『今日あま』の撮影は順調に進んでいき、現在三話まで公開中。
少しずつだが、着実に良くなるメルトの演技に一部の視聴者は気付き始めていた。
これまでかなの演技だけを目的に見ていた数多くの視聴者のごく一部ではあるものの、SNSを通じてメルトが成長する様がヒーローの精神的成長を描いている様で味わい深いなどと意見が広がり始めている。
「俺は君の事をもっと知りたい」
「そう?……諦めないんだ」
メルトとかなの声が現場に響き渡る。
今は4話のクライマックスシーンのリハ中だ。
原作にいないオリキャラの出番なども少しずつ減り始め、原作ラストの流れに収束し始めている。
その分構造がシンプルになり、演技の質がモロに感じやすくなっていた。
「メルトの演技、本当に良くなりましたね」
「そうだね……この調子なら最後の撮影シーンだけは時間取ってでもいいシーンにした方がいいかな?」
「……そうですね。想定より順調ですから」
現場でもメルトの努力による成長が評価され、特にスタッフは今まで以上に完成度を求めてもいいんじゃないかと考え始めている。
「俺たちもアクアに教わり始めたけど遅すぎたなぁ」
「アイツ意外と才能あったのかも」
「あーあ、俺ももうちょっと早く聞きに行くべきだったわ」
一部の演者からはメルトに置いて行かれた事を後悔するような声も出ている。
彼らもメルトと同じように教わり始めたものの、彼ほどの成長はできていなかった。
これは単純に努力の量の差が大きいだろう。
それでも多少は見られるようになった辺り、成果は出ているとアクアも思っている。
そんなアクアは演技を聞きながらも目的の人物の元へと足を運んだ。
「ん?アクア君か。またアイ君の話でも聞きに来たのかな?」
「そんなところです。ファンなので何でも知りたいんですよ」
撮影中、アクアは隅で寛いでいる鏑木へ話しかけた。
これはこのドラマが始まって時間ができるたびにアクアは少しずつ鏑木の時間を貰ってアイの過去について教えられる範囲で教えてもらっていた。
「正直僕が話せるアイ君のとっておきのネタなんてあとはファンの幻想を壊しちゃうような物しかないから君に話したくないんだけどね」
「……ファンの幻想?」
これまで鏑木から聞いていた情報は出会った頃どんな人間だったか、ファッションに興味がなかった事、どんな風に周りと接していたかといった話だけで、正直これまでのアイ像を補強するだけの物でしかなかった。
そんな彼から出てきた言葉に少し引っ掛かりを覚える。
「君、アイ君の大ファンだろ?だからプライベートな事はあまり伝えないようにしていたんだよね」
「そうですか……アイ本人から一応許可は取っているので教えて貰えませんか?」
これは本当のことで、調べる時にアイの名前を出していいと本人は了承している。
それを聞いた鏑木は本当か嘘か悩んだあと、自分ではアクアの嘘は見破れないなと諦めることにした。
「うーん……分かった。いいよ、君の知りたい情報を話そう、だけど交換条件がある」
「交換条件……ですか」
アクアは鏑木に言葉の続きを促す。
そうすると鏑木は自分の望みを口にした。
「君を僕がプロデュースする番組で使いたいって話を以前しただろう?」
「ええ、JIFライブ枠を融通してもらった件ですよね」
B小町Rの初ライブの場に選んだJIF。彼女たちの人気を押し上げるのに相当に役立ったため、アクアは当然忘れていない。
少し離れた場所から役者たちの声が聞こえてくる。
随分良くなった演技が程よく心地いいと思いながらアクアは返事をした。
「その件なんだけどさ、どんな番組でもいいかい?」
「……合法な物なら」
「そりゃ僕も捕まりたくないから合法な物だよ。4月から暫く土日空けられるかな」
アクアは急な話に予定を確認する。
スマホを取り出して自分の予定を確認すると、既に幾らかの仕事が入っており、全てとは言わないがある程度は確保できるのを確認した。
そのため、アクアは鏑木にその情報を伝える。
「全部じゃないですが、比較的空けられます」
「まぁそりゃ全部は無理だろうね、僕が知っているだけでもCMやドラマの準主役くらいは既に入っているみたいだし」
にやりと不敵に笑う鏑木はアクアに向かって銃のポーズを向けて言葉を続けた。
「恋愛リアリティーショーに興味はない?君の休止目的にも合致すると思うんだけど」
「……恋リアですか」
アクア個人としては恋愛もできる年齢になったと印象付ける意味で悪くないと思っている。
最終的に誰かとくっつく必要もないため、思わせぶりな態度などで星野アクアはこういう役もできるんだと見せながら安全圏でやり過ごせばいい。
