はない。

ただ強要することもできないので、作品の質という意味では最低限必要な主演二人がこの場にいるのだからと自分を納得させていた。

 

「もうすぐ……どうしたらいいんだよ星野、俺あのまま撮影なんてことになったら作品滅茶苦茶にしちまう」

 

中学に入ってから順風満帆過ぎて調子に乗ってしまっていたところがあるが、メルトは本来努力家だ。

やる気がない状態でのスタートだった事実はもう変えられないが、本人はこの短い間にたった一度、同年代の演技を見て変わろうと思えている。

作品の品質に責任を負っている同年代にアクアは嬉しく思った。

 

「落ち着け、焦っても事態は好転しない」

 

アクアは慌てた様子のメルトを宥めて対策を考える。

その横でかなが口を開いた。

 

「今の鳴嶋君は正直演技の基礎ができていないわ。普通にやったら直せない」

「うぐ……じゃあこのまま演技して俺が作品をぶっ壊しちゃっていいって言いたいのかよ」

 

座長としての自覚があるからか、アクアにだけ丸投げはしたくない。

その思いでかなは口をはさんだ。

それに対してメルトは辛そうに言葉を返す。

 

「そうは言ってないでしょ。すぐできることは少ないけど幸い台本はアンタに合わせてあるから棒読みにならなきゃ最低限にはなるわ」

「それこそどうやって……」

「この辺は人によって違うが、俺の場合は過去の経験を思い出してその時の気持ちを利用する。人によってはゼロベースで感情を組めるらしいが、そんな奴ほとんど居ない」

 

アクアの知る限りでもアイとヒカルがその手の演技ができるが、アイの場合本物の感情を使った方が良い演技ができていた。

そう考えると余計に難しさが際立つ。

アクアの言葉を聞いてメルトは自分の意見を出す。

 

「一応自分なりに思い出したつもりだったんだけど、全然籠ってないよな」

「そうなると……実際に感情をその場で動かされるくらいしかないな」

 

今回の演技でいえば『強い興味と珍しいものを見る反応』がアクアの思うヒーローの感情だ。

せめてどちらかを引き出せたら何とかなるだろうとアクアも考える。

 

「それなら今ならできるかもしれないぞ」

「本当か!?どうして」

「今からさっきの芝居を試しに読み上げるだけのつもりでやってみてくれ。かな、頼んでもいいか?」

「いいわよ」

(結局アクアが何か見つけちゃったみたいね。次こそは座長として何か役に立たないと)

 

アクアが何かを思い付いたのを理解したのかかなは頷く。

ただ少しだけ不満がありつつも、今はメルトの演技に対策するのが急務なので、気持ちをしまい込んだ。

 

「おまえさ、そんなかおしてて楽しいの?」

「……何の用?」

 

先程のアクアと比べたら拙いものだが、最初ほど酷い状態ではない事にかなは気が付く。

自分の演技は少し抑えめにしてメルトの様子を窺った。

 

「べつに……ただ猫をおいかけてきたらお前がいたから」

「何それ……うん、いいんじゃない?少なくともさっきより万倍マシね」

 

一旦ここまででいいだろうとかなは終わりの合図を出す。

メルトは何か変わったのか?と首を傾げていた。

 

「今の撮ってたけどこんな感じだぞ。最初よりは全然いいと思う」

 

そう言ってアクアは今行った二人の演技をスマホで見せる。

 

「ほ、ほんとだ。いや全然ダメなのはわかるけど……まださっきより感じ出てる……なんでだ?」

「ネタ晴らししたら意識して硬くなるかもしれないからな。とりあえず今の状態をキープしたいなら何も意識しないのがいい」

「そっそうだよな。終わったら教えてくれ。ありがとう星野、有馬」

 

そういってどこかほっとした様子を見せる。

今メルトの演技が少しマシになった理由は単純だ。

メルトが今まさにアクアやかな、演技に対して興味を持っている状態だからである。

演技ができないからこそ、隠す事なく自然とその興味津々な感情が声に乗ってくる。

ヒロインに対して興味を惹かれているヒーローという感情に近い状態であるおかげで、演技をしなくともそれらしくなっていた。

付け焼き刃でしかないが、まだマシと言える。

 

「……決めたわ。鳴嶋君、私は君に合わせてあげない。今の私ができる限りの演技をするわ」

 

