今日あまの撮影が少しずつ進む中、アクア達は撮影の合間に東京ドームを訪れていた。
一度荷物を置いてからグッズなどの物販を漁ろうと関係者席へ向かうと予想外の人物がそこにいた。
「よお星野、久しぶりだな」
「……姫川か。関係者席ってことは……ゆら?」
ヒカルの会社で今最高の役者であり、今年度の最優秀主演男優賞がほぼ確実とされる大輝がいた。
あまりアイドルに興味のなさそうな彼がいる事を意外に思いつつも良く考えたら共演者なのだから渡されていても不思議ではない。
アクアもたまに演技についての談義をするために会っており、以前より仲良くなっている。
「そっ、あの人酔っ払ってこっちに卒業ライブのチケット押し付けて来たからな。本人下手したら覚えてないんじゃないか。貰ったからには使わないと勿体無いから来たけど」
「あの人酒に酔うと絡んでくるからな……悪い」
「正直あんま興味ないけど、一回くらいは勉強になるから気にするな。そもそも片寄が悪いし」
「おにいちゃん、この人が姫川さん?」
アクアと大輝が話していると気になったのかルビーが後ろからひょこっと顔を出して姫川の顔を見る。
テレビ越しには最近よく見る人であり、最愛の兄のライバルである男、ルビーとしては是非確認しておきたかった。
「お兄ちゃん……星野の妹か。遺伝子つえーな」
「はい!星野ルビーって言います!兄がいつもお世話になってます」
ルビーの笑顔を見て実は可愛い女の子好きの大輝は少し癒される。
それからアクアの周りにいた女の子達を眺めてアクアを掴んで肩を組むような姿勢となった。
思わずアクアは文句を口にする。
「なにするんだよ」
「おい、星野。お前四人の誰が本命だ?」
「何言ってんだ……五人全員アイドルだぞ」
人数差に認識の差が出ている事に二人は特に気が付かず、大輝は言葉を続ける。
「たまにYouTubeであの子らの配信見てるけど毎回一回は星野の話するだろ?お前が誑かしてると考えないと説明がつかない」
「なんで見てるんだよ……」
「俺かわいい女の子好きだから」
同業者のライバルの嫌な一面を知ってしまったアクアはジト目を彼に向ける。
ただ大輝としても言い分はあったため反論した。
「先に言っとくとお前には言われたくないからな。四股するなら刺されないように気をつけろよ」
「いや、しねぇよ!大スキャンダルじゃねーか」
大輝の言葉にツッコミを入れるアクア。
アクアが珍しく同性に手玉に取られるような形になっているのを見てB小町Rのメンバーもヒソヒソと話をする。
「アクアさんがアイさん以外からいいようにされとるの珍しいな」
「なんか兄弟のじゃれ合いみたいな感じだよね。こういうマリンも悪くない」
みなみの言葉に、ルビーを除いてこの中で唯一姉妹がいるフリルはそんなことを口にする。
「……兄弟?確かにちょっと雰囲気似てるかも」
「ちょっと年上の男の人と絡むアイツって珍しいからそう見えるんじゃない?……女の人とはポコポコ絡んでるのに。こんの女好きめ」
何か考える仕草をするあかねに対して、かなはアクアの交友関係を振り返って少しピキッとしていた。
最近メルトという友人のような男ができたアクアだが、逆に言えば演者としてはそれくらいしか同性に友人らしい相手がいない。
側から見れば女好きと言われても仕方がない上、本質的には正解なのでアクアも何も返せない。
「おっと悪い、つい絡み過ぎたな。確か星野はグッズとかも買うんだろ?行ってこいよ」
自分には関係ないだろうという意味合いを込めて言う姫川だったが、アクアはそれに対して反応を返す。
「……姫川も一緒に行かないか?どうせ暇だろ」
「俺?……あーまぁ1個くらい買った方が義理立てにもなるか?」
最初は見るだけ見て後日感想を言おうと思っていたが、折角貴重な休みの日に来たのだから記念の品くらいはあってもいいと考え直した大輝はついていくことに決める。
「じゃあ皆後でグッズ買って集合ね!私はおにいちゃんと一緒に行くから」
「何しれっと抜け駆けしようとしてんのよこのブラコン、別に他の人いないし時間もあるんだから全員で回ればいいでしょ」
「ば、バレちゃった」
ほんのり小細工しようとしたルビーの目論見を見破ったかなのアイディア通り、全員が余計な荷物は置いてグッズショップへ向かう事になる。
「そういえばかなちゃん、今日あまは順調?」
「一話の撮影分は撮り終わったわよ。今は二話の撮影中だけど来週には撮り終わる予定。全六話だから順調って言えるんじゃない?」
歩きながらのあかねの言葉にかなは言葉を選んでから告げる。
中身についてはまだお世辞にもいいとは言えないが、撮影のたびに可能な限り時間を作って見に来ている吉祥寺の期待に応えたいと主演二人は全力で頑張っている。
「は~かなさんはやっぱベテランって感じやね」
