今日あまの初配信は予定通り公開された。
苺プロの面々が予定通り『今日あま』を視聴した結果、様々な感想が寄せられた。
Aさん『えーっとかなちゃんは頑張ってるよね!』
Yさん『これ本当に一般公開して大丈夫なやつかな?』
Mさん『なんかネットでおもちゃMADとかにされそうだねぇバズりそう』
Aくん『まぁこんなもんだよな』
Rさん『皆これ一緒に見たの?どんな空気だったのか逆に気になるかも』
Kさん『あーまぁこうなるわよね……』
Aさん『かなちゃんかなちゃん有馬かな!!!』
Fさん『皆顔がいいからミュートで見るのが正解』
Mさん『うちもこうならんよう気をつけんと……』
一覧にしてもわかるように好意的な意見はあまり見られない。
演技に自信のある者が多いだけに、この結果は仕方がないと言える。
そんな彼女達の意見も踏まえてメルト育成計画を次のステップに進めようとアクア達は考えていた。
「これ全部読むのか?……きつくね」
「私もキツイわよ。ただ目論見通りには行ってるみたいね」
アクアとかなはメルトと集合の約束をしていたが、まだ彼の姿が見えないので今日あまの感想を読み漁っていた。
また配信のレビューは星1.9とはっきり悪いと言えるスコアを記録しており、かなり酷評が多い。
例えばこのようなレビューが存在する。
★★☆☆☆ 有馬かな無双
元子役で現アイドルのかなちゃんがひたすら演技レベルで他の素人をぼこぼこにする作品です。もしモデルを推してる人がいたら注意。
はっきり言って男どもはほとんど大根しかいませんので不快感があります。
原作知っている人はヒロインの演技だけはマジで最高ですが、トータルで見るとキツイかも。ただかなちゃんが頑張っているので視聴継続します。
★★★☆☆ 重曹劇場開幕!
重曹ちゃんがただただ演技力スゲーって作品です。
他の事は見ない方が精神的に良いと思います。
全体的に顔だけはいい。
仕方がないので見続けるけど、これ最後までだと切っちゃいそう。
★☆☆☆☆ 声の出し方が終わってる
かなちゃん以外マジで素人
声が口の中で篭っていて演技が全然乗ってない
かなちゃんに興味ある人以外見る価値ない
★★☆☆☆ 皆も書いてるけど
嫌味じゃなくてヒロインかわええええええええって事とあんな棒読み軍団がいても視聴できるだけの演出が凄い作品。
マジでそこだけは本気で評価したい。
逆にそれ以外全部だめなので星2です。
★☆☆☆☆ あのさぁ
かなちゃん芸歴長いんだから自重しようよ
他の奴ら下手すぎてマジで見るのがキツい
そりゃかなちゃんが活躍するの見たいだけの奴にはいいかもしれないけどこれじゃメルトとか公開処刑過ぎるわ
一通り目を通した二人はふぅとため息を吐いてから言葉を交わす。
「こうやって見るとネットの感想ってのは分かりやすいし正直だな」
「本名じゃないのが大きいんでしょうね。アンタだってエゴサもパブサもしてたんだからよく知ってんでしょ?というかそろそろSNS始めなさいよ」
少しずつ違うことが書いてあるものの、おおよそレビューはこのような内容に溢れていた。
8割がかなに対する演技力の賞賛と自重したほうが作品としては丸くなったという声であり、残りは大根役者達を笑うものや原作のファンからのクレームで満ちている。
ただ無名より悪名の方が勝るというべきなのか、元々想定していたよりも視聴者数が多いというのが鏑木から言われている意見だった。
「ああいう若い子の使うツールは苦手なんだよ」
アクアは前世の感覚で今もSNSに苦手意識がある。
アクアとしての身体に精神が適応したはずなのに、この辺りの感性は変わる様子を見せない。
SNSはエゴサに便利だが、自分から情報を拡散しようとは思っていなかった。
どうせアクアが余計なことをしなくともアイが勝手に情報拡散するだろなんて思いもあったりする。
「アンタ15歳でしょうが!……そういやアンタって写真撮るときも『はいチーズ』とか言ってるしホントにおじさんなんじゃ」
自分より若いくせにやたらと年を取ってそうな事を言うアクアにかなはツッコミを入れた。
ただ冷静に考えるとアクアはずっと妙に大人びているというか年寄り臭い言動するよなと思い出して言葉を付け足す。