かなはメルトのやる気を評価して自分の考えを変える事に決めた。自重する事で、作品全体のクオリティーアップを図らない方針を選定する。

まだ演技についてよく分かっていないメルトは首を傾げる。

そんな彼にかなは説明した。

 

「まぁ簡単に言うと演技が上手い奴と下手な奴が並んで演技したらかなり浮くのよ、下手な奴。たまにアニメとかで声優さんじゃない人が声当ててるととんでもなく下手な時あるでしょ?アレよ」

「つまり有馬が本気で演技するから下手な俺の演技の下手さが目立つって事か」

 

つまり作品全体のクオリティーは落ちると言う事だとメルトは理解した。

少しだけマシになった程度ではどうにもならない。自分は見捨てられたのかとメルトが思った時に、かなは言葉を続けた。

 

「別にアンタを見捨てたわけじゃないわ。むしろアンタなら後で伸びてくれると思ったから全力を出すのよ。私の演技でどれだけ他の皆がひっどい演技しても客を最後まで引っ張って見せるわ!だからアンタは最終回、最後の瞬間だけでもいいから私の隣にいて浮かない演技を見せて」

 

周りから太陽と称される明るい笑み、それを挑発的に見せるかな。

それを見てメルトはニヤリと闘争心を燃やした。

 

「ああ!絶対やってやる。……とりあえず今回は完敗だろうけど」

 

最初のやる気がない男はもうそこにいない。

少し今から広がる光景を想像してしょんぼりしながらも、メルトは力強く決意した。

そんな二人の様子をアクアは年長者の様な温かい目で見守っている。

 

「あっすみません遅くなっちゃって」

「いえ、全然問題ないですよ。先生がいらっしゃったから撮影再開するよ〜かなちゃん、メルトくん準備してね」

 

ちょうどその時、吉祥寺が戻ってきたのを合図に撮影が再開される。

アクアの隣にいる彼女はやはりあまり元気がない。

ただもうアクアはこの撮影について大きな心配はしていなかった。

 

「吉祥寺先生、確かにこのままだとこの作品はかなの演技だけが際立った作品となってしまうと思います」

「……有馬さんが本気でやってくれるなら少なくともヒロインはいい作品になれますよね」

 

諦観も含まれた声だ。

先程までアクアたちに色々確認していたメルトを知らないため、あまり期待をしていないと言う事だろう。

 

「確かにまだ鳴嶋の演技は全然です。今日明日で良くなるわけがない。でも……さっきアイツ俺たちに何とかしたいって言ってきたんですよ」

「……え?本当ですか」

 

ちょうどその時、カチンコの音が響いて二人の演技が始まる。

かなは先程のリハーサルよりも強い彼女固有の演技を繰り広げる。

普段の輝く様な演技を応用して、自分を暗く際立たせる。

人を信じていないヒロインらしい雰囲気を醸し出していた。

 

「凄い……これが有馬さんの本気」

 

リハーサルでも良いと思った有馬かなの演技が更に良くなっているのを見て、吉祥寺は感嘆の声を上げる。

そのままゆっくりと場面が進んでいき、問題の共演シーンだ。

 

「お前さ、そんなかおしてて楽しいの」

「……あら?さっきよりは棒読みじゃなくなってる」

 

専門家ではない吉祥寺でもわかる程度には変わったメルトに彼女は驚きを見せる。

そんな吉祥寺へアクアは先程何があったかを説明した。

大人しくその話を聞いていた吉祥寺は、自分のいない間に起きた出来事に驚く。

そして言われた通り、かなの無双によって下手な役者たちが悪目立ちはしているものの、少なくともメルトは成長しようという意志を外からも感じ取れた。

そんな主演二人の姿を見て深い息を吐いた後、吉祥寺は楽しそうな表情を浮かべた。

 

「漫画家だってアシスタントは仕事で使いながら育てるものね……分かりました。でも……最後は最高の最終回を見せてくださいね」

「かながやってくれますよ」

「ふふっアクアさんは本当に幼馴染を信じていらっしゃるんですね……何だかインスピレーションが湧いてきたなぁ」

 

この日の撮影は結局、最初から最後まで有馬かな無双劇場が繰り広げられる事になる。

数多の課題が見え隠れするドラマ版『今日あま』。それでも吉祥寺は満足感と期待感を失わずに過ごすことができたのだった。

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