「まぁね、哺乳瓶持ってる頃から芸能界は伊達じゃないわけ」
「折角やし勉強させてほしいんやけど……配信見てもええ?」
みなみは純粋な気持ちでそんな言葉を掛けるがクオリティに引っ掛かりを感じているかなとしてはウっと言葉に詰まる。
ただアクアとしては広い意見が欲しいと思っているので、むしろ全員で見るべきだと考えていたため、横から口を開く。
「まぁ皆集まって配信日に事務所で見たらいいんじゃないか?俺たちだけじゃ分からないアイディアも出るかもしれないし」
「はぁ……しょうがないわね。今のままじゃどのみち課題だらけだものね」
そんな二人の言葉に一同も何か裏があると察する。
ただここで追及はせず、配信当日を待つことに決めた。
「同時視聴いいね、楽しみ!……ってダメだぁ私その日撮影あるんだよね、おにいちゃん配信開始日ズラして」
「無茶言うなよ、別日に見たらいいだろ」
「やだ!私も一緒に見たい!」
普段はいない大輝がいるのに変わった様子を見せないルビーにアクアは苦笑する。
兄妹ってこんな距離感なんだなと楽しそうな二人をどことなく羨ましく思った。
大輝の血が繋がった相手はもういない。家族と呼べるのは育ての親をしているヒカルくらいだろう。
帰ったらヒカルに親孝行でもするかと大輝は思いながらドルオタ組の歩みに付き合った。
グッズ購入が終わって全員で席へと戻る。
初めての経験を終えた大輝は体を伸ばしてから思っていることを口にした。
「不知火の奴すげぇな」
大輝は大量の袋と黄色い衣装に身を包んだフリルへドン引き半分面白いもの半分の視線を向ける。
配信で見ている時は天然が入ってはいるもののクールで綺麗な年下の可愛い子くらいのイメージだったので、ここまで重度のオタクだとは思っていなかったようだ。
「アイツは最古参MEMberだからな。あのくらいは平然とやる。今でも会えば定期的にサインを貰ってるしな」
「あのお宝写真ってマジなのかよ。MEMさんのファンサ凄いな。俺だったら二回目以降とか突き返してる」
山ほどあるMEMサインは彼女の宝として最近バラエティーで紹介された。
そのおかげもあってかなり広い人物に祭壇の存在は知れ渡っている。
一部では流石にバラエティーとしての誇張表現だと言う意見も見られたのだが、本物なのだから仕方がない。
日付と名前とMEMサインが入っている色紙群は興味と恐怖を覚えるほどだ。
「MEMちょは優しいからね。今度一緒に遊びに行く約束もしてる」
「身内特権フル活用してんな」
「まあMEMも自己肯定感上がるから嬉しいって言ってたしウィンウィンなんだろ」
アクアもどちらかと言えば大輝と同じく何枚もサインを求められると困るタイプだ。
たまたまフリルとMEMちょの需要供給が噛みあった結果、このいい推しファン関係が築かれているのだろう。
「苺プロって個性強いよな。こないだアイさんと共演した時も思ったけどあの人俺を滅茶苦茶子ども扱いするから慣れなくてな」
「ああ、今度映画で共演するって話してたな」
今日は撮影の都合で来られなかったアイ。
姫川の言葉を聞いてアイと昔していた会話を思い出した。
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『今日久しぶりに昔お世話になった人のお子さんに会ったんだよね〜。大きくなってたな〜』
『へぇ、何歳くらいなの』
『今年でえ〜っと15歳かな?前見た時はまだ小さかったからビックリしちゃった』
指を折って年齢を数えているアイ。
かなり前に知り合ったらしく、懐かしそうというか親戚の子が大きくなったような反応をしていた。
知り合いの子という話だが、それにしては距離が近い気がするとアクアは不思議に思う。
『それでその子が演技やるようになってたみたいでヒカルくんの事務所に所属したみたい。劇団ララライと並行してお世話になってるみたいだからアクアのライバルになるかも』
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結局この時の答えはアイから聞けていなかったが、状況的に大輝の可能性が高いとアクアは気が付いた。
この親戚にするような態度がアイにしては珍しく記憶に残っていたともいえる。
念のために大輝へアクアは確認を取ることにした。
「そういえば姫川ってアイといつ知り合ったんだ?」
「あ~なんか向こうがかなり気を掛けてくれてるのは分かるんだけど、1~2歳とかの頃で正直あんまり記憶に残ってないんだよな。まだ親父たちが……いや忘れてくれ」
何やら意味深な事を言っていたが、あまり突っ込んでほしくない気配を感じたアクアは話を変える事を決める。
「アイは結構適当だからな、なんか気に入ったとかそんな話だと思う」