ただアクアには懸念があった。
「身内から色々言われそうなんですが」
「ふふふ、そうかもね。君は悪い男だよ、アイドルを何人も転がしてるなんて。まぁ自覚症状があるだけマシかな」
「……お互い今はそれ以上踏み込まないようにしているので」
アクアは前世にそこそこ以上の女性経験があるため、決して鈍くはない。
ただ今の所は誰とも付き合う気がなかった。
前世の自分はドルオタになるまでそこそこ女遊びをしていた事もあって、皆もっといい相手がいると思って、誤魔化している節がある。
「どうしても嫌だって言われたら別の番組にするけど。折角だし彼女たちも交えて相談してみたらいいんじゃないかな?とりあえずギリギリまで枠は空けておくから」
「ちなみに番組の構成ですけど、男女何人ずつですか」
「予定だと三人ずつ。ただ……男の子は二人決まってるけど女の子の方は難航してるんだよね。今配信者の子に声掛けてるけどその子がOK出ないと二枠空いてる」
「そう聞くと結構ガタガタですね」
「意外と人が集まらないんだよね。結構人気なんだけど。もしよかったら前回の番組で流れを確認しておくといいよ」
そう言いながら鏑木は企画書をアクアに手渡す。
今日あまの時もこんな感じで渡されたなと思いながらアクアは隅から隅まで読んでいった。
男性陣
・熊野ノブユキ(ダンサー)(確定)
・森本ケンゴ(バンドマン)(確定)
・星野アクア(俳優)(仮)
女性陣
・鷲見ゆき(モデル)(確定)
・吉住未実(配信者)(仮)
・未定
名前をざっと確認していく。
するとアクアも知っている名前をいくつか見つけた。
吉住未実は苺プロの配信者もコラボした事がある配信者だ。
可愛らしい容姿もそうだが、口が悪いところが引きこもり版重曹ちゃんなんて呼ばれることもあるため、記憶に残っている。
かな本人も『なんでかなちゃんじゃなくて重曹ちゃんなの!?』とよく分からない部分に反応していた。
Vtuberとしての姿も持っており、登録者も多い。
森本ケンゴについては自分だけでなくこの年で他のレーベルなどにも曲を卸している実力ある作曲家としての側面もある。
B小町Rの曲についても一曲お願いしようかと思っていた相手だった。
総合的に見て参加して縁を繋いでおくのも悪くないとアクアが思えるメンバーだと考えた。
「……そうですね。一度持ち帰らせてください。これ貰っても?」
「ああ、それはコピーだし大丈夫。ただ身内はいいけど外に流出させないでくれよ?僕としても対処に困るから。ちなみに君以外にはそれ渡してないから仮に降りても不満は飛んでこないから安心してくれていい」
「流石にしませんよ。……それにしても結構本気で数字取りに行っていますね」
アクアは自分を起用するのもそうだが、同世代でそこそこは知名度のあるメンバーを集めていた鏑木に対して確認をする。
「そうそう、君のキャスト権から逆算していたからもし断られたらどうしようかと思っているくらいなんだよね。あと問題としては、流石に君くらい知名度のある子が恋リアに出た時の反響が想像しきれなくてね。もしかしたら君のファンで炎上なんて事もあるかもしれない」
「少なくとも現時点での俺のファンなんて子役時代からのファンでしょうから心配いらないと思いますよ」
まだ撮影された仕事の放送などもされていないため、アクアは復帰予定不明のままとなっている。一部では復帰の噂も流れているが、来月に苺プロ公式配信で告知しようと考えていたくらいだ。
今後の方針を考え直しながら、アクアは鏑木から離れる。
アクアが新しい仕事の話をしている間もリハは進んでいっていたため、ちょうど休憩となった彼らに労いの言葉を掛けるべく、かなとメルトへ近づいた。
「お疲れ」
「はぁ……はぁ……本気で演技するって疲れるんだな。そりゃ体力付けろって二人とも言うよな」
「動くし腹から声出すのもあるでしょうね。私は元から鍛えていた上にアイドルもやってるから結構余裕あるけど」
アイドル業も激務でかなは最初こんなに大変なのかと驚かされたものだ。
歌って踊るなんて役者より短期的に見ればハードなのだから冷静に考えると至極全うではあったが当初は少し舐めていたと言わざるを得ない。
「とりあえず前よりはずっと見られるようになったし、平均星2.5は狙えるんじゃないか?」
「これでも2.5かぁ……先は長いな」
「贅沢言ってるわね。まともな作品でもちょっと微妙なとこあると星3とかなんだから初動考えたら良くなっている方よ。ラスト次第では星3.5くらいまでなら狙えるかもしれないだけマシね」