「いや、若いから。脂っこいのをどれだけ食べても胃もたれしねぇぞ」
「もう脂で胃もたれって発想そのものがおっさんなのよ」
自信満々なアクアの発言そのものが絶望的に若くない事をかなはあきれながら指摘した。
アクアが人生で何度目かの年寄り扱いにショックを受けていると、このホールに来客が現れた。
「ちっす。遅くなって悪い。昨日遅くまで台本読んでて寝坊しちまって」
「気にしないでいいわよ。それだけやる気あるならいい事だし」
「あー、あと、今度同じ事務所のモデルの奴もこの演技練習参加したいって言ってたけど呼んでいいか?」
「私は別にいいけどアクアは?」
アクアは自分の復帰に向けて演技の練習をしたいと思っているだろうとかなは考えている。
今はかなの事情に付き合わせてしまっているような物だ。そのためあまり多くの時間を割かないようにしたいと考えていた。
ただアクアは何てことなさげに言葉を返す。
「もう決まってる仕事の練習は始めてるからな。今のところキャパ的には問題ない。……アイとルビーがもっと構ってほしいって騒ぐくらいだ」
今のアクアは時間ができれば愛瑠の相手もしているため、二人に構う時間は確かに相対的に減少していた。
特にアイはその傾向が顕著であり、時々演技を交えながらアクアに朝から絡むことがある。
『アクアは私と仕事どっちが大事なの!』
『そりゃいつでも会えるアイより決められた仕事だろ』
『ダメ、ママを悲しませた罪で今日一日付き合ってもらうから』
雑だが彼女なりに愛を感じるムーブがアクアは実のところ嫌いではない。
もしどうしても時間が欲しいと言われたらメルト達の演技指導に連れて行くのもありかもしれないなんて思っていた。
そんなアクアにかなが呆れたような視線を送る。
「アイさんも相変わらずアンタの事好きよね。……うちの稼ぎ頭なんだから手出すんじゃないわよ」
「出すかよ」
実母に手を出すと思われたアクアは流石にないと否定した。
転生があるとはいえ、元々推しである彼女に手を出す気などないのである。
「どうだか……アンタって時々アイさんの事見る目が違うのよね~アンタなんかが手を出していい相手じゃないんだから自重しなさいよ」
「それは色々事情があるんだよ事情が。姉としてみる時と推しとして見る時があるってだけで」
「……ほんと仲いいなこの二人」
見る目が違うというのはファン目線と息子目線で見る時が存在するためだろうとアクアは考えた。
メルトはこの二人のやり取りを見ながらぼそりと呟く。多分アイに嫉妬してるんだろうなとかなを見て思っていた。
「話が逸れたわね、今日はアンタの演技指導だけど、前回はアクセントのつけ方と発声方法くらいしかできなかったし、立ち振る舞いと感情演技の練習しましょうか」
「おっそれいいな。……俺も自分で配信された今日あま見たんだけどさ、かなちゃんの演技が没入感凄くてマジで俺の演技下手過ぎて笑う事もできなかった」
事前に自分でマネージャーに撮ってもらった動画で確認はしていたが、やはり演出や編集によって比較的にマシにされた自分の演技を見ても全くかなの演技に太刀打ちできない事に気が付いたメルトは道のりが果てしないことに改めて気付く。
悔しそうな彼に対してかなはため息を吐いてから言葉を紡ぐ。
「そりゃそうでしょ。だってアンタはまだ演技始めて一か月も経ってないド素人。私やアクアは15年近く演技してる大ベテランよ?そんな簡単に追いつかれたらこっちの立つ瀬がないじゃない」
「……それもそうだな。まだ才能がなんて言ってる領域じゃねぇ。頼む教えてくれ」
「それじゃあまずは立ち振る舞いね。とりあえず画面映えすると思う立ち方してみて頂戴」
そう言われてメルトはいつもモデルの撮影で行っているような立ち姿を取る。
ただアクアはそこで少しストップを掛けた。
「メルト、そこは少しポーズを変えた方がいい。例えばこうかな」
「ほとんど変わってないように見えるんだけど……何が違うんだ?」
メルトのポーズに似た姿勢をアクアがしたのに対してメルトが疑問を投げかける。
それに対してアクアが答えるより先にかなが質問へ代わりに回答した。