「あり得る。なんか子供扱いされてくすぐったいんだけど。俺もう19なのに」
ふぅとため息を吐きながら言う大輝を見て、確かにアイは愛を自覚してから行動が重いから疲れる人もいるかもしれないなとアクアは思う。
大輝のためを思ってアクアは一つ提案をした。
「いつまでも会った時のイメージで固定されてるのかもな。構ってくるのが嫌だったら俺からアイにやんわり伝えとくけど」
「いや、あんだけ美人に構われて役得だなと思ってるからやめてくれ」
「分かった。アイに止めとけって言っとくから」
「おい、話が違うだろ」
親子という程は年齢が離れていないにしろ歳の離れた男すら、大切な推しに近付く男は許さんとばかりに態度を変化させたアクアに、周りで関係ない話をしていた女性陣も呆れた目を向ける。
「こいつ妹にもシスコン発揮してるけど姉みたいなアイにも大概よね……こいつ顔と演技取ったら実はロクデナシなんじゃないの」
「それだけ身内への愛情が深いってことじゃないかな……あはは」
かなは揶揄い交じりにそんなことを言うが、真相を知っているあかねから見た時、アクアは実のところド級のシスコンでありマザコンである。
あかね自身は正直言って全く気にならないが、世間的には確かに問題があるかもしれないと少し苦笑いを浮かべてしまうのだった。
アクア達の話が盛り上がっている中、C式部のメンバーはこれまでを振り返っていた。
「ついに私たちからも卒業が出るんだよね~」
「かれこれ結成して8年でしょ?いや~私たちも大人になってきたもんだね」
ずっと仲良くやってきた仲間がいなくなり、そう遠くないうちに新しい仲間が増えることが確定している彼女達はこのままではいられないなと思っていた。
「別にゆらが一番乗りってだけで私たちはいつか皆入れ替わるんだよ?深く考えすぎだって」
「そう?MEMなんて全然見た目変わらなくなっちゃったから後10年はアイドル行けるんじゃない?」
「10年経ったらもうアラサーどころかアラフォーだよぉ!?若い子と一緒にやったら滅茶苦茶目立っちゃうって」
ついでのように揶揄われたMEMちょの反応に皆が笑顔になる。
このグループのムードメーカーは彼女だと皆思っている。
今では個人YouTubeチャンネルも立ち上げており、そちらでも成功している辺り、その明るさはC式部だけでなく皆を救っているのだろう。
「えー、でも新しい子募集するわけだし〜伝説の初代メンバーとか良くない?」
「良くないよぉ!普通のアイドルの定年なんて25とかだよ?もう私定年くらいなんだけど……」
「それ言ったら私今年27だし。やっぱ来年くらいが潮時かな」
程々にMEMが弄られた後、別メンバーへ飛び火する。
彼女の場合は、次の目標があるというより、愛瑠を見ていてパートナーを本気で探したくなっていた。
妙な空気になっているのを自覚した一人が、軌道を無理やり修正する。
「今日でゆらはアイドル引退するけど、これからも休みの日とかはお出かけに付き合ってもらうから」
「そうそう、私らより服とかセンスいいしね~」
「勿論!呼んでくれたら時間作るね」
「C式部の皆様、スタンバイお願いします!」
スタッフからの声が掛かり、全員切り替えて持ち場へ向かう。
マルチタレントに転身しても、このメンバーとは仲良くやっていける。
そうゆらは希望を抱きながらステージに向かった。
実際に卒業ライブが始まると、ゆらは冷静に歌って踊りながらも走馬灯のように過去の思い出がよぎる。
最初はアイドルなんて踏み台程度にしか思っていなかった。
思い出せば壱護社長やアイさんにもそれは面接の時点で伝わってしまっていただろうなとゆらも思う。
ただ実際に、様々な才能を持つ仲間と交流を深めて、ライブをし、挫折をし、奮起をしてゆらはアイドルをやって良かったと胸を張って言えるようになった。
もしゆらの夢への思い入れがもっと浅かったならば、ずっとアイドルを続けていたかったくらいには、この仕事が好きになった。
(卒業決めてからもあっという間だったなぁ、ファンの皆に申し訳なさは勿論あるけど……私は彼らに夢を叶える事で報いてみせる)
卒業発表後も変わらず応援してくれるファン達、配信などでマルチタレントになってからも推すと言ってくれる者も多くいて、ゆらは思い出すだけで胸が熱くなる。
そんな気持ちを胸に持ちながらパフォーマンスをしていると、関係者席がよく見える立ち位置へ移動するタイミングになった。
スムーズな動きでポジション変更すれば、ゆらの視界には見慣れた光景と珍しい光景の二つが映る。
(あっ、アクア君達だ。相変わらずヲタ芸強い。というかB小町Rも皆キレッキレにやってるし……。あの子達アクア君に影響受け過ぎじゃないかな。その隣は……あれ?なんで大輝くん?)