かなからすれば、予想よりも成長が早くいい調子だと思っている。
かなの全力演技とメルトの演技が上手く噛みあいを見せれば、最終的にはいい形に落ち着くだろう。
リハという事で鏑木と話しながら見ていたアクアも自分の意見をメルトに話した。
「感情がちゃんと言葉に乗ってきただけ良くなったと思う。かなの演技の引き立て役になれるくらいには演技できていると言っていい」
「引き立て役……」
その言葉に少し不満そうな様子を見せるメルト。ただ自分の実力が不足しているのは理解しているので、反発はしていない。
そんな彼に対してアクアはアドバイスというか心構えを話すことにした。
「引き立て役ってのは普通にいるだけじゃダメなんだよ。今までのメルトは悪目立ちはしていてもかなの演技をより良く見せることすらできていなかった」
「うぐっ」
「だけど今のメルトはかなの演技をより引き立たせる事くらいはできるようになった。これって大事だと思うぞ」
アクアが今頭でイメージしているのは最後のB小町ライブだ。
あのライブは伝説として語り継がれており、アイと『アイドル』の凄さが際立っている。
ただ、あの良さを引き出すのにはニノときゅんぱんが覚悟を持って引き立て役に徹していたからこその物でもある。
全員主役のB小町Rとは異なる構造ではあるものの、アクアは引き立て役という存在に対して悪い印象を持っていなかった。
「……それって俺の演技が作品の品質アップに貢献できてるってことか?」
「ああ……かなもそう思うだろ?」
「そうね。今日の演技なら十分プラスに捉えてもらえると思うわよ。まっ私の演技ほどじゃないけど」
二人のお墨付きが出たことでようやく実感がわいてきたのかメルトの顔が少しずつ綻ぶ。
「……演技って意外と楽しいな」
「そう思えたならもう立派な役者だ。ようこそ鳴嶋メルト、俺たちの世界へ」
アクアがあえて気取った言い回しをしてメルトに対して演技の世界へ踏み込んだ気分を出させようと演出する。
「……厨二病?アンタそういうのは早く卒業しなさいよ。昔の自分探しとか言ってたのもそれでしょ?」
「色々台無しじゃねーか」
思わずかなが言った言葉にアクアは突っ込みを入れた。
その間もメルトは自分のステップアップを噛みしめるのだった。
今日あまの撮影が終了後、アクアとかなは苺プロの事務所へと戻ってくる。
事前にミヤコにこの後ある仕事の話について連絡してため、一室にB小町Rのメンバーが集められていた。
「にぃ!おかえり!」
「ただいま、愛瑠」
ミヤコに抱っこされている愛瑠がアクアに我先にと言葉を掛ける。既にある程度文を理解して言葉を掛けられる辺り少しだけ発達が早いかもしれない。
「ほんと愛瑠ちゃんかわゆい。私も子ができたら可愛がろう」
「頼むからアイドルを引退してからにしてくれ。事務所挙げての大問題になるから」
「???当たり前でしょマリン。常識を考えてほしい」
前例があるんだよなぁと星野家の秘密を知る面々は頭に一番星の顔を思い浮かべる。
当の本人は仕事でいないものの、ここにいても何食わぬ顔を浮かべていた事だろう。
「はぁ……とにかく集まってもらったし早速話をさせてもらおうと思ってな。とはいってもB小町Rのメンバーに直接は関係ないことなんだが」
「え?じゃあうちらどうして集められたん?」
みなみが不思議そうな声を出す。
事前にメッセージでどんな話をするか知っているミヤコだけはこの後の阿鼻叫喚を予想して胃が痛くなっている。
マネージャーに完全復帰していきなり厄介ごとを持ち込んだアクアに鋭い視線を送っていた。
そんな中、アクアは説明を始めた。
「鏑木Pから仕事の依頼が来て、それを受けようか悩んでる」
「え?別に好きに受けたらいいんじゃない?もう私たちのマネージャーもかな先輩の分終わったら辞めちゃうんだよね?」
ルビーはアクアの言葉に首を傾げる。
アクアは言いづらそうにしながらも続きを口にした。
「まぁ普通の番組ならな……。俺が受けようと思ってるのは『今からガチ恋始めます』っていう恋愛リアリティーショーだ」
わいわいとした和やかな空気が固まる。
状況が読めない愛瑠も周りの空気に疑問符を浮かべて首を捻っていた。
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁ!?アクアが恋愛!?」
まず一通り話を聞いて反応したのはかなだった。
「アンタ正気?普通にここまで知名度ある役者が恋愛リアリティーショーなんて出る必要ないでしょ」
「まぁそう言われると少し痛い所だな」