「確かにカメラへの見え方はほぼ変わんないんだけど、ここで足並び少し工夫しておけば、カメラが上に向いた時、足元を簡単に組み替えられて次の動作に入りやすいでしょ?貴方がやろうとしてた足元だと身体がブレやすくなるから途中で動かせないのよね」
「あぁ!確かに……静止画のモデルとしての感覚だけだと映像みたいに常に状況が変わる作品に適応できない事があるってことか」
「勿論さっきの立ち姿みたいにある程度流用できるものもあるわ。そこから一工夫すれば今回みたいにもっと良くなるって話よ」
メルトは一度メモを取り出して聞いた話を書き込んでいく。
既に本気で演技をやると決めてから台本にも自分なりの考えなどを書き込むようになった。
その判断基準の強化に使える知識だと改めて思う。
そしてふとメルトは不思議に思ったことを確認した。
「これ前回教えてくれた方が良かったんじゃ」
「前回は発声の修正だけで時間いっぱいかかったからな。というか本番になった時、練習で見た時より良くなってたけど練習したのか?」
初歩の初歩から教える必要があったため、余裕がなかったのだとアクアはメルトからの質問に回答した。
むしろ練習終了時点でも正直話にならないレベルだった発声が、本番では比較的マシだと思えるレベルになっていたため、アクアはメルトの追加練習について確認を取る。
「ああ、まぁ全然話にならないってのは分かってたから少しでもアクア達の発声に近づけられるように教わった内容はかなり練習したんだよ」
「へぇ……やるじゃない。とりあえず演技をやるなら基本だから毎日練習しなさい」
「ああ、積み重ねが大事って話だもんな。トレーニング方法聞いてからはランニングと合わせて毎日やってる」
役者はまず体力と発声だと言われて基礎の基礎からやっているメルト。
少しずつだが、その成果が表れている自覚があり、ちょっとずつ良くなる自分に嬉しい気持ちが芽生えていた。
「二話は発声練習分が反映されてるだろうから、少しマシになるんじゃないか?」
「どうかしらね、下手に基礎が良くなった分、演技の部分が指摘されるかも」
「ぐっ……今は雌伏の時って奴だ。後で見返すしかねぇ」
今の今日あまの評価はとにかく有馬かなの演技とそれ以外という扱いだ。
有馬かなのヒロイン演技を見たい人はそのクオリティの高さで低評価していても見続けるという人が一定数いる。
そこにほんの少しマシな演技が混じれば逆にメルトが余計に目立ってボコボコに叩かれる可能性すらあった。
「立ち振る舞い一つとってもこんなにムズいんだな。アクアはすげぇ簡単そうにしてたのに」
「それはコイツがおかしいのよ。ついでに演出とか編集とかも齧ってるからどこにどう立てば最終的な映像はこうなるって大体頭で組み立てながらやってるみたいだし」
「うっ……俺、そういう頭使うの苦手だわ」
アクアから教わった足運びや立ち方を見よう見真似でやってはみるが、バランス感覚などもあって上手くいかないメルト。
今自分がやっている範囲の応用を含めてもあっさりやって見せたアクアはやはり昔から演技をやってきただけはあるなと内心で尊敬する。
結局メルトの振る舞いがそれらしくなるまでにかなりの時間を消費することになった。
「とりあえず立ち振る舞いは一旦ここまでね、3話の範囲で使うだろう動きは大体今の感じよ。復習しながら体に覚えこますといいわ」
「ああ、モデル仕事の休憩とか学校とかでも練習してみる」
時間に余裕がないため、メルトの体を休ませながらアクアとかなは次の練習の話を始める。
「次は感情演技の基礎だな」
「メルトくんはどういう時に声に感情が籠ると思う?」
「どういう時ってそりゃ本気で感情が動いた時だろ」
かなの言葉にメルトは当たり前だろ?と言いたそうな声を出す。
かなもそれに対して頷いていた。
「そうよね、当たり前だけど演技も同じよ。一部の例外以外は自分の感情を動かすことから始まるわけ」
「自分の感情を……どうやったらいいんだ?」
まだここまではとにかく演技の声を聞けるようにする基礎の基礎しかやっていなかったため、演技の中身も感情が篭っていたり、いなかったりがかなりバラついていた。
下手に最初より声などが聞き取りやすくなった分、2話が放送されたら今より叩かれるんじゃないかという懸念があるくらいには。