すっかりダル絡みした記憶を消しとばしていたゆらは隣でキレキレのヲタ芸をする集団の横でポツンと座ってターコイズブルーのサイリウムを軽く動かしている大輝を見て笑いそうになる。
横目でアクアを見ながら助けてくれよと言いたげな表情をしていた。
(大輝君はスレてそうな態度取るけど意外とピュアというか抜けてて面白いよね。……折角私のサイリウムを持ってくれてるわけだしサービスしてあげようかな)
慣れない環境までわざわざ応援しに来てくれた彼へ、ゆらはとびきりの感謝を込めてアドリブで投げキッスを飛ばす。
(まぁドラマでキスシーンまでやったから、コレじゃあんまりご褒美感ないかな?演技とパフォーマンスは別だし喜んでくれたらいいね……なんか驚いてるなぁ)
ゆら本人はアイドルではあるものの、月9でキスシーンを演じたことがある。
その相手が大輝だったため、選択間違えたかなと考えた彼女だったが、大輝の驚き顔が見られて満足したようだ。
何となく息抜きができたからか、そこからのゆらは更に良いパフォーマンスを発揮して更にファン達を魅了する事になる。
伝説のB小町ラストライブのようにどんなに大好評のライブも、いつかは終了する。
このドームライブも例外ではなく、ゆらの卒業挨拶が始まった。
「私がここまでアイドルを続けて来れたのも、アイドルをもっとやりたいって気持ちが芽生えたのも応援してくださったファンのおかげです」
ゆらの言葉は一言一言しっかりと自分の今の気持ちをファンに伝える。
最後まで話し切るのをファンは待ち続けた。
「……私は今日をもってC式部を卒業します。でもそれは決してネガティブな理由ではありません。私は自分の夢『100年後も残る名作の主演』を私のためにも、そして応援してくれた仲間たち、ファン達のためにも叶えます!皆さん今後も応援よろしくお願いします!!」
この夢は決して簡単じゃない。身内には演技実力派が多過ぎるし、100年後も残る名作なんて女優一人の力だけでは達成できない。
実力だけでなく、運も絡むだろう状態だが、ゆらは見えない未来に笑顔を向ける。
そんな彼女に多くのファンは彼女の願いが叶いますようにと願う。
彼女の夢への挑戦はここから再出発をする事になる。
だが多くのファンはきっと叶えられると希望を持って見送った。
関係者席では、一つの影が項垂れていた。
「はぁ……また貴重なアイドルが卒業しちゃった」
「とっくの昔に分かってた事なのにいつまでショック受けてるんだよ」
「受けるよ!だってゆらちゃんずっとパフォーマンス良くなって行ってたしまだ上限じゃない、もっと良くなれるって期待しちゃうもん」
あくまでアイオタクとしての側面が強いアクアと違い、ルビーは最推しこそアイだが、古今東西あらゆるアイドルを見てお気に入りを推すルビーから見たら卒業など日常茶飯事だ。
ただ何度味わってもショックなものはショックらしい。
がっくりと側から見ただけで彼女がどれほどの衝撃を受けているか伝わるポーズをしている。
「アレだな、アイドルライブ悪くないな」
実のところゆらのアドリブパフォーマンスは可愛い女の子好きの大輝に結構刺さっていたらしい。
ライブが終わってから実に気持ちの籠った言葉を呟く大輝。
「でしょ!?皆それぞれ特有の輝きがあって最高なの!もし姫川さんさえよかったら私のおすすめのアイドル教えてあげよっか!」
「落ち込みからの切り替え早すぎるだろ」
新しいドルオタを作れるかもしれないと見るや一瞬で態度を切り替える妹にアクアは呆れたような声を出す。
だがそれはいい加減な気持ちでそれぞれのアイドルを推しているわけではなくて、その全てを本気で推している。
そこが分かっているからこそ、アクアは一番の推しに対して温かい目を向けながら、ラストライブの余韻に改めて浸るのだった。