アクア本人も芸の肥やしにはなると思ってはいても、もっと別の手段がありそうだとは内心少し考えている。
「せんせが……せんせが……私が待たせ過ぎた?せめてB小町Rの誰かならまだ……納得はできないけど分かる。……でも顔も知らない人と?脳が壊れちゃう」
ルビーはあまりの動揺から暫く立ち直れそうもない。
その間に他のメンバーは立ち直りを見せ、少しずつアクアに質問を始めた。
「一応聞くんやけど……もしかして参加メンバーの中にアクアさんの好みの人がおる感じなん?」
「いや、そういうわけじゃない。簡単に言うとイメージの変革と同年代へのコネクション作りがメインだ。本気で恋愛したいわけじゃない」
ここだけはさっさと否定しないと面倒になると理解しているアクアは全員を安心させる声色で告げる。
その言葉を聞いてメンバーの空気も露骨に和らいだ。
分かってやっているのがタラシらしい。
「……なんだ、マリンも中々ビビらせるよね。ちなみに企画書とか持ってる?」
「あるぞ、一応参加予定者も書かれてる」
フリルにアクアが企画書を手渡すと餌を投げられた鯉のように企画書を見ようとメンバーが集合する。
そして静かにペラペラと中身を確認し始めた。
一通り中身を確認した後、あかねは何か思いついたようにアクアに言葉を掛ける。
「ねぇアクアくん、本気で恋愛する気はないって話だけど……流石に番組映え考えると何もしないのは無理だよね?」
「……そうだな。俺もなにかしらの動きをする事になる。とは言ってもさっき言ったように本気で恋愛するわけじゃなくて恋愛をする役みたいなもんだが」
アクアは誤魔化す事なく答えた。
この辺り、アクアにもプロ意識があるため、最低限自分の求められている役割はこなそうと自然と考えていた。
その言葉に数名目が鋭くなるのをアクアは感じる。
ただあかねはそこから言葉を続けた。
「それで思ったんだけど……アクアくんの相手役も苺プロから出せば変な誤解で相手を弄ばなくて済むんじゃないかな。ちょうど一人女の子の枠空いてるみたいだし」
「苺プロから?あくまで"リアリティー"ショーだから台本組んでも問題にはならないと思うけど、今苺プロに所属している同年代なんて誰かいたか?」
今回全員が高校生という事でかなり年齢帯が狭い。
すでにモデル業を廃止している苺プロにおいて同年代などB小町Rくらいだ。
そんなアクアの思考に紛れるようにあかねはにっこりとしながら自分を指差した。
アクアは思考が一瞬止まる。
「……正気か?アイドルだろ」
「その辺りは大丈夫だよ、相手がアクアくんだって分かれば皆喜ぶんじゃないかな。最後にくっつかなければ大丈夫だと思うよ」
「否定しづらいから困るな。訓練されすぎだろB小町Rファン」
アクアはこれまで見てきたB小町Rファンを思い出す。
彼らは訓練されすぎており、そのくらい平気で受け入れるだろう。
アクアの恋愛要素がミエミエのデキレースとなってしまうが、配信などである程度クオリティーが保証されたショーとして本筋のリアリティーショーとは別の人気を獲得はできるかもしれない。
アクアはその話に説得され、前向きになっていた。
このアクアをあっさりと丸め込む辺りは流石あかねと言ったところだろう。
「ちょーっと待ちなさい!黒川あかね、アンタなに自分がやる前提で話進めてんのよ」
「そ、そうだよ!おにいちゃんの相手役なら私が」
「「「アンタ(ルビー)(ルビーちゃん)だけはない」」」
かな達はルビーがどれだけとんでもないブラコンなのか理解している。
ただ世間一般では兄妹というだけで恋愛の考慮外になるため、恋リアの相方に据えるのにはあまりにも相性が悪い。
そのためかなだけではなく、みなみとフリルもルビーだけはダメだろうと否定していた。
もちろん、ルビーも本心ではそのことが分かっているのか唇を噛んで悔しがっている。
話し合いがどんどんヒートアップしていく中、話が終わりを見せないと思われたその時、ミヤコが呆れたように呟いた。
「もうじゃんけんで誰がやるかを決めたらいいんじゃない?どうせ最後にくっつくわけじゃないんでしょ?」
四人は「あっ」と小さく息を吐く。
「いいね、じゃあいくよ!じゃんけん!ぽん!」
「私の勝ちだよね」
「……こんな事でいいのか?」
結局、全員の出す手を読み切ってじゃんけんに勝利したあかねは流石の一言だろう。
こうして恋愛リアリティーショーを本当のショーにする計画がスタートした。
後日、アクアが本気で恋愛をすると思ったアイがB小町Rと同じくらい騒ぐ事になるのだが、また別のお話。