「今までの自分の経験を元にするのよ。例えば……アクア、アンタがこの場面演じるならどんな風に演じる?」
そう言いながらかなは台本のある場所を指差す。
アクアがその中身を確認すれば、最終話、最後の決めシーンが記されていた。
「よりによってここかよ、まだ先だろ」
「一応私たちのターゲットはここだしね、分かりやすいシーンだからメルトが感情込める練習にいいと思うわ」
今日あま屈指の名シーン、ドラマにおいて最後のエピソード。
ストーカーとヒーローが対峙してヒロインが大切だと吐露するシーン。
人を信じられなくなったヒロインが初めて誰かに守られて涙を流す名場面であり、原作読者にもここがベストエピソードだという人も多い。
「確かに怒りって感情は分かりやすいもんな」
「そうね、じゃあアクアやっちゃって。メルトくんは一旦ストーカーのセリフを読んでくれたらいいわ」
「相手役はいるもんな……よし、やるぞアクア」
アクアは雑にかなから投げられたキラーパスにため息を吐きながらも自分の中で感情を整理していく。
「そんな女守るかちないんだよ……」
メルトの言葉を聞きながらアクアは今回の台本に合う怒りの感情を候補に上げていく。
アクアが人生で抱いた中でこの怒りに近い感情は2つある。
一つ目はもう前世の話になるが、さりなが危篤となった時だ。
彼女の命が尽きるかもしれないという時にまるで来るつもりのなかった彼女の母親への怒り。
二つ目は今世でかなが苺プロに移籍するきっかけになった有馬母との会話。
かなが倒れたあの時、芸能界の魅力に取り憑かれた彼女の母に対して暴走してしまった憤怒。そしてそこからの啖呵。
「この子は―俺の大事な友達だ!殺されても守る!!」
今回適しているのは後者。有馬かなという少女のために宣言した時に近いシチュエーションだとアクアは考えていた。
しかも今回は喋らないものの、ヒロイン役を務めるのはそのかなだ。
だからこそごく自然にアクアは感情を込められた。
憤怒だけではない。友情、そして親愛も混じった複雑な感情を言葉に込める。
「ひゅっ」
「っ……悪い」
「アクア、アンタやり過ぎよ。確かに危険なストーカー相手ならそれくらいの圧は必要かもしれないけど」
アクアから発せられた怒気に思わず息を呑んで後ろに下がったメルトは、顔色を悪くして冷や汗を流していた。
実のところ、この時のアクアの怒りを他ならぬ彼自身が過小評価していたところがある。
その瞳には黒い星が瞬き、周囲の空気を深海の底へと沈める暗い魅力が溢れていた。
「メルトくん、今のアクアは過剰だけど、ああいう感じで気持ちを込めるわけよ」
「いや、役者凄すぎるだろ。人に怒られた時なんて比にならねぇくらい怖かったんだけど」
「アクアの感情演技はホント真に迫るからね。特に目と言葉に感情を込めるのが上手いのよ」
メルトは気圧されてはいたものの、目の前で見た演技の完成度、その高さが強く印象に残る。
この見本を自分流に使えるようにメルトは頑張る必要があった。
「ちなみに今アクアってどんな感情を込めたんだ?」
「昔かなの事で怒ったことがあってな。その時の気持ちを使ったんだ」
本人がいるのに解説するのは恥ずかしかったのか、アクアは目を逸らしながら回答した。
「あの時のアンタあんなに必死だったんだ……私のために」
「あーご馳走様。俺は大人しく演技の練習してくるから二人は休んでてくれよ」
かな自身には自覚などないが、側から見れば目をハートマークにしそうな表情を浮かべている。
そんな彼女を見て二人のことを邪魔しないようと自分の感情を込める練習を少し離れたところで始めるメルトは意外と気遣いができる男なのかもしれない。
メルトはやっぱ幼くして成功する芸能人って変わってんだなと思いながらも一人で練習に打ち込めたおかげか、それとも先程間近で見た強烈な感情演技のおかげか、この日のうちに最低限の感情演技を習得することに成功する。
最後はメルトを放置気味になったものの、演技にとって大事な感情演技が機能するようになったことで、三人は次の撮影でどのくらい周囲の反応が変わるかを楽しみにするのだった。